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テレポーター  作者: SoLa
第11章 女帝降臨編
381/432

第1話 欠席

 本日は2つ更新されています。

 これは2つめです。




「まず初めにすべきことは、貴方の中で持て余している膨大な魔力を、少しでも多く使える状態にすることよ」


 青藍魔法学園にあるシスター・メリッサが管理する教会。

 その地下にある秘密の訓練場にて。


 俺の師匠であるリナリー・エヴァンスは、仁王立ちでそう言った。


「特に貴方の無系統魔法は魔力を喰うんだから。私の無系統魔法のように、発現規模の調整で魔力の消費量をコントロール出来るわけでもない。対象物の座標への干渉時点で一定の魔力が消費されることは確定しているわけだし。今後、その無系統魔法を連用しなければいけない戦いに身を投じた時のことを考えても、使用できる魔力の最大値を上げておくことは決して無駄にはならないわ」


「なるほど」


 座標演算処理によって生じる脳への負荷が激しく、これまでは使用できる魔力に限界が来るよりも脳が悲鳴を上げる方が早かった。しかし、現状では『不可視(インビジブル)シリーズ』や俺のMCウリウムによる発現できる魔法の増加によって、使用される魔力量も大幅に増えてきている。


 前回の修学旅行での蟒蛇(うわばみ)(すずめ)戦では、長期戦になることは無かった。師匠を始めとする高レベルの魔法使いたちのサポートもあり、最初から最後までずっと蟒蛇雀と戦っていたわけではない。今後を考えるのなら、確かに使用できる魔力量の増加を図るのは間違っていないと言えるだろう。


 俺が納得したと見たのか、師匠は1つ頷いた。


御堂(みどう)(えにし)から聞いた話では、貴方は一度だけ自分が本来使用できる魔力量の限界を超えて魔力を放出したことがある。身に覚えはある?」


「……日本の実験棟で、天上天下と戦った際に超えたことがあるらしいのですが、正直なところ記憶は曖昧です」


 あの時は頭に血が昇って怒りのあまり……、という状態だったからな。戦っていた相手が天上天下(テンジョウテンゲ)だったという事実も後から知らされて唖然としたくらいだし。おまけに戦闘後は意識を失って脱出はエマ頼りになるという情けなさだ。


 堂々と黒歴史の仲間入りを果たした一件だったと言っていいだろう。


「『魔力暴走(オーバードライブ)』とは、本来であれば絶体絶命の魔法使いが、火事場の馬鹿力ともいうべき精神力で自らの魔力生成器官に負荷を掛けて、自らの限界を超えた魔力を生成することを指すわ。でも貴方の場合は保有する魔力が(カラ)になったわけではなかったから、普段では手を出せなかった領域の魔力がそこに補填されたと見るべきね」


 ……『魔力暴走(オーバードライブ)』か。


 そう言えば、縁先輩からも注意されたっけ。

 あれは命を削る行為だから控えろ、と。


「本当なら、避けるべき技術。自らの生命力を魔力に変換するようなものだからね。連用すれば死ぬことになる」


 淡々と師匠は言う。

 けど、俺は聞き逃さなかった。


 師匠は今、『本当なら』と言った。

 つまり、この女はこれからそれを身につけろと言う。


「以上を踏まえて結論を言うわ。今回の修行で、貴方にはこの『魔力暴走(オーバードライブ)』を完璧な状態で身に着けてもらう。眠っている魔力領域を、これで叩き起こす」


 予想通りの宣言だった。


「短期間で100パーセントを使いこなせるようになれるとは思っていないわ。私も鬼じゃないし。今回の目標は……、そうね。50パーセントくらいを目安にしましょうか」


 ……。


 これまでの最高記録は、魔法世界で諸行無常(ショギョウムジョウ)と戦った時の30パーセントだ。これはウリウムが言っていたのだからほぼ間違いのない数値のはず。問題なのは、あの時ですら死と隣り合わせの状態でようやく達したレベルの解放だったということ。


 私も鬼じゃないし、だって?

 ふざけんなよ。


 そもそもだ。

 今から俺に修得させようとしているのは『魔力暴走(オーバードライブ)』のはずだ。そう、暴走なのだ。それを使いこなせるようになれだって? 暴走を使いこなすということは、制御できるようになれということだ。暴走が制御できるのだとしたら、それはもはや暴走とは言わない。完全に矛盾しているじゃねーか。


 そんな俺の心情が透けて見えたのか、師匠はあからさまなため息を吐いてから口を開いた。


「何か勘違いしているようだから、念のために言っておくわ。今から貴方には『魔力暴走(オーバードライブ)』のコツを修得してもらう。貴方の思い通りにいつでも眠っている魔力を引き出せるようにね。つまり、魔力生成器官を暴走させた結果、眠っている魔力を解放する。その解放した魔力を制御して戦いに利用する。そういうことよ。全然矛盾なんてしていないでしょ?」


「ほら、間違っていないでしょ?」って感じでこっち見んなよ。

 ふざけんなよ。ふざけんなよ!!


「で、肝心の修得方法なんだけど。さっきも言った通り、『魔力暴走(オーバードライブ)』というのは、絶体絶命の魔法使いが、火事場の馬鹿力ともいうべき精神力で自らの魔力生成器官に負荷を掛けて、自らの限界を超えた魔力を生成することを指すの。つまり、貴方には絶体絶命の状況になってもらわないといけないわ」


 ……。

 嫌な予感しかしないんだが?


「私は悲しいわ……」


 懐からハンカチを取り出した師匠は、それを目元へと持っていき、流れてもいない涙を拭う振りをしながら続ける。


「かわいいかわいい、この世で一番かわいがっている愛弟子を、自分の手で死ぬ寸前まで追い込まないといけないなんて……。きっと、今世界で一番不幸なのはこの私ね」


 世界で一番かどうかは分からないが、不幸になるのは絶対師匠より俺だと思う。そんなことをもはや現実逃避気味に考えていたところで、目の前に立っていた師匠から爆発的な魔力が噴き出した。何の脈略も無いあまりに突然のことだったため、その余波で盛大に吹き飛ばされてしまう。


 宙へと投げ出された身体を捻り、慌てて体勢を整えて着地する。


「無系統魔法の使用を許可するわ」


 吹き荒れる膨大な魔力のせいか、陽炎のように周囲を揺らめかせながら師匠は言った。


「私を殺す気で来なさい、聖夜。まずは貴方が通常使用できる魔力量の限界まで使い切ってもらう。話はそれからよ」


「いやいや、ちょっと待ってくださいよ! もうちょっとくらい詳細な説明を――」


 それに、ここにいるのは俺たち2人だけではない。


 ちらりと視界の端へと意識を向ける。そこでは、シスター・メリッサが遅延魔法を解放して、自らと勉強机に向かい日本語の勉強をしていたアリス・ヘカティアへと障壁魔法を展開していた。目が合う。出荷待ちの家畜へと向けられる目だった。


 え、いや。

 ちょっと待って。


「この空間を破壊しない限り、何をしてもオーケー。とりあえずはそんなルールで行きましょうか。何か不測の事態が起こるようなら、都度中断してルールを追加していく感じで」


 そんなアバウトな感じやめて!!


「さあ、行くわよ。聖夜、貴方の成長を私に見せて」


 跳躍。

 一瞬で肉薄してきた師匠の笑顔は、思わず見とれてしまうほどに綺麗だった。







「――くん。――やくん。聖夜君!!」


 っ!?

 顔を上げる。


 超至近距離でこちらを覗き込んでいる美月と目が合った。

 美月の吐息が唇で感じられるほどの近さである。


 ……お?

 何だ、この状況は?


 見る見るうちに真っ赤になっていく美月が、勢いよく俺から離れた。そしてそのまま「うっひゃい」とかいう色気の欠片も感じさせない悲鳴をあげて、教壇の段差に躓いてひっくり返っている。


 白か。

 何だかんだ言って、結局白が一番えっちぃよね。


 健全なエロさがある。

 取り繕ったイメージを抱かせない感じが良い。


 何の話をしているんだ?


「だ、大丈夫ですか? 鑑華さん」


 シャンプーやリンスのCMに採用したらバカ売れ間違いなしであろうサラサラの黒髪を掻き揚げながら、可憐が転がった美月を助け起こそうと手を伸ばしている。その様子をぼんやりと眺めていたら、横できつい視線を向けてきていた舞が両手を机へと叩きつけた。


「貴方、他人の話を聞いている間に眠るってどういうことよ」


「んあ? 人聞きの悪いことを言うなよ。ちゃんと聞いてただろ」


 欠伸をしながらそう答える。視線の先では、未だに顔を赤く染めた美月が可憐の手を借りて立ち上がっていた。若干涙目になっているのは、きっとひっくり返った時にお尻でも打ったからに違いない。かわいそうに。


「聖夜君、本当にちゃんと聞いてた?」


「聞いてた聞いてた」


 もう一度欠伸をしながら美月の質問へそう答える。


 あれだろ?

 今日の夕食は寮の食堂に集合でカレーパーティーって話だろ?


「本当に大丈夫なんでしょうね……。下手なことをしたら私たちでも庇い切れないかもしれないわよ?」


 そんなカレーくらいで大袈裟な。


「聖夜様、もし体調が優れないようでしたら保健室までお連れしますが」


 舞とは俺の机を挟んで反対側に立っていたエマが、俺の顔を覗き込みながら言う。

 こいつはこいつで近いな。


「平気平気。ちょっと寝不足なだけだから」


 なおも顔を近づけて来ようとするエマを手で押さえながらそう答える。

 欠伸が止まらない。


 なにせ、最近では放課後に生徒会が無い日は教会へと直行し、そのまま師匠から命の危険を感じるレベルの修業を施されているのだ。力尽きてもシスター・メリッサの治癒魔法で強引に回復させられ、こちらが意思表示をする前に再び修業は再開。師匠は嬉々として俺を2秒あれば肉片に変えてしまえるような魔法を放ってくる。気を失っては治癒魔法を掛けられ、気を失っては治癒魔法を掛けられる。最終的には、気が付けば朝の目覚ましの音で意識が覚醒しており、痛む身体を引き摺って学園に通うという日々。


 既にこの修行という名の苦行は半月以上続いているが、意識を失わなかった日は無いという恐ろしさだ。これはもう流石にパワハラで訴えて良いのではないだろうか。出るところへ出れば勝てると思うんだ。最近では生徒会の仕事がある方が嬉しいまである。なにせ、放課後に生徒会があれば地獄を先延ばしに出来るのだから。


 この修行が必要なものだってことは分かってる。

 分かっているんだけどさぁ。


 もうちょっと別のやり方あるんじゃないですかね。


「ほら聞いていないじゃない!」


 舞が吠えたことで、肩がびくってなった。


「聞いてた聞いてた」


「嘘仰い!」


 あれだろ?

 夕食までの間に、ちゃんとお腹空かせておけって話だろ?


 ほら見ろ、聞いてたじゃねーか。


 そう反論しようとしたのだが、それよりも教室の扉が開く方が早かった。担任である白石はるか先生がやってくる。出席簿を抱えてやってきた先生は、なぜか非常に困ったような顔をしていた。


「皆さん、席に着いてください~」


 間延びした声を上げながら、白石先生が教壇に立つ。俺の席に集まっていた面々が、それぞれ自分の席へと戻っていった。舞が俺の耳元で「悪目立ちするようなことはやめなさいよ」と呟いていったのが気にかかるが。


「えっと、それではですね。出席を取る前に、今日から皆さんと一緒にお勉強することになった子を紹介しようと思っていたのですが……」


 白石先生は、落ち着きの無い様子で教卓を出席簿でトントンしながら言う。その視線は俺たちでは無く自分が入ってきた扉へと向けられていた。


 何だ?


 転校生か?

 それともクラス=B(クラスビー)からの昇格?


 この時期に?

 もうそろそろ春休みだぞ。


 そんなことをぼんやりとした頭で考えていると、扉の外に人の気配を感じた。……何だ、今の。ちょっと違和感があったような。とりあえず眠いな。人の気配に気が付いたのか、手にしていた出席簿を放り出した白石先生は、残像が見えそうな速さで扉へと張り付く。


 そしてその手で扉を開けた。


「ど、どうでしたか!?」


「申し訳ございません。本日は気分では無い、とのことでした」


「えぇー!? 欠席になっちゃいますけど!!」


「はい。勿論、それで構いません。朝の貴重な時間を割いて頂き、ありがとうございました。明日から、改めてよろしくお願い致します」


「いやいやいや、そういうことではなくてですねぇ。いや、本当に、ちょっと待って……。あ、あぁ……」


 半開きの扉の先へ顔と手だけ伸ばした白石先生は、なぜか切なそうな声をあげた後にがっくりと項垂れた。しばしの沈黙。どんよりとしたオーラを纏った白石先生は後ろ手に扉を閉めると、先ほどの機敏な動きとは打って変わってのっそのっそと教壇まで引き返す。


「……し、白石先生?」


 近寄り難い負のオーラを撒き散らす白石先生へ、クラスを代表して紫会長が声を掛けた。しばらく俯いたままだった白石先生が、突然手にした出席簿を教卓へと振り下ろす。


 パァンだかバァンだかは分からないが、凄い音がした。

 少なくとも、欠伸は引っ込んだ。


 白石先生が顔を上げる。

 大きな目に涙を溜めながら言う。


「出席を取ります」


 目が血走っていた。

 こえぇよ。


 見ていられなくなり、穏やかな陽の光が差し込む窓へと目を向ける。

 今日は雲ひとつ見当たらない晴天だった。


 平和だ。

 もう戻ってこれないと思っていた日常がここにはある。


 けれど、これが本当の平和なのか、それともただの嵐の前の静けさなのかが分からなかった。世界的犯罪組織だったはずの『ユグドラシル』のトップ、アマチカミアキの討伐に成功したにも拘わらず、世界は何ら変わりなく動いている。討伐の話すら出てこない。むしろ、口外しないようにと師匠から念押しされたくらいだ。


 その師匠は、俺の修行が出来ない学園の時間帯は何処かへ行っているようだし。







「関連するものは何も残っていなかったそうだ」


 リナリー・エヴァンスと姫百合美麗を書斎へと招いた花園剛は、お茶の用意をした家政婦を下がらせ、2人の対面のソファに腰を下ろしながらそう言った。


「先手を打たれた……、ということなのでしょうか」


 美麗は、隣で静かに報告を聞いていたリナリーへと問いかける。

 リナリーは目を瞑ったまま首を横に振った。


「……分からないわ。証拠隠滅を図ったのが今回の一件によるものなのか、それ以前に既に行われていたのか……。孤児院側の過失による資料の紛失という可能性もあるのでしょう?」


「正式な回答は後日となっているが、現状ではそう返答を受けている」


 剛は手にしていた資料をテーブルの上へと並べていく。


「仮に奴らが証拠の隠滅を図ったのだとすれば、それはつまり奴らにとって不利益が生じる何かがあったということになるわけだな?」


 剛の言葉に、リナリーは首肯した。

 そこに美麗が口を挟む。


「しかし、幼い頃の孤児院に残されていた資料まで全て破棄する必要性が本当にあったと思われますか? そこからいったい何が分かるというのです?」


「そこから調べる必要がある……。資料は全て抹消されていて、現状で既に詰んでいる可能性もある。というよりも、そもそもが徒労で調べる意味さえ無かったというケースも考えられるわけだが。それでもなお、この件に時間を割く価値があると考えているのだな、リナリー」


 頷くリナリーに、美麗は小さくため息を吐いてから口を開いた。


「……分かりませんね。『ユグドラシル』の長、アマチカミアキは死亡した。貴方自身の手で(あや)めたのでしょう? そのことに疑問を覚える必要がありますか?」


「分身魔法や影武者ではないと断言出来るのだろう?」


 美麗の言葉に便乗するように剛も質問を重ねてくる。

 リナリーは2人からの指摘に頷いた。


「分身魔法では無かった。分身体であったなら、ダメージを負った際に血は出ないし、あの時は臓物まで忠実に再現されていたわ。疑うなら光属性の幻術の方でしょうけど、魅了されるようなミスは犯していないし……」


 2人に答える、というよりは、自らに言い聞かせるようにリナリーは語る。


「影武者でも無い。流石にあの男を他の誰かと勘違いするほど耄碌はしていないわ。一時のこととは言え、学生時代は肩を並べて歩いていたわけだし」


「そこまで断言しておきながら、まだ違和感を覚えているというのが分からんな」


 剛は自らの顎を撫でながら、ソファの背もたれへと深く自らの身体を預けた。


「アマチカミアキは死んだ。それが結論では駄目なのか」


「御免なさい。どうしても違和感が拭えないのよ。上手く言葉にできないことが、もどかしいのだけれど」


 俯き、自らの両手を見ながらそう口にするリナリーを見て、剛と美麗は思わず目を見合わせる。


「……まあ、それが『ユグドラシル』の残党共を根絶やしにするうえで必要な手段である、というのなら協力するがな」


「残党……、でいうなら、蟒蛇雀の生死も不明のままなのですよね?」


 美麗の話題転換に、リナリーは頷いた。


「『脚本家(ブックメイカー)』でも確認はできないのか」


「分かっていて聞いてるわよね? 蟒蛇雀の本が無い以上、彼女でも確認することはできないわ」


 これまでとは違い、打てば響くような速度での返答に、剛は苦笑いを浮かべるしかない。


「彼女の本はアマチカミアキが握っていたのでは?」


「少なくとも、あのホテルからは見つかっていないわよ。アマチカミアキの遺体ごと私たちの魔法で塵にした可能性はあるけど」


 そう言いつつも、その可能性は無いとリナリーは思っていた。蟒蛇へ追撃する過程で、わざわざ天蓋魔法まで発現して念入りにすり潰したのだ。本を隠し持っていたのなら、その時に気付いていたに違いない。


「ならば、彼女の手綱は未だ『ユグドラシル』が握っていると見て間違いは無いのでしょうか」


「そう考えるのは少々早計だな。リナリーの話ではアマチカミアキの側近が負傷した蟒蛇雀を連れ帰ったとのことだが、完治後に本を奪って逃走した可能性だってある」


「……本の話なんだけど。もう1つ気になっていることがあるのよね」


 意見を交わしていた美麗と剛が、その口を止めてリナリーを見る。


「聖夜が神明(カミアキ)と会った時に、あいつの本を見せてもらったって言ってたんだけど……。その本のタイトルがローマ字だったらしいのよ」


「それに何か問題が?」


 剛が首を傾げた。


「あの者の本名が刻まれているのなら、その本は本物だろう? いや、別人がその本を所持しているというケースを考えるのなら、その者がアマチカミアキであるという証明にはならないだろうが」


「いえ、違うわ。引っ掛かっているのはそこじゃない。本のタイトルが対象者の本名になるというのは話したと思うのだけれど、問題なのはそれに使用される文字なの。英語で固定化されているわけじゃない。対象者のもっとも慣れ親しんだ国の言語が使われるはずなのよ」


「リナリー、貴方の懸念は理解できました」


 美麗が言う。


「つまり、日本語で書かれていなかったことに引っ掛かりを覚えている、と。アマチカミアキの生まれは日本。彼が幼少期に過ごしたのも日本の孤児院。それなら、その本に書かれている言語は日本語であるはずだ、と」


 リナリーは頷いた。

 しかし、剛は首を横に振った。


「俺は『脚本家(ブックメイカー)』が発現している神法の詳細を知っているわけではないから断言はできんが……。その者がもっとも慣れ親しんだ、という表現が本当にルールとして採用されているのなら、それはもう対象者の気持ちの在り様の問題だろう。学生時代を魔法世界エルトクリアで過ごしていたのだとすれば、そこはもう英語圏だ。過ごした時間が永い国に愛着が湧くのは分からない話ではない」


「……それに、あの夜。蟒蛇を抱えた傍若無人が、嫌に物分かり良く去って行ったのも気にかかるの。あいつの側近3人は、あいつを本当の神のように捉えていた節があったから。自分が崇拝する神が敵勢力に殺されたと仮定したら……、貴方たちなら冷静に撤退という選択ができたと思う?」


「考え過ぎだ、リナリー」


 剛が話は終わりだとばかりに立ち上がる。


「お前は今、疑心暗鬼に陥っている。長年の宿敵であったアマチカミアキを、自らの想定より遥かに呆気なく討伐できてしまったことに疑いを抱いてしまっているんだ。『この程度で本当に死ぬような男だったのか』とね。理解はできる。しかし、お前らしくは無い。それで今後の戦闘に影響されるのも面倒だ。後顧の憂いを断つという意味でも、捜査は継続して行おう。但し――」


 剛の言葉を、美麗が引き継いだ。


「今後、『ユグドラシル』関連の捜査をする際は、必ず花園家か姫百合家を通してくださいね。仮に『ユグドラシル』側が証拠を抹消して回っていた場合、不意の遭遇戦へともつれ込む可能性があります。待ち伏せされるケースも念頭に置いておかなければなりません。リナリー、貴方はこの世界において必要な存在なのです。貴方という抑止力が消えた場合、どのような事態に陥るのかについては、貴方のかわいいお弟子さんの土産話で理解できているかとは思いますが。勿論、これは貴方自身を利用するためだけに言っているわけではないということも理解してくださいますよね? 私は、リナリー・エヴァンスの友人の1人としても、貴方のことを心配しているのです。それは、口にはしていませんが剛さんも同じ気持ちのはずです。リナリー、貴方なら勿論気付いていますよね?」


 美麗にしては珍しい、捲し立てるようなその口調に、思わずリナリーは目を白黒させながら聞き役に徹している。これ幸いとばかりに、最後にとびきりの笑顔を見せて美麗はこう締めくくった。


「この一件が片付くまで、単独行動は慎むこと。約束が破られた場合は、捜査を中断し、今後一切貴方への援助は行いません。分かりましたか? お返事は?」


 まるで見えない首輪を付けられた気分だ、とリナリーは思った。

 次回の更新予定日は、4月29日(水)17時です。

  ※以前お伝えした通り、しばらくの間は隔週更新とさせて頂きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] リナリーが見えない首輪つけられてるのめちゃくちゃ面白いしめちゃくちゃレアでいいですね…
[一言] 焦らしプレイですね。 魔法世界で倒したアマチカミアキが実は魚目燕石とかコードネームも出てないキャラだったりするんだろうか…
[良い点] 転校生と相見えないまま2週間お預けとは… 更新ありがとうございます
感想一覧
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