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テレポーター  作者: SoLa
第10章 真・修学旅行編〈下〉
378/432

オマケ 9章〈中〉17話(初期案)

 本日3つめの更新です。




「大丈夫ですか? 聖夜様」


「ん?」


 急に喧騒が聞こえてきたような感覚だった。

 気付けば、俺は人混みの中に立っていた。


 片手にはキャリーケース。

 流暢な英語でフライトの案内をするアナウンスが聞こえてくる。


 ここは。


「聖夜君?」


 エマとは逆隣に立っていた美月が俺の名を呼んだ。


「あ、ああ。すまん、ちょっとぼーっとしてたみたいだ」


「聖夜ー、迷子にならないでよー」


 少し前を歩いていた舞がそんなことを言う。

 舞の隣にいる可憐は口元を手で隠して笑っていた。


 俺は慌てて携帯電話を取り出す。

 そして、画面に表示された日時を見て、思わず目が潤んでしまった。




 戻ってきた。

 本当に戻って来たんだ。




「ど、どうしたの、聖夜君。急に!」


「聖夜様!? どこかお加減が」


「あ、ああ! いやいや、大丈夫、ちょっと目に埃が入っただけだから」


 両サイドで慌て出す2人を宥めながら、目元を拭う。


 まだ死んでない。

 スペードもアリスも。

 まだ死んでないんだ。


 そう思った直後だった。

 隣に立つエマが「あの方は」と呟くのを聞いた。喧騒に混じって辛うじて聞こえたその声だったが、エマの視線の先にいる人物を見て、事態を把握した。


 談笑する舞と可憐の更に向こう。

 こちらへ向かって迷いなく歩いてくるのは。


「栞か」


 そうだ。

 そうだった。


 ここは魔法世界へ向かう為に飛行機を乗り換えたサンフランシスコ空港。そこで俺は、栞から封筒に入ったロッカーの鍵を受け取るのだ。T・メイカーの仮面とローブ一式が入れられているロッカーの鍵を。


 栞は真っすぐにこちらへ向かってくる。

 舞たちの横をすり抜け、俺のもとへと。


 そして、さり気なく俺に封筒を手渡そうとしてきて。


「栞」


 その名を、呼んだ。


「……お兄様?」


 栞が驚いた表情で足を止める。


「この後、師匠から何か命令を受けているか?」


「ここでこの封筒を渡すだけです。それ以外は特に」


 よし。

 師匠が関係しないのなら問題無いだろう。あの老人曰く、師匠への救援要請のタイミングが早いと『ユグドラシル』との全面戦争ルートへ突入らしいからな。


「なら、この後魔法世界に入ってくれ。師匠には言うな」


 封筒を受け取りつつそう言う。


「分かりました」


 俺がこれから乗る飛行機は、修学旅行のために用意された臨時便だ。よって、栞はこの飛行機には乗ることが出来ない。魔法世界に入ったらメールをするように伝え、栞とは一旦別れた。


 記憶を引き継いで遡ったのはこれが初めて。

 このタイミングで栞に声を掛けたルートは殆どないに違いない。未来の記憶が無ければ栞を呼び止める意味も、魔法世界入りさせる必要も無いからだ。一度魔法世界に入ってしまうと、外界との連絡手段は限られてしまう。栞を戦力としてカウントするためには、ここで声を掛けるしかないのだ。


 変えてやる。

 変えてやるぞ。


 アリス。

 スペード。

 お前らを絶対に死なせやしないからな。







 サンフランシスコ空港での乗り換えも問題無く終わり、アオバ空港行きの臨時便は定刻に離陸している。前回と同じなら、あと1時間ほどでアオバ空港に着くはずだ。


 ……前回のことを、少し意識し過ぎか。

 現段階で変わった事と言えば、栞の一件くらいだ。流石に、その程度で現状が変わりはしないだろう。


 T・メイカーの話で盛り上がる美月やエマをしり目に、俺は1つため息を吐いてからメモ用紙とペンを取り出す。


「ん? なになに、どうしたの聖夜君」


「ちょっと考えをまとめておきたくてな。あ、悪いんだが、一度エマと席を変わってくれるか?」


「え? うん。分かった」


 憶えているうちに、前回どう動いたかについてはメモしておいた方が良い。どんな細かい選択があのルートに影響を及ぼしたのかは分からないのだ。美月とエマが席を交換して、エマが俺の隣に座った。


「……何かあったのですか」


 エマが真面目モードに切り替わっている。

 まあ、空港から様子がおかしいと気付いていたのだろう。


 有難い。老人からは権力者に近い者へ話すことは勧めない、と言われているが、エマは貴重な戦力だ。話しておくべきだ。頭も良いし、俺が気付けなかった何かに気付けるかもしれない。


 美月をどうするかについては、相談してから決めるとしよう。荒事に向いていない性格をしているからな……。


 さて。

 エマに話す前に、聞いておきたいことがある。


「ウリウム」


 小声でその名を呼ぶ。


《なに?》


「憶えているか?」


《……え? なになに、何の話?》


 この反応で理解した。

 記憶の引継ぎが行われたのは俺だけだ。


「エマ、ウリウム。これから話すことは嘘偽りのない真実だ。まずは俺の話を聞いてくれ。周囲には聞かせたくない内容だから小声で話す。聞こえなかったら言ってくれ」







 やるべきことは、アリスを女王陛下のもとへ連れていくこと。

 端的に言えばそれで終わりだが、その条件を達成するためにはいくつもの手順を踏まなければならない。


 1つめ。

 女王陛下との顔合わせを済ませ、気に入られておくこと。


 女王陛下のスケジュールを把握しているわけではないし、そもそも顔合わせを済ませていなければいくら騒いだところで会わせてはもらえない。平民である俺が直接言葉を交わすこと自体、本来なら不可能な相手だ。


 クリアカードに登録されていたプライベートナンバーは、おそらく遡りによって抹消されているはずだ。あれが無いと女王陛下と連絡も取ることが出来ない。王城内部の人間は俺を信用しているわけではなかったし、やはり女王陛下とお会いするには本人と話すしかない。


 女王陛下と親しくなれたきっかけと言えば、やはりT・メイカーとして王城へ出向いたことだろう。


 よって、すべきこと2つめ。

 ギルドによるT・メイカーの捕縛作戦をもう一度実行させ、その足で王城へ向かう。


 捕縛作戦をもう一度実行させるのは、王城へ向かう道中の護衛をクランにするためだ。女王陛下は言っていた。もともとの護衛はアルティア・エースであったと。捕縛作戦が起こらず、当初の予定通りアルティア・エースが俺の護衛として選ばれた場合、最悪王城へ向かっている最中に戦闘へと突入する可能性がある。そうなると、その先どうなるかは分からない。前回の俺はエース戦で逃走しているのだ。その流れで王城へ向かえるとは思えないし、そのまま残りの『トランプ』全員を相手にして死亡する可能性だってある。


 失礼な態度……、分かっていてももう一度とらなきゃいけないのかよ。

 つらいな。


 3つめ。

 アリスと出会う。


 これも大前提だ。

 そして、ある意味一番ハードルが高い。

 アリスの逃走ルートが不明なためだ。


 会えるかどうかは完全に運。しかし、会わなければ話は進まない。祥吾さん達に協力してもらい、人海戦術で洗っていくのが一番確実なのだろうが、権力者に近い者へ話すことは勧めない、といったあの老人の言葉が引っかかる。どうにもあれは、花園や姫百合のことを指しているのではないだろうかと勘繰ってしまうのだ。


 圧倒的に人手が足りない。

 開催されるはずのオークションに行って普通に落札するか?


 いや、ダメだ。アリスはそのオークションで落札される前に逃走しているんだ。通常の手続きを踏んで落札していたのでは間に合わない。……待て。逆に言えばそのタイミングまでは逃走しないんだよな? なら、アリスが逃走を開始した直後を押さえればなんとかなるか?


 この考えは候補に入れておこう。


 自分でも考えをまとめながら話していく。

 エルトクリア大図書館にいる、ブックメイカーを名乗る老人から時間を巻き戻してもらったところまで全部だ。全てを話した。エマ達からすれば、まだ会ったことも無いアリスの話をされても戸惑うだけだろうが、今回の最重要人物だ。身体的特徴に至るまで洗いざらい話す。


 こんな夢物語のような話をしたところでそもそも信じてもらえるのかが心配だったが、エマは真剣に聞いてくれた。ウリウムも、俺が話し終えるまで黙っていた。


 気付けば、結構な時間が経っている。

 周囲を気にしながら話したし、考えをまとめながらメモをとったりと、なかなか神経を使った。そろそろアオバ空港に着く時間になるだろう。


「以上だ。面倒事を持ち込んで悪いとは思うが、協力して欲しい。そろそろ空港に着く。質問はホテルの部屋で受け付けるが、前以って聞いておきたいことがあればここで聞いてくれ」


 エマは何も言わずに、じっと俺を見つめているだけだ。代わりにウリウムが声をあげた。


《マスター、じゃあ1つだけ聞かせて頂戴》


「何だ」


《貴方は私が保管されていたお店に行って、あたしの話を聞いたって言ってたわね。それは、その、つまり……》


 ウリウムが言い淀んだ理由には直ぐに思い至った。


「お前が精霊王だという話は聞いた。ただ、これからも変わらずにいてくれると嬉しい」


 俺の言葉を聞いていたエマが驚きの表情を浮かべる。対して、ウリウムの声色は落ち着き払ったものだった。


《……そっかー。知られちゃったか。自分の口から説明したわけじゃないのに、いつの間にか知られているってちょっと複雑かも》


 気にしていたようだし、当たり前か。

 それでもあっさりしているように感じるのは、女王陛下の正体を知った時の俺の反応をこっちのウリウムは見ていないからだろうか。


「エマからは何かあるか?」


「聖夜様が出会ったというその相手、本当に『脚本家(ブックメイカー)』と名乗ったのですか」


「ああ、確かにそう言っていた」


「本人だという確証は?」


 ……確証があるか、と聞かれると困るな。


「それは分からない。今井修に言われるがままついて行っただけだからな。場所が本当にエルトクリア大図書館であったという確信も無い。悪いな、その……。あの時は結構動揺してて」


 そもそも、その『脚本家(ブックメイカー)』がどういった地位にいる人物なのかすら分かっていないのだ。


「いえ、聖夜様の御気持ちは分かりますから、謝罪される必要はありません。私も会った事の無い人物ですし、身体的特徴を話されても照らし合わせは出来ませんから。聖夜様が遡りをした事は事実のようですし、今は本人だったと仮定して、聖夜様に与えられたノルマをこなすことを考えましょう」


「ちなみに、遡りが事実だと信じてくれる理由は?」


「聖夜様が仰ったことですから」


 左様か。

 呆れた表情を浮かべる俺を見て、エマは優しく微笑んだ。


「というお答えを今はお望みではないでしょうから、申し上げます。ウリウムさんとの会話で精霊王と出ましたね。私はウリウムさんの声は聞こえませんが、聖夜様の言葉を聞いた限りでは、ウリウムさんが教えてないはずの事実を知っていると判断しました。これだけで、聖夜様が何かイレギュラーに巻き込まれた事は間違いありません」


 なるほど。

 流石はエマ。真面目モードだと頭の回転が速い。


 エマの言葉に頷く。


「まずは、1日目の行動をどうするかです。そろそろ着陸ですし、まずはホテルまでの道中で絶対にすべきことだけを考えましょう」


「正直なところ、ホテルに向かう道中には何もなかった。問題はその後だな」


 走り書きしたメモを見ながら言う。

 玄関口アオバでクィーンからの招待状をクリアカードへインストールされるが、それはこちらが受け身でも勝手にやってくれるだろう。


「武闘都市ホルンで盲目の男に声を掛けられるんだが、これが先ほど言ったT・メイカー捕縛作戦のきっかけになったと思っている」


 というより、それ以外に思い当たる節が無い。


「なるほど。では、その辺りは注意しておきましょう。但し、確信がない以上何がきっかけになったかは分かりません。なるべく聖夜様が経験された遡り前の記憶と同じ行動をとるように心がけましょう」


「……分かった」


 当然だが、細部まで憶えているはずがない。

 最初から不安だ。







 不安だったのだが、エルトクリアに入国するまでは流れに乗るように呆気なく成功してしまった。俺のクリアカードにはちゃんとクィーンからの招待状が入っている。


 うーん。

 前回と同じ道筋を辿らなければと思いつつ、どこかで変えなければあのバッドエンド一直線だ。そもそも、あれも急展開過ぎて過去の何が悪かったのかがまるで分からない。『脚本家(ブックメイカー)』とやらも、そういったところを教えてくれれば良かったのに。まあ、そう出来ない理由があったんだろうが。


 音声のみを許可にして通話ボタンを押す。そして、あらかじめ打ち合わせしていた通りの台詞を口にした。


「入国しました。ホテルに到着次第、ホログラムシステムもオンにして連絡を入れます」


『了解』


 通話は直ぐに切れた。

 それを黙って見つめていた舞が、申し訳無さそうな顔をする。


「今の祥吾さんでしょ? 色々と気を遣わせて悪いわね」


「気にするな。ちゃんと対価は貰っているし、やるのはほぼ連絡係だからな」


 表情を曇らせる舞へそう答えつつ、大げさなジェスチャーでこちらを呼ぶ美月たちのもとへと向かう。舞もすぐについてきた。美月に問う。


「どうした?」


「一日フリーパスがあるみたいだから、それ買わない? ホテル着いたらすぐ観光するんでしょ?」


 そう言えば、そんな会話もあったな。美月が差し出してくるパンフレットに目を通しつつ、前回と同じ答えを口にする。


「そうするか」


 皆で券売機に向かう。それで思い出した。


「……どうするかな」


「何が?」


「いや、何でもない」


 前回の一件は無かったことになっているのだ。ならば、もう一度買っておくべきだろう。俺はフリーパスのデータを購入しつつ、更に切符でアオバからホルンまでの乗車券を購入した。


「……それも何かの対策ですか?」


 磁気タイプの切符を手にした俺へ、エマが小声で質問してくる。傍から見れば必要の無い切符を購入しているのだ。不審にも思うのだろう。しかし、これはそうではない。


「いや、別に」


 そう言って、俺はその切符を握りつぶした。

 あの時は無賃乗車してごめんなさい。


 ホームに停車している電車に乗り込む。

 電車は予定通りに発車し、俺達は無事に歓迎都市フェルリアに辿り着いた。

「初期案では、脚本家は普通におじいちゃんとして生きていて、ウリウムは遡りの記憶が無かったらしいよ」

「な、なんだってー」

「でも、エマちゃんは相変わらず男前だったよね」

「それは分かる」

「というか、プロットを練る段階でここまで文章にしておきながら結局ボツにするとか、清々しいくらい時間の無駄だよね」

「……それも分かる」

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり初期案よりも正規ルートの話が鳥肌が立って面白い。マリーゴールドの場面が圧巻だった
[一言] I話から読み返してたら、なんとなく天地神明は2人いるんじゃね?って思いましたね。 二重人格説もコメント見てて確かになぁって思ったけど、会談で簡単に死んじゃったから実は双子で片割れ生きてますっ…
[良い点] 蟒蛇雀さん強すぎる…ユグドラシルの戦力がめちゃくちゃ凄いことを再認識しました。 アリスを保護する過程で周りに起こる変化に意味があるんじゃなくて、アリスが聖夜に惚れて戦力になり得るってことだ…
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