第17話 『神の万物創造術』
☆
師匠の身体に纏わりついていた魔力が爆発的に膨れ上がった。
「お? なになに、ようやく本気ってことかしらァ!!」
実体化した蟒蛇雀が一瞬で師匠へと肉薄する。肉弾戦で挑む蟒蛇雀を師匠が迎え撃つ。拳を躱し、回し蹴りを弾き飛ばし、掌底を打ち込んだ。蟒蛇雀の肩口が吹き飛ぶ。どす黒い闇が噴き出す傷口を見て、蟒蛇雀の口角が吊り上がった。
「なぁにさァ、『旋律』ちゃん。ぜんっっぜん私に届いてないんだけどぉぉ!?」
蟒蛇雀から突きが繰り出される。
――より早く、俺がその腕を切り飛ばした。
「ふっは! 容赦無いね!! そういうの大好きっ!!」
残る左腕を軸に、蟒蛇が両脚を広げて回転する。その両足の先からはどす黒い闇が鞭のようにしなり、攻撃範囲を更に拡大させていた。師匠は上半身を反らせることで、俺は後方へと跳躍することでそれを回避する。
ふと視線を上げる。
切り飛ばされて宙を舞っていた蟒蛇雀の腕が、ぼこぼこと音を立てながら膨れ上がっていた。
『神の書き換え作業術』、発現。
腕を手元に。
そして。
「『不可視の弾圧』」
問答無用で圧し潰した。
破壊音と共に床が抜ける。
耳障りな音を断続的に響かせながら、腕は遥か階下へと落ちていった。
「なぁにをぶつぶつ言ってんのよ!! あはっ、詠唱なんざさせねぇよ!!」
視線を戻せば、再び師匠と蟒蛇雀が接近戦で拳と足を打ち合っていた。目まぐるしく両者の位置が変わる。師匠も全身強化魔法を発現しているようだ。無系統魔法は発現しているものの、現状は待機状態らしい。
「ウリウム、属性共調いくぞ」
《使えば使うほど、持続時間は短くなるけど》
「出し惜しみ出来る相手か?」
《……出来ないわね》
「行くぞ!!」
風属性の全身強化魔法『疾風の型』を発現して床を蹴った。タイミング良く師匠と位置が入れ替わった蟒蛇雀の横っ面を蹴り飛ばす。頭部が吹き飛んで原型を失くした。しかし、師匠と打ち合う身体の動きはそのままだ。
「化け物かよ!!」
「それはもうお互い様なんじゃない?」
耳元で囁かれる声に裏拳を叩き込む。
ぼふっという音と共に蟒蛇雀の顔面が再び気化した。
同じタイミングで師匠の掌底が蟒蛇雀の身体を後方へと吹き飛ばす。師匠が天に向かって腕を振り上げた。
「『業火の天蓋』、『激流の天蓋』、『疾風の天蓋』、『迅雷の天蓋』、『堅牢の天蓋』」
まるで唄うように魔法名を紡ぐ。
全てが直接詠唱。
基本五大属性、各2枚ずつ。
RankA天蓋魔法計10枚が発現した。
……本物の化け物はここにいたのだと確信した瞬間だった。
色とりどりの天蓋魔法が所狭しと展開されている。
《風と水の共調を確認。『属性共調・疾風激流の型』の発現に成功。推定持続可能時間15秒》
「師匠! 突っ込みます、構わず砲撃を!!」
跳躍する。
ホテルの床が崩落した。
構うものか。
実体化を始めていた蟒蛇雀を再び吹き飛ばす。
「吹き飛ばせ!!」
師匠の声と共に、10枚の天蓋魔法が一斉に唸りを上げた。
「くふっ、あれは流石にやばいかもね」
台詞のわりに、冷静な口調で蟒蛇雀が言う。
そして。
「『純黒の必穿槍』」
ぞあっ、と。
全身に悪寒が奔り抜けた。
蟒蛇雀に、これまでの比ではない莫大な魔力が集中する。
「この野郎!!」
舌打ちと共に回し蹴りを打ち込んだ。しかし、それを蟒蛇雀は屈むことで回避する。そして自らの影へとその手を伸ばす。手は影の中へとずぶりと入りこんだ。
逃げるのか?
いや、違う!!
影の中から、光を反射しない真っ黒な槍を取り出した。
踵落としを見舞う。
しかし、蟒蛇雀は一瞬でその場から姿を消したことで、ホテルの床が更に破壊されるだけに留まった。
どこに行ったのか、と。
眼で追った先にいた蟒蛇雀は、その光を反射しない真っ黒な槍を振りかぶった所だった。
師匠が蟒蛇雀の分身体を閉じ込めていた結界魔法へ。
俺が『神の書き換え作業術』を発現するより早く、師匠が蟒蛇雀へと肉薄していた。既に天蓋魔法は砲撃を開始している。色とりどりの魔法球が豪雨のように降り注いでいる。
そのせいで、間に合わなかった。
蟒蛇雀の一撃が、結界魔法を穿つ。
そう。
内部で天変地異級の大災害が起こっているであろう、その殻を。
『神の書き換え作業術』、発現。
対象は俺と師匠。
正確な座標演算をしている余裕が無かったため、お互い高度だけを書き換えた。
つまりは、このホテルの上空。
一瞬で視界が切り替わる。
見渡す限りの満天の星空だ。
直後、真下で凄まじい爆発音が轟いた。
師匠が舌打ちしながら手を打ち合わせる。
「解放記号『北の城門』、遅延術式解放、『堅牢の乱障壁』!!」
ホテルの四方を囲むようにして何重もの障壁が展開された。ホテル内部から噴射される炎や雷などが、その障壁を木っ端みじんに破壊する。しかし、その勢いはかなり殺せたようだ。付近の高層ビルに比べて一番高い建物だったことも幸いした。周囲への被害はマシな方だろう。
というか、その魔法はいつから待機させていたんですかねぇ。
「聖夜、ホテル屋上へ再転移」
「了解」
視界が再び切り替わる。
着地と同時に足元がぐらついた。
というか、斜めになっている。
周囲に見える景色も幾分か低くなっていることからも、屋上が何層分か落ちたらしい。
「解放記号『南の尖塔』、遅延術式解放、展開回帰・対象『天蓋魔法』」
師匠が何かを呟いたかと思ったら、再び基本五大属性全ての天蓋魔法を発現した。先ほどの10枚は、天変地異級の災害によって破壊されてしまったらしい。それが何事も無かったかのように再び頭上へと発現した。しかも、一瞬のうちに発現されている。
「……は?」
もはや何をしているのか分からない。
師匠が腕を振る。
視界を妨げていた粉塵が吹き飛んだ。
頭を振って思考を切り替える。
この人がバグキャラなのは今に始まったことではない。
そう。
今に始まったことではないのだ……。
「……シルベスターたちは無事なんだろうな」
余波で死んだ可能性もあるぞ。
「聖夜!!」
咄嗟にしゃがみ込む。
頭上で風を切る音がした。
足払いを掛けるが跳躍で躱される。そのまま蹴りを放たれたが、師匠の介入によってそれが届くことは無かった。師匠の殴打を受けた蟒蛇雀がバックステップで距離を空ける――、と思いきや、再び距離を詰めてきた。
手にしていた鎌を振り抜こうとしていたので、その腕を掴んで止める。そのまま投げ飛ばそうとしたが、掴んでいた腕が気化したせいで思わずバランスを崩した。蟒蛇雀が反撃してくる前に師匠の蹴りが蟒蛇雀を弾き飛ばす。
気化した。
と、思った頃には既に師匠の背後にいた。
跳躍。
俺の意図を察した師匠が上半身を右に反らす。
師匠の肩を借り、背後からの奇襲を企んでいた蟒蛇雀の腹へと跳び膝蹴りをお見舞いした。またもや気化した蟒蛇雀がその場から消える。俺たちの足元の影が蠢いた。一瞬にして数十にも及ぶ漆黒の槍が生み出されたが、その半数以上が射出される前に師匠の魔法球によって砕かれ、射出されたものはウリウムと師匠が展開した障壁魔法によって防がれる。
「ふひっ」
不快に感じる嘲笑が1つ。
繰り出された掌底を首を反らすことで躱し、代わりに肘うちを叩き込む。それは気化による回避ではなく手のひらで受け止められた。『不可視の弾丸』で追撃するが、有効打になった気配は無い。やはり、展開されている魔力量がこれまで対峙してきた魔法使いの中でもトップクラス。ケタ違いだ。
俺の横をすり抜けるようにして師匠が蟒蛇雀へと肉薄した。師匠の拳を脚で捌いた蟒蛇雀が口角を吊り上げ、実体を失くす。どす黒い闇と化した蟒蛇雀が俺と師匠の周囲を高速で駆け回る。
おそらく、距離を取らないのは待機状態となっている天蓋魔法を警戒してのことだろう。あの物量全てを属性同調の力で捌こうとすれば、流石の蟒蛇雀でも魔力がもたないということか。このままでは、結局根競べということになってしまいそうだが。
そう思った時だった。
「『流星』」
俺や師匠の周囲を高速で駆け回っていた蟒蛇雀に、銀色に煌く光弾が直撃した。おそらく、ダメージは通っていない。それでも、その一撃を回避するために気化した蟒蛇雀の動きが鈍る。
闇夜に、声が響く。
「突撃!!」
シルベスターの咆哮と共に、白銀色の装備で身を固めた戦乙女たちが蟒蛇雀へと殺到した。
★
蟒蛇が舌打ちする間も無く、一刀が迫る。雷属性の属性変異によって限界まで機動力を底上げしたアイリーン・ライネスが一番手だった。
「『抜刀術・轟雷』」
剣の煌きを蟒蛇は目で追うことが出来なかった。蟒蛇が認識した時には、既に上半身と下半身が真っ二つにされていたのだから。切断面からどす黒い闇が噴き上がる。
その直後に、二刀目。
蟒蛇は、己の視界範囲が急に半分になった事へ疑問を覚えた。
「『刺突・睡蓮花』」
柔らかな声が言う。
ケネシー・アプリコットの愛刀レイピアは、蟒蛇の右眼球を正確に貫いていた。
「てめぇ!!」
蟒蛇が、ケネシーを捉えようと手を伸ばす。
しかし、その頃には既にケネシーは離脱していた。
「『大嵐』」
フェミニア・アン・レンブラーナの円月輪が、蟒蛇の下半身を吹き飛ばした。遠心力を利用した重い一撃は、下半身を跡形も残さない。巻き起こった暴風によって気化した闇が遙か彼方まで吹き飛んでいる。さらに見れば、その振り回された鎖にケネシーは捕まって離脱したようだった。夜空を舞い、ケネシーが微笑む。
「下賤な犬畜生はここで処分することにしましょう。やりなさい」
「あぁ!? ふざけ――」
「抜刀術、水の型『蒼龍』」
「『双紅蓮』」
ルリ・カネミツによる抜刀術は属性変異の力を借りたアイリーンのそれに及ぶほどの早さを誇る。蟒蛇の左腕が跳ね飛ばされた頃には、既に日本刀は鞘へと納められていた。それからやや遅れて右腕も斬り落とされる。それは双剣を巧みに操るレッサー・キールクリーンによるものだった。刀身に炎を宿した双剣が、ルリと自らを襲う漆黒の槍を斬り刻み、蟒蛇の腕を斬り落としつつ傷口を焼く。
蟒蛇が怒りのあまり咆哮を上げる。
視界が、ふと暗くなった。
頭上を見上げる。
「絡繰剣、大剣モード『轟断』」
轟、という風を斬る音。
しかし、それはもはや叩きつけに近い。
チルリルローラ・ウェルシー・グラウニアによる一撃は、両腕をもがれた蟒蛇の上半身を縦に両断するだけでは飽き足らず、そのままホテルの床ごと破壊して、蟒蛇を階下へと叩き落とした。
「下がれ、チルリー。『星光の葬列』」
そこへ、シルベスターによる無慈悲の砲撃が始まった。リナリーの天蓋魔法も再び唸りを上げて稼働を開始する。目を覆いたくなるような色とりどりの光が、チルリルローラの一撃によって開けられた穴へと殺到した。
「くそっ」
蟒蛇はそう悪態を吐いて上半身を反らす。両腕は直ぐに戻せたが、本体からかなり離れた場所まで下半身は吹き飛ばされてしまったため、すぐには戻せない。属性同調は自らの身体を再生させる機能を持っているわけではない。あくまで変質させるだけだ。つまり、その変質させたものを自らのもとへと戻さない限り、下半身を戻すことは出来ないのである。
そう。
決して、無敵の魔法では無いのだ。
蟒蛇の表情から、嘲るような笑みが完全に消えた。腕の力だけで無理矢理自らの上半身の位置をずらした蟒蛇は、頭上から降り注ぐ無慈悲の豪雨をぎりぎりのところで回避する。
しかし。
顔を反らし、腕の力だけで跳ね上がる。
なおも続く拳や掌底、肘うちを宙に舞いながら両手で捌く。
「何だァ、お前は!!」
「無知とは本当に怖いものアル。自分を殺す者の名くらいは知っておいた方が良いアルヨ」
ノーツ・チェン・ウールアーレは嘲笑いながらも可憐な体術で蟒蛇を追い詰めた。そこへ、蟒蛇の吹き飛ばされていた下半身が戻ってくる。しかし、それをすぐには同化させず、蟒蛇は先に砲台として利用することにした。
片手でノーツの体術を捌き、もう片方で床に手を付き再び宙へと跳ね上がる。同時に、気化している下半身へと指示を飛ばす。漆黒の槍を生み出し、ノーツを死角から蹂躙しようとした。しかし、それを飛来した魔法球の群れが阻止した。
リナリーやシルベスターのものではない。
ナノ・レ・パルパロテによる攻撃だ。
舌打ち1つ。
蟒蛇は再び気化した下半身へと帰還の指示を出し、五体満足へと早戻りする。
その瞬間。
蟒蛇の上半身を、二本の槍が貫いた。
「な……、いつの間に」
シルベスターやリナリーの砲撃は今も執拗に続いている。そのせいで付近の魔力が乱れに乱れていた。おまけにその砲撃による破壊音も継続的に続いているため、聴覚にも頼れない。意識の半分は近接戦を続けているノーツに向けられている。
様々な要因が重なり、モリアン・ギャン・ノイスヴァーンの接近に、蟒蛇はまるで気付けなかったのだ。振るった腕は、サイラン・アークネルラが展開した障壁によって防がれた。
そして、防がれたことによって、自らの挙動が僅かに鈍っていることに蟒蛇は気付かされる。原因はモリアンの持つ2本の槍によるものだ。
白の槍は、相手に接触することで相手の魔力を吸収する。
黒の槍は、相手に接触することで相手の魔力をかき乱す。
無論、相手の力量によってその効力は増減する。高い魔法抵抗力を持つ蟒蛇にとっては、その効力はごくごく僅かなものだ。しかし、自らの魔法を手足のように、それこそ呼吸するのと同じように使いこなしてきた蟒蛇は、その僅かな誤差にすら致命的な違和感を持ってしまう。
「俺たちは、重要な作戦からは外されると思っていた」
「あぁ?」
蟒蛇を自らの槍で貫き縫い付けたまま、モリアンは言う。
「奴らを勝手に目の敵にしていたからな。しかし、そうはならなかった。ならば、奴らからの信頼には結果で答えよう!! ブリンガル!! ノーツ!!」
「てめぇ、何を言って――」
「うるぁぁぁぁ!!」
咆哮。ブリンガル・ベン・ベルガリアンの一撃が、蟒蛇の首を刎ね飛ばした。同時に、モリアンが蟒蛇の足止めに入った直後から距離を空けていたノーツの身体に雷が宿る。
「遅延術式解放、『迅雷の型』!!」
稲妻が奔り抜けた。
槍にくし刺しにされた蟒蛇の首無し胴体の横腹を、青白い雷を纏ったノーツの拳が穿つ。しかし、残念ながらそれが有効打になることは無かった。蟒蛇の身体は一瞬にしてどす黒い闇へと変貌する。ノーツは自らの速度を完全に殺し切ることができず、そのまま側壁へと激突して突き破り、奥の部屋へと転がった。そのままホテルの外壁まで貫通し、下へと落下しなかったのは奇跡に近い。
その余波でモリアンとブリンガルも側壁へと打ち付けられる。
モリアンは咳き込みながらも叫んだ。
「やれ! ナノ!!」
「了解。遅延術式解放、『堅牢の天蓋』」
気化した蟒蛇を蹂躙せんと、魔法球の雨が室内へと降り注ぐ。全身を気化させたまま猛攻を回避した蟒蛇は、そのままそのフロアの窓をぶち破ってホテルの外へと躍り出た。
そこに、『番外』の2人がいた。
ホテルの外壁に足を着けて、横向きに立っていた。
ジャスティン・クィントネス・パララシアは雷属性の全身強化魔法『迅雷の型』を。イレーア・クィントネス・パララシアは水属性の全身強化魔法『激流の型』を。それぞれ機動力が底上げされた状態で蟒蛇へと突貫する。
「畜生が!!」
それらを目にも留まらぬ速さで捌きながら、蟒蛇が吠える。
「何なんだよ、お前らはよぉぉぉぉ!!」
地面とは垂直。
ホテルの外壁を足場に、三者が入り乱れる。
「何なのかと問われても」
「貴方の敵としか答えようが無いわね」
何を分かり切ったことを、と。
ジャスティンとイレーアは言う。
外壁を砕き、ガラス窓を割り、三者は走った。四角形のホテルの外壁を、渦を巻くように移動しながら、三者が攻防を繰り広げる。拳を打ち付け、足を払い、肘うちを見舞い、手刀で薙ぐ。ジャスティンもイレーアも、全身強化魔法を用いた近接戦ならお手の物だ。双子ならではの息の合ったコンビネーションを発揮し、蟒蛇を上へ上へと追い詰めていく。
そう。
蟒蛇は、次々に現れる新手の対応に血が昇り、気付くのが遅れたのだ。
自分は、屋上へと誘導されているのだと。
「ふざけやがって!! 全員ぶっ殺して――」
「神法模倣『書き換え』、属性模倣『光』付加、『雷』付加」
闇夜に、声。
内容までは聞こえなかった。
あまりに小さな、呟きに似た声だったから。
それでも聞き覚えの有り過ぎるその声色に、蟒蛇は双子から目を離し、そちらへと視線を向ける。そこには、階下を破壊されて傾いた状態で辛うじてホテルに載っているだけの屋上に立つ、リナリー・エヴァンス。
屋上まで駆け上がった蟒蛇は、宙で何かを叫ぼうとしたが、それが叶うことは無かった。音すら置き去りにしたリナリーの一撃が蟒蛇を襲う。
「『紫電一閃』」
回避のために気化しようとした自分の魔法が、消え去るのを蟒蛇は感じ取った。これは先ほども受けた一撃。リナリーが使えるとは聞いていなかったが、それでも間違いなく光属性と闇属性の相殺だった。
まずい、と。
蟒蛇は直感した。
再び属性同調を発現しようとして。
咄嗟に、自らの直感に従い身体を捻る。
それが蟒蛇の命を救った。
敵の狙いを、少しだけずらすことに成功する。
そして。
☆
柔らかな感触。
鉄のような臭い。
肉を突き破り、ぬめった臓物を貫く感覚。
「が……、がふっ」
耳元で苦痛に喘ぐ声。
その口から吐き出された血液が、俺の右肩を汚した。
俺の手刀が蟒蛇雀の身体を貫いていた。
気化はしていない。
吐血していることからも、この一撃は間違いなく入った。
しかし、咄嗟に反応されてしまったせいで心臓を貫くことは出来なかったようだ。
なら、まだ不十分。
再び『神の書き換え作業術』を発現し、蟒蛇雀の首を刎ね飛ばそうとしたが、その腕を何者かに捕まれた。咄嗟のことで座標計算が狂い書き換えに失敗する。
「悪いが、そこまでにしておいてもらえるか」
掴まれた腕に力が籠る。
しかし、乱入者に反撃する前に俺の視界が変わった。
気が付けば、手刀を突き込んだ姿勢のまま師匠の隣にいたのだ。斜めになった屋上に戻されたせいで、バランスを崩し尻餅をついてしまう。
「T・メイカー様!!」
真っ先にケネシーが駆け寄って来て、俺に肩を貸してくれた。
「あ……、ああ、すまない」
白銀色の残りの面々もやってくる。
『番外』も、赤銅色のやつらも屋上へと集結した。
皆の視線の先には、月を背景に空へと佇む大男が1人。
宙に足を着けて立つその大男は、漆黒のローブを身に纏っていた。
深く被ったフードの奥には、泣き笑いの表情を浮かべた仮面が覗いている。
「素早いな。一撃くらいはくれてやろうと思っていたが、逃げ足は一流か」
大男は仮面の下で嘲笑う。
違う。
今のは俺の魔法によるものではない。
師匠だ。
師匠の魔法が俺を転移させてくれた。
俺の無系統まで模倣出来るなんて聞いてないぞ。
「……傍若無人」
俺の隣で、師匠は忌々しそうにそう呟いた。
傍若無人。
天上天下と同じ、アマチカミアキの側近の1人か。
また警告に引っ掛かっているじゃねーか。
もう機能していないと見た方がいいのだろうか。
最悪だ。
「リナリー・エヴァンスか。ふむ」
蟒蛇雀を抱えながら、傍若無人は酷い有様となったホテルを見渡した。
「我らが主はどうした」
「殺したけど?」
「そうか……。死体は?」
「跡形も無いと思うわ」
「……残念だ」
そう言って、傍若無人は宙で踵を返した。
「待ちなさい」
それを師匠が止める。
「逃がすと思ってる?」
「その方が賢明だと思うぞ? この街を属性奥義によって死滅させても構わないのなら、相手をしてやってもいいが」
その言葉に、師匠の顔が歪められる。
それを答えとして受け取ったであろう傍若無人が背を向ける。
「追っ手に気付いた時点で無差別攻撃を開始する。これで俺たちは手を引こう。そちらも同じ結論であることを期待する」
そう言って、傍若無人は闇夜を駆けて姿を消した。
屋上に、静けさだけが残る。
しばらく警戒を続けていたが、反応は無い。
どうやら、本当に撤収したらしい。
隣に立つ師匠を見た。
師匠も、ちょうど俺を見たところだった。
「……終わったんですかね?」
「終わったみたいね」
終わった……、のだろうか。
本当に。
シルベスターが一礼して歩み寄ってくる。
「エヴァンス様、T・メイカー様。『番外』と赤銅色を先行させてギルド本部への撤収を開始します。我々白銀色は、おふたりの警護と周囲の警戒に当たりたいと思っております。よろしいでしょうか」
「ええ、そうしてくれる?」
リナリーの許可を得たシルベスターが、皆に指示を出し始めた。その光景をぼんやりと目で追いながら、ようやく会談を切り抜けたという実感が湧いてきた。まだ日付は変わっていない。指令の達成まではもう少しある。それでも、安堵が湧き上がってくるのは抑えられない。
ぐらり、と。
師匠の身体が傾いた。
「師匠!」
慌てて距離を詰めてその身体を受け止める。
「んっ……。どさくさに紛れて私の胸を揉みしだくなんて良い根性しているじゃない」
「風評被害です!!」
手のひらいっぱいに素敵な感触が広がっているけれども!!
これは揉んでるんじゃなくて必死に位置をずらそうとしてるんだよ!!
「今日は特別よ。好きなだけ揉んでいいわ。ふふふ」
「そうじゃねーって言ってんだろ!!」
自立する気力も無く、全体重を俺に預けておきながらも、師匠はやっぱり師匠だった。ただ、その笑い声に少しだけ寂しさが混じっていると感じたのは、きっと気のせいでは無いと思う。
本日20時にもう1話更新します。
それで『真・修学旅行編』は完結です。