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テレポーター  作者: SoLa
第10章 真・修学旅行編〈下〉
373/432

第16話 近未来都市アズサ ④





 鮮血が舞う。


 両断されたガラスは、置き去りにしてきた破壊音と共に強風と化した外気によって室内で舞い狂った。アマチカミアキの上半身が臓物を撒き散らしながら宙を舞う。下半身は力なく崩れ落ちるところを吹き込んだ強風によってたたらを踏んで飛ばされていた。


 吹き込む外気とリナリーの一撃の余波によって、室内は暴風で満たされる。

 その最中。


 ほんの一瞬。

 一瞬だけ。


 腕を振り抜き。

 それでも椅子から立ち上がる事のなかったリナリーが。

 僅かに視線だけを向けたその先で。




 下半身を失い風の流れに身を任せるだけとなったアマチカミアキと視線が合った。




 リナリーの目が捉えたのは、最後まで涼やかな笑みを浮かべたままのアマチカミアキだった。その表情が、かつて肩を並べて学生生活を送っていたあの頃の表情と酷く重なり、リナリーは自らその視線を逸らす。


 一方、蟒蛇は。


「あははっ、はああぁ!!」


 それは、まるで嬌声。


 アマチカミアキと同じように上半身と下半身を両断されておきながらも、蟒蛇は恍惚の表情を浮かべ、ただただ嗤っていた。しかし、傷口から噴き出しているのは血でも臓物でもない。


 どす黒い闇だ。


「そうそう!! こういう展開を待っていたんだよねぇ、私はさぁ!!」


 噴き出した闇が渦を巻き、漆黒の槍となる。

 1本、2本、3本。


 1秒に2本のペースで増えていくその槍は、10を超えたところで一斉に射出された。


 標的はもちろんリナリー。しかし、リナリーは蟒蛇の方へと振り返ることもなく、椅子から立ち上がることも無く、それと全く同じ数の眩い光の槍を周囲に発現して射出した。1本につき1本。正確無比なコントロールで漆黒の槍へと着弾し、次々と相殺していく。


 舌打ちをした蟒蛇の腕が気化する。それは波打つようにして漆黒の鞭となり、リナリーを打つべく振り下ろされた。しかし、それがリナリーの身体に到達することは無い。まるで見えない何かにさえぎられるようにして、漆黒の鞭は音を立てて弾かれた。跳ね返った鞭が側壁を抉り隣室との壁を破壊する。


 リナリーの影が蠢いた。

 それはリナリーの魔法ではない。

 蟒蛇の魔法だ。


 しかし、それが鋭利な刃物へと形を変える前に音を立てて霧散する。


「どうしてっ!? いったい何をっ!!」


 蟒蛇が吠える。

 ここにきて、リナリーはようやくテーブルに手を付いて立ち上がった。


 そして。

 その時には既に、リナリーの周囲には次の魔法が展開されていた。


 しかし、展開されていた魔法がおかしい。発現されているのは魔法球。それ自体に問題は無い。しかし、問題なのはその魔法球の種類だった。基本五大属性が全て揃っているのは当たり前、それに加えてそれぞれに貫通性能が付加されていたり追尾性能が付加されていたりと、1つの詠唱では間違いなく発現出来ない多様性に満ち溢れていた。


 五属性のカラフルな色に照らされながら、リナリーは上半身と下半身がくっついた蟒蛇へと振り返る。


「護衛は失敗。残念だったわね、駄犬」


「あぁ!? ふざけ――ぺっ!?」


 有無を言わさぬ射出。


 色とりどりの光を撒き散らし、全ての魔法球が一斉に射出された。迷う事の無い直線で蟒蛇を襲うものがあれば、不規則な射線を描いて蟒蛇へと殺到するものもある。回避は不可能だった。次々と身体に風穴が空き、タイミング悪く声帯を打ち抜かれたせいで蟒蛇の言葉は遮られ、彼女の口からは変な声が出る。


 魔法球の勢いは止まらない。

 それはさながらマシンガンの如く。


 リナリーの周囲には次から次へと魔法球が生み出され、同時にその全てが蟒蛇へと射出される。もはや天蓋魔法クラスの射出量だった。それにリナリー自身も気付いたのだろう。


 だから。


 リナリーが指を宙で一振りした。

 それに呼応して、リナリーの背後に3枚の魔法陣が発現する。


 RankA天蓋魔法である。


 中央に麻痺の付加能力を持つ雷属性『迅雷の天蓋(テンペスティナ)』が1枚。

 その左右に攻撃特化の火属性『業火の天蓋(イクスギャルティア)』が2枚。


 当然ながら、このような室内で使っていい魔法ではない。大規模殲滅型に分類される天蓋魔法の破壊力は、人を1人攻撃するために用いるべき魔法では本来無いのだ。それほどの砲台が3つ。所狭しと発現されたそれを、リナリーは躊躇いなく使用した。


 唸りを上げて天蓋魔法が起動する。


 全てを焼き尽くす業火が。

 眩い光と轟音を撒き散らす迅雷が。


 蟒蛇雀という個人を吹き飛ばすためだけに惜しみなく放たれた。


 閃光に爆音。

 炸裂に炎上。


 目すら開けていられないほどの状況の中、環境の変化が一気に起きた。


 リナリーが立っている場所から先、正面全てがハチの巣のような状態と化す。アマチカミアキの亡骸など、もはや欠片も残らないかもしれない。部屋に備え付けられていた家具やキッチンすら跡形も無く粉砕され、標的となった蟒蛇は背にしていた扉ごと廊下へと吹き飛ばされる。


 もちろん、そこで攻撃は止まらない。


 廊下を挟んだ対面の側壁に打ち付けられた蟒蛇は、その後も天蓋魔法からの脅威をその一身に浴び続ける。しかし、その頃には既に蟒蛇の原型も無くなっていた。気化していたはずの闇すら目視できないほどに細分化されて、蟒蛇がそこにいた形跡は皆無である。それでもリナリーの連射は止まらない。側壁を破壊し、別室の内部すら蹂躙したところで、リナリーはようやく天蓋魔法に待機の指示を飛ばした。


 盗聴器に向かってリナリーは言う。


「取り逃がしたかもしれないわ。蟒蛇雀に注意しなさい。アマチカミアキの無力化には成功した」







「俺が無力化されるところだったわ!!」


 思わずそう怒鳴り散らした後、これは向こう側からの音声を届けるだけの一方的な盗聴だったことを思い出す。


 轟音に次ぐ轟音に居てもたっても居られず、会談は完全に終了したと判断して部屋から飛び出していた。廊下を移動している最中にひと際凄まじい音が響いたかと思えば、先ほどまで移動していた場所で扉が吹き飛び、流れ弾が廊下へと殺到したのだ。あと少し移動する決断を遅くしていたら、そのまま巻き込まれていた可能性がある。


 あの部屋は師匠が会談場所として押さえていた部屋の真正面にある。おそらくオーバーキル過ぎて壁ごと粉砕し、直線上にある全てを破壊し尽くした結果、ああなったのだろう。あれで取り逃がしたと言うのか。師匠もそうだが逃げられるあいつも頭がおかしいと言わざるを得ない。


「栞! Pを使え!! 今すぐヴェラを離脱させろ!!」


 それだけ告げて、返答も待たずに通話を打ち切る。

 次の通話相手もワンコール待たずに応答した。


「会談は終了した! アマチカミアキはおそらく死亡、蟒蛇雀が逃走した可能性がある!『断罪者(エクスキューショナー)』の残党は見つかったか!?」


『いいえ、申し訳ございません。取り逃がした可能性がございます』


「気にするな、現状で脅威とならないのなら優先順位は後回しで良い! シルベスターは事前に伝えた通り――うおっ!?」


 突如視界が黒く染まる。

 強引に身体を逸らせたことで回避した。


 廊下の天井からガラス窓が、斜め一直線に切断されて酷い音が鳴る。


「――っ、蟒蛇雀!!」


「あはははは!! まぁた会ったわねぇ、中条聖夜ァァ!!」


 狂気に満ちた笑い声を上げながら、蟒蛇雀が腕を振った。その腕の先にあるのは手では無かった。まるで鞭のようにしなる、闇の気体。それをウリウムが即座に発現した10枚の障壁が迎え撃った。しかし、大した抵抗も無く全てが叩き割られる。向きは逸らせたものの勢いは止まらず、既に破損していたガラス窓ごとホテルの側壁をぶち破った。


 ホテル内部に、夜の冷えた風が強烈に吹き込んでくる。


「――ふざけやがって!!」


 無詠唱で風属性の全身強化魔法『疾風の型(グリーン・アルマ)』を発現した。その時にはもう、蟒蛇雀が目と鼻の先まで迫っている。一撃目でホテルに凄まじい斬撃を加えていた鎌状の闇が、俺の耳元を掠めた。


 冷静になれ。

 冷静にだ。


 殺してやりたい。

 すぐにでも。


 それでも、感情だけで仕留められるほどこいつは弱く無いぞ。


 二撃目。

 三撃目も辛うじてだが躱していく。


 ウリウムは別魔法の詠唱を行っているので障壁が出せない。

 ここは俺が凌ぐしかない。


 カウンター気味に放った掌底は蟒蛇雀の脇腹付近を捉えたが、ぼふっという音と共にその部分が気化したせいで打撃を与えることが出来なかった。蟒蛇雀から繰り出された回し蹴りを腕で受け止める。


 ずるり、と。

 接触した部分から魔力が抜け落ちた。


 闇属性の付加能力、吸収だ。


「クソ野郎!!」


 膝蹴りをぶちかましても、ダメージを与えた感覚は無い。まるで空気に向かって蹴りを放っているみたいだ。言うまでも無く、蟒蛇雀の身体は気化して実体を失くしている。こっちの攻撃は届かないのに、相手の攻撃だけ有効になるのはどうなんだ。ふざけ過ぎだろう。


 全身が闇へと気化した蟒蛇雀が、気体のまま俺の背後へと回り込んだ。


「『白影(ホワイトアウト)』ちゃ~ん」


 神経を逆撫でするような甘ったるい声だ。

 それがより不快感を煽る。


「お姉さん、会いたかったよぉ~?」


 抱き着くような態勢で、俺の耳元でそう囁いた。

 その一瞬で俺を殺さなかったのは、強者としての驕りだろう。


 ふざけやがって。

 会いたかったのは、俺も同じだ。


神の書き換え作業術(リライト)』、発現。


 振り返り際、手刀で蟒蛇雀の首を刎ね飛ばした。


「ほっ!?」


 突然の一撃に、蟒蛇雀が呆けた声を上げる。

 こいつにしては珍しい、あからさまな隙となった。


「『不可視の束縛インビジブル・ジェイル』」


 俺ごと蟒蛇雀の周囲を圧縮した魔力の空間に閉じ込めた。今、まさに気化しようとしていた蟒蛇雀の挙動が鈍る。スロー再生をしているかのような速度となった。


「よくやったわ、聖夜。そのまま閉じ込めておきなさい!!」


 師匠の声が聞こえる。

 見れば、跳躍した師匠が腕を振りかぶっているところだった。


 ヂッ、と。

 振り上げた師匠の腕が眩い光を帯びた後、やや遅れて音が聞こえる。


 いや、ちょっと待って。

 あれは何だ。


 俺の動揺を余所に、師匠が腕を振り下ろす。

 いや、振り下ろしたのだろう。


 その挙動は、俺の目では追えなかった。

 跳躍していたはずの師匠は、既に腕を振り抜き着地していたのだから。


「『紫電一閃』!!」


 攻撃の結果も。

 音も。

 その余波も。


 全ては遅れてやってきた。


 師匠の腕が辿ったであろう動きに合わせ、余波でホテルの天井、壁、ガラス窓に至るまでの全てに一直線の割れ目が入る。まさしく一刀両断である。俺が展開していた『不可視の束縛インビジブル・ジェイル』の空間ごとザックリいった。それを真正面から見させられた俺は心臓が止まるかと思ったわけだが。


 至近距離で余波をまともに受けた俺も、後方へと弾き飛ばされる。しかし、その想像を遥かに超える速度で放たれた師匠の一撃でも、俺の直ぐ傍にいたはずの蟒蛇雀の身体を両断するには至らなかったようだ。但し、蟒蛇雀の気化が止まっていた。


 まさか、相殺……か?

 頭がそう理解した時には、身体が反射で動いていた。


神の書き換え作業術(リライト)』、発現。


 発現回数は3回。


 1回目で離れた距離をゼロに。

 2回目の右手で蟒蛇雀の心臓部へと手刀を突き込む。

 3回目の左手で、周囲を巻き込み横一直線に一刀両断を果たした。


 側壁やボロボロになった窓を巻き込んで切断する。しかし、上半身と下半身が真っ二つになった蟒蛇雀だったが、その切断面から漏れ出ているのは血では無くどす黒い気体だった。


 ……間に合わなかったか。

 思わず舌打ちする。


「随分と容赦無いのね。何か心境の変化でもあったぁ?」


 転がっていた頭部のみの蟒蛇雀が、きょとんとした表情でこちらを見ている。しかし、それに返答する前に、師匠から放たれた色とりどりの魔法球が蟒蛇雀の頭部を消し飛ばした。しかし、耳障りな笑い声が聞こえなくなることは無い。


 気化しているどす黒い闇が、俺から師匠のもとへと一瞬で移動する。上半身のみではあるが再び蟒蛇雀の姿を形作った。漆黒の鎌を握った蟒蛇雀が、嬉々としてそれを振り下ろす。


 その時だった。


《風と水の共調を確認。『属性共調・疾風激流の型』の発現に成功》


 少し不機嫌そうな声色でウリウムが言う。


 詠唱中に無系統魔法を連発したせいで魔力が乱れ、上手く魔法の発現が出来なかったのだろう。属性共調は繊細な魔力コントロールが必要となる。共調させるまでの時間がこれまでよりも長かったのは、無系統魔法の影響に違いない。


 師匠が何かをする前に、属性共調を果たした俺が動いた。周囲への余波を気にして『神の書き換え作業術(リライト)』で転移し、打撃で属性共調の力を借りる。俺の掌底が蟒蛇の左頬を捉えた。


 移動で余波は出なかったものの、結局その掌底で生じた余波によって周囲の装飾品ごと側壁に亀裂が走り吹き飛ぶ。師匠は『不可視の装甲(クリア・アルマ)』によって防いでいたのか、当然のように余波の影響はゼロだった。


 俺の一撃を受けた蟒蛇雀が爆音と共に吹き飛ばされる。これまでの戦闘で散々な被害を受けていた場所とは正反対の側壁をガラス窓ごとぶち破り、ホテルの外へと消えていった。それを見据えながら師匠は言う。


「随分と属性共調が身体に馴染んできたみたいね」


「おかげさまで」


 持続時間は相変わらずだけどな。


 表情に出ていたのだろうか。

 師匠は僅かに微笑みながら言う。


「私の背中を任せてあげるわ。光栄でしょう?」


 あくまで、絶対的な上位者としての発言。

 師匠らしい言い回し。


「ええ、そうですね」


 思わず苦笑しながら頷く。


 その言葉を嬉しいと感じてしまうのは、俺が単純だからか。きっとそうなんだろうな。でも、嬉しいに決まっている。師匠は『守ってあげる』ではなく『背中を任せてあげる』と言ったのだ。その違いは、そのまま師匠の俺に対する評価の変化になる。どうやら俺は、ようやく師匠にとって戦力にカウント出来る程度の存在になれたらしい。


 破壊音を撒き散らしながら、どす黒い闇がうねる様にして迫って来た。ホテルの側壁を破壊し、廊下を蹂躙しながら俺たちの下へと迫る。


「『堅牢の壁(グリルゴリグル)』」


《『激流の壁(バブリア)』》


 師匠とウリウムの詠唱は、ほぼ同時だった。師匠が10枚、ウリウムも10枚。迫りくるどす黒い闇を迎え撃つべく、正面へと重なる様に展開されていく。発現速度に、師匠が少しだけ目を見開いた。


「やるわね」


 ……まあ、これは俺の実力じゃないけどな。

 ウリウムが「ふふん」と調子に乗っているが、その声が聞こえるのは俺だけだ。


 障壁にどす黒い闇がぶつかる。

 衝撃音と共に次々と障壁が破壊されていく。


 その結果を見届ける前に、左右からも何かを突き破るような音が聞こえてきた。


 嫌な予感しかしない。ここで迎え撃つよりも場所を移動した方がいいのではないだろうか。そう思い、師匠へと目を向ける。師匠はにやりと口角を歪めてみせた。


「『業火の壁(ギャルリア)』、『激流の壁(バブリア)』、『疾風の壁(フラングランセ)』、『迅雷の壁(スピルピーナ)』、『堅牢の壁(グリルゴリグル)』」


 火属性、水属性、風属性、雷属性、そして土属性。

 基本五大属性に分類される全ての属性の障壁魔法だ。


 その全てがRankB。

 それが各20枚ずつ。


 俺たちを囲うようにして展開された。

「うぇぇ?」と呟くウリウムを余所に、師匠は言う。


「貴方、アギルメスタ杯で『属性魔法の覇者(アーティスト)』って呼ばれるようになったんでしょう? なら、基本五大属性をこのくらいは扱えるようにならなきゃ名前負けよ」


 俺たちの周囲にある壁をぶち破り、数えきれないほどの漆黒の槍が飛び出してきた。それら全てを五属性の障壁が迎え撃つ。焼き尽くし、圧し潰し、刻み切り、打ち抜き、受け止める。俺やウリウムだけなら、絶対にこんな棒立ちの状態で受け切ることは出来なかっただろう。


 属性共調の特訓で、2つの属性の同時発現で手を拱いていた自分がいかに小さいものだったかを理解させられる。今、師匠が魔法名を口にしたのは直接詠唱によるものではない。俺に、どのような魔法を発現したのかを理解させるためだ。なぜなら、詠唱毎に順番に発現されたわけではないから。一斉に俺たちの周囲へと展開されていた。右を見ながら左も見る、なんて次元じゃない。師匠の頭の中でどのような魔法構築がされているのかもはや理解不能だ。


 師匠の魔法が消え去る頃には、この階を遮る柱や壁の大半が消失していた。これ以上破壊されたら天井がそのまま落ちてきそうである。粉塵は夜風に乗ってホテルの外へと舞い上がっていった。


「聖夜」


 師匠が俺を呼ぶ。


「属性同調の無敵化を防ぐ方法は3つある。1つめは、相手の同調を打ち消す程の魔力で対抗すること。でも、蟒蛇雀は自らの無系統魔法によって属性同調の効力を底上げしていてこの手は難しい。2つめは、属性同調を発現している相手の魔力を使い切らせて同調を切ること。いわゆる根競べになるけど、これもリスクが高い上に奴がしびれを切らして周囲へ被害を拡散させる恐れもあるから使いたくない」


「……では、3つめは?」


 師匠が俺を見た。


「属性同調を打ち消す。1つめとは違うわよ。魔法そのものを無かったことにする。蟒蛇雀の属性同調は闇。光属性で打ち消せるのが一番だけど、白銀色も番外も光属性持ちはいないのよね」


 普通に赤銅色を省いているところが師匠らしい。


「御堂縁と蔵屋敷鈴音は来ていないのよね」


「ええ……、流石にここまで巻き込むことは出来なくて」


 分かり切った答えだったのか、師匠は顔色1つ変えずに視線を前へと向けた。


「私の無系統魔法を使う」


 ……。


「聖夜」


 師匠が再び俺を見た。

 目が合う。


「今度は、間に合わせなさい」


 先ほどの一撃を言っているのだろう。

 やはり、あれは光と闇の相殺だったのか。


「……でもあれ、光属性の魔法だけでは無いですよね?」


 俺の指摘に、師匠は笑った。


「やっぱり気付いていた? そりゃそうよね、貴方の魔法だもの」


 へ?


「内緒話かなぁ? 私もま~ぜてっ」


 ずるり、と。

 俺と師匠の間に割り込むようにして、蟒蛇雀が影から現れた。


「――このっ」


 咄嗟に迎撃しようとするが、俺の属性共調が切れる方が早かった。仕方が無いので『神の書き換え作業術(リライト)』を発現して足を振り抜いた。影から生えてきた蟒蛇雀の脇腹付近を薙いだことで移動して来た影から分断する。


「ナイスよ、下がりなさい」


 師匠の人差し指が、またしても上半身のみとなった蟒蛇雀へと向く。


「『業火の檻(イクスガロン)』」


 RankAの結界魔法。

 火属性である『業火の檻(イクスガロン)』が発現された。


 超至近距離で。


「あっちぃぃぃぃぃ!?」


 炎はもはや白かった。

 真っ白の灼熱の球体が蟒蛇雀を包み込む。


 咄嗟に無属性の全身強化魔法を発現して素早く距離を空けていなければ、想像通りに酷い有様になっていただろう。発現者である師匠は、何食わぬ顔で『業火の檻(イクスガロン)』の傍で魔法の状態を窺っている。化け物かよ。


 師匠が舌打ちした。

 向けていた人差し指を鬱陶しそうにくるりと回す。


「『疾風の檻(フーリルアウター)』、『迅雷の檻(ギリリアーレ)』、『激流の檻(プランティア)』、『堅牢の檻(ガランゴーラ)』」


 近付いただけで全てを斬り刻んでしまいそうな風属性の結界魔法が灼熱の檻を覆い尽くした。そう思ったら、網膜を焼き焦がしてしまいそうなほどの痛烈な閃光を帯びた結界魔法がそれを覆い尽くした。そう思ったら、見動きすら取る事の許されない深い深い海底で生じる重圧を伴うであろう結界魔法がそれを覆い尽くした。そう思ったら、いかなる魔法攻撃でも貫くことを許さないであろう見ただけで分かる堅牢な結界魔法がそれを覆い尽くした。


 もはや何が言いたいのかよく分からない。


 天蓋魔法と並ぶRankAすらこの速度で発現出来るのかよ。流石に今回は無詠唱と言うわけではないようだった。師匠が魔法名を口にするたびに新たな結界魔法が展開されていたのだから間違いない。……だからどうしたという話だが。というか、背中を預けてもらってから一度もその背中を守れてないんだが?


 一番外側が発現後は音の生じない土属性の結界魔法だったので、一瞬にして騒音が鳴りやんだ。火や雷による明かりも消え失せ、辺りに闇が戻る。流石は結界魔法と言ったところか。内部で天変地異級の大災害に見舞われていようが、その音も振動も一切漏れては来ない。


 そのおかげで、俺のクリアカードが着信音を鳴らしていることにようやく気付いた。師匠が頷いたので通話ボタンをタッチする。


『T・メイカー様、ご無事ですか!!』


 その声は、大音量で響き渡った。

 相手はシルベスターだ。


「ぶ、無事だが?」


『良かった! お待ちを!! 直ぐに助太刀します!!』


 は?


「隙が多いわよ『白影(ホワイトアウト)』ちゃぁぁ――ぶべっ!?」


 俺の影がぬるりと蠢き、蟒蛇雀の姿を形作ったかと思えば、一瞬にして距離を詰めてきた師匠の掌底で再びその姿を気体へと変えた。


「やはり囮だったのね」


「あはははっ!! そう簡単に捕まるわけ無いじゃない!!」


 距離を置いて実体化した蟒蛇雀が嘲るように笑う。


「師匠」


「私が隙を作る。見逃すんじゃないわよ」


 一歩。

 俺の前へと進み出た師匠は、蟒蛇雀と対峙しながら言う。


「『神の万物創造術(クリエイト)』、発現」

 次回の更新予定日は、3月13日(金)18時です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 4回は見たけどリナリーって5属性属性供調とか出来そうな気がする
[良い点] 何年も読み続けて、ついに! リナリーの強さが明るみに出て、まさに手に汗握って読んでしまいました! 本当に世界最強の名がふさわしい暴れ回りっぷりで、興奮しました。次話がますます楽しみです! …
[良い点] やばい [気になる点] コメ欄にもあったが今までで1番気合い入っていると言ってもいいくらいに盛り上がりがやばい もうやばい 次回楽しみ [一言] やばい(語彙力)
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