第15話 近未来都市アズサ ③
→【選択肢1】窓を割る
☆
近未来都市アズサの夜景を映し出すパノラマを『神の書き換え作業術』を用いて破壊した。大型のガラスがけたたましい音を響かせて砕ける。それによって凄まじい強風が吹き込んできた。その勢いに負けてフードが脱げて仮面が外れてしまう。
「はっ!?」
突然ガラスを割ったという行動が予想外だったのか、それとも隠していた素顔を晒してしまったことで隙が生じたのか。いつの間にやら席を立っていたジェームズ・ミラーが、強風に負けて体勢を崩す。その背には淡く輝く魔力で出来た刃が5本浮かんでいた。飛来するガラスの破片から顔を守るようにして腕を交差させていたジェームズ・ミラーと目が合う。
「まっ――」
待て、と言いたかったのだろうか。
ジェームズ・ミラーが何かを口にする前に、俺は髪に付着していたガラスの破片を手にして『神の書き換え作業術』を発現する。転移先はジェームズ・ミラーの体内だ。ピンポイントに心臓を対象として転移させてもよかったが、詳細な座標演算には少々時間が掛かる。
よって、一撃目は体内に入れることを最低条件として、速度重視で打ち込んだ。突然の激痛に集中を乱したのか、ジェームズ・ミラーの背に展開されていた魔力の刃が砕け散る。俺はその様子を眺めながらクリアカードとシャープペンシルの芯が入ったケースを取り出した。
直後、背後に眩いヘッドライトの光とモーター音を感じる。どうやら、先ほど外で何かが動いた気配がした原因はこれらしい。おそらく、ジェームズ・ミラーに合図でも送っていたのだろう。近未来都市アズサは、空中での移動は公共の乗り物のみに限定されている。構造物スレスレを飛行することはまず無いし、ガラスが破損したばかりで事件性の漂うこの場所へ、公共の移動手段が近寄ってくるはずもない。加えて、待機させている白銀色と赤銅色の面々にも、このような移動手段を許可した覚えは無い。
つまり、敵。
振り返ることなく『神の書き換え作業術』を発現した。手負いとはいえ、格上であるジェームズ・ミラーから視線を外すわけにもいかない。ただ、躊躇いなく破壊できるから、正確な座標演算は必要無い。直ぐ真後ろなのだから外す心配も無かった。
斬撃音と共に、背後で何かが斬れた。
「シルベスター、それは敵だ。後の処理は任せる」
『承知致しました』
師匠はホテルそのものを貸し切りにしているだけではなく、付近の道路も封鎖している。落下したところで人的被害の心配は無い。実にやりやすい。外から俺を襲撃しようとしていた何かは、ホテルの壁面を削りながら落下していったようだ。細かな振動とガラスの割れる音が断続的に聞こえてくる。
右手でクリアカードを使ってシルベスターとの会話を継続しながら、左手で弄んでいたシャープペンシルの芯をジェームズ・ミラーへと転移させる。絶叫と共にジェームズ・ミラーがのたうち回った。その声を拾ったシルベスターから提案が来る。
『応援を送りますか?』
「不要だ。もう終わった」
「ナがっ――」
血走った目に涙を溜めて、何かを懇願するように口を開いていたジェームズ・ミラーの首を刎ね飛ばした。どのような言い分を口にするつもりだったのか興味はあるが、先に戦闘の意思を示したのはあちら側だ。何を口にしようが言い訳にしかならないし、この男はアメリカ合衆国の魔法戦闘部隊『断罪者』の隊長格。敵である以上脅威となる危険人物だ。やれるうちにやってしまった方が良い。
凄まじい音が響き渡る。外から聞こえてきたその音に興味を持ち、大型のガラスが砕け散り、吹き抜けとなったパノラマへと足を運ぶ。
「どうなった?」
『運転手がいません』
空中で脱出したようだ。
身軽な奴が運転していたらしい。
「ホテルの包囲網は崩さずに、数人寄越せ。現状で外から忍び込めるのは正面口と裏口、後は今俺がいる部屋を含めてガラスが破壊された部屋だけだ。ただ、魔法が絡めば密室など意味を成さない。ホテル内への進入を許可する。念入りに探せ」
『承知致しました』
「相手は『断罪者』だ。進入する際は複数人での行動を心掛けろ。返り討ちにあうなよ?」
『で、あれば御身にも護衛が必要であるかと。ジェームズ・ミラーは……』
「ジェームズ・ミラーはこちらで始末した」
『それは……、流石はT・メイカー様で御座います』
「世辞は良いからさっさと動け。会談に支障をきたさぬようにな」
それだけ告げて通話を切る。飛び散ったガラスの破片を手で払いのけてから、ベッドへと座る。耳にしていたイヤホンから聞こえてくる音に集中したい。
会談が始まろうとしていた。
★
ヴェロニカ・アルヴェーンを警備室へと配置し、ホテル出入口はしっかりと監視をさせていたはずだった。確かに、アルヴェーンは一度リナリーのもとへと訪れていたため、僅かな時間の空白はある。しかし、ホテルの外では白銀色や赤銅色、番外の面々が張っているので隙は無いはずだった。
(……そう言えば、あの時の死体は持ち帰られていたんだっけ)
リナリーは聖夜の無系統魔法を目指す過程で誕生したであろう愚作を思い出し、1人納得した。そして同時に、既に入室を終えて席に着いている男へと視線を向ける。男は涼やかな笑みを浮かべ、両手を広げて立ち上がった。リナリーを歓迎するようにして。
「久方振りだね、リナリー」
「ええ。最後に会ったのがあの日だから……。時が経つのは早いわね、カミアキ」
「どうぞ」と手で促され、リナリーはアマチカミアキの対面に位置する席へと座る。それを見届けてから、アマチカミアキも腰を落とした。アマチカミアキの後ろには、嘲るような笑みを浮かべたままの蟒蛇雀が直立不動で控えている。
リナリーは一瞬だけそちらへと目をやり、直ぐにアマチカミアキへと視線を戻した。
「狂犬を護衛役に使うとはね。上手く飼い慣らしているつもりかもしれないけど、無防備な背中を見せ続けていたら痛い目にあうかもしれないわよ」
「おや、心配してくれるのかい? しかし、今日会うのは他ならぬ君だからね。それなりの手練れを用意しておかないと、俺クラスの魔法使いなんてすぐに消し飛ばされてしまう」
アマチカミアキのその口調に、リナリーは眉を吊り上げる。
「今日は気取ったあの厳かな口調じゃなくていいわけ? 一応部下の前なのに」
「……はは。あまり意地悪なことを言わないでくれよ。あれはああすることで威厳を出そうと頑張っているだけさ。俺本来の性分は人見知りで引きこもりだからね。君がここぞというときに自分を世界最強だと鼓舞するのと同じことさ」
リナリーの顔が顰められた。
「どういうこと?」
「その表情はもう答えに辿り着いた上で聞いているね。本当は理解出来ているけど、恥ずかしいから『出来れば外れていて欲しい』という願望で、駄目元で俺へと質問してきている。そして、君の願望には応えられそうにないな。俺は理解出来てしまっているからね」
「相変わらずの饒舌ね。前置きが長いわ」
「それもまた性分だ」
「人見知りや引きこもりとその性分は両立しないんじゃない?」
その指摘には、アマチカミアキは口角を吊り上げるだけだった。話を変えるかのようにして、アマチカミアキは先ほどの答えを口にする。
「君は自分の魔法に絶対的な自信を持っているけど、自分が完全無欠だとまでは己惚れていない。人間が出来る限界をきちんと把握している。つまり『出来ることは出来るけど、出来ないことはいくらやったって出来ない』と理解しているということ。まあ、言葉にすれば当たり前のことだよね。でも、実際に自分の限界を正確に把握出来ている人間なんて少数だよ」
「実感があるのかしら?」
「かもね。ともあれ、君は自分の出来る限界ぎりぎりの役目を担う際、自らに念じるように口にするんだ。『自分は世界最強だから』とね。周りの人たちはそれを聞いて勇気づけられるわけだから、周囲を鼓舞しているようにも感じるのだろうけど、実際は違う。あれは自分を鼓舞するためのものだ。自分の逃げ場を無くしている。そうすることで、絶対に失敗できないと自分に言い聞かせる。言わばルーティンのようなものなのだろう? そういった意味合いならば、俺のとは少し違うかもね。それで、今日はちゃんとそのルーティンをこなしてきたのかい?」
「さて、どうかしら。お得意の分析で当ててみれば? 私にとって貴方という存在にそれだけの価値があるのかどうか」
リナリーは不敵な笑みを浮かべてそう答えた。
アマチカミアキは軽く頭を振りながら苦笑する。
「話が逸れたかな。ここからは真面目に話そうか」
直後に、轟音。
そして、振動。
「……気になるかい?」
「……何が?」
「中条聖夜の動向が」
「それは貴方の方でしょう?」
その返答は予想していなかったのか、今度はアマチカミアキが眉を吊り上げた。
「随分と私の弟子にご執心みたいじゃない。わざわざ歓楽都市フィーナまで出向いて、直々に勧誘してきたって報告を受けているわよ」
「理想的な師弟関係だね。報連相は完璧というわけだ」
茶化すようなアマチカミアキの答えに、リナリーは目を細める。
「……貴方、まだ『脚本家』の殺害を諦めていないの?」
いきなり本題に来た、というのがアマチカミアキの正直な感想だった。本来なら、もう少し外堀を埋めつつゆっくりとこの話題に入るはずだったのに、と。しかし、リナリー自らこの話題を口にするということは、アマチカミアキの想像していた以上にリナリーはこの件に関心があるということに他ならない。
この会談は、想定より早く終幕を迎えるかもしれない。
アマチカミアキは、笑みを浮かべたまま、心の中ではそう考えつつ首肯した。
そして、後ろに目を向ける。
「盛者必衰、ここから先の会話は他言無用だよ」
「はぁい。了解しましたぁ~」
気の抜けるような甘ったるい声で蟒蛇が了承した。
それを見ていたリナリーはため息を吐く。
「私としては、ここから先の話をその女の前でしたくないんだけど」
「先ほども言っただろう? 俺には護衛が必要なんだよ。この条件が呑めないのなら、ここで会談はおしまいだ。それに、彼女は何を知ったところで自分の行動理念を曲げるようなことはしないさ。彼女に狙われる奴は結局狙われる。その結果、彼女よりそいつが弱ければ死ぬしかない。それだけだろう?」
リナリーはもう一度、今度は深くため息を吐いた。
自分の発言に対する回答になっていないのは明らかだが、それをアマチカミアキが気付いていないはずもない。つまりはわざと。これから先、どれほどの問答を積み重ねようともはぐらかされるのは目に見えている。それなら時間の無駄だ、とリナリーは割り切ることにした。
現時点でのリナリーの心境を、果たしてアマチカミアキはどれほど正確に掴んでいるのか。涼やかな笑みを浮かべたまま、リナリーの回答を待つことなく続きを口にする。
「俺は中条聖夜を害するつもりは無いよ。それは約束しよう。俺が欲しいのは彼の所持する魔法だけだ。君と同じだろう?」
「同じにしないで。虫唾が走るわ」
「本当に?」
アマチカミアキの目が細められる。臆することなく、リナリーは正面からアマチカミアキを睨みつけた。ここから先の話は、本当なら盗聴器越しでは無く直接聖夜に話したいことだった。しかし、今の今までそれを伝えてこなかった自分にこそ責任がある、とリナリーは理解していた。
「真実を知った時、貴方なら絶対にあの子を手に入れようとすると思っていたわ。永い時を経た今であっても『脚本家』の力は健在。無力化するには、彼女自身の本がいる」
「奴は自らの肉体を代償として1つの神法を生み出した。奴自身はもはや機械に接続された脳しか残っていないが、それを破壊するためにはその周囲を全方位で展開している不可視の障壁群を破壊する必要がある。それ以外の攻撃ではいかなる方法を用いても『脚本家』本体の破壊は不可能だ。そして、その障壁群を破壊する条件こそ『原初の本』にある。君の言った『脚本家』自身の本だ」
世界中の人間を管理している『脚本家』の無系統魔法は、本人の意思とは無関係に自動運用されている。出生と同時にその者の本は誕生し、死ねば同時にその者の本も消失する。作成条件は、その者が魔力を有しているか否か。人は皆、魔力を持って生まれてくる。魔法使いになれない者であっても、魔力は存在する。大小の個人差があるだけだ。
例外は無いということ。
そう。
そのルールは『脚本家』自身にも当てはまる。
「自らの弱点にもなり得るこの欠陥を、奴は逆手に取った。その本の中に自らを守る障壁群の解除キーを忍ばせたんだ」
「でも、『脚本家』や『司書』の監視の目を掻い潜り、何億と存在する本の中からその一冊を闇雲に探すのは不可能。だから貴方は『脚本家』の本名が知りたい。名前が分かれば、ある程度場所の目星は付けられるから」
自らの本を別の場所に隠しているのなら、まだ可能性はあった。その場所さえ探り当ててしまえばいいのだから。しかし、『脚本家』はそうはしなかった。自らの本も創世の間にある本たちと一緒に、あの本棚の中に所蔵しているのだ。木を隠すなら森の中とは良く言ったものである。
本棚はアルファベット順に自動整理されている。絶えず出生と死亡を繰り返している世界の人口によって、本棚の本もまた絶えず入れ替わりをしているのだ。億単位で存在する本棚の中から、お目当ての1冊を闇雲に引き当てるのは不可能。そもそも『脚本家』の本名を知らないのだから、ラベルでの判別も出来ない。現状では、全ての本の中身を読み解き、障壁群の解除キーを探す他ないのである。
「しかし、どれだけ文献を漁ってみても、出てくるのはメイジ・ラ・ジルル=アストネイルという奴が新たに自分へと付け直した偽名のみ。魔法世界の教会でもその名前で浸透しているんだから驚きだよ。敬虔な信者というのは、自らが信仰する対象が偽名を使っていても構わないのかな」
「それを私に聞かれても困るわ」
「だよね」とアマチカミアキは肩を竦めて見せた。
そして、二本指を立てる。
「残る手段は2つ。日本に潜入して『始まりの魔法使い』から繋がる正当な血統を持つ神楽一族に喧嘩を売るか、もしくは本名を知ることを諦めて強引に名前を変えさせるか」
「後者の方が簡単だと?」
「そう思っていた……、んだけどね」
アマチカミアキはため息を吐きながら頭を掻いた。
「想像以上に君との繋がりが強くてね。傾く気配が無いんだ」
「労力を割いた結果、原初の本のタイトルは変わらないかもしれないわよ」
「変わるさ。神法に干渉できるのは神法のみ。君も分かっているだろう? 分かっているからこそ、先手を打って俺より早く彼を迎えに行ったんだ」
「何か勘違いしているようね」
アマチカミアキからの指摘に、リナリーは首を横に振った。
「先ほどの回答にも繋がるけど、ここではっきりとさせてあげる。もし、貴方の企みを本気で妨害するために私が動いていたのなら、あの時あの場所であの子を殺していたわ。当然でしょう? 生きている限り、貴方に惑わされる可能性があるのだから。死んでしまえばその心配は無くなる」
「あれは移るだろう?」
「そうしたら、次も先手を打って始末するわ。『脚本家』のサポートがあれば貴方の先手を打つなど楽なものよ」
「奴にたまたま選ばれてしまっただけの無関係な人間を次々に殺戮して回ると? 信じられないな。それは人としてどうなんだい?」
「貴方に都合の良いように振り回されて、世界の破壊者になるよりマシでしょう」
「あくまでその人のためである……、と? 偽善だね」
「そうであったとしても、詭弁で塗り固められた貴方に言われたくないわ」
「なら、なぜ彼を救う気になったのだろう?」
「それを貴方に説明する義理は無い」
ぴしゃりとリナリーは言い切った。
アマチカミアキは短く息を吐き頬を掻く。
「覚醒させる気は無い……、という認識でいいのかな」
「少なくともあの子の土台が完成するまではさせないわよ。敵の言葉で簡単に精神が揺らぐようでは駄目。自分の意思を押し通せるくらいの精神力と魔法力を持ってもらわないとね」
「誰しもが君のように強いわけじゃないんだよ」
「あの子の限界を貴方が決めないで」
沈黙。
リナリーとアマチカミアキの視線が交差する。
先に視線を外したのは、アマチカミアキだった。
「……俺たちは、どこで道を違えてしまったんだろうね」
おそらく、本心からだったのだろう。
その言葉には、アマチカミアキの様々な感情が混ぜ込まれて聞こえた。
「一度でも交わっていたのが奇跡ね。孤独な者同士、安っぽくありきたりな共感から傷を舐め合っていただけよ」
それを正確に理解してなお、リナリーはそう返した。
アマチカミアキの視線がリナリーへと戻ってくる。
「ドライだね」
「そうかしら。最初に気付いたのは貴方だったと記憶しているけど」
アマチカミアキは口角を吊り上げた。
「この話は平行線かな」
「貴方がのらりくらりと躱し続けるせいでね」
「……リナリー」
笑みを消したアマチカミアキは、真面目な表情でリナリーへと向き直る。
「俺のもとへ戻ってこないかい? また2人で共に歩もう。俺の頭脳と君の魔法さえあれば、俺たちは何でもやれる。実際にそうだっただろう?」
伸ばされた手を、リナリーはじっと見つめた。
視線をそのままに、リナリーは口を開く。
「鷹津祥吾はどうしたの?」
「……何だって?」
まったく見当違いの返答だったせいで、アマチカミアキは思わず聞き直してしまった。それを咎めることもなく、リナリーは視線を伸ばされた手に固定したまま淡々と同じ質問を繰り返す。
「鷹津祥吾はどうしたの?」
「あぁ……、彼か。君たちへの内通者として非常に優秀な男だった。しかし、取り返しのつかないミスをしてね。始末させてもらったよ」
何の悪びれも無く。
内通者であったことすら隠す気配も無く。
アマチカミアキは、そう言い切った。
「……そう」
リナリーの視線が、再びアマチカミアキと交わる。
「神明、お願い。戻って来て。今ならまだ間に合うわ。確かに今の世界は貴方の思い描くような理想郷には程遠いのかもしれない。それでも、既に魔法は必要不可欠なものとして世界へ浸透しつつある。そして、魔法という脅威が存在する以上、それを管理できる存在は必要なのよ」
「それが『脚本家』である必要は無いはずだ」
「あれほどの神法を扱えるのは彼女だけよ」
「あの神法に頼る必要など無いだろう。俺なら、それが出来る」
リナリーの表情がくしゃりと歪んだ。
美しいスカイブルーの瞳に、大粒の涙が溜まる。それが流れ落ちる前にリナリーは俯いた。彼女の長い金髪が表情を覆い隠す。テーブルの上で伸ばしていた手を、アマチカミアキは静かに引っ込めた。俯いたまま微かに震えるリナリーを静かに見つめる。
リナリー・エヴァンスとアマチカミアキ。
両者、共に理解していた。
答えなど聞かずとも、2人の道は明確に分かれてしまったのだと。
いや。
本当はお互いに理解していたはずだった。
わざわざこんな場を用意しなくても、お互いの答えなど、分かり切っていたというのに。
「……残念だ」
アマチカミアキは呟く。
それは、本心からのものだった。
ゆっくりと立ち上がる。
「やるんですかぁ?」
背中越しに投げかけられる甘ったるい声に、アマチカミアキは首を横に振った。
「余計なリスクは負わない性分なんだ」
「合図も来ないし失敗したかな」と、アマチカミアキは、リナリーにも、直ぐ後ろにいる蟒蛇にも聞こえない音量でそう呟いた。
「それでは、失礼するよ。次に会う時は敵同士……、かな?」
それだけ告げて、アマチカミアキは去ろうとする。
俯いたままのリナリーの横をすり抜けようとして。
「待ちなさい」
リナリーは言う。
「最初に貴方、ルーティンの話をしたわよね」
アマチカミアキの足が止まる。
「正解よ。でもあれは、あくまで私個人の覚悟の話よね」
アマチカミアキより先行し、扉を開けようとしていた蟒蛇が振り返る。
「じゃあ、なんで周りの人間も私のことを世界最強の魔法使いって呼ぶか知ってる?」
俯いたままのリナリーは。
言う。
「私より強い魔法使いが、この世に存在しないからよ」
音すら鳴らなかった。
否。
音が、完全に置き去りにされていた。
全てが真っ二つ。
アマチカミアキが。
蟒蛇雀が。
扉が。
壁が。
カーテンが。
窓が。
会談に使用された部屋ごと、リナリーの腕の一振りで両断された。
次回の更新予定日は、3月6日(金)18時です。