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テレポーター  作者: SoLa
第10章 真・修学旅行編〈下〉
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第10話 中央都市リスティル ③




 中央都市リスティルに入って、しばらくしてだった。


 懐に入れていたクリアカードを取り出す。

 券面に表示されているのは、着信の文字。


 相手は――。


『T・メイカー、お前達と同じ方角へ向かった不審人物を発見したので報告する。歓楽都市フィーナ以外で接触する予定があるのか?』


 ギルドランクA『赤銅色の誓約』。

 そのリーダーであるモリアン・ギャン・ノイスヴァーンだ。


「無いな。その不審人物とやらの特徴は?」


 歓楽都市フィーナから中央都市リスティルに移動する人間などいくらでもいるだろう。それでもなお報告してきたということは、ノイスヴァーンにとって見過ごせない何かがあったということだ。不審人物と言い切るくらいだからな。俺たちと同じように、強化系魔法を用いて屋根伝いに高速移動しているか、そもそも怪しい服装をしているかだ。


『漆黒のローブを身に纏っている。深くまでフードを被っているために人相は分からなかったが、体格からして男だろう。ローブの背中には、葉の無い樹木のような絵が描かれていた』


 ……葉の無い樹木?


『現在は、民家の屋根伝いに中央都市リスティル内を疾走中。とにかく速い。気を抜いていれば、直ぐにでも撒かれてしまいそうだ』


 移動手段に怪しい服装。

 ノイスヴァーンから提供される情報全てが、見事に不審人物のそれだった。


 ……ん?

 現在は、だと?


 なるほど。


「追跡中か」


『無論だ。気付かれないよう距離を空けているが、屋根伝いに移動しているからな。現状では見失うことは無いだろうが、これ以上速度を上げられると厳しいぞ』


 葉の無い樹木とやらの絵で『ユグドラシル』と結びつけるのは早計か? 青藍魔法学園で襲ってきた一気呵成(イッキカセイ)は、そのようなローブを身に纏ってはいなかった。『痛みの塔(ペイン)』で遣り合った『ユグドラシル』メンバーも同様だ。俺の魔法が暴走してからの記憶は曖昧だが、少なくとも暴走前のはっきりしている記憶の中ではそのような絵は見ていない。


 現状で俺を狙う敵の心当たりは2つ。

『ユグドラシル』か『無音白色の暗殺者』か、だ。


 後者ならば問題無い。

 ギルドランク的にも『赤銅色の誓約』で何とかなるだろう。


 ただ、ノイスヴァーンの申告通りであれば……。


「今、どの付近を移動中だ?」


『今は――』


 ノイスヴァーンの返答に、舌打ちする。


 その特徴のある建物は、先ほど通過したところだ。不審人物とやらは間違いなく俺たちを追ってきている。しかも、想像以上に距離が近い。思わず後ろを振り返ってみたが、現状ではまだ肉眼で捉えられる距離にはいなかった。


「如何されましたか、T・メイカー様」


「……何でもない」


 内心胸を撫でおろしつつ、追従するケネシーに返答する。

 ノイスヴァーンにどう指示を出すべきか考えようとして。


 奔る、悪寒。


「……ちょっと待て」


 思わず、独り言のようにそう呟く。幸いにしてケネシーの耳には届かなかったようで、その呟きを額面通りに捉えて走る足を止めるようなことは無かった。


 不審人物とやらは、未だに肉眼で捉えられる距離にはいない。

 それはいい。




 問題なのは、なぜ俺たちを追跡出来ているのかだ。




「ノイスヴァーン。確認するが、現状ではまだ俺たちの姿を捉えられてはいないな?」


『少なくとも、俺の目から見えない』


 俺からの質問にそう返答しつつ、ノイスヴァーンは周囲にいるであろう仲間へと同じ質問を繰り返す。そして、もたらされた返答はすべて同じものだった。


 俺たちを追っている不審人物。そして、その不審人物を追う『赤銅色の誓約』。俺たちとの距離は『赤銅色の誓約』の方が遠い。また、身体能力や実力差で見える見えないが分かれることもあるだろう。しかし、何となくそれだけでは片付けられない気がした。 


《……マスター。もしかしてなんだけど、あの男から貰ったMCに》


 ウリウムの声。

 全てを聞き終えるより早く、仕舞い込んでいたMCを取り出した。


「やられた!!」


 MCの裏側。

 腕に固定するためのベルトの装着部分に1円玉サイズのシールが張り付けられている。それも妖精樹を材料としたこのMCと同色が用いられているシールだ。それを剥がすと1円玉より更に一回り小さな機械が出てきた。


 俺の様子を不審に思い、途中から追従では無く並走を選んでいたケネシーが、俺の手元を覗き込む。


「これは……、発信器でしょうか。それも超小型の物です」


 身体強化魔法の力を借りて握り潰す。


 妖精樹は頑丈だ。ルーカスさん曰く、火で(あぶ)ろうが、雷で貫こうが、風で切り刻もうが、水で腐らせようが、土で圧し潰そうが、死ぬことは無いという。耐久力テストと称して師匠が痛めつけたようだが、それでも世界最強と謳われる魔法使いですら、傷だらけにすることしか出来なかったのだ。


 だからこそ、油断した。


 俺が愛用しているMCと違って、まるで新品のように綺麗な状態だったから。受け取った状況下では、すぐに調べることが出来なかったから。アマチカミアキを名乗るあの男の立ち位置が、最後の最後で分からなくなってしまったから。


 これが狙いだったのか?


 俺に希少な魔法具を与え、まるで師匠の味方であるかのような口ぶりで姿を消した。この一連の流れ全てが、俺を油断させるためのものだったのか?


 まんまと嵌められたよ、ちくしょう!!


「T・メイカー様、私が囮になります」


「あ?」


 並走するケネシーへと視線を向ける。そこには、先ほどまでの緊張で頬を赤らめる師匠の熱烈な狂信者ではなく、自らの死地をここだと見極めたギルドランクSの魔法使いがいた。


 俺が返答するよりも早く、クリアカードが振動する。


「暫し待て。そのまま追跡しろ」


『了解』


 ノイスヴァーンに告げ、ケネシーにも逸らないよう忠告してから通話ボタンを押す。


『T・メイカー様、赤銅色の者より報告を受けました。何やら追跡者がいるとか』


「そのようだ」


 相手は『番外(エキストラ)』のジャスティン・クィントネス・パララシアだった。


『「朱の料亭」にある防犯カメラの映像を、店主を抱き込み提供させて調べました。赤銅色の者からの情報と合致する者がいます』


「……何?」


 どくん、と。

 心臓が高鳴ったのを感じた。


『映像に映っていたのは3名ですが、T・メイカー様はその3名全てと顔合わせなさいましたか?』


「いや……」


 どくん、どくん、と。

 これまで意識していなかった自らの心音が、異常なほどに大きく聞こえてくる。


『1人はローブ姿で人相が確認出来ていませんが、おそらくこいつでしょう。黒のローブに、背には葉の無い樹木のイラスト。他2人はワイシャツ姿の黒髪の男1人と、金髪ツインテールの女でした』


 消去法。

 アマチカミアキと、扉を塞いでいた女。


 なら、あと1人は。






『約束は守られた。手出しは無用だ。天上天下に伝えてきてくれ』






 これまでに経験した事の無いほどの悪寒が奔り抜けた。


「ノイスヴァーン!! その男を直ぐに止め――」


《マスター!!》


「T・メイカー様!!」


 ウリウムとケネシーの叫び声にも似た咆哮は、ほぼ同時だった。


 怒鳴りつけるようにクリアカードへと指示を飛ばそうとしていた俺へ、ケネシーが飛びついてくる。突進に等しい勢いで俺の腹へと飛び込んできたケネシーを反射で受け止めるが、その勢いは殺せない。2人仲良くバランスを崩して宙を舞う。そのまま近くの建物のガラスを突き破り、その内部へと転がり込んだ。


 ガラスの破片が周囲を叩く音。

 そして、その遥か先で鳴り響く斬撃音。


 やばい。

 やばいやばいやばいやばい!!


「ケネシー、来い!!」


 一緒に倒れ込んだケネシーを助け起こし、割れたガラス窓から離れる。


 どうやらここは資材置き場のような部屋らしく、人影が無いのが幸いした。誰にも咎めらることはなく、人気の無い部屋を奥へ奥へと走る。鍵がかかっていたため、やむを得ず扉は蹴破った。


 廊下にも誰もいない。


 ケネシーの手を引き、廊下を走る。

 建物の外へ出るか否か。


 本当なら直ぐにでもここから離れたいが、身を隠すなら出ない方が良い気もする。


 ……いや。

 もっと良い手段があったか。


『T・メイカー様!! 今の音は!? 如何されましたか!?』


 手にしていたクリアカードが吠える。

 音量を落として通話に応じた。


「追跡者に追いつかれたようだ。怪我は無い」


 今の通話相手はジャスティンだ。

 最後の怒鳴るような指示は意味不明のものだっただろう。


 こちらが声のトーンを落としたことで、ジャスティンにも意図が通じたのだろう。クリアカードの音量を下げただけではなく、ジャスティンの声も小さなものとなった。


『ならば、直ぐに援護を』


「不要だ」


 言葉通り、今直ぐにでも追ってきそうなジャスティンを止める。


「追っ手を撒くだけなら、人数はいらん。俺の護衛には白銀色のケネシー・アプリコットがついている。こちらは気にせず、お前たちは最初の打ち合わせ通りに近未来都市アズサへ向かえ」


『しかし』


「足手纏いだ、と。そう伝えたつもりだったのだが、理解出来なかったか?」


『……、申し訳ございません』


 少しの沈黙の後、ジャスティンは絞り出すような声色でそう言った。


 申し訳ないとは思うが事実である。仮に追跡者が天上天下だった場合、闇雲に人数を投入したところで死人が増えるだけだろう。奴の実力は前回ルートの僅かな対峙だけでも嫌というほど味わっている。


 それに、強がりでは無く逃げ出す手段ならちゃんとあるのだ。前回、この魔法世界内で使った時の大まかな移動距離とその際に消費した魔力量を考えても、ケネシー1人くらいなら誤差の範囲だろう。魔法世界内は魔力が濃いからな。


「では、切るぞ」


『ご武運を』


 ジャスティンとの通話を切り、ノイスヴァーンへと掛け直す。


 本当なら直ぐにでも逃げ出したいが、余計なことをされて状況を更に引っ掻き回されても面倒だ。何より、天上天下がこちらを認識して攻撃魔法を仕掛けてきた以上、既に警告に抵触してしまっていると見るべき。既に手遅れだ。後は、無事にここから逃げ出せるかどうかというだけのこと。


「……T・メイカー様」


「勝手な行動を禁ずる。俺から離れるな、いいな」


 傍に控えていたケネシーが話しかけてきたので、先手を打ってそう命じておく。ケネシーは何かを言いたそうにしていたが、結局は下唇を悔しそうな表情で噛むに留まった。


 数度のコール音の後、回線が繋がる。


『こちらモリアン』


「状況を説明しろ」


『不審人物が、何やら魔法のようなものを発現して立ち止まった。こちらは気付かれないよう周囲に散らばり潜伏中。どうする、()るのか』


 勝てるわけが無いだろう。

 やはり、先に連絡しておいて正解だった。


 ……いや。

 そう言えば、こいつらはその不審人物が何者か知らないんだったな。


「やめておけ。お前達の勝てる相手ではない」


『……正体が分かったのか?』


 少し迷ったが、余計な行動を取られるよりマシだと判断した。


「『ユグドラシル』の最高戦力の1人、天上天下と名乗る男だ」


『最高戦力、だと?』


 これは逆に興味を持たせる結果になってしまったか?


 ケネシーへ視線で促して階下へと向かう。

 少しでも天上天下から距離を取って時間を稼ぐためだ。


 天上天下クラスの実力者なら、二重尾行に気付いていないはずがない。追っていたはずの俺やケネシーが忽然と姿を消せば、次に奴が狙うであろう標的は明白。ここでギルドランクAの赤銅色をリタイヤさせるのはまずい。何より、囮として死なせてしまうのは目覚めが悪すぎる。


 それにしても、この建物は本当に誰もいないな。それはそれで助かるんだが、何やら不気味な雰囲気だ。階段の手すりを取り出したハンカチで軽く拭ってみると、見事に埃が積もっていることが分かった。どうやら長期間人の出入りが無い建物らしい。


 そんなことを考えながらも、モリアンへと口を開く。


「下手な気は起こすなよ。最高戦力とは見かけ倒しの言葉ではない。王族護衛集団『トランプ』とも遣り合えるような実力を有している。お前達がぶつかれば小競り合いだけでは済まないだろう? こんな住宅街のど真ん中で戦端を開いていい相手ではない」


『……なるほど。確かに、被害を留めて戦うのは難しそうだ』


 比較対象をリナリー・エヴァンスでは無く『トランプ』に、更には戦えない理由を実力差だけでは無く周囲の状況を鑑みた上でとしたことで、ノイスヴァーンは思いの外簡単に引き下がってくれた。縁先輩の言っていた『自尊心をちょっとくすぐってやれば問題無い』という意味が分かってきた気がした。


 アマチカミアキと比べればよっぽどやりやすい。

 ちょろいとすら言える。


『なら、どうする』


「退け」


 単刀直入にそう告げる。


「既に『番外(エキストラ)』には伝えてあるが、お前たち赤銅色も近未来都市アズサへ向かえ。予定のポイントで待機だ」


『……ここを放棄して、本当に問題無いのか?』


「ああ」


 断言する。


「こちらは俺の方で上手くやっておく。直接の戦闘さえ避ければどうとでもなる。むしろ、そちらこそ注意しろ。ここからが本番だぞ。近未来都市アズサでは決して気取られるなよ」


『了解した』


 返答の後、通話が切れた。


 これで良し。

 白銀色については、離脱後でいいだろう。

 後は、無系統魔法で逃げるだけ。


 そう考えた直後だった。


 ギバッ、と。

 訳の分からない音が鳴り響く。


 慌てて見上げてみれば、なぜか建物の隙間から空が見えた。


「っ!? まさか」


 ケネシーが言葉を詰まらせる。


 想像以上に早い。

 まさか、こんな手段で来るとは。


 師匠が生きている間は、抑止力として機能しているんじゃなかったのか?


「ケネシー!」


 突然の衝撃でふらついたせいで、距離が離れてしまったケネシーへと手を伸ばす。


 ケネシーがこちらへと振り向いた。

 伸ばされた手を掴もうとして。


 それよりも早く、両者の間に亀裂が走る。


 轟音。

 階段が斜めに裂けた。







 中条聖夜の心中。

 最初に湧き上がるのは、後悔よりも疑問。


 この結果は、果たしてアマチカミアキに付けられた発信器に気付かなかったが故のものなのか。


 アマチカミアキは、MCを聖夜に渡す際にこう言った。君なら使いこなせると思ったから、と。それはつまり、聖夜なら妖精樹を材料として造られたこのMCを使いこなせるだろう、と思わせるだけの何かに気付いたということ。


 それは何か。

 聖夜の腕に付けられただもう1つの妖精樹で造られたMC。


 すなわち、ウリウムだ。


 妖精樹は魔力を込めると、それに呼応するように微弱ながらも異質な魔力を放出する。そして、ウリウムとして自我が芽生えた聖夜のMCは、そのウリウムの意思を維持するために、少量ではあるものの魔力が常に込められている。


 普通ではまったく気付かれないほどの魔力。


 しかし、このMCの製作過程から携わっていた開発者が相手ならば話は別だ。学生時代にアマチカミアキと共にいた時期がある、と聖夜はリナリーから聞いている。リナリーが危険区域ガルダーに足を踏み入れ、ティチャード・ルーカスと共に妖精樹の材料を持ち帰ったという数名のメンバー。


 その中にアマチカミアキもいたとしたら。

 MCの製作過程に、アマチカミアキも噛んでいたとしたら。


 あり得ない話ではない。


 妖精樹を材料としたMCを聖夜が持っている。その事実から、聖夜がティチャード・ルーカスと繋がりがあることも、アマチカミアキは直ぐに見抜けただろう。妖精樹を用いて造られたMCは全部で2つ。1つは王へと献上され、もう1つはティチャード・ルーカスの工房へと大切に仕舞われた。


 アマチカミアキが持っていたのは、王への献上品。

 ならば、もう1つは必然的にティチャード・ルーカスの工房のものしかない。


 ティチャード・ルーカスは、MC調整(チューニング)のプロフェッショナル。

 当然製作過程から携わっていたのなら、アマチカミアキもその事実は知っているはず。


 アマチカミアキから渡された、怪しいMC。


 何か細工がしてあるのでは、と。

 そう聖夜が考えるのは当たり前だ。


 実際のところは表向きの発信器すら見逃す醜態を晒したわけだが、MC内部への細工を疑われることもアマチカミアキは考慮していた可能性はある。MC内部への細工を聖夜が疑った場合はどうするか。次に向かうであろう場所は、妖精樹で作られたMCに詳しいティチャード・ルーカスの工房だ。


 というより、他の工房では調査を依頼するわけにはいかない。それほどまでに、妖精樹を材料としたMCは希少であり異質だ。つまり、発信器の仕掛けに気付こうが気付かれまいが、聖夜の向かう先は既に特定されていたと見るべきなのだ。


 そうなると、次に湧き上がる疑問。

 どこで、何を間違えたのか、ということ。


 これまでの一連の流れにおいて、発信器の一件以外に何かミスを犯したという自覚が聖夜には無い。100パーセント『脚本家(ブックメイカー)』の思惑通りに行動出来ていた自信は無いが、極端な地雷を踏むような真似はしていなかった。それが、聖夜の正直な感想だった。そして、それは勿論、直近まで行われていたアマチカミアキを名乗る男との会談においても同様である。


 アリス・ヘカティアの誘拐から始まった一連の流れは、エマの推測通りに進行していた。人質は無事に返還され、とびっきりのトラップが仕掛けられていたとはいえ手土産まで持たされた。応じないという選択肢はあの状況下では無かったし、アマチカミアキへの返答も間違ったものだったとは思えない。


 なら、どこで間違えたと言うのか。


 動揺する聖夜を余所に、遥か上階、それでも度重なる攻撃によって半壊しているせいで見通しが良くなり射線の開けたその先で、追跡者が姿を見せた。


 身に纏っているのは漆黒のローブ。深くまで被られたフードによって、男の人相は分からない。そのローブの胸元には、3枚の葉が重なり合ったシンボルマークが刻印されている。実験棟で初遭遇を果たした時の聖夜の記憶は曖昧だ。二度目の遭遇となった前回ルートでは距離があり、その姿を詳細に眺められたわけではない。


 それでも、名乗られなくともその正体は聖夜には分かっていた。

 男の手に握られているのは、禍々しい魔力が込められた錫杖。


 天上天下。

 そう脳が理解した瞬間には、聖夜の魔法は発現していた。


「……むっ!?」


 天上天下がそれを察知した時にはもう遅い。天上天下を中心とした半径3mほどの球体に区切られた空間へ、聖夜の膨大な魔力が充満する。濃密過ぎる魔力によって呼吸すらままならない空間のなかで、僅かな発現の兆候を察知した天上天下が回避行動をせんと動き出す。


 だが、それも微々たるものに過ぎなかった。


 なにせ、聖夜が最初に使用したのは、前回ルートのアルティア・エース戦で用いた『不可視の潰滅(オール・アウト)』と同程度に近い魔力を必要とする『不可視の束縛インビジブル・ジェイル』。中条聖夜という規格外の発現量を有する魔法使いと、魔力濃度の高い魔法世界という環境。それら2つを合わせて、初めて実現する魔法である。


 この魔法は圧倒的な魔力量によって対象者を圧し潰すものではない。呼吸すらままならない程の濃密な魔力によって対象者の動きを束縛し、更には対象者の魔法発現を妨害する魔法である。その対象者の魔法発現を妨害するという一点だけ見てみれば、系統としては姫百合可憐が愛用する空間掌握型魔法『白銀の世界(フリージア)』に近いと言えるだろう。


 その中で、僅かでも動けた天上天下は、やはり高レベルの魔法使いであった。


 しかし、それだけのこと。


 二撃目。

 膨大な魔力の消失によってふらつく足を抑え、聖夜の次なる魔法が発現した。


 非属性無系統魔法『神の書き換え作業術(リライト)』。


 聖夜によって施された座標演算によって、対象となったシャープペンシルの芯が一斉に転移する。転移先は天上天下の体内、その心臓部。まさしく必殺の魔法だ。ただ、僅かでも回避行動を取ったその天上天下の動きは無駄では無かった。本来なら心臓を容赦なく串刺しにしていたはずのシャープペンシルの芯は、天上天下の脇腹付近へと転移された。


 もっとも、即死は避けられたものの、重症であることには変わりない。


 身体の内側から襲いくる耐えがたい激痛に、天上天下が吠える。手にしていた禍々しい魔力を発する錫杖が、天上天下の管理下から外れて不規則に魔力を放出して震え出した。いつ自壊してもおかしくはないその兆候に、聖夜が動く。彼が視線を向ければケネシー・アプリコットが転移し、聖夜の腕の中に納まる。突然の事態に慌てるケネシーに反応することなく、聖夜が最後の魔法を発現した。


 非属性無系統魔法『神の上書き作業術(オーバーライト)』。


 自壊を始め、周囲の壁や柱へと暴虐の(つぶて)を撒き散らし始めた錫杖を一瞥した聖夜は、その持ち主である天上天下の安否を確認する時間すら惜しみ、瞬く間にその場から姿を消した。

 次回の更新予定日は、1月31日(金)18時です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今更ですがこの作品はハーレム物なのでしょうか?
[一言] 今度からシャー芯には毒も塗っておこうそうしよう
[良い点] 久しぶりのガチ戦闘ワクワクすっぞ! [一言] 盛者必衰よりも天上天下の方が聖夜は戦いやすい相手ですかね、シャー芯攻撃は必衰には通用しなさそうですし…
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