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テレポーター  作者: SoLa
第10章 真・修学旅行編〈下〉
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第8話 歓楽都市フィーナ ③

 明けましておめでとう御座います。マイペースな更新とはなりますが、読者である皆さまに少しでも「面白い」と思って頂けるように頑張りますので、今年も『テレポーター』とSoLaをよろしくお願い申し上げます。




「返答は如何に」


「断る」


 即答した。


「……理由を聞いてもいいかな」


 理由?

 理由だと?


「『世界を救う』などと勘違いも甚だしい世迷言を垂れ流している自覚が無いのか? テロ集団の破壊工作に手を貸す気は無いし、集団自殺に付き合う気も無い。他所でやってくれ」


「集団自殺とは?」


「お前の言う世界の管理者たる『脚本家(ブックメイカー)』と、世界最強の魔法使いであるリナリー・エヴァンス、その2人を相手取って喧嘩を売るつもりなんだろう? 集団自殺以外の何がある」


 アマチカミアキは薄く笑った。


「随分と信頼しているんだね。君の師匠のことを」


「少なくとも、お前よりはずっとな」


「肝心なところを何も教えてくれない師匠なのに?」


 ……。


「どういう意味だ」


「先ほどの質問と違って、今回の回答には若干の間があったね。その意味するところはつまり、本当は分かっていながら分かっていない振りをしているというところかな」


 アマチカミアキが、俺に向ける目を細める。


「俺と君の師匠であるリナリー・エヴァンス。どういう関係か知っているかな」


「それに答える義務はない」


「君の師匠が、なぜ『始まりの魔法使い』のもとで俺たち『ユグドラシル』を潰そうとしているのかは?」


「自分の存在が世界にとっての悪であるという自覚を持て」


 アマチカミアキは「ははっ」と笑った。


「君、無系統魔法を持っているよね。どんな無系統魔法なんだい?」


「急に質問の毛色が変わったな。不信感を持たせようとする作戦は失敗か?」


「どんな名前を付けたのかな。まさか、君の師匠から教えてもらったなんてことは無いよね」


 ……。

 それは。


「言葉に詰まったね。図星か」


「だから何だと言うんだ? 第一、なぜ俺なんだ。打倒『脚本家(ブックメイカー)』を掲げているなら、まず最初にリナリー・エヴァンスへ声を掛けるべきだ」


 なにせ、こいつらにとっては最大の障害でもあるわけだからな。


「お前が、お前自身の考えが正しいと考えているなら、出来るはずだろう。リナリー・エヴァンスが賛同していないのは、お前が間違えているからだ。それでもお前は自分の野望が捨てられないから、藁にも縋る思いでここへ来た。リナリー・エヴァンスの盤石な体勢を『黄金色の旋律』内部から破壊するために。違うか?」


 アマチカミアキへと問う。


 直ぐに返事は来なかった。無言で聞き役に徹していたアマチカミアキが視線を落とす。俯き気味になったことで、前髪がアマチカミアキの表情を隠した。


「ふふっ」


 アマチカミアキの肩が揺れる。


「ふふふ」


 押し殺せなかった笑いがアマチカミアキから漏れる。


「何がおかしい」


 暫しの沈黙。

 そして。


「……リナリー、リナリーと。健気なものだ」


 アマチカミアキは、そう呟いた後、顔を上げた。


「何だと?」


「師匠想いの良い弟子だね、と言ったのさ。自分に盲目的に従ってくれる人形が出来たんだ。リナリーはさぞ喜んでいることだろう」


 ……。

 イラッと来たが、挑発であることは明らかだ。


 下手に乗って言質を取られることは控えるべきだろう。


「君は何も疑問に思わないのかい? 口を開けばリナリー、リナリー、と。世界最強と謳われてはいるが、リナリー・エヴァンスは神では無い。彼女にだって間違える事はある。彼女が『始まりの魔法使い』に騙されている可能性を考慮したことはあるか? 君の意思はいったい何処にあるんだい?」


「今の俺があるのは、リナリー・エヴァンスのおかげだ。あの人がいなければ、俺は今、生きてはいなかった。リナリー・エヴァンスは神じゃない。そんなことは俺だって分かっている。それでも、あの人は俺の恩人だ。親も同然の人だ。どれだけ迷惑を掛けられたとしても、どれだけ疎ましく感じることがあったとしても、それは変わらない。俺があの人を信頼する理由は、それ以上に必要無い」


 その言葉は、反射で口から出た。


 前以って考えてなんかいなかった。

 日頃から思っていたことではない。


 ただ、アマチカミアキからの問いに答えようと思ったら、勝手に口から放たれていた。そして、俺の口から放たれた言葉を俺の耳が聞いて、それを脳が理解して。ようやく腑に落ちた。心の中にするりと溶け込んだ。


 俺が、あの女を信頼している理由。

 どれだけ無茶振りをされようが、あの女から離れなかった理由。


 あの女は。

 俺の師匠は。

 リナリー・エヴァンスは。


 俺のことを決して束縛しようとはしなかった。

 やろうと思えば、いつでもあの女から離れることは出来た。


 あの女の屋敷で魔法の特訓をしてもらっていた時も。

 舞と知り合い、花園家へと入り浸っていた時も。

 アメリカへ連れていかれ、荒事に巻き込まれる日々を送っていた時も。

 日本に戻って来て、青藍魔法学園で学生生活を送っていた時も。


 そして、今だって。

 俺は自ら、あの女のもとへ残ろうとしている。


 もう一度、決意が変わらないことを口にしよう。

 俺は『ユグドラシル』側にはつかない、と。


 アマチカミアキへ、そう告げようとして。


「無系統魔法は全て『始まりの魔法使い』が管理している」


 先手を打つようにして、アマチカミアキが語りだした。


「無系統魔法は、『始まりの魔法使い』が特別な栞を対象者の本へと差し込むことで発現する。1つの栞につき、1つの無系統魔法。複製することは出来ない為、同時期に同じ無系統魔法を所持する者が現れることはない。無系統魔法の発現者は、既存の属性魔法では説明できない特異な魔法を発現できるようになる。基本的に、この特別な栞は無差別に割り振られる。『創世の間』に並ぶ、無数の本たちの中からね」


 ……。


「但し……、『始まりの魔法使い』の意思で、好きな能力を好きな人物に与えることも可能だ」


 アマチカミアキの視線が、一度俺から外れ、再び俺へと向く。


「……何が言いたい」


「初めから知っていた……、としたら?」


 囁くような声色で、アマチカミアキは言った。


「幼い君に、神の名を冠する無系統魔法を行使する権限が宿っている……、と。初めから知っていて君を迎えに来たのだとしたらどうする?」


「あれは必然だった」とアマチカミアキは、口元を歪めながら言う。


「リナリー・エヴァンスは、君が苦しんでいた病院に偶然居合わせたわけでは無い。彼女は初めから君がそこにいることを知っていて、あの病院を訪れた。『始まりの魔法使い』から情報を得て、君を迎えに来た」


 椅子に腰かけたまま、アマチカミアキは少しだけ身を乗り出した。


「生みの親から君を引き剥がすために。過剰に溜め込んだ魔力を抜いてしまえば、今まで通りに平穏な日常へ帰れたはずなのに。体内の魔力を循環させる術さえ学んでしまえば、親元から離れる必要など、どこにも無かったというのに」


 まるで当然の真実を告げるかの如く、アマチカミアキは言う。


「君を、自分たちにとって有用な駒とするために」


 その人差し指が、俺へと向けられた。


「リナリー・エヴァンスにとって、君が君である必要など無かった。あの時、彼女が君を助けたのは君のためでは無い。君の能力を持った君が欲しかったのさ。『始まりの魔法使い』が特別な栞を差し込んだ本の対象者である君を」


 人差し指が、振り子のように様に宙を右へ左へと揺らぐ。


「君は不幸にも選ばれてしまったんだよ。何億と存在する本の中から、君の本が選ばれた。『始まりの魔法使い』から。『始まりの魔法使い』の障害を取り除くための、大切な道具として、ね」


 謳うように、アマチカミアキは言った。


「酷い話だと思わないかい? 理不尽だと思わないかい? 不公平だと思わないかい? 選ばれさえしなければ……、君は君のまま、君は君らしく、君は君だけの人生を送れていたんだ。それなのに……」


 アマチカミアキは、おどけるように肩を竦めて見せる。


「奴らの勝手な都合で、君の人生は滅茶苦茶にされたんだ。憤りを感じないかい? 怒りを覚えないかい? 復讐してやりたいと思わないかい?」


 わざとらしく首を傾げる仕草をして、アマチカミアキは言った。


「もし、そう考えたなら、俺たちが力を貸してあげるけど?」


 ……。


 手が差し出される。

 それを一瞥し、あらかじめ用意していた回答を口にする。


「不要だ」


 アマチカミアキは笑顔のままだった。


「なぜ?」


「俺は、今の俺の人生に満足している。自分勝手な物差しで、他人の人生を批評しないでくれ。不幸だと決めつけられるのはいい迷惑だ」


 どのような思惑があろうと、あの時俺があの女に救われたのは事実だ。あの女が来なければ、俺はおそらく死んでいた。もし、あの苦しんでいた状況すらも『脚本家(ブックメイカー)』が仕立て上げたものだとするなら、それは次会う機会があれば『脚本家(ブックメイカー)』本人に直接文句を言おう。


「『始まりの魔法使い』とリナリー・エヴァンスが介入してこなければ、君はこうして命を懸けた戦いに身を投じる必要も無かったんだよ?」


「命を懸ける羽目になっているのは、お前らが余計なことをしているからだ」


 少なくとも、俺はリナリー・エヴァンスから命を狙われたことは無い。

 命の危険を感じたことは……、正直あるけど。


「現状で俺と敵対しているのは、表面上ではお前たち『ユグドラシル』だけ。勝手に命を狙っておきながら、その責任をリナリー・エヴァンスや『脚本家(ブックメイカー)』に押し付けるのはよせ」


「……その現状を作り出しているのが、今君が口にした2人にあるとしてもかな」


「平行線だな」


 席から立ち上がる。


 扉の前で待機していた女が反応を示すが、知ったことでは無い。別に、この動作は俺がアマチカミアキを害するためにしているわけではないのだから。


「さて。お前の望み通り、話し合いには応じてやった。この結果がお前の求めたものだったのかどうかは知った事では無いがな。次はこちらの言い分を聞いてもらおう。人質はどこにいる。無傷で解放してもらおうか」


 アマチカミアキは答えない。


 扉の前で控えていた女が一歩踏み出して、こちらへと歩み寄った。それをアマチカミアキが手で制する。但し、視線は俺へと向けられたままだ。笑みを浮かべたその表情も変わらない。これまでと同じように、涼やかな声で決定的な一言を口にする。


「君のその行動は……、『ユグドラシル』への敵対宣言と捉えても?」


「ご自由に」


 アマチカミアキの目が細められた。


「……リナリー・エヴァンスの決断に、君の人生全てを賭ける価値があると?」


 沈黙が俺の答えだった。

 俺の回答は変わらない。


 アマチカミアキが小さく息を吐く。

 そして、告げる。


「……約束は守られた。手出しは無用だ。天上天下に伝えてきてくれ」


「しかし」


 ここで、初めて女が口を開く。


「行け。3回は言わないよ」


 俺の時とは違う、威圧感の篭った声だった。 

 俺の隣で再度口を開きかけた女は、僅かな逡巡の後、一礼して部屋を後にした。


 扉が閉められる。


 顎で促され、俺はもう一度着席した。

 帰りの手続きを済ませてくれるのなら、下手な行動をするより大人しく待っている方が得策だろう。


 アマチカミアキの視線が、手元のテーブルへと向けられた。直ぐに視線を俺へと合わせる。すると、再びテーブルへと視線を落とす。その仕草に違和感を覚えた。直後、足を軽く蹴られる。


 ……何だ?


 アマチカミアキの上半身が少しだけ傾いた。それがなぜか、テーブルの下から手を伸ばしているように感じられて、思わずこちらも同じ動作をする。伸ばした手のひらに、何やら固い物が押し付けられた。


《っ、マスター、受け取って》


 それを握る。

 ウリウムの声を聞く前には、反射で受け取ってしまっていた。


 アマチカミアキが手を離したのだろう。

 急に重みが握った手にのしかかって来た。


 アマチカミアキがゆっくりと背もたれに上半身を預ける。

 さり気の無い所作で口元を手で隠し、小声で告げる。


「持っていけ。隠してな。ここでは出すな」


 視線が一瞬だけ上に向けられた。


「何の真似だ。これは何だ」


 おそらく、監視カメラが設置されていると言いたいのだろう。口元を隠すために、前髪を掻き揚げる仕草をしながら質問する。


「妖精樹で作られたMCだ。王城関係者にも見られないようにしてくれ。宰相ギルマン・ヴィンス・グランフォールドは、盗難にあった失態を公表していないからね」


 ひじ掛けに身体を預け、自然な仕草で顎を手のひらに乗せたアマチカミアキは、口元を隠したままそう囁く。同時に「罠と思うなら、後で捨てても構わない」とも口にした。


 師匠の元教師だと名乗っていたティチャード・ルーカスさんからの話で聞いたことがある。妖精樹を材料として作り上げたMCは2つ。そのうちの1つを研究成果として王へと献上したと。ウリウムの反応から察するに、妖精樹で作られた物ということは間違いなさそうだし、これがそうなのか?


 しかし、これを俺に渡してくる意味が分からない。


「何の真似だと聞いているんだ」


「君なら使いこなせると思ったからさ」


 アマチカミアキの視線が、俺の左腕へと向いた。

 制服の下に隠されている、MCウリウムへと。


 ……交信していたことに気付かれていた、なんてことはないだろうな。


 師匠は、アマチカミアキと魔法学習院で一緒だった時期があると言っていた。まさか、危険区域ガルダーに妖精樹の素材を採取しにいったメンバーに、こいつも混ざっていたということか? 可能性はゼロではない。だとすれば、この男、全て分かった上で……。


「俺の質問の答えになっていないぞ」


 動揺を余所に、詰問する。

 しかし、答えが得られる前に扉が開かれた。


 視線を僅かに後ろへと向ける。そこには、先ほど退出した女が立っていた。アマチカミアキは笑みを浮かべたまま立ち上がる。


「それでは、我々は退席するとしよう。人質は011の部屋で寝かせてある。この部屋は5分後に退席したまえ。それが守られない場合、君の命の保証はしない」


 質問は……、もう無理か。


「……ここまで来て破る気は無い。あるなら、お前と2人きりだった時にしている」


「良い判断だ。では、さようならだね。中条聖夜君」


 アマチカミアキが、座ったままの俺の横を通り過ぎる。

 その時。




 リナリーを頼む。




 なぜか、アマチカミアキがそう呟いたような気がした。


 思わず、座ったまま振り返る。

 しかし、アマチカミアキがこちらに視線を寄越すことは無かった。

 女と一瞬だけ目があったが、女は口を開くことも無い。


 静かに扉が閉まった。







「さて。自己紹介も済んだところで、俺からの質問に答えてくれるかな? 鷹津祥吾君」


 天上天下を後ろに控えさせ、着席したアマチカミアキは頬杖をつきながら口にする。口調は優しいものだが、それに拒否権など無い命令であることは祥吾も十分理解している。アマチカミアキと名乗った男が、本物であるかどうかなど関係ない。


 男の後ろに控えるようにして直立している天上天下が本物であり、退路を塞ぐように個室の扉の前で嗤っている蟒蛇雀が本物である以上、この空間を支配しているのがただ1人座っているこの男であることに間違いないからだ。


「昨日のことだ。中条聖夜が単独で交易都市クルリアに向かった際、君は尾行したよね?」


 祥吾は首肯する。


 ただ、聖夜を尾行しろと指示したのは天上天下であり、祥吾の意思ではない。なぜ急に聖夜が単独行動をしたのか、それも交易都市クルリアに向かったのかは祥吾にも分からない。実際、交易都市クルリアに到着後は聖夜が御堂縁と合流したため、これ以上の追跡は困難と判断してすぐに離脱したのだ。その離脱の指示を出したのも天上天下だった。


 男が本当にアマチカミアキならば、それは知っているはず。

 よって、これはあくまで確認作業だ。


 本命は、次。


「尾行の指示を受けた時、君は何をしていたのかな」


 自らの失態を告げられると身構えていた祥吾は、思わず首を傾げそうになった。


 何をしていたのか。

 別に何も隠すことなど無い。


 祥吾は『無音白色の暗殺者』への対応に追われていた。


 聖夜が『無音白色の暗殺者』の構成員である、ドゾン・ガルヴィーンと接触してしまったからだ。その一連の流れについても、祥吾はもちろん天上天下へと報告している。これに問題があるとは祥吾は思っていなかった。


「中条聖夜がドゾン・ガルヴィーンと接触し、相手側がT・メイカーだと特定しました。これ以上の混乱を避けるために行動していましたが……」


「その時に、中条聖夜が別行動を取った。天上天下に伝えたところ、尾行するようにと指示が来た、と?」


 祥吾は首肯する。


 アマチカミアキは、笑みを浮かべたままだ。

 続けて質問を口にする。


「仮に……。仮に、だ。中条聖夜が単独行動を取らず、君に天上天下から尾行の指示が無かった場合。君は何をしていたと思う?」


 可笑しな質問だった。


 しかし、表情に出すことは出来ない。

 祥吾は、考えたままを口にする。


「ギルドに協力を要請するつもりでした」


「何と?」


「ギルドに登録された者が、修学旅行生を狙っている。それは止めてくれ、と」


「なぜ、それを止めたんだろう」


「中条聖夜の尾行を私が担当する以上、その役目は姫百合家戦闘メイドの大橋理緒が負うことになります。緊急性の高い案件にも拘わらず、私がそれ以外で席を外すのは、違和感を持たれると判断しました。そのためです」


「なるほど」


 アマチカミアキは、笑みを浮かべたままだ。

 涼やかな笑みを浮かべたまま、頷いた。


 そして、言う。


()()()()()


 それは、祥吾に向けたものではなかった。




 祥吾の首が飛んだ。




 噴き出した鮮血は、蟒蛇雀が発現した黒い渦に次々と吸収されて消えていく。糸の切れた人形のようにして、祥吾の身体が床へと転がった。天上天下が、手のひらに宿していた魔力を霧散させる。その目が、自らの目の前に座る男へと向いた。


「説明願えますか」


「『心配を掛けたくない』という言葉を、俺は『知られたくない』という言葉として捉えた」


 頬杖をついたまま。

 自らの座るテーブルの先、床に投げ出された死体を眺めながらアマチカミアキは言う。


「マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラに与えたヒントから内通者に辿り着いた可能性も否定できないけど、その急な態度の変化から、確たる証拠があった上での判断だと考えたわけだ。なら、中条聖夜はどこからその決断をするに至ったと思う?」


 天上天下は答えない。

 アマチカミアキは気を悪くすることなく続きを口にする。


「答えは、遡り前の記憶と違う動きがあったから。それが、先ほど鷹津祥吾自らが口にしたギルドへの報告をするか否かだ。中条聖夜は昨晩、王城からギルドへ向かっていたね。『五光』関係者からギルド側に接触があったかどうかを質問することは可能だ。何かがあったんだ。彼の遡る前の記憶では。鷹津祥吾がギルドへ報告することで、何かが違っていた」


「……それは、中条聖夜に接触したという『無音白色の暗殺者』が何らかの動きを、ということですか?」


 天上天下からの問いに、アマチカミアキは「そう」と答えた。


「考えてみようか。鷹津祥吾が、ギルドに『修学旅行生へ手を出すな』と報告したとしよう。どうなると思う?」


「『白影(ホワイトアウト)』ちゃんが狙われなくなって嬉しい~、ってだけじゃないんですかぁ?」


「それだけだと50点だね。事実そうなるんだけど、それだけではない」


 間延びした回答を口にする蟒蛇雀に、アマチカミアキはそう告げる。その言葉で、天上天下が思い至った。


「……そうか。ドゾン・ガルヴィーンは盲目だったな」


「正解」


 天上天下の呟きをアマチカミアキが拾った。


「『なぜ修学旅行生を?』と彼らは思うだろう。『自分たちが接触したのはT・メイカーだったはずなのに』と。そして、彼らの中で繋がるんだ。『あぁ、そうか。牽制した者は、修学旅行生への接触を禁じればT・メイカーを守り通せると考えているのだ』と。そうなれば、次に必要なのは大義名分だ」


「大義名分?」


 オウム返しのように聞き返してくる蟒蛇雀へ、アマチカミアキは頷く。


「T・メイカーと接触したい。しかし、ギルドからは修学旅行生に手を出すなと牽制されている。ならば、自分たちが動いているのは修学旅行生を狙う為では無く、T・メイカーと接触したからだと説明する必要がある。おそらく、彼の遡り前の記憶では出されていたはずだ。T・メイカーの捕縛クエストがね」


「それならば、『無音白色の暗殺者』はT・メイカーを追っていると言い張れる。にも拘らず、そのクエストが発注されていない。この差異から、内通者が護衛の中にいると勘付かれたわけですか」


「そういうこと」


「ふぅ~ん。よく分かんないけど、かわいそ~。だって、この人がミスをしたわけじゃないんでしょ?」


 転がった死体を足蹴にしながら、蟒蛇雀は嘲笑う。

 しかし、それをアマチカミアキは否定した。


「ミスはしたさ。ギルドへ接触して修学旅行生という単語を用いたことで、T・メイカーが日本の学生であると『無音白色の暗殺者』へ知られてしまった」


「でも、それって今回はしていないじゃん」


「今回は、ね。遡り前に安易な選択をしてしまったが故に、差異を生み出した。それが彼の失態だ」


 アマチカミアキは、そう言ってゆっくりと立ち上がる。


「さて、そろそろ次のお客様が来る頃だから俺は行くよ。盛者必衰、その死体に乱暴はしないでくれ。天上天下、輪廻転生(リンネテンショウ)にその死体を再利用するように指示しておいてくれるかい」

 次回の更新予定日は、1月17日(金)18時です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 天地神明をアマチカミアキとテンチシンメイの2つで読んでるけど、何か関係あるのかな?
[良い点] 面白いです。頑張って下さい。
[気になる点] 分からないことが増えていくこのワクワク感よ
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