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テレポーター  作者: SoLa
第10章 真・修学旅行編〈下〉
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第3話 交易都市クルリア ⑥




「……何だと!?」


 もたらされた凶報に、思わず声を荒げてしまった。何事かと振り返る舞と可憐にジェスチャーだけで謝罪し、少しだけ距離を空ける。エマは音も無くついてきた。美月がそれとなく俺たちと舞たちの間に入り込み、護衛たちに不信感を持たれないよう距離を空けた不自然さを消してくれる。


 俺は胸ポケットに入ったクリアカードへと口を近づけ、小声で聞き返す。傍から見れば、目の前の魔法具を物色しているように装って。


「詳しく説明しろ。今、どうなっている」


『貴族都市ゴシャスへと、……、う道中で襲撃を受けました。アリス・ヘカティアの他、レッサー・キールクリーンとルリ・カネ……、の行方も分からなくなっており、現在捜索中です』


 シルベスターが高速で移動しているからなのか、時折ノイズが混じっている。だが、要点は聞き取れた。逃走奴隷であるアリス・ヘカティアが攫われた。『白銀色の戦乙女』からも2人行方不明者が出ている。『白銀色の戦乙女』は、ギルドランクSの実力者たち。並みの魔法使いでは相手にならないだろう。


 つまり。


「……最悪だ」


 奴隷商や、オークション関係者とは考えにくい。シルベスターたちを出し抜ける程の腕を持つ者など、表で名を知られている魔法使いの中では、師匠を除くと『トランプ』くらいしか考えられない。そうなると、襲撃者の正体は十中八九『ユグドラシル』の関係者だ。


 スペードと合流する前にやられたか。

 ちくしょうが。いったい、何が目的だ。


「とんだ醜態を晒してくれたわね。シルベスター・レイリー。どう落とし前をつけるつもりなのかしら」


 ずいっと俺の胸元へ口を近付けてエマが言う。


『……ガルガンテッラか。勿論、罪は償う。この一件が片付き次第、我々「白銀色の……、女」は速やかに自害致します。T・メイカー様、何卒、ご容赦のほどを』


 自害するのが確定なのに、何を容赦しろと言うのか。

 あれか、尻拭いは自分でさせて欲しいって嘆願か?


 勘弁してくれ。


「シルベスター・レイリー、自害の必要は無い。残りのメンバーにもそう伝えておけ。いいな、勝手に死ぬことは許さん。そこは徹底しておけ」


 ……。

 返答が無い。


 ふざけんなよ。


「シルベスター・レイリー。お前は使者を通して俺からのクエストを受託したな。ならば今、お前たちの命はこの俺、T・メイカーが握っている。お前たちが死んでいいのは、俺が死ねと命じた時だけだ。そして、俺はお前たちにそのような命令をするつもりは無い。働きで返せ。返事は肯定のみ受け付ける。答えろ」


『……、……御意』


 少なくない間を置いて、絞り出すような声でようやく返答があった。エマには、余計な事は言うなと視線で釘をさしておく。


「で、何があった。どうやってやられた」


 ようやく本題に入れる。


 シルベスターたち『白銀色の戦乙女』は、全員で一緒に行動していたはずだ。敵はその包囲網を突破したと言うことになる。標的であるアリスに加え、ギルドランクSの精鋭2人も巻き添えにして。


『……それが、分からないのです。戦闘はありませんでした。近くで爆音が鳴り、そちらに気を取られました。しかし、それも一瞬のことだっ……、す。その僅かな隙を突かれました。奴隷を抱えていたレッサーが奴隷ごと、そして近く……、ルリが消えていました』


 その答えに、思わずエマと顔を見合わせる。


「……何か他に気付いたことは?」


『……申し訳ご……、せん。他には、何も……。いや、そう言えば、爆音に混じって何か聞こえた……、な』


「何だ、何が聞こえた」


 しばらくの沈黙。

 そして、悲痛な声色での回答。


『申し訳ございません。分かりません。どこかで聞いたことのあるような音だった気はするのですが、爆音に混じっていたために……、でした』


「そうか」


 まあ、責められるようなことでもない。

 それが何かヒントになるような音だった保証も無い。


『我々と……、は、姿を消したレッサー、ルリが裏切った可能性も考慮し対処致します』


 裏切り……、か。

 可能性としてはむしろ高い。


 爆音で気を逸らしたとはいえ、シルベスターたちの視界に入ることなくアリスを攫ったとなると、手引きをした奴がいると仮定した方がよっぽど現実味を帯びているだろう。


「分かった。但し、裏切っていた場合でも極力殺すな。色々と聞きたいことが出来た。勿論、お前たちの安全が最優先だがな」


『……T・メイカー様、ありがと……、います。残りのメンバーにもそう伝えます』


「ああ、よろしく頼む」


 そう言って、通話を切ろうとした。


『T・メイカー様』


 シルベスターが、俺の名を呼ぶ。


『作戦遂行に必要な事でしたら、私の言葉は聞き流して……いて、結構です。ノイズが走り、聞き取りにくい……、がありました。以降は、もう少し電波状況の良い場所に移動……、下さると……、です。では、失礼致します』


 そして、シルベスター側から通話を切られた。


 ノイズはシルベスターのせいでは無かったのか。

 そうなると、この大市場の建物が原因か。


 隣で待機しているエマに視線を向ける。


「戦闘らしい戦闘をさせてもらえず、メンバー2人と標的を攫う……、か。言葉だけで聞くと、非現実的だな」


「はい。『白銀色の戦乙女』は、決して弱いグループではありません。それはギルドランクからも証明されています。シルベスターの言う、裏切者の可能性は捨て置けないでしょう。もっとも可能性が高いと考えるべきです」


 レッサー・キールクリーン。

 ルリ・カネミツ。


 どちらも会ったことは無い。前回ルートを含めても、俺がこれまで白銀色のメンバーで顔を合わせているのは、シルベスター・レイリーとアイリーン・ライネス、そしてチルリルローラ・ウェルシー・グラウニアの3名だけだ。というより、今回のルートではまだ誰とも顔を合わせていない。


 舞たちに会話を聞かれないよう、細心の注意を払いながら声を出す。こちらの空気を読んでくれているのか、舞たちは自ら距離を空けて魔法具を物色してくれているが、念には念を入れてだ。


「『ユグドラシル』絡みだと思うか」


「恐らくは。白銀色を超える魔法使いなど、この国ではリナリー・エヴァンスや『トランプ』を置いて他にはいません。むしろ白銀色の面々なら、相性・条件によっては『トランプ』すら撃破できる者もおります」


「『トランプ』内に裏切者がいる可能性は?」


「勿論、ゼロではありません。ですが、それはどちらにせよ『ユグドラシル』と繋がっているということになります。流石に、ここで第三勢力が出てくるという展開は考えたくは無いですね」


 だよな。

 これ以上勢力図を引っ掻き回さないで欲しい。


「ただ、問題は他にもあります」


 エマが真剣な表情で囁く。


「聖夜様、警告の中にありましたよね。奴隷アリス・ヘカティアに関するものが」


「……あったな」


 保護したアリス・ヘカティアを王城へ連れていく際についていくな、というやつだ。


「つまり、この事態は『脚本家(ブックメイカー)』にとっては想定外ではない……。そう考えることは出来ませんか?」


 ……、……確かに。

 言われてみるとそうだな。


 そうすると……。

 どういうことだ。


 まさか。

 アリスが『ユグドラシル』に攫われることは予定調和だとでも言うのか?


「ふざ――」


 エマが人差し指を自分の口元へと当てるジェスチャーをしてくれたことで、自分がいかに愚かなことをしようとしていたのかを悟り、声を押し殺した。


「……すまん」


「いえ、お気持ちは分かりますから」


 救えたと思ったのに、救えなかった。

 何だ、これは。


 最悪だ。


 シルベスターが悪かったわけじゃない。

 白銀色のメンバーが悪かったわけじゃない。


 悪かったのは。

 遡りの記憶を維持しつつも、それを生かし切れていない――。




 俺だ。




「それは違います」


 エマの言葉に、思わず顔ごとエマの方へと向けた。何も口にしていなかったのに。それでも、俺の心は全てお見通しだとばかりに、エマは言う。


「聖夜様のせいではありません。既にこの修学旅行2日目は、聖夜様が経験された前回ルートとは大きく異なっています。前回ルートの記憶を保持しているからという理由だけでは、聖夜様全てに責任があると断じることは出来ません」


「詭弁だ。前回ルートの記憶を頼りに、その最悪なルートから外れるように動いたのは俺の意思だ。結果として今のこの状況がある。俺が間違った選択をしなければ、アリスが攫われるようなことは無かった」


 現に、前回ルートではスペードがアリスを王城へと送り届けたんだからな。アリスが王城まで辿り着けなかったのは、俺が前回ルートとの違いを生み出してしまったからに他ならない。


 ……そうだ。

 スペードにも報告しなければ。


 逃走奴隷が途中で何者かに攫われたこと。そして、それに『ユグドラシル』が関わっている可能性が高いことも合わせてメールで送っておく。


 そんな俺を見ながら、エマはこれ見よがしにため息を吐いてみせる。


「それこそ詭弁ですね。聖夜様、貴方は神にでもなったおつもりですか?」


「……何だと?」


 エマにしては珍しい、見え透いた挑発だった。


 それでも、救えたと思っていたアリスが攫われたことから、内心ではかなり動揺していたのだろう。見え透いた挑発だと分かっていながらも、その言葉にカチンときた。


「だってそうでしょう? 見る者全てを救おうとする。貴方にとって、アリス・ヘカティアとは何ですか? 知り合い? 恋人? 実は血のつながった妹だったり? 違いますよね。赤の他人のはずです。それなのに、あの奴隷のことばかり気にしてしまって。与えられた指令は『リナリー・エヴァンスを生かすこと』だというのに」


「黙れよ」


「黙りませんよ。私は教えて欲しいのです。貴方にとって、何が一番大切なのかを。アリス・ヘカティアとリナリー・エヴァンス。貴方の中で大切なのはどちらなのです? まさかアリスなんて答えませんよね。だったら、前回ルートのままで良かったはずですし。殺されたという情報は入っていなかったのでしょう?」


「黙れと言ったぞ」


「何も知らずに会談を迎えてしまった前回と違い、今回は今できる最大限の準備をしています。足を引っ張ったという赤銅色の懐柔に成功し、御堂縁や白銀色を味方につけ、当事者であるリナリー・エヴァンスにも警告済み。ここまでスムーズに進めたことに対して胸を張るどころか自虐に走るなど……、私には理解できませんね。本当にアレに貴方を満足させるだけの価値があるというのですか? たかが……」


 エマはじろりと視線を向け、殊更挑発するような声色で言った。




「二言三言、言葉を交わした程度の奴隷の分際が」




「てめぇ――」


「聖夜君!!」


 思わず、エマの胸倉を掴みそうになった瞬間だった。美月が俺とエマの間に身体を割り込ませてくる。その必死の形相を見て、沸騰していた思考が少しだけその温度を下げた。


「気を付けよう? 例え会話が聞こえてなくたって、険悪な雰囲気になっていたのは丸わかりだよ。舞ちゃんや可憐ちゃんは、気を利かせて距離を空けてくれているけど、それだって護衛の人たちから見たら不自然なんだから。何を話していたのかは聞こえてなかったけど、折角ここまで来たんだよ。一番頑張ってきた聖夜君本人が、それを台無しにするようなことはしちゃダメ」


 正論だ。

 美月の口にする、その全てが。


 息を吸う。

 意図的に、大きく。


 ゆっくりと吐き出す。


「……、……悪い」


「いえ、申し訳ございません。私も少々言い過ぎました」


 俺たちが謝罪し合うのを見てほっと一息を吐いた美月は、それ以上の詮索をせずに舞や可憐のもとへと戻っていった。


 ……救われたな。


 確かに、こんな誰が聞いているかも分からないような場所ですることではなかった。喧騒が飛び交うこの場所で、盗み聞きされるようなことは無いだろうが、俺たちの行動は護衛たちには筒抜けだ。


「聖夜様」


 エマが俺の名を呼ぶ。


「先ほどは私の話し方が悪かったです。ですが、冷静に聞いてください。私は何も、アリス・ヘカティアを必要な犠牲として切り捨てろと言いたいわけでは無いのです。『脚本家(ブックメイカー)』からの警告でアリス・ヘカティアに関するものがあるということは、この一連の流れが『脚本家(ブックメイカー)』の想定通りだった可能性は非常に高い。ここまではよろしいですね?」


 首肯する。

 言いたいことは分かる。

 分かっているんだ。


「だとするならば、その真意を考えねばなりません」


「……ついていけば、襲撃者に俺が殺されていたかもしれない。それだけじゃ駄目なのか?」


「50点にも届いていません。それはあくまで表面上の理解のみです」


 想像以上に辛口評価だった。

 どうやら、俺はエマの言いたいことが分かっていなかったらしい。


「よく考えてみてください。そもそもの話をしますが、『脚本家(ブックメイカー)』から与えられた指令は、『リナリー・エヴァンスを生かすこと』なのです。いいですか?」


 そこで、エマが不自然な間を作った。


 思わず眉を吊り上げてしまう。エマは、自らの発言を強調するため、たまに意図的に間を作る時がある。先ほどのアリスを用いた俺への挑発もそうだ。ただ、今回のはそれとは違う違和感を覚えた。


 そんな俺の心情を余所に、エマは続ける。




「聖夜様、貴方の生死は指令達成条件に含まれていないのですよ」




 ざわり、と。

 自らの心が揺れ動く音を聞いた気がした。


 ……そうか。

 俺は少々考え違いをしていたようだ。


 選択肢を誤れば死ぬ、と。

 そう思ってこれまでやってきた。


 前回ルートで経験したような、あの地獄絵図が再現されることになる、と。


 ただ、前回ルートで俺は死んでいない。そして、『脚本家(ブックメイカー)』から指令を下された人間として動いているうちに、今回ルートでも俺は警告等で守られているのだと勝手に勘違いしてしまっていたようだ。


 俺の生死は、指令の達成条件には含まれていない。


 エマの言った通り、既に会談に向けた布石はいくつも打ってある。達成条件の該当者である師匠には警告が済んでいる。バックアップの為に縁先輩や白銀色にも話を付けてあるし、厄介だった赤銅色もこちら側の陣営に引き込んだ。新たな戦力である『番外(エキストラ)』も、師匠が雇っている『断罪者(エクスキューショナー)』だっている。


 そう。

 既に、前回ルートとは比べ物にならない程の戦力がこちらにはある。

 仮に俺がここで死んだとしても、その戦力たちが消えるわけでは無い。


 ……。

 言われてみれば、確かにそうだな。


 俺の生死は関係無い。

 師匠、リナリー・エヴァンスさえ、生き残れば。


「つまり、これはあくまで仮定の話ですが……。そう、仮定。仮定の話です。いいですか。これはあくまで仮定の話ですが、リナリー・エヴァンスを生かすことに繋がるなら、最悪中条聖夜は死んでも良いということになります。これで、あれが貴方を死なせない為の警告では無いということはご理解頂けましたね?」


 首肯する。


 仮定という言葉を使い過ぎ。

 意識し過ぎだ。


 こんなところまでエマらしいと思ってしまうあたり、俺も随分と慣れてきたものだな。内容としては、自分は死んでも構わないと言われているようなものなのに、他人事のようにそう思ってしまう。


「そうなると、あの警告は貴方がついていかないことが本来の目的では無く、むしろその後……。アリス・ヘカティアが攫われたことで、これから貴方がどう動くのかが重要になるということです」


「何か別のイベントが発生するということか?」


「アリス・ヘカティア本人に対して、『ユグドラシル』が価値を見出していなければそういうことになります」


 直後だった。

 胸ポケットに入れていたクリアカードが振動する。


 こちらは、中条聖夜名義のやつだ。


 取り出してみれば、券面にはメールを受信したという文字。エマを見る。「ほれ見たことか」とその顔が物語っているようだった。


 はいはい、どうせ俺が悪いですよ。

 頭脳戦は畑違いなんだって。


 頭に浮かぶのは、開き直りにしか聞こえない言い訳ばかり。何も言い返せないので、黙ってクリアカードを操作してメール本文を表示させる。




 預かりものをお返ししよう。

 条件:単独。30分以内に「朱の料亭」023。




 何だ。

 このメールは。

 選択肢1.行く

 選択肢2.無視する




 次回の更新予定日は、11月29日(金)18時です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 彼の性格からしてエマの制止を振り切っても助けに行く……と思います
[良い点] ひょえーーー、面白すぎる…… 多少夢見がちで甘い主人公だとしても、激情を何度かしているところを見ると、人間という感じがしますね…
[一言] 聖夜のクリアカードの連絡先知ってる人少ないからだいぶ絞られるな。 正月あたりに番外編でもいいから連投こないかな。チラッ
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