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テレポーター  作者: SoLa
第2章 魔法選抜試験編〈上〉
36/432

第14話 銀髪の少女




 がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり。


「……」


「……」


 がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり。


「……」


「……」


 がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり。


「……」


「……あの、沙耶さん」


 がりがりが――、


「はい?」


 無機質に響き渡るペンの音が止まる。片桐は、自分の名を呼んだ少女へと目を向けた。


「さっきから何をされているのですか?」


「状況報告書です」


 ぴらりと書類を一枚摘み上げ、問いかけた少女の目と鼻の先でひらひらさせる。


「……あの馬鹿者の」


 怨念を込めたその物言いに、少女の顔が軽く引きつった。


「……そ、それにしても。今日は書類整理でもされているのですか? こんなに机に束を出して」


 軽く話題を逸らす為、少女は片桐の向かう机の脇に重ねられた書類の束を指差してみる。


「全て、あの馬鹿者の為のものです」


 完全に藪蛇だった。


「教室での乱闘騒ぎ、学園内での戦闘行為それに準ずる破損品、及び土地の再整備要請依頼書の作成もありましたね。それから門限破り。後は何でしたか……」


「も、もう十分ですっ!!」


 指折りで数え始める片桐を押し留める。罪状を挙げる毎にヒクヒクと歪む片桐の口角に、本来怒りを向けられていないはずの少女の方が耐えられそうに無かった。


「で、でも……。それは片桐さんの仕事なんですか?」


「よくぞ聞いてくれました!!」


「ひゃいっ!?」


 弾かれたように立ち上がり両手を握りしめてくる片桐に、少女が若干飛び上がる。


「おかしいはずなんですっ!! 何で私があんな男の尻拭いを!!」


「ちょっ!? さ、沙耶さん、落ち着いてっ」


「この数日で、いくつ校則を破ったと思っているのですっ!!」


「ひぅっ!?」


 苛立った片桐が、机を叩く。


「しかも! しかもですよ!! あの馬鹿者は“2番手”だけでは飽き足らず! “5番手”まで粉砕してしまったと言うではないですか!!」


「さ、沙耶さ――」


「ただでさえ報告書にどう記載すべきか頭を悩ましていたのに!! 次から次へと問題を増やしてぇ!!」


「で、でも……“5番手”については、少々事情が異なるのでは? き、聞いた話では、傍にいた白石先生を守る為やむを得ずと聞いていましたが……」


「あの男が、守る為とか、やむを得ずとか、そんな考えは絶対にあり得ません」


「……だ、断言しましたね」


「それはしますとも。……はぁ」


 ガタンと音を立てて、片桐は椅子に腰かけた。幾分かほっとした表情になる少女の心境に、片桐は気付かない。


「……そして極めつけが“これ”です。まったく、副会長は何を考えているのやら」


 頭を横に振りながら、再びペンを手にする片桐。


「本気、なんでしょうか……」


「本気、なんでしょう?」


 少女の問いかけに、片桐は億劫そうに答える。


「でなければ、こんな擁護する為の文章は書かせませんよ。ネタを考える身にもなって欲しいものです」


「あ、あはは」


 乾いた笑いに、片桐はため息を吐いた。


「この件、会長は?」


「お、おそらく……まだ知らされていないかと」


「副会長の独断専行、というわけですか」


 どちらにせよ会長の権限に左右されるものなのに、という愚痴を少女は聞き流す事にした。


鈴音(リオン)さんも当然知らないのでしょうね」


蔵屋敷(くらやしき)先輩は、今他の件にかかりっきりですから」


「ああ、文化祭ですね」


 ペンを走らせながら、納得といった顔をする片桐。


「今年は少々、セキュリティの方を強化するとの話を伺っていますが」


「そうです」


 少女は手元にあった資料を何枚かめくりながら答える。


「例年、魔法を用いた嫌がらせも増えてきていますから」


「……昨年の魔法で細工された爆竹(ばくちく)は最悪の一言でした」


 片桐は呻くようにそう呟いた。その時の心労を思い出したのか、少女も重いため息を吐く。


「ま、まあ……。そういうわけで、今年からは入場前に持ち物検査とかもするみたいですよ」


「堅苦しいと思われるかもしれませんが、定石ですよね」


「会長は、真っ向から異を唱えているようですけど」


 みしっ、と。

 片桐の手に握られているペンが、おかしな音を出した。


「あの人も……。本当に場を掻き乱すのが好きですねぇ……」


「と、とにかくっ」


 失言だったと言わんばかりに、少女が声を張り上げる。


「せ、戦力としてカウントできる人材が入ってくださるのは、生徒会にとってプラスになるのではっ!!」


「門限を破り、無断で魔法戦闘を行い、教室の窓ガラスを破損し、学園の歩道を抉り、約束の泉に亀裂を入れ、木々をなぎ倒し、2番5番と『番号持ち(ナンバー)』を打ち破り、学園の定める序列を根幹から叩き潰した人材が、……本当にプラスになるとでも?」


 その話題逸らしは。

 完全に、完璧に。

 寸分の狂いなく藪蛇だった。


「……私は、絶対に反対ですよ。あの男を、生徒会に(、、、、)招き入れるなど(、、、、、、、)







 その声に、思わず振り返る。

 そこには――――。

 俺の記憶通りの姿をした少女が立っていた。


 流れるようなウェーブの掛かった銀髪。魅力的な女性のラインを持つ身体。そして、綺麗なスカイブルーをした勝気な瞳。優雅な笑みもそのまま。若干表情からは「良いオモチャを見付けた」と読み取れるような気もするが、それは今の俺の心が荒んでいるからだろう。

 ……そう思いたい。


「貴方、いつもそんな辛気臭い顔しているのかしら。中条聖夜クン?」


 銀髪の少女が、そう口を開く。

 その言葉に引っ掛かりを覚えた。自己紹介をした覚えなど、無い。


「……そっちだけ俺の素性を知ってるってのは不公平じゃないか?」


「あら? 私、貴方の素性を知ってるなんて口にしたかしら」


「俺の名前を知ってる時点で、大まかな事情くらい把握しているんだろう? 今や俺は時の人だ。……無論、悪い意味で、だがな」


「ぷっ」


 何がおかしかったのか、銀髪の少女は吹きだした。


「あはは。貴方、面白い人ね」


「そうだろうな。他人の悲劇なら、自分には蜜の味だろうよ」


「こーら、そんな悲観的にならないの」


 めっ、と言われた。真顔でそんな事して恥ずかしくないのだろうか。

 いや、こっちからしてみれば普通に可愛いわけだけれども。


「なになに? 悩みがあるなら相談乗るわよ」


 うきうきしながら尋ねられた。


「結構だ」


 一言で切り捨てる。何が悲しくて初対面にも近いこの女に話さにゃならんのだ。

 まあ、そこまでぶった切るわけにもいかないので。


「悩みなんぞ無い」


 そう答えた。しかし。


「えー? そう言わずにー」


 思いの外食い下がってきた。


「そうもクソもあるか。無いものは無い」


「でも悪い意味で時の人なんでしょ?」


「変な所だけ掘り返すな」


「まぁまぁ。おねーさんに話して御覧なさいな」


「……あんた、学年は?」


「え? 2年だけど」


同学年(タメ)じゃねぇか!!」







「はい、コーラ」


「……どうも」


 少女から差し出されたコーラを受け取る。

 ここは中庭。校舎近くにあるスペースの1つだ。自動販売機やベンチ等、生徒が思い思いに寛げる場所。昼休み等には生徒が溢れ返る事もあるが、もう終業後の時間帯の為か人は居なかった。


「で? 何に悩んでたの?」


「いや、だからな?」


「私は組んじゃってもいいと思うんだけどなぁ~」


「何悩んでんのか知ってんじゃねぇか!!」


「うふふ」


「笑って誤魔化してんじゃねぇよ!!」


 何なんだ、こいつ。何と言うか、掴みどころが無い。


「ったく。人のことを詮索するなんて、あまり良い趣味とは言えないな」


 貰い物のプルタブを開けながら、そうぼやく。流石にその言葉は気に障ったのか、少女は慌てたように両手を振って答えた。


「ちょっとちょっと。人聞きの悪い事言わないでよ。そんなことしなくたって今の貴方、結構な情報耳に入ってきちゃうんだから」


 なるほど。確かに。それなら……いや、待て。


「お前、俺がコーラ好きって情報はどこから仕入れた」


「へ?」


「初対面の間柄で渡す飲み物に、いきなりコーラチョイスは無いだろ」


 炭酸は、結構好き嫌いが激しい。渡すにしても断りを入れるはずだ。何も聞かずに渡すなら、普通お茶とかだろう。

 答えない。その上、露骨に目を逸らされた。


「……おい」


「……ふ、ふぃ~」


「その口笛、音出てねぇからな」


 動揺してんのモロバレだ。

 ……情報源は、片桐、か? ふむ。奴と仲が良いってことなら、こいつにも注意が必要かもな。


「……酷い話よね」


「何の話だ? 自分の非を認めたって事か?」


「そうじゃないわよ!! いや、それもちょぴっとあるけど……」


 あるのか。


「差別の話よ」


 その言葉に、口元で傾きかけていたコーラの缶を握る手が、自然と止まった。


「呪文詠唱が出来ないって聞いたわ」


「……そうだ」


 ここまで突っ込んでくる奴も珍しいな。


「けど、それだけなんでしょ?」


「ああ。……。……あ?」


 思わず流れで肯定してしまったが……。こいつ、今なんて言った?


「呪文詠唱ができない。確かにそれは、貴方にとってみれば“それだけ”で片付けられるほど簡単な事じゃ無かったと思う。けどね」


 一旦、止める。そして息を吸い込んで、こう言った。


「だからって、周りの人にそれを馬鹿にする権利なんて無いわ」


 跳ねるようにベンチから立ち上がった少女は、俺に背を向けたまま続ける。


「私は、恥ずかしい。間違ってるって分かっていても、間違ってるとしか言う事ができない。間違ってるって言っても、皆の思想が変わるわけじゃない。私には、こんな校風すら変える事ができないなんて」


 日は既に傾き始めていて。

 自動販売機も。木々も。ベンチも。校舎の壁も。

 全てがオレンジ色に染まり始めたその世界の中で。

 目の前で背を向けて立つ少女は、もう一度言う。


「私は、恥ずかしい」


 ああ、こいつも一緒なんだなと、そう思った。

 白石先生といい、この少女といい。本当に……。


「ありがとな」


「え?」


 ベンチから、腰を上げる。

 少女の隣に立ち、遠くの山に沈んでいく夕日を眺めながら。

 俺の言葉に、少女が驚いた顔を向けてくる。

 無意識の内に、笑みが漏れた。


「世の中には、いろんな人間がいる。くだらない事で騒ぐ奴もいれば、あんたみたいに他人の事を自分の事のように考えてくれる、悩んでくれる奴もいる」


「……中条君」


 少女の顔に、柔らかな笑みが戻る。

 だからこそ、ついついその先まで口走った。


「まあ、あんたみたいな奴は稀だがな。人の好みまで詮索する程のお人好し兼ストーカーなんざ、滅多に会えるものじゃない」


「ちょっ!? それは流石に――」


「けどな」


 少女の慌てふためく弁明をぶった切る。


「それでも確かに、救われてる奴はいるんだよ」


「っ」


 息を呑む音が聞こえる。今の俺がどんな表情をしているかは分からないが、……まあ分かりたくもないけどさ。


「だから、ありがとな」


 コーラの缶を振りながら、答える。我ながら下手な照れ隠しだ。夕日で顔の色がうまく隠せている事を切に願う。その仕草から俺の心情でも読み取ったのか、少女の顔に勝気な色が戻る。


「むふふ。じゃあじゃあ、貴方も救われたのかな? かな?」


「いや、俺ってそういうの気にしないタイプだし」


「ええ~!? そこは『そうさ』とか言ってくれるところじゃないの!?」


「そんな感傷に浸っていた時期はとうに卒業したなぁ」


「そんなぁ!?」


 ……コロコロと表情の良く変わる女だ。


「ごちそうさま」


 さて。話はもう終わりだろう。

 どうやらこの少女は、あの4人組とは違い本当に俺の事を心配して声を掛けてくれたようだ。世の中にはいるんだな。こんな奴も。


「じゃあな、少しは気が晴れたよ」


 そう社交辞令で告げて、踵を返す。

 俺を少女は呼び止めようとはしなかった。ここが引き時だという事を心得ているのだろう。

 振り返る事無く、寮への道を歩く。


 結局のところ。

 呪文詠唱が出来ないという問題は、少女の言う“それだけ”じゃ済まない。自分も。周りだってそう。何かしらの影響力は、確かにそこにあるんだ。

 この少女に、それを伝える必要は無い。俺のような欠陥品にとって、そういう考えを持つ人間が少なからず居る事は嬉しい。それを生きる糧にしている奴だっているだろう。否定するつもりは無い。


 だけど。だからと言って。

 俺にとっては、何の結果も生み出さぬ同情にしかならない。


 いつもなら、そう結論付けて終わりにする場面。

 昔馴染みだった舞からも、何度も何度も慰められてきた。同情もされてきた。それは昔も今も変わらない。そして毎度言葉を掛けられる度に行きつく、1つの終着点。

 しかし、その考えに至った時。

 同時に。

 今までにない別の感情も芽生えていた。


 ……温かい。

 ……何だ、これ。

 自分の事を、理解してくれている人が居る。それを感じ、嬉しいと思っている自分が居た。

 舞や可憐、咲夜から言われた時は、ここまで揺さぶられる事の無かった感情。

 そんな感傷に浸っていた時期は、とうに卒業したつもりだ。感情論で行動したら痛い目を見る事など、身を以って経験済みだというのに。

 ……何なんだよ、これ。


 ――――俺は、どうしたいんだ。







「……本当に卒業できてる? 中条聖夜君」


 振り返る事無くその場を立ち去った白髪の少年に向けて、少女はポツリとそう呟いた。

 誰が聞いているわけでも無い。もちろん、告げた本人にも届かない。

 それでも、少女は告げる。


「私は、諦めて欲しくないな」


 だって貴方。

 “出来損ないの魔法使い”という立場を使って、自分の気持ちに言い訳しているように見えるんだもん。

 少女は直ぐ傍に立っていても聞こえない程の音量で、そう呟いた。


 そろそろ秋から冬へと転じようとしている季節。だからこそ、日の沈みも早い。

 徐々に色褪せていくオレンジ色の景色を背景に、少女はポケットから携帯電話を取り出した。予め登録してある電話帳からお目当ての番号を見つけ出し、ボタンを押す。

 コール2つで繋がった。


「早いわね」


『お待ちしてましたから』


 相手がそう答える。

 おそらく本当だろう。少女が電話するまでずっと携帯電話を意識し続けていたはずだ。相手のその生真面目さに、少女の口から笑みが漏れる。


『それで、結果のほどは?』


「話した通りよ。中断は無し」


『……はぁ』


 電話越しに、ため息を吐かれた。


「なぁに、その嫌そうなため息は」


『いえ、別に。……よろしいのですね? 副会長(、、、)


「ええ、もちろん。登録期間も残り僅かだし、動くなら今しかない」


『……分かりました。では、明日お連れします』


「お願い」


 そう告げて、少女は携帯電話を切りポケットに仕舞った。


「貴方を縛る、理不尽な鎖から解放してあげる」


 誰もいない中庭で。


「青藍魔法生徒会へようこそ、中条聖夜君」


 副会長である彼女は。

 勝気な瞳に不敵な笑みを浮かべて。

 ――――謳うようにそう言った。

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