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テレポーター  作者: SoLa
第10章 真・修学旅行編〈下〉
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第2話 交易都市クルリア ⑤




 朝の柔らかな日差しを浴びながら、俺たちは交易都市クルリアへとやってきた。


 前回ルートでは、『白銀色の戦乙女』に所属しているアイリーン・ライネスとチルリルローラ・ウェルシー・グラウニアが、『無音白色の暗殺者』のサメハ・ゲルンハーゲンを公開処刑している現場に遭遇。そのまま交易都市クルリアを後にするという結果に終わった。しかし、今回は『無音白色の暗殺者』がギルドにT・メイカーの捕縛クエストを発注していないため、両グループにわだかまりは無い。つまり、公開処刑のイベントは起こらないということだ。


 こうなると、ますますアリスの捕獲が出来て良かったな。ここで当初の予定通り交易都市クルリアを観光するなら、後の予定が全て前回ルートとズレることになる。そうなると、宗教都市アメンで前回ルートと同じ道筋を歩んでもアリスと遭遇できる可能性は極めて低い。


 結局、ホテル・エルトクリアを出る前にもう一度ウィリアム・スペードと通話することになった。こちらが出るまでひたすらに電話をかけ続けてくるのはやめて欲しい。せめて引き渡しに立ち会え、といった内容だったが断っておいた。


 ただ、これは腹いせによるものではない。


脚本家(ブックメイカー)』からの警告に、『保護したアリス・ヘカティアを王城へ連れていく際、ついていくな』とあったからだ。俺が貴族都市ゴシャスへ足を運ぶことによってどう未来に影響を及ぼすのか気になるところではあるが、あからさまな地雷であることは間違いない。


 急な無茶振りである上に、要求してきた本人が立ち会わないという最悪な状況になってしまったな。スペードには若干の申し訳なさを感じるものの、あの時『トランプ』側の事情で強制的にアギルメスタ杯へと参加させられたことを考えれば、まだマシなお願いと言えるだろう。なにせ、俺は命を懸けることになったが、スペードは金と手間さえかければ何とでもなるわけだから。


「あれが大市場だね! おっきいねぇ!!」


 先を歩いていた美月が、興奮したように叫ぶ。事情を話している分、動作に若干のぎこちなさが垣間見えるが及第点ではある。俺の隣を歩くエマはため息を吐いているが。


 美月につられて目の前に見えてきた大市場に視線を移す。規模としては東京ドーム二個分を超える敷地を有しているらしい。今日は祝日では無かったはずだが、それでもそこそこの人はいるようだった。


 それもそのはず。


 防護結界によってほぼ閉鎖空間となっている魔法世界エルトクリアにおいて、外界の物資が手に入る場所というのは非常に貴重だ。その外界の物資は、玄関口アオバから伸びるエルトクリア高速鉄道によって、そのほとんどがここに集約されることになる。


 今、俺たちが向かっている大市場は一般の人間も立ち入り可能な場所だ。他、オークション会場などもあるようだが、そちらは青藍魔法学園から立ち入り禁止と言われている。扱われている商品的に、オークションの方が興味を惹かれるが、行けないのなら仕方が無い。行ったところで何かが買えるというわけでもないけどな。T・メイカー名義のクリアカードにある莫大な貯金は、そのほぼ全てが『白銀色の戦乙女』と『赤銅色の誓約』への支払いに使われることが確定しているし。


 気を取り直して大市場を見る。


 ここでは、世界各国様々な物資を扱っているが、その日その日で何が並んでいるかは訪れてみないと分からない。日本だけに絞ってみても、醤油や味噌などの調味料類が並んでいる日もあれば、冷蔵庫や電子レンジなどの家電製品が列を作っている日もあるらしい。ただ、国ごとにブースが分かれているわけでもない。仕入れ内容によっては、日本製品が無い日だってある。完全にランダムというわけだ。


 日本から来た修学旅行生としては、日本製品は無い方が良い。

 なにせ、目新しさが無いからな。物価の違いを楽しむという点では良いのかもしれないが。


 入り口で声を張り上げて案内している係員に会釈し、中へと入る。入り口にドアは無い。大型トラックが5台程並んで進入できるくらいの高さと広さがある。仕切りが無いにも拘わらず、足を踏み入れた瞬間に熱気を感じた。


「うわぁ……」


 美月が声を上げる。


 それは何に対する反応だったのだろうか。市場特有の活気、飛び交う喧騒に対してか。はたまた、天井から吊り下がった大きな宣伝文に『!!日本製品特集の日!!』と書かれていることに対してだろうか。


 ……。

 マジかよ。


 道理で真正面に並べられた家電製品に、良く見る国旗が掲げられているわけだ。真っ白な長方形に、真っ赤な点が1つ。まさしく日本の国旗である。心なしか、それを掲げられている大型冷蔵庫が胸を張っているように見えた。まあね。日本の技術って凄いらしいからね……。


「凄い熱気だね! 市場って初めてきたから興奮しちゃうよ! あれ? でも、日の丸があちこちに見えるのは何でだろう」


 きょろきょろと辺りを見渡しながら美月がそんなことを言っている。思わず、隣に立つエマへと視線を向けた。エマの笑顔がひくついている。


 そう言えば、美月は英語が駄目だったか。

 それにしたって自分の国名くらい英語で言えるだろう。


 いや、あの宣伝文が見えていなかっただけに違いない。

 そういうことにしておこう。


「聖夜」


 名前を呼ばれて振り返ると、舞が可憐を連れてやってきた。

 手には1枚のチラシを持っている。


「今日は日本製品が中心だけど、奥の方で魔法世界産の魔法具を扱うブースもあるらしいわ。小さいみたいだけどね。良ければ行ってみない?」


「そうしよう」


 日本の製品が特集を組まれるほどに人気であるのは嬉しいことではあるが、今求めているのはそれではない。折角なので、目新しい物でも見させてもらうとしよう。


  そう思い、歩き始めて間もなくのことだった。


「うぇ……」


 変な声が出た。


「どうしたのですか、聖夜様。……あぁ」


 俺の異変に気付いたエマは、俺が見ている方向に視線を向けて、自力で答えに辿り着く。


「……殺しますか?」


「1か0しか無いのかお前は」


 声を潜めて質問してくるエマにげんなりしてしまう。本当なら気付かれていないうちに方向転換して別ルートで目的地へ向かいたいところだったが、舞たちと一緒に美月が先へ進んでしまっているせいでそれは不可能だった。


「まりか様、そろそろ決めなければなりませんよ。午後からの講義は遅刻できません。分かっていますよね。アルメス講師ですよ」


「うー。分かってるけどさぁ。でももうちょっと……、ん? あ」


 くせっ毛の黒髪が、こちらに気付いた。

 その視線が美月へと向く。


「……ハナちゃん?」


 その名を呼んだ。

 しかし、美月は気付かない。


 冷蔵庫の前でしゃがみ込んでいたくせっ毛が立ち上がり、もう一度その名を強く呼んだ。


「ハナちゃん!」


「へ?」


 そこでようやく呼ばれているのが自分であることに気付いたのだろう。

 美月がそちらへと視線を向ける。


「……あれ? もしかして……、天道さん?」


「やだなぁ、そんな他人行儀な感じ。ボクとハナちゃんの仲なんだから、まりかちゃんって――いった!?」


 パコン、とくせっ毛を後ろで控えるようにして立っていた少女が叩いた。


「浅草さんまで……」


「お久しぶりです、カガミ様。その節はお世話になりました。まりか様、親しき仲にも礼儀ありです。距離感をお忘れなきよう」


「だからっていきなり叩かなくてもいいじゃん!」


 美月を交え、3人でわいわいやり出した。俺の隣でエマが「美月の馬鹿……」とこっそり呟いていたが聞き流しておく。まあ、あの3人はなぜか仲良くなっていたみたいだからな。仕方が無いと考えよう。


 まさか、ここで出会うとは。


 過去に日本五大名家『五光』へ名を連ねていた天道家の生き残り。

 天道(てんどう)まりか。

 そして、その従者を務める浅草(あさくさ)(ゆい)だ。


 美月の隣を歩いていた舞や可憐は、遅れて2人の正体に気付いたようだった。


「……まさか、天道まりか?」


 舞の呟きを拾った天道が、美月から視線を外して舞へと向ける。愛嬌のある笑みを浮かべていたはずなのに、一瞬で好戦的なものに切り替わった。


「久しぶりだね、花園舞。後ろにいるのは姫百合可憐かな? 見違えたよ、2人とも綺麗になっちゃって」


 その言葉に、可憐が息を呑んだのが分かった。

 そんな様子を見て、美月が首を傾げる。


「あれ? 知り合いだったの?」


「まりか様は元『五光』の後継者でしたから。幼少の頃に縁があったのです」


「あ、そっか。ごめん、変なこと聞いた」


 浅草からの答えに、美月が謝る。

 それを聞いた天道がにぱっと笑った


「気にしなくていいよ~。それはボクのことを『天道』として見ていなかったってことだからね。ボクとしては、むしろ嬉しいし!」


「え、あ、うん」


 両手を握ってブンブンと振ってくる天道に、美月が強張った笑みを浮かべながら頷く。おそらく、感情の振れ幅に驚いているのだろう。正直、外から見ている俺でも怖い。


「あ、あの……。天道様。やはり、今でも日本を恨んでおられるのですか」


 可憐が、消え入りそうな声色でそう聞いた。


 美月の手を握り、振り回していた天道の動きが止まる。その手をゆっくりと離し、視線が可憐へと向いた。


「本当に、キミたちは見当違いが甚だしいね」


 可憐は肩をびくりと震わせる。

 舞が思わずMCへと手を伸ばしかける。


 それほどまでの威圧感を生み出した天道は、鼻で嗤いながら言う。


「日本に恨みなど抱いちゃいないさ。もちろん好きでも無い。良く言うだろう? 好きの反対は嫌いじゃない、無関心だってさ」


 そう言い切った天道の視線が、俺へと向いた。


「キミもこっちへ来なよ。ガールズトークに入りにくいってわけじゃないだろう? 隣に女の子を侍らせているわけだし」


 凍てついた声色だ。

 思わず反応しかけるエマを手で制した。


 まあ、気付かれるよな。

 無関係を貫ける状況じゃない。舞や可憐、美月と同じく、俺だって青藍魔法学園の制服を身に纏っている。これが私服だったら遠巻きに眺めているギャラリーたちの一部として捉えられたかもしれないが。エマは黒髪お下げバージョンのおかげで気付かれていないようだ。それが分かっているからこそ、エマは俺の制止に従った。


 天道へと歩み寄る。


 さて、どうでるか。

 こいつは、俺がT・メイカーであることは知らないはずだが。


「花園と姫百合のご令嬢サマもやるねぇ。こんなところで男を連れてデートとは。制服姿ってところ見ると修学旅行中かな? 青春だ」


「花園様と姫百合様とはそういった関係ではありませんが」


 本来とはかけ離れた俺の口調に、可憐がぎょっとした顔で俺を見た。それを横目で捉えていた天道が鼻を鳴らす。


「なるほど。キミの演技が上手くても、箱入り娘はついて来れないってさ」


 可憐は顔を真っ赤にして俯いてしまった。


 いや、まあ仕方が無い。

 可憐は『友達』という関係性に対して、かなり思い入れがあるからな。壁を作られたように感じて、咄嗟に反応してしまったんだろう。


 近くまでやって来た俺に、天道がにやりと口角を歪めた。正直、嫌な予感しかしない。適度な距離を保って足を止めたのだが、それでは不十分と判断したのか、天道が更に距離を詰めてきた。舞が「ちょっ」と声を出し、俺の後ろで成り行きを見守っているエマが思わず殺気を放ちかけるほどの距離感だ。


 もう一歩進めばぶつかってしまうほどの至近距離。

 それでどうするのかと思えば、くんくんと鼻を鳴らして俺の匂いを嗅ぎ始める天道。


 なんだ、こいつ。

 犬かよ。


「キミ、強いね」


「まさか。貴方から言われると嫌味にしか聞こえませんよ」


「えー? そうかなぁ。こういう時のボクの勘は当たるんだけどね、――っと!!」


「あ」


 ポケットから伸びていたチェーンを一瞬で抜き取られた。自らの手で振り子のように揺れているコインに目を向けて、天道の笑みが一層強まる。


「へぇ……。まさかこれほどとは、ね」


 コインに刻まれているのは、青藍魔法学園の校章と『First』の文字。

 それは、日本における三大魔法学園の1つである青藍において、その学園内で最強の魔法使いであると学園側が正式に認めたという証だ。舞や可憐も在籍している青藍。そこで最強の魔法使いだと認められているということは、俺が現『五光』の正統な後継者であるはずの舞や可憐より強いということに他ならない。


「……青藍魔法学園において、『五光』の後継者よりも強い学生がいるという噂は、私の耳にも入っておりました。そうでしたか、貴方が中条聖夜だったのですね」


 事態を傍観しているだけだった浅草が、俺を見据えながら言う。

 天道の視線が俺から浅草へと向いた。


「唯。ボクはそれ、知らなかったんだけど?」


「まりか様の耳に入れたところで、興味が無い事はそのまま素通りされるでしょう」


「あはは、まあね」


 悪びれもせずに乾いた笑いを漏らした天道は、不敵な笑みをその顔へと張り付けたまま、エンブレムを差し出してきた。


「ごめんね、返すよ」


 俺の返答を待たず、天道がエンブレムを元のポケットへとねじ込む。用は済んだとばかりに踵を返し、美月へと駆け寄った天道は言った。


「ねー、ねー! 連絡先を交換しよう! 今度遊びに行こうよ!」


「まりか様!!」


 凄まじい温度差でギャーギャーやり出した天道と浅草に対して、どう対応していいのか分からずにこちらへ視線で助けを求めてくる美月。しかし、俺もそれに対して何と答えれば良いのか分からなかった。とりあえずは、美月がカガミ・ハナ名義のクリアカードを使用してくれることを祈ろう。







「……問題は無さそうか」


「ですね」


 十分に距離を空けたうえで成り行きを見守っていた鷹津祥吾と大橋理緒は、そう結論付けた。天道家の生き残りである天道まりかに聖夜たちが接近中と情報を受け取った際は、どうしたものかと頭を悩ませたのだが、結局下手に介入するべきではないと判断したのだ。天道の失脚に対して、花園や姫百合が後ろめたい何かをしたわけではないのだから。


 天道まりかと浅草唯が聖夜たち一行から離れていくところまで見届けてから、祥吾は1つため息を吐く。これ以上の厄介事を抱え込まずに済んだという安心感から来るものだった。同時に、隣に立つメイド服の女性と、それに対してざわめきを起こしているギャラリーを見てもう一度ため息を吐いた祥吾は、懐に入れていたクリアカードが振動していることに気が付いた。


 こっそりとそれを取り出し、内容を確認した祥吾が眉を顰める。


「すまない。一度、外すよ」


「構いませんよ。長くなりそうなら一報をお願いします」


「了解」


 祥吾の背中を理緒は見送る。


 花園と姫百合は仲が良い。それは今回の修学旅行において、連名で聖夜へ護衛の依頼を出したことからも分かるだろう。しかし、それはそれ。両家はそれぞれ日本五大名家『五光』に名を連ねる名家である。当然、全ての情報を共有しているわけではない。


 鷹津祥吾は花園家の第一護衛。

 大橋理緒は、姫百合家の戦闘メイド筆頭。


 それぞれが、今回の護衛における責任者だ。同時に、それぞれの当主からもっとも信頼を置かれ、並行して仕事を任される人材でもある。こうして、一時的に席を外すのは珍しいことでは無い。そして、相手側がその理由を問うこともしない。本当に今の任務に必要な情報なら、聞かれずとも共有する。それが暗黙の了解となっていた。


 雑踏に紛れ、祥吾の後ろ姿が見えなくなったところで、理緒はひっそりと笑う。


「助かりますよ、祥吾さん。貴方がいない方が、私も動きやすいですからね」

 次回の更新予定日は、11月22日(金)18時です。

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[良い点] まりか推しとしてはどこかで登場するだろうと踏んでたし嬉しい [気になる点] 浅草唯と片桐はどの程度の親睦があるのだろうか…聖夜に関して噂話レベルの認識と見せかけてそれなりの情報交換はしてそ…
[気になる点] 「助かりますよ、祥吾さん。貴方がいない方が、私も動きやすいですからね」 やっぱりどっちかが裏切り者なのか? [一言] 浅草唯と戦闘になったら立ち振る舞い、声でTメイカーとバレる確率ある…
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