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テレポーター  作者: SoLa
第10章 真・修学旅行編〈下〉
358/433

第1話 歓迎都市フェルリア ②

 2つ更新しています。




 咄嗟に辺りを見渡した。


 視界に映るのは、ぼやけた状態の見慣れない空間。

 薄暗い室内に、カーテンの隙間から柔らかな陽の光が差し込んでいる。


「……、……は?」


 やけにうるさいと感じていた音の正体は、俺の鼓動だった。

 早鐘のように、未だに鳴っている。


 視線を落として手のひらを見つめる。

 手は震えていた。


 無意識のうちに、その手のひらで額を拭う。

 思わず払いたくなるほどに、手のひらは汗で濡れた。


 目を擦り、もう一度周囲を見渡してみる。

 見慣れない空間とは、ホテルの一室だった。


 0514室。

 修学旅行中に俺が寝泊まりする部屋だ。


 目を閉じて、大きく息を吐いた。


 夢か。

 最悪の夢だな、くそったれ。


《目が覚めた? マスター》


「……あぁ」


 頭に響く声に応える。

 俺の声は酷く掠れていた。


「……水」


 水が飲みたい。

 キンキンに冷えた水が。


《何? かけて欲しいの?》


「違ぇよ、馬鹿」


 そんなわけないだろうと鼻で笑いながら、掛け布団を捲る。こんなに寝汗をかいたならシャワーを浴びてもいいかもな、と思いながら捲った。ベッドから起き上がるために。


 掛け布団の中には、俺以外にもう1人いた。


「……なんでお前が。……あー、そうだったな」


 穏やかな寝息を立てて眠る(しおり)の顔を見て、全てを思い出した。

 ただ、納得できるかどうかは別問題だが。


「妹だから添い寝はセーフってどういう理論だよ」


 最終的には護衛が必要だからと強引に押し切られたが、今になって冷静に考えてみれば、護衛が必要なのは俺では無くて師匠だったはずだ。あの時はエマまで栞に加勢していたので、完全にやり込められてしまったようだ。


 朝の陽ざしを浴びて、柔らかく輝くその髪を撫でる。栞は寝息を立てたまま、ほにゃりと笑った。「妹だからお揃いにする」と頑なに主張する栞を必死に説得し、何とか髪を白く染める事を諦めさせた過去をなぜか思い出した。


「……そんなこともあったな」


《なになに? 何の話?》


「いや、何でもないよ」


 俺の独り言を拾ったウリウムにそう答え、栞を起こさないように静かにベッドから起き上がった。軋んだ音が鳴ったが、幸いにして栞が起きることは無かった。少し冷えたのか、自らの身体を抱きしめるようにして丸まる栞へ、掛け布団を掛け直してやる。


 早鐘を打つように高鳴っていたはずの鼓動は、いつの間にか穏やかなリズムに戻っていた。荒かったはずの呼吸も平常通り。寝巻きが寝汗で気持ち悪いくらいだ。


 まったく。

 本当に嫌な夢だった。


 夢にしては、まるで経験したことがあるのではと感じるほどの、リアルなものだったが。


「……あれ?」


 そこまで考えたところで、気付く。


「どんな夢だったっけ」







「急に呼び出したりしてどうしたのよ。一応、女子は立ち入り禁止のフロアになっているんだけど?」


 朝食後、舞を始めとする班員たちを俺の部屋へと呼び出した。エマや美月は既に知っていることしか話さないが、それを舞や可憐に悟られないようにするために2人もだ。


 T・メイカー騒動の詳細を聞くためとはいえ、風呂上がりに俺の部屋を訪れた淑女の発言じゃねーだろうと反論したかったが、それは失われたルートの記憶だったと思い直す。


「話しておかなくちゃいけないことが出来た。『黄金色の旋律』絡みだ」


 俺のその言葉で、舞と可憐の表情が変わる。修学旅行中の浮ついた雰囲気は完全に消え失せて、日本五大名家『五光』の跡継ぎに相応しいものへと。


「悪いな。本来なら、こういう話はお前達にはしたくなかったんだが」


「構わないわ。普段なら質問しても答えてくれない貴方が自発的に話そうとしているんだもの。余程のことなんでしょう?」


 舞の言葉に、隣にいる可憐も無言で頷いている。


「そうか。ちょっと師匠が厄介な連中に絡まれているみたいでな。今日の修学旅行中、もしかすると呼び出しを受けるかもしれない」


「厄介な連中……、ですか?」


 可憐が眉を吊り上げながら首を傾げた。気持ちは分かる。「それはいったいどこの命知らずですか?」と聞きたいのだろう。あの女に絡むとか正気の沙汰じゃない。


「『白銀色の戦乙女』というグループ名を聞いたことは?」


「あるに決まっているじゃない。魔法世界のギルドに2つしか無いギルドランクSのグループね。もう1つは言うまでも無く、貴方のいる『黄金色の旋律』のはず」


 舞が一般常識とでも言うかのように情報を口にする。

 そして、それを可憐が引き継いだ。


「しかし、おかしいのでは? 『白銀色の旋律』はリナリー・エヴァンスのことを崇拝していると聞いています。それがどうして……」


 段々と口調が小さくなっていく可憐の横で、舞がはっとした表情を見せる。


「あー、成程。だからこそ、ってところかしら?」


「どういうことです?」


「行き過ぎたファンの心理とかいうやつなんじゃないの?」 


 こちらが用意した出まかせを説明することなく、舞は結論に辿り着いてくれた。


「そういうことだ。ここ数日、師匠は私用でギルド本部に足を運んでいたらしいんだが、そこでばっちり目撃されたらしくてな。家に帰るにも一々撒かないといけなくて面倒だから、次に同じ目に遭ったらゆっくりとお話したいそうだ」


「……お話、ですか」


 可憐が笑顔を引き攣らせながら呟く。

 それには満面の笑みで返してやった。


「そう。お話だ」


「ふぅん。わざわざアギルメスタ杯の優勝者を同伴させたお話、ねぇ」


 舞の意地悪な指摘には失笑するしかない。


「けど、大丈夫なの? ストーカーとは言え、相手はギルドランクSよ」


「問題無い。実際に力比べになったら師匠の独壇場だし、俺はあくまで運び屋として近くにいるだけだから」


 世界最強の称号は伊達ではない。

 俺の言葉に納得したのか、舞と可憐は頷いた。


「というわけで、外をぶらついている最中に抜ける可能性がある。師匠から呼び出しを受けてからじゃ、説明する時間なんて無いと思ったんでな。食後早々で悪いがこうして呼び出させてもらったというわけだ」


「まあ、朝食の最中に出来る会話じゃないし、それは構わないけど……」


「それで、わざわざここに呼び出して話したのにはもう1つ理由がある。この一件については、護衛の人たちには伏せておいてくれ」


「なぜでしょうか」


 質問してきた可憐へ視線を向ける。


「端的に言うと、迷惑を掛けたくない。祥吾さんや理緒さんの護衛対象には、俺も含まれているからな。俺が単独行動を取ると知れば、そちらにも人員を割かないといけなくなるだろう? ただ、この一件は修学旅行とは何ら関係の無い『黄金色の旋律』としての問題だ。師匠からも、借りは作るなと言われている」


「そうは言ってもねぇ……」


 舞が腕を組みながら唸るように口にする。


「一旦、私や可憐の私情は置いておくとしても、貴方に万が一のことがあれば、花園と姫百合にとっても困るんだけど?」


「心配は無い。俺が向かう先には師匠がいる。この世で最も安全な場所はどこかと聞かれたら、あの人の隣と答えるだろう?」


 無論、あの女に敵視されていないことが大前提となるが。


「その道中はどうするのよ」


「師匠には、媒体(マーカー)を渡してある」


 俺の即答に、舞は深いため息を吐いた。


「なるほど。転移(テレポート)でひとっ跳びというわけね」


「……それは以前、青藍魔法学園から舞さんのご自宅に移動する際、学園から抜け出す時に使おうとされていた魔法ですか?」


 可憐からの質問に、苦笑しながら頷く。


「良く憶えていたな。その通りだ」


 確かに。

 実際に使用はしなかったが、舞との会話でそういった話を匂わせた記憶はある。


「ホワイト」


 舞がエマの名を呼んだ。

 エマは視線だけを舞へと寄越す。


「貴方はそれでいいわけ?」


「聖夜様の望みこそが、私の全てだわ」


「あっそ。可憐、戻って出掛ける準備をしましょう」


「え? あ、は、はい。それでは皆さま、また後で」


 手をひらひらしながら踵を返した舞とは違い、可憐はきちんとこちらに一礼してから部屋を後にした。扉が閉まるのを確認してから、美月が悲痛な面持ちで口を開く。


「ねえ……、何で舞ちゃんは私には聞いてくれなかったのかな」


「『黄金色の旋律』としての自覚が足りていないんじゃなくて?」


「むっきー! 私の方が先輩なのにぃ~!!」


「いいからお前達も戻れ。あまり長居をしていると怪しまれる」


 エマと美月の背中を押して、2人も強引に部屋から追い出した。


「怪しまれたと思うか?」


 チェーンロックまで掛けた上で部屋へと戻り、そう質問する。


「いいえ、問題は無いかと」


 クローゼットの扉が開き、顔を出した栞から合格のお墨付きを頂戴した。


「舞や可憐は違うと信じたいんだけどなぁ」


「お兄様」


「……分かってるよ」


 どんな可能性でもゼロだと断言できないなら捨てるべきではない、だろう?

 耳にタコが出来るくらい聞かされているよ。


 栞のお小言が始まる前に、引き出しに仕舞われているクリアカードから着信音が鳴り響く。引き出しを開け、ホログラムシステムをオフにしてから通話ボタンを押した。


『目標を確保致しましたので、その報告となります』


 単刀直入の第一声だった。


 それにしても。

 もう、か。


「仕事が早いな。素晴らしい」


 まあ、天下のギルドランクSの精鋭たちに、猫探しをお願いしていたようなものだ。そりゃ早く見つかるだろう。


 これで、また1つ問題が解決出来たな。なにせ、宗教都市アメンでの動きは予想が付かない。正規ルートでは無く、近道目的で脇道に逸れてからの遭遇だったからな。本当に助かった。


『てぃ、T・メイカー様にお褒め頂けるとは。光栄で御座います。同志の者たちも喜びましょう』


 ホログラムシステムをオフにしているため、こちらからも顔を見ることはできていない。それでも、その声色から社交辞令だけで出てきた台詞では無いことがよく分かる。尻尾があれば千切れそうなくらい振っていることだろう。


 今回のルートではまだ面識が無いんだぞ。

 それなのにこれかよ。


 こいつらの好感度システム、マジでどうなっているんだ。

 まさか前回ルートから好感度だけ引き継いでいるんじゃないだろうな。


『……T・メイカー様?』


 名前を呼ばれたことで我に返る。


「……それでは、スペードにはこちらから話を通しておく。貴族都市ゴシャスへ向かってくれ」


『承知致しました』


「あぁ、そうだ。道中での自衛は許可するが、使用する魔法には注意を払え。特に、お前は少々やり過ぎるきらいがある。『星光の葬列スターライト・パレード』などは余程の事態にならない限り使用するな」


 ……。

 なぜか返答が無い。

 まさか、もうぶっ放した後だったとか言わないだろうな。


「おい、どうした。返事をしろ」


『……なぜ、私のことをそこまで。流石は、エヴァンス様の右腕と呼ばれる御方。いや……、この程度の情報収集など当たり前、ということですね? 昨日ギルド本部で言葉を交わした使者を名乗る男も、全てはT・メイカー様からの入れ知恵であると申しておりました。まさか赤銅色が危険区域ガルダーから帰還する時間まで計算されていたとは……。より一層の忠誠を捧げます』


 は?


 え?


 あっ。

 そうだよ。面識ねぇから!!

 魔法を目の前で行使してもらったこともねぇから!!


 というか、最後の方なんて言った!?

 縁先輩マジで何を吹聴して回ったんだ!?


 赤銅色の帰還するタイミングなんて計算できるわけないだろう。あれは前回ルートの記憶を頼りに動いていたらたまたまヒットしたってだけだ。それもあの人は知っていたはずだよな。だって説明したもん。なのにどういうことだよこれは。勘違いが加速してんじゃねーか。


 ふざけんな!!


『承知致しました。同志の者にも、やり過ぎないよう伝えます』


「お、おう」


 通話を切り、スペードの番号を呼び出した。

 視界の端に、冷たい視線を向けてくる栞がいるような気がするが気のせいだろう。


 数度のコールの後、あの能天気な声が聞こえる。


『おーっす、セーヤナカジョー。どうした、急に電話なんて――』


「アギルメスタ杯で得た権利を行使する。今、貴族都市ゴシャスへ繋がる関所へ『白銀色の戦乙女』が向かっている。奴隷を連れてな。先日の逃走奴隷だ。それを解放しろ」


 湧き上がる苛立ちを全て通話相手にぶつけることにした。


『……は?』


「聞こえなかったのか? 逃走奴隷である、アリス・ヘカティアを解放しろと言った」


『ふざけんな!!』


 クリアカードが震える程の怒声だった。


『逃走奴隷を解放しろだと!? お前は知らないかもしれねぇけどなぁ――』


「その奴隷が既に競売でお披露目済みだったことも、逃走奴隷を解放することが、お前にとってどれほど大変なことかも知っている。その上で言っている。やれ。それでアギルメスタ杯の一件はチャラにしてやる。もう一度言っておく。貴族都市ゴシャスの関所へ向かっている。解放にあたって必要な経費も全てお前持ちで頼む。それを含めた上で、アギルメスタ杯での一件はチャラだ。頼んだぞ」


 仕方ないよね。

 だってT・メイカー名義で溜めているお金の使い道はもう決まっているんだから。


『ちょ、待て。おま』


 通話を切った。

 同時に着信音が鳴る。


『貴方の下僕、イレーアですっ』


「……下僕にした覚えは無いが、その名前は聞き覚えがあるな。人違いか?」


『きゃー! T・メイカー様に名前を憶えて頂けているなんて、光栄です!!』


 話、噛み合ってねぇ。

 通話越しに兄貴と会話すんな。「聞いてましたか、ジャス!」「聞いていたとも、イレーア。これは大変名誉なことだよ」などと寝言が聞こえてくる。


『あぁ、もう死んでもいいかも……』


 ほぅ……、と艶めかしい吐息が聞こえてきた。


「用件を言え」


 頭いてぇ。


『こほん。ホテル・エルトクリア周辺を警戒している花園・姫百合の護衛たちを捉えました。これ以上接近すると感知される恐れがある為、ホテル内に侵入することは出来ません。ホテルの出入り口は特に警備が厚く、目視で確認することもできませんので、少し外れたところで待機します。出発するタイミングで連絡を頂けますか』


「通話は出来ないが、ワンコール鳴らす。決して気取られるなよ」


『承知しました。万が一捕縛されるようなことがあれば、舌を噛んで自害します』


「すんなよ!! 絶対だからな!! 兄貴にもそう伝えとけ!!」


 通話を切った。

 恐る恐る振り返る。


「栞、どう思う?」


「……色々と言いたいことはありますが」


 栞はパーフェクトイモートスマイルを浮かべながら、ぽんぽんとベッドを叩いた。


「座ってください。まずは女性との通話中、鼻の下が伸びていた件についてお話願えますか?」


「冤罪だ!!」

 この章はずっとシリアスな展開だと思いました?

 残念。一部は勘違い系ハートフルラブコメディです。


 次回の更新予定日は、11月15日(金)18時です。

 ※あくまで予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 安定の面白さ。 何度読み返したかわかりません。 [気になる点] このルートでは、スペードとの和解→連絡先の交換 は未実施かと思いますが、 聖夜がスペードの連絡先を知っていることに違和感を覚…
[良い点] ハートフルラブコメディは予定じゃないですよね!?!?ね!?!?
[良い点] めちゃくちゃ面白いです。 主人公が魅力的な性格で、精神・実力共に成長していく。キャラが生きている。伏線に気づいたときのゾッとする感覚。他にも色々あるが、とにかく面白くて続きが気になる。
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