表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テレポーター  作者: SoLa
第10章 真・修学旅行編〈上〉
355/433

オマケ 裏・修学旅行編『第1話 取捨選択(修正なし)』




 大勢の人たちが歩く音。

 キャリーケースが転がる音。

 飛び交う言語の大多数は英語。

 笑い声に、どこからか泣き声。

 流暢な英語でアナウンスが流れる。


 その中で。


 俺は『脚本家(ブックメイカー)』から与えられた指令と警告を必死になってメモしていた。うっかり忘れようものなら笑い話では済まされない。紙とペンを取り出そうとして最初に手にしたのが修学旅行のしおりだったため、「もういいや」とそのまましおりに書き始めてしまったことからも、俺がどれだけ焦っていたのかが分かるというものだ。


 1つめ、初日に師匠と接触してはならない。2つめ、花園(はなぞの)姫百合(ひめゆり)へ救援要請を出してはならない。3つめ、3つめ、えっと、交易都市の奥地にある民家が……、あ、やばい。これ4つめじゃないか?


 知らぬ間にうっかり地雷を踏み抜いた、なんて馬鹿な真似はしたくない。一番酷いのは、地雷を踏み抜いたのにそのことにすら気付かないケースだ。いつの間にか最悪な選択をし続けたせいで修復不可能なルートへ突入していて、バッドエンドへ一直線に突っ走っていたら目も当てられない。


 そもそも、今の俺の行動すら正しいことなのかが分からない。


 人は大なり小なり常に取捨選択を繰り返して生きている。朝、予定通りに起きるか起きないか。朝ごはんを食べるか食べないか。学校や会社に行くか行かないか。家に忘れた携帯電話や弁当を取りに帰るか帰らないか。友人の誘いに乗るか乗らないか。気になっている新譜を予約するか予約しないか。床屋に行くのは今週か来週か。小さな選択肢を1つ間違えるだけで、それが数珠つなぎのように連鎖しびっくりするような結末を呼び込んでくることもあり得る。


 そう。

 そもそも。

 そもそも、だ。




 俺は、魔法世界エルトクリアへ入国するべきなのか?




 そこで俺は必死になって動かしていたペンを止めた。ふと頭に湧いて出た疑問が引っ掛かり、それ以外のことを考えられなくなったからだ。


 確かに、一見ここで入国しないという選択肢は無いようにも思える。


 しかし、しかしだ。『脚本家(ブックメイカー)』の神法(しんほう)とやらで無かったことになった前回のルートで、俺の何かしらの行動がトリガーとなって師匠やヴェラが死んだ可能性はゼロではない。いっそのこと入国しなければそのフラグは立たずに平和に終わることだってあったかもしれないのだ。


 魔法世界では色々やった。修学旅行だけではない。王城へ行ったし、エースと貴族都市ゴシャスで暴れもした。ギルドには2回も殴り込みに行ったし、T・メイカーとしての影響力は相当なものだっただろう。


 もし、それが無かったとしたら?


 俺が後先考えずに暴れていたのを危惧した師匠が、何らかの対応に追われたせいで会談が失敗した。そんな可能性は無いか……?


「……聖夜様?」


 微動だにしなくなった俺を不審に思ったのだろう。俺が預けたキャリーケースと自らのキャリーケース。その2つを脇に置いたエマ・ホワイトが声を掛けてくる。


「……エマ、俺は」


 考える。

 本当にこれが正しい選択なのか。


 分からない。


 少し。

 少しでいいんだ。


 考える時間が欲しい。


 先行して歩いている(まい)可憐(かれん)美月(みつき)はどんどん進んでいく。いずれ後を追ってこない俺たちを不審に思い戻ってきてしまうだろう。『脚本家(ブックメイカー)』の警告に従うなら真相は話せない。不審に思われたら終わりだ。


 どうする。

 せめてフライトまでにもう少し時間があれば……。


 ……。

 そうか。


「エマ、すまない。やっぱり調子が悪いみたいだ」


 俺の言葉に、エマが眉を吊り上げた。「お加減はいかがでしょうか!?」と再びボディタッチを敢行してくるかと思っていただけに、この反応はちょっと意外だった。


「少し休みたいから、フライトをずらせないか白石(しらいし)先生に聞いてみるよ」


「……分かりました。そちらは私がやっておきます。聖夜様は……」


「ああ、分かった。それじゃあ俺は祥吾(しょうご)さんに連絡しておくよ。すまないがよろしく頼む」


 俺の返答に頷いたエマは、小走りで舞たちよりも更に先を歩いているはずの白石先生のもとへと向かっていった。その間に、俺は俺のやるべきことをやってしまおう。


 護衛の任務を引き受けているにも拘わらず、これでは職務放棄と同じだ。しかし、今の俺の頭では短時間で正解を導き出すことなんて出来やしない。少なくとも、遡る前の修学旅行1日目に舞や可憐、そして美月へ生じる危険は存在しなかった。武闘都市ホルンで盲目の男に絡まれたのも俺1人だったし。なら、護衛役の俺がいなくても問題は無いだろう。実際、遡る前の修学旅行中だって俺は面倒事を持ち込むだけで役には立ってなかったのだから。


 なんか自分で言ってて悲しくなってきた。


 携帯電話を取り出す。

 花園(はなぞの)家第一護衛である祥吾さんへの連絡には注意する必要がある。祥吾さんに話す内容は、花園家全てへ伝わるものと同義だ。『脚本家(ブックメイカー)』が名指しで救援要請を出すなと言ってくるくらいだ。それによって何らかの不都合が生じるのだろう。


 ならば、やっぱりこちらも仮病で通すしか無いか。







 雑踏の中で。


 (しおり)は、手にしていた封筒を内ポケットへと仕舞い込んだ。何が起こったのかは分からないが、聖夜は魔法世界に入国しないらしい。リナリーからは「魔法世界へ入国する前に、聖夜へ封筒を渡せ」と命じられていた。同時に、「周囲の人間から関係性を疑われないように」とも。


 ベンチで休む聖夜のもとへ、班員の女の子たちが集まってくるのを遠巻きに眺める。しばらくすると担任であろう引率の女性がやってくるのも捉えた。


 この状態で秘密裏に封筒を渡すことは困難。


 そう結論付けた栞は、聖夜の携帯電話へ「魔法世界へ入国する前に連絡をください」とメールを送り、その場を後にすることにした。別件で待ち合わせをしているのだが、その待ち合わせ時間がもう間もなくだったのだ。


 雑踏の中を歩く。

 鞄に入れておいたニット帽とサングラスを着用しながら。


 待ち合わせ場所に指定されていたところには既に相手方が到着しており、壁にもたれ掛かって新聞を読んでいた。事前に教えられていた通り、グレーのコートに黒のニット帽、足元には有名な某チェーン店のロゴが書かれた紙袋が3つ。特徴は完全に一致していた。


 さり気なく近寄り、同じく壁にもたれ掛かる。

 鞄から新聞を取り出して口元を隠すようにして広げた。


 周囲に目を走らせる。

 こちら側へ意識を向ける者はいない。


「変更はありません」


「こちらもだ」


 栞は壁へと自重を預けていた背中を浮かす。


 互いの陣営に変更点は無し。

 それだけ分かれば『黄金色の旋律』側から新たに聞きたいことは無い。


「聞きたいことがある」


 さっさとこの場を後にしようとした栞だったが、呼び止められてしまった。


 相手側はもともと変装した状態でここまで来たのだろうが、栞は聖夜に気付いてもらう必要があったために空港内で一度素顔を晒している。そのままの足でここまで来ているのだから、防犯カメラで追えば少なくとも栞の素顔には辿り着いてしまうだろう。聖夜たちの乗り換え時間と、相手側が指定してきた時間がほぼ同じだったために仕方のないことだったとはいえ、これ以上リスクが増大するのは避けたい。


 そう思ったからこそ、一刻も早くこの場を後にしたかったのだ。


「先ほど、日本五大名家の花園と姫百合の御息女を見かけた。その護衛もな。学園の行事とやらで魔法世界へ入国すると聞いているが、そちらも認識しているか?」


「そう伺っています」


「では、その飛行機にセイヤナカジョウという青年も一緒に乗るのか?」


 その質問の意図することが、栞には分からなかった。引っ掛けにしても、もう少し上手いやり方があるだろうと思ったからだ。


「さあ? その名を聞いたことすらありませんので。仮にその青年が同じ学園の生徒であるならば同乗するのでは?」


「……回答いただき感謝する」


 栞は今度こそ、その場を後にした。







『乗らないようだぜ?』


 栞が去ってしばらくして。

 壁にもたれ掛かったままの男に入った電話の相手はそう言った。


「何かトラブルでも生じたのか?」


『さてな。少なくともセイヤナカジョウはまだ俺の視界にいる。件のご令嬢の便はそろそろ搭乗手続きが終わるぞ』


「……なるほど」


 好都合だ、と男は思った。


 リナリー・エヴァンス率いる『黄金色の旋律』と最悪の犯罪集団『ユグドラシル』の会談は明日。何が起こるか分からない会談の中で、日本においてトップクラスに扱いの難しい身分の人間が魔法世界内にいられると非常に動きづらい。万が一、自分たちの陣営が傷つけてしまえば国家間の問題となってしまう。


 入国を諦めてもらうのが一番だが事情は話せない。行事の一環であるなら学園にも話を通す必要がある。飛行機のトラブルでフライトを止めても、別の飛行機で入国されてしまえば同じことだ。立て続けに飛行機側のトラブルを騙れば不審に思われる。


 なら。

 自分たちとは関係の無いところで死んでもらった方がマシだ。


 フランシスコ空港から魔法世界の玄関となるアオバ空港までを繋ぐフライトは、魔法世界側の企業が担っている。厳密に言えば魔法世界エルトクリアはアメリカ合衆国の一部だが、あちら側は自治権を主張して独立を謳おうとしていることだし、責任は全て向こうが被ってくれるだろう。




 ボスからも言われている。

 どの陣営に属していようが消して構わない、と。




「よし、墜とせ。助けは必要か?」


『いや、墜とすだけなら1人で十分だ。例外はいねぇんだろう?』


 考える間も無く男は答える。


「無い。痕跡は残すなよ」


『了解』


 通話が切れる。

 手にする携帯電話の画面をしばし見つめた後、男は自嘲気味に笑った。


「……慣れないな。いつまで経っても。ボスのようにはいかんか」







 その日。

 日本の朝刊は、どの新聞社も例外は無く全ての一面記事を同じ事件が彩った。


 日本五大名家『五光』のご令嬢、死亡。

 飛行機エンジントラブルか。

第10章 真・修学旅行編〈下〉

 世界最強の魔法使い、リナリー・エヴァンスはいかにして殺害されたのか。来たるべき『黄金色の旋律』と『ユグドラシル』の会談に備え、『脚本家』の神法によって得た前回ルートの記憶を頼りに立ち回る中条聖夜。そんな彼の下へ届く、一通のメールとは。舞台は再び様々な思惑が錯綜する修学旅行2日目へ。――血塗られた真実を見届けよ。


11月8日(金)より更新開始。

 ※18時に第0話と第1話を公開します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ