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テレポーター  作者: SoLa
第10章 真・修学旅行編〈上〉
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第16話 中央都市リスティル ①




 ギルド本部にいくつかある応接室のうち、もっともランクの高い部屋に彼らはいた。


「まさかこんな時間に呼び出されるとは思ってもみなかったな」


 リーダーであるモリアン・ギャン・ノイスヴァーンは、革張りのソファに背中を預けながらそう呟いた。彼の両隣に座るノーツ・チェン・ウールアーレ、サイラン・アークネルラも同感だという表情をしている。


 彼ら『赤銅色の誓約』は、男5名で構成されるギルドランクAのグループだ。他、ブリンガル・ベン・ベルガリアンとナノ・レ・パルパロテは先にアジトへと帰らせた。5名の中でも特に消耗が激しかったためだ。


 というのも、彼らはつい今しがた危険区域ガルダーから帰還したばかりだったからだ。ギルドランクSへの昇格試験に臨み、無事に依頼を完遂させた。最高難度S区域の奥地にある湖の真下、地下迷宮と呼ばれるその場所から、依頼の品であった『滴りの秘石』の採取に成功した。


 並みの魔法使いでは危険区域ガルダーの地上層ですら踏破は困難だ。

 彼らの実力は十二分に示されたと言っても良い。


 ブリンガルとナノには『滴りの秘石』を持って帰らせた。昇格試験を企画した副ギルド長は現在留守にしているらしく、この呼び出しは昇格試験の合否とは無関係と言われている。『滴りの秘石』は明日受け取るとも言われているし、これ以上外に持ち出している必要は無いと感じたためだ。


 そもそもだ。


「名指し依頼にしたって、この時間に呼び出すのは非常識というものアルヨ」


 ノーツの言うことはもっともだった。日付はとうに変わり、これ以上時間を取られてしまえばアジトに帰る頃には空に赤みが差し始めるだろう。明日、というよりもはや今日は『赤銅色の誓約』にとって華々しい日になる。憧れの的であるギルドランクSに、遂に昇格するのだ。寝不足で頭が回らない状態でその日を過ごしたくはない。


 しかも、彼らが不機嫌になる理由はもう1つあった。


「……白銀色との共同依頼とは、いったい依頼主は何を考えているんだ」


 サイランの忌々しさすら籠った呟きに、モリアンは軽く頷く。


 既にギルドランクSに名を連ねている『白銀色の戦乙女』と、彼ら『赤銅色の誓約』の仲は、はっきり言って悪い。ギルドの求めには基本的に応じず、全てが自分勝手で素行不良。おまけにかの『黄金色の旋律』信者で、そこに属する者のためなら死んでも構わないと明言してしまうほどの狂人ども。『黄金色の旋律』を良く思っていない『赤銅色の誓約』からすれば相容れない間柄だった。


 反黄金色を堂々と掲げているわけではないが、白銀色はきっと気付いているだろう。そうなれば赤銅色のことも良く思っていないに違いなく、もしかするとこの依頼中に殺し合いが始まってしまう可能性すらゼロではないのだ。


 依頼主は、それを理解した上で依頼を出したのだろうか。そういったグループ間の機微すら理解出来ない愚か者がやって来るのなら、むしろ赤銅色側が有利となるよう依頼内容を誘導することも容易いわけなのだが。どちらにせよ、赤銅色側に不利には働かないはずだ。モリアンはそう考えていた。


 それに。


「依頼主は、俺たちが危険区域ガルダーでの依頼を完遂することを確信していて、少なくとも明日までには帰還するであろうことも予想していたそうじゃないか。それなら、俺たちの実力については十二分に理解があると考えていいだろう」


 モリアンの言葉に、ノーツとサイランは深く頷いた。


 危険区域ガルダーの最奥から中央都市リスティルへと繋がる関所に戻るなり、ギルド職員に声を掛けられた時には驚いたものだが、冷静になって考えてみればそういうことだ。依頼主は赤銅色が昇格試験を無事に突破することを信じて疑っていなかった。彼らの実力を理解している者でなければ出来ない所業だろう。


「確かに。高名なグループにとりあえず声を掛けた、という線は薄そうか」


 自らの顎を撫でながらサイランは言う。


「ふん。自分勝手な白銀色がやって来るかどうかは分からないがネ」


 ノーツが肩を竦めた。


「はは。まあまあ、それならそれで好都合じゃないか。依頼主が共同でなければ達成出来ないと考えた依頼を、俺たちだけの手で達成する。そうなれば、俺たちの名はより――」


 モリアンがノーツを宥めるように言葉を紡いでいたところで、応接室の扉が開かれた。姿を見せたのは、見目麗しい美女が2人。ギルドランクS『白銀色の戦乙女』。そのリーダーであるシルベスター・レイリーと、副リーダーのケネシー・アプリコットだった。


 相対するのはいつ振りか。

 むしろ、こうして面と向かって顔を合わせるのは初めてかもしれない。


「ノックくらいはするのがマナーってやつアル。天下のギルドランクSの名が泣くアルヨ」


 無言で入室し、先に到着していた赤銅色の面々を一瞥するだけ。テーブルを挟んだ反対側のソファへ腰を下ろしたシルベスターとケネシーへ、ノーツは皮肉をたっぷりと込めた言葉を投げかけた。座るなり足を組み目を閉じたシルベスターとは異なり、視線をノーツへと向けたケネシーは、初めて気が付きましたと言わんばかりに薄っぺらな笑みを浮かべる。


「あら、赤銅色の皆様ごきげんよう。無事に帰還されたのですね。私、心配しておりましたの。皆様程度の実力では、S区域はおろかA区域にすら辿り着けないのではと――」


「ケネシー」


 赤銅色の面々が反論する前に、シルベスターがケネシーの口上を止めた。


「くだらない挑発は止めろ。赤銅色の方々、失礼した」


 目を開き、組んでいた足を正したシルベスターは、座ったままではあったが軽く頭を下げる。ケネシーもそれに倣い「失礼致しました」と頭を下げた。まさか素直に頭まで下げられると思っていなかったノーツは、喉まで出かかっていた反論を飲み込み、小さく舌打ちしてから視線を外す。


 これ以上、この空気を引き摺っても良い事は無いと感じたモリアンは、話題を変えることにした。仲良しグループでは無いし、依存し合う必要性も感じない。むしろ仲が悪い。本来ならこのまま無言で依頼主が現れるまで過ごしても良かったのだが、何となく好奇心が勝ったためだ。


「内容すら明かされていない依頼に君たちが応じるとは思わなかったよ。それも、まさか白銀色のトップツーがやって来るとはね。驚いた」


 白銀色は普段、クエストを受注する時もシルベスターやケネシーは来ない。他のメンバー5名が不定期に顔を見せては気まぐれで高難度のクエストを受注し、達成して戻ってくるという流れだ。大口の客から依頼を受ける時、それも相手側から直接会って話したいという申し出があった場合にのみ、ケネシーもしくは稀にシルベスターがやって来るという程度だった。


 にも拘らず、シルベスターとケネシーが2人一緒に来た。依頼主から指定されているならまだしも、仮に白銀色には依頼内容が明かされており、重要性を認識した2人が来たのなら少々話が変わってくる。なぜなら、それはつまり赤銅色よりも白銀色が優遇されているとも捉えられるからだ。


 確かに、赤銅色は現状ではギルドランクAだ。しかし、昇格試験を受ける事が出来るということは、少なくともギルドランクSに近い実力を所持していることは明白。依頼は白銀色の補佐ではなく、あくまで共同という表現でのものだった。だからこそ、このような非常識な時間であるにも拘わらず、おまけに昇格試験終わりで疲労困憊であるにも拘わらず、彼ら赤銅色の面々は依頼主に応じてここまでやって来たのだ。


 シルベスターは目を閉じて何も語らない。

 口を開いたのはケネシーだった。


「ギルドの方から、決して失礼の無いようにと言われておりまして。加えて、私たち白銀色にとって絶対に損は無いと断言されたのです」


「ほう」


 一番興味の無さそうにしていたサイランが、ケネシーの言葉に眉を吊り上げた。しかし、興味を惹かれたのはモリアンもノーツも同じだった。「失礼の無いように」という言葉だけ見れば、依頼主はかなり身分の高い者であると言える。白銀色のメンバーには貴族に名を連ねる者もいる。赤銅色の目の前に座るケネシーだってそうだ。そのケネシーに言うのであれば、相手は王族に近しい立場の者でも不思議ではない。


 ただ、問題となるのはケネシーを含めた白銀色の面々は、赤銅色と違ってそういった権力にはまったく興味が無いということだ。その白銀色の面々にとって絶対に損が無い、とギルドが断言出来る依頼主。


 まさか、と。

 モリアンは頭の片隅に生じた嫌な予感を振り払おうと、頭を振った。


 直後に、ノックの音。


 応接室にいる全ての者の視線が、扉へと向けられる。扉が開き、受付嬢であるドロシーが顔を覗かせた。そして言う。


「皆さま、お待たせ致しました。皆さまへ依頼をされたお客様が入室されます」


 一同が立ち上がる。

 ドロシーが身を退いた。


 真っ黒なローブに身を包んだ人物が姿を見せた。


 フードを深くまで被っており、おまけに顔にはローブと同色の仮面。男か女かも判別できなかった。ドロシーに促されるがまま、黒のローブに身を包んだ人物が入室する。その後ろから、更に2名が入室した。


 ケネシーが眉を吊り上げる。

 追従する2人に見覚えがあったからだ。


 ケネシーだけではない。


 ここにいる者。

 ギルドに属する者ならその存在を知らない者などいないだろう。


 ギルドランク『番外(エキストラ)』。

 ギルド『御意見番』イザベラ・クィントネス・パララシアの秘蔵っ子。


 金髪ロングの男が、双子の兄。

 ジャスティン・クィントネス・パララシア。


 銀髪ショートの女が、双子の妹。

 イレーア・クィントネス・パララシア。


 この双子の立場は、白銀色や赤銅色のようなギルドに属するグループというよりは、受付嬢たちのようなギルド職員に近い。双子への名指し依頼は不可能。双子が受けるのはギルドからの依頼のみ。文字通り、ギルドの手となり足となって働くギルド直属の兵隊だ。


 ギルドの溜まり場などで姿を見せることなどない。掲示板で依頼を探す必要は無いし、わざわざカウンターで依頼の処理をする必要も無いからだ。下位ランクのグループなど、まだ顔すら見たことが無い者もいるはずだ。


 そんな双子が。

 黒いローブに身を包んだ人物に。




 まるで付き従うかのように姿を見せた。




 黒いローブに身を包んだ人物は、テーブルを挟んで直立して出迎えた高ランクのグループ、白銀色と赤銅色を一瞥し、歩を進める。応接室中央に置かれたテーブルには、その四方を囲うようにソファが並べられていたが、そのもっとも上座へと当然のように歩み寄り腰を下ろした。ソファは3人が座っても余裕があるほどの大きさだったが、ジャスティンとイレーアは座らなかった。


「すぐにお飲み物をお持ちします」と、ドロシーは恭しく一礼してから扉を閉める。応接室に沈黙が訪れた。己の心情を悟らせぬ微笑みを湛えたままのジャスティンとイレーアを除いた全ての視線が、上座に座る黒いローブに身を包んだ人物へと向けられていた。


 黒いローブに身を包んだ人物は、右の手を白銀色が使用していたソファへ、左の手を赤銅色が使用していたソファへそれぞれ向けて告げる。


「お掛けください」


 若い男の声だった。


 黒いローブの男へ一礼し、各々が腰を下ろす。それを見届けた黒いローブの男は、広げていた両手を自らの膝の上へと下ろした。


 ケネシーは相手に不快感を持たれないよう細心の注意を払いながらも、依頼主の様子を観察していた。自分が想像していた以上に若い声だった。にも拘らず、立ち振る舞いは毅然としており高ランクの実力者に対して恐れを抱いている様子は無い。胆力という点においては合格だと言えるだろう。貴族としての作法で言えば、言いたいことはいくらでもあるのだが、相手が上位者ならばギルドに所属する便利屋に対して礼儀を弁えろと言う方が無理な話だし、招集に応じてここまで来ているものの、売り込みを掛けるべきはケネシーたちであり依頼主こそお客様だ。なにより、ケネシー自身ここへ貴族として来ているわけではない。


 ジャスティンとイレーアが従者のような素振りを見せていることも気になる。


 舞踏会などで度々顔を合わせる間柄ではあるが、特段ケネシーと仲が良いわけでは無い。会えば挨拶はする。その程度の関係性だ。しかし、そんな間柄であってもこの双子の人物像はある程度理解している。


 ジャスティンとイレーアは、非常にプライドが高い。


 嫌な事ははっきりと「嫌だ」と口にするタイプの人間だ。自分にとって納得がいかないことは絶対にしない。ギルド直属の兵隊などと対外的には謳われてはいるが、実際のところはその強過ぎる我のせいで依頼主とのトラブルが絶えなかった超問題児だ。それでも、今なお強い影響力を持つ『御意見番』イザベラの血縁者にして、おまけに実力は申し分ない以上、持て余したギルドが苦肉の策として用意したのが今の『番外』という席なのである。


 自分たちの認めた者以外に頭を下げるなど以ての外。

 それは相手が貴族であろうと例外ではない。


 下手をすれば打ち首である。


 そんなことを平気で公言してしまう双子へ、ケネシーはひっそりと己に近い共感のようなものを感じていた。だからこそ驚いた。そんな双子が、黒いローブの男へ従属の姿勢を見せていることに。同時に興味が湧いた。彼女たちへ、そうしても構わないと思わせるに至った目の前の男に。


 黒いローブの男は何も語らない。

 応接室には沈黙が訪れたままだ。


 しかし、誰も黒いローブの男へ話を促そうとはしなかった。

 皆が理解しているためだ。


 男は、自分の話が中断されることを嫌っている。

 男は、自分の話が外へ漏れることを恐れている。


 だから、待っている。


 直に、扉をノックする音が静かな応接室に響いた。ただ黙って坐す男の耳元へ、後ろに立つイレーアが顔を寄せる。一言、二言。何かを呟いた男に同性でも惚れてしまいそうになるほどの笑みを浮かべ、イレーアが扉へと歩み寄った。その白魚のような手がノブに触れ、最小限の音で扉が開く。


 姿を見せたのは、やはりと言うべきか受付嬢のドロシーだった。


 銀に輝くサービスワゴンを押して入室したドロシーが、まずは黒いローブの男へ。次いで白銀色、そして赤銅色へとティーセットを用意していく。当然のように『番外』の2人には用意されなかった。黒いローブの男の前にはティーセットが1つのみ。しかし、ジャスティンもイレーアもそれが当然だとばかりに何も言わない。


 その光景が、ケネシーにとっては何よりも不気味に思えた。


 依頼主の素性を詮索するのはご法度だ。信頼関係構築のため、お互いの身分を明かして契約を結ぶのが一般的ではあるが、例外はある。身分が高い者ほどその例外に該当するのは魔法世界において必然でもあった。


 しかし。

 それでもなお。


 思わず好奇心が抑えられなくなってしまうほどには、目の前の男に興味が湧いた。


「失礼致しました」


 ドロシーが恭しく一礼して退室する。


 再び、沈黙。

 しかし、先ほどに反してその沈黙は直ぐに破られた。


「非常識な時間であるにも拘わらず、招集に応じてくださりありがとうございます」


 男は座ったままではあるが、頭を下げる。


 その行為だけでも驚きだったが、更に驚くようなことを続けて言う。


「私は『黄金色の旋律』の使者です。まずは、私が本当に『黄金色の旋律』と繋がっているという証明をお見せします」


 そう告げてから。

 男は懐からクリアカードを取り出し、テーブルへと差し出した。

 次回の更新予定日は、9月16日(月)です。

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