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テレポーター  作者: SoLa
第10章 真・修学旅行編〈上〉
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第15話 貴族都市ゴシャス ③




「修学旅行最終日まで、リナリー・エヴァンスを生かすこと、か」


 全てを語り終えた後。

 アイリス様は、背もたれに小さな背中を預けてそう呟いた。


 クランは、アイリス様の後ろで直立したまま言葉を発しない。しかし、前回ルートの記憶を保持しているからか、それがどれだけ難題なのかを理解しているのだろう。表情は酷く険しいものだった。


「『脚本家(ブックメイカー)』から下された指令と警告は理解した。ギルド本部で『白銀色の戦乙女』と『赤銅色の誓約』に時間を割いているのは、『ユグドラシル』との会談の為なのだな?」


 アイリス様からの問いかけに頷く。


「そうだ。白銀色の戦力は欲しいし、赤銅色は放っておくと足を引っ張られるからな」


「あぁ……。そう言えば、前回ルートでは奴らのアジトを襲撃したとかで、捕縛クエストを出されておったな。嵌められたのか」


 俺が頷くと、アイリス様は呆れたため息を吐きながら自らの眉間の皺を揉み解した。


「イザベラと会うのはなぜだ?」


「御意見番からの申し出だ。意図は分からない」


 こちらとしても、副ギルド長ラズビー・ボレリアが死亡していることを伝えないといけないため、良い機会ではある。音信不通であることに気付けば何らかの調査は入っているだろうが、死体は跡形も残らず四散している。死亡が確認されるまでは時間が掛かるだろう。


 しかし、御意見番が何を思って俺と接触したいと考えているのか分からないのは怖い。前回ルートではこんなことは無かった。つまり、今回ルートの行動のいずれかがトリガーになっているということだ。


 勿論、この疑問も棚上げされたまま。

 そろそろ荷崩れが置きそうなレベルだな。


「ふむ」


 頭を悩ませる俺を見かねてなのか、アイリス様は1つ頷くと後ろに控えるクランへ声を掛けた。


「ハートよ、私のクリアカードを持ってこい」


「はっ」


 クランがアイリス様の机へと向かう。


「分からんのなら聞けばよい。私が話してやろう」


 一瞬、何を言われているのか分からなかった。


「しかし、警告では……」


 俺の言葉をアイリス様が手で制する。


「無論、直接出向くわけではない。クリアカードで連絡を取ればよいのだろう? 私はイザベラの連絡先を知っている」


 確かに、それなら警告に触れることは無いだろう。

 だが、警告の他に受け取った助言もある。


「今回、記憶を保持した状態で遡りをするにあたって、『脚本家(ブックメイカー)』からは助言も貰った。この遡りの話をどこまでしていいかという質問に対して、権力者に近い人間に話す事は勧めない、と回答を得ている。だからこそ、現状ではギルドに深入りすることは避けていたのだが」

 

「イザベラは『ユグドラシル』側の人間では無いぞ。これまでも、奴らを相手取った作戦ではきちんと戦果を挙げている。……が、お前がそう言うなら従おう。遡りの話は出さん。奴が信用出来るに値すると判断した後、お前が話せ」


 クランからクリアカードを受け取ったアイリス様は、手慣れた様子でクリアカードを操作して御意見番との回線を繋いだ。


『これはこれは……。お嬢ちゃん直々とは、珍しいこともあったものですな』


 ホログラムシステムがオンになっているため、アイリス様が丸テーブルに置いたクリアカードからは、前回ルートで見たあの老婆の姿が映し出されている。


「うむ。お前に聞きたいことがある。暫し時間を作れ」


『私の書斎で受けとりますので、人払いも済んどります。して、何用で?』


「今日、T・メイカーと接触するそうだな。意図を聞かせろ」


 アイリス様からの質問に、一瞬の間が空いた。


『……いったいどこでその情報を』


「質問をしているのは私のはずだが。何かやましいことでもあるのか?」


 御意見番の言葉を切り捨てるようにして、アイリス様が重ねて問う。すげぇな。あのクソババア相手にこんなやり取りが出来るなんて。……そりゃ出来るか。何せ、この国で一番偉い御方だ。


『……無論、お嬢ちゃんに隠し立てするようなことはありゃしませんがね。この話は他言無用で願いたいのですが』


「エルトクリアの名に懸けて約束しよう。お前がこれから話す内容を、私の口からは一切他言しないと」


 ……。

 まあ、嘘は言っていないよな。


 俺たちは、アイリス様の口から聞くわけじゃないし。


『今朝になりますが……。ワシの部下の1人が可笑しな言動を始めたのです。曰く、自分が殺されたと』


「殺された? 自分が?」


 アイリス様がしかめっ面で聞き返す。しかし、思うところは一緒だ。相手方のクリアカードに映らないように、少しだけアイリス様から距離を空けていたハートと目が合い、揃って首を傾げてしまった。


『生きて喋っとるのに何を言っとるのかと……。最初は寝ぼけているのか、もしくはクスリにでも手を出したのかと思うたんですがね。話を聞いてみりゃ、随分ときな臭い単語がゴロゴロと飛び出して来まして』


 ホログラムの御意見番は、頭を掻きむしりながら言う。


『本人曰く、ギルドの買い出しの最中に「ユグドラシル」に襲われたと言いよるのですよ。「トランプ」のクランベリー・ハートとアルティア・エースが助太刀してくれたそうですが、及ばず首を刎ねられたと』


 ……。

 何だ、この話は。


 話を聞いていたアイリス様は、さり気ない仕草で口元を手で覆いながら呟く。


「ハート」


「その申告者が、ギルド受付嬢であるなら可能性はあります。エース、スペードと共に、中央都市リスティルを移動中、天地神明の側近と衝突しました。そこには受付嬢も」


 無意識の行動か、なぜか脇腹をおさえるような仕草をしながら、クランは小声で答えた。御意見番に聞こえたかは微妙なところだ。丸テーブルの対面に座った俺が辛うじて聞き取れた程度の音量が、果たしてクリアカードの回線を通すとどうなるか。


『……お嬢ちゃんもヒトが悪くなりましたな。やはり聞いてる者がおりましたか』


「ははは。成長したと言ってくれ。この程度はこなせないと、貴族共との舌戦では土俵にすら立てんよ」


 御意見番からの棘のある物言いにも、アイリス様は全く物怖じしない。寧ろ、楽しそうに笑ってみせた。


「で、お前の考えを聞こう。どう見る」


『その前に、お嬢ちゃんの後ろに控える者の正体を明かして貰えませんか。これ以上は、信用出来る人間以外に聞かせたくない情報だ』


「お前がこれから話す考え次第だ、と言っておく」


 アイリス様はそう言ってから、視線を一瞬だけ俺に向けた。


 なるほど。

 信用するかしないか、ここで決めろってか。


 露骨なため息を吐きながら、御意見番が口を開く。


『嘘にしちゃ、リアリティが有り過ぎる。こんな馬鹿げた嘘を吐くメリットも無い。この話をしてくれた時の、あの部下の本当に気が狂いそうな状態。ありゃあ演技には見えんかった。それに、一番引っ掛かるのは日付がズレてることなんですわ』


 その言葉に、心臓が高鳴るのを感じた。


「日付がズレている、だと?」


 聞き返してはいるが、それはあくまで形式的なもの。

 アイリス様だって、もう何を言われるのか分かっている。




『部下が言う買い出しってのは、受付嬢に与えている仕事の1つなんですがね。本来ならその部下は明後日に行くはずのものなんです。気が狂うまでの部下は、ギルドの受付で普通に仕事をしていたはずなんで。まるで未来でも視たかのような言い分だ』




 クランの言っていた、受付嬢。

 ズレている日付、明後日。


 これは、確定だ。




 御意見番が言う部下、その受付嬢にも記憶が引き継がれている。




 なぜだ。

 なぜ、その受付嬢にも記憶がある?


 分からないぞ。

 これは本当に『脚本家(ブックメイカー)』が望んだ展開なのか?


「……話を戻すが、そこでどうしてT・メイカーの名が出る。奴をギルド本部に招いて何を話すつもりだった?」


『部下の話じゃ、中央都市リスティルに偶然にも「トランプ」がいたのは、中条聖夜と合流するためだったようでしてね。丁度そのタイミングで『黄金色の旋律』の使者がギルド本部に来たもんで。最初はリナリー・エヴァンスを呼び寄せようかと思うたんですが、使者から拒絶されまして。T・メイカーの方に上手く時間を作ってもらったというわけです』


 おい。

 おかしくないか。


 同じ所に引っ掛かったのだろう。

 腕に装着されたウリウムも反応した。


《……あのイザベラってニンゲン、まさかマスターの正体に気付いていたの?》


 そういうことになる。

 俺と縁先輩の繋がりに気付いていない素振りも演技か。


 つまり、縁先輩もそれに即興で乗ったということに……。


 そこまで思い至ったところで、アイリス様からの視線に気付いた。それが意味することを察した俺は、迷わず頷く。ここまで知られているのなら、もう隠す必要も無い。


「実はな、その件のT・メイカー、中条聖夜もここにおる」


『……なんですと?』


 アイリス様は、丸テーブルに置かれたクリアカードを俺へと向ける。仮面も白ローブも着用していないが、仕方が無い。T・メイカーの正体を知られているなら今更だ。


「イザベラ・クィントネス・パララシアだな」


『……中条聖夜。なぜ主がお嬢ちゃんと共におるのじゃ。今、いったいどこに』


「一緒にいるのはアイリス様から招かれたからだ。ここはアイリス様の私室だ」


『なっ』


 絶句している。


 それはそうだろう。

 他国の小市民が、女王様のプライベートルームにいるんだからな。


「時間が惜しい。余計な問答は無しで行きたい。その受付嬢の話は、どこまで広まっている?」


『なぜ主にそのようなことを。それよりもワシからの質問に』


 御意見番が台詞を言い切る前に、アイリス様の手がクリアカードへと伸びる。再びクリアカードの向きが変わった。おそらく、あちら側に映るホログラムは俺からアイリス様へと戻っただろう。


「答えよ」


『うぐぐ……。今朝方、突如発狂したのです。1階の受付カウンターでの出来事でしたので、不特定多数の人間が目撃しとります。詳しい話を聞いたのはワシの部屋でしたが、そこでも数人のギルド職員が立ち会っとりましたので……』


 最悪だ。

 これは『ユグドラシル』側にも何らかの情報が渡っていると見た方が良いな。


「箝口令は?」


『勿論敷いとりますが、期待は出来ませんぞ。カウンターでの出来事は、職員以外も目撃しとりますのでな』


 アイリス様はため息と共に首を振る。


「これから中条聖夜をそちらへ送る。手を寄越せ」


『そりゃ構いませんが、そちらでも手配出来るのでは?』


「訳あって、こちらからは出せん。よいか? 戦力となり、かつ確実に『ユグドラシル』に通じていないと断言出来る者を寄越せ」


 暫しの沈黙。

 絞り出すような声で、御意見番が口を開いた。


『そりゃあ、つまり……』


「私の口からは説明出来ん。お前が欲している情報は、これからそちらへ送る中条聖夜が持って行く。察しろ、イザベラ・クィントネス・パララシアよ」


 一呼吸開けて、アイリス様は言う。


「『番外(エキストラ)』を寄越せ」







「話は聞いておるぞ」


 ベニアカの塔。


 その主であるクィーン・ガルルガは、ノックも無しに私室へと入って来たアルティア・エースにそう言葉を投げる。エースは肩を竦める仕草を見せ、空いているソファへと腰を下ろした。


 その対面に座っていたシャル=ロック・クローバーが口を開く。


「それで、女王陛下は如何なる目的で中条聖夜を?」


「知らん」


 腕を組み、エースは答えた。


「女王陛下と中条聖夜に繋がりがあったのか?」


 クィーンの視線がクローバーへと向く。

 クローバーは首を横に振った。


「私が知る限りでは無いはずです。しかし、中条聖夜はリナリー・エヴァンスの配下。あの者が何かしらの手を回していた可能性はあります」


「……これは牽制されていると見るべきかの」


 小さくため息を吐きながら、クィーンが背もたれへと深く身体を預ける。


「エースよ。どう見る」


「……俺は、これ以上の詮索を控えるべきだと考える。少なくとも、俺はこの件から手を引かせてもらおう」


「ほう?」


 思ってもみなかったエースの回答に、クィーンが眉を吊り上げた。

 それはクローバーも同様だ。


「意外ですね、アル。貴方こそ、多少の無理を通してでも中条聖夜の魔法解明を遂行しようと考えるかと思っていましたが」


「奴と言葉を交わしたことで、考えが変わった」


 クローバーからの指摘に、エースが答える。


「リナリー・エヴァンスと違い、中条聖夜は理性的な男だ。道理を通せば話は伝わるし、行動も常識の範疇。無理に敵対行動を取る必要は無いし、取るべきでは無いと考える」


「……それは、中条聖夜にはエルトクリア王家に仕える意志があったということですか?」


 クローバーからの重ねての質問に、エースは口角を歪めて笑った。


「就職先の候補の1つとして考えてくれるそうだ」


「就職先……、のぅ。そう言えば、あやつはまだ学生じゃったか。失念しておったわ」


 クィーンが小さく鼻を鳴らしながらそう呟く。

 クローバーは呆れたようにため息を吐いた。


「……アル。中条聖夜への印象が随分と変化した様子ですね」


「そうだな。色眼鏡を通して見ていたという非は認めよう」


 クローバーからの苦言にも動じず、エースは淡々と口にする。


「こちらからのリップサービスにも舞い上がることもなく、立場の違いに怖気づくこともなく、堂々と意見を口にする様には好感を持った。奴は『アシュラ』と呼ばれたカーリウ・スカウラウドを一騎打ちで破る程度の実力は有している。その点からみても、下手な敵対は避けるべきだと思うが?」


 クローバーから視線を向けられたクィーンは、肩を竦めることで応えた。







「『番外(エキストラ)』とは何だ」


 御意見番との通話が切れたところで、アイリス様に質問した。


「お前たち『黄金色の旋律』のように、ギルドに属するグループでは無い。どちらかと言えば、受付嬢たちのようなギルド職員に近いな。名指し依頼は本来ならば不可能。あやつらが受けるのは、ギルドからの直接の依頼のみ。文字通り、ギルドの手となり足となって働くギルド直属の兵隊だ。故に、ギルドランク『番外(エキストラ)』」


 自らのクリアカードを手で弄びながら、アイリスは言う。


「まあ、その正体はイザベラの孫なのだがな」


 ……あのクソババアの血縁者か。

 それはそれで一癖も二癖もありそうだな。


 俺が顔を顰めたのを見て、アイリス様はニヤリと笑った。


「安心しろ。あやつらは強者を好む。先のアギルメスタ杯での活躍に随分と感銘を受けていたようだぞ?」


「しかし、それだけでは『ユグドラシル』と繋がっていない保証は無いよな」


 むしろ、強者なら向こう側に山ほどいそうだが。


「ん? その点は心配いらん。今言っただろう。あやつらは強者を好む、とな。当然、あやつらもリナリー・エヴァンスの熱狂的な信者だ。『白銀色の戦乙女』寄りの考えを持っている。安心だろう?」


 ……。

 別の意味で安心できないんだが?

 次回の更新予定日は、9月9日(月)です。

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― 新着の感想 ―
[一言] クランが記憶持ってるのは、キスによって唾液(体の一部?)が聖夜の口に入り、遡り時に図書館に存在したことになるからでしょうけど、その理屈だと受付嬢は無理に自分がお茶を運ぼうとしていた時にお茶の…
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