第13話 貴族都市ゴシャス ①
☆
「……想像以上に早かったな」
俺の姿を認めたアルティア・エースは、開口一番そう言った。
中央都市リスティルと貴族都市ゴシャスを繋ぐ関所に顔を出したところ、クリアカードを見せただけで直ぐに通してくれた。ちゃんと話は来ていたらしい。見せたクリアカードは、中条聖夜名義のものだ。T・メイカーのものとどちらにするか悩んだが、玄関口アオバでクィーンの招待状を受け取ったのは中条聖夜名義のクリアカードだった。
それはつまり、魔法聖騎士団の面々は、クィーンが招待したのは中条聖夜であると知っていることを意味する。そこで俺がT・メイカーとして出向いてしまえば、魔法聖騎士団の面々も『中条聖夜=T・メイカー』という図式が成立してしまう。前回ルートでは、T・メイカー捕縛クエストを取り消させるために利用したとはいえ、少々考え無しの行動だったと言わざるを得ない。
よって、今回は中条聖夜として堂々とやって来た。魔法聖騎士団にどこまで情報が流されているかは不明だが、『トランプ』側の良心に期待しよう。仮面やローブはナップサックに入れて持ってきてはいるが、これはあくまで念の為だ。使う機会が来ないことを祈りたい。
貴族都市ゴシャスに足を踏み入れてすぐの所には、以前クランに紹介してもらったクレイドルが置かれている場所がある。そこに今日の案内人はいた。
既に陽が落ちているにも拘わらず、サングラスを着用した150cm程度の小柄な男。
王族護衛『トランプ』が一角。
アルティア・エースだ。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません」
そちらへと駆け寄り、頭を下げる。
俺の態度が意外だったのか、返答までにやや間があった。
「あの『旋律』の配下にいる者にしては……、まともだな」
小声だが、きちんと聞こえている。
酷い言われようだが、言い返すことは出来ない。
「王城までは俺が案内しよう。こちらだ」
俺が頭を上げたのを確認し、アルティア・エースが歩き出す。
その先にあるのは、一台のクレイドルだ。
アルティア・エースに促されて先に乗り込む。
「お前たちは同乗するな」
周囲にいた3人の魔法聖騎士団の面々に告げて、アルティア・エースが遅れて乗り込んできた。1対1か。俺の魔法を知るために、道中で吹っ掛けてくるんじゃないだろうな。前回ルートの知識があるせいで、余計な心配をしてしまう。
「王城エルトクリア」
アルティア・エースがクリアカードを挿入して目的地を口にすると、認証したクレイドルがゆっくりと動き出した。
対面に腰かけたアルティア・エースの視線が、俺へと向く。
「こうして直接言葉を交わすのは初めてか」
「はい。中条聖夜と申します。本日は、お招き頂きありがとうございます。王城へ招かれるのは、これが初めての経験でして。何か失礼がありましたら申し訳ございません。ご容赦頂ければ幸いです」
「……本当に、あのリナリー・エヴァンスの配下とは思えぬな。アルティア・エースだ。王族護衛『トランプ』に所属している」
「やりにくい」と、その表情が物語っているようだった。
腕を組み、眉間に皺を寄せて。
しばらくの沈黙の後、アルティア・エースが口を開いた。
「中条聖夜。エルトクリアへ生涯を捧げる気は無いか?」
いくつか受け答えを想定していたが、まったく考慮していない質問が来た。
「……と、申しますと?」
どう答えていいか分からず、そう口にする。
アルティア・エースは1つ頷くと、再度口を開いた。
「これはお前が王城へと招待された事に関係しているのだがな……。いや、その前に確認しておきたい。今回、お前がこの招待に応じた理由は何だ? 『旋律』から何を命令されている」
まさか、魔法を使わずに聞いてくるとは思わなかった。
「命令などされていません。そもそも、リナリー・エヴァンスには連絡すらしておりません」
「……それは本当か?」
「はい。T・メイカーとしてではなく、中条聖夜宛ての招待状でしたので」
どうせなら魔法で聞いてくれ。
今なら抵抗せずに答えるから。
真偽を確かめるためかアルティア・エースの目が細められたが、その目が深紅に染まることは無かった。
「では、なぜ応じた」
「応じる他無かったからです。かの王族護衛『トランプ』に身を置く方からの、直々の招待状ですよ。失礼を承知で申し上げますが、これは招待では無く登城命令です」
しばしの沈黙。
睨み付けるような眼差しを向けていたアルティア・エースから威圧感が消えた。
「ふふ……、確かに、その通りだな。詰問になってしまったか。謝罪しよう」
軽くではあるが、頭を下げられたことに驚いた。
「……いえ。私の師であるリナリー・エヴァンスの奔放さは理解しているつもりですので。裏があるとお考えになるのは間違っていないと思います」
「……まあ、そこなのだがな」
眉間の皺を揉み解すような仕草を見せながら、アルティア・エースは言う。
「自由過ぎる『旋律』の配下、そしてアギルメスタ杯で見せたお前自身の戦闘力。強大な力を持ちながらも、その立場は非常に不安定。危険視されている自覚はあるようだな」
首肯した。
それ見たアルティア・エースはため息を吐く。
「それを踏まえた上でもう一度聞く。中条聖夜、エルトクリアへ生涯を捧げる気は無いか?」
なるほど。
そう言う意味か。
俺は、この男のことを誤解していたようだ。
「将来の進路として……、1つの候補としては考えていますが、現状ではまだ。身に余る光栄ではありますが、申し訳ございません」
俺の返答に、アルティア・エースは一瞬きょとんとした表情を見せた。しかし、直ぐに肩を震わせて笑い始める。
「はは、そうか。そうだったな。お前はまだ日本の学生だったか。就職先を決めるのは些か早計だったかな」
「黄金色としてのお前のことばかりを見ていたせいで、すっかり頭から抜け落ちていた」と笑うアルティア・エースへ何と返していいか分からなかったので、取り敢えず頭を下げた。
ひとしきり笑ったアルティア・エースが表情を正す。
「なぜ、『旋律』の配下へ?」
「私は捨て子でして……。魔法とは無縁の一般家庭に生まれたのですが、魔力を持て余して捨てられたのです。そこをリナリー・エヴァンスに拾われて……」
「今に至る、と言うわけか」
「はい。ですので、配下に下ったという意識もありませんでした。自由奔放で、もう少し周囲に迷惑を掛けないように生きられないのかと思わない日はありませんが……、それでもあの人は、私の育ての親で、命の恩人なのです」
俺の言葉に、アルティア・エースは再度沈黙した。
そして、今度の沈黙は長かった。
こちらから何か会話を振るべきかとも考えたが、特に思い当たる話題が無い上アルティア・エースは何やら考え事をしている様子だ。結局、このままあちら側から声を掛けられるまで黙っていようと結論付け、車窓から覗く貴族都市の街並みに視線を向けた。
屋敷の大きさから、もう少しで女王陛下と出会った場所かなと思い始めたところで、ようやくアルティア・エースが口を開く。
「まずは、お前の育ての親であるリナリー・エヴァンスに対して、礼を欠いた物言いとなったことを謝罪する」
再び頭を下げられた。
いや、本当に何だ。
この展開は。
「……頭を上げてください。人の上に立つ立場である御方が、そう何度も私のような者に頭を下げるべきではありません。それに、リナリー・エヴァンス側にも非はありますので……」
むしろ、この件に関してはあの女にしか非は無い。
「感謝する」
そう言ってアルティア・エースは頭を上げた。
そして、続ける。
「お前に招待状が届いた理由に話を戻す。俺はな、中条聖夜。クィーン・ガルルガから、お前の無系統魔法について探れと指示を受けていた。そして、貴族共からは、T・メイカーの実力を探れと指示を受けている。可能ならT・メイカーを潰せ、ともな。代わりに、貴族都市ゴシャスにて戦闘を行う許可が出た」
遮音性に優れているにも拘わらず、走行音が耳障りに感じてしまうほどの沈黙が訪れた。しかし、それは直ぐにアルティア・エースが破った。
「そう身構えるな。今の話を口にしたことから分かるだろう? 本来なら、ここで適当な理由を吹っ掛けてお前と魔法戦をするつもりだった、ということだな。ただ、もう俺にその気はない」
「理由をお聞きしても?」
「下手に敵対する必要は無いと判断したからだ」
アルティア・エースは言う。
「リナリー・エヴァンスと違い、お前は礼節を弁えた理性的な人物であると理解した。無暗に敵対する必要は無かろう。王城勤めを進路の1つとして捉えてくれているのなら尚更……、な。クィーンには俺から報告しておく」
「先ほど貴族と仰られていましたが、そちらはよろしいのですか」
上手く事が進み過ぎている気がするが、大丈夫なのだろうか。
俺の質問に、アルティア・エースは鼻を鳴らした。
「元はと言えば、アギルメスタ杯でお前に敗れた貴族から始まる一方的な私怨が原因だ。力が全てと豪語するかの大会に参加した以上、そこに身分は関係無い。こちらもどうとでもなる」
「……そうですか。こちらへの配慮、感謝します」
貴族の私怨とやらは分からないが、アルティア・エースの方で処理してくれるのなら、それに越したことは無い。そう思い礼を告げたのだが、そこで思い至った。
俺が王城に向かう意味は無くなったのでは、と。
いや、前回ルートの女王陛下の話では、クィーンはアルティア・エースと俺で模擬戦をさせたかったらしい。そうなると、俺は結局王城で目の前の男と戦うことになるのか? それともそれも含めて探りを入れる事は止めてくれるのだろうか。
そんな事を考えているうちに、車窓から見える景色が変わった。
馬鹿みたいな大きさの屋敷は見えなくなり、美しい星空が覗く。視線を進行方向の先へ向ければ、純白の王城がそびえ立っているのが見えた。
「間もなくだな。ようこそ、王城エルトクリアへ」
今回のルートで180度印象の変わったアルティア・エースから、そう告げられた。
クレイドルが緩やかに停車する。
外から硬い金属音が聞こえてくる。
「失礼致します!!」
掛け声と共に扉が開かれた。
扉を開いたのは、金の甲冑に身を包んだ騎士。
……金?
魔法聖騎士団の甲冑は銀色のはずだ。玄関口アオバでクリアカードをチェックしていた団員も、貴族都市ゴシャスの入り口を固める団員も、アルティア・エースに付き従う団員も、皆銀色の甲冑を身に纏っていた。
しかし、たった今クレイドルの扉を開けたのは、金の甲冑を身に纏う騎士。思わず、対面に座るアルティア・エースと顔を見合わせた。これはアルティア・エースにとっても予想外の事態だったようで、サングラスの奥には驚きの表情が宿っている。
「これはどういうことだ」
「申し上げます。アイリス女王陛下より、中条聖夜様をお連れせよとの命が下っております」
アルティア・エースの視線が再び俺へと向く。
何が聞きたいかは分かるが、答えられる内容も決まっている。
「言っておきますが、面識はありませんよ」
無論、今回のルートでは、という注釈が付くが。
「……だろうな」
しかめっ面のまま、アルティア・エースは頷いた。そして小さくため息を吐くと、アルティア・エースは指でクレイドルの出口を差した。
「行け。クィーンには俺から伝えておく」
「感謝致します。それでは、中条聖夜様。こちらへ」
アルティア・エースが口にした言葉は俺に向けてだったが、答えたのは金の甲冑を身に纏った騎士だった。言われるがままにクレイドルを降りる。
場所は城門。
半開きになった扉の前には、俺たちに声を掛けてきた騎士の他、同じ金の甲冑を身に纏った騎士が3人、銀の甲冑の魔法聖騎士団が5人控えていた。
「こちらです」
先導するように金の甲冑を身に纏った騎士たちが城門の中へと消えていく。それに続こうとしたところで、後ろから声を掛けられた。
「中条聖夜」
振り返る。
そこには、クレイドルから半身を覗かせたアルティア・エースがいた。
「クィーンからの招待については一度忘れろ。言うまでも無いが、女王陛下の命は全てを凌駕する。こちらを気にする必要は無いからな」
「お心遣い、感謝致します」
頭を下げると、アルティア・エースはひらひらと手を振った。
「中条聖夜様」
「すみません。今行きます」
この場に残っていた魔法聖騎士団の団員から急かすように声を掛けられてしまった。半開きとなった城門を急いで潜る。前回ルートでも見た立派な庭園の中で、金の甲冑を身に纏った騎士達が俺を待っていた。
「お待たせしました」
「いえ、こちらです」
1人は先導役、残り3人の騎士は俺を囲うようにして歩き出す。
護衛というよりは、俺を警戒しての動きだな。
まあ、当たり前か。
問題なのは、なぜこの段階で俺が女王陛下に名指しで呼ばれているかだ。俺の周囲に展開している、この4人の騎士が身に纏っている金の甲冑。前回ルートで紹介されていたから分かる。
女王直属近衛兵の甲冑だ。
女王陛下直々に教えてくださったのだから間違いない。そうなると、女王陛下に呼ばれているという話は事実ということになる。
前回ルートでは、クランと共にクレイドルで王城へ向かう最中に、貴族都市ゴシャスを徘徊している女王陛下と偶然出会った。しかし、今回のルートでアイリス女王陛下との面識はまだ無い。王城を訪ねるタイミングが前回ルートとは違うし、それとなくクレイドルの車窓から外の様子を窺ってはいたが、女王陛下の姿は見つけられなかった。
今回は繋がりを持つことは無いと思っていたが、まさか向こうから接触してくるとは。
いったいどういうことだ?
居館の正面口に辿り着く。立派な扉の前には銀の甲冑を着た騎士が2名いたが、俺が訪ねてくる話は既に通っていたのか、詰問される事無く扉が開かれた。
残念ながらナップサックはここで回収された。城門ではスルーされたので、もしかするとこのまま大丈夫なのかと思ったが、やはり駄目か。そうだよな。怪しい荷物を持ったまま女王様と会えるわけなんて無い。これでT・メイカーへと変身することは出来なくなったわけだ。
……いや、そもそも中身を検分されると結局中条聖夜=T・メイカーだとバレるじゃねーか。やっちまったな。
「こちらです」
女王直属近衛兵に従い、扉を潜る。ホールを抜け、細長い通路を歩く。一直線に伸びる廊下には深紅の絨毯が敷かれており、両サイドには甲冑や絵画が飾ってあったり、庭園が覗けるような装飾が施されていたりと、相変わらずの豪華絢爛ぶりだ。
駄目だ。
うまく思考が働かない。
いきなりの急展開に動揺している証拠だ。
《……これまでのマスターの行動に、女王サマに変化をもたらすような事は無かったと思うんだけど》
だろうな。
俺もまったく心当たりはないよ。
ウリウムの呟きに、心の中だけで同意する。
そうこうしているうちに、階段を上り、廊下を抜けて、お目当ての部屋までやって来てしまった。豪華な部屋の扉の前では、パーフェクトスマイルを浮かべたウルトラメイドさんが2人控えている。
「ようこそお越しくださいました、中条聖夜様」
2人同時に完璧なタイミングで頭を下げてきた。頭を上げたメイドの1人が、女王直属近衛兵へと目配せする。女王直属近衛兵は小さく頭を下げると、俺から一歩距離を置いた。その間に、もう1人のメイドが豪華な扉をノックする。薄く開いた扉から、新たなメイドが顔を覗かせたかと思うと、すぐに扉は閉まった。
と思いきや、再び扉が開かれる。
「中条聖夜様。アイリス女王陛下より、入室の許可を頂戴しました」
その言葉通り、今度の扉は全開だった。
部屋の中にいた少女と目が合う。
瞬間。
取り敢えず跪いた。
部屋の内部に意識を回すより早く、部屋の主と目が合ったのは幸運だった。「お邪魔しまーす」と軽い感じで入室出来るような部屋では無いのだ。前回ルートでの失態は忘れていない。今回は勘違いするような出会いもしていない。失礼な態度を取れば、一瞬で首が飛ぶだろう。
俺の条件反射ナイス。
そう言わざるを得ない。
「……そこのメイドが口にした内容を理解出来なかったのか? 私は入室を許可したのだ。蹲っとらんでさっさと入ってこい」
……どうやら俺はまた間違えたらしい。
謝罪を口にしながら立ち上がる。
そこでようやく、尊大な態度を取る少女の隣に立つ女性へと気が付いた。
ピンクの魔法服に、猫グッズを所狭しと装着した魔法使い。
心が折れかけていた俺を奮い立たせてくれて。
その身を挺してエルトクリア大図書館へと進ませてくれた女性。
童顔にサイドテールが良く似合う、俺の――。
命の恩人。
「……、……クラン?」
《あっ、マスター!》
思わず愛称で呼んでしまった俺に、ウリウムから警告が飛ぶ。
今回のルートでは、俺とクランに面識は無い。
だから、俺がクランを愛称で呼ぶのは間違いだ。
やってしまったと思ったが、もう遅い。
しかし。
「聖夜クン!!」
気が付けば、クランが俺の腕の中に飛び込んできていた。
……え?
次回の更新予定日は、8月26日(月)です。