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テレポーター  作者: SoLa
第10章 真・修学旅行編〈上〉

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第11話 武闘都市ホルン ⑥




「アマチカミアキと接触した……、だと?」


 交易都市クルリアでエマへと連絡を取り、俺は『神の上書き作業術(オーバーライト)』を用いて武闘都市ホルンへと戻って来た。殿堂館にあるトイレから出てきた俺を出迎えたエマからもたらされたのは、驚愕の一報だった。


「申し訳ございません。敵の首領を目前にしながらも、私は殺すことが出来ませんでした」


 T・メイカーのブースへと足を向けながら謝罪するエマを制止する。


「いや、それは別にいいんだが……。一体何が目的で接触して来たんだ?」


「私を勧誘するためと言っていましたが、おそらくそれは建前です。本当は、私たち側に遡りの記憶があるか確かめたかったのでは、と」


「ちょっと待て」


 思わず足を止める。


 ちょっと待って欲しい。

 色々と待って欲しい。


「遡りの記憶? 『ユグドラシル』に『脚本家(ブックメイカー)』の存在は知られているのか?」


「少なくともアマチカミアキに『脚本家(ブックメイカー)』の知識があることは間違いありません」


 思わず立ち眩みがした。

 俺が交易都市クルリアに向かっている間に、何があったというのか。


 ラズビー・ボレリアの件を相談したかったのだが、それどころではなかったようだ。


「色々と聞きたいことがあるんだが……、舞たちは大丈夫か?」


「はい。今はT・メイカーブースのシアターに。お恥ずかしながら聖夜様が交易都市クルリアへと向かわれてからの私の挙動へ、舞が不信感を抱きまして。先ほど分身魔法をトイレへと誘導する際に、もともと調子が悪かったと説明しています。聖夜様にはその介助をお願いする名目で抜け出しました。一番近くにいた護衛の者にもそう説明しておりますので、舞たちの護衛は今は花園家と姫百合家に任せている形となります」


「ウリウム」


《ごめん、分からない。エマちゃんがアマチカミアキと接触している情報が、分身魔法には無いの。一度先行する舞ちゃん達からエマちゃんが離れた時があって……。美月ちゃんがそれに気付いて、来た道を戻ってエマちゃんと合流したの。多分、その時だと思う》


 俺はT・メイカーブースから目的地を休憩スペースへと変えた。前回ルートでばったり鉢合わせたクランベリー・ハートと話した場所だ。ガラス張りで陽の当たりが良い場所では無く、通路を移動する人間から一番目の付きにくい場所を選んだ。


 エマがすぐさま防音の魔法を展開してくれる。


「聖夜様、この罰はいかようにも」


「だから、それは構わないと言っているだろう」


 エマはずっとこの調子だ。

 ここまで消沈する必要は無いのだが。


「『ユグドラシル』側が遡りの絡繰りを知っているのだとすると、話は大きく変わって来るぞ。エマはどうしてアマチカミアキに遡りの知識があると判断したんだ? 奴がそう言ったのか」


「いいえ、それは……」


 エマが口ごもる。

 回答を待っていたが、やがてエマの視線が俺から外れた。


「ごめんなさい。正直、私もまだ動転していて……」


 まあ、そうなるよな。

 何せ、予想だにしなかったタイミングで、敵のボスが現れたのだ。

 無事だっただけで儲けものだと考えるべきだろう。


「まあ、エマがそう判断したのなら俺は信じるさ。落ち着いて、時間が出来たら話してくれ」


 分かりましたと返答するエマに頷き、別の話題を口にすることにする。


「ところで……、クランベリー・ハートとは接触したか?」


「いいえ、接触していません」


 やはり、個人展へ寄り道したことで時間がズレたせいか。


 クランベリー・ハート本人は疑っていないが、権力者に近い者への情報提供は細心の注意を払う必要がある。王族護衛『トランプ』はその筆頭だ。分身魔法の存在もバレなかったわけだから、面倒事が1つ減ったと喜ぶべきか。それとも、接触できなかったことを悲しむべきか。


 これでクランベリー・ハートの連絡先を聞く機会は失われたわけだ。損得勘定を抜きにして、少しだけ寂しさを覚えてしまった。


「祥吾さん達からの連絡も無いんだな?」


「はい」


 俺へ取り次ぎの連絡が来なかった時点で分かっていたことではあるが、エマの肯定には首を傾げる他無い。


 俺が接触した盲目の男を取り逃したことで、『無音白色の暗殺者』はギルドへT・メイカー捕縛クエストを発注しに向かったはずだ。その情報を伝えるため、祥吾さんが俺のクリアカードへ連絡をしてくるはずなのに。前回ルートではクランベリー・ハートが一緒にいる時だったから、舞たちがT・メイカーブースに籠っている時だった。


 本来なら、もう来ていてもおかしくはない。


「聖夜様が交易都市クルリアへ向かわれたことで、未来が変わったのでは。あちらでは何があったのですか?」


 エマからの質問に、思考の底から引き戻される。


 丁度良かった。

 こちら側で起きたことを伝えてしまおう。


「ラズビー・ボレリアが死んだ」


「っ、それは」


「大丈夫だ。取り乱したりはしないさ。そもそも殺したのは俺じゃない。諸行無常の絡繰人形だ」


 俺を気遣おうとするエマを制し、淡々と事実のみを口にする。


「そうですか……。ならば、ラズビー・ボレリアの死で依頼が受理されなかった可能性を考えてみるべきでは」


「俺もそう思ったんだがな……」


 それが本当なら一番手っ取り早いのだが、時系列がおかしいのだ。


「ラズビー・ボレリアは白銀色に言わせれば、反黄金色の人間だ。前回ルートでギルドの御意見番からもそう聞いていた。でもな、クエストの発注元が赤銅色ならともかく、今回は無音白色なんだ。ラズビー・ボレリアの死と無音白色には何ら関わりが無い。そもそも、さっきまでラズビー・ボレリアは交易都市クルリアにいたんだ。仮に生きていたとしても、このタイミングでは奴はギルド本部に戻れていないだろう?」


「通話でやり取りしていた可能性もあります。大規模クエストに発展するような事態です。トップに近い立場の者に、クエストの発注許可を求めるのは自然なことではないでしょうか」


 ……確かに。

 エマの言うことはもっともだ。


 無音白色は、クエストの発注を求めてギルド本部へと赴いた。しかし、ギルド長も副ギルド長も不在で連絡が取れない。だから現在は保留状態になっている。


 辻褄は通る。

 だが。


「……駄目だ。どうにも引っ掛かるんだよな」


 この違和感は何だ。

 何がおかしいと思っているんだ?


 腕を組んで唸る俺を見かねたのか、エマが席を立って近くにある自販機で飲み物を買っていた。この光景だけ見れば、エマの介護を頼まれたはずの俺はただのクソ野郎である。


 礼を言ってエマが差し出してくれたカップ入りのコーヒーを受け取った。

 コーヒーの香りが鼻孔を刺激する。


「あ」


 それがきっかけとなったのかは分からないが思い出した。

 前回ルートのギルド本部で、御意見番が口にした言葉だ。




 このタイミングで事を起こしたのは、無音白色がT・メイカーを見つけたと騒ぎ出しおったからの。それに便乗する形をとらせてもらった。




 そうだ。

 御意見番は確かにそう言っていた。

 違和感はこれだ。


「前回ルートで御意見番が言っていた。ラズビー・ボレリアの不審な挙動は前々から問題視していた。御堂縁から『ユグドラシル』とラズビー・ボレリアが接触したという情報を掴んだタイミングで、無音白色がT・メイカーを見つけたと騒ぎ出した。それに便乗させてもらった、と」


「……なるほど。御意見番イザベラ・クィントネス・パララシアは、未だにギルド内において相当な発言力があると聞いています。その人物がそう発言している以上、ギルド長や副ギルド長と連絡が付かなくても、クエストは受理されるだろうとお考えになるのですね?」


 エマの言葉に首肯する。


 俺だけが違和感を覚えた理由はこれだ。前回ルートの記憶は俺にしかない。エマには概要を伝えてはあるものの、全てを細かく伝え切れたわけではない。この辺りはさっきの縁先輩と一緒だな。


 というか、あれだ。

 あの時の会話を思い返してみて、ようやく気付かされた。


 この御意見番の言葉をしっかりと理解出来ていれば、交易都市クルリアでラズビー・ボレリアが暗躍していたのは初日だと分かっていたんだな。あの時はまだ、既に修復不可能なルートに突入していて、遡りの魔法を受けることになるなんて知らなかったわけだから、仕方が無い事なのかもしれないけど。


 そうだとしても酷いな。


 これはウリウムにもエマにも伝えないでおこう。

 伝えたところで良い事なんて1つもない。


 そう考えながら、俺はクリアカードを取り出した。登録されている連絡先の中から、祥吾さんのナンバーをタッチする。それを隣で見ていたエマが目を丸くした。


「まさか……、直接聞くのですか?」


「それこそまさかだよ。前回ルートでは、このタイミングで王城へ行くことを祥吾さんへ伝えるんだ。向こうから連絡が無ければこちらからするしか無いだろう?」


 前回ルートでクィーン・ガルルガからの王城への招待を受けると決めたのは、その道中でT・メイカー捕縛クエストを出したギルド本部に真意を問い質す際、クランに同行を頼むためだった。今回はそれが無い。つまり、招待を受ける場合は迎えにアルティア・エースが来るかもしれないという事だな。王城で聞いたアイリス女王陛下の話の通りなら、そういうことになる。


 アルティア・エースとの貴族都市ゴシャスでの一戦は、どう考えても不要なものだった。何とか回避したいものだ。挑発されても受け流すくらいの心持ちでいないとな。そもそも互いの立場にも絶対的な隔たりがあるのだし、謙虚な姿勢を忘れないようにしなければいけない。


『ホワイト君の調子は如何かな?』


 通話に応じてくれた祥吾さんの第一声はそれだった。


「おかげさまで、大分良くなってきたみたいです。任せきりになってしまってすみません」


 俺の謝罪に、祥吾さんが笑い声を上げた。


『気にする必要は無いよ。そもそもお嬢様の本来の護衛はこちら側だ。君は本来、こういった難しい事は考えずに修学旅行を謳歌するべき立場だからね。むしろ無理をさせて申し訳ないと思っているよ』


 そう言ってもらえると本当に助かる。


『それで、用件は何だろう……、と聞く前に。こちらの話を聞いてくれるかな?』


「何でしょうか」


 祥吾さんからそう切り出された時に、少々どきりとしてしまった。もしかすると、このタイミングでT・メイカーの捕縛クエストについて聞かされるかもしれないと考えたからだ。


 しかし。

 聞かされた内容は、俺の求めていたものとは違っていた。


 今日俺が接触した盲目の男は、どういった手段を用いたのかは不明だが、俺の事をT・メイカーであると見破った模様。連れと再びT・メイカーである俺と接触を図ろうと話し合っていたところに、理緒さんが割り込み戦闘に。祥吾さんと協力して追い詰めるところまではいったが、相手方の増援が厄介な幻血属性持ちで逃走を許した。


『すまないね。直ぐにでも君に報告するべきか悩んだんだが……。周囲は花園と姫百合がしっかりと警護しているし、盲目の男、ドゾン・ガルヴィーンが籍を置く「無音白色の暗殺者」の構成員の顔と特徴は、既に護衛全員へ把握させている。君たち側から接触しようとしない限り、もう近づけさせることはしないよ』


「いえ、こちらこそすみません。もともと、盲目の男に話しかけられた俺が応じてしまったことが原因ですし……」


 しかも今回は、自ら進んでトラブルへと飛び込んでいったのだから罪悪感が凄まじい。


 本当なら、このままT・メイカーの捕縛クエストがギルドで出されていないか確認したかったが、『脚本家(ブックメイカー)』からもたらされた警告がそれを抑制した。


「それでは、こちらの用件を聞いて頂いても?」


『うん。何だろうか』


「確認です。剛さんに尋ねてみると言っていた例の件、どうなりました?」


 少しの間の後、祥吾さんはこう答えた。


『剛様は君の判断に委ねると仰った』


 うん。

 ここは、前回ルートのままだ。


 問題なのは、ここから先の俺の受け答えだ。


「では、俺の考えを聞いてください。今夜、クィーンの招待に応じます」


『それは……、いや。まずは君の考えを聞かせてくれ』


「はい。と言うのも、そう難しい話ではありません。『トランプ』側の意図がどうであれ、名指しで招待された以上、何らかの理由があるはずです。相手は権力者ですし、それを断るというのも今後を考えると少々不安です。俺は『黄金色の旋律』に籍を置いてますからね。当然、招待に応じるのは今日の行程をすべて終え、ホテル・エルトクリアに到着した後です。もともとホテル内の護衛はそちらにお任せしていますから、問題は無いですね?」


 そもそも男と女で階を別にされているので、ホテル到着後の護衛は花園と姫百合に任せてある。これはあくまで確認だ。


『うん、問題は無いけれど……』


 祥吾さんの反応が悪いのは、祥吾さんたちにとってみれば俺も護衛対象だからだろう。ただ、今回は捕縛クエストで魔法世界が騒いでいるわけではないので、現状ではT・メイカーで応じる必要が無い。中条聖夜として王城に出向く必要がある。


「あちらからの招待に応じるわけですから、迎えを用意してもらえるかもしれません。ですので、祥吾さん達の手を煩わせるようなことは無いと思います。迎えについても、あちら側から連絡が来れば報告させてもらいます」


『……了解した。その旨も含めて、剛様には報告しておく』


「よろしくお願いします。それでは、こちらの用件は以上ですので失礼します」


『ああ。くれぐれも気を付けるんだよ、聖夜君』


「勿論です」


 そう言って通話を切った。同時に、クリアカードに届いていた招待状のデータを開く。その末尾に添付されていた返信用の連絡先へ、招待を受ける事とこちらが希望する時間、そしてどのようにして王城に向かえばいいかの質問を添えて返信した。


「これで、王城に向かうまでにこなさなければいけないことは全て終わらせたな」


 送信が完了した文章を確認してからクリアカードを仕舞う。

 視線を黙り込んでいるエマへと向けた。


「エマ、教えてくれ。アマチカミアキと接触した際、怪我はしなかったか?」


「え……、あ、それは大丈夫です。アマチカミアキとは多少会話をした程度で、魔法を使う事はありませんでしたから」


「そうか。ならいい。舞たちの所へ戻ろうか」


 そう言って席を立つ。

 どうせ行ったところで整理券が無いとT・メイカーブースには入れないわけだが。まあ、護衛として仕事を請け負っている以上、いつまでもここでサボっているわけにはいかないだろう。


「あ、あの!」


 T・メイカーブースへと足を向ける俺へ、エマが声を掛けてきた。


「ん? どうした、エマ」


 振り返り、問う。

 エマは視線を彷徨わせた後、こちらが何とか聞き取れる程度の声で口にする。


「……聞かないのですか?」


「何を?」


 何に対しての質問か分からなかったため、質問で返した。


「アマチカミアキと私が接触したことについて、です。詳細をお聞きにならないのですか」


 そのことか。

 確かに気になるところではある。


 が。


「エマの話せるタイミングで、話せることだけ話してくれたら構わないよ」


 そう答えた。


 先ほどのエマの様子を見れば、口ごもった理由が動転しているだけでないことくらい俺でも分かる。エマは頭がいい。無論、俺よりもだ。そのエマが今の俺に話さない方が良いと判断したのなら、俺はそれに従うべきだと思う。


「どうして、ですか」


「は?」


「どうして何も聞かないのですか!?」


「ちょっ」


 いきなり叫ぶようにして声を荒げたエマにびっくりして、慌てて周囲を見渡した。しかし、周囲の視線はこちらへ向いてはいない。どうやらエマはまだ防音の魔法を解いておらず、そしてその領域からは出ていなかったらしい。自分のしたことに気付いたのか、「すみません」と青ざめた顔で口にするエマの背中を擦り、改めて席に座らせた。


「大丈夫だ。落ち着け。俺は何も怒っていないし、お前が心配するようなことはまだ何も起きていない」


 隣で肩を震わせながら嗚咽を漏らすエマの背中を、ゆっくりと撫で続ける。通路を歩く人たちからは見えにくい場所を選んでいて正解だった。この場所を教えてくれた前回ルートのクランはグッジョブである。


 しばらくして。

 ようやく落ち着いてきたのか、エマは絞り出すような声で言った。


「……どうして、何も聞かないのですか。私がアマチカミアキと接触した時のことを」


 やっぱり気にしていたのか。

 そりゃそうか。


 俺至上主義のエマのことだ。

 その場でアマチカミアキを葬れていれば、とでも考えているのだろう。

 もしくは、勧誘を受けたことで俺からの信頼が揺らぐとでも考えているのかもしれない。


 気にするな、と何度言っても無駄だろうな。

 だから、別の言葉を口にすることにした。


「信じているからさ」


「……、……え?」


 双眸を涙で一杯にしたエマの顔が、こちらへ向く。


「お前のことを信じているからだよ、エマ。一緒に前回ルートを辿ったウリウムを除いて、俺が最初に遡りの話をしたのはお前だったんだぞ。そのことからも、俺がお前のことをどれほど頼りにしているか、気付いてくれているものかと思っていたんだが」


 勿論、焦りもあった。

 俺だけではどうしようもないという情けない理由もあった。


 それは間違いない。


 それでも、せめて。

 ウリウムとじっくり精査してから話すべき相手を決めるべきだったのに。


「俺はお前のことを信じていたから、真っ先に話した。俺はそのことをまったく後悔していない。絶対に、100パーセント無い事だとは思っているが。万が一、億が一、お前に裏切られて俺が死ぬことになったら……」


 黙って俺の言葉を聞くエマへ、努めて明るく見えるように笑いかけた。


「その時は、今みたいに笑って死を受け入れるさ」


 エマの顔が、くしゃりと歪む。

 そして。


「……馬鹿、ですね。貴方は、本当に……、大馬鹿者です」


 震える声でそう言われた。







「『ユグドラシル』側が遡りの絡繰りを知っているのだとすると、話は大きく変わって来るぞ。エマはどうしてアマチカミアキに遡りの知識があると判断したんだ? 奴がそう言ったのか」


「いいえ、それは……」


 そこまで口にしたところで、エマはそれ以上の言葉を発することを躊躇った。


 アマチカミアキに遡りの知識があると判断した理由を説明するには、花園や姫百合の内部に裏切者がいることも聖夜に伝えなければならなかったからだ。本音を言えば、全てを説明してしまった方が良い。同じ危機感を抱いて貰わなければ、今後に不都合が生じる可能性がある。


 しかし、エマは尻込みした。

 聖夜の性格を知っているが故に。


 幸いにして、『脚本家(ブックメイカー)』からの警告によって、聖夜は花園や姫百合への情報提供は禁物という考えを持っている。裏切者の存在を知っているか否かは別として、結果的に花園や姫百合への接触を自ら断っているのである。


 更にエマにとっては幸運にも、聖夜はエマがアマチカミアキを知っていたことにも触れてこなかった。これはおそらく、アマチカミアキの目的が建前とは言えエマの勧誘であったことから、あちら側から自己紹介をしてきたと聖夜が誤認したからであろう。エマの変装を見破られたことについての指摘も無い。情報量の大きさに気を取られて、些事まで気が回っていない証拠だ。


 だから、言わなかった。


 勘違いしてくれているのなら、そのままで。

 本当に不都合が生じるなら、その時に話せばいい。


 その時には既に手遅れになっているかもしれない。

 そんな最悪のケースは、必死に押し殺すことにして。




 裏切者は私が突き止める。

 そして、聖夜様には気付かれることなく始末する。

 事後報告で良い。

 例えその結果、聖夜様に恨まれて、殺されることになったとしても。




 そう決意を固めながら。

 表面上は何でも無いように装って。


「ごめんなさい。正直、私もまだ動転していて……」


 取り繕うように。

 聖夜へと、そう答えた。







「アマチカミアキが姿を見せたのは……、俺が交易都市クルリアに向かう為に別行動を取ったからだろうな」


 お色直しにトイレへ向かうエマを見送りながら、そう呟く。


《……ねえ、マスター》


「分かってるさ。最悪だよ」


 アマチカミアキがいきなり姿を見せたことには驚いたが、問題なのはそこではない。エマの前に姿を見せる事が出来た、という事が問題なのだ。


「情報は筒抜けか。俺たちの近くに情報を流している奴がいるか、もしくは……」


 あり得ない事だとは思いたいが、『ユグドラシル』側に遡りの記憶を保持している奴がいる。


《相手側が遡りの記憶を持っている可能性は低いと思うわ。だって、持っているならエマちゃんの前に姿を見せる必要なんて無かったわけでしょう?》


「俺たちが遡りの記憶を保持しているか否か。それを確かめることで、今後の流れを変えようとしているのかもしれないぞ」


《でも、『脚本家(ブックメイカー)』は今回のルートで解決させる気なんでしょう? アマチカミアキに遡りの記憶があったら、何をしても結果は変わらないわよ?》


「……そこなんだよな」


 そういった理由でしか、アマチカミアキが遡りの記憶を保持している可能性を否定出来ない。エマがアマチカミアキとどのような会話をしたのかが気になるが、ああ言った手前、無理強いして聞くわけにもいかない。それに、エマが俺に言わないようにした理由も分かる。


「アマチカミアキに遡りの記憶が無いとすれば……、内通者がいることが確定、か」


 それも、相当近いところにいる。俺たちの班のスケジュールを把握しているわけだし、俺が別行動を取った事も知られているんだからな。まあ、後者については、待ち伏せしていたアマチカミアキが直接確認した可能性も無くは無いが。それでも、俺が何の目的で別行動を取ったのかは知らないわけだから、直ぐに戻ってくる可能性も考慮しなくてはならない。そう考えれば、やはりリアルタイムで動向をチェックしている奴が近くにいると考えた方が無難か。


《……動揺、してないの?》


 躊躇いがちにウリウムが聞いてくる。


「してるさ。めちゃくちゃしてる。内通者が舞や可憐って可能性もゼロじゃない。そう考えると泣きたくなるよ。ただ、可憐や美麗さん、それから咲夜(さくや)の可能性は低いと思うんだよな」


《どうして?》


「実験棟で見た手記を見る限りでは、姫百合は『ユグドラシル』の被害者だった」


 なにせ、可憐や咲夜は幻血(げんけつ)魔法の貴重な実験体として誘拐されそうになっていたんだからな。それで護衛の人たちまで候補から外れるわけでは無いが。


《なら、花園が最有力になっちゃうじゃない》


 そういうことになるな。


《もし舞ちゃんも関与していたらどうするのよ……》


「ん? そうだったら、殴ってでも止めるさ」


 簡単な話だ。

 そう思っていたのだが、ウリウムから絶句しているような気配を感じた。


「どうした」


《い、いや……。思っていたよりワイルドだなぁって》


 何だよ、それ。

 笑いながら、自分の頬に手を触れる。


 思い出すなぁ。

 まだウリウムと出会う前。

 選抜試験でうだうだ悩んでいた頃の事。


「それが、可憐や咲夜……、そして、舞。あいつらへの、『友達としての』俺の答え、だからな」


《何それ、どういうこと?》


「さてな」


 丁度、そのタイミングで、舞たちがT・メイカーブースから出てきた。最初に俺を見て、次いで辺りを見回し始めた美月へ声を掛ける。


「エマはトイレだ」


「聖夜、デリカシー」


 舞からの返しに、「悪い悪い」と答えた。

 その様子に、美月が苦笑しながらも頷く。


「本当に調子悪かったのね……」と呟く舞をしり目に、美月に小声で話しかけた。


「色々と苦労を掛けてすまない。今夜、全て説明する」


「……うん、分かった」


 視線を感じた。

 そちらへ目を向けると、可憐が思っていたよりも近くで、無表情で立っていた。


「どうした?」


「いえ……、何でもありません」


 可憐はそれだけ答えると、舞のもとへと行ってしまった。


「どうしたの? 聖夜君」


「いや……」


 美月からの質問に、上手く答えられない。

 妙な違和感だけが胸中に残ってしまった。

 次回の更新予定日は、8月12日(月)です。


 聖夜は手記の内容を勘違いしたままですので、こういった考えになっています。これは特に意味の無い蛇足です。理解出来なくても、何ら問題はありません。

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