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テレポーター  作者: SoLa
第10章 真・修学旅行編〈上〉
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第10話 交易都市クルリア ④

 お待たせしました。




 2体の絡繰人形のコンビネーションは実に優れたものだった。互いが上手くこちら側の死角に潜り込めるように動いてくる。しかし、こちらには『自我持ちインテリジェンス・アイテム』のウリウムがいる。俺の死角に潜り込んだ敵の攻撃は、全てウリウムが防いでくれるから問題は無い。


 それにしても、人形内部に秘められた魔力容量は凄まじいものがある。平凡な魔法使いよりは明らかに上だろう。これを諸行無常1人が全て準備したのであれば、相当な難敵であるのは間違いない。


 茂みに潜り、敵をかく乱しながら木々の隙間を抜けていく。


 撤退とは言われていたが、俺は縁先輩との合流を優先していた。縁先輩には前回ルートの説明をしていたが、それはあくまで大まかな話のみだ。敵の詳細な能力までは話し切れていない。だからこそ、絡繰人形の自爆攻撃という手段に対応できなかったのだろう。


 それにラズビー・ボレリアが巻き込まれて死亡したのだとすれば、それは縁先輩の失敗ではない。俺の失態だ。もっとも、あの状況下で敵の能力の詳細まで説明出来たのかと問われると、否と答える他は無い。蔵屋敷先輩が民家の警戒をしていたあの僅かな時間で、接触した敵とその能力の詳細まで全てを説明し切れたとは思えないからだ。


 草木の焼け焦げた匂いが鼻につく。やがて、開けた場所へと辿り着いた。勿論、自然に草木が開けた場所ではない。爆発によって一面が吹き飛んだ場所だ。想像していたよりも爆発の被害が小さい。これは縁先輩が障壁魔法によって被害を抑えた結果なのだろう。ラズビー・ボレリアはその内側で爆発に巻き込まれ、欠片も残らなかったか?


「撤退と伝えたはずだぞ!」


 縁先輩が叫ぶ。


 そこには蔵屋敷先輩もいた。縁先輩に4体、蔵屋敷先輩に3体、計7体の絡繰人形が縦横無尽に駆け回り、2人を狙っている。あくまで迎撃に徹しているところを見ると、縁先輩は人形使い(ドール・マスター)の存在は知っていたが、自爆攻撃まで有している事は知らなかったと考えるべきか。


 見れば、爆発によって吹き飛んだ場所の先には崩れた塀があり、更にその先には件の民家の姿までが良く確認できる。これで警告に出てきた奴らがあそこにいたら最悪だな。既にその可能性は薄いと考えてやってきたわけだが。ただどちらにせよ、縁先輩たちを見殺しにするなんてことは出来そうには無かった。


 俺はポケットからシャープペンシルの芯が入ったケースを取り出す。蓋を開け、中の芯を手のひらへと出していく。直後、俺を追っていた2体の絡繰人形が、俺の背後から姿を見せた。魔法剣を握る腕を振り上げる絡繰人形の関節へ、『神の書き換え作業術(リライト)』を用いて芯を打ち込む。


 通常なら、人形の関節へシャープペンシルの芯を潜り込ませたところで、あまり意味はなさない。芯に耐久値が無いからだ。しかし、そこに俺の無系統魔法が混ざると話は変わる。


 俺の無系統魔法は、事象の書き換え。


 絡繰人形の関節に張り巡らされている魔法回路より、潜り込ませたシャープペンシルの芯の方が優先される。転移させたシャープペンシルの芯は、絡繰人形の関節の中へとあった物だと事象は書き換えられ、魔法回路は断線する。


 前回ルートを経験しているからこそ思い付いた、こいつらへの対処法だ。


 振り上げられた魔法剣は宙を舞い、腕は力なく垂れ下がった。絡繰人形が動きを止め、追従してきたもう1体と派手にぶつかった。その隙に、2体の四肢へと次々にシャープペンシルの芯を打ち込んで戦闘力を失くしていく。


 絡まった2体は、俺の足元へと転がった。


「中条さん、その魔法は……!?」


 声のした蔵屋敷先輩の方へと視線を向けつつ、追加でケースを取り出し、芯を次々と手のひらへと乗せていく。この数だと、ストックは全部使いきってしまうかもしれない。


 そう思いながら、縁先輩や蔵屋敷先輩の迎撃で一瞬動作が止まった絡繰人形から順番に、身体の関節へと次々に芯を打ち込んだ。


「中条君、それだけでは駄目だ! こいつらは――」


 そう縁先輩が警告を発した時だった。


 ここに集う全ての絡繰人形から異様なまでに魔力が膨れ上がる。俺が四肢の自由を奪って浮遊する事しか出来なくなった絡繰人形だけではない。まだ戦闘能力を十分に有する絡繰人形も含めた全てだ。どうやら俺の魔法を目の当たりにして、これ以上はやっても無駄だと判断したのだろう。


 縁先輩がなぜ無系統魔法を使用しないのかは疑問だが、そちらの方が都合が良い。俺はここにいる9体全ての絡繰人形を対象として指定し、その全てに『神の書き換え作業(リライト)』を発現した。座標の書き換え先は、遥か上空――――、ではない。


 縁先輩と蔵屋敷先輩、そして俺を指定して『神の書き換え作業術(リライト)』を発現する。凄まじい爆発音と同時に、俺たちは民家から更に離れた場所へと転移した。それでも、崩落音や僅かに熱風も飛んでくる。


「……何をしたんだい、中条君」


「俺の無系統魔法です。結論だけ言うと、絡繰人形はあの民家の中で自爆しました」


 副ギルド長ラズビー・ボレリアが『ユグドラシル』との密会で使っていた以上、あの民家に無関係の人間はいないはずだ。むしろ『ユグドラシル』側の誰かがいて、一緒に巻き込まれてしまえとすら思う。更にそれが蟒蛇雀であれば言うことは無い。


「……変わったね、君」


「あの地獄を経験すれば、多かれ少なかれ人は変わりますよ」


「かもね」


 俺の言葉に、縁先輩は苦笑しつつも同意した。


「少なくとも、あの民家にはラズビー・ボレリアと接触した構成員が残っていたはずだ。絡繰人形は、俺に反応するまでは起動していなかったようだからね。だからこそ、鈴音の探知魔法をすり抜けていたわけだけど」


 なるほど。

 起動していない状態だったから、あくまでそこにある物として捉えられていたと。


「とにかく、移動しようか。追っ手が来られると面倒だ」


 縁先輩の言葉に従い、その場を後にする。

 気配を消して、木々の間を抜けていく。


「情報を引き出すことは考えなくてよかったのですか?」


 蔵屋敷先輩の質問には、俺では無く縁先輩が答えた。


「簡単に口を割るような奴をここへ送ってはこないさ。それに、あの場所には天上天下がいたかもしれないんだろう? どちらにせよ、民家に近付く予定は無かったんだ。これで良かったのさ」


 は?


「ちょっと待ってください。天上天下がいたかもしれない?」


 生い茂る木々を抜けて住宅街へと戻ってきた。


「確証は無いんだけどね。ただ、以前に鈴音が実験棟で天上天下と接触した際にそれらしいことを言われただけだよ」


 だけだよ、って。

 知らない間に凄い綱渡りをしていたのか。


 今になって冷や汗が出てきたぞ。


 だからこそ、縁先輩は俺にここで確かめろと言ったわけだ。警告にある奴がいれば撤退しろとも。道理で撤退の指示に従わなかった俺に対して、らしくない口調で咎めてきたわけだ。先に言ってくれよと思わなくもないが、この件で一番危険な役目を果たしたのは縁先輩だ。これでは文句も言いにくい。


「縁先輩はなぜ無系統魔法を使用しなかったのですか? 貴方の無系統魔法なら、絡繰人形の自爆攻撃も防げたはずだ」


 そうしていれば、あれほど目立つような事にはならずに済んだ。絡繰人形と戦闘することになった時点で今更かもしれないが。


「君、俺の無系統を何でも無力化出来る最強魔法と勘違いしていないかい?」


 呆れたように縁先輩は言う。


「エンブレムを賭けていた時に、ある程度まで君は絡繰りに辿り着けたと思っていたんだけどね。俺が消せるのはあくまで魔力や魔法によって生じる現象だけ。敵の保有する魔力そのものを消せるわけじゃない」


 そうか。


 自爆攻撃事態を防げば、絡繰人形本体も生き残る事になる。つまり、絡繰人形は再び自爆攻撃を仕掛けられる。それを縁先輩が再度無系統を使用して防いだところで結果は同じ事だ。自爆攻撃の際に膨れ上がったあの膨大な魔力全てを消し飛ばせればいいが、自爆攻撃のトリガーとなる魔力がそれとは違う微々たるものであるとするならば、膨大な魔力そのものは残ってしまう。


 絡繰人形が何体いるか分からない以上、どちらが先にガス欠になるのかを試すのは非常に危険な賭けだ。俺の無系統魔法と同じように、魔力容量以外で限界を迎えてしまう場合だってあるかもしれない。


 俺が納得した事を理解したのだろう。

 縁先輩は頷いた。


「それで、君はどうする。俺たちは紫たちと合流する予定だけど」


「俺も舞たちのところへ戻ります」


 ラズビー・ボレリアが死んだ。

 今後に与える影響について、エマと話し合いたい。


 後悔が今更になって込み上げてきた。勿論、これまでの俺に何かが出来たわけではない。あの時、ピンポイントで諸行無常の情報を縁先輩に流すことなど出来なかっただろう。縁先輩が絡繰人形の自爆攻撃を知らなかったこと自体も分からなかったし、そもそもここで絡繰人形と戦闘になることも想定していなかった。


 だからこそ、これはある意味で当然の帰結。『脚本家(ブックメイカー)』の思い描いたシナリオから外れたと思いたくはない。


「ラズビー・ボレリアの死を確認しなくていいのかい?」


「爆発に巻き込まれて四散したであろう男の死亡を、どうやって確認しろと?」


「俺が嘘を吐いている可能性は考えなくていいのかい?」


「縁先輩、もうお互いを試すのは止めにしませんか」


 俺の言葉に、縁先輩が立ち止まる。


「前回ルートで、貴方は俺を命懸けで庇ってくれました。俺は今回の件に関して、貴方が俺に不利となるような嘘を吐くとは思えません」


 近くで蔵屋敷先輩が「前回ルート?」と首を傾げているが、どうせ後から縁先輩に説明してもらうのだから放っておこう。


「何か進展、もしくは気付いたことがあれば連絡をください。こちらもそうします。それとは別に白銀色と赤銅色の件については、結果がどうなろうとも情報はお伝えしますので。では」


 一方的にそれだけ告げて、俺はその場を後にすることにした。







「どういうことですの?」


「うん、色々と込み入った話になるんだよね。とりあえず沙耶ちゃんに連絡だけして、どこかに入ろうか。諸行無常との小競り合いで介入が無かった時点で、おそらくあの民家に天上天下はいなかったんだろうけど……。念のためにいくつか細工をしておこう」







《思ったより呆気なかったわね》


「ラズビー・ボレリアが死亡したからな。そうでなければもっと時間は掛かっていた」


 情報が引き出せようが引き出せまいが、ギルドに身柄を引き渡す必要があったからな。縁先輩が紫会長の近くから離れたくない以上、ギルド本部がある中央都市リスティルまで縁先輩が赴いてくれるとは思えない。もっとも、戦闘がこんなにも呆気なく終わった事は俺にとっても意外だった。あの絡繰人形が初見では無かったことも大きかったのだろう。


《正直、手応えが無さすぎて未来が変わったのか不安だわ》


「……それは俺もだよ。これでまた手掛かりはゼロになった」


 この交易都市クルリアの一件から、次の行動に繋がる何かが見つかることを期待していたというのに。やはりラズビー・ボレリアを死なせてしまったのは失敗だったのか?


 そこまで考えたところで、ふと思う。


 人が1人死んだのに、驚くほど動揺していない自分がいる。どちらかと言えば、ラズビー・ボレリアが死んだことよりも、その死によって生じるであろう今後の影響に興味を持っている。そのことに少し驚いた。


 前回ルートの地獄を見て、感覚が麻痺しているのか。

 死体をこの目で見なかったからか。

 それとも、俺が直接手を下したわけではないからか。


 いや、最後のは違うか。

 俺は、自爆寸前だった絡繰人形を民家へと転移させた。


 人がいるかもしれない、と分かった上で爆弾を民家へと放り込んだのだ。蟒蛇雀が巻き込まれてしまえばいいと、本気でそう思いながら転移させた。


《そう言えば、人形を民家に転移させて爆発させていたけど、あれは最初から狙っていたことなの?》


 丁度考えていたことをウリウムから指摘された。


「いや、あの時の咄嗟の判断だよ。自爆攻撃のために絡繰人形の魔力が膨れ上がって、それに気付いて座標を指定しようとして……、遥か上空に指定する寸前に変えたんだ。どうせ近づけないなら、いっそのこと爆弾をくれてやるってな」


 ラズビー・ボレリアの死因となった1体目の爆発で援軍が来なかった以上、応援に来れるだけの実力を持った奴らはいないと判断していた。警告に出ていた奴らがいたなら、まず間違いなく出てきていただろう。


《……ふぅん。なら『脚本家(ブックメイカー)』は、マスターがそう考えるようにあの警告を出したのかしら》


「どうだろうな。あの警告文が無かったとしても、民家へ転移させようとした可能性はある。跳ばして爆破させた後に、民家を調べないようにさせたかったのかもしれないし」


 瓦礫の山となった民家に向かって、巻き込まれた『ユグドラシル』側の構成員を確認している最中に、騒ぎを聞きつけてきた魔法聖騎士団と鉢合わせたら面倒な事になる。もしくは民家から離れていた『ユグドラシル』側の実力者たちが戻ってくる、とか。それが警告にあった接触を禁じられている奴らだったなら最悪だ。


《……つまり、何も分からないということね》


「そういうことになる。ラズビー・ボレリアの死と、民家の破壊。この2つが今後の展開に良い方へと影響することを願おう」


 俺としては、ラズビー・ボレリアの死よりも民家の中にいたかもしれない『ユグドラシル』側の構成員。そいつが仮に死亡していたのだとすれば、そちらの方が大きな影響を及ぼすような気がするけどな。どちらにせよ、それはここでは確かめようが無い。クルリアの奥地にある廃れた民家には近付くなという警告は、今も生きているのだから。


 人を殺してしまったかもしれない。

 しかも、事故などでは無くそうなることを踏まえた上で俺は無系統魔法を使った。


 確かに、自爆攻撃そのものは俺の魔法ではない。しかし、その魔法を民家へと誘導したのは俺だ。無系統魔法を使わなければ、俺や縁先輩、そして蔵屋敷先輩は死んでいたかもしれない。だが、それを転移させる場所に民家を指定したのは明確なる俺の意思だ。


 にも拘わらず、俺の心は何ら罪悪感を抱いてはいなかった。

 もっと動揺するかと思っていたのに。


「心が壊れたか、麻痺しているのか……」


 前者なら救いようが無い。

 後者なら、全てが終わった後に気が狂うかもな。


《何か言った? マスター》


「いや、何も言ってないよ」


 幸いにして今の呟きは、ウリウムに届かなかったようだ。ウリウムは人では無いし、こうした話をしたところでどんな回答が返って来るかは未知数だ。そもそも、何を求めて今の持て余している感情を吐き出すと言うのか。


 ふと、師匠から言われた言葉を思い出した。

 もう遥か昔に感じてしまうほど前の、文化祭の時の言葉だ。




 これから私たち『黄金色の旋律』は、天地神明率いる『ユグドラシル』との全面戦争に入る。言っておくけど喧嘩じゃない、殺し合いよ。その戦争の舞台に、貴方は無関係なこの学園を選ぶっての?




 あの時は動転していて、その言葉の意味が正確に理解出来ていなかったのだろう。


 でも、今なら分かる。

 その言葉の意味が。

 その言葉の重さが。


 戦争。

 殺し合い。


 他者の命を奪うこと。

 自分の手で、人を殺すこと。

 

 しかし、重要なのは人を殺したという結果ではない。

 その対象を殺したことで、今後の自分たちにどのような影響が及ぶのかだ。


 命を奪ったことへの善悪を議論するのではない。

 命を奪ったことで及ぼされる影響への良し悪しを議論するのだ。


 上等じゃないか。


 やらなきゃやられるのだ。

 こっちを殺そうとしている連中だ。

 抵抗して何が悪い。


 人を殺すことは悪だと決めつけて手を拱いて。

 その結果として仲間を見殺しにすることになるなら。




 結局は、そいつは仲間を殺しているのと一緒だ。




 そこまで考えて。

 思う。


 もう俺の心は、歪み始めているのかな、と。この変化を覚悟の問題だと、そう簡単には割り切れそうに無かった。

 次回の更新予定日は、8月5日(月)です。

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