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テレポーター  作者: SoLa
第10章 真・修学旅行編〈上〉
345/432

第9話 武闘都市ホルン ⑤ / 交易都市クルリア ③

 お待たせしました。





「壮観ね」


「大きいですね」


 エルトクリア大闘技場を前にして、舞や可憐はそんな言葉を交わしていた。


 七属性の守護者杯の開催期間外ということもあり、エルトクリア大闘技場の周辺はそこまで混雑していなかった。周囲の広場で展開されているはずの出店は、そのほとんどが営業していない。外壁から垂れ下がっていた守護者杯の垂れ幕もなく、大型モニターは沈黙を保っている。エルトクリア大闘技場の出入り口もシャッターが下ろされていた。


「この後は殿堂館で良いんだよね?」


「ええ、うまく聖夜様に会話が向かないように誘導して頂戴」


 小声で話しかけてきた美月へ、エマはそう返す。その後ろには、面倒臭そうに欠伸をする振りをした、ウリウム特製の分身魔法の姿があった。舞や可憐から直接話しかけられることが無いように、2人からは一定の距離を保ちつつも、すぐにフォロー出来るようにエマの近くにいるようにしている。


 聖夜が体験した前回ルートでも、エルトクリア大闘技場の見学後に殿堂館へと赴いている。そこで『トランプ』の一角であるクランベリー・ハートと偶然出会った、とエマは聖夜から聞いていた。もし会うことがあれば「別件で席を外している」と説明するようにとも。


 が、実際のところどう対応すれば良いかエマは決めかねていた。


 クランベリー・ハートは王族護衛の任務に就く、いわば権力者に近い存在である。そういった存在にはあまり情報を与えないよう、聖夜は『脚本家(ブックメイカー)』から忠告を受けていた。権力者に近い存在という表現が、どのくらいの地位にいる人間を対象にしているのかは不明だ。『脚本家(ブックメイカー)』の意図が読めない以上、不用意に情報を与えるのは得策では無い。特に、与えなくて済むような状況ならなおさらだ。


 聖夜の分身魔法は便利なものだが、様々な制約を強いられている。だからこそ、エマや美月が神経を尖らせてフォローに回っているわけだ。出来ることなら、聖夜が分身魔法を使えることすら伏せておきたい。しかし、直接相対してしまえばクランベリー・ハートは気付くかもしれない。アルティア・エースは気付かなかったようだが、だからクランベリー・ハートも大丈夫とは断言出来ない。例え「かもしれない」であったとしても、可能性が僅かでもあるなら接触させるべきでは無い。


 聖夜とクランベリー・ハートの接触が本当に偶然だったかどうか、エマには分からない。ただ、今回のルートではここまでの間にT・メイカーの個人展を挟んでいる。そのため、殿堂館へ着く時間は前回ルートよりも遅くなっているはずだ。


 それで上手く回避出来れば良い。

 しかし、クランベリー・ハートが狙って動いていた場合は意味を成さなくなる。


 エマの本音を言えば、殿堂館へ行くことを取りやめてしまうのが一番良い。しかし、その理由が説明できない。加えて、ここで行動を変えてしまえば、今後にどのような影響を及ぼすのかも分からない。殿堂館へ向かわなかったせいで、修正不能なルートへと突入してしまう可能性だったゼロでは無いのだ。


 覚悟を決めるしかない。

 殿堂館へ向かわないという選択肢は無いのだから。


 エマがその考えに至った時だった。


「大丈夫? 貴方、さっきから上の空になっていることが多いみたいだけど」


「っ、ええ、大丈夫よ」


 気がつけば、舞の顔が目の前にあった。


 ここまで接近に気が付けないのは、エマにとって久しぶりのことだった。だからこそ、理解してしまう。自分がどれだけ無防備な状態を曝け出していたのかを。


「本当にぃ? 調子が悪いなら素直に言いなさいよ? T・メイカーのグッズを見ている時も本調子じゃなさそうだったし……。いつもの貴方ならもっと買っていたでしょうに」


 舞の視線がエマの手に向けられる。


 そこには、ホルン大通りで展開されていた露店などで購入したT・メイカーグッズが入った袋が握られていた。舞の指摘している通り、エマが買った量は少ない。それもそのはずで、エマにはそんなことに意識を割ける余裕が無かったのだ。ぶら下げている袋に入っているグッズも、心の底から欲しくて買ったわけじゃ無い。舞たちと話を合わせるために、いつも通りの自分を演じるために、その場の空気に合わせて買っていただけだ。


 だからこそ、今この袋の中にあるグッズにどのような物があるかを全て答えろと聞かれても、エマは答えられないだろう。


「あまりピンと来る物が無くてね。殿堂館にある公式の限定グッズに期待しているの」


 だから、そう答える他無かった。


 きっと聖夜から前回ルートの話を聞かされていなければ、非公式だろうが何だろうが手当たり次第に買い漁っていただろうことは、エマ自身容易に想像がつくことだ。それが分かっていてなお、そのようには振る舞えなかった。上手く平静を装おうとしても出来なかったのだ。


 聖夜からあれだけの話を聞いて。

 どれだけの危険が迫っているのかも承知の上で。


 それでもなお、聖夜と別行動をせざるを得なくなっている状況に、エマは動揺していたのだ。


 そして、そこへ止めを刺すようにして現れたアマチカミアキ。

 エマの心理状態は、結果として平常とは程遠いものとなっていた。


 それこそ、容易に舞に勘付かれる程度には。


「なら良いけど」


 そう言って舞はエマから離れる。


 ちょうどこれから向かう殿堂館の話になった可憐と美月の元へと近付き、舞もその話に加わった。本当なら、エマもそこへ加わるべきなのだろう。青藍魔法学園で修学旅行の計画を班で練っていた時のエマなら、真っ先に食いついていた話題だ。それでも、エマは舞たちの元へと向かい、その話題に加わることが出来なかった。


 不甲斐ない。


 そう思い。

 歯を食いしばって。


 エマは、無意識に、自らのお下げへと手を伸ばした。


 そして。

 思い至った。


 その疑問に。






 どうしてアマチカミアキは、()()()()()()をマリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラだと見抜けたのか。






「……ぇ」


 言葉にならない声が口から漏れたことに、エマは気付けない。


 呼吸が乱れる。

 焦点が定まらなくなる。

 じわりと汗がにじむ。


 歩いていた足がもつれて転びそうになるが、それは寸前のところで耐えることが出来た。ふらついた身体がウリウムの分身魔法とぶつかる。反射で謝罪の言葉を口にしたが、それすら今のエマは気付けていないだろう。


 エマの思考が、急速に回転を始める。


 現在のエマは、ガルガンテッラ一族の遺伝である紫の髪では無い。黒く染めた上で、髪型も変えている。仲の良かった者が至近距離で見ればマリーゴールドだと分かるかもしれないが、アマチカミアキとエマはそんな仲ではない。ここは、人通りの激しいホルン大通りだ。初見で見極めるのは困難であるに違いない。


 それに、今のエマは青藍魔法学園の制服を着ている。


 確かに、マリーゴールドとT・メイカーがあのアギルメスタ杯で接触したことは、今や世界が認識していることだ。T・メイカー(イコール)中条聖夜という認識に至っているであろう『ユグドラシル』ならば、エマが聖夜の通う青藍魔法学園に身を寄せたと考えても不思議では無い。


 しかし、そこまでだ。


 青藍魔法学園は防護結界によって固く守られている。以前は不審者の侵入を許したこともあったようだが、それ以降は更に強固となったセキュリティによって守られていると聞いている。


 ならば。

 アマチカミアキは。




 エマの変装内容をどうやって知った?

 御堂縁が魔法世界入りしている情報をどこで掴んだ?

 聖夜たちの班のスケジュールをどこで得た?




 芋づる式に疑惑が溢れ出る。


 黒髪お下げとなったエマの情報を、いつどこで『ユグドラシル』側は入手出来るというのか。髪を染め、髪型を変えたのは青藍魔法学園に通うことになってからだ。エマが変装しているという情報を外へ流すメリットは無い。それは学園側も分かっていることだ。情報を流すくらいなら、そもそも変装などしていない。


 この容姿で学園の外に出たのは、この修学旅行が初めて。学園から出た時からずっと尾行が付いていたのなら、変装しているという情報が『ユグドラシル』側に流れても不思議では無い。しかし、そのためには花園と姫百合の護衛に気付かれることなくそれを実行する必要がある。それは不可能に近い。そんなことが出来るくらいなら、とうに美月はその者の手によって暗殺されているだろう。


 御堂縁が『ユグドラシル』側に、己の不利となる情報を易々と提供するとも思えない。エマ自身は縁のことが好きではないが、その一方で有能な駒であることも認めている。聖夜へ今回の遡りの一件を縁に打ち明けるよう勧めたのもエマだ。御堂紫の身に危険が及ぶような状況を、縁が容認するはずもない。


 縁が『ユグドラシル』から離反し、追われる身となっていることはエマも知っている。だからこそ、縁は徹底的に情報を隠したはずだ。行動を共にしている蔵屋敷鈴音は、名門である浅草に身を置いている。浅草の権力を使えば、かなりのところまで情報を秘匿することが出来るはずだった。


「まさか……、いえ、でも」


 意味の無い言葉が口を突いて出る。


 青藍魔法学園が修学旅行でこの魔法世界エルトクリアへ訪れることは、前々から計画されていたことだ。フライトだってあらかじめ抑えられていた。全体の行動を予測することは可能だろう。しかし、特定の班の情報をこうも簡単に入手することは出来るのか。そもそも、聖夜の所属する班には舞や可憐がいる。日本が抱える最大戦力の次期後継者候補だ。外部からその情報を入手するには、更に困難なものとなるのは間違いない。


 現在、花園家と姫百合家の護衛がエマたちの周囲には展開している。距離を空けての護衛である為、視界に入ることは滅多に無かったが、外から意識して見れば舞や可憐の護衛はいる。しかし、それで護衛対象の居場所が簡単に筒抜けとなるようなヘマを『五光』の護衛がするとは思えない。


 そう。

 思えないのだ。


 これらの情報は、決して外からでは入手出来ない。


 にも拘わらず、アマチカミアキは知っていた。

 知らなければ、あのような行動は取れなかった。


 エマが変装していたのを見破れたのも。

 御堂縁の魔法世界入りを知っていたのも。

 そもそもエマをあの場所で待ち伏せすることが出来たのも。




 全て。

 アマチカミアキは知っていたから。




 それならば。

 アマチカミアキは、その情報をどこから得ていたのか。


 そこでふと思い起こされる言葉があった。

 先程接触したアマチカミアキの言っていた言葉だ。




 第一護衛と戦闘メイド筆頭の目を盗んで抜け出すなら、無音白色の力を借りるという選択肢は間違っていなかったと思うよ。




 あの時は動揺してしまい、引っかかることが出来なかった。


 しかし、冷静になって考えてみればあの言い方はおかしい。あれでは、花園と姫百合の護衛が聖夜にとって敵だと言わんばかりだ。いや、それは意識して考え過ぎているからそう聞こえるだけかもしれない。エマはそう思い直す。だが、一度そう考えてしまうともう抜け出せない。少なくともアマチカミアキは、聖夜が護衛に相談して抜け出す可能性を、最初から除外しているかのようにエマには思えてきた。


 そこで。


「……ちょっと待って」


 エマは、そもそもの問題に気付いた。


 違う。

 そもそも問題なのはそこではない。


 エマの足が止まる。

 全身の震えが止まらなくなる。











 聖夜が護衛に相談しないのは、『脚本家(ブックメイカー)』の警告があるからなのに。











 エマの背筋に悪寒が走る。


 気付いてしまったのだ。

 最悪の可能性に。


「まさか……、あるというの?」


 アマチカミアキにも。











 遡りの記憶が。











 聖夜が『脚本家(ブックメイカー)』から警告を受けたのは、遡り前のエルトクリア大図書館とエマは聞いている。そして、遡りの話を聞いているのは現段階でエマのみ。つまりは、どこからも情報が漏れる要素は無い。


 それを知っているということは。


「……違う。そんなわけないじゃない」


 最悪の可能性を思考から振り払うように、エマは頭を振った。


 確かに、アマチカミアキに遡りの記憶があると考えれば、一連の行動全てに説明が出来てしまう。ただ、そうなるといよいよ手が付けられない。会談についてこちらよりも既に様々な情報を持っているアマチカミアキに、遡りの記憶まで保持されてしまえば、もはや何をやろうが無駄だ。『脚本家(ブックメイカー)』が聖夜に記憶を保持させて遡らせた以上、何かしらの突破口が無ければおかしい。


 更に、アマチカミアキがエマの前に姿を見せた理由にも説明が付かなくなる。


 アマチカミアキがエマの前に姿を見せた理由。それはおそらく、エマの勧誘のためではない。確かめたかったのだ。聖夜が別行動をとった理由を。何の前情報も無ければ班行動を続けていたであろう聖夜が、護衛の仕事を投げ出してまでその場を離れたその理由を。


 そう考えれば、もう1つの可能性が浮上する。




 それはつまり、内部に裏切者がいる可能性だ。




 裏切者がいると仮定するならば、かなり近いところにいることになる。エマ達の行動をリアルタイムで追っていなければ、聖夜が別行動をとったことには気付けなかっただろうし、そもそもあの場所で待ち伏せすることも出来なかっただろう。舞や可憐はもちろん、第一護衛である鷹津祥吾や戦闘メイド筆頭の大橋理緒、それからその下についている花園家の護衛や姫百合家の戦闘メイドたちも対象だ。


 逆に現当主である剛や美麗の単独での裏切りの線は薄くなった。外界と魔法世界の通信は、王立エルトクリア魔法学習院の理事長室などにある専用の機械を用いなければ不可能だ。アマチカミアキがリアルタイムで動向を追っていた以上、剛や美麗が魔法世界入りでもしていない限り情報のやり取りは出来ない。勿論、裏切者が単独犯であるという保証は無いため、剛や美麗を容疑から外すことも出来ないが。


 アマチカミアキは、班のスケジュールを踏まえて待ち伏せをしており、聖夜が別行動をしたことも把握した上で、エマの変装を見抜いて接触をしてきている。遡りの記憶があるという最悪のケースを除けば、もはや内部に裏切者がいる他は無い。


 そもそも、本当に遡りの記憶を保持しているのなら、エマ達に遡りの記憶があるかどうかなど確かめる必要は無いのだ。記憶通りに対処して、リナリーを始末してしまえばいい。『脚本家(ブックメイカー)』が聖夜に与えた警告まで熟知しているのなら、初日にリナリーと接触出来ない事も知っているはずなのだから。


 にも拘らずエマに接触してきたのは、やはりアマチカミアキに遡りの記憶は無いから。しかし、遡りの魔法の存在は知っており、その魔法を使用されると『ユグドラシル』側に不利益が生じる可能性があると考えている。一応の辻褄は通る。


 現状、エマの推測するアマチカミアキの行動理由はこうだ。




 アマチカミアキは、『脚本家(ブックメイカー)』の存在を知っている。

 アマチカミアキは、『脚本家(ブックメイカー)』の扱う遡りの魔法を知っている。

 アマチカミアキは、遡りの魔法が発現されると、自らの計画に支障をきたすと確信している。

 アマチカミアキは、聖夜が遡りの魔法を受けたのか確かめに来た。

 アマチカミアキは、それを隠すために、敢えて勧誘や裏切者の存在を匂わせることでかく乱を図った。




「……最悪ね」


 未来の情報を握っているという優位性も、相手側がそれを考慮に入れた上で行動されれば薄れてしまう。少なくとも、聖夜が縁と結託して交易都市クルリアへ向かったことはアマチカミアキに見抜かれている。現段階では、まだ接触すらしていないラズビー・ボレリアの名前を出されたことからも、それは明白だ。


 エマの止まっていた足が、ゆっくりと動き始めた。


 花園や姫百合の中に裏切者がいる。それも、エマ達の行動をリアルタイムでアマチカミアキへと報告できる立場にいる。しかし、その中に裏切者がいることが、エマ達にとっての最善のケースだ。


 最悪なのは、アマチカミアキが遡りの記憶を保持しているケースなのだから。


「……聖夜様。『脚本家(ブックメイカー)』は本当に、今回のルートで解決出来ると考えていたのですか?」


 最悪なパターンを考えれば考える程に救いが見えない。最善のケースこそが今まで最悪のケースだと考えていたものだったのだから、それもある意味で当然だ。突破出来るビジョンが浮かばない。今この瞬間のエマの葛藤すら、アマチカミアキの掌の上で弄ばれているような錯覚すら覚えてしまう。


 それも錯覚などではなく、事実なのかもしれない。

 エマはそう思った。


 なぜなら、本来ならアマチカミアキは、こうしてエマに悟らせるような真似をする必要など無かったからだ。自分たちの陣営に裏切者がいるかもしれないという疑惑を、エマに抱かせる必要などない。エマが疑えば、裏切者は暗躍しにくくなる。かく乱のためと言えども、もっと上手い方法をアマチカミアキは取れたに違いない。


 遊ばれている。

 間違いなく。


 誰が敵で誰が味方か。

 エマ達に不和が生じることへ、面白みを感じているとでも言うのか。


 苛立ちすら覚え、エマは思わず歯を喰いしばった。


 その時、視線を感じた。

 エマは、そちらへと目を向ける。


 そこには。

 無表情でエマを見つめる舞がいた。


 見つめ合ったのは、一瞬のこと。


 可憐や美月との会話の間に生じた、僅かな間で視線を向けただけだったのかもしれない。現にエマは一度立ち止まり、班から少し遅れていた。結局、何か言葉を交わすこともなく、舞はすぐにエマから視線を外し、可憐や美月との会話に戻った。


 ただ。

 その表情が妙に脳裏へとこびり付いて。

 しばらくの間、エマの中から消えてくれなかった。







 先行した縁先輩の後を、時間を空けて追いかける。


 蔵屋敷先輩からの情報では、廃れた民家から出てきた反応は1つだけ。その反応がラズビー・ボレリアである保証は無い。蔵屋敷先輩の監視がバレていて迎撃に出てきた可能性もある。最悪なのは、『脚本家(ブックメイカー)』の警告に出てきた接触を禁じられている構成員かつ、その構成員が縁先輩よりも高い戦力を有していた場合だ。そうなったら、俺は――。


 歩を進めながら頭を振る。


《マスター、あまり悪いイメージで思考を固めちゃダメ。色々な可能性を想定しておくことは大事だけどね。悪いことばかり考えていたら、いざという時に咄嗟の判断が鈍るわよ》


「……ああ、すまん」


 ウリウムからの助言は有難く頂戴し、ポケットに仕舞い込んだクリアカードに触れた。


 先行した縁先輩より、合図が届くことになっている。

 接触が禁じられている構成員がいればコールは1回、いなければ2回だ。


 住宅街から伸びる細い道は、いつの間にか舗装されていない獣道へと変わっていた。鬱蒼と生い茂る草木、湿り気を帯びた匂いが鼻につく。道は直線ではなく、ぐねぐねとしたカーブを描いていた。見通しが悪いこの環境が、果たして吉と出るのか凶と出るのか。なだらかな登り坂をゆっくりと進む。


 縁先輩に追いつかないよう、更に速度を下げた。

 後ろを振り返れば、既に舗装されていた道は見えなくなっている。


 このあたりで止まっておくべきか?


 ぐねぐねとしたカーブのせいで民家はまだ見えないが、直線距離で言えばそう遠くは無いはずだ。身体強化魔法を使って強引に突破すればすぐだろう。あまり近づきすぎてしまえば、せっかく先に様子を見に行ってくれている縁先輩の好意が無駄になってしまう。


 ……。

 体感としては、それから1分も経っていない。


 最小限に絞った音量で、クリアカードが鳴る。

 コール数は……、2回!!


「行くぞ!」


 地面を蹴ろうとして――。


《マスター!!》


 ウリウムの声に収束しかけていた魔力が霧散する。

 同時に、感知した。


 これまで全く気配を感じていなかったにも拘わらず、すぐ真横から膨大な魔力を感じ取る。迷うことなくそちらへ視線を向けた。


 茂みの奥に、人影があった。

 しかし、それは人ではない。


「こいつは……」


 漆黒のローブに身を包んだそれには見覚えがあった。深く被ったフードの奥には、パイナップルのような形をした輪郭が顔を覗かせている。眼の部分はくり抜かれて、ガラス玉のようなものが埋め込まれていた。


 その不気味な人形の口元が、オモチャのようにカタカタと音を鳴らす。


『中条聖夜。なぜ、貴様がここにいる。いや……、余計な問答は無用か』


《マスター!! 伏せて!!》


 ウリウムの金切り声が鼓膜に届く。背後に気配を感じて屈んだ俺の頭上を、銀色の煌きが走った。ウリウムの発現した『水の球(ウォルタ)』が襲撃者へと殺到する。それらを手にした魔法剣で弾き返した襲撃者は、ふわりと浮かんで俺から距離を置いた。


 その襲撃者も――。


諸行無常(ショギョウムジョウ)の絡繰人形……、か」


 直接紹介されたわけではない。だが、前回ルートの縁先輩の言葉から判断する限り、間違いないだろう。『ユグドラシル』側に高レベルの人形使い(ドールマスター)が複数いるなら話が変わってくるが。


『ふん……、何を他人の屋敷の周辺でコソコソとしているかと思えば……。しかし、残念だったな』


「何が」と言いかけたところで、爆音が轟いた。同時にクリアカードが鳴り響く。2体の絡繰人形からは目を離さないように注意しながら着信ボタンをタッチした。


『中条君、撤退だ。ラズビー・ボレリアが殺された』


 今の爆音が原因か。


 この絡繰人形とは、前回ルートで何度も戦闘を重ねている。最後の悪あがきのようにしてされる自爆攻撃は、初見ではかなり焦った記憶がある。嫌がらせにしては殺傷能力が高過ぎるからな。


 それにしたって殺害までの決断が早い。『ユグドラシル』側にとって、副ギルド長という肩書きはその程度のものだったということか。ここでラズビー・ボレリアが死ぬことは、未来にどう影響するんだ? 情報源としては期待できない存在であろうことは、前回ルートの縁先輩の言葉で理解している。しかし、死んでしまうともう修正が効かないぞ。


『撤退だと? 逃がすわけないだろう』


 2体の絡繰人形が同時に襲い掛かって来た。

 次回の更新予定日は、7月29日(月)です。

 これ以降は、週一に戻る予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 9章後半から怒涛の展開で面白すぎる 伏線とか誰が敵なのかとか当時の感想欄で考察してる人の書き込み読みながらだと面白さ増し増しになりますね
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