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テレポーター  作者: SoLa
第10章 真・修学旅行編〈上〉
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第6話 武闘都市ホルン ②




 甘い、と。

 踵を返したエマはそう思った。


 エマの問いに対して、聖夜は言った。

 あいつらの性格なら、きっと協力してくれると思う、と。


 そうではない。

 エマが聞きたかったことは、そうではないのだ。


 聖夜からの話では、かの『脚本家(ブックメイカー)』から受けた警告の1つに、『花園剛と姫百合美麗へ救援要請を出すな』という文言があったという。それはすなわち、そのどちらかに裏切者がいるか、もしくは情報が漏えいするほどの杜撰な統制しかとれていないことを意味する。どちらともシロだが、救援要請を出すことで壊滅的な被害を受けるという可能性も無いわけではない。ただ、そういった意味合いでの警告なら剛と美麗だけに固定する意味が分からない。 


 情報漏えいの問題ならば、確かに聖夜の班の間で秘密を守りさえすれば問題は無い。しかし、裏切者がいると仮定するのならばそうも言ってはいられない。なぜなら、裏切者が剛や美麗本人である保証が無いからだ。


 それぞれの名家当主である剛と美麗は日本にいる。何か問題が生じたタイミングで救援要請を出したところで、本人たちが直接手助けすることは出来ない。間に合うわけが無いからだ。そうなると、指示を受けた祥吾や理緒が率いる護衛たちが動くことになる。指示を受けるということは、情報が与えられるということ。その中に裏切者がいるならば、結局は『ユグドラシル』側へ伝わることになる。


 エマが何を問題視しているのか。


 日本最大戦力『五光』の内部に裏切者がいること?

 違う。


 花園や姫百合の護衛に裏切者がいるかもしれないこと?

 違う。






 舞や可憐は裏切者ではない。

 そう断言できる要素がどこにもないことである。






 警告が剛や美麗に固定されている理由を、エマは本人もしくはその2人に近しい存在のいずれかに裏切り者がいるからだと考えていた。剛や美麗が直接指示を出すほどの事態になれば、愛娘である2人にも情報が与えられる可能性は高い。花園や姫百合がもっとも安全を確保しなければいけないのはこの2人だからだ。聖夜から伝え聞いた『脚本家(ブックメイカー)』の警告だけでは、2人の危険性を除外できない。無論、第一護衛や戦闘メイド筆頭も候補からは外すわけにはいかないが。


 果たして聖夜は、本当にこのことに気付いていないのだろうか。


 エマは歩を進めながら頭を振る。

 分かっていたことだった。


 聖夜が甘いのは。

 非情になり切れないことは。


 日本魔法開発特別実験棟の一件で、それは十分に分かっていたことだ。だから、汚れ役は自分が担うしかない。エマはそう考えていた。


 幸い、今日のホルン大通りは休日ほどではないにしてもかなりの混雑だ。これなら喋らなくても、喧騒で聞こえないと判断してボディランゲージに頼ったと判断してくれるだろう。殿堂館に入ったら舞や可憐はすぐにT・メイカーのブースへ向かわせ、聖夜は乗り気ではないからと別行動させれば問題は無い。


 しかし、それら全てをエマ1人でこなすのは難しい。

 どれだけ手を回したところで運の要素も強くなってしまうだろう。


 だから、協力者が必要だ。

 エマは目の前にある首根っこを掴む。


「くえっ」


「美月、ちょっと協力して頂戴」







《うまく抜け出せたわね》


「そうだな」


 屋根伝いに武闘都市ホルンの上空を駆ける。

 念のためにローブと仮面を鞄の中にねじ込んでいて助かった。


 時間は掛けていられない。班員全員で協力したところでバレる時はバレるだろう。


 もっとも、勝算が無いわけでは無い。帰りは『神の上書き作業術(オーバーライト)』で一発だから、分身魔法をトイレにでも行かせれば一瞬で戻って来れる。戦闘においてもそこまで派手にやるとは思っていない。副ギルド長ラズビー・ボレリアに戦闘力は無い、もしくはあっても微々たるものであることは前回ルートで証明されている。これは、エマが単身でギルド本部に乗り込み、無傷の状態でラズビー・ボレリアを引き摺って来ていたことからも間違いないだろう。


 問題は『ユグドラシル』の主戦力の面々たちだ。そもそも警告で接触を禁じられている面々がいるなら、戦闘は回避するしかない。その辺りはこれから合流する縁先輩に聞けばいい。しかし、そうはならないだろうという確信もある。


 わざわざ『脚本家(ブックメイカー)』がこの日に遡らせたのだ。警告文故に手出しのできない事態にはならないだろう。それなら遡りをさせた意味が無い。そういう事態になるということは、つまりは改変すべきイベントはこれでは無かったという証明になる。


《それにしても……、なんでズレたのかしらね》


 ウリウムの呟きに、思わず頷いてしまう。


 ウリウムの発したズレたという言葉は、交易都市クルリアで『ユグドラシル』の構成員と副ギルド長ラズビー・ボレリアが密会していた日付のことだろう。


「分からない。正直、考えるには色々と情報が足りなていないと思う」


《そうかもしれないけどさ。でも、前回ルート明確に違う点が生じたのは問題じゃない? マスターが前回と行動を変えなければ、今回も同じルートになっていたんでしょう? なら、前回と違う点が生じたのはマスターの行動が間違いなく起因しているはずよ》


 ……。


 確かに。

 そう言われてみればそうだ。


脚本家(ブックメイカー)』の話によると、遡りで記憶を保持しているのは俺とウリウムだけ。それは既にエマや舞、可憐、美月といった面々と接することで証明されている。実際は『脚本家(ブックメイカー)』や今井修も記憶を保持しているのだろうが、警告文からエルトクリア大図書館には近付けないため、戦力としてカウントすることは出来ない。


 そうなると、前回と今回で違うルートになっているのだとすれば、それは俺が起こした行動が原因であることに他ならない。なぜなら、放っておけば他の人間は意識せず前回と同じルートを辿るはずだからだ。


 前回との相違点がある以上、それは俺が起こした何らかのアクションが原因となっている。ウリウムの言っていることは正しい。まだ情報が足りていないから、と思考を放棄するのは間違っている。


「考えてみるか」


 なぜ、前回と違うルートに入ったのかを。

 幸いにして、交易都市クルリアに到着するまでは、まだ時間がある。


《マスター以外にも記憶を保持しているニンゲンがいて、そのニンゲンの影響による相違点、という考えは一度除外して考えた方が良いかもね》


「そうだな」


 それを考え出すとキリが無くなる。

 というより、それこそ情報が足りていなくて八方ふさがりのまま終わってしまうだろう。


 それから。


「『脚本家(ブックメイカー)』による直接的な事情改変という線も捨てておこう」


《りょーかい》


 そうしないとどうしようもないからな。というより、そんなことが出来るならわざわざこんな回りくどい真似をしなくても、『脚本家(ブックメイカー)』の思いのまま操ってしまえばいいのだ。そもそもこの線は無いものとして考えた方が良さそうだ。


《マスターが違う行動を取ったのは……。栞ちゃんに声を掛けたこと、エマちゃんに事情を説明したこと、仮面とローブを自分で回収したこと、ホルン大通りで個人展に立ち寄ったこと、かな》


「合ってる」


 現状で別行動をしていることもそうだが、これは既に相違点が生まれた後だからな。関係無いだろう。


《1つずつ考えてみよっか。栞ちゃんに話したことが影響したと思う?》


「……いや」


 少し考えてから否定する。


「今後、影響力は強くなるだろうが現状では違うと思う。何せ、あいつはまだ魔法世界に入れていないはずだ。アオバ行きのフライトの本数は少ないからな。魔法世界の外からこちらへ通信する手段は限られているし、その手段を栞は取れない。そもそも師匠に接触するなと伝えているし、あいつが真っ先に連絡をしてくるのは俺だ」


 その連絡が無いと言うことはそういうことだ。


《エマちゃんに話したことも違うわよね。こんなに早く影響を及ぼすとは考えにくいし》


 首肯する。


 そもそも、エマと俺はそれほど目立った行動を取っているわけではない。駅のロッカーに立ち寄ったことも、個人展に立ち寄ったこともそう。その行動が紫会長たちの修学旅行ルートを変えたとも考えにくい。


《でもねぇ……。そう考えると、残りの2つも関係無いって思わない?》


 ウリウムも同じ結論に至ったのか、そんなことを言った。

 結局、何も分からないという結果になってしまう。


「それじゃ駄目なんだよ。何で前回ルートから逸れたのか。それは知っておく必要があると思う」


 ウリウムに指摘されて考えてみたが、やはりそう思うようになった。


 失敗は許されないのだ。何か違う点があるなら、しっかりとその理由を明確にしておきたい。何が良かったのか、何が駄目だったのか。それが分からないと、最後の最後で後悔する。そんな気がするのだ。


《……なら、少し考え方を変えてみたり?》


「例えば?」


 俺の問いに、暫しの沈黙。

 何にも考えてなかったな、と思った頃にウリウムが言った。


《そもそも相違点なんて無くて、ただの勘違いだった、とか?》


 何だよそれ。

 語尾が疑問形の時点でお前自身がまったくそんなこと考えていないだろう。


「勘違いで済むような相違点じゃないんだぞ。あの縁先輩が紫会長から距離を置いているって時点で怪しいんだ。荒事になるかもしれない、電話では話せないって言っていたんだし、勘違いなんかじゃないと思う」


 これでまったく関係ない事案だったらぶん殴っても許されるはずだ。縁先輩だって、俺が舞や可憐の護衛役になっているのは知っているんだし。余程の理由がない限り、あいつらから俺を引き剥がすような真似はしないだろう。


《うーん、そっちじゃなくて。ほら、2日目じゃなくて、そもそも1日目に起こっていた事件だった、とか》


「それもどうなんだ? ギルド本部でウリウムも聞いていただろう? 縁先輩は確かに『昨日』って、言っ、て、た――」


 あれ。

 何だ、この違和感。


《どしたの? マスター》


 ……。


《マスター?》


「悪い、ちょっと待ってくれ」


 落ち着け。

 落ち着いて考えろ。


 大丈夫だ。

 時間はある。


 今の違和感をもう一度探り当てろ。


 ギルド本部。

 赤銅色の騒ぎを鎮静化させて、俺はシルベスターとチルリルローラと共に御意見番の部屋へと通された。そこにやってきた縁先輩から、修学旅行2日目に交易都市クリルアで副ギルド長が暗躍していたという話を聞いたんだ。


 いや、待て。

 縁先輩は2日目と言ったか?


 思い出せ。

 思い出すんだ。


 もう一度。

 縁先輩は、何と言っていた?




 昨日、交易都市クルリアを散策中に『ユグドラシル』の構成員を見つけた。




 ……。


 言ってない。

 言ってないぞ。


 そうだよ。

 縁先輩は、昨日と言ったんだ。


 間違いない。


《マ、マスター? 呼吸が荒いけど大丈夫?》


 会話をしたのはいつだ。

 修学旅行3日目だ。


 そう。

 もう日付は変わっていたんだ。

 だから俺は、昨日という表現を修学旅行2日目のことだと考えた。


 しかし。

 それがもし。

 違っていたとしたら。


 縁先輩が2日目の夜の延長線上だと捉えて、昨日という言葉を口にしたのだとしたら。


 その昨日が指し示す日は。

 修学旅行1日目だ。






 つまりは。


 今日だ。






「……変わってなんか、いなかった」


《え?》


「変わってなんかいなかったんだ!!」


 思わず叫ぶ。

 足は止めない。


 早く。

 一刻も早く。

 クルリアへ向かわなければいけない。


《ど、どういうこと?》


「お手柄だぞウリウム! お前のおかげだ。変わってなんかいなかった。副ギルド長ラズビー・ボレリアは、今日動いている!!」


《ちょっと待ってよ! あたしにも分かるように説明して!! ずるい!!》


 口早に俺の結論とそこに至るまでの過程を説明する。全て聞き終わった後のウリウムは、関心というよりは呆れ混じりの口調でこう言った。


《なに、それ。つまりはマスターの勘違いだったってこと?》


 やかましいわ。

 その通りであるだけに、言い返せない。


 上がり切ったテンションが、目に見えて下がるようだった。


《ニンゲンって本当にややこしいイキモノよね。言葉1つとってみても、受け取る相手でこんな差が出るなんて》


「そう言わないでくれ。こういうのは、よくあることなんだよ」


 例えば、深夜に友人と電話している時に「もうこんな時間か。じゃあ、また明日な。いや、今日か」なんて笑い合ったことは無いだろうか。これはそういうことだ。0時に日付が切り替わったことを知っていたとしても、こういうやり取りはある。「今日」と言い直さなくても、「また明日な」でも伝わってしまう。日付を跨いだ深夜帯が、人間にとって一番日付が曖昧となるのだ。


《そんな持論を振りかざして自分を正当化しようとしないで》


「ごめんなさい」


 凍てついたウリウムの言葉に、素直に頭を下げた。


《とりあえず、何かの陰謀が働いたわけでも複雑な因果が絡み合って生じた異変でも無く、ただただ単純にマスターのふざけた勘違いだと言うことは良く理解できたわ》


「辛辣過ぎない?」


 悪意すら感じる言葉責めだよ?


《でも、やることは決まったわね》


「ああ、そうだな」


 頷く。


 そう。

 なぜこの日に『脚本家(ブックメイカー)』が俺を遡らせたのか。


 それが分かったかもしれないのだ。


「変えるぞ、ウリウム。未来を」


《もちろん》







 聖夜の形をした分身魔法がエマの隣を歩く。


 美月という協力者を得たエマは、舞と可憐に聖夜の入れ替わりを悟られることなく大闘技場へと足を進めていた。ホルン大通りはたくさんの人で溢れ返っており、会話らしい会話も出来ない事が一役買っていることは間違いない。


 しかし、それ以上に美月の立ち振る舞いが見事だった。舞や可憐が寄りたい店を発見すれば、聖夜に声を掛けられる前にさり気なく美月が対応し、聖夜に声を掛ける時は頷いたり片手を挙げるだけで済むようにしている。これはエマの期待以上の成果である。


 これなら、遡りの秘密を打ち明けても良いかもしれない。


 エマは考えを改め直していた。戦力という一点を見ればまるで役に立たない。それはエマだって聖夜にだって言えることだ。しかし、今回の一件は戦いだけが全てではない。相談できる相手が増えることは望ましいし、協力者を増やせるのも大きい。協力者が多ければ、取れる選択肢も増えるだろう。


 聖夜様が戻ってきたら相談しよう、と。

 エマがそう思った時だった。


 ――――思わず、立ち止まる。


 ウリウムが操作する分身魔法は、隣を歩くエマが立ち止まったことに気付かなかった。それは、舞や可憐の一挙手一投足を追っている美月も同じで、T・メイカーグッズに目を輝かせる舞も、苦笑しながらそれに追従する可憐も同様だった。


 4人は雑踏の中、先へ先へと進んでいく。

 エマは呼び止めなかった。


 否。

 呼び止めることが出来なかった。


 心臓が早鐘を打つ。

 全身に鳥肌が立つ。

 呼吸が規則性を失い乱れ狂う。


 視線を顔ごと横に向けた。


 立ち止まるエマに、舌打ちをしながら避ける女がいた。

 立ち止まるエマに、わざとらしく肩をぶつけて立ち去る男がいた。


 全て二の次だ。


 行き交う人混みで途切れ途切れとなる視線の先に。

 何気ない日常の一コマへ溶け込むようにして。


 いた。


 エマが。

 その名を呼ぶ。






「――――、アマチ、カミアキ」






 黒髪の男は。

 文庫本に落としていた視線を上げて。


 笑った。

 次回の更新予定日は、6月24日(月)もしくは7月1日(月)です。

 6月24日に更新が無ければ、更新は7月1日だと判断してください。

 ごめんよ(/ω\)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白くて一気に読んでしまいました、この繰り返しでのセイヤの心境がとてもわかって面白いです!、そして今まで味方だと思っていた人が敵かも、それがどう関わっていくかが楽しみです
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