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テレポーター  作者: SoLa
第10章 真・修学旅行編〈上〉
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第5話 武闘都市ホルン ①




 武闘都市ホルンにやってきた。


 ホルン大通りという名の駅で下車する。この駅から一直線に伸びるのがホルン大通りであり、その大通りの先にあるのがエルトクリア大闘技場だ。「妙に懐かしい感じがするな~」と呟く美月に「そうだな」と答えつつ、俺もホームに降りる。


 次の選択肢だ。


 この大通りにいるであろう盲目の男。

 その男と接触するべきか否か。


 前回ルートでの仮説が正しければ、ここで出会う盲目の男は『無音白色(むおんはくしょく)暗殺者(あんさつしゃ)』というグループの一員であり、俺のことをT・メイカーだと特定する。そしてギルドにT・メイカーを発見したと持ちかけ、T・メイカー捕縛クエストが出されるわけだ。


 なぜT・メイカーを捕縛したかったのかは謎のままだ。黄金色を敵視していて「潰してやるよ!」とかだったら撃退してやればいいわけだが余計な手間となる。「俺たちのグループに入れよ!」とかに繋がるのならより面倒くさい。ここには中条聖夜として来ているわけだし、信用も出来ないグループの面々に中条聖夜とT・メイカーの関連性に気付かれるのも問題だ。大前提として、舞たちを放り出して無音白色について行くのもまずい。


 そうなると回避が得策か。

 エマに視線を向けてみれば、エマは顔を顰めながら首を横に振った。


 情報が少ない。

 何が正解かは分からない。


 先ほど、クィーン・ガルルガによる王城への招待に応じる否かでは、既存のイベントをクリアしないことで生じるデメリットを恐れて応じる側に傾いた。しかし、今回の大規模クエストについては、個人的に邪魔でしかないと思っている。大規模クエストさえなければ、王城への招集も早い時間で向かえるし、その分早く解放されるなら絶対にこちらの方が良い。


 何より、あまり時間を掛け過ぎると栞への頼み事が無意味になってしまう可能性もある。


 不確定要素が多すぎる。

 しかし、ここは勇気を出す場面か。


 ギルドの御意見番、イザベラとやらの言葉を信じるのなら、ギルドが大規模クエストを出すことに対して口を挟まなかったのは、副ギルド長ラズビー・ボレリアと繋がっている『ユグドラシル』を炙り出す為だった。ラズビー・ボレリアと繋がっている『ユグドラシル』なら、2日目の交易都市クルリアで行動を起こせば何らかの情報は得られる。


 それに、だ。

 俺はこれまで『脚本家(ブックメイカー)』が俺を修学旅行初日に遡らせたのは、初日に前回とは違う別のイベントを発生させるためだったのではないかと考えていた。


 しかし、こんな逆の発想はないだろうか。


 初日にすべきことは新たなイベントを発生させることではなく、もともと発生させてしまっていた邪魔なイベントを回避することなのではないか、と。


 それなら説明はつく。


 わざわざ修学旅行初日に遡らせた理由も。

 前回のルートでは何の違和感も持つことが無かった理由も。


 遡らせる対象に、俺を選んだ理由も。


 ……。

 いらない。


 修学旅行初日。

 T・メイカー捕縛を目的とした大規模クエストは。




 ――――必要無い。




 エマに視線を向ける。

 声には出さず「回避」と口パクで告げた。


 エマが頷く。


「聖夜君、聖夜君! 見て見て!!」


 エマとそんなやり取りをしていたら、どこからかカラー刷りされたパンフレットを持ってきた美月が、俺の眼前へと突き出してきた。それを見ると、それはこれから向かう目的地の1つである殿堂館のパンフレットだった。


 あーはいはい。

 T・メイカーね。


 そいつ、予定では今回のルートでは活躍しないからね。

 絶対に朝刊一面記事は飾らせないから。


「やっぱり一番の目玉みたいね」


「未だに人気が衰えていないのは流石ですね」


 美月の持ってきたパンフレットに群がった舞と可憐が好き勝手なことを言う。エマも時折混じって入るが、前回ルートのような狂いっぷりが無い。やはり、真面目モードのエマは一味違うよなぁ。ずっとこの状態でいてくれたら……。


 七属性の守護者杯の開催期間中ではないとはいえ、それなりに人はいる。この時間帯になれば観光目的の者が大多数なのだろうが、それでも多い。クリアカードを改札機にタッチして通る。


 そこで紙とペンを手渡された。


「署名活動にご協力ください」


 そんなことを英語で言われる。


「あ?」


 見知らぬ人から渡された書面に目を通してみれば、まずタイトルに『T・メイカー復活を強く望む』と英語で書かれていた。


 ……出たよ。

 うんざりしていると、視界の端でサラサラとサインする舞や可憐の姿があった。その近くではエマに翻訳してもらった美月がうんうんと頷いている。


 隣で舞が書いたサインを見ると、やはり本名ではなく偽名だった。住所を書く欄も無く、氏名のみで良いなら、偽名でも書いた方が角が立たない。


 仕方が無い。


 舞に倣って手渡されていた書面にサインする。礼を言ってくる男に軽く答え、その場から離れた。可憐や、美月、エマもすぐにやってくる。


「署名活動までするとはご苦労なことだな」


「あはは、本当に有名人だね~」


 明るく笑う美月に何と返していいか分からず、思わず苦笑いになった。そんな調子でホルン大通り駅の外へと出る。


 相変わらずいい天気だ。

 太陽の光が眩しい。


 ギルドによる大規模クエストを起こさない方向で考えるのなら、遥か先に見えるエルトクリア大闘技場へと繋がるこのホルン大通りを直進することは避けなければならない。


「舞、可憐、美月。ちょっと待ってもらえるかしら」


 勇み足で大通りへと繰り出そうとする3人をエマが止める。手元で操作していたクリアカードを3人へと見せながらエマは続けた。


「実はホテルで調べていたのだけれど、大通りから1つ外れたところにT・メイカー様のファンが個人的に開いている写真展があるの。良ければそちらに行ってみない?」


 エマのクリアカードにはその写真展とやらのホームページが表示されていた。興味を示す3人へ「個人展だからそこまでクオリティは求められないけれど、面白いものは見れるかもしれないわ。プロが扱う殿堂館の後だとインパクトに欠けるでしょうから、行くなら先の方がいいかと思って」とエマは言う。


「へぇ、面白そうね」


「私は賛成です」


「いいじゃん!」


 順に舞、可憐、そして美月である。

 エマは笑みを浮かべながら俺の方へと向く。


「聖夜様もそれでよろしいでしょうか」


「よし行こうすぐ行こう」と言いたくなる気持ちを必死に押し殺し、「……好きにしろよ」と嫌そうな雰囲気を作りつつそう返した。俺たちは大通りから外れ、エマのナビのもと、その個人展へと足を向ける。


 何なんだよ、エマの奴。

 有能過ぎかよ。


《……エマちゃんに話しておいて良かったわね》


 まったくだ。

 ウリウムの言葉に、思わず頷いてしまった。







 ホルン大通りから外れた道をしばらく歩いていると、目的の場所に辿り着いた。エマが個人展と言っていただけに、民家の1階をそのまま展示場に仕立て上げたようだ。手作りの看板が良い味を出している。


 中での護衛をエマに任せ、俺は1人外で待つことにさせてもらった。本来なら護衛の仕事を引き受けた身として一緒に中へと入るべきだったのだが、どうしても頭を整理する時間が欲しかったのだ。中だと舞たちに話しかけられて頭の整理どころではなくなってしまうと考えたためだ。正直、自分の黒歴史を前にして冷静になれる奴なんていないだろう。


 祥吾さん達には行き先の変更は告げてある。本来のルートであるホルン大通りから1つ外れるだけだし、向こうの警備も特に支障はないと言ってくれた。不信感を抱かれる要素も無いし、問題は無いだろう。


「さて……」


 これでうまくホルン大通りを避けてエルトクリア大闘技場と殿堂館を回ることが出来れば、恐らく今日の大規模クエストは発生しなくなるはずだ。


 ここまでは順調。

 ……のはずだ。


 問題があるとすれば……。


「クランと会えないかもしれないんだよなぁ……」


 塀に背中を預けながらそう呟く。


 前回のルートでは、殿堂館のT・メイカーのブースでたまたまオフだったクランと鉢合わせるのだ。しかし、今回は殿堂館に辿り着くまでの道筋を変更しており、前回は見学していない個人展へ足を運んでいる。ホルン大通りで消化するはずだった時間とは異なっているため、クランと会えるかどうかは分からなくなってしまった。


《全部を同じにしちゃったら、前回の二の舞になるだけだし、仕方の無い事でしょう?》


「……それはそうなんだけどな」


 ウリウムに答えつつ、目を瞑り上を向く。


 思い返されるのは、前回の記憶。

 クランは『トランプ』の中でも俺の味方になってくれると断言できる奴だった。戦力的な意味合いだけではなく、前回のルートでのことも考えるとまた会っておきたいと思ってしまうのだ。会ったところでお礼なんて言えないんだけど。それでも……。


 懐から、着信音。


 思考の海へと深く潜り込んでいた意識が浮上する。周囲を軽く見渡しながらクリアカードを取り出した。相手方の名前を見て、ホログラムシステムがオフになっていることを確認し、思わずもう一度周囲を確認してから通話ボタンを押す。


『中条君かい?』


「はい、そうです。縁先輩」


 まさかこのタイミングで電話してくるとは思わなかった。周囲に人はいないし、舞たちも個人展の中だから都合が良いのは間違いない。しかし、なぜ。前回は無かった……、いや、俺の方から連絡を入れていたからか。


『悪いね。野暮用でクリアカードの電源を落としていたからさ。何か用事だったんだろう?』


「はい、出来れば会って話したいことがありまして……」


 向こう側がどういった状況かも分からないし、電話でするべきことでもないだろう。ただそうなると、いつ、どこで会って話すのかということになる。俺は花園と姫百合との契約上、舞たちのところから離れるわけにはいかない。それは(ゆかり)会長の護衛役を担っている縁先輩も同様だ。


『ん……、そうだね。構わないよ、どこへ行けばいいかな』


 そう考えていただけに、縁先輩のこの回答は予想外だった。


「いいんですか? 紫会長の傍から離れない方が良いのでは?」


『ああ、うん。実は今、紫たちとは別行動をしているんだよ。そちらは沙耶(さや)ちゃんに任せていてね。とは言え、なるべく同じ都市から離れたくないから、クルリア周辺にしてもらえると嬉しいんだけど』


 珍しい。

 というより意外だ。

 紫会長より優先すべきことでもあったということか?


 ……、いや、ちょっと待て。


『中条君?』


「縁先輩、今、どこにいるっていいました?」


『クルリアだけど? 交易都市クルリアだよ』


 ……。

 クリアカードを下げ、音声があちらへ届かないように注意しながら、口元を左腕へ近付けて問う。


「どう思う?」


《奇遇ね。あたしも同じところで引っかかってるわ》


 打てば響くような速度で返答があった。


 ギルドランクS『赤銅色の誓約』との騒動を終えて、ギルド本部へと顔を出したあの日。日付はとっくに跨いでおり、修学旅行3日目はどれだけ寝不足で過ごすんだと文句の1つでも吐き出したかったあの日の夜だ。御意見番の部屋で縁先輩は言っていた。『昨日、交易都市クルリアを散策中に「ユグドラシル」の構成員を見つけた』と。


 散策中という表現から、紫会長たちの修学旅行2日目について行った結果、たまたま尻尾を掴んだと考えていたのだが違ったのか? 連日、同じ場所を散策するとも考えにくい。何か理由があったのだろうか。交易都市というくらいだから、珍しい商品は数多く存在するはずだ。何かお目当ての物があって、諦めきれずに2日目も散策した、という可能性も無くはないが……。


《未来が変わったとか?》


 可能性は否定できない。

 しかし、肯定するのも難しい。


 なにせ、紫会長たちの行動が変わるようなことをしたつもりが無いからだ。栞には声を掛けたし、クランに任せず自分でロッカーから荷物は回収した。今も、捕縛クエストを発生させないために違う道順で大闘技場と殿堂館を目指している。だが、それらが紫会長たちの行動を変える要素になるか?


『中条君?』


 クリアカードから、こちらを呼ぶ声がする。

 急に押し黙ったのだから、向こうが訝しむのは当然だ。


 どうするか。

 そこでふと、あの時の言葉を思い出した。




『君がその時にクルリアにいてくれたら、話は変わっていたんだけど』と。




 瞬間、閃いた。


 成功するかは分からない。

 だが、このままうやむやにして通話を切るのは惜しい。


 試してみるか。


「こちらに合わせてくれるのは嬉しいのですが、野暮用は済んだのですか?」


『あー、うん。それなんだけどね……。ちょっと俺だけではどうしようもないから、どうしたものかと思っていてさ。君が今、クルリアの近くにいるのなら、会うついでに協力してもらおうかと』


《マスター、これって》


 そうだな。

 心の中で同意する。


 通話中のクリアカードを操作する。

 メール画面を開き、エマ宛に文章を打ち込んでいく。


「なるほど、俺でよければ協力しますよ。どんな内容ですか?」


『それも含めて、会ってからかな。ちょっと電話で話す内容では無くてね。もしかすると荒事になるかもしれないんだけど……、大丈夫かい?』


 荒事。

 その言葉に、内心でほくそ笑む。


 見つけた。

 見つけたぞ。


 こんなにも早く糸口を見つけられるとは思わなかった。


 前回ルートでは全て終わってから知らされた。クルリアに行きはしたが、白銀色と無音白色の乱闘騒ぎに巻き込まれることを嫌って、すぐに引き返したからだ。


 しかし縁先輩のこの表現なら、今回はまだ過去形ではない。なぜ日付がズレたのか。その疑問は残るが、千載一遇のチャンスであることには変わりない。


「問題ありません。念のため、黄金色のローブも持ってきていますので。こちらには替え玉を置いてそちらに向かいます。待ち合わせ場所を決めましょう」


 縁先輩へそう返しながら、打ち込み終わった文面を読み直す。

 問題が無い事を確認してから送信した。


『予定変更。無音白色と接触する。なるべく早く出てきてくれ』







 個人展から出てきたエマ達を引き連れて、ホルン大通りへと戻る。ひとつ脇道へ逸れるだけで随分と通行人の数が変わるものだ。ひっそりとしていた路地裏とは打って変わって、大通りの人混みは相変わらずである。


 T・メイカーの非公式グッズを扱う露店へ突撃した舞たちを眺めつつ、傍から離れないエマへ問いかけた。


「お前は行かなくていいのか?」


「行こうとすればお止めになるのでは? 説明を要求します」


 エマには前回ルートで発生した捕縛クエストの詳細も話してある。一度は必要無いと切り捨てたのにも拘わらず、こうして考えを改めたことから何か理由があってのことだと察しているのだろう。


「ちょっと別行動をとりたい」


 俺の一言に、エマの目が細められる。


「まずは話を聞いてくれ。状況が変わったんだ。縁先輩から連絡が来た。今はクルリアにいるようで、手を貸して欲しいらしい」


 クルリアという都市の名前に、エマの眉が吊り上がった。


「それは2日目の出来事のはずでは?」


「俺もそう思ったんだが、どうにもきな臭い。これまで何の糸口も見つけられなかったんだ。これを逃したくはない」


「仰りたいことは理解しました。それで、単独行動をしたい理由と無音白色に接触する理由をお聞かせくださいますか」


 冷淡なエマの問いかけに頷く。


「今、俺たちの周囲は花園と姫百合の護衛が展開している。しかし、『脚本家(ブックメイカー)』の警告を信じるなら、俺が離れる理由を護衛には話したくはない」


「だから、わざと騒ぎを起こしてそちらに集中させたいと?」


 首肯する。


「今から接触しようとしている盲目の男は、俺をT・メイカーだと断定した後に連れと合流する。そこへ理緒さんが割り込んで戦闘になるんだ。その戦闘には祥吾さんも加わる。前回ルートで祥吾さんから聞いていることだから、それは間違いない」


 厄介な幻血属性持ちが相手側にいて逃走を許した、とも話していた。護衛の大半はそちらに割かれているはずだ。仮にそこまでの人数が割かれていなかったとしても、祥吾さんと理緒さんの2人を別件に割けるのは大きい。


 交易都市クルリアでの一件を本当にここで片付けられるのなら、ここで逃す手は無い。無音白色とは接触したくなかったが、やむを得ないだろう。無音白色から始まるギルドの捕縛クエストを回避するか、それとも前回ルートでは携わらなかった交易都市クルリアの一件に介入するか。どちらか二択なら後者を選ぶ。


 まだ、縁先輩からの電話が交易都市クルリアで暗躍していたという副ギルド長ラズビー・ボレリアと繋がっているかは不明だ。しかし、ここは賭けに出てみてもいいだろう。勝算は高いと思っている。


「なるほど。それで、単独行動をしたいという理由は?」


「この後、殿堂館で祥吾さんから連絡が来る」


 さっきの話はそこでされるのだ。


「ここにはウリウムの分身魔法を残していく。だが、分身魔法は喋れないんだ。祥吾さんからの連絡は俺が取る。その時、エマのクリアカードはウリウムが創り出した分身魔法に持たせておいてくれ」


「通話している振りをする、と」


「その通り。エマには、その他のフォローも頼みたい。前回ルートと時間がズレているからどうなるかは分からないが、殿堂館ではクランと接触する可能性もある。もし会ったら別件で席を外しているとでも伝えてくれ」


 エマがため息を吐いた。


「美月たちにはどう説明するのです?」


「師匠に呼ばれた、とでも言っておいてくれ。祥吾さん達に迷惑を掛けたくないから替え玉を残した。余計な心配をさせたくないから、この話は内緒で。そんな感じで頼むよ。あいつらの性格なら、きっと協力してくれると思う」


 エマがわざとらしくもう一度ため息を吐く。

 ジト目で睨みつけられた。


「……残される私の心情、理解出来てます?」


「極力危ないことはしない。約束する」


「極力、なんですね」


「ゼロでは無いだろうからな」


 縁先輩の野暮用が、俺の本当に思っている通りのことであるなら。エマもそれは分かっているのだろう。そして、ここで2人とも抜け出せる代案が無いからこそ、強く否定してこない。手を打たなければ、この先にどれだけ酷い惨劇が待っているのかを知っているからだ。


「……分かりました。ですが、戦力が必要だと判断すればすぐに連絡をください」


「俺だって死にたくはないんだ。なりふり構っていられなくなったら、そうさせてもらうさ」


 エマはジト目のまま三度目のため息を吐いた。


「手遅れになる前にお願いします。それで、もう手順はお考えで?」


「まずは無音白色に接触する。あとは向こうが勝手に動いてくれるから、その間にうまく抜け出すよ。あと、お前にはこれを預けておく」


 エマへ1円玉を手渡す。


「これは?」


「『神の上書き作業術(オーバーライト)』の媒体だ。帰りはそれで戻ってくる。エマのクリアカードに連絡するから、なるべく分身から離れないようにしてくれ」


「分かりました」 


 言いたいことはまだまだたくさんあるのだろう。それでも、全てを飲み込んでエマは俺から離れた。クリアカードを俺へ預けて、舞たちのもとへ。


 視線を向ける。


 人混みを抜けた先にいる。

 記憶通りに。


 店の壁にもたれ掛かるようにして、1人の男が座っていた。

 黒髪を短く刈り上げた40~50くらいの男性。

 その男の手には、長物の刀が鞘に収められた状態で握られている。


 足を向ける。


 あの時は、たまたま見つかった。

 しかし今回は、明確な意思を持って。


 話しかけはしない。

 それでは無音白色側の行動が変わってしまうから。


 わざと男の前を通り過ぎるようにして。

 あくまで自然体を装いながら歩いた。


 喧騒の中、俺の耳に声が届く。




「――――良い魔力の循環だ」

 次回の更新予定日は、6月17日(月)です。

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