第4話 歓迎都市フェルリア ①
☆
『フェルリア、ホテル・エルトクリア正面、フェルリア、ホテル・エルトクリア正面です。お出口は左側です。降りるお客さまは、お忘れ物なさいませんようご注意ください』
そんな女性の声のアナウンスが流れて、電車が停車した。どこかで空気が抜けるような音が鳴り、ドアが開く。
歓迎都市フェルリアと呼ばれるだけのことはあり、フェルリア(ホテル・エルトクリア正面)駅の構内はアオバとは比較にならないほど豪勢なものだ。人込みも凄い。高い天井を見上げながら人の波に乗って進む。改札機を抜けたところで、駅のロッカーから荷物を回収して班員と合流し、ホテル・エルトクリアへと足を向けた。
ホテル・エルトクリアはフェルリア(ホテル・エルトクリア正面)駅の真正面にある。
大きな噴水を中心に据えたバスターミナルを迂回し、無事に目的地へと辿り着いた俺たちは、チェックインを済ませて一度解散した。各自荷物を部屋へ持って行くためだ。ホテル内の警護は祥吾さんたちが手配した女性の護衛に任せているため、一緒に行動する必要は無い。
この辺りは前回と一緒だな。
ここは完全に別行動となり、俺は俺が宿泊する部屋へと足を向けた。本来であれば2人1組で部屋を借りているのだが、俺の部屋に相方はいない。ここも前回と同じ。ルームナンバーも0514で変わらずだ。鍵を空けた後、荷物で扉が閉まらないように固定する。そして、忘れないうちにルームキーを対面の窓、そのカーテン裏へと忍ばせた。
ざっと周囲を確認したが、俺以外の宿泊客はいなかった。
清掃の人が見つけてしまえば運が悪いとしか言いようが無いが、この時間から夜までの間なら大丈夫だろう。ここくらいのホテルなら、宿泊客が来る前に清掃は済ませているに違いない。
固定していた扉を開いて入室した俺は、手にしていたキャリーケースを端へと追いやってからクリアカードを取り出した。あらかじめ知らされていた番号を入力する。僅か1コールで相手方が応答した。
『やあ、聖夜君。無事にホテルには到着したようだね』
ホログラムによって映し出された祥吾さんが温和な笑みを浮かべながら言う。
「はい。おかげさまで」
俺の言葉に、黒服に身を包んだ祥吾さんは苦笑いを浮かべた。
『まだ僕たちは何もしていないんだけど?』
「あれだけ手厚く警護して下さっているにも拘らず何を仰っているのやら……」
俺の呟きに、祥吾さんは軽く目を見張る。
『あまり目立たないようにしていたつもりなんだけどね』
「それにも限度がありますから」
「それもそうだね」と祥吾さんは笑った。
『そちらで何か変わったことはないかい?』
祥吾さんからの質問に、返す言葉は決まっていた。
「1つだけあります。入国の際、聖騎士からクリアカードを弄られたようで」
『……君のを、ということだよね?』
首肯する。
通話はそのままに、クリアカードを操作してメールの文面を表示した。
……内容は俺が記憶していた通りのものだった。
『……聞いても構わない内容かな?』
「ええ、王城への招待状です」
『それはまた……』
祥吾さんが言葉に詰まる。
送り主は王族護衛集団『トランプ』の1人、クィーン・ガルルガ。王城への招待と言っても、正確には王城の一角であるベニアカの塔と呼ばれる場所への招待だ。一度行ったことのある俺からしてみれば、だからどうしたくらいの違いしかないが。
あの時は結局王城にある女王陛下の私室にも行ったし。
『聖夜君、返答は少し待ってもらえないか。剛様に確認をしたい』
「ええ、もちろんです」
そう答える。
気持ちとしては既に行く方向へ傾いているが、舞や可憐の護衛として雇われている俺が1人で単独行動するわけにもいかない。結果は分かり切っているとはいえ、形式上向こう側に確認してもらう行為は必要だ。祥吾さんがクリアカードには映っていない誰かに指示を出している姿を見ながら、1つため息を吐く。この既視感を本当にどうにかして欲しい。まるで未来予知でもしているかのようだ。
しているのか。
未来から情報を持って戻ってきたのだから。
魔法世界内で外界に連絡を取る手段は少ない。事情が事情だけに、花園家の権力を使えばその手段も利用できるのかもしれないが、どちらにせよ時間はかかる。前回もそうだったし、今回もそうなるだろう。回答は武闘都市ホルンで殿堂館を見学している時だったかな? クランと出会った後だったはずだ。
……クラン、か。
『一応確認なんだけど、アギルメスタ杯の一件以降、クィーン・ガルルガに限らず「トランプ」と接触したことはあったかい?』
『ありません』
俺の即答に、祥吾さんは「だよね」と呟きながら頷いた。一瞬、ありますと答えそうになって危なかった。大丈夫だ。嘘は言っていない。接触しまくった上に戦闘までやらかした事実は無かったことになっている。
『了解した。それで、君からの報告は以上かな?』
『はい。そろそろ時間ですので失礼します。今日の予定は前以ってお伝えした通りです。万が一、別の場所へ観光することになれば、連絡を入れます』
『了解』
通信が切れた。
「さて」
中条聖夜名義のクリアカードをポケットにねじ込む前にすることがある。登録されたアドレスから縁先輩のものを引っ張り出して掛けてみが、繋がらなかった。二度、三度掛けてみても駄目なのでおそらく電源を切っているのだろう。もしくはまだ入国していない、とか?
いや、紫会長を護衛したいなら前以って入国しているはずだ。
いったいどうしたと言うのか。
考えたところで、現状分かることなどないのだが。
頭を振って思考を切り替えた俺は、アオバ駅でクリアカードの残高を見てから気になっていたことを調べることにした。T・メイカー名義のクリアカードに登録された連絡先の一覧を調べる。
やはりと言うべきか。
女王陛下やシルベスター、クランにスペードなど、遡り前に交換した連絡先は登録されていなかった。登録されているのは、修学旅行初日以前に交換していたものだけだ。遡り前の世界は無かったことになっているらしい。
「栞を呼んでおいたのは正解だったな」
表向きは修学旅行をこなさなければならない以上、俺が動ける時間は限られる。ウリウムの分身魔法は大したものだが喋れない。事情が話せない以上、替え玉旅行をさせるわけにはいかないし、裏で動く際に喋れないのでは相手方にコンタクトが取れない。それに、あれは奥の手だ。ネタばらしを先にしてしまえば、その効力は薄くなってしまう。滅多なことが無ければ使えないと考えておくべきだ。
時計を見れば、集合時間が近付いていることが分かる。ホテルに備え付けられているペンスタンドを利用し、いくつかメモを書いた後、それをテーブルの上に置いた。T・メイカー名義のクリアカードを枕の下へと忍ばせる。最後に、あらかじめロッカーから取り出しておいたナップサックからローブと仮面を回収し、今日の散策で使用する鞄へとねじ込んだ。
行くか。
☆
集合場所のロビーに向かったところ、班員は既に全員いた。
「すまない。待たせた」
「構わないわよ。貴方が連絡していたことは皆知っていることだし」
代表して舞がそう答えてくれる。
班員全員が事情を知っているため、こういう時は非常に楽だ。
「先生に点呼はとってあるから。早速だけど、出発しましょうか」
舞の視線の先に目を向けてみれば、遠くから白石先生がひらひらと手を振っているのが見えた。
豪華なエントランスを抜けて、噴水のある広間に出る。
「それじゃあ、最初はインフォメーションセンターからでいいな?」
俺からの問いに、各々肯定が返ってきた。
修学旅行初日の予定は、まずはここ歓迎都市フェルリアにあるインフォメーションセンターで情報収集、その後は武闘都市ホルンにて大闘技場見学と下町散策だったはずだ。ホルンは大闘技場を中心として栄えている都市であり、立ち並ぶ店もそれに関連したものが多い。かといって、見て回る店が多いかと聞かれると、実はそうでもないのがこのホルンという都市である。魔法具などは創造都市メルティの方が品揃えは良いし、掘り出し物を散策したいのなら交易都市クルリアに軍配が上がる。ホルンの見どころはエルトクリア大闘技場と殿堂館、そしていくつかのグッズショップというところになる。
だからこそ、時間が余れば中央都市リスティルでも覗いてみようかと決まっていたが、時間など余らないことを俺は知っている。どうせT・メイカーグッズを漁りまくって日没を迎えるのだ。あれをもう一度経験するとかどんな罰ゲームだと言うのか。勘弁してほしい。
考えても、考えても。
思い出せる違和感などはない。
何度思い出そうとして見ても、1日目の行程では『ユグドラシル』の気配など微塵も無かった。本当に修学旅行初日にするべきことがあるのだろうか。やはり、『脚本家』の神法とやらの事情で、この日にするしか無かったのではないだろうか。
この辺りのことは、何度考えてみても答えが出るはずはないのだから無駄な思考である。しかし、堂々巡りのようにこの結論へと至ってしまうのは、情報がまだ少なすぎるからなんだろうな。
明日以降の予定は、2日目が交易都市クルリアにて掘り出し物散策と、創造都市メルティにて学習院見学(中は立ち入り禁止)と下町散策、その後宗教都市アメンを見学し、残った時間を全て中央都市リスティルに費やす。3日目に軽く歓迎都市フェルリアの散策をして帰国ということになっている。
3日目は結局それどころじゃなくなって一切の行程を体験していないわけだが、2日目はほぼ予定通りに進んだはずだ。交易都市クルリアを除けば、になるが。
やはり、キーとなるのは2日目の交易都市クルリアか?
後は、宗教都市アメンでアリスと出会えれば心配事が1つ無くなるが、そちらは完全に運頼みになってしまうだろう。逃走奴隷が今どういう状況なのかも分からないのに、その逃走ルートを予想するなど不可能と言っていい。
不確定要素があることを理解した上で、不確定のまま挑まないといけないという事実の何と恐ろしいことか。こればかりは対策のしようがないのだから仕方が無いと割り切るしかないのだが、どうしてももやもやとしてしまう。
救えるならあいつも救ってやりたい。
そう考えるのは偽善なのだろうか。
そんなことを考えながら、俺はホテル・エルトクリアから一歩を踏み出した。
☆
インフォメーションセンターは、ホテル・エルトクリアの目と鼻の先にある。一応、日本で一通りの計画は立ててあるが、やはり現地での情報も欲しい。ということでやってきたインフォメーションセンターではあるが、ここで欲しい情報など俺には無い。
舞や可憐、美月が目を輝かせながら情報を漁っているのを眺めつつ、俺も形として調べている振りをする。違和感を持たれないように驚く真似をするのは意外と神経を使うことが証明された。
そんな証明、一生されなくて良かった。
この後は銀行に行くんだっけ?
いや、結局行かないのか。お金が足りなくなるかもしれない、という美月にエマが「なら貸してやんよ」と男前な台詞を口にするんだったか。
T・メイカーグッズなんていう物にお金なんて使うんじゃねぇよ。なんで俺の手元にお金が入って来ねぇんだよ。ふざけんなよ。俺だぞT・メイカーは。肖像権とかどうなってやがる。非公式の物は出店を潰せば解決するだろうが、殿堂館などで公式に売られている物はちゃんとした契約がされているはずだ。
……マジでこの一件が無事に片付いたら覚えていろよ、師匠。
稼いだ分、きっちり俺に還元してもらうからな。
「聖夜君、聖夜君!!」
そんなことを考えている俺のもとへ、美月がやってくる。眼がキラキラしていた。余程良い情報を仕入れる事が出来たのだろう。
「どうした?」
何を教えてくれるかまでは憶えていなかったので、美月に成果を教えて貰えるように促す。美月は満面の笑みを浮かべて手にしていたパンフレットを俺へと見せつけた。
「ほら! 殿堂館限定、しかも期間限定でT・メイカーのTシャツが発売されているんだって!!」
うん。
いらねぇよ。
聞いて損したわ。
何だよ、T・メイカーのTシャツって。
次回の更新予定日は、6月10日(月)です。
前章のエース戦で、聖夜(分身魔法)は分身魔法に入れ替わってから一度も言葉を発していませんでした。気付かれていた方は流石です。自分が蒔いた伏線を自ら解説して回っている気分ですが、回収するものとしないものがありますので、時間のある方はもう一度ゆっくり読んでみてくださいね。