第12話 300枚
青藍魔法学園名物『勧誘期間』。
――――魔法選抜試験、グループ登録期限まで。後、3日。
☆
「しっ! そんな声出したら気付かれちゃうって」
「でも、ほら……。結構怪我してるよー?」
「やっぱあいつ、豪徳寺先輩にボコされたんだな」
「……出来損ないが盾突くからだ」
ざわめきが教室の中まで響いている。
居た堪れなさを感じてか、今日のクラスメイトたちは休み時間にも拘わらず、黙り込んだまままったく口を開かなかった。
「あの野郎ども……」
「将人、止めときなよ。ここで君が暴れたって意味無いんだから」
「反省文、2日連続だと白石先生に何言われるか分かったものじゃないからな」
「……うっせぇよ」
とおると修平の正論に、将人はつまらなそうにそう吐き捨てた。
「気持ちは嬉しい。が、これは俺の問題だ」
席に着いたまま、その周りでたむろしながらそう話す3人に、それだけ告げる。
今はまだ始業のチャイムが鳴る前。
にも拘わらず、俺の姿は既に噂が噂を呼び全校生徒に知れ渡っているんじゃないかと思わせられる程のざわめきっぷりだった。登校時からやたらと周りが騒いでいたので、ある程度の予想は出来ていたのだが……。
自分の掌を見てみる。見事に包帯でぐるぐる巻きになっていた。自分で巻いたものである為、余り見栄えは良くない。
思わずため息が漏れる。
「まあ、ため息も吐きたくなるだろうな。こんな見世物状態じゃあ」
「……それとは別物だよ」
「は?」
「……いや、なんでもない」
修平の言葉をやり過ごし、前の方に座る舞へと視線を移す。
脇目も振らず、机の上で何やらやっていた。こちらからはほとんど背で隠れてしまっているので何をしているのかは分からないが、どうやら相当真剣に取り組んでいるようだ。
『私の、可憐の、咲夜ちゃんの。“友達としての”聖夜の答え、期待してるわ』
昨日、舞から言われた言葉が頭を過ぎる。頭の中のもやもやが、余計に深まった気がした。
「……くそ」
友達としてって言われてもな。
舞の言いたい事は分かった。確かに、可憐や咲夜は“普通”を求めている。そして、俺があいつらにしているのは“特別”な彼女たちへの配慮だ。それはしっかりと理解している。けれど……。
「出来損ないだぁ? ならそいつに負けた俺は何なんだコラ!」
「……ん?」
何か、聞き覚えのあるような声が聞こえた気がする。
「つまんねーこと言ってんじゃねーよ、おら邪魔だ! 退け! 何こんな所でごちゃごちゃやってんだ!」
聞き間違いではなさそうだ。
「……おい、聖夜」
「頼む、何も言わないでくれ」
正直、嫌な予感しかしない。
椅子が勢いよく動く音がして、そちらに視線を向ける。
可憐と舞が、同時に立ち上がった音だった。2人とも、共に教室の扉の方へと顔を向けていた。可憐に至っては、既に臨戦態勢だ。MCに手が伸びかけている。
……勘弁して欲しい。
「あぁ? 俺が嘘吐くはずねーだろうが! 俺はもう“2番手”じゃねーんだ、しつけぇぞ!」
聞き覚えのある声は、徐々に近付いてくる。加えて、あまり言いふらして欲しくない事まで叫ばれている。
……頭痛がしてきた。早退しようかな。
もちろん、そんな猶予などあるはずも無く。
「おっ、いたいた」
こちらの心情など知りもしないであろう元・2番手であるところの豪徳寺さんは、嫌に人懐っこい笑みを浮かべながら教室の扉から顔を出して、
「おっす聖夜。クソ真面目に授業なんざ出てないで、付き合えよ」
今日は良い天気ですねくらいのノリで、そう言い放った。
☆
「ふわぁぁぁ~」
大和さんの後に続き、扉を潜る。
以前白石先生とも訪れた事があったが、校舎の屋上は寮の屋上よりも幾分か高級感溢れる作りになっている。綺麗に整備された芝生に、歩行用の白タイル。ベンチだけでなく、テラスのようなものもある。自動販売機も完備。
一介の高校とは完全にレベルの違う環境だ。
屋上に着くなり大欠伸をかます元・2番手相手に、こちらは思わずため息を吐いた。
「……で、何の用です?」
「あん?」
「何の用事も無く呼び出したわけじゃないでしょう?」
「ん、まぁな。つーか敬語はいらねーつったろ」
「……いや、いるでしょう」
これ以上注目を集める要因を作りたくは無い。この男相手にタメ語とか、どれだけ注目集めるんだよ。
「固っ苦しいのは嫌いなんだがな」
「まあ、何と言いますか……形式上?」
「何で疑問なんだよ、くくっ」
大和さんは「ま、良いけどな」と笑う。
「聖夜」
「はい?」
「昨日お前に渡した“アレ”、ちゃんと持ってるか?」
「……アレ?」
何の事だ、と首を傾げる。大和さんは眉を吊り上げた。
「あん? あの、……何つったかな、名前忘れたわ。あの嬢ちゃんから何も渡されてねーのか?」
……あの嬢ちゃんから?
「……ああ、なるほど」
ポケットの中に入れっぱなしになっていたそれを取り出す。
「これの事ですか」
掴んだ鎖の下には、1枚のコインが揺れている。太陽の光を反射し、綺麗に輝いていた。
「そうそう、それそれ。ちゃーんと持っとけよ。それ手放したら厳罰って話だからな」
「分かりました、気を付けます。なるほど、厳ば、……は?」
思わず流すところだったが、聞き捨てならない単語が聞こえた気がする。
「何ですって?」
「厳罰だよ厳罰。青藍の誇りだかなんだか知らねーがな。ともかく、無くすなって事だ。他の奴に渡すなよ? 貸与とか譲渡も禁止されてんだからよ」
……。
「……どした?」
「いや、今回のは大丈夫なのかなって」
貸与とか譲渡禁止?
俺、この男から譲渡された扱いになるんじゃないのか?
「ああ、まあそこらへんは気にすんな」
「おい!!」
思わず声を張り上げる。それを見て、大和さんは愉快そうに笑った。
「俺はほら、負けたじゃんか」
「……私的な決闘による受け渡しはOKって認識で良いんですね?」
「あー……。まあ、一応この学園じゃ5人しか持てない物だしな」
「目ェ逸らしながら言ってんじゃねーよ!! 文脈繋がってないようでしっかり理解したからな!? 本当は渡しちゃいけなかったんだろ!?」
ずいっとエンブレムを豪徳寺さんに突き返す。
「あん? 何のつもりだ」
「返しますよ。問題になったらまずいでしょう」
「もう遅ぇよ」
「は?」
俺の声と同時に、校内に響き渡る電子音。
そして。
『豪徳寺大和!! 至急教員室に来るように!! 繰り返す!! 豪徳寺大和!! 至急教員室に来い!! 以上!!』
再び電子音。沈黙が訪れた。
……。
「……な?」
な? じゃねーよ。最後完全にキレてたじゃねーか。
「……今の、……何スか」
「呼び出しじゃね? 俺、エンブレム失っちまったし」
「あっけらかんと言ってんじゃねーよ!! まずいですって!! 早くコレ――」
「抜かせ」
エンブレムが握られた俺の手を、大和さんが払う。
「強い奴が持つ。それがエンブレムだ。今の俺に『Second』を持つ資格はねぇんだよ」
「っ」
一瞬だけ真面目な顔をした大和さんに、思わず息を呑む。
だが……。
「……本気で遣り合ったならまだしも。本気出さなかったじゃないスか」
俺のその言葉に、大和さんの目尻がピクリと動く。
「……お互い様だろ?」
「はい?」
「お前の無系統、俺は納得しているわけじゃねーからな」
今度は、こちらが劣勢に立たされる番だった。やはりこの男、只者じゃなかったって事か。己の軽率な行動を、今一度反省する必要がありそうだ。
「……大和さん、それは」
「大和」
「は?」
「お前に『さん』付けされんのは気持ち悪ィんだよな。下の名前で呼び捨ててくれや。俺もお前の事は聖夜って呼んでるんだしよ」
えぇー……。
いや、無理だろ。というか、そんな仲良し具合を他の奴らに見られたくない。
「えーと、大和さんで」
「何も変わってねーじゃん」
「……大和、さん……で」
「お前、妙なところで律儀なんだな」
そんなんじゃねーよ。
「それよりもですね、1つお願いが」
「あん?」
「昨晩の決闘の件なんですが、あまり言いふらさないで頂けると……」
「何でだ? お前の実力を馬鹿にしてる野郎どもが邪魔だったんだろ? なら、結果は誇示して然るべきなんじゃねーのか?」
「あまり目立ちたくないんですよ」
「はぁん?」
俺の苦虫を噛み潰したかのような表情を見て、大和さんが顎を撫でながら思案気な顔になる。
「“2番手”を倒したってのは、結構な箔になると思うんだけどな」
「それでも、です」
というか、勝ってないから。
本気でやられてたら惨敗だっただろう。色々な制限付きで戦っている俺じゃ、とてもじゃないが手に負える相手じゃない。
「ま、お前がそう言うんなら良いけどよ」
「ありがとうございます」
その言葉に安心して頭を下げる。
「まあ、もう遅いと思うけどな」
「……え?」
その言葉に。
頭を下げたまま、ビシリと固まった。
「……どういう意味ですか?」
恐る恐る尋ねてみる。
「どういう意味もねーだろ」
対して、大和さんはつまらなそうに。
「お前のクラスまで辿り着くまでに、結構な野次馬共へ話しちまったからな。俺、もう2番手じゃねーって」
……。
「そう言って散らしてやらねーと、前に進めなかったモンでよ。いや、わりぃわりぃ」
……。
「多分、この学園の大半の奴は、既にお前がエンブレムを持ってるの知ってるだろうな」
……。
「なにせ、話しても無い教員が俺の呼び出ししてるくらいだ。相当広がってると見た方がいい」
……。
「そういや、過去にはエンブレムの争奪戦もあったらしいな。もちろん学園非公式な奴だが」
……。
「何固まってんだよ、聖夜」
「……俺は、こんな厄介事に巻き込まれたくないから黙っててほしかったのに」
「あ? 厄介事なんざ起こらねーだろ」
「あんた、今エンブレム争奪戦とか言ったばっかだろうが!!!!」
呻くように叫ぶ。大和さんは声を上げて笑った。
「まあまあ、そう腐るな。お前なら平気だ。よく考えて見ろ。エンブレム争奪戦なんてクソつまらねーもの、何で起こると思う?」
「……そりゃあんたの言う箔が欲しいからでしょう」
「それは動機の方だな。もっと単純な回答さ。つまり、“現エンブレム保持者が、相応しくない”と思われてるからだよ」
「それで俺なら平気っていう意味が解りませんね。俺は“出来損ないの魔法使い”なんですよ。一番該当しそうじゃないですか」
「今までは、な」
大和さんが、意味深に声のトーンを1つ下げる。
「だが、今日からは違う。お前はこの俺を倒した。ただの出来損ないが簡単に倒せるほど、俺は弱かったか?」
その言葉に、押し黙る。
大和さんは構わず続けた。
「俺の実力は、ある程度とはいえ野次馬共も当然知っている。それをお前が倒したんだ。お前に対する認識は、当然変わってる。まあ、それでも襲ってくるバカがいるとするならば、だ」
口を歪ませて、
「潰せ。それもなるべく派手に、な」
こんな事をのたまった。
「……は?」
「最初のインパクトはでかい方がいい。お前にゃ絶対敵わないんだと、身体の芯まで叩き込んでやれ。そうすりゃ晴れてお前は自由の身だ」
「だから俺は目立ちたくないんだって言ってんだろうが!!」
心の底から咆哮した。
それを受けた大和さんは、面倒臭そうにため息を吐く。
「つってもなぁ。これはお前が蒔いた種なんだぜ」
「う」
「目立ちたくねぇーなら、最初から大観衆の前でバカを殴り飛ばしてんじゃねーよ」
「ぐっ」
大和さんの言葉1つひとつが、俺の心を容赦無く抉ってくる。
「ああ、そういやその件もお前の所を訪ねた理由の1つだった」
「へ?」
唐突な話題の変更に、思わず呆けた声が口から出た。
「その4人組、どこのどいつだか教えてくれ」
その質問に、すぐさま現実へと引き戻される。
「……知ってどうするんです?」
「あ? 殺すに決まってんだろ」
何の躊躇いも無く、そんな回答が来た。まあ、流石に殺すってのは冗談だろうが、本気で半殺しくらいまではいきそうだ。流石にそれは……。まずい、よなぁ。
「大和さん」
「おう、何だ?」
「この件、俺に預けてくれませんか?」
「あん?」
俺の言葉に、大和さんは怪訝な視線を隠そうともせずに俺へ向けてくる。
「なんだ、同情か? らしくもねーな」
「俺の事を知った風に言うのは止めて下さい」
「なんだ、じゃあお前はそういう奴なのか?」
「……違いますけど」
「ほらみろ」
……勝ち誇った顔された!! 何かムカつく!!
「今回の騒動で俺の実力はある程度知られてしまっているわけですし、予定は変更します」
「何の話だ?」
「選抜試験で、実力で捻り潰す」
「ほぉう?」
大和さんが、幾分か驚いた表情でそう口にする。
無論、本気ではやらないけどな。やったら一大事だ。
「く、くくっ……。面白れぇ、やってやれよ。普通に考えて、ハンデがあろうがなかろうがお前の圧勝だろうがな」
笑いを噛み殺す大和さんに、無言で回答を促す。その視線に気付いた大和さんは、笑いを引っ込めてため息を吐いた。
「わぁーったよ。この件は、お前に一任してやる。ただ、何もしないってのは無しだぜ? こちとら腸が煮えくり返るぐらいにはイラついてんだからよ」
つまり、ブチギレってわけですね。承知です。
「んじゃ、この話は良いわ。で、あと1つお前に聞きたい事があったんだが」
「質問攻めですね。いったい何です?」
「お前何でそんな自分の実力をかく――」
「聖夜、いるか!?」
大和さんの声を掻き消すように、屋上の扉が開かれた。
そこには――――。
「将人?」
将人が、息を切らしながら立ってた。
「どうした」
そちらに駆け寄りながら問う。将人は額の汗を拭って叫んだ。
「はぁっはぁっ……。に、逃げろ! 聖夜!!」
随分と穏やかじゃないな。
「何なら加勢してやろうか、聖夜」
遠目にその会話を聞いていた大和さんが、そんな提案をしてくる。……おいおい、まさか本当にエンブレム争奪戦に突入とかじゃないだろうな。
しかし、将人の口から出たセリフは、俺や大和さんの想像の斜め上を行くものだった。
「あの白石先生はもう手に負えない!! 想像を絶する反省文を与えられるぞ!!」
……。
「……は?」
時が止まる。
隣で俺と同じように固まった大和さんの表情も、中々に見ものだった。
「『は?』じゃねーよ!! お前、やばいって!! 昨日から今日にかけて、白石先生の逆鱗に触れ過ぎだ!!」
「……俺、何かしたっけ」
「うおい!? 校内での乱闘騒ぎ!! 敷地内破壊行為!! サボり!! 門限破り!! どれだけのことをやらかしたと思ってんだよ!?」
「ちょっと待て!!破壊行為は俺のせいじゃねぇよ!! っと、そうだ。大和さん、これあんたのせいでもあるんだから一緒に――」
後ろ手に、何かの音。
見れば、大和さんがフェンスを乗り越えて屋上から逃亡を図るところだった。
「逃げんなよ!? 加勢してくれるっつったろ!!」
それに逃走経路が屋上からの飛び降りかよ!?
本当に規格外な学生だなあんたは!!
「ふざけんな!! エンブレムの件で、俺だって教員共とは関わりたくねーんだよ!!」
「お前のせいじゃん!?」
「うるせぇ!!」
「裏切り者!!」
俺たちの間に芽生えた友情は、一瞬にして崩壊した。
「……お前ら、仲良いのな」
俺と大和さんのやり取りを眺めて、将人が呆然とそう呟く。
何を呑気な事を、と口を開くよりも先に。
「中条くぅ~ん、探しましたよぉ~」
「ぶっ!?」
ぽわぽわした女性のウキウキした表情を見て、将人が思わず噴く。
白石女史が、学園の屋上に降臨した。
背景を花畑にしたら、さぞかしメルヘンな雰囲気になるであろう素敵な笑顔を浮かべた白石女史は、スキップでもしそうなほどの軽やかな足取りにて、俺の元まで走ってきた。
「お、おはようございます。白石せ――」
言いきる前に、襟首を掴まれる。
ぐいっと手元に引かれ、体勢が前かがみに。
白石先生は俺の耳元へ口を寄せると。
「一緒に職員室に来なさい」
底冷えしそうなほど冷淡な声で、そうおっしゃった。
「……はい」
俺こと中条聖夜は、一瞬たりとも足掻くことなく捕獲された。
☆
「……は、反省文300枚?」
「はい、その通りですー」
顔は笑っていても、目がまったく笑っていない。不規則にひくひく口角を歪ませる白石先生の頭元には、明らかに怒りマークが浮かんでいた。
「……300枚って、1枚400字詰めの原稿用紙なんですけど」
「知ってますよー。用意したのは私なんですから」
「300×400は120000。つまり12万文字。『ごめんなさい』って言葉は、6文字です。つまり、この反省文の文量で2万回ごめんなさいが書ける事になります」
「はい、2万回反省して下さい。もっとも、1枚でもごめんなさいのみで誤魔化そうとしていたら、全てやり直しにさせますけどねー」
……。
無言で反応を窺っていたら、天使の微笑みを浮かべられた。
マジか、マジなのか。300枚? 12万文字? 生まれてここまで、そんな超大作なんぞ書き上げたことないぞ。
「何を躊躇ってるんですかー? 千里の道も一歩から。早く書き始めないと帰れませんよー?」
「え!? これ書き終わるまで帰っちゃ駄目なの!?」
「それは流石に冗談です」
ですよね? 良かった。
「期限は4日です」
「無理でしょ!?」
「これは本当です」
で、ですよね。……え?
「4日?」
「はい。4日です」
……。
「4日というのは――」
「時間計算でどれだけ大変かを語る前に、鉛筆を持って下さい」
……マジかよ。
俺の愕然とした表情を見て、白石先生は大袈裟にため息を吐いて見せた。
「まあ期限の話は置いておきまして。この程度で暴力事件を無かった事に出来るのなら、易いものだと思いますけどねぇ」
……え?
★
カラカラと、タイヤが回る音が聞こえる。
大和は、背後から聞こえるそれに振り返ることなく言葉を発した。
「……お前か。珍しいじゃねーか。お前が授業をサボるなんてよ」
「気付かれましたか。君もどうして、中々に気配の察知が優れていますね」
「アホか。んな音立てる奴は、この学園にお前しかいねーだろ」
「ふふふ、確かにその通りですね」
そこで、大和は振り返った。
そこには。
「聞きましたよ。負けたらしいじゃないですか。それも『番号持ち』外の後輩に」
盲目にして、自らの足で自立出来ない者。
にも拘わらず。
――――この学園で、4番目に強い男。
「早ぇな。もう聞きつけたのか」
大和は特に気分を害した様子無くそう返した。
「まさか君が負けるとは思いもしませんでしたが。不動の三席、その一角たる君が」
「ま、そんなこともあるわな」
その切り返しに、4番目に強い男は笑った。彼の手に白杖は無い。無くても、不自由しないから。彼の隣に介助者はいない。居なくても、不自由しないから。彼はゆったりと自らの座る車いすに背を預けた。
「これでまた、私は“5番手”に逆戻りというわけですか」
「んな肩書に拘るタマじゃねぇだろうが。それに、まだ教師共が承認したわけじゃねーぞ」
「それでも、君は“2番手”に戻るつもりはないのでしょう?」
「あいつの方が強ぇからな」
「君にそこまで言わせるその男に、僕も会ってみたいものです」
「同じ学園。それも『番号持ち』だ。意図せずとも直会える」
「その直、とやらを期待する事に致しましょう」
両手を上げて、車いすに座る男はそう答える。
「それで、どうするつもりで?」
「何の話だ?」
「現・“5番手”ですよ」
その言葉に、大和の眉がピクリと動く。
「この一件で、2番以降は序列が1つずつ動きます。2番は3番、3番は4番に。『番号持ち』最下位である彼は、彼の意思行動に拘わらず番号を外されることになる」
「拘わらず、ってのは間違いだな。あいつは自ら4から5に成り下がった男だ」
「君が叩き潰したせいで、ね。おかげで僕が“4番手”にのし上がれたわけですが」
「勝算も無しに挑んでくる方が悪い」
「それには同感ですが」
ため息を1つ。
「無断での私闘、その結果を考慮され番号を落とされた。そして、この一件で完全に番号が剥奪される。彼が再び動き出すには十分な動機になるでしょう」
「また来たら叩き潰すだけだ」
「……番号欲しさに、私の元に来る可能性もあるのですがね」
「ならお前が潰してやれ。総合評価じゃあいつの方が上だったが、能力の相性で言えばお前の勝ちだ」
「君の推す、新・“2番手”の元へ出張る可能性もありますよ」
押し黙る大和。車いすに座る男は構わず続ける。
「で、彼と“5番手”の相性は?」
「……ちっ」
舌打ち。答えは、聞くまでも無い。
「まぁた、面倒臭ぇことになってきたなぁ」
大和は、ポツリとそう呟いた。