表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テレポーター  作者: SoLa
第10章 真・修学旅行編〈上〉
339/433

第3話 玄関口アオバ ②




 大門。

 魔法世界エルトクリアへ入国する唯一の手段となる場所だ。


「なぁに辛気臭い顔をしてるのよ。もうちょっとテンション上げたらどうなの? 魔法世界よ魔法世界」


 カラカラとキャリーケースを転がしながら、舞がやって来た。その後ろには、可憐、美月、そしてエマが続いている。


「中条さん、あちらが入り口のようです。後続の方々が来ますし、よろしければ行きましょう」


「そうだな」


 可憐に促されて足を動かす。


 細部まで記憶しているわけでは無いが、前回のルートとまったく同じような行動をしているような錯覚を覚え、少しだけ驚いてしまった。何となく、同じ会話をしたような気がしたからだ。


 入国手続きを受けている列へと向かう。そこでは、俺たちより早く着いた面々が通行証を提示して次々と入国していた。


 大門は第8門まであり、入出国する人数や物資の数、大きさなどによって開く門の大きさが変わる。今回の一学年の修学旅行程度なら、やはり一番小さな第1門で対応するようだ。関所に在中しているエルトクリア聖騎士団と思われる男2人で、次々と入国手続きを済ませている。


 記憶通り。


 前回同様、師匠と一緒に来た時にいたゴンザという名の隊長さんはいないようだ。ほっとしてしまう。こういったところで前回との差異を見つけてしまえば、色々とパニックを起こしそうだ。前回との違いに気付いてルートを良い方へと修正できるなら歓迎だが、慌てて別の問題を引き起こすことだけは避けたい。絡まった糸を解こうとしているのに、必死になり過ぎて余計に絡めてしまえば目も当てられないぞ。


 列に並んだ学園生は次々に捌かれていく。クリアカードを専用の機械に読み取らせているようだ。担当している聖騎士も手慣れたもので、あっという間に俺の番がくる。にこやかに挨拶してくる聖騎士へ挨拶を返し、クリアカードを手渡した。


 同じように機械にクリアカードを通して……。


 そこで思い出した。

 ああ、そうだったよな、と。


 聖騎士の顔が顰められる。大したものだ。本当に一瞬だった。俺なら「こいつがあの危険人物かよ」と思わず顔を上げて凝視してしまうに違いない。


 聖騎士は無言のまま、こちらから死角になっている机の下で何かをしている。微かに機械の動作音が聞こえることから、何やら別の機械に通されているようだ。そして、何事も無かったかのようにクリアカードを差し出してくる。受け取る際、小声で「メールはお時間のある時に一人でご確認ください」と言われた。


 こちらも用件は分かっているため、素直に受け取り頭を下げる。


 促されるがまま、人が1人通れる程度の扉を抜けた。

 その先に広がるのは、堅牢なる大門の内側。


 その正体はアオバ駅の構内だ。

 駅の窓口や券売機、改札機、喫茶店なんかもある。


 最初にすべきことは1つ。

 周囲に不審に思われないよう、さり気なく自らの肩へと手を添える。一撫ですれば返答が来た。


《大丈夫。憶えているわ》


 どうやら、記憶の上書きとやらはされなかったらしい。


《でも、ちょっと何だろう。そわそわするわ》


 何だよ、それ。

 それで大丈夫と言えるのか。


「遅かったじゃない」


 先に審査をパスしていた舞が声を掛けてきた。というより、俺が最後だった。2人体制で検問をしていたため、何人かに抜かれていたらしい。


「あー、ちょっとな。とりあえず、何も問題は無いから」


 そう返している間に、手にしていたクリアカードが電子音を鳴らした。魔法世界内に入り、機能のロックが解除されたらしい。




名前 :中条聖夜

職業 :学生(日本)

職業位:B

所属名:―

所属位:―

所持金:101E

備考 :【着信中】

伝達 :【未読】未読メールが一件あります。




 クリアカードを確認して、一番最初に目に留まったのは着信を知らせるアイコンではなく、未読メールのお知らせだった。先ほど聖騎士が言っていたのはこれのことだ。中身は見なくても分かっている。クィーン・ガルルガからの王城への招待状だろう。


 これを受けるべきかどうかも分からないんだよな。


 行けば十中八九アルティア・エースと戦うことになる。しかし、拒否すれば別の問題が発生するかもしれないのだ。新たな問題がどのような影響をもたらすのかは分からない。ならいっそ、分かり切っている問題へ首を突っ込んだ方がマシなのか。あの時は俺が喧嘩腰だったのもまずかった。誠心誠意、立場を弁えた言動を心がければ良い方向へ転がったのだろうか。


 既にエマにも相談していたが、現状ではどちらがいいかは答えられないと言われた。そりゃそうだよな。エマは俺よりも情報が少ない中で相談に乗ってくれている。むしろ、そんな中でよく話についてきてくれているよ。


「……聖夜、鳴りっぱなしなんだけど」


 舞が申し訳無さそうな表情を浮かべたまま、そう指摘してくる。あ、やばい。着信が入っていたんだった。舞に礼を告げて、音声のみを許可にしてから通話ボタンを押す。


 そして、あらかじめ打ち合わせしていた通りの台詞を口にした。


「入国しました。ホテルに到着次第、ホログラムシステムもオンにして連絡を入れます」


『了解』


 通話は直ぐに切れた。

 それを黙って見つめていた舞が、申し訳無さそうな顔をそのままに両手を合わせてきた。


「今の祥吾さんでしょ? 色々と気を遣わせて悪いわね」


「気にするな。ちゃんと対価は貰っているし、基本的にやるのは連絡係のようなものだしな」


 貰った額に対してそれしかしないのは逆にこちらが申し訳ないと感じるレベルだ。むしろ、前回では護衛の立場であるにも拘わらず、次々と問題を持ち込んだのは俺の方だったのだ。舞が気にする必要などまったくないと断言できる。正直、ここまで断言できるのも珍しいのではないだろうか。もちろん、そんな事情を馬鹿正直に話すわけにもいかないので、なおも表情を曇らせる舞の肩を軽く叩き、大げさなジェスチャーでこちらを呼ぶ美月たちのもとへと向かう。


 何かあったっけ?

 分からないので美月に問う。


「どうした?」


「一日フリーパスがあるみたいだから、それ買わない? ホテル着いたらすぐ観光するんでしょ?」


 美月が差し出してくるパンフレットに目を通す。10Eでエルトクリア高速鉄道が1日乗り放題らしい。そうか。そう言えば買っていたっけ。アオバの次の駅であるフェルリアまでが2Eであることを考えれば、すぐに元は取れそうだ。それに、万が一大して利用しなかったとしても、100円単位の損失なら誤差の範囲内だろう。


 そんなことまで計算していた気もする。


 この既視感マジで慣れないぞ。

 ちょっと気持ち悪くなってきた。


 ずらりと並ぶ券売機の上には、魔法世界の簡易的な地図と路線図が掲示されている。ここ玄関口アオバから伸びるエルトクリア高速鉄道は、各都市平均で2~3つほどの駅を経由しつつ終点へと向かう。その他、魔法世界の中心都市であり、一番大きな土地面積を持つリスティルには環状線も存在しているのだ。リスティルの左回りに展開されている各都市の駅とも乗り換え可能。イメージとしては大きさは違えど東京の山手線と同じ形だ。


 うーん、全てを利用したわけでは無いが、既に理解しているんだよなぁ。


「そうだな。そうしようか」


 美月が差し出してくるパンフレットも、この段階では初見だったはずなのに、その内容は当然のように頭の中にある。礼を言ってパンフレットを返し、班員全員の承諾を得てからフリーパスを購入することにした。


 複数ある券売機に、各々クリアカードを挿入する。

 俺もタッチパネルを操作して、お目当ての一日フリーパスを購入した。


 そこでふと思い出した。


「……どうするかな」


「何が?」


「いや、何でもない」


 俺の独り言を拾った美月にそう答える。


 遡る前の出来事は無かったことになっているはずだ。師匠やヴェラがこの世界で生きているということは、そういうことになる。だからこそ、やるべきことはやっておかないといけない。


 そう考えた俺は、券売機から吐き出されたクリアカードをもう一度挿入する。そして、フリーパスがデータとして書き加えられたクリアカードを利用し、別の乗車券を購入した。券売機からクリアカードとは別に、磁気乗車券も吐き出された。


 玄関口アオバから武闘都市ホルンまでの運賃が印字された切符だ。


 俺はクリアカードを懐へと仕舞いつつ、その乗車券を片手で握り潰した。音も無く俺の傍へと寄って来たエマが口を開く。


「……それも何かの対策ですか?」


 傍から見れば必要の無い切符を購入しているのだ。


 不審にも思うだろう。

 特に、色々と事情を知っているエマなら尚更だ。


 しかし、これはそうではない。


「いや、別に。これはそういうものじゃないよ」


 そう言って、俺は握りつぶした切符も懐へと仕舞い込んだ。

 あの時は無賃乗車してごめんなさい。




名前 :中条聖夜

職業 :学生(日本)

職業位:B

所属名:―

所属位:―

所持金:87E

備考 :【エルトクリア高速鉄道】一日フリーパス

伝達 :【未読】未読メールが一件あります。




 クリアカードをタッチし、改札機を通る。


 その先はエルトクリア高速鉄道が行き交うホームだ。発車時間までもう間もなくなのか、電車が停車しているホームでは発車メロディが鳴り始めた。示し合わせたかのように皆が早歩きになる。時計を見れば発車時刻まで30秒を切っていた。


 あれ?

 ここで電車を逃すなんて記憶は無いんだが。


 ……あー。

 祥吾さんとの定期連絡のタイミングで時間を掛けたからか。


 本当に些細な事で未来って変わるんだな。そんな当たり前のことを思いつつ、キャリーケースを転がしながら電車へと乗車した。直後、発車メロディが鳴りやみ扉が閉まる。ここで電車を1本逃したところで師匠たちを救うことに繋がるとは考えにくいが、前回と同じに出来る場所は同じにしておきたい。


 先ほども少し考えたことではあるが、新たな行動を起こすということは、新たな問題を生み出す可能性を秘めているということだ。もしかしたら、前回とまったく同じ行動をしていても、注意深く観察していれば何らかの異変に気付けるかもしれない。そして、その異変こそが打開への糸口になる可能性もある。それが別の問題を引き起こしたことで見えなくなってしまっては意味が無いのだ。


 但し、逆の可能性もある。前回と同じ行動をしていたせいで打開の糸口がそもそも生じることもなく、結局は前回と同じ結末に辿り着いてしまうパターンだ。そうなってしまえば、わざわざ遡りまでして同じ修学旅行をもう一度こなす意味が無くなってしまう。


 よく考えて行動しなければならない。

 今、まさに今の一挙手一投足で未来が変わるかもしれないのだ。


 こうして考え出すと本当にキリが無いんだよな。深読みし過ぎて永遠と続く思考のループに沈みこみ、怯えて何も行動が起こせなくなる。それは一番最悪な状態だ。考えることは必要だ。しかし、疑心暗鬼になって縮こまっているわけにもいかない。


「聖夜様」


 いつの間にか隣に立っていたエマが、ひっそりと俺の名を呼ぶ。差し出されたそれを無意識のうちに受け取っていた。握らされたそれを見てみる。飴だった。


「貴方は1人ではありません。それを忘れてはいけませんよ?」


 ウインクしつつ、そんなことを言ってきた。


 やめてくれ。

 惚れてしまいそうだ。


 貰った飴を口の中へ放り込む。

 鼻から抜けるハーブの香りが、凝り固まった思考をすっきりさせてくれた。







 向かうのはアオバから一駅のフェルリア(ホテル・エルトクリア正面)駅だ。


 最初の目的地は、修学旅行中にお世話になるホテル・エルトクリア。まずはホテルへ直行し、先生たちが点呼を取る。その後は班ごとに自由行動となる。


 本日の魔法世界エルトクリアは快晴だった。

 一面の青空が見え、強い日差しが車内へと差し込んでくる。


 エルトクリア高速鉄道は、モノレールのように比較的高い場所を走っているため見晴らしが良い。遥か遠くには傾斜に造られた建物によって構成される貴族都市ゴシャス、いわゆる『白亜の頂』が見える。俺が向ける視線の先に気付いたであろうエマは、少しだけ表情を曇らせた後にこう言った。


「私を信じてくださり、ありがとうございます」と。


 その意図することは直ぐに分かった。『脚本家(ブックメイカー)』の忠告を言葉通りに鵜呑みにして行動しているだけなら、きっとエマには声を掛けなかっただろう。だが、それはあくまで客観的な判断ならの話だ。


「信じているさ。当たり前だろう?」


 きっとエマが考えている以上に、俺はエマのことを信じている。そうでなければ話したりはしなかった。少なくとも、遡ってウリウムと記憶があることを確かめ合って。本当なら、誰にどこまで話していいかもっと精査すべきだった。焦りもあっただろう。俺だけではどうしようもないという情けない理由もあった。


 それでも。

 エマなら大丈夫だと思ったんだ。


 普段は自分の欲求に忠実過ぎるせいで面倒くさいと思うことの方が多い奴だけど、いつの間にかこんなにも信頼を置いていたんだな。自分でも驚きだった。


 玄関口アオバの駅を抜けると、歓迎都市フェルリアまでは本当に何もないただの平原が広がっている。アオバには空港と砂漠、大門、そして駅しか存在しないという宣伝は決して誇張ではないということだ。魔法世界内の人口が増えるようなら、今後はここも都市開発が進むのだろうか。


 そんなことをぼんやりと考えているうちに、車窓の先に賑やかな街並みが広がり始めた。電車のスピードが徐々に落ちていく。やがて電車は1つの建物に吸い込まれるようにして停車した。


 さあ、歓迎都市フェルリアに到着だ。

 次回の更新予定日は、6月3日(月)です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ