第18話 エルトクリア大図書館『深奥』(後編)
3月4日分、最初の更新は第13話です。
読み飛ばしにご注意ください。
現在、3時間毎に1話ずつ更新しています。
☆
『これから君には、魔法世界エルトクリアに入る直前、つまりは修学旅行を最初からやり直してもらう』
とんでもない内容を超常の存在である『脚本家』が言った。しかし、出来るのかなんて無駄な問いかけはしない。恐らく、目の前の存在が出来ると言うのだから出来るのだろう。
『理由は1つ、リナリー・エヴァンスが必要な役割を果たす事無く死んだためだ』
……。
やっぱり死んでいたんだな、と。
俺の思考は今更ながらにそんなことを考えてしまった。
『もっとも、今回の結果はリナリー・エヴァンスが予想していたことでもある』
「……何?」
予想していた、だと?
自分が死ぬことか?
『君は今回、ここ魔法世界エルトクリアへ修学旅行で訪れた。そして今日がその最終日、間違いないな』
首肯する。
した後に、それで通じるのかと考えたが、モニターにはカメラのような物も設置されている。どういった技術が用いられているのかは不明だが、恐らく目の前の存在は認識しているのだろう。事実、『脚本家』は俺の挙動で理解したかのように話を進め出した。
『では、その裏で行われた「黄金色の旋律」と「ユグドラシル」の会談については一切知り得ていないという認識で構わないな』
……会談、だと?
知らない。
そんな話は聞かされていない。
『知らせていなかったのは、「ユグドラシル」側に看破されることを防ぐため。そして、確実に神法を成功させるため、か』
俺の動揺を余所に、モニターの文字は次々と更新されていく。
『素晴らしい』
こちらが内容を理解する前に、モニターに表示される文章が切り替わる。
『これなら私が神法へと捧げる魔力も想定の範囲内で済みそうだ』
何を言っているのか、と。
声を掛けようとしたところで、モニターに表示される文章が俺に対するものへと変わった。
『先に伝えておこう。君のあずかり知らぬところで何が起こっていたのか。それを説明するつもりは無い』
……何だと?
『その上で告げよう、君を遡らせる理由を。私が君に下す指令はただ1つ』
モニターに表示される文字が。
打ち込みのような女性の声が。
告げる。
『君の修学旅行最終日まで、リナリー・エヴァンスを生かすことだ』
……、師匠を、生かす、だと。
修学旅行最終日まで?
『これを達成出来れば、「黄金色の旋律」と「ユグドラシル」の抗争は再び膠着状態となる。リナリー・エヴァンスは死亡する事無く、次のフェイズへと移行する』
「……師匠は、死なないということですか」
『少なくとも、今回の一件では』
俺の質問に、『脚本家』はそう返した。
……。
引っ掛かる言い方ではあるが、納得するしかない。
そもそも、人はいつか死ぬ。それがいつなのかは誰にも分からない。数十年先のことかもしれないし、もしかしたら今日かもしれない。死因だって寿命かもしれないし、事故かもしれないし、病気かもしれない。今回のように殺される可能性だってあるだろう。
人が死ぬのは当たり前だ。
それが受け入れられる理由かどうか、という違いがあるだけで。
それを踏まえての発言であるのなら、これ以上追及することは出来ない。むしろ、師匠やヴェラが死んでいなかった時からやり直せるのだとしたら、現状これ以上を求めるのは我が儘というやつだろう。
しかし、これだけは聞いておきたい。
「ヴェラも……、ヴェロニカ・アルヴェーンも救えますか」
モニターは応える。
簡潔に。
打ち込みの声は答える。
無機質に。
『君次第だ』
身震いした。
やり直せるということに。
師匠が、ヴェラが、死ななかった未来を造れるということに。
そして。
それが全て俺のこれからの行動次第だということに。
血で濡れた拳を開く。
爪が喰い込んだ傷跡が残る手のひらを見つめる。
やるしかない。
他でもない、俺が。
『では、話を続けよう』
無機質な声と文字で『脚本家』が続ける。
『先ほど伝えた通り、君にはこれから修学旅行で魔法世界エルトクリアへと入国する直前まで遡ってもらう。そのためには、私の持つ神法を発現する必要があり、発現には当然のことながら魔力が必要となる』
頷く。
先ほどから出ている神法とは、恐らく俺たちが使う魔法のようなものだろう。
『遡る時間が長ければ長いほど、そして対象者がその対象日に持ちえなかった記憶量が多ければ多いほど、神法へと捧げる魔力量は増大する』
なるほど。
だからこそ、『脚本家』は全てを教えてはくれないのか。それでも自らが持つ神法とやらの代償を説明してくれたのは、それで全てを察しろということだ。
『しかし、現状で君が持ち得た知識だけで送り出すのは、少々不安が残る。よって、いくつか警告しておこう』
警告。
嫌な響きだが……。
『これからする警告に対して、私は質問を受け付けない。なぜなら1つの質問から想定以上の回答が導き出され、神法に支障をきたす恐れがあるからだ』
首肯する。
『1つ、初日にリナリー・エヴァンスへ接触するな』
……。
警告されていなければ、間違いなく会いに行っていただろう。
いったい、どうなっていたというのか。
『1つ、花園剛と姫百合美麗へ救援要請を出すな』
正直、考えていたことではあった。
日本が保有する最高戦力である2人。立場上、魔法世界へ来れるかどうかは別として、この2人と師匠が組めば生存率は著しく上がったはずだ。
しかし問題なのは、この警告がどこまで影響を及ぼしているのかということ。リナリー・エヴァンスに危険が迫っていると伝えれば、本人たちが来れなくても祥吾さんや理緒さんの協力は得られるかもしれない。美麗さんも剛さんも師匠とは個人的な繋がりがあるからだ。ただ、この警告が花園家や姫百合家が動くこと自体を禁じたものであるのなら、話をすることすら出来ないということになる。
質問したいが、出来ない。
それが酷くもどかしい。
『1つ、保護したアリス・ヘカティアを王城へ連れていく際、ついていくな』
……アリス、……ヘカティア?
アリス……、アリスか。
そうだよな。遡るということは、今回の修学旅行で起こった全てが無かったことになるということ。師匠たちが死んでしまったことが無かったことになる代わりに、アリスが奴隷から解放されたことも無かったことになるということだ。
でも、この警告にはどんな意味があるというんだ?
『1つ、交易都市クルリアの奥地に廃れた民家がある。そこには近づくな』
……。
これまでの警告の中で、一番意味不明なものが来た。そもそも今回の修学旅行において、交易都市クルリアは観光していないに等しい。白銀色のチルリルローラが乱闘騒ぎを起こしていたことで、すぐに引き返したからだ。
この警告については、現状では胸の内へ留めておく程度にしか出来ないな。
『1つ、如何なる理由があったとしても、エルトクリア現女王アイリス・ペコーリア・ラ=ルイナ・エルトクリアは王城から連れ出すな』
ここで女王陛下の名前が出るのか。
本来ならば、女王陛下と俺は接触するはずの無かった立場の御方だ。貴族都市ゴシャスの路地裏で彷徨っていたところに、たまたま出くわしたに過ぎない。本当に偶然だったのだ。
あの時、あの場所で。
ピンポイントで居ない限り、あの出会いは無かった。
もう一度同じことをしようとしても、おそらく無理だろう。初日の一連の流れを全て把握しているはずがないのだから、クィーンの招待に応じてあの道を通る時間だって今回とぴったり同じ時間であるわけがない。おまけに、女王陛下に俺の何が気に入られてプライベートルームまで招かれたのかも謎のままだ。女王陛下と出会い、そして気に入られなければ、俺と女王陛下の間に繋がりは生じない。そうなれば連絡先の交換も無くなる。
警告が言う「連れ出すな」とは、俺が女王陛下を王城の外へと連れて行くなということだ。女王陛下自らが外へと出ること自体は禁止されていない。つまり、初日に貴族都市ゴシャスで勝手に彷徨っている分には問題無いということだし、俺と女王陛下に繋がりが無ければ「連れ出す」という事態は起こり得ず、むしろ接触しない方が良いとまで考えることが出来る。
……それを言うなら、アリスだって出会いは偶然だったんだよな。あいつは奴隷商からの逃走中に俺たちと出会った。あの奇跡をもう一度起こせる気がしないんだが。そのために別のアクションを起こせとかだったら辛すぎる。頭がパンクしそうなんだが。
『1つ、如何なる理由があろうとも、エルトクリア大図書館へ近付くな』
次は無いぞ、と。
そういう意味での警告なのだろうか。
この警告についても、現状では胸の内に留めておく程度となりそうだ。
『1つ、この修学旅行期間中は、どのような事態になろうとも次に挙げる人物とは接触するな。これから挙げる者は、全て本名では無い』
接触するな、か。
本名では無いと言うことは……。
『その人物とは、天地神明、天上天下、唯我独尊、傍若無人、盛者必衰、そして沙羅双樹を指す』
やはりと言うべきか、全て『ユグドラシル』の構成員だった。しかも、その全てがトップレベルの実力者たち。天地神明とは、師匠が文化祭の夜に話していた電話越しの相手、アマチカミアキ。つまりは『ユグドラシル』のトップに立つ男のことだろう。天上天下、唯我独尊、傍若無人はアマチカミアキの側近、盛者必衰、沙羅双樹は『ユグドラシル』における最高幹部の立場にいると美月に聞いた。
こっちだって、出来ればそんな奴らとお近づきになりたくはない。
盛者必衰は蟒蛇雀、そして天上天下は今日会った錫杖を操る男だ。それ以外には会ったことが無い。つまり、無意識のうちに接触してしまう恐れもあるということ。天上天下や蟒蛇雀も、向こうから会いに来られては逃げ切れるかどうか分からない。この警告が一番ハードルが高いのかもしれないな。
そして、ここまで思考を巡らせたところで気付いた。
ここでわざわざ接触するな、と警告してきたということがどういうことなのかを。つまり、今『脚本家』が挙げた面々は、俺の行動次第で接触する恐れがあるということだ。俺が修学旅行でのうのうと過ごしていた魔法世界に、この化け物たちも潜んでいる。ギルドに振り回されて大々的に報じられていたT・メイカーを演じている時にも、こいつらはどこかにいた。
悪寒が全身を奔り抜けた。
動悸が激しい。
鳥肌が止まらない。
脂汗が噴き出る。
歯がガチガチと音を鳴らす。
そうだ。
俺は心のどこかで安堵していた。
もう、師匠やヴェラを助けられる気になっていた。
とんでもない。
俺は。
これから。
いつ殺されるかも分からない地獄の中を。
もう一度。
スタートラインから。
歩き出さないといけないのだ。
『落ち着きたまえ。精霊王の申し子よ』
モニターに文字が表示される。
スピーカーから打ち込みのような女の声が発せられる。
『以上が警告となる。落ち着いたら、警告に関することを除き、質問を受け付けよう。但し、不必要な質問は極力避けろ。先ほども伝えた通り、遡らせるにあたって未来の記憶が増えれば増えるほど情報量は増え、比例して必要な魔力も莫大なものとなる』
深呼吸する。
激しく鳴り響く動悸を意識的に沈めようとする。
考え方を変えろ。
俺は死ぬために戻るわけじゃない。
師匠を。
ヴェラを。
死んでしまった今を変えるために戻るんだ。
俺が戻れば、師匠は死なないかもしれない。
俺が戻れば、ヴェラは死なないかもしれない。
そうだ。
俺は、もう一度チャンスを与えられたんだ。
本来ならあり得ない奇跡が起こった。
初めはそう考えていたはずだ。
決して簡単な道のりではないだろう。
でも、絶対に不可能なわけではない。
不可能なら、そもそも『脚本家』が出てくる必要は無いのだから。
目を閉じる。
もう一度、深呼吸をする。
もう一度。
もう一度。
これ以上は無理だ。
そこまで息を吐き出してから。
目を、開いた。
『良い目だ。少なくとも、先ほどまでの君よりは任せられる光を宿している。では、質問を受け付けよう』
質問。
正直、聞きたい事なら山ほどある。しかし、何が本当に必要なのかが分からない。知識量が増えることで遡りに影響を及ぼすのなら、『脚本家』の神法とやらのことだって聞かない方が良かったはずだ。にも拘らず説明したということは、それが必要だったから。つまりは無駄な質問はするなということだ。
《ねえ》
沈黙していた俺の代わりに声を上げたのはウリウムだった。「何だ」と返答しようとするが、それよりも早くウリウムは続ける。
《その遡りってさ、記憶が引き継がれるのは中条聖夜だけ?》
確かに。
良い質問だ。
これは聞く価値がある。
そう思った。
よく教えてくれた、と告げようとした。
そして、引っ掛かりを覚えた。
ウリウムは俺のことをマスターと呼ぶ。
中条聖夜とは呼ばない。
なぜそのような呼び方をしたのか。
その答えはあり得ないところから判明した。
『良い質問だ』
モニターに文字が表示される。
スピーカーから無機質な声が吐き出される。
ウリウムからの質問に、俺を介さず返答がある。
『少なくとも、エルトクリア大図書館、その深奥であるここにいる者は遡りの影響を受けない』
《相変わらず回りくどい言い方が好きね。もっと端的に聞いた方がいいのかしら。あたしの記憶は引き継がれるの?》
『君もあの時と何も変わらないな。質問に答えよう』
無機質なはずの声に、ほんの少しだけ感情が上乗せされた気がした。
『君の記憶も引き継がれる。しかし、本体である妖精樹に宿った君という存在へどのような影響が生じるかは分からない。遡った瞬間、もしくは魔法世界へ足を踏み入れた瞬間に、君本体の意思から上書きされて、このルートの記憶を失うことはあるかもしれない』
《その逆もあり得るということね?》
『そう理解して構わない』
……。
会話が成立していた。
そして、お互いがお互いを知っているかのような会話だ。
これは。
《ほら、マスター。何か聞きたいことがあるなら今のうちに聞いておいた方が良いわよ?》
「あ、ああ……」
ウリウムが俺を呼ぶ。
いつも通りの呼び方で。
いったいどういうことなのか聞きたかったが、それこそその質問は『脚本家』の言う不用意な質問になり得てしまう。可能ならば、遡った後に聞くべきだろう。
「リナリー・エヴァンスを修学旅行最終日まで生かせ、と仰いましたが、修学旅行最終日とは日付が変わった0時まで生かせていればミッションクリアという認識で構いませんか?」
『構わない』
即答だった。
つまり、師匠は昨日までのどこかで殺されてしまったということか……。
とりあえず、最終日の0時まで師匠を『ユグドラシル』から守り切ればいいわけだ。それがどれほど困難なことなのかは分からないが。
視線を感じた。
ふと、自分の横へと視線を向ける。
跪いた今井修が、じっと俺のことを見つめていた。その瞳に宿る感情を、表情が物語る内容を、理解することは出来ない。
……何だ?
分からない。
仕方が無い。
ウリウムの質問を聞いて閃いたことがある。
これは、聞けるのなら聞いておきたい質問だ。
「今から行って頂く遡りについて、どこまでなら話して構いませんか?」
この質問には色々なニュアンスが含まれている。
だからなのだろうか。
目の前のモニターは即座に反応しなかった。
しばらくの沈黙の後。
無機質な声と共に文字が表示される。
『私の存在を軽々しく公言することを禁ずる。また、私の能力の詳細を説明することも極力避けろ』
軽々しく、そして極力、ということは絶対に駄目ではないということ。そうでなければ遡りの話自体が出来なくなってしまうので当たり前だ。しかし、ここから遡りの話をして協力者を得ても構わないと捉えることも出来る。
つまり。
先ほどまでの会話から、最低でもウリウムには話して構わないということだ。遡った後、上書きとやらでウリウムが今回の記憶を失くしてしまっても、説明して協力してもらうことは出来る。そのことが知れただけでも既に大きな収穫だ。
『加えて、話しても構わない相手についてだが』
モニターに映る文字が更新されていく。
『人による。但し、権力者に近い者に話すことは勧めない』
もたらされた回答は、想像以上に漠然としたものだった。
いや、回答があっただけマシだと思うべきだろう。回答を拒否される可能性だってあった。権力者に伝わるのはまずい、と。そういうことだ。遡りなんて喋ったところでそうそう信じてはもらえないだろうが、確かに面倒な事にはなりそうだ。
いや……、ここでこうした回答が出るということは、面倒だけでは済まないのだろう。最悪、修正できないほどのルートに入ってしまうことも想定すべきか。それこそ、先ほどの警告で出た剛さんや美麗さんへ情報を与えるな、という意味合いで口にしたのかもしれない。
……「禁ずる」ではなく、「勧めない」という表現を用いた理由は気になるが。これ以上質問を重ねても無駄だろう。これ以上は話せないに違いない。
他に。
何か他に聞いておくべきことは無いか。
時間が過ぎる。
時間だけが過ぎていく。
ウリウムはもう喋らない。
自分にとって必要なことは聞けたと判断したのだろう。
やり直せる。
師匠やヴェラが死ななかったことに出来る。
そう思えば思うほど、今の時間は貴重だ。
だからこそ、冷静に頭が働いてくれない。
ここを逃せばもう質問出来ないと知っているから、余計に焦ってしまうのだ。
『質問を打ち切る』
結局。
他の質問が思い浮かぶことはなく、『脚本家』からの言葉で質問できる時間は打ち切られてしまった。
無機質な声は言う。
『これ以上の質問は不要と判断した。情報は貴重だが、持て余しては意味が無い。これまでの情報を精査しろ』
「……分かりました」
『オサム』
「はっ」
跪いていた今井修が立ち上がる。そして、モニターが置かれているテーブルまで歩み寄り、その端に置かれていた青白く発光する本へと手を伸ばした。
『これは君の本だ』
そう『脚本家』は言う。今井修が手にした本を見れば、確かにタイトルのところに『中条聖夜』と日本語で刻まれていた。
『この本は君の人生そのものだ。過去、君が経験した出来事が文字となってページを彩り、死ねば本は燃え尽きる。未来は白紙、誰にも分からない。本来は』
強大な魔力を感知した。
目の前のモニター、その奥。
黄緑色をした液体で満たされた水槽の中から。
テーブルの前に立ち、俺の人生そのものだという本を持つ今井修の傍に、金色に光り輝く何かが発現された。それを今井修が丁寧に手のひらへと乗せる。
『私が創り出したこの栞に本の持ち主が血を垂らし、任意のページに栞を差し込み本を閉じる。そうすることで本の持ち主は差し込んだページ、つまりはその場面まで遡ることが出来るというわけだ』
そうやって過去に戻るわけか。
遡りには魔力が必要、情報力が増えれば増えるほど必要な魔力が増えるとのことだったが、この説明は聞いても良かったのだろうか。……必要だと判断したんだろうな。今の説明では、俺が血を垂らして本を閉じなければならないのだ。
……そうなると、ウリウムはどうなるんだ?
思わず、腕に装着した相棒へと目を向けてしまう。ウリウムは血を流せない。本だってあるか分からない。目の前にある栞は1つだけだ。いったいどうやって遡るつもりなんだ? 俺の所有物としてカウントされるのだろうか。
分からない。
でも、先ほどの会話では出来る流れだった。
ならば、ここで聞くことでは無いのだろう。
遡った後、聞けるならウリウムに聞けばいい。
「中条君、こちらへ」
今井修の声に従い、足を進める。
テーブルの上に俺の本が広げられていた。
今井修から金色に輝く栞を受け取る。
次いでナイフを差し出されたが、それは受け取らなかった。
恥ずかしい話だが、血ならもう出ているから。
それに気付いた今井修が苦笑してナイフを仕舞った。
栞へ血を垂らす。
そして、開かれたページの境目に挟み込んだ。
隣で頷く今井修を確認し、本を――。
『頼む、中条聖夜。アマチカミアキを止めてくれ』
――閉じた。
次回更新は、21時です。
次の更新分はとても短いです。