第16話 お別れ
3月4日分、最初の更新は第13話です。
読み飛ばしにご注意ください。
現在、3時間毎に1話ずつ更新しています。
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どこもかしこも戦場だ。
中央都市リスティルで属性奥義が炸裂してから、もはや魔法世界は大混乱となっていた。あちこちで聞こえる怒号や悲鳴、爆発音。魔法使いの住む国であるため、戦える者も多い。だからこそ、どこでも戦闘が起こり得るのだ。しかし、騒ぎを起こしているのは『ユグドラシル』だ。中途半端な腕前の魔法使いでは歯が立たない。魔法は使えるが戦闘向きでは無い住人だって多い。
結果、至る所で惨劇が起きる結果となっている。
「はっ……、はっ、くそっ!」
滴る汗を手のひらで乱雑に拭う。
足元に転がった絡繰人形を一瞥し、再び駆け出した。
諸行無常が操る絡繰人形のバリエーションは、憎たらしいほどに豊富だった。遠距離から魔法球を撃ち続けるやつに体術がやたらと巧みなやつ、剣を振り回すタイプのやつに障壁を張ってこちらの攻撃を避け続けるやつ、他の絡繰人形に支援魔法を掛けてくるサポート特化のやつもいた。
いちいち相手にしていたらキリがない。
個々が強いのはもちろん、何が面倒ってこいつら負けそうになったら自爆攻撃してくるのだ。魔力の異様な高まりを感じ取るたびに、座標を書き換えて自爆攻撃の余波が及ばない空へ跳ばすのは正直辛い。今の一体は自爆に移行する前に魔力を使い果たしてくれたらしい。
無系統魔法を駆使し、絶対に倒せると確信した時にだけ破壊し、後は逃げに逃げまくった。他にも『ユグドラシル』構成員と思われる数名とも交戦している。おかげで随分と時間を浪費してしまった。創造都市メルティにすら辿り着けていない。
メルティに向かう進路も『ユグドラシル』のせいで変えに変えているため、かなり効率の悪いルートになっている。逐一、ハートと連絡を取り合ってお互いの位置を教え合ってはいるが、未だに合流すら果たせていない。あちらはあちらで邪魔が入っているようだ。
もっとも、こちらと違ってハートたちは魔法世界最高戦力と謳われる『トランプ』だ。邪魔に入ったやつらは漏れなく地べたを舐めさせられる羽目になっているようだが。……味方にするとこれほど頼もしい奴らもそうはいないよな。
「……もう次かよ。さっきの一戦からまだ全然進めてないんだが?」
汗を拭いつつ悪態を吐く。
細い路地裏の先。
俺が進もうとしていたその先に、絡繰人形が二体いた。
漆黒のローブを身に纏ったそれらは、カタカタと不気味な音を立てながら両手を合わせる。離れたそこには、太陽の光を反射する細い線のようなものが見えた。
「……ワイヤーか。本当にレパートリーが豊富なことで」
うんざりしながらも構える。
舐めてかかるわけにはいかない。この絡繰人形はそれぞれがかなりの強敵であることは間違いないのだ。ウリウムのサポートが無ければ何度か死んでただろうし。
全身強化魔法『堅牢の型』を発現する。
あれが本当にただのワイヤーなら今度の敵は体術メインだろう。正直なところ、走り過ぎ戦い過ぎ無系統もそこそこ使い過ぎで機動力勝負に持ち込むのはきつい。なら、防御力を底上げしてカウンターで沈める。
「おら、来いよ。こっちは遊んでる暇なんてねぇんだからよ」
二体の絡繰人形が一斉に向かってきた。
向こうは浮遊魔法を常時展開しているようで飛んできている。動きが立体的なので最初は捉える事すら難しかった。しかし、ここまで何度も相手をさせられていたらその動きも多少は慣れてくるというものだ。
振り回した手のひらからワイヤーが放たれる。それらが周囲の建物の側壁へと突き刺さった。回避したものの、もともとこちらを束縛する目的ではなかったようだ。そうなると、こちらの動きを阻害するためか、もしくは向こうの機動力を更に上げるためか。
「どちらにせよ、こっちに利点は無さそうだな」
手刀を薙ぐ。『神の書き換え作業術』によって展開されていくワイヤーを次々と切断していく。切断する時に、全身強化魔法に使われている魔力が弾かれるような違和感を覚えた。
「絶縁体だったか? 無駄な努力お疲れさん」
通常の魔法では破壊できない可能性があったか。無系統魔法で破壊するという選択は正解だったということだ。
張り詰めたワイヤーを利用して軌道を変えようとしていた絡繰人形が、ワイヤーが切断されたことによってバランスを崩す。その隙を突いて距離を詰めて絡繰人形の首を刎ね飛ばした。同時にその人形を対象として『神の書き換え作業術』を発現する。
遥か上空で爆発音が鳴り響いた。
「さあ、後一体……」
そう呟きつつ、ワイヤーをばら撒き続けている絡繰人形へ目を向ける。丁度そのタイミングでその絡繰人形の周囲に光る糸のような魔力が絡みついた。
一瞬、絡繰人形の魔法かと思ったが違った。
絡繰人形に纏わりついていたそれらが、本体を締め上げる。そう思った時には絡繰人形が細切れになっていた。自爆することもなくガラクタになったそれを、思わず呆然と眺めてしまう。
だから、反応に遅れた。
「聖夜クンっっっっ!!!!」
「うおっ!?」
突如として視界の端に現れたピンク色の物体に突撃され、支えきれずに尻餅をつく。敵の攻撃だったら腹に風穴が空いていたかもな、なんて思いながら抱き着いてきた奴に視線を落とした。
ピンク色の魔法服。
ネコミミが付いたフード。
魔法服に所狭しと付けられた猫グッズの数々。
合流……、出来たか。
「……クラン」
「ぜいやグン……」
俺の胸に顔を埋めていたクランと目が合う。
なぜかクランの方が涙目だった。
鼻水もちょっと出てる。
「よがっだ。いぎででぐれで、よがっだよぉぉぉぉ~」
こうして見ていると年上には全然見えないよなぁ。ハンカチで目尻を拭ってやりつつ、さり気なく頬に付着した血も拭き取っておいてやる。頭を撫でてやりたくなるようなオーラを醸し出してはいるが、年上だと言うことで自重しておいた。
それよりも。
「クラン、エースはどうした」
「あ……」
大きな瞳が揺れ動いた。
それだけで、察してしまった。
「し、心配しなくていいよ! ちょっと厄介な相手がいてね! 私が先行しただけだから! すぐに合流できるから!!」
……。
「そうか、ありがとう」
クランと同じ。
言いたいことは全て飲み込んで、そう言った。
立ち上がる。
いつまでも、こんなところでのんびりしているわけにはいかない。
「じゃあ、行こうか」
創造都市メルティへ。
そこへ俺が行くことで、何が変わるのかは分からないけど。
走り出そうとしたが、クランが一向に動きだそうとしないので不審に思う。
「どうした、クラン」
俺の言葉を聞いて、しゃがみ込んでいたクランがようやく立ち上がった。
こちらへ振り返ることなく言う。
「大丈夫。もう走る必要なんてないよ」
「あ?」
「さっきエースから託された……、今井修からの最後の伝言を伝えるね」
ネコミミフードのクランは、こちらへ一切顔を合わせることなく続けた。
「『リナリー・エヴァンスに預けていたアレへ、座標を合わせろ』」
――――っ。
「私には何のことかさっぱり分からないけど、聖夜クンに言えば絶対に分かるからって」
師匠に預けていた、アレ。
座標を合わせろ。
何が言いたいのか、すぐに理解した。
「聖夜クン」
クランがこちらへ振り向いた。
「お別れ、だね」
その瞳は涙で濡れていた。
「……お別れってどういう意味だよ。クラン、お前1人くらいなら連れていけるぞ?」
クランは涙を拭い、首を振る。
「『脚本家』が姿を見せる条件は、中条聖夜がただ1人で向かうこと。私は行けないよ」
てへっ、と。
見え見えの作り笑いを浮かべたクランは言う。
「だから、ここでお別れ」
お別れ。
なんで。
なんでそんなこと言うんだよ。
まだ分からないじゃないか。
お別れしないように、皆で頑張っているんじゃないのか。
「……、っ」
言葉にならない。
何と声を掛けたらいいのかが分からない。
俺の心情を察してくれたのか、クランが笑う。今度の笑みは作り笑いなんかではない。クランの自然な笑みだった。だから、ようやく言わなければいけない言葉が分かった。
「悪い……。俺が……、我が儘を言ったからだな」
本当は目を合わせなければいけないのに、視線を逸らしてしまうのは俺の心が弱いから。
我が儘を言っていなければ、クランとエースはスペードも含めて3人で動けていた。3人で動いていたら、今ここにはクランだけでなくスペードもいたかもしれない。そうしたら、クランの生存率は更に上がっていた。そもそも3人で動いていたら、エースを囮に動く必要も無かったかもしれない。もし、クランたちが3人で動いていたら……。
「悪い。俺が」
「聖夜クン」
っ。
気が付けば。
クランの顔が目の前にあって。
気が付けば。
唇に柔らかい感触が押し付けられていた。
思わず呼吸が止まる。
それでも、女性特有の甘い香りで頭の中がいっぱいになった。
「クラ……、ン?」
あちらこちらから聞こえてくる怒号や爆音が、どこか遠くに聞こえてしまう。
「君に会えて本当に良かった」
その中で。
俺からゆっくりと離れたクランは、今日で一番の笑みを浮かべて言った。
「私に救いをくれてありがとう」
……救いって。
救いって何だよ。
俺はお前を救えないんじゃないのか。
直後。
クランの後方、民家のひとつが何かの魔法によって吹き飛んだ。
そちらへ視線を移したのは僅か一瞬だった。しかし、その一瞬の間でクランの表情は変わっていた。頬を染めて泣き笑いの表情を浮かべていたはずのクランは、笑みを消し鋭い視線を自らの後方へと向けている。
「行って、聖夜クン」
こちらに背を向け、ピンクのローブをなびかせてクランは言う。
「クラン……」
「行って!! 私は大丈夫だから!!」
凄まじい魔力がクランの身体から吹き荒れた。
まるで。
君に心配されるほど私は弱くないよ、と。
そう言われているようだった。
「……、ああ。それじゃあ……、ここは任せるよ、クラン」
後退する。
クランから距離を取る。
クランは振り向かない。
でも、右手でピースをして見せてくれた。
俺は、何をやっているんだろう。
俺は、どこへ向かっているんだろうな。
ヴェラが死んで。
師匠も恐らく死んでいて。
栞とまりもの安否は不明で。
ルーナとエマもどうなっているのか分からない。
『黄金色の旋律』は、いつの間にかほぼ壊滅状態となっていた。
蟒蛇雀を殺したいと思っているのに、感情に任せて1人で突っ走って。
何も分からないのに、周りから言われた通りに動いて。
なぜか、色々な人たちから守られている。
何も分からない。
シリーズ物の漫画を読み続けていて、急に1巻だけ飛ばして読んでしまったような感覚だ。何でこんなことになったんだ? どこで何を間違えた。俺はただ、青藍魔法学園の修学旅行で魔法世界へ来ただけだというのに。当事者であるはずなのに、1人だけ置いてけぼりをくらったような感覚だ。
――――『神の上書き作業術』、発現。
それが、無性に悔しかった。
★
白亜の頂。
王城エルトクリア。
その居館にあるアイリスの私室。
ここには、下々の者が住む下界の喧騒など微塵も届かない。
例え、街中でRankMの属性奥義が放たれようとも。
例え、どれだけの人間が死んでいようとも。
「クランベリー・ハートより連絡が御座いました。中条聖夜とは無事合流。伝言を受け取った中条聖夜は、能力を使用して姿を消した模様です」
「そうか」
跪いて報告するジャック・ブロウに目を向けることなく、女王アイリス・エルトクリアはそう答えた。
「アイリス様」
ジャックの隣で同じように跪いているクィーン・ガルルガが口を開く。アイリスは一瞬だけ視線をクィーンに向けたがすぐに逸らした。本当は口すら開かせたくない。面倒なことを言われるのは間違いないからだ。しかし、発言を許すまでクィーンはいつまでも待ち続けるだろうことも分かっていた。
アイリスは、あからさまにため息を吐いてから言う。
「……何だ」
「なぜ、中条聖夜への警護を優先させたのですか。御身の守護こそが我ら『トランプ』の使命に御座います。『司書』からの接触には少々驚かされましたが、優先されるべきは御身の――」
「それはお前たちの都合であろう?」
クィーンの言葉を遮り、アイリスが口を開いた。
「私には私の都合がある。私にとって最優先させるべきは『脚本家』であり、その声である『司書』だ」
跪いたクィーンの表情をアイリスは見ようともしない。
しかし。
顰められた表情をアイリスは容易に想像できた。
アイリスは知っている。
今回の騒動に対して、『脚本家』が何をしようとしているのかを。『脚本家』の狙いを。『脚本家』の人知を超えた魔法を。しかし、それを目の前で跪く者たちへ教えることは出来ない。それは、エルトクリア王家において代々伝えられた秘密。魔法世界建国にあたって交わされた『始まりの魔法使い』との密約だった。
アイリスは知っている。
元凶である『ユグドラシル』との会談へ向かう前、リナリー・エヴァンスがもしもの時のために用意しておいた布石のことも。それを『司書』が正確に理解した上で、今回『トランプ』のウィリアム・スペードとアルティア・エースに接触してきたことも。
アイリスは言う。
「中条聖夜が伝言を受け取り、魔法を使ったのなら問題無い。事態は好転するだろう。そう案ずるな」
「もっとも、それをお前たちが知覚することは出来ないだろうがな」と。アイリスは誰にも聞こえないようにそう小さく付け加えた。
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