第14話 我が儘
3月4日分、最初の更新は第13話です。
読み飛ばしにご注意ください。
ここから先は、章が完結するまで3時間毎に1話ずつ更新します。また、ネタバレ防止のため現在感想への返信を停止しております。でも、ちゃんと読ませてもらっています。ありがとうございます。
☆
足は止めず、大きく深呼吸する。
カッとなっていた熱を、意識的に吐き出すようにした。
通話ボタンをタッチする。
その瞬間、ほとんど叫んでいるような声がクリアカードから発せられた。
『無事か!! セーヤナカジョー!!』
思わず耳を覆いたくなるほどの音量。
それでも、その聞き慣れた声に安堵してしまう自分がいた。
「無事だ。そういう質問が来るということは、何かあったのか」
通話中のクリアカードから、風を切るような音が聞こえてくる。
移動中か。
『「ユグドラシル」からの宣戦布告だよ! クソが!!』
「……なに? 使者でも来たのか」
貴族都市ゴシャスのセキュリティを易々と突破できるとは思えない。それとも手紙とか?
『……セーヤナカジョー、リナリー・エヴァンスはどうなっている』
……。
その質問で理解できてしまった。
「死んだ」
『だろうよ。リナリー・エヴァンスのクリアカードからクィーンに届けられたからな』
これで、師匠が死んだ可能性はより高くなった。
なってしまった。
ああ。
こんな思考になってしまうあたり、やっぱり俺は心のどこかで期待していたんだろう。
あの人は。
リナリー・エヴァンスは、絶対に負けないんだって。
口では「死んだ」と、あれほど呆気なく言えたというのに。
『……すまねぇ、セーヤナカジョー。無神経な言い方だったな』
「いや、気にするな。そっちに悪気がないことは分かっている」
俺が無言だったのでスペードが気を回してくれたらしい。宣戦布告をされている以上、向こうも気が立っているだろう。この程度で無神経だと罵る気はない。
「それで、わざわざ俺に連絡してくれたということは、俺絡みなのか?」
『そうさ。「中条聖夜を守り切ってみせろ」ってな!!』
……なに?
いったいその宣戦布告にどういう意味があるというんだ。
「女王陛下を守り切ってみせろ、ではなく?」
『ああ!! 今、そっちに俺とクランベリー・ハート、そしてアルティア・エースが向かってる!!』
……。
は?
「馬鹿野郎!! これが罠だったらどうするんだ!? お前たちは誰の護衛だ!!」
『アイリス様だよ!! そのアイリス様に言われちまったんだ!! 「キング・クラウン、クィーン・ガルルガ、ジャック・ブロウ。この3人に倒せない魔法使いなら諦めるしかない」ってな!!』
「そこを諦めないのがお前の仕事だろうが!!」
『正論だ。中条聖夜』
怒鳴りつけたクリアカードから聞こえてきたのは、スペードの声では無かった。
「アルティア・エース!!」
『しかし、女王陛下は頑なだ。俺たちが行かなければ自分が行く、と言い、中条聖夜が死ねば自害する、私を気絶させたら目が覚めた瞬間自害する、自害するまで同じことを繰り返す、と言った。貴様、女王陛下に何をした』
「何もしてねぇよ!! 寧ろ、したとしたらお前だよ!!」
『……何?』
女王陛下のプライベートルームから辞する時、護衛がハートからエースに変わったことを怪しんでいたあの御方のことだ。きっと止められなかった自分を責めたに違いない。その負い目から来るものなら、先ほどエースが言っていた演技をして、俺を助けようとしてくれていると考えることが出来る。
『聖夜クン!! 絶対に助けるから!! だからお願い!! 私たちと合流するまで逃げ切って!!』
この声はハートだ。
「合流してからどうするつもりなんだ? 王城へ匿うつもりなのか?」
こちらとしては、交易都市クルリアに用がある。蟒蛇雀の動向も気になるし、じゃあよろしくと言って王城に逃げ込むわけにはいかない。そうすると、奴の毒牙が舞たちへ向く可能性があるからだ。ヴェラの件もある。
『いや、違う』
俺の問いに答えたのはスペードだった。
『お前には、創造都市メルティにあるエルトクリア魔法学習院、その中にあるエルトクリア大図書館へ向かってもらう』
……エルトクリア大図書館?
「そこでほとぼりが冷めるまで息を潜めていろ、ということか? 悪いが――」
『大図書館で「脚本家」がお前を待っている』
……『脚本家』。
聞いた名だ。
中国最強の魔法使い、泰然と名乗った男の口から。
『「ユグドラシル」からの宣戦布告の直後、オサムから伝言を預かった。「ナカジョーセーヤを、大図書館まで連れて来てくれ」ってな』
オサムって誰だよ。
俺が知らない奴からの伝言を聞いたところで、俺の心は動きはしねぇよ。
俺には俺の、やるべきことがある。
『頼む、セーヤナカジョー。本来、「脚本家」と「司書」であるオサムは干渉して来ないはずなんだ。にも拘らず、こうして伝言を寄越したってことは、それだけ異常事態ってことだ』
『スペード、話し過ぎだ』
『うるせぇよ、アル! これから「脚本家」に会える奴に俺が知ってる程度のことを話して何が悪い!!』
クリアカードの向こう側で言い争うのは止めて欲しい。
通話切ってからにしろよ。
「交易都市クルリアで、俺の仲間が蟒蛇雀に捕まっている。俺はそこへ向かいたい」
向こう側での言い争いが止まった。
『……クルリアのどこだ』
「分からない。30分以内に見つけることが出来れば、死体は返してやると言われた。もう半分近く消費している」
エースからの質問に答える。
『死体、だと?』
エースはそこに引っ掛かったらしい。
まあ、引っ掛かるよな。
「そうだ。既に殺されている」
『馬鹿か、お前は。自ら進んで相手の罠に――ぐっ!?』
エースの言葉は、何かを殴打する音によって遮られた。いや、何かなんてぼかす必要は無いか。
『そういう言い方ねぇだろうが!! もうちょっと考えてから発言しやがれ!!』
殴られたのだ。
この男に。
『……考えるのはお前たちの方だろう。俺は正論を』
『エース、もっかい歯を喰いしばってもらえる? 私も殴るから』
ハートも混じってぎゃーぎゃーやり出した。
ここだけ聞くと、戦闘のプロとは思えない。
「とりあえず、もういいか? そっちの言い分は分かったが、俺としても譲れないところなんだ。そっちの目的が大図書館へ向かう為の護衛なら期待に応えられない。必要なら俺から直接女王陛下へ連絡しておくから、お前らは――」
『待ってくれ、セーヤナカジョー!』
そのままUターンして帰れ、と。
そう告げようとしたが、スペードから遮られた。
『俺が行く』
「は?」
『俺がクルリアに行く!! お前の仲間の遺体は、俺が責任を持って取り返す!! だから頼む! お前はハートとエースを連れて大図書館へ向かってくれ!!』
……。
クリアカードの向こう側でエースが何やら言っているが、ハートの猛攻によってよく聞き取れない。
「聞いてなかったのか、スペード。タイムリミットがあるんだ。お前のいる場所から間に合うのか?」
『それは……っ』
どうせ貴族都市ゴシャスを抜けたか抜けてないか、といったところだろう。
間に合うわけがない。
「じゃあ、もういいな?」
『頼む』
……。
こいつ。
『頼む、セーヤナカジョー。大図書館へ向かってくれ』
「何度も言わせるな。俺の回答は変わらない。大図書館に行きたければお前らが勝手に行けよ」
『中条聖夜』
エースが口を挟んできた。
『俺個人としても、お前は大図書館へ向かうことを勧める』
『エース、あんた!!』
『まあ、待て、ハート。俺は先ほどの件を蒸し返すために口を挟んだわけでは無い。中条聖夜の行動に納得したわけではないが、もう否定はせんよ。この男にはこの男なりの譲れないものがあるんだろう』
……ならもういいだろう。
放っておいてくれよ。
『しかし、だからこそだ。お前は大図書館へ行け』
「……どういうことだ」
『「脚本家」の能力は、人知を超える。今の状況を打破する術も、もしやあるやもしれん』
……。
「曖昧だな。具体的な内容も、根拠も何も無い」
『だろうな。なぜなら、俺たちは皆、「脚本家」に会ったことすら無いのだから』
ふざけんなよ。
この状況を打破する術だ?
俺が打破して欲しいのは、師匠やヴェラが死んだという現実そのものだ。
俺が生き残る手段を模索されたところで嬉しくも何ともねぇんだよ。
『セーヤナカジョー』
もはや何も言わずに通話を切ろうとしたのだが、それに勘付いたのかスペードが俺の名を呼んだ。
『分かってる、なんて薄っぺらい言葉を使うつもりはねぇ。お前が今抱いているであろう煮えくり返るほどの激情を、俺は多分、これっぽちも察してやることができてねぇ。それでも頼む。大図書館へ向かってくれ』
……。
『アルが言っていた通り、「脚本家」の力を俺たちは知らねぇ。会ったこともねぇ。だが、この状況を打破する力があるってことは、俺も信じてる。だから』
一呼吸分おいて、スペードは言った。
『お前が大図書館に向かって、実際に「脚本家」に会って、その力を知って。そこで打破された状況が、お前にとってそぐわないものであるなら、俺を殺せ』
『おい、スペード! 貴様、何を言って――』
『エースは黙っててよ。貴方の望む状況でしょ』
『ふざけるな、ハート。それとこれとは――』
「スペード」
エースとハートのやり取りは聞き流し、俺はスペードの名を呼ぶ。
『何だ?』
返答は、穏やかな声色だった。
「ちゃんと理解して言っているか? 十中八九、お前は死ぬぞ」
師匠とヴェラが死ななかったことになる。
そんなことが起こり得るわけがない。
『理解している』
それでも、返ってきた言葉は断言だった。
「お前は『トランプ』のスペードだ」
『ああ』
「お前は女王陛下の護衛だ」
『ああ』
「お前の命はお前のものじゃない。女王陛下のものだ」
『ああ』
「それを踏まえた上での答えなんだな?」
『その通りだ』
……。
……、……。
……、……、……。
「ヴェロニカ・アルヴェーン。黒の長髪、10代の女だ。後でお前のクリアカードへ写真を送る。必ず遺体を取り返せ」
『……おう!! 任せておけっっ!!』
力強い返答。
馬鹿だよな。
この男も。
どのみち、待っているのは死体だと言うのに。
「それじゃあ、俺は創造都市メルティの魔法学習院へ向かえばいいんだな?」
『ああ!! よろしく頼む!! エースとハートを合流させるから、それまでは何とか逃げ切ってくれ!!』
「了解。今は中央都市リスティルだ」
『こっちは貴族都市ゴシャスを抜けたところ! ここから先は私と電話しよ?』
「分かった。スペード」
割り込んできたハートにそう答え、もう一度スペードを呼ぶ。
『何だ?』
「俺の我が儘に付き合わせてすまない。頼む」
『ははっ! 何を改まって言うかと思えば! 我が儘に付き合わせてるのはこっちだっつーの。それじゃ、そっちもよろしく頼むぜ!!』
「ああ、死ぬなよ。スペード」
『そっちもな!!』
通話を切る。
ハートの番号を呼び出そうとして――。
悪寒。
「――――何、だ?」
これまで経験したことのないような魔力を感知した。
思わず足を止めて、そちらの方角へと目を向けてしまう。場所は遠い。同じ中央都市リスティルであることは間違いないだろうが、距離はある。向こうはギルド本部がある場所。その奥は危険区域ガルダーが広がっているはずだが、そこまではいかないだろう。やはり、発生源は中央都市リスティルの中だ。
しかし、今のが魔法だとするなら、規模がおかしい。
安易な例えになるが、東京ドームが1つや2つじゃ足りない。
そんなレベルの範囲だったはずだ。
着信音で我に返る。
手元のクリアカードに表示されていたのは『クランベリー・ハート』の文字。
『もしもし!? 聖夜クン、無事!?』
デジャヴを感じてしまう第一声だった。
「無事だ。今の魔法は何だ?」
『……やられたよ。「ユグドラシル」からの攻撃。属性奥義を使われたみたい』
……属性、奥義だと。
RankS『属性同調』や『属性共調』を更に超えるRankM。
伝説級の魔法だ。
そんな魔法が、街中で?
「……被害は」
声は震えていた。
『分からない。少なくとも、あの場所ならギルド本部は潰滅していると思う。民家も多いし、死者は数百では足りないだろうね』
……。
かい、めつ?
数百では足りない?
『聖夜クン? 聖夜クン!!』
足元がグラつく感覚を覚えたが、ハートの声で我に返った。
『しっかりして!! お願い!! 私たちが行くまで、絶対に死なないで!!』
ハートの声がどこか遠くに聞こえる。
くそ。
俺はいったいどんな怪物を敵に回しているんだ?
諸行無常がラズビー・ボレリアの暗殺を呆気なく諦めた理由がよく分かった。ギルド拠点ごと吹き飛ばせる奥の手が組織にあるのなら、あの場面で無理をする必要なんて無かったのだ。だとしても、属性奥義だと? ウリウムのサポートで『属性共調』を発現させたところで、対峙すらさせてもらえなかったら意味は無い。土俵にすら立てていないじゃないか。
『中条聖夜!!』
エースの咆哮が俺の耳を突き抜けた。
『スペードは貴様の願いに応え、クルリアへと向かった!! ならば貴様もスペードからの期待に応えよ!! 無様に死ぬことは赦さんぞ!!』
「うるせぇ!! そんなことは分かってる!!」
怯みかけた足を殴りつけ、再び地面を蹴る。
心の中でエースに礼を言う。
本当は、挫けてしまいそうだったから。
それが口にできなかったのは、俺の弱さから来るものだ。怒りと恐怖がごちゃまぜになって、自分の感情が制御できなかったからだ。
ウリウムは何も口にしない。
きっと、クリアカードで通話状態のままだからだろう。
俺が反応しなければ向こうに気付かれないのだから、ウリウムが一方的に喋るなら問題は無いはずだ。それでも、俺はウリウムに先ほど言いかけた言葉を続けるように促しはしなかった。何を言われたところで、今の俺にはどうしたらいいのか分からないから。
エルトクリア大図書館へ向かう。
スペードからの願いに応えるために。
向かった後。
どうすればいいのかなんて分からなかった。
次回更新は9時です。




