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テレポーター  作者: SoLa
第2章 魔法選抜試験編〈上〉
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第10話 “転移者”中条聖夜vs“装甲者”豪徳寺大和

 ――――使うか、“神の書き換え作業術(リライト)”を。


 そう考え、掌をピクリと動かした瞬間を2番手は逃さなかった。


「本当に分かりやす過ぎだぜ、お前」


「っ!?」


 一瞬にして俺の目の前まで移動してきた2番手の両手が、俺の両手首を掴む。


「今の動きで、お前の能力が手を使うことが分かった。なら、これで何も出来ねーだろ?」


 しまっ――――。


「喰らえや!!!!」


 お互いが両手を塞がれている状態で。

 2番手の容赦の無い蹴りが、俺の腹を捉えた。







 手分けして校内の捜索に当たっていた聖夜捜索隊(仮称)の面々は、再び合流していた。


「どうだった?」


「体育館にはいないね」


「校舎にもだ。もっとも、鍵が掛かってるせいで、中までは入れなかったけどな」


 それじゃああってないようなものか、と舞は思った。何しろ、聖夜の無系統魔法は“転移”だ。扉1枚程度、触ることなく跳び越えられる。


「部室棟も同じような感じだな。ただ、そこに繋がる道が封鎖されてた」


「……封鎖?」


 修平からの報告に、舞の眉が吊り上る。


「ああ。見張りの人間がいなかったから、ちょっとだけ中に失礼させてもらったが、ありゃあ一戦交えた後だったな。地面がひどく抉られてた」


「そ、そこだ――」


「違うわね」


 将人の見解は言い終える前に舞によって叩き潰された。


「封鎖の処置がされていたのなら、それなりに時間が経っていると見るべきよ。つまり、少なくともそこで交戦中とは考えにくいわ」


「花園のお嬢さんの言う通りだろうな。一通り見て回ったが、近くに誰かがいる気配も無かった」


「……そう」


 修平の言葉に、思案気になる舞。そこへ、後ろから声が掛かった。


「お待たせ致しました」


「ふぅ……ふぅ……」


 可憐と咲夜が足早に寄ってくる。咲夜は少し息切れしていた。


「お疲れ様、そっちはどうだった?」


「……それが」


 可憐は、少し躊躇いがちに結果を口にした。







「ってぇ……」


 へし折れた大木に体重を預け、起き上がる。

 身体強化が無ければ激突した瞬間に内臓が破裂してたな。容赦無さ過ぎだ。まあ、俺が言えた義理じゃないけどさ。


 葉っぱや枝を払って立ち上がる。周囲を見渡してみて、思った。

 視界が悪い。木々が立ち並ぶ茂み。

 これは、……むしろ好都合か。


「何だァ? 笑ってるたァ随分と余裕じゃねーか!!」


「うおっ!?」


 顔面を狙って放たれた回し蹴りを、屈むことで回避する。髪を数本持っていかれたか。ギリギリだった。


「せやぁ!!」


「ふっ!!」


 またもや顔面を狙ってきた右ストレートを払う。できた隙を逃さず、2番手の脇腹に蹴りをぶち込んだ。


「ちっ、やるじゃねーか!!」


 2番手が若干後退するが、顔に苦痛の表情は無い。やはり“装甲(アーマー)”の能力によって、俺からの攻撃はほとんど通っていないらしい。

 ならば――――。


 既に発現している身体強化魔法に、属性を付加する。付加する属性は……。

 2番手の顔が、歪んだ。


「……属性付加。詠唱無しで、……それも攻撃特化の『火』かよ。お前、本当に何者だ?」


「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 振り抜いた拳を、2番手は全力で回避した(、、、、)

 その行動で確信する。“装甲(アーマー)”とて、万能では無い。その能力を超えた一撃は、必ず通るのだと。そして、俺の火属性を付加した身体強化ならそれが適うということを。

 防御に回ると言うより回避行動をすること自体が、2番手にとってあまり無いことなのかもしれない。思いの外大袈裟に回避したせいで、バランスを崩したようだ。ふらふらと後退している。これまでの2番手の動きからすると、信じられない程の隙だった。


 ここで一撃を見舞うことは簡単だ。だが、この隙はもっと別のことに利用させてもらう。

 属性付加を解除する。掌を伸ばし、あえて2番手を(、、、、、、、)ギリギリで外す(、、、、、、、)角度で手刀を(、、、、、、)薙いだ(、、、)


「はっ!?」


 2番手が、これまでにない驚愕の表情を浮かべる。

 大きな音を立てて、大木が斜めに斬り落とされた。月明かりに、綺麗な断面図が浮かび上がる。道具を使っても、ここまで綺麗には斬れないだろう。木くずが舞い上がることもなく、美しい年輪が姿を現していた。


「……お前、今。……何を」


「これをどう読みます? “青藍の2番手”さん」


 近くにあった木に手刀を薙ぐ。同じように斜め一直線に筋の入った大木は、音を立てて崩れ落ちた。


「てめぇも身体強化の類か。……切断系だな。……“斬撃(スラッシュ)”ってとこか?」


 その返答をしてくれると、信じてたぜ。

 俺がニヤリと口を歪めるのと、2番手が地面を蹴るのはほぼ同時だった。


「うらぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「ふっ!!」


 2番手が距離を詰める前に、木を斬り倒す。俺と2番手の間に割って入る様に、木が倒れ込んでくる。


「この程度で盾になると思――」


 2番手が言い切る前に、身体強化を纏った俺の拳が割り込む大木を殴り飛ばした。衝撃に耐えきれず砕け散った破片は、突っ込んでくる2番手へと吹き飛ぶ。


「ちぃっ!? 目くらましかよ!!」


 襲い来る木片を鬱陶しそうに払う2番手。その隙を突いて懐へと潜り込んだ。


「歯ぁ、喰いしばってくださいねっ!!」


「っ!? てめ――」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「ごぶっ!?」


 瞬時に炎の属性付加を纏った拳が、2番手の腹へと突き刺さる。初めて、2番手の顔が苦痛に歪められた。

 まだだ!!


「があっ!?」


 同じく炎の属性付加を纏った膝が、2番手の脇腹を捉える。そのまま振り抜き、2番手を吹き飛ばした。







「ストップ」


 舞の声で、一同は全員立ち止まった。


「……気付きましたか、舞さん」


「ええ。これは……人払いの結界ね。それもかなり高度なもののようだわ」


「結界?」


「よせ」


 疑問の声を上げ、将人が伸ばしかけた腕を修平が掴む。


「人払い。おそらく物理的な影響は無いだろうが触れるのは得策じゃない」


「影響が出るとしたら、精神面だね。可能性としては、この中へ踏み入れる意欲を逸らさせるとか、目的を見失わせるとか。そんな感じだと思う」


 修平の後ろから結界を見つめていたとおるが、そう結論付けた。舞が1つ頷く。


「聖夜がいる確証は無いけど、少なくとも中で第三者に見られたくないことが行われているのは間違いないわ」


「だが、どうやって突破する。この手の結界術ってのは――」


「結界を成す核を、結界内に安置しておくのが定石です。見た限りでは結界外にそのようなものがあるとは思えません」


 修平の言葉を可憐が引き継いだ。


「問題ないわ。これを使う」


 舞がずっと抱えていたモノを掲げた。ぬいぐるみ。いつぞやのエメラルドグリーンのくまだ。


「非属性、無系統か?」


「っ」


 修平の、少しトーンの下がった声色に可憐が息を呑む。

 が。


「はぁ? 何勘違いしてんのよ、貴方」


 舞は軽く放電しながら、ニヤリと笑った。







「……まさか」


 自らの結界内に入り込んだ異物(、、)を、術者である沙耶は敏感に捉えた。


「どうかしたの? 沙耶ちゃん」


「いえ……」


 沙耶が、少し考える素振りをする。しかし、数秒も経たずに顔を上げた。


「副会長はここで待機していて下さい」


「え?」


「大丈夫です。隠密の結界はこのままにしておきますから。むしろ外に出ちゃ駄目ですよ」


「え? え?」


 詳しい説明の一切を端折った沙耶は、ゆっくりと立ち上がる。


「ちょっと、いったい何なの? まさかまたに――」


「違います、会長ではありません」


 副会長の言うところを察した沙耶が、それを遮って答える。


「ネズミ退治です」







「ぐ……あ」


 今までとは一変して、2番手が木に体重を預けながら痛みに耐えていた。


「流石ですね。攻撃特化の火をその身に受けながらも、まだ戦闘不能にならないとは……。普通なら、一発で十分なんですけど」


「……馬鹿言ってんじゃねぇよ。痒いモンだぜ」


「ふっ」


 口から垂れる血を拭いながら強がる2番手を見て、笑みが零れる。足元がぐらついた。こちらも相当ガタが来ているようだった。

 2番手の一撃一撃は、重過ぎる。

 ここまで痛い思いをしたのは、師匠と最後に組手をして以来だな。

 目が合った。ニヤリと笑われる。


「まさか限界じゃねーだろうな?」


 そんなことを言ってきた。


「痛みに震えながら言われても、全然面白くない冗談ですね」


「ほざいてろ!!」


 蹴りが俺の顔面目掛けて飛んできた。それを首を逸らしてやり過ごす。代わりに後ろに立っていた木に風穴が空いた。


「すげぇ威力っ……スねっ!!」


 カウンターで放った拳が、2番手の腹を穿つ。


「ぐぷっ……がらああ!!」


「ぶっ!?」


 顎に良いモノを貰ってしまった。頭がぐわんぐわんと揺れる。


「ははっ、終わりかァ!?」


「ま、さ、かぁっ!!」


 振り上げた足が2番手の顎を捉えた。


「ごっお……!?」


 一旦、距離が離れる。


「……はぁ……はぁ」


「ぜぇ……ぜぇ、くく。ははっ……はぁ。やるじゃねぇか、中条聖夜」


「あ、貴方も……はぁ……はぁ。随分と、……腕が……はぁ、立つようで」


 乱れた髪を掻き揚げながら、2番手が笑う。


「想像してた奴と、全然違うな。はぁ……はぁ。……面白いわ、お前」


「面白いってセリフは、……き、聞き飽きました……はぁ、よ」


 俺の言葉に、2番手はまた笑う。


「……中条聖夜」


「はぁはぁ……。……何ですか」


 少しだけ、トーンの下がった声。違和感を覚えながらも聞き返す。


「1つだけ、教えろ」


「……答えられることなら、ですが」


「お前が、4人組を襲ったって理由。……ありゃ本当か?」


 言葉に詰まった。

 答えは、ノーだ。

 だが、ここはイエスと答えておくべき質問。

 瞬時にそう考えたにも関わらず口には出来なかった。


 別に目の前の男に真実を話し、同情して貰いたかったわけでも共感して貰いたかったわけでもない。ただ、なぜか直ぐに口に出来なかった。

 俺のその反応を見て、2番手の顔色が変わる。

 ……気付かれたか。


「……お前、まさか――」


「2番手先輩」


 2番手の口を、言葉で制する。

 拳を前に突き出した。


「語るなら……。こいつがあれば十分。……でしょう? うだうだ話すのは後にしましょう」


 俺の言葉に、2番手がきょとんとした表情になる。が、徐々に笑みが戻って来た。


「気にいったわ。お前、最高だな」


「光栄です」


 お互い、同時に寄りかかっていた木から離れる。


「まだ、やれるんだな?」


「気遣い無用です。むしろ、これ終わったら病院に引き摺って行ってあげますよ」


「ははっ……。上等ォォォ!!!!」


 両者、同時に地面を蹴った。







 魔力を纏った一太刀が、謎の物体を一刀両断した。お腹の部分から真っ二つに裂かれたくまのぬいぐるみは、中の綿を盛大にぶちまけながら音も無く地面へと崩れ落ちる。後には白い綿がふわふわと漂うだけとなった。


「……ぬいぐるみ、遠隔操作魔法? 実に高度なもの、雷属性を得意とする魔法使いですか」


 沙耶はゆっくりとその残骸に近付き、くまの上半身を拾い上げた。無機質なビーズの目が、じっと沙耶を見つめている。


「視覚同調をされていたら、こちらの姿は丸見えだったでしょうね。魔力の残滓からどの程度の操作が行われていたかの判別は……無理、ですか」


 ため息を吐いて、沙耶はくまの下半身の部分も拾い上げた。


(相当な技量を持った術者……。目的は? 中条聖夜、なのでしょうか)


 このまま副会長のいた場所へ戻るべきか、迷う。が、直ぐに結論は出た。


(“4番手(フォース)”では無い。しかし、高レベルの術者。野放しでは危険かもしれませんね)


 そう結論付けた時には、既に沙耶は探知魔法を展開していた。直ぐに反応した方角へと目を向ける。


「……牽制、しておきますか」


 地面を蹴った。







 火属性を纏った拳が2番手の肩を捉える。鈍い音と共に、2番手の顔が苦痛に歪められた。


「っっっ!! まだまだァァァァ!!!!」


「ぶべっ!?」


 2番手の足先が俺の頬を蹴り飛ばした。身体が横へと傾く。


「ほぉらぁっ!! がら空きだっうおっ!?」


 連撃を浴びせようと距離を詰めた2番手に、“神の書き換え作業術(リライト)”を発動させた俺の足が牽制に入った。ぎりぎりのところでブレーキを掛けた2番手の眼前を通り過ぎる。


 当てるつもりは無い。動きさえ止められれば、それで十分。

 というか、当たったら殺してしまう。

 生まれた隙に、もう一発火属性を纏った拳をぶち込んだ。


「ぐっ……がぁっ!?」


 後方の木へと激突する2番手。それに追撃とばかりに距離を詰め、“神の書き換え作業術(リライト)”を発動させた左手を横一直線に薙いだ。2番手が転がりながら回避する。

 対象を見失った俺の手刀は、2番手の後方にあった木を横一文字に両断した。乾いた音を立てながら、上半分が土台から滑り落ちる。


「ぜぇ……ぜぇ。すげぇ切れ味だな、そいつぁ」


「ええ、加減が難しいので。はぁ……はぁ……。病院には連れて行きますが、もしかするとこいつで両断した部分はくっつかないかもしれません。っはぁ。許して、くださいね」


「……言ってる内容が、まともじゃねぇよ。身体強化魔法の属性付加も、無詠唱でポンポンこなしやがって。……お前、本当に学生か?」


「……むしろそのセリフは俺が聞きたいんスけど」


 本当に何してんだよこの人。さっさとライセンス取って就職しろよ。


「……っと」


 俺の回答に苦笑いされる。ふらついた2番手は、近くにあった木に手を当てた。


「……限界ですか?」


「ほざけ……と、言いてぇところだが。流石に、キツくなってきたな」


「まぁ、同感ですね」


 こっちも相当ヤバい。ただでさえ疲弊していたところで、“神の書き換え作業術(リライト)”の連用だ。体力もそうだが、何より頭が熱い。“事象の書き換え”の為の座標計算処理を連続して行っているせいで、頭がぼーっとしてきている。


 考え無しに乱用し過ぎたか。いや、それでもこうしてインパクトを与えておかないと、後々面倒なことになりかねない。

 これは、どうしても必要なことだ。


「そろそろ……終いにすっか」


「ですね」


 さて、もうひと頑張りだ。持てよ、俺の身体。







「これは予想できなかったわね」


 舞は結界内から姿を現した人物を見て、目を細めた。


「こちらもです。まさか貴方がここへ来るとは……。いえ、中条聖夜との関連性を鑑みるに、むしろ一番高い可能性と見るべきでしたか」


 舞・可憐・咲夜・修平・将人・とおるの計6名。この人数差を目にしても顔色1つ変えず、沙耶はそう口にした。


「目的をお聞きしても? 花園舞さん」


「それはこっちのセリフでしょ」


 舞は髪を掻き揚げながら、逆に質問した。


「どういうつもり? 聖夜と“2番手(セカンド)”の小競り合いは、生徒会公認という認識でいいのかしら」


「回答に詰まる質問ですね」


 それは暗にYesと言っているようなものだ。

 沙耶は自ら答えを口にせず、生徒会の意向を提示した。


「ふぅん……?」


 その答えに。舞は不敵に笑った。


「公になってない事案ならば、こっちも実力行使で押し通っちゃって構わないのよね?」


 舞の身体から魔力が滲み出る。


「お勧めはしません」


 沙耶は手に持っていたソレを舞の目の前にかざした。


「相手は、この私ですよ」


 それは、真っ二つになったくまのぬいぐるみ。


「……人のお気に入りにぃ」


 舞の身体から発せられるものが、怒気に変わる。


「何してくれとんのじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「きゃっ!?」


「うおっ!?」


 舞の真後ろに立っていた咲夜と将人が悲鳴を上げる。亀裂が走るほどの衝撃で地面を蹴った舞が、一瞬にして沙耶との距離を詰めた。無論、身体強化魔法の発現である。


「門限破り、無許可での魔法使用等。もろもろの罪状はありますが――」


 襲い来る足技を華麗に回避した沙耶も、身体強化魔法を発現させて舞へと手を伸ばした。


「ひとまず、無力化します」


「やってみなさい!!」


 同時に発現した魔法球が両者の中央で弾け合う。衝撃で一度距離が空くが、共に躊躇わなかった。再度地面を蹴り、一気に肉薄する。


「やぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


「はぁぁぁぁっ……あ?」


「ってちょっと!? 急に回避してんじゃ無いわよ!?」


 身体強化を纏った拳で、打ち合う。誰もが確信したタイミングで、沙耶が何かに気付いたかのように打ち合いを回避した。結果、行きどころを失った舞の拳は身体と共にバランスを崩し地面に着弾する。


 凄まじい音が響いた。

 舞の方へは目も向けず。

 己の身体強化すら解除し、丸腰で結界内へと視線を向ける沙耶。


「……何の真似だ?」


 修平が疑念の声を上げた。その質問には答えず、沙耶はパチンと指を鳴らす。

 その音に呼応し、人払いの結界が消失した。


「通っていいですよ。お友達が心配なのでしょう? 罰則は改めて指示します」


「ちょっと待ちなさいよ!!」


 それだけ告げて立ち去ろうとする沙耶を、舞が呼び止める。


「いったい、どういうつもりかしら」


「終わりました」


「……は?」


 その答えに、皆が呆けた顔をする。沙耶は無表情のままで続ける。


「豪徳寺大和と中条聖夜の戦闘が終わりました。ですから、もう構いません。本当なら直ぐにでも寮監へ突き出したいところですが、中条聖夜が気がかりなのでしょう? ご自由に。但し、直ぐに帰って下さいね」


「ふざけ――」


「あと」


 舞の怒気をひらりと躱しながら、沙耶は舞の手にくまの残骸を握らせた。


「後日、弁償致します。それでは」


 ひゅおっという風を切る音と共に、沙耶の身体は一瞬で消えた。実際は身体強化魔法による移動術だが、そう見えてしまう程に流暢な流れからの移動術だった。

 真っ二つになったくまを握らされたまま、舞が俯く。身体は小刻みに震えていた。


「ま、舞さん……」


「花園せんぱい、お怪我はありませんか?」


 そっと近寄る姫百合姉妹。舞は、何も答えない。


「花園のお嬢さん」


 修平たちも寄ってくる。


「行こう、聖夜が待って――」


「……あの、女」


「へ?」


「あの、女ぁ」


「ひっ!?」


 とおるが情けない声を上げた。舞は俯いたままぷるぷると肩を震わせている。


「は、花園のお嬢さん。ちょっと落ち着け。悔しいのは分かる。が、今は先に――」


「これはっ!!」


 修平のアドバイスをぶった切り、舞は空を見上げて吠えた。


「限定カラーだったのよ!!!!」


 一同、絶句した。







「ぐ……く……。……く、くそっ」


 体重を預けていた木をずるずると滑り、2番手は音を立てて崩れ落ちた。


「……はぁ、はぁ」


 その光景を見て、こちらの力も抜ける。ふらりと揺らいだ身体に力を入れることも適わず、そのまま尻もちをついた。


「まさか、この俺が負けるとは……な」


「強かったですよ。正直、驚きました」


 体力に限界が来たわけではない。

 魔力に限界が来たわけでもない。

 俺の無系統魔法“神の書き換え作業術(リライト)”の乱用により、思考回路の方に限界が来た。


 頭が熱い。

 これ以上この男が粘っていたら、負けていただろう。もう身体強化魔法も満足に発現できる気がしない。制限された戦いだったわけだが、それでもここまで粘られるとは思っていなかった。


 学生の身でこれだけの実力を有しているこの男が、正直恐ろしい。

 そんな畏怖を込めての感想だった。


「くくくっ。そんなセリフ吐かれるとは思わなかったぜ」


 それの本心がどこまで伝わったのかは分からない。

 それでも。

 痛みに顔を歪めながらも、2番手は面白そうに笑った。


「……で?」


「『で?』とは?」


「とぼけんなよ、理由についてだ」


 うまく流せるかとも思ったが、そう簡単では無かった。


「……あの4人を殴り飛ばしたのは本当です」


「そうか。理由」


 ……。


「……早く話せ」


「負けた割に随分と偉そうですね」


「話せ」


「……つまらない理由ですよ」


「それを決めるのは俺だ」


 大袈裟にため息を吐いて見せたが、無駄だった。


「……俺が今、何て呼ばれてるか知ってます?」


「あん? あぁ、“出来損ないの魔法使い”だっけか? くだらねぇ」


 ……。

 一発で切り捨てられた。妙な気持ちになる。


「で?」


「え? あ、ああ……。まあ、それで選抜試験で俺と組みたいと言ってくれる奴らがいまして」


「……で?」


「そいつらは良家の生まれの奴らのようで。それで誰と組むかってのは結構注目されていたようなんですが……」


 2番手の、真剣な視線を感じてふと思う。……なんで本当のことを話してんだ、俺は。嘘を吐くべきところじゃなかったか、ここ。

 久しぶりの激闘に気分が高揚し、細かいことなどどうでもいいと感じてしまっているからか。それとも、目の前の男に嘘を吐くことが躊躇われたのか。自分の心も分からないまま、口は勝手に動く。


「誰と組むかで注目されている中、“出来損ないの魔法使い”たる俺と組むのは気に喰わなかったんでしょうね。それで矛先が……」


「お前じゃなく、そいつらに向いたってわけか」


「……まあ、その通りです。“出来損ないの魔法使い”とお嬢様じゃ釣り合わない。俺を選ぶお嬢様もどうかしてるって言われたんで、血が昇って思わず殴り飛ばしたんですが」


「……そうか」


 ……。

 それっきり、無言の沈黙が続く。


「ふ」


 ……ん?


「ふ、ふふふ」


 ……。


「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」


 ……怖ぇよ。


「ふははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははあははははあはははははああああっはははははははははは!!!!」


「……あのー?」


 これ以上はまずいだろう。

 恐る恐る声を掛けたところで、笑い声がピタリと止む。

 再び訪れる少しの沈黙の後、2番手は低めのトーンでこう言い放った。


「あいつら、……殺す」


「ぶっ!?」


 思わず噴き出した。本当にやりかねないところが怖い。


「あー、その……。なんだ」


 ふらふらと立ち上がりながら、俺の方へと歩いてくる。

 尻もちをついたままの俺の一歩手前で立ち止まってから。


「悪かったな。俺が悪かった、中条聖夜」


 そして、頭を下げてきた。


「……あ」


 その行動に、思わず言葉に詰まってしまった。

 まさか、ここまで真摯に謝罪してくるとは思っていなかったからだ。

 2番手が顔を上げる。


「お前や……、お前の友達(ダチ)の言い分を無視して、勝手に空回った結果がこのザマだ。あれだけのことを他の奴らの前でやらかしておいて……、この期に及んで頭下げたところで許されることでもねぇとは思うが……、それでもだ。本当にすまなかった」


 そして、もう一度頭を下げてきた。

 そして、今度は頭を下げたままだ。おそらく、俺が何か言うまでそのままのつもりなのだろう。色々と食い違ってしまったせいで、ここまでの事態に発展してしまったものの、この人からの誠意は十分に伝わってきた。

 それに。


「……俺の方こそ、すみませんでした」


「……なに?」


 俺の謝罪に、2番手が怪訝そうな表情で顔を上げる。


「俺も、色々とあったせいでイラついてまして……。その……、先輩には、随分と失礼な態度を……」


 ファーストコンタクトの時なんて最悪の態度だったからな。

 俺の言わんとしていることが伝わったのか、2番手は口角を歪めながら手を差し出してきた。


「立てるか?」


「あ、ありがとうございます」


 その手を借りて、立ち上がる。


「強いな、お前。まさか2番手の俺が負けるとはよ」


「たまたまですよ」


「たまたま、ね」


 俺の答えがおかしかったのか、2番手が含み笑いを漏らした。


「たまたまで負けちまう2番手ってのは最悪だな」


「へ? あ、いえ、そういうわけでは……」


「敬語はいらねーよ」


「は?」


「大和だ、よろしくな。聖夜(、、)

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