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テレポーター  作者: SoLa
第9章 修学旅行編〈下〉
319/433

第12話 “しんじゃった”




 ……、……つ。


「冷てぇぇぇぇ!!」


 思わず飛び上がる。

 敵襲!? 敵襲か!?


「って、うわっ!?」


 足場が悪かったらしく、ずるりとバランスが傾いた。思考が覚醒し切っていない状態では体勢を立て直すことが出来ずに、そのまま倒れ込む。


「ぐぶ」


 情けない声が出たことは自覚している。

 顔面をモロに強打した。くそ痛い。


《……ようやく起きたみたいね、マスター》


「あ?」


 聞き慣れた声。

 ウリウムの声を耳にして、ようやく周囲の状況を確認するだけの余裕が生まれた。


 起き上がる。どうやらベッドから落ちたらしい。血の味がするから拭ってみれば鼻血が出ていた。くそう。というか、なんでびしょびしょなの?


「……ウリウム、お前、今何した?」


 原因は1つしかない。

 テーブルの上に置かれている俺のMCに視線を向けた。


《なにって、『水の球(ウォルタ)』発現してそのまま落としたんだけど》


「何の嫌がらせだてめぇ!!」


 寝起きから水責めとか鬼畜過ぎる。

 しかし、ウリウムの反応は予想に反して冷淡なものだった。


《はぁ? 自分の立場が分かってないんじゃない、マスター。あたしはわざわざ『水の球(ウォルタ)』を発現してマスターの顔へ落としてあげたのよ?》


「……どういう意味だ」


 髪から滴る雫を払いながら問う。


《今、何時?》


「なに?」


 何時って。

 ホテルの部屋に設置されたデジタル時計に目を向けた。そこには、朝食に向かうには少々早い時間が表示されている。顔を洗って歯を磨いて、身だしなみを整える。慌てる必要も時間を持て余すこともない、実に丁度良い時間だった。


 ……あれ?

 このくらいの時間に起きられたらいいな、って思えるような時間じゃない?


《ねえ、マスター。昨日目覚ましセットして寝た?》


 ……。

 把握した。

 完璧に状況を理解した。


 とりあえず、土下座することにした。







 準備を終えて部屋を出る。


 今日は修学旅行の最終日。

 帰国までそう猶予があるわけではない。


 朝食前に帰る準備を終え、朝食後は荷物を持ってフロントに集合。もうホテルには戻ってこないからだ。歓迎都市フェルリアで店を冷やかしつつ土産を選び、そのままの足で玄関口アオバへ向かうことになっている。他の班のスケジュールは知らないが、おおよそはこういった行程で進むことになるだろう。流石に、他の都市で観光をするだけの時間は無い。


 エレベーターに乗り込み、1階のボタンをタッチする。

 同乗者はいなかった。


 エレベーターがゆっくりと降下を開始する。


「……眠い」


 欠伸を噛み殺しながら呟いた。


 当たり前と言えば当たり前だ。魔法世界へ修学旅行に来てから、この2日間はびっくりするほどの寝不足なのだ。初日は王城へ呼ばれたかと思えば、魔法世界最高戦力である『トランプ』の一角、アルティア・エースに貴族都市ゴシャスで殺されかけ、2日目は『赤銅色の誓約』とやらに襲われて大騒ぎとなった。


 ふざけんな。

 ふざけんなよ。


 こんなの俺が知ってる修学旅行なんかじゃない。


 慰謝料を請求したいレベルである。そういえば、女王陛下と連絡先を交換していたよな。『トランプ』の給料を下げてその分のお金を俺の口座に入れるようお願いしてみようか。エースとクィーンあたりは3ヶ月分くらいタダ働きにしてやれ。


 ……。


 やっぱりやめておこう。

 下手に連絡を取って向こうを刺激したくはない。だからこそ、どれだけ『トランプ』に苛ついても連絡を取ってこなかったのだ。「じゃ、ついでに王城へ寄っていけ。命令だ」みたいになったら面倒くさすぎる。下手に借りも作りたくないしな。こっちが貸しを作っているくらいが丁度いい。招集命令も断りやすいわけだし。……断る勇気があるかどうかは別だけど。


 軽快な電子音と共にエレベーターの扉が開く。


「とりあえず、今日はもう大人しくしておこう。これ以上の厄介事は御免だ」


 これ以上厄介事が起きたら、最悪予定通りに帰国できなくなる。それだけは絶対に嫌だ。俺は早く懐かしの日本へ帰りたいのだ。修学旅行さっさと終われ。せめて、一刻も早く魔法世界エルトクリアから出国したい。


 1階の日当たり良好な廊下へ出る。

 この先、繋がっているロビーの方から喧騒が聞こえてきた。


「……何を騒いでいるんだ?」


 こんな朝っぱらから。

 公共施設なんだぞ。

 もっと周りの人のことを考えろよ。


 そう思いながら、ロビーへと足を進める。

 そこで聞こえてきた。


「またT・メイカーが現れたらしいぞ!!」


 俺は速攻でUターンした。


 よく考えてみれば、今の俺、あまり食欲無いんだよね。

 ギリギリまで部屋で過ごして、出発時間に降りてくればいいかな。


 なんなら、もうひと眠りしてもいい。

 寝不足だし。ナイスな判断である。


 そんなわけで、颯爽とその場を後にしようとして。


「あらぁ、どこへ行くつもりかしら。せ・い・や?」


 がっしりと肩を掴まれた。


 恐る恐る振り返る。

 そこには、満面の笑みを浮かべた舞が立っていた。


「お、おはよう。舞」


「ええ、おはよう。聖夜。良い朝ね?」


 そうっすね。


「それで、どこへ行くつもりなのかしら。レストランはこっちよ」


 掴まれている肩からミシミシと嫌な音が聞こえてくる。

 わりと本気で痛い。


「あー、えっと。ちょっと食欲が無くてさ」


「まあ、それはいけませんね。中条さん。もしかして、昨晩は良く眠れなかったのでしょうか」


 ……。

 視線を正面へと戻す。


 そこには、同じく満面の笑みを浮かべた可憐が立っていた。


「えっと、そうだね。ちょっと寝つきが悪かったというか」


「ふぅん、寝つきが悪かっただけなんだぁ。こ~んなに大事になっているのに?」


 舞の後ろからひょっこりと顔を覗かせた美月も、それはもう満面の笑みを浮かべていた。その手に持つ朝刊をバサッと広げる。一面記事にはこう書かれていた。


『またもやT・メイカー現る!! 大規模クエストへと発展した事態に、ギルド“御意見番”イザベラ・クィントネス・パララシアが謝罪へ』


 ……。

 あのクソババアから謝罪されてねーぞ。


 その記事はねつ造だ!!

 と、声を大にして言いたい。


 でも、この3人が求めているのはそんな説明ではないだろう。


 一面記事の下の方には、エマのことも記事にされていた。ガルガンテッラの末裔がギルド襲来やら『黄金色の旋律』との関係性やらで相当騒がれている。他にも『白銀色の戦乙女』と『赤銅色の誓約』が争ってそれなりの被害が出たことも掲載されていた。戦場になったのは全部で6ヵ所で、中央都市リスティルで4ヵ所、交易都市クルリアと近未来都市アズサで1ヵ所ずつらしい。知ったことかよ。


「何か申し開きは?」


 舞が笑顔のまま聞いてくる。


 美月が押し付けるようにして広げた朝刊を受け取り、パラパラとめくってみる。そこで見つけた。


「おー、『赤銅色の誓約』は除名処分か。まあ、妥当な判断だよな」


「うふふ、そうね」


 うふふ、って。

 お前、そんな笑い方したことねーだろう。

 お嬢様かよ。


 ……お嬢様じゃん。

 花園家の次期当主候補第一位だったわ。


「で?」


 にっこり笑顔を崩さない舞お嬢様である。俺を取り囲むようにして立ちはだかる可憐や美月も同様だ。くっそ面倒くさい。


「……とりあえず、朝食に行こうか」


 どちらにせよ、こんな場所で話せることなど1つもありはしないのだから。







 エマとも合流して朝食を終え、各自部屋へと戻る。


 エマがこちら側についてくれて助かった。ギルドで遭遇した時はどうしたものかと思っていたが、エマがいたことによってあいつも当事者側となったのだ。4対1より3対2。終始劣勢になることはなく、エマの口車にコロコロ乗せられる3人を楽しむことが出来たのは予想外のメリットとなった。


 当然、朝食の場で話せることもそう多くは無く、詳細は日本へ帰ってからとなっている。どこまで話すかについては飛行機の中で考えるとしよう。


 それよりも、先に片づけなければいけない問題はこちらだ。


 朝食の間に、スペードからメールが来ていた。

 内容は、昨日拾った奴隷アリスについて。


 どうやら文句を言いながらもスペードはうまく立ち回ってくれたらしく、アリスを奴隷の身分から解放してくれたらしい。引き渡しに関するメールだったので、ひとまずは『黄金色の旋律』に所属している(しおり)に引き取ってもらうことにした。


 アリスを日本へ連れていくわけにもいかないので、これが一番だろう。他にも、ヴェロニカ・アルヴェーンや天道(てんどう)まりも、ルーナ・ヘルメルといった候補もあったが、あいつらは何をしでかすか分からない。ルーナに至っては完全にロリ枠なので保護者には不向きだ。それでも、ヴェラやまりもと比べるなら人格的に一番任せられると思ってしまうあたり、ヴェラとまりもは終わっている。


 問題なのは、栞が魔法世界にいるのかどうか。


 魔法世界では携帯電話を使用することが出来ない。通話手段はクリアカードのみだ。そして、クリアカードでは魔法世界の外の者と通話することが出来ない。そうなると、栞が魔法世界にいない場合は誰か中継役が必要となる。


「……ルーナに頼むか」


 栞と繋がらないことを確認した俺は、次にルーナの番号をタッチする。コール音が聞こえてきたタイミングで部屋のインターフォンが鳴った。扉と手にしたクリアカードへ視線を行き来させた後、クリアカードの通話を一度切る。座っていたベッドから立ち上がり、扉の方へと向かった。


 覗き窓から外の様子を窺う。

 そして、すぐに扉を開けた。


「ルーナじゃないか」


 びっくりするほどタイミングが良い。


 扉を開けた先には、俺の胸くらいまでしか身長がない、黒のゴスロリ服に身を包んだ金髪の幼女がいた。手にはウサギのぬいぐるみが握られている。しかし、問題が1つ。


「……何があった」


 泣き腫らしたであろうその双眼がひどく充血していた。見れば、身に纏っている服やぬいぐるみも汚れており、ルーナ自身も肩で息をしている状態だった。


「……せーや、たいへん」


 その声は震えていた。




「リナリーが、しんじゃった」




 だからなのだろうか。

 意味が、理解できなかった。


 とにかく、身体は咄嗟に動いた。


 ルーナの腕を掴み部屋へと引き込む。

 扉を閉めて鍵を掛けた。


 そのままルーナを部屋の中へと連れていく。ルーナは無言のまま大人しくついてきた。ベッドに座らせ、小さな備え付けの冷蔵庫から、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出す。ベッドに座ったまま、俯いているルーナに差し出した。


「飲めるか」


 ルーナの小さな手が、ペットボトルを掴む。

 が、取り落とした。


 慌てて拾おうとするルーナを手で制し、俺が拾って再度渡す。


「飲め。それでまずは落ち着け。いいな」


 無言で頷くルーナ。

 今度は落とさなかった。


 落ち着けとは言ったが、正直なところ俺が落ち着いていない。


 死んだ。

 師匠が死んだ?


 あり得ない。

 最初に思い浮かんだ言葉がそれだ。


 確かに、昨日はまったく電話が繋がらなかった。どこで何をしていたんだ? というより、あの師匠を殺せる存在っていったい誰だ。いや、世界最強と騒がれてはいるがあくまで1対1で戦ったらの話だ。師匠クラスの魔法使いを複数相手取れば、師匠だって苦戦する。場合によっては死ぬことだってあるだろう。


 そうだ。

 師匠だって人間だ。


 無敵なわけじゃ……、ない。


「落ち着いたか」


 ルーナは無言で頷いた。

 その小さな肩は酷く震えている。


 落ち着いているわけがない。

 だが、話せるだけの冷静さを取り戻せているなら十分だ。


「何があった」


「……『ユグドラシル』に、あいにいくって」


 ……。


 結局。

 結局、あいつらなのか。


「ヴェラ、つれていった」


 ……。


「ころせるなら、アマチカミアキ、ころしてくる、って」


 ……。


「でも」


 ……。

 ルーナの肩の震えが、一層酷くなった。


「リナリー、しんじゃった」


 俯いていたルーナの顔が上がる。

 しゃがみ込み、目線が合った俺と、正面から向き合う。


 その顔がくしゃっと歪んだ。


「しんじゃった」


 鼻の奥がつんとした。

 視界がぼやける。


 駄目だ。

 泣くな。

 泣いちゃいけない。


 ここで俺も泣いて、こいつを更に不安にさせるわけにはいかない。


「リナリー、しんじゃった」


 ああ、くそ。

 思い出すな。


 なんでこういう時に、あの女との思い出が脳裏を過ぎるんだ。


 病院で死にかけて、救ってくれた日のこと。

 馬鹿みたいにでかい屋敷に連れていかれた日のこと。

 初めて俺に魔法を見せてくれた日のこと。


 やめろ。


 魔法を教えてくれたこと。

 初めて魔法に成功して褒めてくれたこと。

 欠陥を抱えていると知って不貞腐れていた俺を、優しく諭してくれたこと。


 やめろよ。


 一緒に笑ったこと。

 一緒に泣いたこと。

 一緒に怒ったこと。


 やめてくれ。


 修行と称してアメリカに連行されたこと。

 荒事に巻き込まれたこと。

 魔法世界にだって侵入したこと。


 どれだけ迷惑を掛けられたと思っている。

 どれだけ……、救われたと思っているんだ。


 なんで。

 なんで勝手に。

 俺の知らないところで。


 こんなに。

 こんなに呆気なく。







 死んでんだよ。







 ああ。

 苦しい。


 こんなこと、目の前で泣いている女の子に聞くべきことじゃない。

 でも、聞かなきゃいけない。


「……ヴェラはどうなった」


 ルーナが鼻を啜る。

 全然啜れていない。


 ポケットから取り出したハンカチで拭いてやる。


 ルーナは口を開いたり閉じたりを繰り返してから、ようやく声を出した。


「ヴェラから、れんらくきた。しっぱいしたって」


 ……。


 ヴェラは。

 あいつの持つ無系統魔法の特性上、日常生活においては滅多なことが無い限り喋らない。


「にげろって。せーやのところ、いけって」


 ……。


「でも、ヴェラ、ほっとけないから、たすけるって、いった」


 ……。


「そしたら」


 ……。


「わたしは、もうむりだから、って」


 ……。

 ……、……。


「つうわ、きれた」


 ……。


「でんわしても、つながらない」


 ……。


「ヴェラも、しん、じゃ」


 思わずルーナを抱きしめた。


 感情表現の乏しいこいつが、こんなにも感情を露わにしているところを俺は初めて見た。まだまだ幼いのに、ルーナが泣いたところなんて久しく見ていなかった。


「よくここまで来た。頑張ったな、ルーナ」


 小さな手が俺の背中へと回る。飲みかけだったペットボトルが床に転がり落ちたが、どうでもよかった。


 俺の腕の中でルーナが泣き叫ぶ。


 修学旅行だ何だと言っている場合じゃなかった。俺の知らないうちに、『黄金色の旋律』と『ユグドラシル』の抗争はこんなところまで進んでいた。


 まりもはどうしているのか。

 栞がどこにいるのか。

 エマにどう話すべきか。


 舞や可憐、美月はどうするのか。


 どうするべきか。

 考えなければいけない。

 次回の更新予定日は、3月4日(月)です。


 次回の更新は、13話を2つ投稿します。

 13話a:無くても構わない描写を省いたもの

 13話b:本来の13話

 

 aだけでも、今後に支障はありません。

 aの後書きまで読んだ上で、bを読むかどうか判断してください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここで聖夜のリナリーへの思いが知れて胸が痛くなり泣きました。 このシーンを何度も読むのは辛いですが、ここでリナリーと聖夜の関係性が好きになったので繰り返し読んでしまいます。
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