第10話 空振り
ちょっとした答え合わせの回。
聖夜の死亡フラグ華麗なる回避に気付いていた方は流石。
結果的にドゾンのおかげなんだよね。
もちろん、スルーしていても読み進めるのに問題ありません。
☆
止める間も無く抜刀された。
超至近距離に迫る老婆の首元に、シルベスターの魔法剣とチルリルローラの大剣があてがわれる。思わず目を剥いてしまうほどに美しい寸止めだった。「失敗したら首を刎ね飛ばしちゃってもいいや」くらいに開き直っていないと出来ないレベルに違いない。いっそのこと「失敗して刎ね飛んでくれないかな」と思っていたまである。
「殺害の許可を」
出さねぇよ。
「座れ」
仮面越しに、シルベスターと目が合う。
「聞こえなかったか? それとも、聞こえた上でもう一度俺に同じ言葉を言わせたいのか?」
「……失礼致しました」
シルベスターとチルリルローラがほぼ同時に剣を引いた。首筋に突き付けられてからこれまで、目の前の老婆は一切動じることなく、俺に向けた視線を離さなかった。ギルドランクSの2人から自らの命を握られていたにも拘わらず、だ。
何という胆力。
口だけの存在ではなかったということか。
少々認識を改める必要がありそうだ。
「上手くじゃじゃ馬たちの手綱を握っているようじゃないかぇ?」
「顔を離せ。鬱陶しい」
「ひゃひゃ、照れるでない照れるでない。初々しいところもあるもんじゃのぉ」
吹き飛ばすぞクソババア。
「T・メイカー様、この老害を肉団子にする許可を」
「……お前も少し黙れ」
わりと本気でくたばってしまえばいい、と思っている自分がいる。が、今は駄目だ。口を尖らせるマリーゴールドを宥めつつ、ため息を吐いてしまう。
「ひゃひゃひゃ、ワシに勝とうなんざ一億光年早いわ小娘が」
「よせ」
思わず身体を起こしかけたマリーゴールドを、声と手を使って押し留める。
「で、ですがっ! T・メイカー様!!」
「よせ、と言ったぞ。マリーゴールド」
「……、……申し訳ございません」
渋々、といった様子を隠そうともせず、マリーゴールドは頷いた。気持ちは分かるけどな。一億光年とか時間じゃなくて距離の単位だ。完全に煽ってきているとしか思えない。
「もう一度、お前たちにも告げておく。手出しはするなよ」
念のため、位置的に老婆の背後を取っている白銀色の2人にも念押ししておく。
「ふん。まさかガルガンテッラの末裔をここまで手懐けるとはの。噂に尾ひれが付きまくっただけかと思っておったが……、やりおるのぉ」
「今、あんたにこちら側を詮索する権利などない。この事態にどう落とし前をつける気なのか、それを答えてもらおう」
「なんじゃなんじゃ。さっそくそんな話か? 若い者はせっかちでいかん。んで、いくら欲しい?」
……。
皺の寄った眉間を揉み解そうとしたら、自らの仮面に阻まれてしまった。行き場を失くした右手を下ろしつつ、こちらをニヤニヤと見つめてくる老婆へ改めて目を向ける。
「いくら、とは?」
「報酬金の話じゃよ、報酬金の。いくら払えば納得するのかと聞いておるんじゃ。支払える額に限度はあるが、言うだけならばタダじゃよ? とりあえず言うてみい」
ほれほれ、と口にするこいつの顔面を拳でへこませてやりたくなった。
「金は確かに争いごとを解決するための重要な手段の1つだ。だがな、最初からそれを引き合いに出すのはどうなんだ?」
そもそも報酬金という単語に俺は納得していない。俺は依頼を受けて動いていたわけではないからだ。
「勘違いしているようじゃから言っておくがの。ここで主に支払うのは賠償金ではなくまっとうな報酬じゃよ? 主なら問題無くこの役目を果たせるとワシが判断したんじゃ。眼は曇って無かったろ?」
「あ? 依頼も何も無く、いきなり馬鹿みたいな境遇に立たせておきながら何を抜かしてやがる。ギルド全体を巻き込んだこれを予定調和だったとでも評するつもりか? さっきは噂に尾ひれが付きまくってるとか言ってたよな。こっちはおたく自慢のギルドランクAの連中に命狙われたんだぞ」
災難、という言葉では済まない話だ。
「じゃが、主はワシの予想通り無傷でここまで辿り着いた」
怯みもせずにそう言い切られてしまい、思わず言葉に詰まった。いや、確かに赤銅色は信じられないくらいに弱かったけど。全員は揃っていないが、このレベルなら白銀色が残らず潰してくれているだろう。死んでいないことを祈るばかりだが。
だけどな、それとこれとは話が違うだろう。
論点をずらそうとするんじゃねぇ。
見かねたのか、マリーゴールドが口を挟んだ。
「いつから計画されていたのですか」
「あぁん?」
老婆の視線がマリーゴールドへと移る。そして、老婆は自らが座るテーブルに置かれていたハンドベルを鳴らした。間髪入れずにドロシーがやってくる。
「お呼びでしょうか」
「御堂縁を呼んできな」
その言葉に、思わず息を飲んだ。
……は?
みどう、えにし、だと?
畏まりました、と一礼して扉の外へ消えていくドロシーを呆然としたまま見送る。先ほどとは一変し、険しい表情を浮かべたマリーゴールドと目が合った。
自分が混乱しているのが分かる。
何がどうなったらその名前がここで出てくる? 御堂縁。まさか同姓同名というわけではないだろう。しかし、俺の知っているあの御堂縁の名前がここギルド本部で出てくるとは思えない。意味が分からない。この老婆とあの男はどういった繋がりがある? ここであの男を呼び寄せる意図は? 今回の騒動に関わっていたとでも?
「ひゃひゃひゃ、メイカーよ。主があ奴と知り合いじゃったとはの。世界は狭いのぉ」
……。
どういうことだ。
あの男、何を喋った。
今の俺はT・メイカーだぞ。中条聖夜ではない。
下手に口を挟むべきではないと沈黙を守っていると、扉がノックされドロシーが顔を覗かせた。
「お連れしました」
「通しな」
老婆の声に、ドロシーが顔を引っ込める。
そして。
入ってきたのは。
癖のある銀髪。
こちらの全てを見透かしていそうなスカイブルーの瞳。
整った顔立ちに、底知れぬ深い笑み。
俺の知る、青藍魔法学園の先輩。
確かに、御堂縁、その人だった。
「っ」
何か言葉を発しようとして、何を口にしたらいいのか、まったく分からないことに気付いた。くそやろう。幸いにして服装は青藍魔法学園の学ランではなく私物のようだが、だからどうしたという話だ。いったいどういうつもりだよ。
「エニシミドー」
最初に口を開いたのは、俺でも老婆でも縁先輩でもなく、マリーゴールド。
その呼び方への違和感に、思わずマリーゴールドへと顔を向けてしまう。しかし、そこで閃くものがあった。ようやく繋がった。理解した。それでマリーゴールドの意図することを。同時に、縁先輩がどのようなスタンスで出てきたのかも。
「やあ、久しぶりじゃないか。T・メイカーにマリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラ。日本の『痛みの塔』以来だね?」
くそ。
こういう時の頭の回転の速さは流石だよな、こいつら。
いや、違うか。
俺の、突発的な事態への対応能力がまだまだ足りていないんだ。少し冷静になって考えてみればすぐに分かった事だ。今回に関しては、ボロを出さなかっただけマシと見るべきだろう。
「俺としては、特に親しくしたつもりはなかったが」
「ははは、つれないことを言ってくれるじゃないか。同じ組織を敵に回した仲だろう?」
……。
魔法開発特別実験棟の一件に、『ユグドラシル』が介入していたことはニュースでも大々的に報道されていた。むしろ、実験棟で行われていた後ろめたい実験云々全てを『ユグドラシル』へと擦り付けるため、積極的に流していた節すらある。
この男の話に乗ることは、不自然ではない、か。
「それで……、エニシミドー。ここでお前が出てきたということは、今回の一件にはお前が絡んでいるということで間違いないか?」
俺の質問に縁先輩が答える前に、シルベスターとチルリルローラが立ち上がった。その手が得物を抜刀する前に制止する。
「先ほど俺が口にした内容は、この男とその仲間にも適用される。座れ」
「……、御意」
恭しく首を垂れるシルベスターとチルリルローラ。得物から手を離した2人は、大人しく席へと座り直した。そんな白銀色の2人を見据えながら、縁先輩は老婆へと言う。
「残念ながら捕縛は無理でしょう」
「なに? それほどの手練れを寄越してきたってのかい」
「いいえ、俺の仲間から連絡がありました。ジャック・ブロウが発見し交戦状態となっている者は、本体ではありません」
その表現に、老婆の眉が吊り上がる。
「主の知っている輩か。分身魔法でも使うのかぇ?」
「違います。絡繰人形使いです」
「また渋いものを持ち出してくる輩じゃの」
「ですが、結果的にそれが向こうの利点に繋がっています。ラズビー・ボレリアを消せれば良し。その前に発見されても自分が殺されることはない。操作範囲内に潜んでいる必要はありますが、奴はこの芸当に特化している魔法使いですからね。少数で来ている以上、恐らくは見つからないでしょう」
「ふむぅ……」
顎に手を当てて考え込む老婆から、縁先輩の視線が俺へと戻る。
「巻き込んで申し訳ないとは思っている。しかし、ここがチャンスだと考えた。結果的に無駄に終わってしまいそうではあるんだけどね」
「……どういうことなのか説明してくれ」
縁先輩は本当に申し訳無さそうな表情を浮かべながら、癖のある銀髪を指先で弄り始めた。
「昨日、交易都市クルリアを散策中に『ユグドラシル』の構成員を見つけた」
「……なんだと?」
「本当ならその場で捕縛したかったんだけどね。手が足りなかった」
おそらく、紫会長がいたからだろう。紫会長の護衛に蔵屋敷先輩を残せば、動けるのは縁先輩だけだ。片桐を戦力としてカウントしていたとしても……、難しいだろうな。
「君がその時にクルリアにいてくれたら、話は変わっていたんだけど」
ウインクを飛ばしてくるんじゃねぇ。
クルリアか。
行きはしたが、乱闘騒ぎに巻き込まれることを嫌ってすぐに引き返したんだよな。千載一遇のチャンスを逃したということになるのか。
ふと、チルリルローラと目が合った。今にも泣きそうな表情で頭を下げられる。そういえば、乱闘騒ぎの張本人がここにいたよ。とりあえず、気にするなと手振りで伝えておく。どちらにせよ、舞や可憐、美月がいたあの状況では動けなかっただろう。向こうから出向いてくるなら話は変わっていたが。
「まあ、ないものねだりをしても仕方が無いから、これについてはここまでにしておこうか。それでね、その構成員がここの副ギルド長と密会していたんだよね」
ほう。
わざとらしい咳払いをする老婆へ視線を向ける。
「ラズビー・ボレリアの不審な挙動は前々から問題視されておっての。最初は権力を私的使用するところから始まったんじゃが、まあ、その程度はワシもしてたごほごほ、んんっ。ちょいとその方向性に疑惑が生まれてのぉ。そこにエニシミドーから情報を受け取ったのじゃ。このタイミングで事を起こしたのは、無音白色がT・メイカーを見つけたと騒ぎ出しおったからの。それに便乗する形をとらせてもらった」
「副ギルド長のリナリー・エヴァンス嫌いは有名だったからね。絶対に乗ってくると思った。まさかここまで馬鹿な動きをするとは思わなかったけど。無音白色の一件がこちらの意図しない自然発生したクエストだっただけに、そこへ繋げられた分、あちら側の警戒心をうまく削げたのかもしれないね。とにかく、『ユグドラシル』にとっても予想外だったんじゃないかな。折角駒をギルドの中枢に忍び込ませることができたのにね」
笑いながら縁先輩はそう言った。
巻き込まれたこっちは笑い事では済まされないんだが。
「……吊り上げたかったのは副ギルド長ではなく、『ユグドラシル』の方だったか」
「その通りじゃ。あの馬鹿者を吊るすだけならいつでも好きにできたからの」
まあ、同じギルド内にいる身内だからな。
この老婆の方が発言力ありそうだし。
「奴らを壊滅させる糸口になると期待したんじゃが、先ほどの話通りなら空振りに終わりそうかの?」
「残念ですが」
老婆からの問いに、縁先輩は肩を竦めながらそう答えた。
「刺客が誰だか分かっているんだったか」
「うん。鈴音からの報告では諸行無常と名乗っていたようだ」
……諸行無常、だと?
「おそらく、君が知っている諸行無常とは違う」
俺の思考を読んだかのように縁先輩は言う。確かに、絡繰人形とやらを操る戦闘スタイルは、俺が知っている諸行無常とは違う。あの男は自分から最前線に立って戦いを挑んでくるような戦闘スタイルだった。つまりは別人。後釜というわけだ。
「しかし……、新顔とはいえ諸行無常のコードネームを名乗ったということは『ユグドラシル』の幹部クラスの実力者ということだろう? それを刺客として寄越すとは……。副ギルド長には奴らにとって処分しておかなければならない何かがある、ということか」
「いや、実はそうとも言い切れないんだよね」
縁先輩は苦笑しながら言う。
「『ユグドラシル』のトップである天地神明が、本当に重要だと思う作戦には、確実に自らの側近へ命令を下すんだ。最高幹部とは呼ばれているものの、奴らは天地神明には信用されていないからね。事実、最高幹部は天地神明に会ったことも無いわけだし。まあ、1人だけ例外はいるんだけど」
「蟒蛇雀だね?」
老婆からの問いに、縁先輩は「その通りです」と答えた。
その視線が俺へと向く。
「『痛みの塔』の時にも、天上天下が出張ってきていただろう?」
……その辺りのことはよく憶えてないんだよなぁ。
とりあえず、副ギルド長から有力な情報が得られるとは思えないということか。
「失礼」
クリアカードのコール音が鳴り響く。縁先輩は断りの言葉を述べた上で通話ボタンを押した。相手は蔵屋敷先輩かな?
「……そうか。ご苦労だったね。うん、うん、例の場所に……、そうだね。よろしく」
通話を切り、老婆へと向き直った縁先輩は言う。
「ジャック・ブロウが諸行無常を討ち取ったそうです。厳密に言えば、諸行無常の操る絡繰人形の一体を、ということになりますが」
つまりは空振り。
そういうことだった。
次回の更新予定日は、2月18日……もしくは、
! ! 2 月 2 5 日 ( 月 ) ! ! のどちらかです。