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テレポーター  作者: SoLa
第9章 修学旅行編〈下〉
315/433

第8話 青天の霹靂

誤字報告をしてくださった方、ありがとうございました。

誤字報告システムすげぇ。




 青天の霹靂だった。


 全てが順調。

 そう思っていたのだ。







「……なぜ、後ろに、いるのだ。貴様ら……、謀ったな」


「黙れ」


「ぴゃ」


 倒れ伏すサイラン・アークネルラの顔面を、シルベスターは容赦なく踏みつけた。それによって完全に意識を手放したのか、サイラン・アークネルラはそのまま動かなくなった。


 何が「謀ったな」だ。

 平和的解決を求めて訪れた俺たちをホテルの最上階ごと爆破した奴の台詞じゃない。


 俺たちがこいつらの後ろにいたのは、リスティルのホテルから撤退する際に『神の上書き作業術(オーバーライト)』を使ったからだろう。振り出しに戻るが如く、フェルリアから再出発したために、こいつらの思惑とは違う動きになっていたようだ。ざまあみろ。


 サイラン・アークネルラから視線を外して見れば、民家の塀に上半身が抉りこんだままのノーツ・チェン・ウールアーレが、無様にもお尻をこちらに向けたまま沈黙を保っている。


「想像以上に弱いな、お前ら」


「ふ……、ふざけるなぁぁぁぁ!!」


 激昂。

 まさにその言葉が相応しいだろう。


 明日にはギルドランクSへの昇格が決定しているグループ『赤銅色の誓約』のリーダー、モリアン・ギャン・ノイスヴァーンが、両の手に持つ白と黒の槍を交差するようにして薙ぐ。その衝撃で周囲の塀に亀裂が走った。


「もう少しだったんだ……。あとちょっとで目障りな白銀色を……、黄金色を消せるところまで来ていたのに……!! 貴様のせいだ!! 貴様さえいなければぁぁぁぁ!!」


 2本の槍を振り回し、モリアン・ギャン・ノイスヴァーンが突っ込んでくる。全身強化魔法を平然と発現しているあたり、確かに実力者ではあるのだが……。


「『不可視の弾圧(クラック・ダウン)』」


「があああああああ!!」


 モリアン・ギャン・ノイスヴァーンは一瞬の抵抗すら出来ずに地面へと叩きつけられた。轟音と共に巨大なクレーターが形成される。その中心部に倒れ伏すモリアン・ギャン・ノイスヴァーンの両手から、音を立てて得物が転がった。


 終わりか。

 え、まじで?


 思わずため息を吐きながら、こちらへ無邪気に拍手を送ってくれる女性へと目を向ける。


「おつか……、んんっ。お前もご苦労だったな」


「えへへぇ、T・メイカー様に労って頂けるなんて感激ですぅ~」


 ガキョガキョ可笑しな音を立てながら、ふわふわ金髪……、チルリルローラ・ウェルシー・グラウニアが手にしていた得物が元の形へと変形していく。


 無様に転がる男3人と最初に戦闘に入ったのが、このチルリルローラ・ウェルシー・グラウニアだった。赤銅色にとっては狙っていたわけではなく、たまたまの遭遇だったのだろう。だからこそ、1対3という状況に喜んでいたところを背後から襲わせてもらった。


 びっくりするくらいに無防備だった。


 手痛い攻撃を受けた3人は、こちらが恐縮してしまうほどに実力を発揮できず、大して粘られることもなく呆気なく勝敗はついてしまった。


「……こいつら、本当にギルドランクSに上がるだけの実力はあるのか?」


 正々堂々戦ったら俺は負けたかな?

 支援魔法なども駆使して戦うグループのようだし、万全の状態じゃないとギルドランクSに昇格できるだけの実力は見れないとか。


「この者たちはギルドの犬ですから。そちらの評価で点数が割り増しにされていた可能性はあります。実力を隠している可能性も考えていましたが、どうやら杞憂だったようです」


 ロングソードを鞘へと戻しつつこちらへやってくるシルベスターが教えてくれた。


「……そうか」


 つまり、正々堂々やっても俺の負けは無かったかもな。


 なんか凄い脱力してしまう。ふざけんなよ。シルベスターの方が千倍強いじゃねーか。よく同じギルドランクに上がってこようと思ったな。恥を知れよ。


「証拠は?」


「押さえました」


 シルベスターがクリアカードの券面を見せてくれる。そこにはボイスレコーダーの画面が表示されており、今も音を録音し続けているのが窺えた。


「戦闘中ペラペラと勝手に喋ってくれて助かった。尋問や拷問は手間だからな。もっとも、これを戦闘と呼んで良いのかも疑問だが」


 一方的にボコボコにしていた記憶しかない。

 戦闘時間もほんの数分だったし。太麺のカップラーメンならまだ出来上がっていない可能性すらある。


 ボイスレコーダーをオフにしつつ無言で一礼するシルベスターと、こちらへニコニコと笑顔を向けてくるチルリルローラ・ウェルシー・グラウニアへ順に視線を向け、短くため息を吐く。


「さて……、こいつらをギルドへ引き摺っていくか」


「御意」


「はぁい」







 中央都市リスティルにあるギルド本部は、予期せぬ訪問客を迎えて静まり返っていた。


 訪問客は受付嬢に連れられて2階にある副ギルド長の書斎へと通されていた。既に1階にその本人はいなかったが、先ほどまでの喧騒が戻ってくる気配は無い。


「まあ、そうなるよな」


 1階にあるギルドメンバー達がたむろする空間、その最奥にあるソファやテーブルを陣取っていたギルドランクA『虹花火』のリーダーであるミネリアン・グネルド・スピーニアはそう呟いた。


「黄金色を敵に回すということは、そういうことだ」


 一言ずつ、噛み締めるようにミネリアンは言う。


「……まさかガルガンテッラが出てくるとはな」


「しかし、あの娘は勘当されて一族を追放されているのでは」


 同じメンバーであるカシューナク・グランドレイとルイテン・チューイ・モルガナの会話に、ミネリアンは「関係無いさ」と割り込んだ。


「仮に追放されていたとしても、あの娘にはガルガンテッラの血が流れている。その事実だけは変わらない」


「『七属性の守護者』、『闇属性の始祖』……。仰々しい肩書は過去の偉人様のモンだが……。あのちっこいのにも相応の覇気ってやつは宿ってやがる。遺伝……、なのかねぇ」


 ミネリアンの言葉に続けるように、ベンジャミン・ベルフォリア・グルドンは鼻を鳴らしながら口にする。堪らずアル=ジャネーノ・コレジャネーワは吹き出した。


「ぷぷっ、魔王様の逆鱗に触れてしまったってことだね。末裔とはいえ直系。色濃く受け継がれた血に、ご覧よ……。先ほどまでの威勢はどこへやら。血眼になって騒いでいた連中は下を向いて動けていないんだからね」


 その言葉通り、黄金色と白銀色を捕らえるべく活動していた面々は、誰1人として言葉を発しようともせずに沈黙を保っている。この状況を作り出した訪問客は既に2階へと姿を消しており、ここにはいないというのに。


「それにしても……、無音白色の連中は冷静だったな。ベルリアン・クローズを迎えランクアップした勢いに任せ、意気揚々とクエストに参戦するものだと思っていたが」


 カシューナクの呟きに、アルはつまらなそうに頬杖をつきながら鼻を鳴らした。


「ふん……、それだけゲンゴロースガノミヤに考えるだけの頭があったってことだね。大人しくしていたT・メイカーを炙り出したのはあのグループだ。今回のクエストに参戦していたら、黄金色が手を出すまでも無く、白銀色に血祭りにあげられていたよ」


「……結局、黄金色の影響力を再認識するだけのイベントとして終わりそうだな」


 目を閉じたまま唸るようにそう口にするベスリティ・ドネルケルヴェリアへ、ミネリアンは苦笑しながら「そうだね」と呟いた。







 部屋の主であるラズビー・ボレリアは、自らのデスクではなく、その前に用意されている応接用のソファに腰かけて来訪者の対応をしていた。


 彼の対面に腰かけるのは。

 マリーゴールド・ジーザ・ガルガンテッラ。


 遥かに年の離れた相手に対して、彼女はあくまでも上位者としての態度を崩さなかった。足を組んでテーブルの上に乗せ、今はぼんやりと自分の爪を眺めている。年齢にそぐわぬ色香を振りまいているものの、それで篭絡されるようなラズビーではない。ロングコートを羽織っているとはいえ、実は見えそうで見えない部分に気を配っている余裕など、ラズビーには当然無いのだ。


 相対する2人。

 どちらも口を開かない。


 痛いほどの沈黙が書斎を支配していた。


 ラズビーがハンカチで額を拭う。一拭きで変色してしまうほどに濡れたハンカチを見て、ラズビーは歯を喰いしばらずにはいられなかった。なぜなら、ラズビーにとってもっとも来てほしくない人物だからである。端的に言って、用が無い人物であるにも拘わらず立場が一番デリケートな人物と言える。


 今、魔法世界を騒がせている張本人であるT・メイカーでも、ギルド一番の問題児であるリナリー・エヴァンスでもなく、最初にギルドを訪れたのはまさかのガルガンテッラ一族の末裔。


 何とか時間を稼ぐしかない。

 ラズビーはそう考えていた。


 せめて『トランプ』が来るまでは持ち堪えなければ、と。


「し、失礼します」


 控えめなノックと共に、受付嬢の1人がお盆を片手に入室してきた。ラズビーとマリーゴールドへそれぞれ紅茶を用意し、一礼してから退出する。


 マリーゴールドは動かない。

 足を組んでテーブルの上に乗せたまま、自らの爪をぼんやりと眺めているだけだ。


 このまま時間が経過してくれるのなら好都合。しかし、流石にこの沈黙は耐えられなかった。ラズビーがマリーゴールドへ飲み物を勧めようと口を開きかけたところで、先手を打つようにマリーゴールドが口を開く。


「黄金色と白銀色の捕縛クエストが出されているそうね」


「……、は」


 何と答えたらいいのか分からず、ラズビーの口から漏れたのは意味を持たぬ言葉の切れ端だった。


「これ、捕縛と言えるのかしら」


「……そ、それは」


 ラズビーは言葉に詰まる。


 確かにマリーゴールドは、ギルド本部へと訪れた際に開口一番「捕縛クエストが出たみたいだから来たんだけど」と言った。黄金色と白銀色を捕らえようと躍起になっていた者たちの本拠地を訪れて、堂々とそう言い放った。


 沈黙だ。

 沈黙がギルド本部を支配した。

 誰も彼女に手出しをしようとはしなかったのだ。


 時間だけが過ぎていくなか、1人で途方に暮れていたマリーゴールドは、「こちらへどうぞ」と声を掛けてきた受付嬢の案内に従ってここへ通されたのだ。そして今に至る。飲み物まで出されているのだ。捕縛とはほど遠い状態だと言える。


「聞いた話によると、黄金色と白銀色が赤銅色のアジトを襲撃したらしいんだけど」


「は、はい。その通りです」


 どう話を切り出そうか悩んでいたラズビーは、マリーゴールドから持ち掛けられたこの話題に喰い付いた。しかし、直ぐに凍り付くことになる。


「証拠は?」


「は?」


「証拠。見せて頂戴」


 マリーゴールドは自分の爪を眺めたまま、平坦な口調のまま続けた。


「そ、それは」


「早く出して」


「しかし」


「早く。私が納得できるだけの証拠が揃っているのなら、T・メイカーをこの場へ呼び出してあげるから。それなら文句無いでしょう? ギルドの財政だって潤っているわけじゃないんだし。重要参考人の捕縛クエストで報酬を無理にバラ撒く必要なんてないわよ?」


 変わらず平坦な口調のまま、マリーゴールドは続ける。


 彼女の言い分は正しい。ギルドの財政は潤っているわけではないし、そうでなくても彼女がT・メイカーを呼び出してくれるのならそれに越したことはない。わざわざ大規模な捕縛クエストを用意する必要など無くなる。


 しかし、ラズビーはその提案に首を縦に振るわけにはいかなかった。

 なぜなら、証拠などラズビーの手に無いからである。


 ラズビーは、赤銅色リーダーであるモリアン・ギャン・ノイスヴァーンから聞いた情報を鵜呑みにしていたにすぎない。モリアンから「緊急を要するものだ」と念押しされていたという理由もあるし、彼個人で築き上げたスポンサーからの意向もある。何より、黄金色と白銀色、そして赤銅色を並べた時に、一番信用出来るのが赤銅色だったという事実は大きい。こればかりは日頃の行いが物を言うので、黄金色や白銀色にも一定の非はあるだろう。


 しかし。

 単身で敵の本拠地へ堂々赴いた少女は、自分たちの非などおくびにも出さない。


「まさかとは思うけど……」


 平坦だった口調が鋭利さを帯びた。

 自らの爪へ向いていた視線が、相対する男へと向けられる。


「無いの?」


 こぽっ、と。

 どこからか音が鳴った。


 音源はどこだとラズビーが視線を彷徨わせる。

 滴る汗を拭う余裕などもはや無い。


「視線をこちらに合わせなさいな、ラズビー・ボレリア」


「ひっ」


 お咎めを受け、マリーゴールドへと視線を戻す過程でラズビーは気付いてしまった。

 先ほどの音源に。


 テーブルの上で組まれたマリーゴールドの足から、禍々しい色をしたオーラのようなものが沸き上がっている。その足と接触しているテーブルが変色し始めていた。ラズビーは思わず鼻を鳴らす。腐臭が漂ってきたからだ。ラズビーは恐る恐る視線をマリーゴールドへと合わせる。


 彼女は、ラズビーの想像に反して怒りの表情を浮かべているわけではなかった。ただ、笑顔を浮かべているわけでもない。驚きの表情でも哀しみの表情でも無い。


 マリーゴールドは、まったくの無表情だった。


 不意に大きな音が鳴る。

 ラズビーは情けない悲鳴を上げてしまった。


 見れば、腐敗したテーブルはマリーゴールドの足の重さに耐え切れずに脚が折れていた。マリーゴールド側の2本の脚だけが折れたため、テーブルの上にあったティーカップが滑り台のようにテーブルを滑り、床へと落下していく。絨毯によって衝撃を吸収されたティーカップは壊れることなく転がったが、中身の琥珀色の液体は絨毯へとぶちまけられ、広範囲に染みを作っていく。


 足元で繰り広げられる惨状に目を向けることなく、マリーゴールドは腐敗したテーブルから足をどけた。その際、湿り気を帯びた絨毯がぐちゃりと音を鳴らす。


「……汚いわね」


「も、申し訳ございません。すぐに掃除させましょう」


「ええ、お願いするわ」


 自らが招いた惨状であるにも拘わらず、マリーゴールドはしれっとそう言い放った。ラズビーが人を呼ぼうと席を立つ。しかし、それをマリーゴールドが呼び止めた。


「あぁ、待って。貴方たちのやり方だと時間が掛かるでしょうから、私がやるわ」


「へ?」


私なりの(、、、、)やり方でね(、、、、、)


 直後。

 マリーゴールドから莫大な魔力が吹き荒れ、書斎の床が崩落した。







「何の冗談だ、これは?」


「さあ?」


 シルベスターに先導されてギルド本部まで来てみれば、目の前で天井が崩落して酷い有様になっている。ここに集まる面子は魔法使いばかりだろうから心配はしなくていいだろうが、一般人がいれば死人が出ているレベルだろう。


 もうもうと立ち込める煙の中、怒声が響き渡っていた。徐々に外へと避難してくる奴らが出てくる。こちらへ目を向けた者は例外なくその場で硬直して動かなくなった。見境なく襲い掛かってこられると面倒だったが、その反応はどういうことだ?


「馬鹿どもを突き出すつもりでいたが……、それどころではないかな?」


「あはは、謙遜なさってはダメですよぅ。時間は作らせるものなのです。T・メイカー様自ら足を運ばれたのですから、それに応えるのがギルドの役目ですよぉ」


 あ、はい。

 ちょうどそのタイミングで見覚えのある受付嬢が姿を見せた。


「メ、メイカー様っ!?」


 こちらを見て驚愕に目を見開いている。そりゃそうだろう。騒ぎの元凶がノコノコやって来たのだから。おまけにシルベスターとチルリルローラは赤銅色のメンバーの首根っこを掴んで引き摺って来ている。いやぁ、これギルドが赤銅色の言い分を信じていたらヤバイ展開になるやつなんだけど大丈夫かね?


 そんな不安を余所に、俺の両サイドにいたシルベスターとチルリルローラが一歩前に出る。シルベスターは引き摺ってきたモリアン・ギャン・ノイスヴァーンを、チルリルローラはノーツ・チェン・ウールアーレとサイラン・アークネルラを、それぞれ見せつけるように地面に転がした。


 シルベスターは言う。


「ラズビー・ボレリアを呼んで来い」


「は、はいっ! ただ今!!」


 赤銅色の扱いに目を白黒とさせていた受付嬢だったが、シルベスターの言葉を聞いて弾かれたように踵を返した。


「ふ、副ギルド長!! 副ギルド長は生きてますかー!?」


 そんなレベルなのか。

 初登場時は縦読みから完全な『やられ役』と思わせつつも、徐々に「あれ……? こいつら意外とやるのか?」とイメージを上方修正させ、最終的に「あぁ……、やっぱりそんな扱いだったのか」というところに落とす。そんなお約束を裏切らない大活躍を見せた赤銅色の誓約が、私は好きです。


 次回の更新予定日は、間に合えば1月21日(月)です。

 間に合わなければ(21日0時に音沙汰が無ければ)、1月28日(月)に更新します。

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