第6話 属性変異
今回の聖夜くんにはクリスマスバフがかかっているよ!
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黄金色と白銀色の2つのグループを相手取ったギルドの大規模クエストによって、リスティルの夜は慌ただしく過ぎていく。
現在、戦闘が開始されているのは三箇所。
住宅街の路地。
ギルド本部のある大通りから道を2本外れた先にある商店街。
大型ショッピングモールの屋上。
その三箇所が、シルベスター・レイリーによる超遠距離攻撃によってほぼ同時に襲撃を受けた。
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ギルドランクS『白銀色の戦乙女』において副リーダーの立場にあるケネシー・アプリコットは、リーダーであるシルベスターからの離脱命令を念頭に置きつつも合流を優先した。それはフェミニアと同じく赤銅色の狙いに気付いたからであり、更に言えばフェミニアよりも先にその結論に至ったからだ。
敵は赤銅色だけではない。
ギルドランクSである黄金色と白銀色の2つを相手取るのなら、最低でもギルドランクAのグループ全てに強制招集が掛っていても不思議ではないのだ。
現在、ギルドランクAに至っているグループは全部で5色。
1つめは言うまでも無く『赤銅色の誓約』。
ギルドランクSへの昇格が確定しているグループで、リーダーである『征聖双槍』モリアン・ギャン・ノイスヴァーンと『狂凶我牙』ブリンガル・ベン・ベルガリアン、そして『黒紫舞闘』ノーツ・チェン・ウールアーレと2つ名持ちを3人有している。このグループは当事者とも言えるグループなのだから、参戦してくるのは間違いない。1対複数で来られると苦戦は免れない可能性がある。だからこそ、ケネシーは合流を優先したのだ。
2つめは『無音白色の暗殺者』。
白銀色にとっては、このグループが個々人で挑んでくるのならば脅威になり得ない。グループ内で唯一の2つ名持ちであるサメハ・ゲルンハーゲンも、チルリルローラ・ウェルシー・グラウニアが得物を抜かずに一蹴できたのだからお察しと言ったところだ。しかし、リーダーである菅野宮源五郎が出てくれば話は変わる。特にその指揮が他グループまで干渉してくるのなら、最優先で潰すべき標的へと変貌するだろう。現状、ケネシーがもっとも危険視しているグループである。
3つめは『虹花火』。
2つ名に『彩』を与えられたミネリアン・グネルド・スピーニアをリーダーに据え、『剛腕』ベンジャミン・ベルフォリア・グルドン、『千の射手』カシューナク・グランドレイ、そして『絶対防御』ベスリティ・ドネルケルヴェリアと2つ名持ちを4人有するグループだ。他2名も決して低いレベルではなく、軽視することはできない。ケネシーからすれば、「なぜこのグループより先に赤銅色が昇格するのか」と疑問に思うほどの実力者揃いである。
4つめは『若葉色の旋風』。
僅か3名で構成され、全員が『鎌鼬』という同じ2つ名を与えられている珍しいグループである。3人とも風属性の魔法は熟練の域に達しており、その機動力を存分に生かしたチームワークは目を見張るものがある。白銀色にとって、1対複数では相手にしたくないグループだと言える。
最後である5つめが『茜色の夕景』。
このグループについては、ケネシーは危険視していない。なぜなら、リーダーであるペル=メニア・ジャニスタリアを始めとした計5名のこのグループは、全員が黄金色に肯定的な人物たちで構成されているからだ。逆に今回の騒動で障害となるのなら、ケネシーにとっては真っ先に粛清するべき対象へと様変わりすることになるのだが。2つ名はメンバーのうちの1人、シンホ・ジュニーダ・クロックスに『業火』が与えられている。
「……なるほど。そうなると総力戦になりますね」
自分にもっとも近い位置にいたアイリーン・ライネスとの合流を果たしたケネシーは、先ほど自分が至った結論をアイリーンへと聞かせていた。すなわち、赤銅色がメイカーとシルベスターに罪を擦り付け、ギルドを利用して大規模クエストに発展させようとする狙いだ。
シルベスターとケネシーは、同グループのメンバーに持たせている発信機によって全てのメンバーの居場所が常に把握できるようになっている。発信機を持たせているのは、万が一クリアカードで連絡が取れなくなった時の保険だ。そして、それを活用できるのがシルベスターとケネシーのみである理由は、万が一敵に捕らわれた場合でも最小限の被害で抑えるためだ。仲間の位置情報が知られるというのは、とんでもないほどの悪手なのだから。
ただ、今回のようなケースなら全員が把握できるようにしておくべきだったか、ともケネシーは思う。そうすれば、ケネシーが動かなくても他のメンバーが勝手に集まって来てくれていただろう。もっとも、それも結果論に過ぎないわけだが。各個撃破を目的とした赤銅色から他のメンバーが潰され、発信機の情報を入手される可能性だってあった。
「しかし……、そうなると困りますね。メイカー様は無意味な殺傷を望まれていないはずです」
アイリーンは顎に手をやりながら呟くように言う。
「そうなのよね。私たちにとっては無意味では無いのだけれど、メイカー様の御意思は尊重しなければならないわ」
アイリーンと並走するケネシーはため息を吐いた。身体強化を纏った足で跳躍する。アイリーンもすぐに追いついてきた。2人揃って大型ショッピングモールの屋上に着地した。
冷たい夜風が吹き抜ける。ここ一帯で一番高い建物の屋上からは、リスティルの夜景が一望できた。リスティルで1、2を争うほどの大型ショッピングモールは、既に閉店時刻を過ぎている。
「長期戦に持ち込んで『トランプ』の介入を待つのは……、愚策ですね」
自分で言ってて駄目だと思い直したのか、アイリーンはそう口にした。ケネシーは「そうね」と言って頷く。
「頭の悪い最高戦力達まで敵に回る前に制圧するべきね。こちらに有利になる状況証拠を赤銅色が残しているとは思えないわ」
ケネシーがそう言い切った直後だった。突如として2人を襲うかまいたちを、抜刀したアイリーンが弾き落とした。
「……来たわね」
一歩下がり、アイリーンに前衛を譲るような仕草を見せたケネシーは、たった今屋上に降り立った1人の魔法使いを見据えながら言う。意図を理解したアイリーンは、ケネシーの前に立ち得物を構えつつ口を開いた。
「私としては2番目に遠慮したいグループでした」
「……1番目は?」
「虹です」
「そうよね」
当たり前の答えを返されたケネシーは思わず苦笑してしまう。そんな緊張感のない会話へ割り込むようにして襲撃者が口を開いた。
「投降してください。ギルドランクSはギルドにとって貴重な戦力。有事の際の要。無駄な削り合いは好みません」
ギルドランクA『若葉色の旋風』。
所属する3名全員に2つ名が与えられており、その全てが同種のものという異質なグループ。
『鎌鼬』クルル=ペーネ・アヴェル。
明らかにサイズの合っていない、ぶかぶかなローブに身を包んだ女性は、射殺すような目つきでケネシーとアイリーンを睨んでいた。
「同感よ、アヴェル。こちらとしても無意味な戦いは避けたいと思っているわ。これは本当よ? だからこその提案なのだけれど……。ここは見なかったことにして、回れ右して消えてくれないかしら」
腰に差したレイピアの柄を指先で慈しむようになぞりながら、ケネシーは言う。
「……何を言うかと思えば。黄金色のT・メイカー共々公共施設へのテロ行為に加担したグループの一員がふざけたことを」
クルルが台詞を言い切る前に、アイリーンが抜刀した。
「その選択、後悔しないようにすることですね。――ヴァリアース・『迅雷の型』」
アイリーンが愛用するロングソードは、魔法聖騎士団が採用している剣と同種のもの。魔力を通しやすい材質を刀剣に採用しているのと同時に、その柄にはMCとしての機能も備わっている優れものだ。
アイリーンの身体に雷が纏わりつく。
呼応するようにして、刀剣も放電を始めた。
そして。
その青白い雷に、黒が混ざる。
アイリーンが纏う青白い雷属性の全身強化魔法は、漆黒の色を帯びていく。
『属性変異』。
属性魔法を発現する際に、発現者の体質によって通常の属性から変異したものを指す。
アイリーンが発現するこの魔法は、特別な工程を踏んだわけでは無く省略詠唱によって発現された『迅雷の型』だ。しかし、それがアイリーン特有の体質によって変異していく。
漆黒の雷を身に纏うアイリーンが構えを取った。
「相変わらず不気味な色の雷属性魔法ですね。ヴァリアース・『疾風の型』」
アイリーンと同じく、高難度であるRankA全身強化魔法を淡々と省略詠唱で発現したクルルは、口調に反して険しい目つきでそう言った。
アイリーンが発現した黒い雷属性。この『属性変異』は、ただ単純に外見が変化するだけではない。その属性特有の付加能力が変化することから始まり、基本五大属性における属性優劣すらも該当しなくなるところにその特徴がある。
雷属性の付加能力は麻痺。また、操作系の魔法に適しており、攻撃や移動にも優れた効果を発揮する。土属性に強く、風属性に弱い。しかし、アイリーンの『属性変異』によって変質した雷属性となったこの属性魔法は、その基本的な部分すらも異なっている。
どのような付加能力があるのか。
どのような魔法に適しているのか。
既存属性との優劣の関係性はどうなっているのか。
その全てが不明となるのだ。
ある種、姫百合家特有の幻血属性の氷魔法や、豪徳寺大和の非属性無系統魔法である装甲魔法のような特別な魔法と同じようなものと言えるのかもしれない。相対する者は、まずはその魔法の種明かしから始めることになる。
一見してメリットしかないように感じる『属性変異』ではあるが、デメリットも存在する。
先ほど、『アイリーンが発現するこの魔法は、特別な工程を踏んだわけでは無く省略詠唱によって発現された「迅雷の型」だ。しかし、それがアイリーン特有の体質によって変異していく』と説明したが、まさにこの説明通り、アイリーンは雷魔法の詠唱を行えば必ず『属性変異』した雷属性が発現される。
つまり、アイリーンは通常の雷属性の魔法が発現できない。通常の雷属性の魔法が必要な時でも、アイリーンではそれを発現することができないのだ。『属性変異』によって個人特有の魔法を手に入れたことを良しとすべきか、通常誰もが発現できるはずの属性魔法を発現できないことを嘆くべきか。それは当人の価値観によって判断されるべきものだろう。
アイリーンは、前者だった。
「殺しはしません。T・メイカー様より、無用な殺生は禁止されていますので」
構えを取りながら、アイリーンは静かにそう言う。
相対するクルルの目が細められた。
瞬間。
アイリーンの姿が消えた。
火花が散る。
アイリーンの一閃はクルルの胴を斬り裂く事無く、その直前に阻まれた。風属性の障壁魔法RankB『疾風の壁』によって。しかし、その障壁魔法はクルルが発現したものではない。
「まあ、当然よね。貴方たちのウリは連携力だし」
右手は腰に差したレイピアの柄に、左手で蜂蜜色の髪を弄りながら。ケネシーはつまらなそうにそう口にした。
「アイリーン、伏兵注意」
「了解」
アイリーンが再び構えを取る。
クルルはそのぶかぶかのローブの袖を振った。そこから勢いよく刀身が飛び出す。月光を反射し、両手に構えられた刀身がキラリと輝いた。
サイズが大きなローブを身に纏っているせいで、その刀身がどれほどの長さなのかが分かりにくい。それもまた、『若葉色の旋風』がこのローブを愛用している理由の1つだった。
ケネシーは周囲に目を走らせる。しかし、遮蔽物が多いこともあり人影は見当たらない。不用意に魔法球を撃ち込んでこないのは、自らの居場所がバレることを避けるためだろう。
「しっ!」
クルルが動いた。踊るようにステップを刻み、光る短剣を交互に、そして不規則な軌道で薙ぐ。アイリーンはそれを相手のステップに合わせながら的確に捌いていく。
「私と貴方が剣を交えるのは初めてでしたね!」
「確かに記憶にありませんね。交える意味もありませんでしたし。これまでは、ですが」
最後を強調したアイリーンの視線が、僅かに揺らいだことをクルルは見逃さなかった。
(……来る!?)
放電音。
黒い雷を纏うアイリーンの姿が消える。
否。
高速でクルルの背後を取ったアイリーンが剣を振り下ろした。
再び火花が散る。
刃はクルルの背後を捉えることなく、『疾風の壁』によって阻まれた。これもクルルが発現したものではない。アイリーンが舌打ちしたのを聞いて、振り返ったクルルが薄い笑みを浮かべた。
「素晴らしい機動力ですね。移動系の魔法を得意とする風属性の全身強化魔法でも追いつけないなんて。代償として麻痺の付加能力を得られなかった分の特典でしょうか?」
アイリーンは答えなかったが、クルルの言い分は当たっていた。
黒き雷魔法の付加能力は機動力。アイリーンが『属性変異』によって得たのは、機動力特化の魔法だった。
クルルからの連撃を受けながら、アイリーンがその機動力を生かした一撃を繰り出す。そしてそれを潜伏しているクルルの仲間が防ぐ。そのやり取りが幾度か続いたところでケネシーが動いた。
「埒が明かないわね」
ふわり、と。
蜂蜜色の髪がなびく。
慈しむように撫でていたその柄を、ケネシーの右手が掴む。ケネシーの愛刀であるレイピアの刀身が、薔薇の細工で彩られた鞘から姿を見せた。
同時に。
ケネシーの背後に巨大な天秤が姿を見せる。
「至高なるT・メイカー様に背く不届き者。『若葉色の旋風』クルル=ペーネ・アヴェル。貴方に審判を下します。私からの質問に心して答えなさい」
月光の下、妖しい笑みを浮かべたケネシーは言う。
「殺しはしないわ。T・メイカー様に止められているもの。でも、女としては死んでしまうかもしれないわね」
年末年始の更新はおやすみさせて頂きます。
次回の更新予定日は、1月7日(月)0時を予定しています。
みなさま、よいお年を。
私は普通に仕事してるよ☆