第4話 爆破
☆
相手の出方を窺ってみるが、動きは無かった。魔法球の弾幕によって荒れた廊下にいるのは、俺とシルベスターのみ。完全に静まり返っている。
シルベスターの周囲を回転していた光弾が消えた。
「申し訳ございません。話し合いと言われていたにも拘らず、向こうから手を出してきたため迎撃してしまいました。この罰はいかようにも」
確かに君、「死ね」って言ってたもんね。
「……気にするな。むしろ、咄嗟に動いてくれて助かった」
下手に俺の命令を順守しようとして大怪我するよりかはマシだ。
「さて……」
人気の無い廊下へと視線を向ける。
左右対称、等間隔で設置されている扉は、その全てが例外なく堅く閉ざされている。
数が多いというわけではないが、1つずつ開けていくのは正直手間だ。ファーストコンタクトが最悪だったので、開けると同時に魔法球の雨が降り注いでくる可能性だってある。
向こうは完全に戦闘態勢だろう。
平和的に解決するのは不可能か?
そう考えた時だった。
《マスター!》
シルベスターより早く動けたのは、ウリウムのこの一言があったからだ。無詠唱によって一瞬で全身強化魔法を発現させた俺は、隣に立つシルベスターを小脇に抱えて全力で跳躍した。
「――メっ!?」
おそらく、俺の名を呼ぼうとしたのだろう。しかし、言い切る前に事態を把握したであろう彼女の思考がその台詞を打ち切った。
爆音。
俺達が先ほどまでいた場所は、等間隔で並ぶ扉から噴き出した炎によって紅蓮の色に包まれている。
一歩でエレベーターのある開けたフロアまで後退した俺だったが、同時に僅かな電子音を耳にして舌打ちした。
「ここもか!」
更に跳躍。
その先には、中央都市リスティルの夜景が一望できる横長に広がるガラス窓がある。
「メイカー様!?」
「舌を噛むぞ! 喰いしばってろ!!」
小脇に抱えるシルベスターへそう怒鳴り、乱雑に手刀を薙ぐ。
『神の書き換え作業術』、発現。
派手な音を立ててガラスが割れた。その音に負けないほどの轟音を鳴らし、フロア全体が起爆する。その爆風に押し出されるようにして、俺とシルベスターは外へと投げ出された。暖房の効いた温かな空間から一変し、肌を刺すような凍てつく風が俺達の身体へと吹き付ける。
吹き飛ばされた俺達の身体は、今度は重力に従って落下を始めた。離れてはまずいと、抱えていたシルベスターを抱きしめる。ふと視線を上げてみれば、割れた窓ガラスからもうもうと立ち昇る黒煙の中に、見知らぬ1人の男が身を乗り出してこちらを見下ろしているのが見えた。
その頭上に、雄々しく光る天蓋魔法を展開して。
「クソがっ!!」
俺の口から悪態がついて出るのと、男が腕を振り下ろすのはほぼ同時だった。射出される魔法球の雨、対するは俺の放つ『弾丸の雨』。
雨のように降り注ぐ魔法球へ俺の魔力の礫が接触し、派手な衝撃波を連続して撒き散らす。そのおかげで、こちらへ向く男からの視線が切れた。
やむを得ない。
この瞬間しか無いと、直感した。
相手は完全にこちらを殺す気で来ている。この先、どれほどの手数を用意してるかも分からないのだ。このまま相手の流れに乗り続けるのは危険だ。
故に。
簡単な風魔法を無詠唱で発現し、俺とシルベスターに掛かる落下スピードを殺す。
そして。
『神の上書き作業術』、発現。
俺とシルベスターの身体は地面に激突することはなく、中央都市リスティルの空中から消えた。
★
ナノ・レ・パルパロテは、頭上に展開していた天蓋魔法を止めた。思わず頭を振る。明らかにオーバーキルであることを自覚していたが、それでもしばらくの間は魔法球を撃ち続けたのだ。
最初の内はT・メイカーかシルベスター・レイリーのものかどちらかは不明だが、自らの弾幕が拮抗されているという感覚があった。天蓋魔法という砲台から乱射する自分に拮抗するだけの実力者。やはり侮れない、とナノは判断した。だからこそ、明らかに拮抗が崩れて自らの攻撃がもはやホテルの駐車場に及んでいることを知りつつも打ち続けたのだ。
煙が晴れた遥か下では、駐車場に止めてあった車は吹き飛び、数えきれないほどのクレーターが生み出されている光景が広がっている。その車に取り付けられていたものなのか、23階という高い場所にいるナノの耳にも、僅かに警報音が聞こえてきていた。
突然の事態に、徐々に大きくなっていく喧騒。ナノは乗り出していた身体を引っ込め、懐に仕舞っていたクリアカードを取り出した。丁度、そのタイミングで着信がある。
「やったぞ」
『いや、駄目だ。駐車場に設置された防犯カメラの映像を確認したが、2人の姿は無かった』
「……なんだと」
モリアン・ギャン・ノイスヴァーンから告げられた事実に、ナノは思わずドスの効いた声を出してしまった。
「いったいどうやって」
『分からないな。もしかするとアギルメスタ杯で見せたT・メイカーの移動術かもしれない。……が、憶測の域を出ない。防犯カメラに彼らの姿は映らなかったからね』
つまりは空中で忽然と消えた、ということだ。舌打ちをしたナノは、少しだけ割れたガラス窓から下の風景を覗き見る。
「それに、潜伏しているであろう白銀色の面々も出てこないぞ」
『そうだね。……こちらの動きを読まれたか?』
暫しの沈黙。
やがて、自らの中で折り合いがついたのか、モリアンが口を開いた。
『とりあえず、当初の予定通りにいこう。ナノはそこから直ぐに離脱。以降は近場から攻めてくれ。いずれどこもかしこも戦場になる』
「了解した」
☆
「ぐっ!?」
ベッドが軋んだ音を鳴らす。落下速度は殺せるだけ殺したつもりだったが、やはりゼロには出来なかったらしい。おまけに俺が下でシルベスターが上だったせいで、ベッドへと押し付けられて強制的に肺から空気が抜ける。
「こ、ここは……、え、きゃ、も、申し訳ございません!!」
跳ね上がるようにしてシルベスターが俺の上からどいた。わりと可愛い悲鳴が聞こえたが、聞かなかったことにしておこう。新鮮な空気を取り込みながら、俺も上半身を起こす。その間に、シルベスターは急いで窓へと駆け寄っていた。
「リスティルじゃ……、ない?」
窓を開けて外の風景を見たシルベスターが驚愕の声を上げる。
「シルベスター」
「はっ」
「まず『白銀色の戦乙女』に連絡してくれ。『赤銅色の誓約』は俺達がホテルに来るのを読んでいた可能性がある。あの場で戦闘になるのは避けた方が良い」
「了解しました」
クリアカードを取り出して連絡を始めるシルベスターをしり目に、俺はベッドに座り直して思わずため息を吐く。
平和的に解決することはもはや不可能だろう。もう『白銀色の戦乙女』は止まらないに違いない。それに、ここまでされると俺としてもかなり腹が立つ。俺が何をしたというのか。目障りというだけでまさか本当に殺しに来るとは思わなかった。『赤銅色の誓約』はギルドの条文が怖くないのか? ギルドメンバー同士の争いはご法度だったはずなのだが。
こちらに背を向けて連絡を取っているシルベスターを確認し、『神の上書き作業術』で消費してしまった魔法具を新たに生成しておく。媒体は……、また1円玉でいいか。これならベッドの上に放置してあってもバレにくいし。
俺が魔力を込めた瞬間、シルベスターの肩が一瞬動いたものの、こちらに顔を向けることは無かった。先ほどの転移魔法からも窺えたが、どうやらこちらの魔法について深く介入してくるつもりはないようだ。助かるのは確かなのだが、正直なところ一番重要なところは既に見られてしまっている。というより、一緒に転移してきたのだから間違えようがない。
「メイカー様」
俺の名を呼んだシルベスターがその場で跪いた。
「私を処分するのは、この件が片付いてからにして頂けないでしょうか。微力ながら力添えをさせて頂きたい」
「ちょっと待ってくれ」
処分? シルベスターを?
何がどうなったらそんな結論に辿り着いたんだ。
「どういうことだ。説明してくれ。『白銀色の戦乙女』への連絡は済んだな?」
「抜かりなく。同志は皆、退避させております」
よし。
とりあえず、知らないうちに死人が出ているという最悪なケースは避けられそうだ。
「で、いったいどういう経緯を経て処分という結論に行き着いた?」
「メイカー様の秘技を知ってしまったからには、口封じの必要があるのでは」
……なんだよ。
そういうことかよ。
何事かとびっくりしたわ。
「そこまで深刻に考えるな。確かに隠しておきたい魔法だったが、お前を処分することは考えていない。無論、軽々しく口外することは禁ずる。いいな」
「……ご慈悲に感謝致します」
深く首を垂れるシルベスター。
何か頭が痛くなってきた。
「念のために言っておく。今後、何があろうと俺はお前達『白銀色の戦乙女』の面々を処分するつもりはない。いいな、何があろうとだ。どんな秘密を知られようが、お前達が何かミスを犯そうが、俺はお前達を処分することは絶対に無い。だから、軽々しく自死という道を選ぶな。これは徹底しておけ」
「はっ」
何でこんな当たり前のことをわざわざ言わなければいけないのか。俺とこの人達の命への価値観が違い過ぎるのが問題だ。鼻をすする音が聞こえたかと思えば、シルベスターは他の面々に今の内容をクリアカードで共有しつつ目尻を拭っていた。
……この程度で泣くんじゃねーよ。
そう思っていたら、シルベスターが手にしていたクリアカードが震えた。券面には『着信中』の文字と共に相手の名前が表示されている。
「メイカー様。茜色のリーダーであるペルより着信が入っております。出てもよろしいでしょうか」
……何でそれを俺に聞くんだよ。
お前にかかってきてるんだろうが。
頷くと、シルベスターは一礼してから通話ボタンをタップした。
『良かった、繋がった! レイリー、どういうことですか!』
レイリーはホログラムシステムをオフにしているようで、相手がどのような人物かは分からない。しかし。クリアカードを通して聞こえてくるのは女性の声だった。それもひどく慌てた様子だ。
……凄く嫌な予感がするぞ。
「どういうこと、とは何の話だ?」
『あぁ……、やっぱり白銀色には届いていないのですね。ギルドより緊急クエストが出されました。貴方たちの捕縛クエストですよ!!』
「……何だと?」
シルベスターが眉を吊り上げる。
同時にその視線が俺へと向いた。
「詳しく説明してくれ。どうなっている?」
視線は俺へと向けつつも、シルベスターは冷静に通話相手にそう質問する。
『緊急クエストの文面はコピーしてそちらに送っています。昨日に引き続き、複数のグループが合同で行う大規模クエストです』
通話中のクリアカードを手慣れた手つきで操作するシルベスターは、券面に通話相手から送られてきた文面を表示させた。
【緊急・大規模クエスト】
難易度 :S
依頼主 :副ギルド長 ラズビー・ボレリア
成功条件:黄金色並びに白銀色のメンバーの捕縛又は捕縛に繋がる有益な情報
受注金 :―(滞在中のグループ全てに権利と義務が発生します)
報酬金 :要相談
内容 :
『黄金色の旋律』T・メイカー並びに『白銀色の戦乙女』シルベスター・レイリーが、『赤銅色の誓約』が拠点として利用しているリスティル・プレミアムホテルを襲撃しました。公共施設を破壊した後、両名は逃走中です。この両名、もしくはこの両名が属するグループのメンバーの捕縛、もしくは捕縛に繋がる有益な情報を募集しています。
選択 :受注 / 拒否
※このクエストに拒否権はありません
「公共施設を破壊だと? 勝手に手を出してきて、爆破したのはあちらだろう」
思わずそう口にしてしまう。
『……男性の声が聞こえましたが。レイリー、近くに白銀色以外の者がいるのですか?』
「脳無しのクエスト内容に出ていただろう? 私は今、メイカー様と行動を共にしている」
『っ!? し、失礼しました』
クリアカード越しに動揺が伝わってくる。尾ひれが付きまくっている噂の人物がいると知れば当然の反応か。
『そ、それで、じ、実際のところ、ど、どどどうなのでしょうか』
急にどもりだしたぞ。
大丈夫か。
「濡れ衣だ。赤銅色がメイカー様の暗殺を企てた。メイカー様は話し合いの場を設けようと、私を連れて奴らのアジトまで赴いたというだけだ。そこでいきなり襲われてな。奴ら、私達ごとホテルの最上階を爆破したのだ」
『な、何という……、卑劣な!! レイリー、T・メイカー様にお怪我は!?』
「無傷だ。この御方がその程度で傷を負われるはずがないだろう」
『ですよね!』
……。
何だろう。『白銀色の戦乙女』のメンバーじゃ無いはずなのに、同じような匂いがするぞ。
『理解しました。私たち茜色は貴方たちに加勢します』
「感謝する。慈悲深きメイカー様は、赤銅色が殺されることを望んではいない。やり過ぎに注意しろ」
『……ギルドランクAの私達がSへの昇格が確定したグループを殺せるわけがないでしょう。こちらは直接的な戦闘は避け、情報提供に努めます。まあ、他の取り巻きがいれば潰すかもしれませんが』
「了解した。武運を祈る」
シルベスターの言葉を最後に通話が切れる。
沈黙が支配する中、シルベスターと顔を見合わせた。
「一本取られたようだな」
「……どうやらそのようです」
苦虫を嚙み潰したような表情でシルベスターが答える。
先に自死を否定しておいて良かった。
★
その一室を隈なく調べていたサイラン・アークネルラは、ようやく顔を上げてこう言った。
「この部屋に盗聴器は仕掛けられていない」
分かってはいたものの、もたらされたその結果にようやくモリアンは安堵の息を吐く。
リスティルで貸し切っていたホテルの最上階の一室には、秘密の抜け道が用意されていた。1つ下の一室を匿名で年単位で借りておき、天井をくり抜いておいたのだ。彼らは爆風に巻き込まれることなく、こっそりとホテルから抜け出していた。
モリアンは、視線を不貞腐れた表情を隠そうともしないノーツへと向けた。
「ここまでは一歩リード、と言ったところかな」
「……そうアルネ」
渋々答えるノーツは自らの腹部を撫でる。抉られた腹は、既にサイランの治癒魔法で完治していた。
「潜伏中の白銀色が釣り出せなかったのは残念だったが、結果は上々だったのでは? 盗聴器が仕掛けられていたアジトは処理できたし、ホテルの爆破は黄金色と白銀色に押し付けられた。おかげであの2色は今や犯罪グループだ」
そう言いながらサイランはノーツの対面の席へと腰を下ろす。
「分かっているアルヨ、そんなコト。ワタシの機嫌が悪いのはそういうコトじゃないアル」
「後で復讐の機会ならたっぷり用意してやるさ。だからそう不貞腐れるな、ノーツ」
モリアンのその言葉に、ノーツは口を尖らせながらも頷いた。そんなノーツの様子を見て、サイランは肩を竦める。
「『属性魔法の覇者』と『流星』。この2人を相手取って、その程度の怪我で済んだのだから、むしろ誇っていいことだと思うがな」
「自信失くすヨ。体術は泰然にも迫れると思っていたアル」
「目標を高く持つことは良い事だ」
ノーツの言葉に微笑みながらモリアンは言った。そして立ち上がる。
「さて……、そろそろ」
そこまで口にしたところで、テーブルに置かれたモリアンのクリアカードが着信音を鳴らした。手早く券面を操作したモリアンが、口角を吊り上げる。
「ブリンガルより連絡。ギルド本部の通信設備の破壊に成功した。さあ、出陣だよ。ここからは時間との勝負だ」
その言葉に、ノーツとサイランが頷いた。
次回の更新予定日は、12月17日0時です。