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テレポーター  作者: SoLa
第9章 修学旅行編〈下〉
310/433

第3話 開戦




 シルベスターさんがいる以上、余計なことを口にするわけにはいかない。


 クランは謝罪しに来てくれたようだが、俺は気にしていない。

 遺恨が残ったのはあくまでアルティア・エースとクィーン・ガルルガ、そしてシャル=ロック・クローバーだ。スペードとクランについては特に何を思っていたわけでは無い。こちらの力になってくれることもあるし、むしろ感謝しているくらいだ。あくまで『トランプ』という組織に所属している以上、今後衝突はあるかもしれないが、その時はその時だろう。


 そんな内容の話をしてやると、クランはぎこちなくはあるがようやく笑顔を見せてくれた。


「それにしても、タイミングが良くて助かった。仮面とローブが手元に無いからどうしようかと思っていたんだが」


「緊急の仕事だけ片付けて、急いで来たからね。『白銀色の戦乙女』のアイリーン・ライネスがジャックに『赤銅色の誓約』が不穏な動きをしている、って情報を流しているのを聞いたの。せ、T・メイカーなら今晩動くかな、と思ってさ」


「助かる」


 そんな会話をクランとしていたら、ふと視線を感じてシルベスターさんを見る。じっと俺を見つめていたシルベスターさんだったが、俺が視線を向けるのと同時に目を逸らしてしまった。


 ……何だ?

 何か言いたい事でも……。


「あ」


 そうか。

 昨日、俺がギルド本部へ赴いたことはシルベスターさんだって当然知っている。号外や朝刊で大々的に報じられていたし、ギルド本部にはアイリーン・ライネスもいた。その時、俺は仮面とローブを着用していた。あの後に、何も無かったのだとすれば、仮面とローブが手元に無いのはおかしいことになる。


 冷や汗が止まらない。


「T・メイカー、どうかしたの?」


 急に口が止まった俺を見て、クランが首を傾げる。


 やばい。つい口を滑らせた。

 これは絶対に伝わった。

 むしろ、確信を与えてしまったと言った方が正しいのか。


 しかし、シルベスターさんは何も口にすることはなかった。気付いていないということはあり得ない。つまり、黙っていてくれるということ。確かに、先ほど「T・メイカーの言うことは全て正しい」といった内容の発言はしていた。そういうことなのだろう。


 これは、気を付けないといけないな……。


「いや、何でもない」


 クランへとそう返す。この話題を口にして良い事は何も無いだろう。向こうが黙っていてくれるのなら、こちらはそれに便乗させてもらうだけだ。


「話を戻そう。クランが予想した通りだ。これから俺はシルベスターさんと『赤銅色の誓約』のアジトへ行ってくる」


「なら私も」


 そう言いながらベッドから立ち上がるクランを手で制する。


「クランはやめておけ」 


「なんで? 私じゃ足手纏い? それとも……、やっぱり信用してもらえないかな」


「そうじゃない」


 今日のクランは、本当に思考がネガティブな方へ振り切れているな。


「俺は喧嘩をしに行くわけじゃない。過剰な戦力を引き連れていけば、それはもう話し合いではなく脅しだ。むこうを悪戯に威圧したくはないんだ」


 魔法世界最高戦力と謳われる君を足手纏いなんて言えるわけが無いだろう。


「シルベスターさんはあくまで護衛だ。護衛は1人いれば十分。最悪逃走するつもりだし、危ないことはしないつもりだから安心してくれ。それに……、ここへ来ることは、ちゃんと許可を取ってきているのか?」


 クランが露骨に目を逸らした。

 つまりはそういうことなのだろう。


「お前が自分の立場を危ぶめてまでここへ来てくれたのは嬉しく思う。ありがとう」


 おそらくローブと仮面は口実で、クランはこの後も本当についてくるつもりだったに違いない。しかし、クランはついてくるべきではない。『トランプ』の名前はでかすぎる。これ以上、T・メイカーとの繋がりを世間に見せるのもよくないだろう。世論を刺激したくないという思いもある。正直、昨晩のギルドでの一件もここまで大きく報じられるとは予想外だったのだ。


 T・メイカーという存在が魔法世界においてどのような位置づけにあるのか。認識が甘かったと言わざるを得ない。


「……分かった」


「そんな顔をするな。また会うこともあるだろう。もしかしたら肩を並べて戦う時もあるかもしれない。その時はよろしくな。俺達は同等、なんだろう?」


 渋々と引き下がるクランに、思わずそんなことを言ってしまった。権力者とは二度と関わりたくないとも思っていたのに。


 しかし、効果は絶大だった。

 にぱっと笑ったクランは言う。


「うん! また会おうね! T・メイカー!!」







「メイカー様」


「何でしょう」


 来た時と同じように、クランが窓から出て行って少し。

 ボロボロのローブに身を包み、仮面を装着したところでシルベスターさんから声が掛けられた。


 思いつめたような表情で俺を呼ぶシルベスターさんに、内心で身構えながら続きを促す。

 え、何。やっぱりアルティア・エースを殺しましょうとか言わないよね?


「クランベリー・ハートには敬語を使わないのですね。なら、私にも同じ対応をお願いできないでしょうか」


 ……。


「あー、うん。分かった。そうしよう」


 脱力してしまった。

 気を引き締めようとしていたのに。


「行くぞ」


「はっ」


 自棄になって敬語をやめる。年下から命令口調で声を掛けられているにも拘わらず、シルベスターさん……、シルベスターは少し嬉しそうだ。


「今後、我が同胞に会う機会がありましたら、皆にも同じ口調でお願い致します」


「はいはい、了解」


 そう答えて闇夜へと身を躍らせる。


 もうどうでもいいや。

 さっさと終わらせて帰ってこよう。


 俺は眠いんだよ!!






 春の陽気が続いた日中から一変し、夜は一気に冷え込んできた。正直に言って寒い。一応、全身を隠せてはいるものの、ローブはボロボロなのだ。色々な所から冷え込んだ空気が入って来て辛い。アルティア・エースは一生赦さない。


 空気が澄んでいるのか、頭上に広がる星々の群れは一層煌びやかに光って見える。移動手段に公共機関は使用しない。身体強化魔法の力を借りて建物の屋上から屋上へと飛び移り、俺達は目的地へと辿り着いていた。


 すなわち、リスティル・プレミアムホテル。

 聞いたところによると、今いる中央都市リスティルにおいて一番格式高いと評判のホテルらしい。『赤銅色の誓約』の面々は、そんな超高級ホテルの最上階をワンフロア丸ごと年単位で貸し切り、アジトとして利用しているようだ。


 イケメンで魔法も優秀で、おまけに金持ちとかハイステータス過ぎるだろう。天は二物を与えず、なんて言葉は嘘だ。人間は生まれながらにして圧倒的な格差が生じているのだ。そんな恵まれた奴らに俺が僻まれる理由が分からない。こっちは『出来損ないの魔法使い』なんだぞ。


 ……いや、違うか。

 奴らが疎ましいと感じているのは俺なんかじゃない。

 T・メイカー、なんだよな。


 多分、中条聖夜として前に出たところで、奴らは見向きもしないだろう。


「……行くか」


「了解しました」


 シルベスターを引き連れて、ホテルのエントランスホールへと足を踏み入れる。


 暖かい。

 暖房が効いている。


 気持ちいい。

 このまま寝てしまいたい。


 随分と広いな。仮面を付けているせいで視界が狭い。色々と見て回りたいところだが、観光で訪れたわけではないので自重する。ただ、狭まった視界からでも、今泊まっているホテル・エルトクリアよりも豪勢なのは良く分かる。あそこは一般的な観光客向けのホテルだからなぁ。


「お帰りなさいま……、せ?」


 そんな声にふと意識を戻される。なぜ疑問形なのかが逆に疑問だ。あぁ、こんな胡散臭い恰好をしていたら訝しむのも当然か。


 そんなことを考えているうちに、カウンターまで辿り着いた。


「ようこそいらっしゃいました。当ホテルへは宿泊でよろしいでしょうか」


 一瞬で気持ちを切り替えたのか、その口上に違和感は覚えなかった。流石は一流ホテルのフロントマンということだろう。俺が口を開かないと悟ったのか、隣に立つシルベスターが答えた。


「赤銅色へ会いに来た」


「へ?」


 シルベスターからの端的な宣言に、フロントマンの口から間の抜けた声が出た。まあ、そうなるよね。宿泊じゃないのだし。


「連絡は不要だ」


 そう言ったシルベスターが自らの懐を漁っていると思ったら、そこからアメリカドルの束を取り出してカウンターへと置いた。それなりの額だぞ、それ。


 そんな俺の心情を余所に、フロントマンの反応すら見ることなく、シルベスターは俺をエレベーターへと促してきた。何か口にすべきか悩んだが、ここで何かを喋ったところで意味は無い。俺は大人しくついていくことにした。


 エレベーターは1階で待機していたらしい。

 シルベスターがボタンをタッチするのと同時に扉が開いた。


 シルベスターに続いて素早く機体へと乗り込む。閉扉ボタンをタッチしたシルベスターは、扉が閉まり切る寸前まで、もう片方の腕を帯剣した剣の柄へと添えていた。流石である。


 扉が閉まり、俺達を乗せた機体はゆっくりと上昇を始める。

 そこでシルベスターはようやく剣の柄から手を離した。


 目的地は、このホテルの最上階である23階だ。


 お互い無言だ。沈黙が場を支配する。

 エレベーターの動作音が耳障りに感じるほどだった。


 それも仕方が無いことか。

 俺と隣に立つこの女性は今日が初対面。ここにも遊びに来たわけでは無いのだし、世間話をする必要も無い。しかし、どうにも先ほどのフロントマンの様子が頭の片隅から消えてくれない。


「……嫌な予感がするな」


 その言葉に、シルベスターが眉を吊り上げた。







 シルベスター・レイリーは、隣にいた白仮面の魔法使いをエスコートするようにエレベーターへと向かってしまった。


 突然の事態について行けないフロントマンだけが残る。視線を下に向ければ、たった今、シルベスターが置いていったアメリカドルの束が崩れたところだった。決して安い金額ではない。


 魔法世界エルトクリアにおける通貨はエール。しかしその正体は、身分証明書でもあるクリアカードのシステムの一部となっている電子マネーだ。よって、チップなど機械を通さずにお金を支払いたい場合は、アメリカドルが活躍することになる。魔法世界エルトクリアは、自治権が与えられているとはいえ、正確に言えばアメリカ合衆国の領地。換金しやすいのはアメリカの通貨というわけだ。


 宿泊を目的としていない来訪。

 機械を通さずに支払いたいお金。

 決して安くは無い金額。

 それが果たして何を意味しているのか。


 フロントマンは、ごくりと喉を鳴らした。


 そして。

 カウンターの陰に設置してある内線に手を伸ばす。


 彼は定期的に金を掴まされていた。何か些細な事であったとしても、異変を感じればすぐに連絡するように命じられていた。この一件はどう考えても些細な事では済まされない。しかも、訪問者であるシルベスター・レイリーは、自ら「赤銅色に会いに来た」と言っているのだ。


 報告しないわけにはいかない。

『黄金色の旋律』と『白銀色の戦乙女』を敵に回すなど愚の骨頂だ。しかし、金を貰っている以上、『赤銅色の誓約』に背くことは赦されなかった。


 フロントマンは2人を乗せたエレベーターが閉まったことを確認し、あらかじめ指定されていた番号をタッチした。







 澄んだベルの音が鳴る。エレベーターの扉がゆっくりと開いていく。

 その先にあるのは、等間隔で扉が並ぶ廊下ではなく、開けた空間だった。


 23階という最上階であるにも拘わらず、そのフロアの中央には噴水があり、規則的にきれいな水を吐き出し続けている。噴水を挟んだ対面には、中央都市リスティルの夜景が一望できる横長に広がるガラス窓。贅沢な空間の使い方だった。今は『赤銅色の誓約』の面々が貸し切っているが、もともとVIP用に造られた階層だったのかもしれない。


 先導するシルベスターに続いて、俺もエレベーターから降りる。足場は絨毯だったため、足音もほぼしない。高級ホテルで使われている絨毯だからか、足元がふかふかし過ぎてちょっと落ち着かない。本当に土足で良いのかな、なんて考えてしまう。


 背後でエレベーターの扉が閉まる。ただ、そんなことに気を取られている余裕は無かった。シルベスターも気付いたのだろう。特に申し合わせることもなく、ほぼ同時に同じ方向へと顔を向けた。


 エレベーターを降りて右手。

 開けたフロアの先。

 細長い廊下となっているその場所に。


 そいつは、いた。


 黒の生地に、紫の龍の絵が刻まれた中華系の民族衣装。

 編んで後ろに垂らした黒髪に、キツネのような細目。


 男は言う。


「ノーツ・チェン・ウールアーレ言うネ。ソッチから来てくれるなんて嬉しいヨ、『流星』シルベスター・レイリーと、『属性魔法の覇者(アーティスト)』T・メイカー。歓迎するアルヨ?」


 ノーツとやらがそう言って両手を広げた。


 瞬間。

 男の姿が消える。


 直後――――。


「――っ」


 反射的に仰け反る。

 鼻先を掠めるような軌道を描き、男の突きが走り抜けた。


 危なっ!!

 来て早々仮面をカチ割られるところだったじゃねーか!!


「お? この一撃目を躱した輩は久しぶりネ。中々やるアル」


 一瞬で距離を詰められた。

 並んでいたシルベスターも完全に隙を突かれたようだ。


 ニヤリ、と笑う中華系の民族衣装を身に纏う男。

 ノーツ・チェン・ウールアーレと名乗った男は、そのまま肉弾戦を挑んできた。既に無詠唱で身体強化を発現している。ただ、身のこなしが普通じゃない。先が読みにくいぬるぬるした動きで拳や蹴りを繰り出してくる。


 ちょっと待って。

 平和的な話し合いがしたかったのにいきなりこんな感じなの!?


 ノーツ・チェン・ウールアーレの体術は相当レベルが高い。口を開けば舌を噛みそうだ。


「ちぃっ、この御方から離れろ。屑が」


 一閃。

 鞘から抜き放たれたシルベスターの一撃をバック転で躱したノーツ・チェン・ウールアーレに対して、シルベスターが一瞬で距離を詰める。


「死ね」


 この人、今死ねって言った!!

 平和的解決は!?


「アハハ、お断りアル」


 シルベスターからの刺突を最小限の動きで回避したノーツ・チェン・ウールアーレは、そのままぬるりとした動きでシルベスターの右腕に絡みつく。


「腕を一本貰うアルヨ」


 ノーツ・チェン・ウールアーレの口が三日月型のように裂けた。左手でシルベスターの右腕を固定し、その肘へと右手が添えられる。


「シルベスター!」


 腕を折られる前に吹き飛ばそうと、一歩を踏み込もうとした瞬間、シルベスターの左手が俺の動きを制するように向けられた。


「『衛星球(サテライト)』」


 シルベスターを中心として、急激に魔力が収束していくのが分かる。腕を折ろうとしていたノーツ・チェン・ウールアーレの動きが止まった。それは僅か一瞬のこと。しかし、その一瞬が命取りになった。


 咄嗟に後退しようとしたノーツ・チェン・ウールアーレの腕を、今度はシルベスターが掴む。


「があああああああああああっ!?」


 咆哮と共に、シルベスターの拘束を振り払い、ノーツ・チェン・ウールアーレが後退した。


 鮮血が舞う。

 見れば、ノーツ・チェン・ウールアーレの腹部が血で染まっていた。


 シルベスターの周囲を眩い光弾が3つ、等間隔で回っている。ノーツ・チェン・ウールアーレの腹部を抉ったのはこれか。


「逃がすか、猿が」


 距離を空けようとするノーツ・チェン・ウールアーレを追うように、シルベスターが跳躍する。しかし、シルベスターの凶刃がノーツ・チェン・ウールアーレを捉える前に、視界を覆い尽くすほどの魔法球の雨が飛来した。


「『不可視の雨(バレット・レイン)』」


 足を止めて迎撃の構えを取るシルベスターだったが、俺がやった方が早い。後退するノーツ・チェン・ウールアーレを助けるように到来した魔法球の雨を根こそぎ迎撃していく。


「助かりました、メイカー様」


「気にするな」


 俺がしなくても、多分シルベスターは上手く切り抜けていたのだろう。余計な事を、と怒鳴られなくて良かった。


 弾幕が止んだ時には、ノーツ・チェン・ウールアーレの姿は無かった。

次回の更新予定日は、12月10日(月)です。

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