第9話 今夜、0時、約束の泉にて。
「見つかったか!?」
「ううん、食堂にはいなかったよ!」
「風呂にもだ、くそ! あいつ、どこ行ったんだよ!?」
学生寮のエントランスホールに食堂、風呂場、それぞれ捜索に行っていたとおると将人が合流する。お互いの結果を報告し合い、目当ての人物が見つからなかったことに落胆した。無論、聖夜のことである。
「……彼が他に向かいそうな所と言っても――」
「修平!!」
とおるの言葉を遮るように、将人が叫んだ。丁度階段を下りてくるところが、将人の目に留まったからだ。修平は呼び声に対して無言で首を振った。それで意味することは全て分かった。
「……部屋にもいない、か」
「もっとも、居留守使われてたら分からんがな」
とおるの呟きに、修平が近づきながら補足した。
「あいつが今俺らに居留守使う意味無ぇだろ!!」
「将人、少し落ち着け。熱くなり過ぎだぞ」
喚くように叫ぶ将人を、修平がぴしゃりと両断する。
「この状況で冷静でいられるお前が凄ぇよ。下手したらアイツ病院送りになってるかもしれないんだぞ!!」
「それが否定しきれないのが怖いところだね」
「少なくとも、現段階で搬送されてるってことはないわ」
確かめたから、と手に持っていた携帯電話を閉じながら舞がエントランスホールに入ってきた。後ろには、可憐と咲夜が続いている。
「……花園のお嬢さんか」
「そっちは?」
「駄目だ。男子フロア、共有スペース。全部覗いてみたがいないな」
修平からの返答に、舞は「あっそ」と返した。もともと期待などしていなかったかのような声色だ。
「……中条さん、どこへ行ってしまわれたのでしょうか」
「せ、せんぱい。無事だといいのですが」
可憐と咲夜が心配そうに呟く。舞はため息を吐いて5人の前で振り返った。
「私が今考えられる可能性は、5つ」
その言葉に、この場にいる全員が舞に集中する。
「まず一番高い可能性ね。2番手から身を隠す為、普通に探したんじゃ見つからないようなどこかに潜んでいる」
「確かに、それが一番高いだろうな」
修平が頷く。
「次にもっとも低い可能性。どこかで2番手にボコボコにされ、帰って来れてない」
「ひっ!?」
その言葉に、咲夜が肩を震わせた。
「一番低い可能性よ」
「低い……かなぁ?」
舞の言葉に、とおるが疑念の声を上げる。
「相手は“2番手”だよ。流石にそれは過大評価なん――ひっ!?」
舞の鋭い眼光に、とおるまで情けない声を上げた。
「まあ、聖夜の実力を知らない貴方たちじゃそんなもんかもね」
「聖夜って、やっぱ凄ぇのか」
「手段を選ばなければ」
「……意味深すぎるな」
将人の問いへの返答に、修平が苦笑する。舞としては聖夜の転移魔法を指していたわけだが、心当たりの無い他の面々からすればそうは受け取られなかった。
「3つめ。飽きて学園を出て行った。可能性としては、これが二番目に高い」
「そんな……」
可憐が呆然として呟く。
「飽きて、って……。そんなんで学園辞めちまって平気なのか?」
「さあ? 聖夜の考えてることなんて分からないし」
「……だよな」
舞の淡白な返しに、将人はぎこちなく頷いた。
「4つめ。2番手をボコボコにし過ぎて処理中」
「ぶっ!?」
とおるが噴いた。
「その処理の中身が非常に聞きにくいな」
「想像に任せるわ」
修平の言葉に、舞が髪を掻き揚げながらそう答える。
「最後、5つめ。現在も交戦中。こんなところかしら」
皆が頷く。
「ってことで、私はこれから外を調べてくる」
「外!? もう門限で出られる時間じゃないぞ!!」
現在時刻は23時18分。とうに正面玄関は鍵で閉じられている。
「関係無いわ。内側からは開けられるし」
「記録残るぞ」
「言ったでしょ、関係無いって。その程度で退学になるなら、むしろ望むところね。そのまま聖夜と一緒にアメリカにでも留学しようかしら」
本気で言っていそうだから怖い。修平は苦笑いを浮かべながら心の底でそう思った。
「私も行きます」
「わ、私もですっ」
可憐と咲夜が名乗りを上げる。
「いいけど、仮に交戦中なら近付いちゃダメよ。巻き込まれるとタダじゃ済まないはずだから」
「はい」
「分かってますっ」
即答された時点で、絶対に分かってないと舞は半ば確信した。ただ、それは口に出さずに頷く。
「貴方たちはどうする? 別にいてもいなくても変わらないけど」
「ひでぇな」
将人が笑う。
「こっちも聖夜のことは心配してんだ。一緒に探すぜ」
「僕もいくよ」
「まあ、このまま放り出すわけにはいかないよな」
「……そ」
舞は一文字で応え、正面玄関へと足を向けた。皆が続く。視線を感じながら、舞は自らの考えを整理する。
舞は、1つ嘘を吐いた。可能性の序列についてだ。
舞の一番高いと思う本当の可能性は、3つめの飽きて出て行った。
聖夜は、既にアメリカで“魔法使いの証”を取得している。すなわち、もはや学歴など不要ということ。そもそも舞は、聖夜がそういった学歴や地位に興味を示していないことは、2年前までの付き合いで重々承知している。
青藍魔法学園は、日本の保持する魔法学校の中でもトップクラスの名門校。普通なら試験無しの転入などあり得ない。にも拘わらず、聖夜はラッキーとは思っていないだろう。舞や可憐、咲夜がいるからと言いつつも、いい暇つぶしになりそうだくらいにしか考えていないはずだ、と舞は踏んでいる。
そうなると、この状況は聖夜にとってどう感じるだろうか。考えてみるまでもない。
面倒臭い。
それに尽きる。
魔法選抜試験、そのグループ登録。舞や可憐によって、聖夜は悪目立ちをするようになった(自分が注目を集めていること、それによって聖夜に負荷をかけていることは舞も自覚している)。それに呼応するかのように持ち上げられた、聖夜の欠点である「呪文詠唱が出来ない」ということ。加えて、今回の2番手騒動だ。嫌がるに決まっている。
仮に出て行く決心をされた後ならば、もう諦めるしかない。転移魔法は分かっていても止められる代物ではない。どちらに逃げたのか、どこまで逃げたのかもまるで分からない。使われたら最後、完全に打つ手が無くなってしまう。
また万が一“2番手”と交戦になっていたら、それはそれで問題だ。これまでのように、のらりくらりと実力を隠したまま勝てるレベルでは無い。聖夜の持つ転移魔法。おそらく体術に織り交ぜて使用しても、不可能な動きと言うのは分かる人間には直ぐ見破られる。かといって、“神の書き換え作業術”は殺傷能力が高過ぎて使えないはずだ。苦戦することは、目に見えていた。
そこまで思考を巡らせたところで、舞は無意識のうちに呟いた。
「……念のため、リナリーには伝えておいた方がいいかもしれないわね」
「何かおっしゃいました? 舞さん」
「いいえ、なんでもないわ」
可憐からの問いかけに、舞はそう答えた。
☆
「さて、約束の泉ってのは何だ。どこにある」
そこだった。
場所が分からない。
学生寮を出て、学園を徘徊してみたが一向に見付からなかった。
時刻は23時20分。まだ40分あるとは言え、目的地がはっきりしないのではどうしようもない。いや、厳密に言うならまだ行っていない場所はある。
俺は、教会へと続く階段を見上げてため息を吐いた。どうにもこの階段には近付きたくない。教会に生息している謎のシスターもそうだが、新たに生徒会館へと続いているという事実も、この階段から遠ざかろうとする心理に拍車をかけていた。
とはいえ、後はここ以外に選択肢は無いわけだが。
「……このまま引き下がるっていうのもな」
自室から直接転移して外へと出た為、俺が抜け出した記録は寮に残っていない。が、わざわざ出ておきながらという気持ちは当然にある。
……行くか? 最悪の展開しか頭に思い浮かばないにも拘わらず。
……。
少し考えて、思う。そもそも、ここで尻込みする程度なら学生寮から出て来たりはしなかった。そう思ってしまえば、後は楽勝だ。
足を掛けて、階段を上り始めた。
「ん?」
直ぐに立ち止まる。不意に視線を感じた。
……。
階段脇から広がる、木々や茂みに意識を集中する。
誰かいるのか?
……。
ざわざわと、木々が風になびく音が聞こえる。街灯が一瞬だけ唸りを上げた。
「……気のせい、か?」
確かに、俺ならまだしも相手側に隠れる理由は無い。特に生徒会の人間ならば迷わず特攻してくるだろう。
なら良いか。少なくとも、気にする必要があるレベルではない。そこに人がいようがいまいが、現時点で俺に関係無いのなら別に構わない。2番手と喧嘩出来るなら、この学園生活は十分俺にとって有意義だったと言えるだろう。その後は退学でもなんでも好きにすればいい。
「さて、少し急がないとな」
俺は、階段を上る足に力を込めた。
★
「……まさか、気付かれるとは」
茂みから様子を窺っていた沙耶は、驚きの表情で唾を飲み込んだ。
「ごめん。やっぱり私の気配のせいだったかな?」
「いえ、副会長に非はありません。副会長には、私が隠密用の結界を敷いていましたので」
後ろからの声に、沙耶は振り向かずにそう答える。視線は階段を上っていく聖夜の背を捉えたままだ。
沙耶は気付いていた。聖夜は、気のせいだと自分たちを見逃したのではない。そこにいると分かっておきながらも、脅威ではないと判断し敢えて見逃したのだと。
「……私は、今でも反対ですよ」
自分の頭の中を駆け巡る情報を整理しながら、沙耶は唸るように口を開いた。
「豪徳寺先輩と、転入生を戦わせるなど」
「それには私も同感よ。できるなら、今ここで彼を捕獲しておきたいくらいにね」
ため息を吐きながら、副会長と呼ばれた少女はそう答える。
「けれど、今彼らを止めても事態が収束するわけじゃない。日常の学園生活に支障をきたすくらいなら、いっそここで……という意見には頷かざるを得ないわ」
「……本当にあの方は悪知恵が働きますよね。自分が見たいなら見たいと素直に言えばいいものを」
「本音を出したら、私に殴られるって分かってるのよ」
確かに、と沙耶は苦笑した。しかし、直ぐにその笑みは消える。
「では、人払いの結界。起動しますよ?」
「お願い。万が一外をうろついている生徒が来ても、大丈夫よね?」
「もちろんです。結界の核は中に。“4番手”でも来ない限り心配はいりません」
「ならオッケーね」
副会長と呼ばれた少女の頷きを合図に、沙耶は魔法陣を起動した。
☆
「お?」
僅かな。ほんの僅かな魔力の揺らぎが、俺の意識を突く。
「こいつは……」
結界……。閉じ込めるタイプでは無いな。そういった類なら、この程度の強度じゃお話にならないだろう。これはどちらかと言えば、意識を逸らすタイプだ。結界内へ侵入しようとする意識を阻害するタイプ。ようは、人払いだ。さっきの視線の主がやったのだろうか。こちらとしては願ったり叶ったりなわけだが。
思わず力の入った身体を静める。問題は、誰が何の為にやったかだ。2番手は……。……ないな。こんなチマチマした動きをする男には見えなかった。そうすると、生徒会メンバーか。これから行われる大捕り物に関係の無い人間を巻き込まぬための処置だとしたら、洒落にならないわけだが。まさしく絶体絶命だ。
「……2番手はちゃんと中にいるんだろうな」
もしあの男が来る前にこの結界が張られてしまっていれば、来ない可能性がある。そうなれば完全に俺の1人損だ。いや、この程度の結界くらい破れると信じたい。
そう思いつつ、教会に続く階段の最後の一段を上りきった。
目の前には噴水。それを挟んで真正面に真っ白な教会が建っている。月明かりを反射し、綺麗に輝いているように見えた。付近は静まり返っており、噴水の音と周りの草木の音くらいしか聞こえない。
ゆっくりと足を踏み出す。弧を描くように噴水を通過し、教会の方へと歩く。教会の近くには、階段が続いている。以前、咲夜に問うたことのある階段だ。上れば生徒会館へと続いているらしい。打つ手としては、ここくらいしか――――。
「ん?」
もう1つあった。可能性。
教会の脇。本当にすぐ傍。細く小さいが、もう1つ階段がある。生徒会館へと通じる階段も古めかしいが、こちらは比較にならないくらいに廃れている。
特に理由は無い。
生徒会館には極力近付きたくないから、といった考えも今回ばかりは本当に無かった。ただ、何かに引き寄せられるようにその階段へと進む。
迷わず、一歩を踏み出した。
☆
幻想的な風景だった。
廃れた階段を10分は上っていただろうか。何度も曲がりくねった階段を上っていたせいで、今いる場所が学園の何処に位置しているかなどまるで分からない。
茂みを抜けると、綺麗な平原が広がった。ここも学園の土地だとするならば、いったいこの学園がどれほどの敷地を持っているのか見当もつかない。確かにこの学園は街中からは外れた場所にあるし(だからこその全寮制だ)、校内図もデカくて驚いた記憶もあるが、まさかここまでとは。
周囲が木々に囲われた平原。森の中にぽっかりと空いているような場所、とでも言えばイメージが付くだろうか。中央には、綺麗な泉があった。月が水面に映り、ゆらゆらと輝いている。
「できれば、待ち合わせ相手は女が良かったですね」
そんな軽口が思わず口を出る。
「んなロマンチストだったのか、お前は」
泉を背に佇んでいた男は、長髪を揺らしながらそう答えた。2番手は、既にこの場にいた。
「良い顔してやがる。今度は楽しませてくれるってことでいいのか?」
逆光で、こちらからは表情が見えない。が、どうにも笑っているのであろうことは容易に想像できた。
質問には答えず、身体強化魔法を発動する。
地面を蹴り、2番手の懐へと潜り込んだ。2番手の驚いた表情を視界に捉えながらも、迷わず拳を振り抜いた。
轟音と共に、2番手が吹き飛ぶ。そのまま水面を2度3度とバウンドし、水柱を上げて水中へと沈んだ。
ばしゃばしゃと音を立てながら、こちらも泉へ足を踏み入れる。
「本気でどうぞ」
聞こえていないとは分かりつつも、口を開く。
「遠慮して、困るのはあんただ」
泉の中央が爆発した。
空へと伸びる水柱。その中央に、2番手の姿があった。水滴が雨のように一帯へと降り注ぐ。
「面白れぇっ!!」
そう叫ぶや否や、弾丸のように突っ込んできた。一瞬にして間合いを縮められる。
が。
「動きが直線的。払うのは容易ですよ?」
俺の右の回し蹴りが、カウンターで2番手の頬を捉えた。
「おっ!?」
2番手の身体が横へと傾く。蹴りの勢いを殺さぬまま回転し、空いた腹にそのまま拳を叩き込んだ。
再び後方へと吹き飛ぶが、今度は足で水面を削りながら勢いを殺される。2番手の身体が、水中に沈むことなく水面に踏みとどまる。
「『水面歩法』。当然のように習得済みですか。それは足場に展開させる魔力量の調整が難しく、プロでも敬遠する人間が多いのですが」
「謙遜すんな。いつまでも足浸してないで、とっととお前も上がれ」
……。
押し黙る俺に対して、2番手は笑みを浮かべた。
「何だ? また、遠慮か? 学習しねぇ奴だな」
その分かりやすい挑発に、こちらも口を歪める。ゆっくりと、水面に上がった。
「そう来なくちゃあな」
ボキボキと指を鳴らす。
「……痛くないんですか? かなり本気でやったんですが」
「あ?」
2番手は一瞬きょとんとしたが、直ぐに笑みを取り戻した。
「良い事聞いたぜ」
「は?」
「まだ、本気じゃあ……」
2番手の姿が、消えた。
「なかったってことだよなァァァ!!!!」
「ぐっ……あっ!?」
背後からの一撃に、思わずよろめく。吹き飛ばされそうになったが、魔力で水面に足を吸着させることで防いだ。2番手が声に出して笑う。
「おっ!? ははっ、いいじゃねーか!! あの時とは違いますってかぁ!?」
再び振り抜かれた拳をいなし、右拳で2番手の頬を目掛け拳を突き出した。
「ぐっ!? そらぁっ!!」
殴られたことにより傾いた2番手の身体だったが、
「げぅっ……あがっ!?」
そのまま膝蹴りを腹に打ち込まれた。
不意の一撃に、身体が浮かび上がる。
「そぉらよっ――はっ!?」
浮かび上がった俺に連撃を浴びせようと振り抜かれた2番手の拳。それを空中で身体を逸らすことで回避する。呆けた顔を見せる2番手は中々に愉快だったが、遠慮はせずに回し蹴りをお見舞いした。
2番手の身体が横からの衝撃に揺らぐ。その隙を突いて左の掌を水面へとかざし、2番手の『水面歩法』に割かれている魔力に干渉した。
「うおっ!?」
外からの干渉によって足場の魔力バランスを崩された2番手は、『水面歩法』を維持できず泉へと落ちる――――。
その前に。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「があっ!?」
水中へと沈む直前。顔面に蹴りをぶち込んだ。
凄まじい水飛沫が視界を埋め尽くした。
☆
「――っ、ふぅ」
泉中央付近の水面に立ったまま、一息吐く。
泉は先ほどまでとは打って変わって静けさを取り戻していた。……不気味なくらいに。
「……どうにも、よろしくないな」
自分の掌を見て呟く。小刻みに震えていた。恐怖からではない。痺れているのだ。あの男の魔力が固すぎて。
「おかしい」
どう考えても、単に防御力が高いとか、身体強化魔法に使われる魔力の濃度が高いとか、そんな次元の話じゃない。もっと根本的な何かが違っているような――――。
「……まさか」
そこまで考えて、1つの結論に至る。
「無系統……なのか? ――っ!?」
油断した。その一瞬の隙を突かれる。気が付いた時には、既に水面から伸びている手から足を掴まれていた。
「しまっ――――!?」
水中へと引き摺り込まれる。気泡で視界を封じられているうちに、腹に良い一撃を貰ってしまった。
「がぼっ!?」
空気が漏れ出る。泉の水深は、想像以上に深かった。殴られた勢いで底まで沈む。水面に映る月光が何かに塞がれた。
「っ!?」
あと少しでも身体を捻るタイミングが遅ければ、終わっていたかもしれない。容易にそう思わせるだけの威力を持った拳が、俺の身体の直ぐ傍を捉えた。泉の底が抉れ、大量の泥が巻き上がる。透き通った泉の水が濁り、何も見えなくなった。
これは、まずいっ!!
そう思った時には、脇腹に足がめり込んでいた。
「……ぐぷっ!?」
蹴られた勢いは殺さずに身を任せる。濁った水域からうまく抜け出した。
水深が浅くなっていることに気付く。どうやら、随分と飛ばされたらしい。
……一度出た方がいいか。
そう判断し、地面を蹴り上げた。
「ぷはっ!!」
身体強化が施された脚力は、俺の身体をいとも簡単に泉から解放した。波打ち際に音を立てて着地する。
「げほっごほっ……はぁっ……」
水中で何発か貰ったおかげで、不覚にも水を飲んでしまった。くそ、あの男めちゃくちゃ強いじゃねーか。実戦経験があるって言われたら、素直に信じてしまいそうだ。
それに……。
「非属性無系統魔法……か」
そうとしか考えられない。単なる身体強化魔法では説明がつかない。属性付加された身体強化なら、俺には感知できる。が、どうにもアレはそういった類のものには――――。
「気付いたのか」
バシャバシャと音を立てながら、2番手が泉から上がってくる。お互い上から下まで完璧にずぶ濡れだった。
「流石にそれは、俺の想像以上だった」
「……、何の話です?」
何を言っているのかが分からない。
「あ? お前、俺の無系統魔法に気付いたろ」
「……特定なんて出来てないですよ。身体強化の類だろう、と当たりは付けましたが」
俺の答えに、2番手は笑みを一層濃くした。
「墓穴を掘ったな、中条聖夜」
「……なに?」
思わず敬語も忘れて聞き返す。墓穴? 何の話だ。
「くっ。くくっ……。そうかそうか。まさかお前がなぁ……」
1人で分かったような表情で笑いを漏らす2番手。
「だから、何の話だと――」
「俺は非属性無系統魔法のうちの1つ、“装甲”の能力保持者だ」
「っ!?」
まさか、自分から漏らしてくるとは……。
「お前の言うとおり、身体強化類の1つ。魔力を纏い硬化させることで戦闘能力を爆発的に底上げする代物だ」
「……それで装甲者ってわけですか」
「ああ、そうだ。だが気を付けろよ? お前が扱う身体強化とは比べ物にならんくらい性能は高いぞ」
「でしょうね、十分身に染みましたよ」
ズキリと痛む身体を抑えながら、そう答える。……固いと感じた原因はここだったか。本当に無系統能力の保持者だったとは。青藍は随分と優秀な人材を在学させていたようだ。
「で、そうそう。墓穴の話だったな」
わざとらしく2番手が話を引き戻す。
「俺の無系統はさっき言った通り身体強化の類なんだが……。非属性、それも身体強化だろ? 普通に見ただけじゃ判別できないわけよ。俺と戦り合ったりしない限りは」
「……だから、俺もこれまでのやり取りでようやく――」
「だからよぉ、それがおかしいんだって」
……どういうことだ?
「まだ気付かねーのか。まあ、そりゃあそれで面白いけどよ」
2番手は笑いを噛み殺しながら口を開く。
「普通の、ただの学生がだ。身体強化魔法と無系統の身体強化魔法の判別出来るとでも思ってんのか?」
「っ」
その問いかけに、俺の身体が硬直する。2番手が目を細めた。
「ビンゴだな。お前の今の反応で、俺は確信に至った」
……しまった。嵌められたか。
「今更ポーカーフェイスしても無駄だ。ま、これでお前の実力に対する疑念が2つまで絞られた」
……。
「お前も無系統の保持者で、同じ匂いに勘付いたか。もしくは2つの判別がつく程度の戦闘を熟した熟練者か。どっちだろうなぁ、くくくっ。どっちにせよただの学生じゃねーけどよ」
……どっちも正解だよ、バカ野郎。
「答えは……そうだな。やっぱ身体に聞くか?」
握り拳を前に突き出される。誤魔化される雰囲気ではない。
……どっちだ。必ずバレるのならば、どっちの方がいい。
俺が思考している間にも、2番手はゆっくりと間合いを詰めてくる。
……。
無系統保持者の方、か。
俺は苦渋の決断を下した。
熟練者、場慣れしていることを明かしてしまえばいよいよ誤魔化しが効かなくなる。普通に考えて、ただの学生が場慣れしているというのはおかしな話だ。
対して、無系統保持者ならまだ言い訳は効く。目の前の2番手だって無系統保持者だったのだ。少し特異な能力を持った男子生徒の方が、幾分かマシだろう。本人も同じカテゴリーなだけに、説得力はあるはずだ。
問題なのは――――。
無系統魔法が、“転移”の能力を有していることだけは気付かれたくはない、ということ。
「どうした? 構えろよ、今更何を躊躇う」
ゆっくりと歩を進めながら、2番手が言う。
転移魔法だと悟られずに、かつ俺が無系統の保持者であると窺わせられるような戦闘。
それを実現させるには、アレしかない。
――――使うか、“神の書き換え作業術”を。