8章の本編に入れようか悩んだけど結局入れなかった駄文
以前、活動報告で公開したものです。
争奪戦後、泰然との邂逅シーンを挿入しようと決めてから急遽外した部分です。当時は、あのシリアスな空気感を壊さないまま終わらせたいと考えていたような気が。
☆
《起きたの? おはよう、マスター》
「……おはよう」
掛け布団を払いのけ、身体を起こす。差し込む朝日に顔をしかめながら、時間をかけてゆっくりと伸びをした。大きなあくびが出る。
「もう朝かぁ」
あまり寝た気がしないな。
9時間近く寝たはずなんだが。
机の上に転がしていたウリウムを掴みつつ、もう片方の手で目覚ましを止める。起床時刻より30分近く早かった。なんだよ、まだ寝れたのか。ウリウムからのおはようがあったせいで、もう起きる時間だと勘違いしていた。
「……まあ、いいか」
《なにが?》
「なんでもないよ」
少しくらい早く行く方がいいだろう。
なにせ、昨日の今日だからな。
☆
いつもより早い時間だったおかげで、いつもの面子と顔を合わせることなく寮棟を出る。冷える朝の気温に身体を震わせながら新館へと足を進めていると、名前は知らないが見たことのある男子生徒を見つけた。どこで会ったことがあるのかは、その男子生徒が抱えている紙の束ですぐに思い起こされる。
「朝っぱらからご苦労なことだな」
「あ、中条先輩。おはようございます。よければどうぞ」
差し出された号外を有難く頂戴した。
「『中条聖夜、"青藍の1番手"残留はほぼ確実か』、……ね」
「カッコよかったですよ、昨日の試験。まあ、豪徳寺先輩が天蓋魔法を発現した時は死人を覚悟しましたが」
だろうな。
学園の試験で使う魔法ではない。
俺もびっくりしたわ。
「それを身体強化魔法だけで倒しちゃう先輩も大概だと思いますけど。というか、無詠唱で身体強化魔法を使ってる時点で、既に僕らは周回遅れなんですよ」
「はっはっはっ、気張れ気張れ。そのうちできるようになるから」
新聞部の肩を叩き、その横をすり抜ける。「いや、詠唱有りのRankBを発現できる時点で大学卒業クラスなんですがそれは」という愚痴にも似た呟きはスルーした。
下駄箱で靴を履き替えつつも号外を流し読みする。
号外のわりにボリュームは多い。
見出しだけでもこれだけある。
『中条聖夜、"青藍の1番手"残留はほぼ確実か』
『大胆予想!! 新「番号持ち」に選ばれるのは!?』
『中条聖夜の魔法検証』
『直撃!!「番号持ち」入りを果たした片桐沙耶の独占インタビュー』
『本日の舞様』
『女帝降臨~可憐様の本気~』
『豪徳寺大和は前衛なのか後衛なのか ~本人に直撃……、は怖くてできませんでした~』
『安楽淘汰の魔法応用術』
『エマちゃんのパンツを映したカメラを追え』
『検証!! 旧館補修費用!! ~補修と建て直し、どちらが安上がりか~』
……最後2つはわりと洒落にならないと思うんだ。
特に最後の1つは絶対に見たくない。
階段を上り、教室の扉を開く。
珍しく俺が一番乗りだった。まあ、いつもより30分も早く着けばそうなるか。
自らの席に着き、先ほどの号外にある『番号持ち』の予想欄を見てみる。どうやら新聞部は、あの試験後にギャラリーへ任意のアンケートを実施していたらしい。回答率が意外と高いところが笑える。アンケートと新聞部独自の予想、2つの予想が載っている。
アンケートと新聞部独自予想、1番手は共に俺だった。
うむ。
良かった。
本当に良かった。
2番手も同じ人物、大和さん。
うん。
だよね。
だってあの人、天蓋魔法とか使ってたもんね。それも遅延魔法で。RankBの『浄化の乱障壁』と一緒に。あの時は怒涛の展開過ぎて対応に必死だったが、冷静になってみると馬鹿なんじゃないかと思う。よく、旧館が完全に崩落しなかったよ。本来、室内で使う魔法ではない。
というか、この予想が本当に当たったら世代交代とやらはどうなるんだ。……当たったらというか、確実に大和さんは入るよな。そして、大和さんの卒業と同時に3番以降が1つ繰り上がって、5番に溢れた奴がランクインする未来しか視えない。
3番手から予想が変わっている。
アンケートでは可憐、新聞部の独自予想では片桐になっていた。
焦点は、学園側が高難度の魔法を使いこなせていたのかを重視するのか、それともバトルロイヤルという形式の中でうまく立ち回れたのかを重視するのか、というところだ。前者なら可憐、後者なら片桐になる。聞いた話では、可憐は空間掌握型のRankA相当の魔法を発現していたらしい。以前の誘拐騒動で奇襲かけた時に使ったという魔法かな。3番手の予想の段階で、可憐と同じくRankAの魔法を発現した舞の名前があがらないのは、やはりその精度の低さが減点対象ということだろう。
4番手の予想は、アンケートでは舞、新聞部は安楽先輩。5番手の予想は、アンケートでは片桐、新聞部は可憐という具合だ。結局、3番から下は発現難度を見るか試験の立ち回りを見るかで決まりそうだな。
エマがランクインしていないのも仕方が無い。得意属性と完全詠唱方式の封印、そして大した見せ場もなく脱落していたのだ。エマは不本意かもしれないが、運が無かったな。いや、あのタイミングで俺が介入してしまったからか。介入なしで大和さんとエマが戦い続けていた場合、どちらに軍配が上がっていたのかは正直気になるところだが……。
どちらにせよ、結果が出るのはもう少し先だ。
教師陣は寝る間も惜しんで会議してるらしいし。
「おっはよー! 中条君早いわねー!」
「お、おはようございます」
「……、おはようございます」
紫会長が元気よくやってきた。
後ろには花宮や片桐も続いている。
かたぎりさんは、とてもふきげんそうだ。
「おはよう。どうした片桐、朝っぱらから辛気臭い顔しやがって」
「くっ……、誰のせいだと…っ! い、いえ、これでは八つ当たりに……、え、ええ。なんでもありませんとも。ええ」
なんでもないと言うわりにはダダ洩れなわけだが。
頬をひくつかせながら言われても説得力が無い。
そして、俺が手にしている号外を見て顔を更に引きつらせた。
……ははぁん?
ピンときた俺は、『直撃!!「番号持ち」入りを果たした片桐沙耶の独占インタビュー』へと目を走らせる。
「なになに、『悔しいですが、中条聖夜が1番手であるということは認めざるを得ない……』」
「きゃああああああああああ!?」
らしくもない悲鳴を上げて片桐が突っ込んできたので、立ち上がり軽やかに回避する。
「『むしろ、あの方と今後肩を並べて生徒会という職に従事できることに……』」
「や、やめっ!? やめなさい!! 読むのをやめなさい!!」
「なんでだよ。どの記事を読もうが俺の勝手じゃないか」
「音読!! なぜ音読するのですかぁ!!」
ははは。
そんなの、俺が楽しいからに決まってるじゃないか。
「『互いに切磋琢磨し、より上を目指して……』」
「い、いいいいい加減にぃぃぃぃ!!」
「……仲いいわねぇ」
俺と片桐がじゃれ合っているのを見た紫会長が、そう呟いた時だった。
「ぜぇいやぁざまぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!」
「うおっ!? エマっ!!」
気の抜けるようなヴィブラードを刻みながらタックルをかましてきた少女を受け止める。手を放してしまった号外はあっさりと片桐に奪われてしまった。ちくしょう。いや、もはやそれどころではない。
「ぜいやざまぁぁぁぁ!! ぜいやっ、ぜ、ぜいっ!! うっ!! ぜいやざまぁぁぁぁ!! うわあああああああん!!」
「どうしたどうしたどうした!? 何があったエマ!!」
ガチ泣きである。
完全にホールドされてしまっている俺は身動きすら取れない。呆れた様子でやってきた美月へと助けを求めてみる。
「美月、これはいったいどういうことだ」
「いやぁ、完全にエマちゃんの勘違いだとは思うんだけどねぇ~」
「勘違い?」
「詳細は本人からよろしくぅ~、ふあぁぁっ」
「いやいや、本人がこんな調子なわけで……」
「うわあああああん!! ひぐっ、うっ、うぅ、ふあああああああ!!」
「マジでどうしたお前!!」
ちょっとエマに構っているうちに、美月はさっさと自分の席に座って突っ伏してしまった。紫会長たちも完全に傍観モードである。頼りがいのない奴らめ!!
「エマ、ほらどうした。泣いているだけじゃ分からないぞ? 何があったか説明してくれ」
小さい子をあやすような口調で優しく聞いてみる。そのお蔭か、徐々に泣き声は治まり、嗚咽を漏らすのみとなった。よしよしと頭を撫でていると、後ろからカシャッという電子音が聞こえる。
「事案発生。後で新聞部に情報提供しに行こうっと」
「紫会長、それやったら本気でクーデター起こしてやるからな」
1日で号外何枚出させるつもりだよ。学園トップが率先して場をかき乱すのはやめてくれ。
おっと、それよりエマだよエマ。
「エマー、そろそろ説明してくれー」
ぽんぽん背中を叩いてやると、ようやくエマがうずめていた顔を上げてくれた。
「涙と鼻水でぐちゃぐちゃじゃねーか……」
制服がぁ。
俺の制服がぁ……。
ポケットから取り出したハンカチでぐにぐにと顔を拭いてやる。なされるがままだったエマがようやく口を開いた。
「ど、どうか……、私を、捨てないで……」
場が凍った。
紫会長が思わず取り落とした携帯電話の音で我に返る。
「え、えっと?」
どうしたいきなり。
「い、いつもの場所でお迎えしようと思っていたら、い、いなくて……、待ってたけど、来なくて、部屋に行っても反応なくて、さ、先に行かれていて……、いつもな、いうつ、いつもならこんな早く登校しないのに!! わ、私、捨てられて……、やっぱり、試験で不甲斐ないところっ、見せたから、わ、わたし、使えないって!! すて、せいやさ、聖夜様に、すて、捨てられっ!! ううっ、ふぐ、ふぇぇ、ふええええええええええええん!!」
「うおおおおおお!? お、落ち着けエマぁぁぁぁ!!」
号泣である。
そして色々とやばいことを口走ったぞこいつ!!
全力で擦る。
エマの背中を擦る。
やばいやばいやばい。
一目惚れしちゃいました設定にしては重すぎる発言だったぞ絶対!!
「ほ、本当に事案発生でしたか」
「わー、熱愛発覚? とりあえず撮っておこうっと」
「う、うわぁぁぁぁ……」
「生徒会トリオさんやめてそんな目で見ないで!! エマ、落ち着け。本当に落ち着け!! 誤解だぞ誤解。今日はたまたま早く目が覚めたから、さっさと登校しただけだ。特にお前に対して悪い印象を抱いたわけでは決してないぞー!!」
そもそも待ち合わせなんてしてないからね!!
いやでも最近はわりと一緒に登校していることが多かったかもしれない!!
つまり俺の配慮不足か!!
「ごめんごめん!! 本当にごめん!! だから頼む泣き止んでくれ!! 俺にできることならなんでもするから!!」
「ああああぁぁぁぁ……、なんでも?」
「おう! なんでも!! なんでもするから泣き止んで……、ん?」
なんか「ピタッ!」っていう効果音が鳴りそうな勢いで泣き止まなかったかこいつ。
「聖夜様、今、なんでもと仰いましたか」
「え?」
「聖夜様、今、なんでもと仰いましたか」
「いや、その」
「聖夜様、今、なんでもと仰いましたか」
「いや、言ってな……」
うるり、と涙の滲むエマの双眸。
「言った!! けどできる範囲でな!!」
「はい!」
「良識の範囲でな!!」
「はい!!」
「公序良俗に反しない限りでな!!」
「はいっ!!」
「ならOK!!」
「はーいっ!!」
るんるん気分で俺から離れるエマである。
え、ちょっと待ってこれどういうことなの。
「いてっ」
何かが飛んできた。
こ、この髪の毛に地味に絡まる感覚は……。
振り向けば、美月が唸り声を上げながら消しゴムをちぎっているところだった。
「……しねばいいのに」
たった今やってきた舞からは、絶対零度の視線で射抜かれた。
勘弁してくれ。いや、悪いのは全部俺なんだけどさ。
可憐から向けられる生温かい笑みがとても居心地悪いです。




