『沙耶ちゃんの憂鬱』
年単位で前に書きつつ公開するタイミングを逃して埃を被っていたssです。
多分5年くらい前かも。書いたことも忘れてました。
結論:沙耶ちゃんかわいい。
「騒ぎを起こしているというのはこちらで――って!! また貴方たちですか!!」
上級生に対する言葉遣いではないことは承知の上で。
それでもこの怒りは抑えきれません。
今日という今日はっ。
腰に差した得物をいつでも抜けるよう、手で触れながら距離を詰めます。
「いやぁ、『また』って言われるほどお世話になってはいないはずなんだけどねえ」
「ちっ、……またてめぇかよ」
「とぼけたことを抜かさないでください!!」
御堂縁。
豪徳寺大和。
共に3年生。
この学園の選抜試験にて、2年生の時から既に青藍の5本指に入っていた実力者。その実力は3年に上がっても他の追随を許さず、特に銀髪で不敵な笑みを張り付けている方は学園トップの座を譲ったことが無いほど。
「貴方がたが3年に進級してから何回目、……いえ、今月に入ってから何回目だと思っているんです!?」
「何回目だと思うかい? 大和」
「死ね」
爽やかな表情で相対する豪徳寺先輩に問う会長。
……そう、不本意ながらこの男はこれでもこの学園の会長なのです。
不本意ながらこの学園のトップ『青藍の1番手』であり、不本意ながら生徒会役員である私の上司なのです。……そう、不本意ながら。
会長からの質問に二文字で答えた豪徳寺先輩は、不機嫌そうに鼻を鳴らしました。
それでもなぜかこの男はめげません。
「それじゃあ正解を教えてあげよう。5回だ」
「じゅ・う・さ・ん・か・い・め・で・す!!」
ドヤ顔でふざけたことを抜かし続ける会長に、思わず割り込んでしまいました。
「5月8日ですよ!? まだ!! 一日に何回喧嘩すれば気が済むんですか!!」
「8日で13回なら、1日2回は無いということだね」
「ゴールデンウィークの日付を抜いたら1日2回は余裕ですよねぇ!!」
「おっと、これは盲点だった」
おどけるように言う会長。
……もう、一度木刀の錆にした方がいいでしょう。
「ちょっと沙耶ちゃん? 殺気漏れてる殺気漏れてる」
「不可抗力です」
「意味が分からないよ沙耶ちゃん。ちょっと本当に木刀抜いちゃだめ――」
「アホらし……」
長髪を揺らし、欠伸をかみ殺しながら豪徳寺先輩が呟きました。
そのまま去ろうとしたので慌てて呼び止めます。
「あ、ちょっと豪徳寺先輩。貴方も当事者なのですから、一緒に生徒会館まで同行して頂きますよ」
「ふざけんな。なんで俺がそんな場所までハイキングしなきゃいけねーんだよ」
「ご自分の胸に手でも当てて聞いてみたらいかがですか。毎回毎回こんな騒ぎを起こして……。この学園トップClass=Aに在籍しているという自覚を持つべきです」
「俺じゃなくてめぇの上司に言えよ。俺はもともと不干渉派だ。じゃあな」
「ちょ、ちょっと!!」
廊下を普通に歩いて逃げるのでは追いかけられるとでも思ったのか、豪徳寺先輩は廊下の窓を開けるとそのまま飛び降りてしまいました。
ここ、4階……。
ギャラリーがざわめき次々に窓際へと集まって行きますが、まあいらぬ心配でしょう。あの先輩ですし。
それよりも。
「会長。貴方が率先して揉め事を起こしてどうするんですか。豪徳寺先輩だって自分から貴方にちょっかいを出してくる人ではないのですから。貴方はもう少しこの学園のトップであるという自覚をですね……。聞いているんですか、かいちょ」
そこで気付きました。
いつの間にやら雲隠れしていたようです。
突きつけていたはずの切っ先が、虚しく宙を彷徨っています。
「ふ、ふふふふふ……」
決めました。
本当に斬り捨てましょう。
★
その日の放課後、生徒会館にあの男は来ませんでした。
不穏な気配を感じ取ったのでしょう。
先回りしてClass=Aの教室に行ったらいなかったので、もう来ているのかと思ったら、どうやら直帰していたようです。
「沙耶さん、あまりイライラするものではありませんよ」
「あ、はい。……すみません」
表情に出てしまっていたのでしょうか。
窘められてしまいました。
蔵屋敷鈴音。
私の先輩であり、私の師でもある方です。
どこかの誰かとは大違いで、とても頼りになって優しい先輩です。
「さ・や・さん?」
「す、すみません」
自然としかめっ面をしていたようで、鈴音さんにまた怒られました。一端の剣士たるもの、もっと冷静さを身に付けなければなりません。私はまだまだ未熟です。
「なぁにまた兄さんなの?」
ため息交じりに会話に会話へ加わってきたのは御堂紫。私と同学年でありながら、副会長の座に就いています。あの男とは……、いえ、彼女の肉親の悪口を言うものではありませんね。
兄とは違い、非常に生徒会の活動に対して積極的ですし、模範となる生徒です。
肉親故、兄の素行について大体は耳に入っているのでしょう。『また』、という表現は、つまりはそういうことです。
「いえ、まあ、……あの方ももう少し模範となる行動をして頂けるとありがたいのですが」
正直、告げ口をするつもりはありませんでした。溜まっていた愚痴を吐き出す先を間違えたかもしれません。
私の要領を得ない曖昧な言い分に、副会長はそれでもほぼ正確に事態を理解したようです。
「あんの馬鹿兄ぃぃ……」
「沙耶さん、その言い分は少し、彼の評価への公平性を欠きますわね」
「えっ」
まさかその点について注意されるとは思わず、鈴音さんの方へ振り向きます。
「縁は、会長として模範となる行動はしていませんか?」
「それはもちろん……」
していない、と答えを口にしようとして思い留まりました。
会長として模範となる行動。
しているかしていないか、で問われると……。
「談話スペース、随分と好評のようですわね」
独り言のように鈴音さんが呟きます。
……確かにあれには驚かされました。
あの男が生徒会役員になって間もない頃、いきなり「ちょっと放送設備借りてくる」とか寝言を言い出したので慌てて追いかけたのを今でも覚えています。放送室に入るなり『寮棟共用スペースに談話スペースを作ろう』演説を始め、署名運動が勝手に巻き起こり、瞬く間に署名が集まって、気が付いたら学園が白旗を揚げていて、絨毯やらソファやらが殺風景な寮棟の共有スペースへと搬入されていたのです。
……今思えば、あれがあの男の初仕事でしたっけ。
何から何まで全てあの男がやってしまったせいで、私を含めた生徒会の面々はただ成り行きを見守っているうちに片付いてしまいました。
「屋上の休憩スペースも縁発案でしたねぇ」
くっ、それもありましたか。
もともと立ち入り禁止だった屋上に、業者を呼んでガーデニングを施し、ベンチやらテーブルやらを持ち込んで休憩スペースを作り上げてしまったのです。暖かくなってきた今、クラスメイトもよく昼食をそこで食べるらしく、たまにお礼を言われます。
……私は何もしていないのに。
「今は今年度の文化祭に向けて最終下校時刻の緩和と、予算の大幅アップを掛けあう準備をしているはずですが」
……。
くやしいですが、何も言い返せません。
「まだ、彼が生徒会役員となってから1年も経過しておりませんわ。それなのに、既にこれだけの実績を積み上げていることに対する評価はして差し上げないのですか?」
「それは……」
あの男の評価が高いことは、この生徒会内で一番の新参者でありながら、選挙で圧倒的な勝利を収めて会長の座に就いたことからも明らかです。何も言い返せなくなってしまった私を見て、副会長はため息を吐きながらティーカップをソーサーに戻しました。
「でも、正直なところもう1人くらい役員を増やしたいわよね~。兄さんが暴走した時に、実力行使で止められる人とか」
微妙な空気を打開するためか、副会長が明るい声でそんなことを言ってくれます。
鈴音さんもそれに同調するかのように、苦笑いを浮かべながら頷きました。
「そうですわね。ですが、縁を止められる人材となるとあまり候補は……」
言いよどむ鈴音さんと同じく、私の頭の中でも候補は1人しか思い浮かびません。
『不動の三席』と称される青藍のトップスリー。
現在問題にされている会長。
現在既に生徒会に在籍している鈴音さん。
そして。
……。
むり。
むりむりむりです。
おそらくたぶんいえまちがいなく。
ストレスで胃に風穴が空くことでしょう。
そもそもなぜあの会長が何度も問題を起こしているのか、という話です。
あの2人を同じ空間に閉じ込めて仕事をさせるとか……。
……。
みな同じ結論に至ったのか、3人仲良くため息を吐きました。
「た、ただいま戻りました~。あ、あれ、みなさんどうしたんです?」
丁度そのタイミングで、部活動会議に参加していたはずの花宮愛さんが、資料の束を胸に抱いて帰ってきました。何とも言えない空気に包まれている生徒会館の会議室を見て、目を白黒させています。
ああ、なんとなく癒されました。
……。
★
「ああ、沙耶ちゃん。ちょうど良かった」
ようやく生徒会での業務が終わり、寮棟に着くと、会長が男女共有の談話スペースでそわそわしていました。私がドアロックを解除してエントランスへ入室するなり、こちらへと駆け寄ってきます。
な、何の用でしょう。
思いの外近くまで寄って来られたので、思わず一歩後退してしまいました。
それに気付いた様子も無く、目の前の男はいきなりパンッと乾いた音を立てて掌を合わせてきます。
……これは、もしかすると、……謝罪?
「ごめんっ、沙耶ちゃんっ!!」
どうやら本当にそのようです。
まさかこの男、……いえ、会長がちゃんと改心してくれる時が来ようとは。
だ、ダメです。ちょっと涙腺が……。
「悪いんだけど、ちょっと木刀貸してくんない?」
「……、……は?」
いきなり何を言い出すんでしょうこの人は。
改心し過ぎて素振りで精神統一でも図るつもりなのでしょうか。
頭に疑問符を浮かべたまま、言われた通りに木刀をお貸しします。
すると。
「ちょ」
目の前の男は何を思ったのか、それを後ろ手に制服の中へと突っ込んで……。
「はぁ~、生き返る生き返る。ずっと背中が痒かったんだけど、手が届かなくてさ~」
……。
「他の物でも試したんだけど、なかなかうまくいかなくて」
……。
「助かったよ、ありがとう」
……。
手渡される、生暖かい木刀。
「いやぁ、そろそろ帰ってくる時間帯だとは思ってたんだけど。まさにドンピシャだったね。ははは」
……。
「あ、それとさ。今日はありがとね。またいざこざ起こしちゃうかもしれないけど、大事にはしないように気を付けるからさ」
……。
「それじゃあおやすみ」
「ちょっとお待ちなさい」
爽やかな笑顔で踵を返した男の肩を掴みます。
そして……。