『フランクフルトorアメリカンドッグ』
以前、ツイッターで公開したものです。
内容は変わっていません。
「フランクフルトとアメリカンドッグのどちらにするか。それが問題だ」
「うるせぇよ」
とある平穏な休日に、そんな会話があった。
☆
「折角の休日なのに、朝っぱらから何の用ですか」
ノックもせずに扉を開く。
呼び出した主が既に待っていることを知っているからだ。
扉の発する軋んだ音を聞きながら、俺は教会の中へと足を踏み入れた。
案の定、シスター・メリッサはそこにいた。
なんと祭壇に腰かけていらっしゃった。
「神罰が下りますよ」
「え、なに。チミそういうの信じてるんだ。ちょっと意外かも」
「とりあえずあんたはシスター辞めろ」
そういう問題じゃねーんだよ。
やれやれといった雰囲気で祭壇から降りるシスターにため息を吐く。
「で、本当に何の用です?」
長椅子の1つに腰を落としながらそう訊ねた。
本当なら、今日は惰眠を貪っているはずだったのだ。連日の特訓のせいで疲れが抜けない、そのくせ大した成果は上がらないで肉体的にも精神的にも結構キている。
「いや、ちょっとお使いでも頼もうかと」
「お使い?」
この人の場合、ふざけているのか真面目なのかでお使いとやらの難易度も変わってくる。もしふざけている方のお使いだったら……。
「ちょっと麓のイレブンセブンまで行ってきてよ。あそこの総菜が無性に食べたくなってきた」
「よし、殴ろう」
「なんで!?」
☆
結局、流されるままお使いに駆り出された俺である。
いや、まあ教会の地下にはいつもお世話になっているし。このくらいの我が儘は聞いておいてあげないと後々面倒になりそうだ。
バスに乗り、山の麓を目指す。
「何やってるんだろうなぁ、俺」
車窓から流れる景色を眺めながらそんなことを呟いた。
既に俺の外出許可証を準備しているという用意周到さを見せつけておきながら、いざ出発しようとしたらフランクフルトにするかアメリカンドッグにするかで悩みだすのだ。馬鹿かと言いたい。面倒になって「両方買えばいいんじゃないですか」と言えば、「カロリーが……」とか言い出すのだ。ふざけてんのか。気にしてるんなら両方食うんじゃねーよ。
あー、なんかイライラしてきた。
お目当てのバス停に辿り着き、運転士さんに軽く頭を下げつつ料金を支払う。イレブンセブンという名のコンビニエンスストアはすぐそこだ。
都会を中心に、今では24時間営業など当たり前のように思われているコンビニだが、このイレブンセブンは一味違う。いつでもどこでも便利にという世間の流れに逆らうように、朝11時から夜7時まで、1分たりとも譲らない営業方針を頑なに続けているのが、このイレブンセブンというお店である。しかも朝11時からの開店なのに、モーニングコーヒー一杯100円セールをやっている。この店でいうモーニングとは、11時から11時59分までの59分間を指すらしい。
自動ドアを潜り、店内へ。「ラシャセー」という軽めの声を聞き流しつつ速攻でレジへと向かう。
「フランクフルトひとつ」
これでお使い終了である。
移動費用の方が高いとか馬鹿にし過ぎだ。
☆
「買ってきました」
ノックもせずに扉を開き、教会へ入る。
そこにいたのはシスター1人ではなかった。
「あれ、中条君?」
「紫会長?」
この学園の生徒会長である御堂紫がそこにいた。
それもたった今、教会奥にあるシスターの居住スペースから出てきたようである。
「珍しいわね、中条君が教会に来るなんて」
紫会長はブレザーのボタンを留めながらこちらへ歩いてきた。その仕草に若干の違和感を覚えつつも、「俺と教会の組み合わせは、第三者からすれば意外なのか」という考えが直ぐに上書きされる。
「まあな。ちょっとお使いを頼まれてて」
「ふーん」
俺の手にぶら下がっているコンビニ袋に視線を向けつつも、そこまで興味をそそられなかったのか、紫会長は俺の肩を軽く叩きながら横をすり抜けた。
「それじゃ、また学園でね!」
「おう」
いつもより少しだけ声のトーンが高い気がした。
「お、帰ってきたね」
しかし、呼び止めるより早くシスターから声が掛かる。あっという間に紫会長は教会から出て行ってしまった。「ほれほれ早く頂戴な」と催促してくるシスターに思わず脱力する。
「……まったく。貴方だって寮棟に入れるんでしょう? あそこの学食だってフランクフルトは売っているんですよ」
「その質問は買いに行く前にも聞いた。寮の学食はケチャップとマスタードがチューブで出てくるから嫌なの。このパキッと割るケースから垂らすのが好きなんだから」
知らねーよ。
「あー、……」
「どうしました?」
俺からコンビニ袋を受け取るなり、急激にテンションを下げたシスターを怪訝に思い、そう聞いてみる。
「やっぱりアメリカンドッグが食べたい。やっぱ買い直してきて」
「ぶっとばすぞ!!」
嫌がるシスターの口に無理やりフランクフルトを突っ込んだ。