幕間2
跪いたその3人は、前に坐す男からの言葉を待っていた。
時折フラスコやビーカー等から漏れる水の音以外に音は無い。この部屋に窓は無く、明かりも最低限度の物のみで、目を凝らさなければ辺りの風景すら分からないような空間だった。
「……そうか」
決して短くない沈黙の後、呟かれたのはその一言。
そして、その後にもう一度男は「そうか」と呟いた。
「花菱は無事に逝ったか……。奴ほど我らに貢献した者もそうはいないだろう」
背もたれに身体を預け。
男は虚空を見つめるような眼で言う。
「代償は大きかったようですがね」
跪いた3人のうちの1人が、隣で首を垂れる隻腕の男へと視線を向けながらそう言った。
「寝ていたのか? この腕はそこで奪われたのではない。説明しただろう」
「任務中だったんだよな。だから俺が行くべきだと進言したのだ」
「まるで貴様ならば無傷で済んだ、と言わんばかりの言葉だな」
「事実そうだ」
「あれを前にして同じ事が言えるのかについて非常に興味深いところではあるが……。貴様なら戻ってこれぬかもしれんな」
「……安い挑発だな。それほどまでに『白影』の餓鬼に後れをとったことが悔しかったのか?」
「……なんだと?」
「そこまでにしておけ。主の御前であることを失念しているのか。恥を晒すな」
徐々に熱を帯び出した2人に、これまで沈黙を保っていた最後の1人が口を挟んだ。主と呼ばれた男は3人の様子を興味深そうにしげしげと眺めていたが、これ以上沈黙を保っていても話は進まないだろうと判断し、改めて口を開く。
「当初の予定よりも……、随分と早い覚醒だ」
主が発した言葉に、跪く3人は思わず顔を見合わせた。
「あの餓鬼が『神の目録』に連なる神法を所持していることは確定ですか」
「……面倒な。殺して他に移すことを考えるべきなのか?」
「それは愚策だろう。『脚本家』は今度こそ晦ませるに違いない。主よ、それでは収穫で?」
「いや……、報告から想像するに、おそらくは偶然の賜物だろうな。放っておけ。無論、向こうから進んでこちらへ来るのなら狩っても構わないが……」
坐す男の視線が、跪く隻腕の男へと向けられる。
「以降は『捕獲』とする」
「承知致しました」
隻腕の男は深く頭を下げた。
「……あぁ、そうだ」
そこで坐す男はふと思い出したかのように顔を上げる。
「数か月後、『白影』が魔法世界を訪れる可能性が出来た」
「……なぜです」
喰い付いたのは、やはりというべきか一度後れを取ったことのある隻腕の男だった。
「奴は今もなお、学園に通っているのだったな。その行事の一環のようだが、候補地の1つにこの魔法世界が挙がっていると聞いた」
「……ふ、随分と平和な事だ」
跪く3人のうち、1人が鼻で嗤うようにしてそう呟いた。主はそれに気にした様子も無く、隻腕の男へと視線を向ける。
「不用意にクルリアを訪れ、お前の領域へ足を踏み入れるようならば狩れ」
「承知致しました」
隻腕の男は再度深く頭を下げる。
そして、そのまま懸念していたことを口にした。
「裏切者はどう致しましょう」
隻腕の男の問いに、跪く2人から怒気が漏れる。
「泳がせるのも限界では? 命じて頂ければ直ぐにでも消して参りますが」
「片方はまだしも、貴様程度の実力であの神法に勝てると思っているのか?」
「その言葉はそのまま返そう。何度も言わせるな、主の御前だぞ」
「……そちらも放っておけ。奴ら2人で何ができるというのか。あぁ……、いや。そう言えば1つ、伝え忘れていたことがあったな。まだ少し先の事となるだろうが、リナリー・エヴァンスと会談の場を設けることとなった」
ざわり、と。
空間が揺らぐ。
「まさか、主自ら向かわれるのですか?」
「無論」
「場所は」
「魔法世界10の都市のいずれかになる。案ずるな。幹部1人を同行させる」
「なぜ? 我らをお使い下さればよろしいでしょう」
「いや、お前たちには別の任務を与える。ここがおそらく最後の対話の場だ。決裂すれば全面衝突となるだろう。そうなれば魔法世界が動く。そして合衆国もな。いくつか手を打っておきたい」
その言葉に、跪く男の1人が顔を顰めた。
「……『断罪者』か。あのロリ隊長が出張ってきたら厄介だな」
「可能性は否定できないだろう。エルトクリアに恩を売るいい機会となるからな。『神童』、『瞬華』、『幻刃』、『雷帝』、『連鎖』、『砂塵』。誰が出てきてもおかしくはない」
「ならば見せしめに『キング』の首でも刎ねましょうか」
1人が主と仰ぐ男へと尋ねる。
「悪くはないな……」
その提案に、坐す男はしばし思考の海に沈む。
そして、軽い口調でこう続けた。
「そうだな。ベニアカ、セイラン、オウキ……。塔の1つでも堕とすか。その際はお前に任せるとしよう。属性奥義の準備をしておけ」
「御意」
第9章 修学旅行編〈中〉・完
第9章 修学旅行編〈下〉 11月初旬くらいには更新開始する予定
魔法世界エルトクリアに、新たなギルドランクSのグループが誕生する。名を『赤銅色の誓約』。一見、青藍魔法学園の修学旅行には無関係のように思えたビッグニュースであったが、中条聖夜のもとへ『白銀色の戦乙女』のリーダー、シルベスター・レイリーが訪れたことで事態は一変する。修学旅行2日目の夜は、まだまだ終わらない。中央都市リスティルを舞台として、ギルドランクSのグループに属する魔法使い達が今、激突する――。