第14話 宗教都市アメン ②
※第10話において、白銀色の戦乙女の会話に漏れがあったため、加筆致しました。
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王立エルトクリア魔法学習院にて。
本来ならば受けなくてもいいはずの講義を最後列の席で受けていたウィリアム・スペードは、マナーモードにしていたクリアカードが振動したことに気付き、こっそりと手に取った。
☆
「それじゃあ、まずは名前を教えてくれるか?」
視界の端で舞が祥吾さんへ、可憐が理緒さんへそれぞれ連絡を取っているのを確認しながら、俺は奴隷の子の前にしゃがみ込みそう聞いた。
「……、リ、……です」
「ん?」
「アリ……、ス、です」
アリスか。
「あ、の……」
ぼそぼそとだが、何かを言いかけているようなので、頷いて先を促す。
「くび、わ……、首輪……、ありがと……、です」
何だ、そんなことか。
「気にするな」
あれは取ってやろうという親切心からではなく、何て危ないものを付けているんだという条件反射に近い行為だった。今思えば考え無しの行為だったな。
「聖夜様、買ってきました」
近くの自動販売機でスポーツドリンクを買っていたエマが戻ってきた。
「ありがとう。アリス、飲めるか」
エマから差し出されたペットボトルを見て目を大きく見開いたアリスが、ペットボトルとエマ、そして俺へと視線を行き来させる。
「こ、これ……、飲んでいい、ですか」
「もちろん」
後から法外な金額とかも請求しないよ?
何度か視線を行き来させた後、本当に貰っていいと気付いたアリスは、エマからひったくるようにしてペットボトルを奪うと、慣れない手つきでキャップを開けて勢いよく飲み始めた。
そして。
「ぶほっ」
案の定、勢いが良すぎてむせた。年頃の女の子が出していい声じゃない。
「おいおい、大丈夫か」
涙目になりながらも、こちらへの返答代わりなのかコクコクと頷きながらも、アリスはペットボトルから口を離さない。仕方が無いので、そのままの状態でアリスの口元をハンカチで拭ってやる。頭上から舌打ちのようなものが聞こえた気がしたので、一瞬だけ視線を向けてみれば、エマが素敵な会釈をしてくれた。どうやら空耳だったようだ。
やがて、500mlのペットボトルを一気飲みしたアリスがようやく口を離す。いや、ペットボトルを逆さまにした状態で飲み口を舌でちょんちょんやり出した。まだ飲み足りないらしい。
「エマ、悪いがもう一本買ってきてくれ」
「……分かりました」
エマが自動販売機に向かう。美月が俺と同じように、アリスの前にしゃがみ込んだ。
「何かえっちだよね」
ペットボトルの飲み口から滴る雫を受け止めようと、懸命に舌を伸ばすアリスを見ながら美月は言う。
そうね。
正直、俺もエロいなって思いました。
エマが追加で買ってきたペットボトルを飲み干し、アリスはようやく落ち着いたらしい。その頃には話を終えた舞と可憐も戻ってきていた。女の子座りのままのアリスを全員で立ったまま囲むと威圧しているようにしか見えないため、俺だけはアリスの前にしゃがみ込んだままだ。
「祥吾さん、直ぐに来るって」
「理緒さんもです」
「そうか、良かった。スペードにはメイドさんが迎えに行くって言ってあるからな。最低でも理緒さん側の協力が得られないとまずいことになるところだった」
学園から抜け出したという受信メールを確認しつつ、舞と可憐にそう答える。メイドはどこだ、とか。あいつ必死になり過ぎだろう。魔法世界最高戦力の威厳はどうした。メイドに釣られて簡単に引っかかってるじゃねーか。
「それで、どうするつもりなのよ」
「ウィリアム・スペードからの協力を本当に仰げるのですか?」
「ああ、大丈夫だ。あいつがあの約束を忘れていなければな」
俺たちの会話は日本語でされている。アリスとのやり取りは英語だ。だから、アリスには日本語で喋る俺たちの会話の内容は理解できていない。しかし、『スペード』という単語は聞き取れたはずだ。だからだろう。首を傾げているだけだったアリスが、急に焦りを含む表情を見せた。
「あ、あのっ」
アリスが俺の学ランを引っ張ったタイミングで祥吾さんと理緒さんが到着した。
「やあ、聖夜君。待たせてすまな――」
「見捨てないで……、え、え、えっちなことも頑張り……、ます。だから、捨てないで」
場が凍った。
「え、……えっと、舞お嬢様?」
しばらくの沈黙の後、祥吾さんが助けを求めるように舞へと声を掛ける。が、舞は顔を片手で覆い呻き声をあげるだけだった。
つらい。
くるしい。
エマ、可憐からの視線が痛い。美月がきょとんとしているのは英語が理解出来ていないからだ。とりあえず何の言い訳も思いつかなかった俺は、フードを下ろしたアリスの頭をゆっくりと撫でた。
そして。
「……理緒さん、呼び出して早々申し訳ないのですが、スペードを迎えに行ってもらっていいですか。祥吾さんには人避けと防音の魔法をお願いしたいのですが」
俺は何事も無かったかのように話を進めることにした。
☆
「おーっす」
能天気な事に片手を挙げて制服姿のスペードがやって来た。
「何だ何だ。嬉しいぜぇ、いきなり呼び出してくれるなんてよ。しかも迎えにメイドを寄越してくれるとかお前神かよ。んで、いったいどうし――」
片手を挙げて笑顔を張り付けた状態で、スペードが硬直する。
現状を理解したからだろう。
周囲には、祥吾さん達が人避けの魔法と防音の魔法を展開しており、スペードも理緒さんに連れられてここまで来ている。ある程度の厄介事は覚悟していたのだろうが、想定を斜め上に突き抜けていたらしい。
ここにいるのは、俺と俺の足元で座り込んだままのアリス。舞、可憐、美月、エマが少し離れた所で祥吾さん含め護衛数名と共にこちらの様子を窺っている。そして、今ここに来たスペードと理緒さんだ。
「なぁ、セーヤナカジョー」
「何だ?」
「何かすげー嫌な予感がするんだけどよ。帰っていい?」
良いわけあるか。
本当に踵を返そうとしたスペードだったが、背後にはアルティメットスマイルを浮かべたパーフェクトメイドの理緒さんがいる。スペードは諦めた様子で俺の方へと視線を向けてきた。そして、その視線はそのまま俺の足元で座り込んでいるアリスと移る。
「まさかとは思うが……、そいつ件の奴隷じゃねーだろうな」
「件のっていうのは何を対象にしているのか分からないな」
「とぼけるんじゃねーよ」
スペードの表情から笑みが消えた。
「先日、歓楽都市フィーナから商品が脱走してる」
「らしいな」
「何でそれがそこにいる。つーか、首輪はどうした」
「首輪? これのことか?」
先ほど外しておいた首輪を放る。スペードは若干慌てた様子でそれをキャッチした。
「お、おま、お前! どうしてこれを……、え? どうやってこれを外した!?」
「それを律儀にお前に説明してやる必要は無いな。お前を呼び寄せたのはそんな理由じゃない」
俺の言葉にスペードが先を促すように顎でしゃくった。
「この子を解放してやってくれ」
「おいおい、勘弁してくれよ。勝手に連れ出してきた奴隷を解放してくれって? いくらなんでも無理があるだろうがよ」
「別に俺が連れ出してきたわけじゃない。この子が勝手に脱走して、たまたまここで俺達と遭遇したってだけだ」
そもそも歓楽都市フィーナとか行ったことないし。
ちょっとだけ興味はあるけど。ちょっとだけ。
「いや、まあ、お前が連れ出してようが勝手に脱走してようがそこはどっちでもいいんだけどよ……。分かるだろ? 一度出品されちまってるんだ。オークション会場には既に顔が知れ渡っちまってる。どれだけ手間がかかると思ってるんだよ」
商品登録されただけじゃなく、客への顔見せも終わった後だったのかよ。確かにそれは手間かもしれないな。だが。
「だからこそ、お前に頼んでいる」
スペードは心底面倒臭そうに頭を掻いた。
「つーか、たまたま遭遇しただけなら手を貸す必要なんてないだろう? 俺に任せてくれりゃ、元居た場所へきちんと返してやるよ」
アリスが俺のズボンを掴んできた。
「それで、改めて出品されたこの子を競り落とせと? 姿を晒してか? こんなにも騒がれている状況下で?」
スペードから貰った金を使えば確かに買えるかもしれないが、あの金が入っているのはT・メイカーのクリアカードだ。あの金でオークションに参加するのなら、T・メイカーとして動く必要がある。それは、他の面倒事を根こそぎおびき寄せそうなので避けたい。絶対に。
「なんだよ、わざわざ買い戻そうとまで考えるほどそいつが気に入ったのか?」
スペードの表情に笑みが戻った。
ゲスに相応しい笑みが。
「好意というよりは同情に近いのかな。奴隷という制度が無い国で育ったが故の感情だ。まあ、甘ちゃんだと言うことくらいは自覚しているよ。もっとも、こちらの心情や動機なんていうものも、お前には関係無い。今回に限って言えば、俺の頼み事は強制的に受けてもらう」
「あ? そりゃどういう意味だよ」
スペードの顔から再び笑みが消える。対して俺は嫌みたっぷりに笑みを浮かべた上で、こう言ってやった。
「アギルメスタ杯での約束、忘れてないよな。勝った方が負けた方へ何でも1つ言うことを聞かせられる。その権利を今ここで行使させてもらおう」
暫しの沈黙。
そして。
「えっ?」
間の抜けたような声をあげるスペード。
ふはは。
勝ったな。
これはもらった。
「解放する過程で金が必要なら、俺が出してもいい。やって欲しいのは面倒な手続きだけだ」
T・メイカー名義のクリアカードに入っている金額があれば、奴隷の1人くらいは買えるだろう。どうせ使い道の無かった金だ。無駄遣いするくらいなら、こういうところで使った方が良い。
「あの約束、まだ憶えてたのかよ」
呻くようにしてスペードが言った。
忘れるわけねぇだろう。ふざけんな。そっちの都合に巻き込まれた俺が唯一勝ち取った権利だぞ。
視線を感じて足元へ目を向ける。俺のズボンを掴み、俺の事を見上げるようにして見つめるアリスがぽつりと呟いた。
「……てぃ、めいか?」
本当に小さな声だったので発音は曖昧だったが、確かにそう言った。まあ、気付かれるよな。当時のアギルメスタ杯を見ていれば、あの時交わされた勝負の内容も知っていておかしくはない。そもそもスペードに面倒事を押し付けられる人間なんて限られている。
奴隷の身分であるアリスがどうやって情報を得たのかは気になるが。娯楽は与えられるのか?
まあ、この子にバレたところで言いふらしたりはしないだろう。一応、俺はこの子の命の恩人になるわけだし。予定では、だけど。念のため、後でしっかりと口留めするようスペードにもお願いしておくことにしよう。
「とりあえず、お前が断れる立場に無いのは理解したな?」
「いや、あのさ。確かに言うこと1つ聞かせられるって話はした。それは間違いない。ただよぉ」
「まさかとは思うが、自分から言い出した約束事を反故にしたりはしないよな」
「……俺にも立場ってものが」
「その立場にいるお前が約束を破るのか?」
スペードが押し黙った。
よし、もうひと押しだな。
「アリス、見てみろ」
アリスの隣にしゃがみ込み、スペードを指さす。
「あそこにいるのはな、栄えある王家専属の護衛集団『トランプ』の一角である、スペードの地位にいるお方、ウィリアム・スペード様だ。これからあのお方がお前を奴隷という立場から解放してくれるそうだぞ」
アリスは目を丸くして、俺を見て、スペードを見て、そしてもう一度俺を見た。
「ほんと?」
「本当、本当。な、スペード」
気さくな感じでそう呼んでやる。スペードは小さく舌打ちをしてから視線をアリスに向けた。アリスも視線を俺からスペードに移す。
「アリスは見ている。スペードをじっと見つめている」
「変なナレーションを入れるのはやめろ」
根負けしたスペードがアリスから視線を外し、大きくため息を吐いた。
「お前、これがどれだけの面倒事を招き寄せるのか分かってるんだろうな」
「さあ? 俺がT・メイカーの姿を晒すよりは全然マシだし、面倒事はお前が背負ってくれるだろうから興味無い」
「マジでお前ふざけんなよ!!」
はっはっは。
負け犬の遠吠えにしか聞こえんな。
美月は呆れたようにため息を吐きながらこう言った。
「聖夜君、今すっごく悪い顔してるよ」
失敬な。
☆
恨み事を散々ぶちまけたスペードが、アリスを抱きかかえて走り去るのを見送る。身体強化を纏っているおかげで速い速い。屋根から屋根へと飛び移りあっという間に見えなくなった。ただ、最後の最後に「師匠が師匠なら弟子も弟子だな」と吐き捨てて行ったことには納得いかない。俺と師匠を一緒にしないで欲しいものだ。
「まったく……、王族護衛団員のウィリアム・スペードに頼むと聞いた時はどうやって説得する気かと思ったのだけれど、本当に上手くやってしまうとはね」
祥吾さんが苦笑する。理緒さんは腹を抱えて笑っていた。この人、わりとフランクだよね。
「面倒事に巻き込んでしまい、申し訳ございませんでした」
頭を下げる俺に、祥吾さんは「いやいや」と首を振る。
「もともとは、あの子を接触させてしまったこちらが原因だからね。住宅地だから入れない場所も多くて……、そこを突かれてしまったようだ。多分あの子は防犯カメラから身を隠すために、民家の庭とかも利用して動いていたんじゃないかな。こちらも動き方を見直す良い教訓となったよ」
祥吾さんが視線を向けた先では、居心地が悪そうにしている黒服の人が何人かいる。おそらくは、アリスの接近を見逃してしまった人なのだろう。
「それで、聖夜君たちのこれからの動きを聞いても良いかな?」
「はい、ここから先は変更無しです。グランダールの神殿から始まり、近い順に神殿を回っていこうかと。その後、歴史館を覗いて、中央都市リスティルへ向かいます」
近いからと路地の道を使うのはやめておこう。
次回の更新予定日は、9月10日(月)です。