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テレポーター  作者: SoLa
第9章 修学旅行編〈中〉
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第13話 宗教都市アメン ①




 宗教都市アメンは、その都市の性質上敬虔な者達が多く住む都市だ。


 そのため、他の都市とは違ってとても静かという印象である。人がいないというわけではない。現に、エルトクリア高速鉄道からも、俺達と一緒にそれなりの人数が下車していたし、改札を抜けて教会へ向かう道中にも同じ方向へ向かう人は多い。


 それでもひっそりとした空気というか神聖な雰囲気を感じてしまうのは、やっぱりこの都市ならではということなのだろう。


 この都市には、『始まりの魔法使い』メイジと、その弟子である7人の神殿がある。信仰する対象が違っても信者同士が争うことはない。彼らの信仰が向けられているのは、あくまで魔法という奇跡ということだ。


「ここから一番近いのは……、ウェスペルピナーの神殿のようだな」


 歩きながら地図を開く。ウェスペルピナーの神殿は、このまま道沿いに進んでいけば着きそうだが。


「明確なルールはありませんが、メイジの神殿から向かうのが暗黙の了解となっているようです」


 可憐が横から地図を覗き込みながら言う。地図で確認したところ、メイジの神殿は宗教都市アメンの最奥にある。


「じゃあ、メイジの神殿から行くか。みんなもそれでいいか?」


 全員から肯定が返ってくるのを確認し、まずはメイジの神殿を目指すことにした。郷に入りては郷に従え、ってやつだな。


 そういえば、メイジの神殿には聖女の住む聖域があるんだったか。

 まあ、実際に会えることなんてないんだろうけど。


 都市の最奥に向かって歩く。周りの人達も皆同じだ。ウェスペルピナーの神殿があっても、誰1人として足を止めないし、中に入ることもない。メイジの神殿から回るためだろう。暗黙の了解とはいえ、守っている人は多いようだ。


 今歩いている道沿いに全ての神殿があるわけでないらしく、7人の弟子達全ての神殿を見る前にメイジの神殿へと辿り着いた。


 思っていたよりも小さな神殿だ。『始まりの魔法使い』と呼ばれる程の偉人を祀る神殿なのだから、さぞかし豪勢な造りになっているかと思いきやそんなこともない。むしろ、先程見たウェスペルピナーの神殿の方が豪華に見えるだろう。


「入ってもいいのかな?」


 次々と神殿の中へと消えて行く人達を眺めながら、美月がそう呟く。丁度その呟きを拾ったのか、神殿から出て来た信者らしき人がこちらへ笑みを向けた。


「勿論構いませんよ。私達の前に、等しく扉は開かれています。但し、明確な掟があるわけではありませんが、中で騒ぐことや、写真撮影等はご遠慮下さい」


 信者らしき人はそれだけ告げると軽く頭を下げて去っていった。神殿と言いつつも教会に似た役割を持つところなのかな? 班員達と顔を見合わせ、頷く。


「折角だ。見学させてもらうとしよう」


 真っ白な直方体の建物に扉はない。正面にぽっかりと空いた入り口から中へと足を踏み入れる。外見通りと言っていいのか、中もそのまま直方体状に伸びていた。左右等間隔に立ち並んだ白い円柱に、足元から最奥へと真っ直ぐに敷かれた赤い絨毯が映える。


 人の入りはそれ程多くは無かった。先程ウェスペルピナーの神殿より小さいと感じたが、比較対象を同じ神殿としたから違和感を感じただけで、やはり建物としてみれば十分に大きい。奥では何やら列が出来ているようで、おそらくはそこで祈りを捧げているのだろう。


「神殿と言われてはいるが、役目としては教会と言った方がいいのか?」


 先ほど思ったことを口にしてみる。


「布教活動等は一切行っていないそうですが、役割は近いものはあるのかもしれませんね」


 可憐がそう答えてくれた。


 赤い絨毯が伸びる先、神殿の奥はステンドグラスで彩られており、そこでは跪き首を垂れている人達が多くいる。彼らの信仰する対象はそこにいた。


 巨大な石像ではあるが、等身大にすれば背丈は想像以上に低かったはずだ。小学校の高学年か、入りたての中学生くらいにしか見えかったに違いない。そんな子が使い古してボロボロになったローブを纏っている。深く被ったローブから覗くのは、幼さを残す顔立ちの少女だ。右手にはこれぞ魔法使いといった感じの杖を握り、左手には分厚い魔導書のような物を抱えている。


 これが、メイジ。

『始まりの魔法使い』と謳われる、魔法使い達の起源にして頂点。


 ステンドグラスから差し込む光によって虹色に照らされたその石像は、何も語らずにひっそりと立っていた。そう言えば、メイジの石像を見たのはこれが初めてか。エルトクリア大闘技場や殿堂館にあるのは『七属性の守護者』達、つまりはメイジの弟子達だけだった。


 知識としてどのような人物なのかは知っていたし、肖像画等で見たことはあったものの、やはりこんな小さな子が『始まりの魔法使い』と言われているというのはにわかには信じがたい。あの7人の弟子達を従えている人物なのだからどんな偉丈夫なのかと思えば、こんなにも幼気な少女なわけだからな。


 ……あれ? 少女?

 メイジって男じゃなかったか?


 ふとメイジの石像の後ろへと視線が動く。そこにはこう刻まれていた。


『伝聞ではなく、己が目で見たものを信じよ』


 ……なるほどね。


 熱心な信者では無い人達は、跪く事は無く隅の方で頭を下げるだけに留まっている。俺達もそれに倣って隅の方へと移動し、頭を下げた。


「行くか」


 混雑していないとはいえ、それなりに人はいる。祈りを終えた人達は順番に出口へと向かっているし、入り口からは次々に人が入ってきている。見事な造りの神殿だし、メイジ達の冒険のワンシーンを表現しているであろうステンドグラスの数々にも興味は惹かれるが、このまま立ち止まっていては邪魔になってしまう。こういったところは信仰深い人達が優先されるべきであって、ただの見物客である俺達は長居するべきでは無いだろう。


 班員全員の肯定を確認し、俺達は出口へと歩き出す。最後に、ちらりと石像へと視線を向けた。その石像の更に先、ステンドグラスによって彩られた壁の一部には、幕がかかった場所がある。おそらく、そこが聖女の住む聖域に繋がる道なのだろう。ルーカスさんから言われた事を思い出しつつ、関わりを持つことだけは絶対に避けようと俺は心に誓った。


 最初にメイジの神殿を訪れてしまえば、後はどんな順番でも構わないらしい。7人の弟子全てを回る必要も無く、絶対に訪れなければならないのはメイジの神殿だけのようだ。全部見て回れるかは時間によるが、ひとまずは一番近いウリウムの神殿に向かうことにした。


 外見や造りは統一されているのか、メイジの神殿と一緒だが、大きさはウェスペルピナーと同じくらいだ。やはりメイジの神殿だけ一回り小さく造られているのか。


 中もメイジの神殿と同じ造りだ。左右均等に建ち並ぶ白い円柱に、最奥へと伸びる赤い絨毯。ただ、最奥の石像を照らすステンドグラスは青を基調としたデザインとなっており、差し込む光によってまるで深海にいるかのような光景となっていた。


「綺麗ね」


「そうだな」


 舞の呟きに答える。


 カーリアライス・ウィース・ウリウム。

 青い光を全身に浴びるその女性の石像は、まるで全てを受け止めてくれるかのような聖母の如き微笑みを浮かべている。両手で抱くようにして持っているのは辞書ほどに分厚い魔導書。メイジとは違い、身に纏うローブは綺麗なものだ。ボロボロとなっているローブが石像で再現されていたあたり、メイジは着古したローブをずっと着ていたのだろう事が窺えた。


 当たり前のことだが、石像は何も語らない。

 微笑みを携えたまま、ただただ沈黙を守っている。


 ふと、学ランの下に装着しているウリウムへと視線を向けた。


 あの御伽噺は実話であるとウリウム本人の口から聞かされた。つまり、こいつはここで祀られているカーリアライス・ウィース・ウリウム本人に会っているということになる。人ならざるモノにとって、人の一生とはほんの一瞬なのだろう。昔会った知り合いが、いつの間にか死んでいく。そして、初めて意思疎通が出来た相手は、こうして神殿まで建てられて祀り上げられているのだ。


 ウリウムは黙して何も語らない。

 今のウリウムが抱く感情がどのようなものなのか、俺には想像も出来なかった。







 ウリウムの神殿から出た俺たちは、皆で顔を寄せ合い地図を確認する。


「次に近いのはグランダールの神殿か」


「あっ、ここの細い道抜ければ近道になるんじゃない?」


 美月が指で差した道は、住宅街を抜ける道のようだ。大通りと違い真っすぐに伸びた道ではないが、大通りを通るよりは遥かにショートカット出来る。


「それじゃあ、こっちの道を通ってみるか」


 この人数で地図を見ながら動けば、いくつか分かれ道があるものの迷う事もないだろう。


 大通りから外れて脇道へ逸れるようにして住宅街へと足を踏み入れる。外観を統一させているのかは不明だが、住宅街も全体的に白い建物が多い。そして静かだ。本当に人が住んでいるのか疑いたくなる。ただ、干している洗濯物が見える家もあるので、人が住んでいるのは間違いない。


「なんか不気味なくらいに静かよね……」


 同じような事を考えていたのか、隣を歩く舞がそう呟いた。気持ちはよく分かる。まだお昼過ぎくらいの時間なのに、自分達の歩く足音がやたらと大きく聞こえるのだ。


 舞たちがガールズトークを始めたので、少しだけ距離を空けた。班員が俺以外女だと、距離感は結構気を遣う。ガールズトークにはついていけないし、ついていけるようになったらただの変態だ。こういう時は将人(まさと)たちがいてくれたらな、と思う。


 ため息を吐きながら、空を見上げる。

 あぁ、空が青いなぁ。


 そう言えば、昼飯どうしよう。

 この都市って飲食店はあるのだろうか。


 そんな事を考えていたせいで、皆から少し遅れてしまった。あまり距離を空け過ぎるのはよくない。速足で距離を詰めようとしたところで、路地の入り組んだ道の1つから飛び出してきた何かにぶつかった。


「あっ」


 衝撃はほとんどなかった。ぶつかってきたのは人だったようだが、軽過ぎる。その反動故にぶつかってきた人が声をあげて倒れてしまった。深くローブを被っているので容姿は分からないが女だ。着ているローブはひどく汚れていてボロボロ、靴も履いておらず素足のせいで足の裏は血で滲んでいる。


 ……なんだ、こいつ。

 普通の状態じゃないぞ。


「大丈夫か?」


 向こうからぶつかってきたとはいえ、相手は女だ。こちらが倒してしまった事には変わりないため、とりあえず手を差し伸べてみる。しかし、尻餅をついた女はそのまま後退るようにして俺から距離をとった。


「あ……、あの、ごめ、……さ」


 ひどく震えているのがローブ越しからもよく分かったが、そんなに怯えられる理由が分からない。俺、そんなに不機嫌そうなオーラ出してる?


「……聖夜君」


 美月からとても残念そうな声で名前を呼ばれた。どうやらこちらの様子に気が付いて戻ってきてくれたらしい。美月の後ろから舞たちも駆け寄ってくるのが見える。


 というか勘弁してくれよ。何でも俺のせいにするのはやめてくれ。こっちはただ歩いていただけで、向こうから勝手にぶつかって来たんだ。自らの身体を抱きしめるようにしながら後退っていく女を見て……。


 見慣れない物が目に入った。


「おい、ちょっと待て」


「ひっ」


 俺の言葉に女が動きを止める。


 あ、いや、まぁ、思わずちょっとだけ乱暴な口調になっちゃったかもしれないけどさ。そんな跳ね上がるほど驚かなくても良くない?


 そんな風に思いながら女の前にしゃがみ込み、その首元に手を伸ばした。

 そこに付けられていたのは。


「く、首輪?」


 俺が触れた物を見て、美月が驚いた声をあげる。

 そう、首輪だ。見慣れない物ではあるが、先日のクランとの会話で心当たりがあった。


 奴隷。

 そして、その奴隷が主人らしき者を連れずにボロボロの状態でここにいる。

 

 つまり。


「オークションから逃げ出した奴隷がいると聞いた。お前だな?」


 ローブの奥から覗く緑がかった双眸が大きく見開かれ、そして女は力なく項垂れた。やっぱりそうだったか。


 クランからその情報を聞いてほぼ丸一日近く経つ。この女はあれからずっと逃走を続けていたということだ。歓楽都市フィーナからこの宗教都市アメンまで、良く逃げられたものだと感心してしまう。


「聖夜様、その首輪をあまり刺激してはいけません。万が一奴隷が反抗した場合を想定し、爆発物が埋め込まれているはずです」


 近寄ってきたエマがそんなことを言う。


「おいおい……。いくら奴隷とはいえ非人道的すぎやしないか、それ」


 俺は女から外した首輪を手で弄りながらため息を吐く。


 クランの奴め。何が奴隷にだって人権はある、だ。

 全然無いじゃないか!


 爆発物を手で弄ぶ俺を見て驚いたのか、女が勢いよく顔を上げた。そして自らの首元をしきりに撫でまわした後、改めて俺の手中にある物を見る。


「あ……、あ、あれ、あれ……、あれ?」


 餌を前にした魚のように口をパクパクさせている。

 わりと近い距離なのでローブの奥の容姿もよく分かった。


 とても可愛い子だ。

 年齢は俺達と同じくらいか少し下、整った顔立ちに、くすんではいるが女性なら羨むであろうプラチナブロンドの髪。そんな子が俺の手元を凝視しながら「どうして……」と呟いている。どうしてこのタイミングでここへ来てしまったのか、と俺の方が問いたい。


 クランからの情報が正しいのなら、この子は競売に出される予定だった奴隷で、つまりはレアな支援魔法を操る魔法使いということになる。支援魔法を使う魔法使いなのだから、魔導書片手に「ふ、僕のデバフを受けてみるかい?」とか言いながら微笑む優男をイメージしていたのに。


 さて。


「どうするのよ」


 首輪を片手に立ち上がった俺へ、舞が質問してくる。「また厄介事を抱え込むつもりか」とでも言わんばかりの表情だ。正直、ぐうの音も出ないほどの正論ではあるが……。


「放っておけるのか?」


「う」


 俺の質問返しに、舞がたじろいだ。


 だろう?

 このまま見捨てるとか後味悪すぎる。


 ……それに、祥吾さん達がどう考えているのかも気になる。この子を舞たちに接近させてしまっている時点でイレギュラーだ。入り組んだ路地だし、祥吾さん達の包囲網を潜り抜けてきたのか? この子も身を隠すようにして移動して来たのだろうし、可能性としてはゼロではない。


 入り組んだ住宅地という環境のせいで、祥吾さん達もリアルタイムに俺たちの姿を見れているわけでは無いに違いない。既に奴隷と接触しているにも拘わらず、何の音沙汰も無いのがその証拠だ。俺たちの様子を常に監視する為には目の届く位置にいないといけないわけで、それを舞や可憐が嫌うからわざわざ俺を雇っているのだから。


 路地の抜け道を選んだのは失敗だったかな。

 そう思いながらクリアカードを取り出す。祥吾さんへ連絡しようと思っていたのだが、登録されている連絡先で、一番新しく登録された相手の名前を見て考えが変わった。


「舞、悪いが祥吾さんに現状の説明をしておいてくれ。あ、可憐は理緒さんに頼む」


「いいけど、貴方はどうするの?」


 舞からの質問に笑みを浮かべながらこう返す。


「俺は別にかけるところがある。この状況を完璧に解決してくれる助っ人だ」


 何かあればいつでも連絡してくれ、って言ったよね。

 なら、遠慮なく使わせてもらおう。

 次回の更新予定日は、9月3日(月)です。

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