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テレポーター  作者: SoLa
第9章 修学旅行編〈中〉
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第12話 創造都市メルティ ⑤




 それは容易に対象者の命を奪うだけの力を秘めていた。


 救いだったのは、その操作範囲から既にその対象者が脱していたことだろう。

 そうでなければ、今頃対象者がどうなっていたのかは分からない。


 もっとも操作範囲内にまだいたとしても、そのスイッチが扱われたかどうかは不明だ。この悪魔のような装備品を首に巻いた哀れな対象者は、自分にはそれなりの価値があることを自覚していた。


 そう。

 自分は、大切な商品なのだ。


 だから、今の状況はこれ以上ない幸運に恵まれていることも自覚していた。


 持ち主は焦っている事だろう。なにせ、この装備品の故障によって自分の姿を見失ってしまったのだから。爆弾はあくまで保険。仮に目を離した隙に逃走されても、GPSが搭載されているこの装備品の情報を追えば直ぐに捕獲は出来る。


 本来ならば。


 だからこそ、この機会を逃してはならない。

 何としても捕まるわけにはいかないのだ。







 柔らかな日差しが差し込むリビングで、俺は床に置いた自らのMCと向かい合うようにして座っていた。


《こうして改まって話すのは、久しぶりかもしれないわね》


「そうだな」


 ウリウムの言葉にそう答える。


 ここには俺とウリウムしかいない。舞たちは皆1階に降りていった。ルーカスさんが「折角だからMCを調整(チューニング)してあげよう」と言ったためだ。先ほどの会話の流れから、俺とウリウムがしっかりとした情報交換をしていないと悟ったのだろう。思いっ切り気を遣わせてしまったらしい。


 念のために祥吾さんへ連絡してあるので、今頃この店の周囲は花園と姫百合の戦力で固められていることだろう。あまり長居をするつもりはないが、念には念を入れておく必要がある。


《憶えていたのね、マスター。あの時、あたしが言ったことを》


「忘れるわけないだろう?」


 思わず苦笑してしまう。


 あの時。

 魔法世界で諸行無常(ショギョウムジョウ)に追い詰められ、ウリウムが覚醒した時に言っていた言葉。




《はぁ? 何を勘違いしているのか知らないけど、貴方が契約詠唱と称した詠唱技術は、もともとあたしたちの物よ。それを人の身でも発現できるようにと四苦八苦した結果が契約詠唱》


《その手伝ってあげた対価として、この名前を貰ったんだけどね~》




 ウリウムはそう言っていた。


 つまり、ウリウムが手を貸したことによって最初に水属性の魔法を発現できたその人こそが、カーリアライス・ウィース・ウリウム。7人の弟子のうちの1人、水属性の始祖と呼ばれる偉人だったのだろう。そして、その人からウリウムは『ウリウム』という名を貰ったということだ。


《そのわりには、全然聞いて来なかったじゃない》


 少し不機嫌そうな声色でウリウムは言う。


「あの時は聞ける状況じゃなかったし、一度聞く機会を逃すとな……」


 軽く聞けるような内容でも無さそうだったし。あの御伽噺が実話なら、あの人達を襲う最後の悲劇も事実だったということになる。茶飲み話として聞ける内容ではない。


 まあ、悲劇自体は歴史が証明してしまっているわけだが。御伽噺と合わさり、脳があくまで物語として認識してしまっているのかもしれない。歴史の教科書を読んで「過去にはこんなことがあったんだね」で終わってしまうあの感じだ。


《ふぅん……》


 まあいいけどー、とでも言いたそうな感じだ。


 ただ、実際のところは聞くのが怖かった、というのもあったかもしれない。精霊王であることを肯定された時に、俺はどのような反応を取ればいいのか。神棚に祀ろうにも学生寮の俺の部屋に神棚は無いし、それはMCとして譲ってくれたルーカスさんの意思にも反する。そもそも、ウリウムがそんな待遇を求めているとも思えない。


 無意識のうちにこの話題を避けていたんだろうなぁ。

 今更になってそんなことを思う。


 ただ、この機会を逃せばいよいよ俺は聞かないだろうし、ウリウムも答えてくれなくなるかもしれない。聞くべき時が来た、と考えるべきだろう。


「ウリウム」


《うん》


 差し込んでくる日差しを、その木目で柔らかく反射させながらウリウムが反応する。覚悟を決めて、聞いた。


「お前は……、精霊王、なのか?」


 ……。

 暫しの沈黙。

 そして。


《その答えは是であり否である、といったところかな》


 肯定されるかと思っていたが、予想に反して曖昧な答えだった。


《あたしはあたしであって、他のナニモノでもない。だって、あたしは自分のことを王だと言った覚えは無いし、王だと思っているわけでもない。勝手にそう呼び始めたのは貴方たちの方》


 人間が勝手に呼び始めたってことか。

 正確には、メイジとその7人の弟子が、ってことなんだろうけど。


《もともとあたしに名前は無い。呼んでくれるモノもいなかったし? 必要無かったからね。けど、初めてあたし達以外と意思疎通出来るモノが現れた》


 それがメイジたちというわけだな。


「あたし達以外というのは?」


《ん? グランやピナー達のことよ? 貴方たちの言う他の精霊王》


 なるほど。他の属性の奴らってことだ。


《まあ、嬉しかったわけよ。ただそこにあるモノだったはずのあたし達と対話が出来て、あたし達の知らない知識を持っているモノ。そして……、あたしたち以外操ることのできなかったチカラを持つモノ》


「魔法か」


 正解、とウリウムは言う。


《久しく感じていなかった、知的好奇心が満たされる感覚。あたし達はそのお礼に、彼らが使うチカラへ新たな知識を注ぎ込んだ》


「それが俺達の言う属性魔法になった、と」


《そういうこと》


 その後、7人の弟子からそれぞれ名前を貰ったというわけだ。

 ……御伽噺、そのまま実話じゃねーか。


 何とも言えない気持ちになっていたが、何やら視線を感じて顔を上げる。ウリウムはMCであるため、当然ながら目は無い。しかし、それでもじっと見つめられている気がした。


《それで……、マスターはどうするの?》


「どうするの、とは?」


 というか、冷静に考えてみると、俺は王様にマスターって呼ばせてるんだよなぁ。

 まあ、本人は勝手につけられた、という認識みたいだから気にしていないみたいだが。それなら……、俺も気にしない方がこいつのためなのかもしれないな。


《とりあえず、あたしが話すべきことは話したわよ? ウリウム達との話を詳しく聞きたいなら話してもいいけど、下で皆を待たせているし今じゃなくてもいいでしょ?》


「そうだな」


 その辺りは、またの機会にゆっくりと聞かせて貰えばいいだろう。


《で、マスターはどうするの?》


「それはどういう意味での質問なんだ? 今後、お前をどう扱うのかという質問なら、『これまで通りでよろしく』という答えになるが」


《え》


 俺の回答に対して、ウリウムは言葉に詰まったようだ。

 あれ? こいつ、さっきまでの反応ならこれで良いと思っていたんだが違うのか?


「何だ、特別扱いがお望みだったか?」


 ウリウム様、本日も魔力を献上しに参りました的な。


《いい! いい!! いらないわ!! 今までのままでいい!!》


 随分と食い気味に否定された。


「それならどういう意味での質問だったんだ?」


 短くない沈黙。

 それを破るように、ウリウムはぼそりと呟いた。


《……意外だったから、かな?》


 意外?


《だってマスター、あの人間の王の正体が分かった時、随分と態度を変えていたじゃない》


 はぁ?

 ……あー。まあ、こいつからしたら同じ王の括りってことか。それに、女王陛下だって敬語をやめろとか色々言っていたからな。俺の態度が違うと思われても仕方が無いのかもしれない。


 ただなぁ……、アイリス様に粗相をしてしまった場合は物理的に首が飛ぶかもしれないのだ。俺の中では比べることは出来ない。まあ、ウリウムを本気で怒らせた場合にどうなるのかは分からないわけだが。


「まあ、お前との方が付き合いが長いからな。今更態度を変えるのは難しい……、というか寂しい」


《そ、そう? そう言ってもらえるのは凄く嬉しいけど……》


 床に置かれたMCから照れている気配を感じるんだが。

 微妙な空気になりかけたので、話を戻すことにする。


「で、結局のところ、お前は一体何なんだ? 本体はこのMCということで良いのか?」


《え? うーん。何だと言われても、あたしはあたしとしか……。ただ、あたしの本体はこれじゃないわ。妖精樹の存在は知っているわよね? あたしはあれを宿り木にしているし、強いて言うならあれが本体かもね》


 妖精樹。危険区域ガルダーのS区域に自生しているという樹だな。このMCもその樹を材料として作られているらしい。宿り木にしていた樹の一部を切り取られたせいで、こいつもそのままついてきてしまった、といったところか。


「それじゃあ、その妖精樹が生えているところに他の奴らもいるってことか」


 アギルメスタとか、ガルガンテッラとか。


《そうね。みんな貴方に興味津々よ》


「へぇ、そうなのか」


 ……。

 ん?


「興味津々ってどういうことだ?」


《メイジ以降、意思疎通が出来るモノは貴方が初めてなのよ? 興味を持つのは当たり前でしょう?》


 いや、自然な感じで歴史上の偉人と一緒に俺を出すのやめてもらえませんかねぇ。


「お前、本体と交信できるのか?」


《交信という表現が適切なのかあたしには分からないけど……、向こうもこっちもあたしだし知識の共有は出来るわよ。もっとも、それもエルトクリアに来てから出来るようになったんだけど》


 距離があると駄目ってことか。もしくは魔力濃度に関係するとか。


「まあ……、興味を持たれてもなぁ。俺がそこへ行くことなんてないだろうし」


《……なんで?》


 特に深く考えることもなく思ったままのことを口にしたら、ウリウムに喰い付かれてしまった。


「なんでって……、S区域にあるんだろう? お前らが宿り木にしている妖精樹は」


《それが何か問題なの?》


 何か問題なの?

 じゃねーよ。問題しかないから。


「あのなぁ、ウリウム。俺は」


《あたしとしては、貴方がなぜ自分の事を未だに過小評価しているのかが分からない。T・メイカーとして実力が十分なことは既に証明されているはず》


 ……それは。

 確かに、そうかもしれないが。


《貴方が所属する『黄金色の旋律』はギルドランクSなんでしょう? あのギルドに所属するグループの中でも最上位ってことらしいわね。そうでしょう?》


 ……その通りだ。


《貴方には力もある、資格もある。そして、あたし達と言葉を交わす素質もね。後は……、貴方の気持ちだけ。違う?》


 ……。


《あたし達は待ってる》


 押し黙った俺へ畳みかけるように。

 ウリウムは言う。


《いずれあたし達のもとへ、貴方が訪れることを……。あたし達は待ってる》






 

 それはとある都市。

 とある路地裏で。


 少女は走っていた。


 少女を執拗に追い回す、追っ手から見つからないように。

 至る所に設置されている、防犯カメラに映らないように。


 もう体力は限界に近かった。

 ほぼ丸一日、少女は何も口にしていない。


 でも、その苦悩も終わる。

 もう少しで終わる。

 きっと終わる。


 あの都市へ。

 あの場所へ逃げ込む事が出来れば。


 きっと助かる。

 きっと助けてくれる。


 そう信じて、少女は走る。


 人目を気にしながら。

 誰にも見つからないように。


 大丈夫。

 大丈夫、と。

 他でもない、自分自身にそう言い聞かせながら。


 誰よりもそう信じていないのは、自分であると知っているのに。







「あ、下りてきた」


 螺旋階段で1階まで下りると、そんな美月の声が聞こえた。見れば既にMCの調整は終わっていたらしく、皆で談笑していたようだ。そう言えば、ルーカスさんの調整って凄く早かったんだよな。


「終わったの?」


「一応は。時間をとらせてすまない」


 舞の質問にそう答え、ルーカスさんへ頭を下げる。


「色々と気を遣って頂き、ありがとうございます」


「ほっほっほ。儂はなーんもしとらんよ」


 軽やかに笑うルーカスさんが杖でカウンターを叩くと、先ほどのようにカウンターが割れて小さな通路が出来た。


「その子への調整(チューニング)はいらんでな。まぁ、気が向いたらまた来なさい。大したおもてなしは出来んがのぉ」


 ……あれ? ウリウムに調整いらないの?

 表面磨いたり魔力通したりと、ウリウムに言われるがまま結構色々とやっているんだけど。


 ちらりと視線を向けてみたが、ウリウムは一向に反応しない。まあ、それは調整ではなくコミュニケーションの一環だと判断しておこう。普通のMCだって、調整以外でお手入れをしたりするわけだし。


 ルーカスさんに見送られて店を後にする。赤毛ちゃんは見当たらなかった。完全に警戒されてしまっているのだろう。そこまで怖がらなくてもいいだろうに。自由奔放なのは師匠だけだぞ。


「さて」


 祥吾さん達への連絡を済ませた俺は、班員達に向き直る。


「待たせて悪かったな。それじゃあ、宗教都市アメンに向かうか」

 次回の更新予定日は、8月27日(月)です。

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