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テレポーター  作者: SoLa
第9章 修学旅行編〈中〉
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第11話 創造都市メルティ ④

 公開までの間に何度も思ったこと。


 台風こっちくんな(・ω・)




「おし、撤収するぞ」


 事前にばら撒いていた跳弾用の魔法陣から次のルートを算出していたベルリアンは、頭上から聞こえたその声に顔を上げた。


「いいのか?」


 路地裏に身を隠されてはいるが、十分に射程内だ。

 なにせ、ベルリアンの隣に立つこの男の指示通りに撒いた魔法陣が完璧に機能したのだ。ベルリアンはほぼこの男の指示通りに狙撃していたに過ぎない。


「十分さ。流石だな、ベル。良い腕だったぜ」


 ライフル型の魔法銃を構えてうつ伏せになっていたベルリアンに、男が笑いながら手を差し出してくる。その手を借りてベルリアンは立ち上がった。


 確かに、今回の作戦においてベルリアンの狙撃の腕が役立ったのは間違いない。しかし、ベルリアンではここまで鮮やかに敵を追い詰めることは出来なかっただろう。指示されるがままに淡々と狙撃を繰り返していたベルリアンではあるが、内心では驚愕していたのだ。


 なぜ、こんな回りくどいルートを構成する必要があるのか、とか。

 本当にこの場所に魔法陣は必要なのか、とか。

 自分の出来る事と出来ない事をここまで事細かに説明する必要があるのか、とか。


 準備段階では首を捻らざるを得ない点がいくつもあった。しかし、作戦を終えてみれば残ったのは驚愕のみだ。この男は一体、何手先まで見通していたのか。ベルリアンには分からない。


 反応の無いベルリアンに、撤収に対して疑問を抱いていると勘違いした男は頭を掻きながら口を開いた。


「シルベスター・レイリーだって馬鹿じゃねぇ。狂信者という一点に目を瞑れば理想的な指揮官の1人だ。今回の一件で奴らがギルドを抜ける可能性は低い。となれば、ギルドの掟には従わざるを得ねぇ」


「ギルドメンバーが保護される掟だな」


 ベルリアンの言葉に男は頷く。


「チルリルローラ・ウェルシー・グラウニアとアイリーン・ライネスが動いたようだが、サメハは殺されていない。殺せたのに見逃した。途中で止められたってことは、あれは奴らの独断だったってことになる。それはつまり、『白銀色の戦乙女』はギルドの掟を破る気がないってことだ」


 手でライフルを片付けるよう指示しながら男は続ける。


「なら、ここらが潮時だろう。これ以上やれば、いよいよどちらかが壊滅するまで続くデスマッチの始まりだ。それは避けたい。やりたかったのはあくまで牽制だからな。納得したか?」


「ああ」


 ベルリアンの肯定に、男は満足そうに頷いた。


「それじゃ、さっさと撤収するぞ」







「……着いた」


 お目当ての店を前にして、俺は半ば呆然とそう呟いた。


 そう時間はかからなかったと思う。

 曖昧な記憶を頼りに進んで辿り着いたというよりも、運よく見つけることが出来たと言った方が正しいだろう。なにせ、前回師匠に連れられてきた道とは違う道から来たのだから。


 人通りの多い大通りではなく、路地裏にひっそりと佇む店。言われなければ分からないような、看板すら出されていない古びた建物。


 間違いない。

 ここだ。


「ここなの?」


 本当に間違っていないのか、と怪訝な表情を浮かべながら聞いてくる舞。まあ、外見だけ見ればそうだよな。


「ここだよ。間違いない」


 ゆっくりと、木造りの扉を押し開く。扉に付けられていた鈴が澄んだ音を鳴らした。


「いらっしゃ……、あ」


 魔導書や何に使うか分からない工具で散らかった店内。正面にはカウンターが1つで、その背後に木製の螺旋階段。そして、カウンターで店番をしている女の子が、こちらに人差し指を突き付けて口をぱくぱくさせているのも記憶通りだ。


 ……いや、何でそんな反応してるんだよ。

 今日は師匠いないぞ。


「じっ、じじ様!! じじ様ぁ、悪魔のっ、悪魔の弟子がぁぁぁぁ!!」


 そう叫びながら、涙目で螺旋階段を駆け上がってしまった。その際、立派に実った2つの果実がたゆんたゆんと揺れていたのを見れたのだけは、実に眼福だった。


 ふと視線を感じて横を見れば、エマが無表情でこちらを見ていた。

 う、うん。あれだね。あの子、相変わらずお洒落レベルがゼロだったね。今日も無地の白シャツ1枚だったし。あれはいけないね、うん。


 店の中はとても狭い。入って5歩でカウンターという大きさである。その道中には沢山の魔導書が積み上げられており、工具で散らかっているのだからあまり足場も無い。ただ、木製故に落ち着いた木の匂いがする良い空間だ。灯りも複数の蝋燭で照らしているだけで、まさに魔法の店という感じである。


 以前は師匠がカウンターにあるベルを容赦なく鳴らしていた記憶があるが、赤毛ちゃんが自ら上に店主を呼びに行っているのだから、待っていればそのうち来てくれるだろう。呼びに行った、というよりも助けを求めに行ったと言う方が正しいのかもしれないが。


 やがて、木製の螺旋階段が軋んだ音を鳴らし出して、店主がゆっくりと姿を現した。白髪頭で分厚い眼鏡を掛けている。手すりに掴まりながら降りてきているのに、危なっかしくて手を貸したくなるほどのご老人。まさに記憶通りの人だった。


 赤毛ちゃんは一目で俺のことに気付いたようだが、どうだろうか。


「ほっほっほ」


 来客である俺たちを見た店主が笑う。


「リナリーの秘蔵っ子、凄まじい潜在能力を秘めた子、そして……」


 分厚い眼鏡を枯れ枝のような指で押し上げ、自らの体重をカウンターに預けながら店主は言った。


「精霊王に選ばれた申し子。また会えたのぉ、中条聖夜君」







「うぃ~ス」


「あ! 帰ってきた!!」


 古びた鉄製の扉を押し開けて戻ってきた男は、露骨に顔をしかめた。男を迎えたその声色があからさまに不機嫌そうだったからだ。


「何でもかんでも私に押し付けるの勘弁してくれないかしら! 私、貴方たちのパーティメンバーってわけじゃないんだけど!」


 声の主は奥の部屋から出てこないため、その姿は見えない。ただ、言外に「さっさと来いやおら」と言われていることは直ぐに分かる。玄関に立ち尽くしたままの男の横を、一緒に戻ってきていたベルリアンがすり抜ける。


 その際、男はベルリアンから肩を軽く叩かれた。


「まあ、頑張ってくれ」


「あ、おい。逃げる気か、てめぇ」


 ベルリアンは肩に掛けていた愛銃の1つであるライフルを下ろしながら笑う。


「ヒカリには色々と迷惑を掛けている。ここらでボスが労ってやるべきだろう」


「お前はどこへ行くんだよ」


 舌打ちをしながら聞いてくるボスに、ベルリアンは肩を竦めながら答えた。


「得物の手入れだ」


 つまり、ただのエスケープだった。







「……精霊王って」


 俺の隣に立っていた舞が、そこまで口にして押し黙った。続く言葉が思いつかなかったのかもしれない。他の面々も同じような心境なのだろう。


 ご老人は姿を現した時と変わらない柔らかな笑みを浮かべたまま、カウンターに身体を預けてこちらを見ている。いや、俺の反応を観察しているようだった。


「ほっほっほ。中条君、ここへ来た皆の中で、君が一番動揺が少ないようじゃ。当の本人である君が。もしや、君の師匠であるリナリーに何か聞いていたのかな?」


 さらっと師匠の名前を出してきたな。まあ、他に班員がいるとはいえ、わざわざこの店まで足を運んでいるのだ。関係者だと判断したのか、それとも、前以って師匠から情報が渡されていたかのどちらかかな。


「いいえ、師匠からは聞いていません。ただ、それを匂わせるような内容は耳にしていました」


「ほう?」


 俺の言葉に、ご老人が目を細めながら白い顎髭をしごきはじめた。


「……それは、誰から聞いたのかな?」


 俺は学ランで隠すように腕へと装着していたMCを外す。そして、ご老人に見えるように掲げた。


「こいつに聞きました。名をウリウムと言うそうです」


 俺の回答に、ご老人の顎髭をしごく仕草が止まる。分厚い眼鏡の奥にある双眸が大きく見開かれた。


「なるほど、……なるほど」


 肩を小さく震わせながらご老人が笑う。


やはり(、、、)儂の(、、)仮説は(、、、)正しかった(、、、、、)というわけじゃな(、、、、、、、、)


 ……仮説?


「話はリナリーから聞いておる。その子との対話が可能になった、とな。時間はあるかの?」


 ご老人の言葉に、俺は後ろにいる班員たちへ視線を向けた。皆が無言で頷いてくれた。


「あります」


「結構」


 とん、と。

 ご老人が手にしていた木製の杖でカウンターを叩く。パカッという音がして、カウンターの一部が折れ曲がり、人の通れる隙間が出来た。


「上で話さんか? 立ったままじゃとしんどいんでな」


 ほっほっほ、と笑いながら、ご老人が螺旋階段を上り始める。俺はもう一度班員たちに目をやってから、ご老人の後を追うことにした。開いたカウンターを通り、螺旋階段を上っていく。上からご老人が赤毛ちゃんに店番をするよう言いつけているのが聞こえてきた。


 弱々しい肯定と共に扉が開き、閉まる音。


「2階は商品や修理部品が置いてある保管室でな。3階まで上がってきておくれ」


「分かりました」


 ご老人の言葉に応え、2階をスルーして3階へと進む。敢えて階段を上る速度を緩めていたおかげで、ご老人に追いつくようなことはなかった。階下から扉が開く音が聞こえる。赤毛ちゃんはやはり2階に潜んでいたようだ。


 1階の店舗から想像していた通り、生活スペースも広くはなかった。


 3階は入ってすぐがリビングだった。俺、舞、可憐、エマ、そして美月。5人が肩身を寄せ合って座っても「人口密度高いな」と感じる程度にはリビングも小さい。店主であるご老人と赤毛ちゃん以外に住んでいる人がいないからか、テーブルも折り畳み式のものしかないようだ。この人数では当然小さすぎるため、壁に立てかけられたままである。

 

 テーブルが折り畳み式なら椅子もあるはずがなく、床に直に座った。ご老人が冷たいお茶を持ってきてくれた。当たり前のように床へ直置きである。


「さて」


 俺の対面に座った人がにこやかに切り出す。


「まだ自己紹介もしておらんかったかの? ティチャード・ルーカス。かつてのリナリーの先生だったものじゃ」


 つまり、師匠がエルトクリア魔法学習院にいた頃の先生ということだろう。なんとなく関係を察していただけに、やっぱりかという印象だ。


「あ奴は昔から自分の意思に忠実でな。人を立てるということは滅多にせん。じゃからあ奴が弟子をとったと聞いた時にはどうしたものかと思ったものじゃが……、まあ、杞憂じゃったな。気難しいあ奴と良い関係を築いているようじゃ」


「ありがとう」と、ご老人ことルーカスさんが頭を下げてくるが、こちらが恐縮してしまうのでそういうのは止めて欲しい。本人としては、教え子が上手くやれていて嬉しいといった感覚なのかもしれないが。


 こちらの反応を窺っていたルーカスさんが、含み笑いを浮かべながら言う。


「それで……、儂が話す前に君の話を聞いておこうかの。わざわざ訪ねてくれたというからには、何か理由があったのじゃろう?」


「話と言いますか……、お礼を言いたくて」


 俺の言葉に目を丸くするルーカスさんへ頭を下げた。


「こいつのおかげで命を救われたこともあります。このMCを譲ってくださり、本当にありがとうございました」


 しばらくの沈黙の後、室内に笑い声が響いた。穏やかな声でルーカスさんは言う。


「頭を上げなさい。中条聖夜君」


 顔を上げた先に座るルーカスさんは柔らかな笑みを浮かべていた。


「儂はただ、その子を持つべき者へ譲っただけに過ぎんよ。そう……、これは精霊王の御導きじゃな」


 精霊王の御導き……、か。


「あの」


 丁度会話が切れたタイミングを見計らってか、舞が口を開いた。


「先ほど……、聖夜のことを精霊王に選ばれた、と仰ったように聞こえたのですが」


「ん? 言うたな」


 俺から舞へと視線を移したルーカスさんが頷く。 


「精霊王とは、御伽噺に出てくるあの精霊王のことですか?」


 精霊王の御伽噺。


 かつて。

 魔法というものを生み出した『始まりの魔法使い』と呼ばれたメイジ。

 そしてそのメイジを師事した7人の弟子こと『七属性の守護者』たち。


 その『七属性の守護者』と呼ばれた7人の魔法使いが、魔法に属性という概念を生み出すにあたって、その偉業に手を貸したとされる存在の事を精霊王と呼ぶ。


 舞の言う御伽噺とは、メイジと7人の弟子がガルダーを旅する過程でその精霊王と出会い、新たな力を授かったという物語を指す。メイジやその弟子が実在するにも拘わらず御伽噺と言われるのは、彼ら以外にその精霊王の存在を証明する人間が現れなかったからだ。


 舞の質問にルーカスさんが笑う。


「御伽噺……、御伽噺か。確かに……、御伽噺の(、、、、)ような話(、、、、)じゃからな」


 その言い回しに思わず目を見開いてしまった。その反応が予想通りで面白かったのか、ルーカスさんが肩を震わせながら笑う。そして言った。


「あれは実話じゃよ。空想上の産物ではない。精霊王は実在する。そして……、その証拠が今、儂の目の前にある」


 ルーカスさんの視線が、俺の腕へと向く。

 そこに装着されているのは、俺がルーカスさんから譲ってもらったMC。

 自らをウリウムと名乗った、自我持ちインテリジェンス・アイテムだった。


「リナリーから話は聞いておるぞい。どうやら『虹色の唄』との会話が可能となったらしいのぉ。それに、中条君。君は気付いていたのだろう? 精霊王が実在するものであると」


 ……。

 ルーカスさんの言葉に、舞たちの視線が俺に集まった。


「その子は何と言っていたのじゃ?」


「……自らの名をウリウムと。契約詠唱とは、もともと自分たちの技術だと。そして……、それを人の身でも発現できるように手を貸した対価としてその名をもらった、と」


 その回答は予想していただろうに、ルーカスさんも驚きの表情を浮かべる。


「……なるほど、なるほど。妖精樹に精霊王の意思が宿っている、という儂の仮説はやはり正しかったようじゃな。あの樹(、、、)に宿っていた意思がウリウム様とは思わなんだが」


 小さく頭を振ったルーカスさんが口を開いた。


「今更言うまでも無いかもしれんが……、その子に『虹色の唄』と名付けたのは、精霊王の意思が宿ると言われていた妖精樹の材料を使ったからこそじゃ。基本五大属性に特殊二大属性、計7色で虹というわけじゃな」


 想像通りだったので、頷いて先を促す。


「妖精樹の材料を採取し、MCとして組み立てたは良かったが、結局のところ誰も言葉を交わすことは出来んかったのじゃ。MCとしての機能は勿論優秀じゃったがな? その時に造り上げたMCは2つ。1つは、研究の成果として王へ献上し、もう1つは儂が預かった」


 過去を懐かしむような表情で髭をしごきながら、ルーカスさんは続ける。


「いずれは意思疎通が出来る者へ……、無駄と分かりつつもそう願っておった。まさか、本当にそれを可能とする者が現れるとは思わんかったがの」


 ほっほっほ、と。

 ひとしきり笑ったルーカスさんが、急に表情を正した。


「中条聖夜君、分かっているとは思うが言うておこう。この話は決してこれ以上広めてはならんぞ。『トランプ』に知られれば政界のごたごたに巻き込まれ、教会に知られれば神の代弁者として祀り上げられることになるじゃろう」


 うへぇ。

 それはマジで勘弁してほしい。


「どちらにせよ、平穏とは無縁ということじゃ。お前さんが『普通』を望むのなら……、のぉ」

 次回の更新予定日は、8月20日(月)です。


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