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テレポーター  作者: SoLa
第9章 修学旅行編〈中〉
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第9話 創造都市メルティ ②

 お待たせ致しました(・ω・)




「お、セーヤナカジョーじゃねーか」


「は?」


 突然異国の地で名前を呼ばれて顔を上げてみれば、そこにいたのはウィリアム・スペードだった。


 ……は?


「何してんだ? こんなところでよぉ」


 ひらひらと手を振りながら、気さくな感じでこちらへとやってくる。


 は?


 昨日の今日で何なのこいつ。ふざけてんのか。直接手を出してきたのはアルティア・エースだったが、ベニアカの塔にはこいつもいた。昨日の一件を知らないわけがない。


 いったいどんな神経をしていたら、こんな態度がとれるんだ?


 近付いてくる男の正体に気付いた舞たちが息を呑む。ウィリアム・スペードが、俺の後ろにいる美月に目をやった。


「お! あの時のメイドの子じゃん。あー、そう言えば修学旅行で来てるって――」


「そこで止まれ、ウィリアム・スペード」


 思っていたよりも低い声が出た。魔法世界最高戦力に対する俺の態度に、舞たちが肩を強張らせる。エマだけが、僅かに目を細めるだけに留まった。


 スペードの足が止まる。


「昨日の今日でよく(ツラ)を出せたものだな。今度の(、、、)相手は(、、、)お前ということか(、、、、、、、、)?」


 スペードから笑みが消えた。


「おい、セーヤナカジョー。昨日の一件に俺は」


「関係していない、とは言わないよな? ベニアカの塔にはお前もいた。女王陛下の私室に呼ばれた後に何があったかは知らないが、ハートに変わってエースが俺の護衛についたことを、お前が知らされていなかったとは考えにくい」


 俺の口から発せられる情報に、舞たちが目を白黒させている。想定外の事態に遭遇した場合、他人の思考能力は著しく低下する。逃走するにしても、舞たちが十全でなければ不可能だ。もっとも、十全であったとして、俺が囮役になったとしても相手はあのスペードだ。成功する可能性は限りなく低いわけだが。


 先に知らせておくべきだったのか? 先延ばしにしようとした俺のミスか。いや、まさかこんなところで『トランプ』に遭遇することになるとは思わなかった。


 今の状況を祥吾さん達も理解しているだろう。昨日の一件はすでに話してある。事前の打ち合わせ通り、クリアカードで緊急信号が送れるよう準備だけはしておく。


「……で?」


 制服のポケットに手を忍ばせた俺を見て目を細めつつ、スペードは僅かに首を傾ける。


「だとしたら、お前はどうするつもりだ」


「動くな」


 更に一歩を踏み出そうとしたスペードを言葉で制した。


「それ以上近付けば、敵対行為と見做す」


「ははっ」


 俺の宣言に、スペードが笑った。


 スペードが周囲に目を走らせる。周囲に人影はない。ここ学習院の正門までは一本道で、500m近く並木道が続いていた。つまり、この学習院目当ての人間でなければここまで来ないということだ。


「まあ、落ち着けよ、セーヤナカジョー」


 スペードは両手を軽く挙げながら言う。


「俺はお前と敵対する気はねぇ。というよりも、俺たち『トランプ』は、お前たち『黄金色の旋律』に敵対するつもりがない、と言った方が正しいか」


「証明出来ないだろう?」


「あ?」


 俺の言葉に、スペードが眉を吊り上げた。


「お前たちが敵対していないと証明出来ないだろう、と言ったんだ。そっちの都合にあわせて城まで出向いてやったにも拘わらず、護衛と称して帰り道で襲ってきやがって。しかも正体不明の幻血属性まで使われたときた。身代わりを用意していなければ、俺は死んでいた。それで敵対する気は無いだと? ふざけているのか?」


 ウリウムの話では、腕を自分で切断しないといけないくらいには追い詰められたらしいからな。


「おいおい、確かにアルやクィーン、シャーロックのやり方には俺も思うところはある。だが、それは言い過ぎだろう? あいつだって、お前を殺すつもりなんざ無かったさ。お前が負けを認めていれば治癒魔法くらい使ったはずだ」


「だから、それを証明出来ないだろう、と言っている。後からならいくらでも言えるさ。たまたま俺を取り逃がしてしまったからそう言っているだけだ。俺があの場でなす術なく倒れていたら、そのまま拉致して人体実験にでも使用されたんだろうな」


 俺の後ろで成り行きを見守っている舞たちの誰かが、小さく息を呑む音が聞こえた。やはり、昨日の一件について、何も話していなかったのが(あだ)となったか。エマだけは驚きや恐怖よりも怒りのボルテージをぐんぐんと上げているようで、今にも天元突破しそうだった。


「口が過ぎるぞ! アイリス様はそんなことはしねぇ!!」


「何度も言わせるなよ、ウィリアム・スペード。それを証明出来ないだろう、って言っているんだ」


 スペードが言葉を詰まらせた。しかし、それでも何かを口にしなければと思ったのか、唸るようにして言う。


「……お前、アイリス様の私室に招かれるという栄誉を賜っただろう。その時に何も感じなかったのか」


 次々と出てくる耳を疑うような情報に、舞たちが絶句しているのが分かる。そして、エマだけが怒りゲージのみを着々と成長させていた。お前は本当にブレないよね。


 うんざりしながらも、スペードの問いに答える。


「他国の人間に何を求めているんだ? お前の魔法世界エルトクリアへのご立派な愛国心を、俺に押し付けて語るんじゃねーよ。その質問に対する俺の返答は、『だからどうした』だ」 


「ぐ……」


 スペードが再び言葉を詰まらせた。


《マスター》


 ウリウムからの警告に小さく頷きながらも続ける。


「第一、ここで女王陛下のお名前を出している時点でお門違いだということに気付けよ。あれは女王陛下の命令じゃ無かっただろう。随分と御心を痛めておいでだったぞ? 配下であるお前たち『トランプ』の馬鹿げた行動のせいでこの俺に迷惑をかける、とな。まあ、それすらも女王陛下の演技だったとするなら、大したものだと賞賛したいところだが」


 その言葉で、スペードは完全に反論出来なくなったようだ。小さくため息を吐きながらスペードから視線を外す。


「で、お前も何か言いたいことがあるのか。アルティア・エース」


 エマが咄嗟に俺を庇うために前へと出ようとするが、それを手で制止した。この状況下で手を出してくるほど馬鹿では無いだろう。こちらには『五光』の次期当主候補が2人もいる。容易に国際問題へと発展するだろう。


 羽音が聞こえる。

 あの、忌々しい羽音が。


 小さな悲鳴は美月か可憐か、はたまた舞か。飛来した蝙蝠の群れは、立ち尽くすスペードの隣で瞬く間に人型を構成し、それがアルティア・エースとなった。


「……いつから気付いていた?」


「お前が人避けの魔法を展開した時から」


「最初からということか。可愛げのないやつだ」


 吐き捨てるようにしてアルティア・エースが言う。まあ、こっちはウリウムによって事前に知らされていたから気付けたようなものなのだが。


「何しにきたんだよ、アル」


「……少々調べ物にな」


 不機嫌そうな声色で問うスペードに、アルティア・エースは素っ気なく答える。


「そうしたらお前たちを見かけたので魔法を使わせてもらった。ウィル、人気の少ない場所とは言え、往来の場所で口論などするな。自分の立場を考えろ」


「……お前が言ってんじゃねーよ。誰のせいで険悪なムードになっていると思っているんだよ」


 草臥れた様子を見せるスペードがそう反論するも、アルティア・エースにはまるで響かなかったようだ。


「ふん。直接手を下したのが俺と言うだけだ。お前も同罪だろう」


「同感ね」


 そこまで一切口を挟まなかったエマが言う。


「聖夜様に害を為した者、為そうとした者、それに加担した者、加担しようとした者。等しく死すべし。お前たちが唯一褒められるべきは、その罪をそそぐ為に自ら進んで私の前に現れたこと。さあ、今直ぐ跪いて首を垂れなさい。私がおまもがが」


 突如はじまったエマの演説に硬直していた美月が、ようやく再起動を果たすや否や一瞬で距離を詰めて後ろからエマの口を押さえ込んだ。


「あ、あはは。失礼致しましたぁ……」


 引きつった笑みを浮かべながら美月がエマを引き摺って下がろうとする。しかし、その前にエマが美月の拘束を振り切った。


「ぷはっ!! 何をするのよ美月! この愚か者どもに鉄槌をむぐーっ!?」


「わーわーわー!!」


 美月が半泣きになりながらエマを羽交い締めにする。その光景を見たアルティア・エースが深いため息を吐いた。


「……興が削がれた」


 纏っていたローブを払い、アルティア・エースが踵を返す。指を鳴らすと、アルティア・エースが周囲に展開していた魔法が消えた感覚があった。


「俺は行く。お前もほどほどにしておけよ。俺たちとその男は、本来繋がりが無いはずなのだからな。ああ、一応は顔見知りではあるのか。『アイ・マイ・ミー=マイン』の件があったな」


 アルティア・エースは肩越しに俺を一瞥し、最後にその視線を美月へと移した。


鏡花水月(キョウカスイゲツ)。貴様も己の一挙手一投足には十分留意することだ」


 一方的にそれだけ告げたアルティア・エースは、そのまま正門を潜っていった。守衛らしき人が正門内の建物から出てきたが、一言二言交わしただけでアルティア・エースはそのまま学習院へと歩いて行く。


 残されたウィリアム・スペードが大きくため息を吐いた。そして、俺たちの方へと向き直る。


「確かにお前の言った通りだ、セーヤナカジョー。俺はクィーンやシャーロック、そしてアルの作戦を知っていながら止めようとはしなかった。むしろ、お前の隠された力を知れる手っ取り早い方法だとすら思った。それは間違いない。気にくわねぇとは感じたがな。あの作戦に真っ向から反対していたのはクランだけだった」


「だから、すまんかった」と、スペードが頭を下げた。


 ……。

 まさか謝罪されるとは思っていなかった。


 正直なところ、「あ? 女王陛下に対する不敬罪だこの野郎。コンクリ詰めにされて海に沈められなかっただけありがたいと思えやコラ」くらいに来られていたら、困るのはこっちだったのだ。どうやらスペードはそれを盾にはしてこないらしい。


「正直に言うとな、お前と敵対したくねぇってのは俺の本心なんだ。『トランプ』の総意とは関係無しにな。久しぶりだったからよ。あんなに胸が踊るバトルっつーのは」


 スペードの視線が俺から外れ、どこか遠くを見つめる目をする。おそらくは、あのアギルメスタ杯のことを思い出しているのだろう。忌々しいT・メイカーの名が魔法世界中に轟くことになった、あのアギルメスタ杯のことを。


「立場上、強い奴と戦うことはある。だがな、分かるだろう? 華々しい仕事なんて表向きだけさ。血に塗れた俺や俺たちの戦いなんざ、胸糞の悪くなるような結末しか用意されちゃいねぇ。全ては国とアイリス様のために。そんな信念がなけりゃとうに発狂してる」


 まあ、言いたいことは分かる。分かってしまう。この世界が綺麗事だけで回るはずがないことなんて。奇跡を起こす魔法を実現させるために、どれだけの犠牲が払われているのかを見てしまった俺は、スペードの苦悩すらも察してしまう。国の中枢にいるスペードは、それこそ俺以上の何かを見てきているのだろう。


 スペードの視線が俺に戻った。


「だからまあ、嬉しかったんだよ。お前と遊べたのはすげぇ楽しかった。シャーロックに脅されて出場させられたお前はいい迷惑だったんだろうがな。それでも俺は、本当に、久しぶりに、わくわくした。魔法を使えて良かったと心の底から思えた。あの時間がいつまでも続けばいいと思った」


 生粋のバトルジャンキーだな、こいつ。スペード戦といい、エース戦といい、俺はもう二度と『トランプ』と戦うのはごめんだ。


「そんなわけで、お前とは今後とも良好な関係を築いて行きたいと思っている。対等な魔法使いとして、な」


 対等。

 魔法世界最高戦力と謳われる男から出たその単語。

 最近よく聞く単語でもある。


 クランベリー・ハート。

 アイリス・エルトクリア様。

 そして、今度はウィリアム・スペードか。


 明らかに住む世界が違う相手から言われることが多くなったように思う。学園の修学旅行で来ていただけなのに、どうしてこんなことになっているんだろうね。本当に訳がわからない。


 だけど、少なくともこの男との関係は悪くないのかもしれない。バトルジャンキーなところはあるが、何だかんだで根は真面目そうな奴だし、搦め手など用いない真っ直ぐなところは好きだ。


 ため息を押し殺しながら、差し出された手を握る。

 ニヤリと笑うスペードに、俺は何とも言えない気分を味わっていた。







「……やってくれたわね、シルベスター」


 ケネシーは怨念のこもった瞳でシルベスターを睨みつけた。痛む首を撫でる事すら出来ない。なぜなら、ケネシーは両手を後ろに回した状態で椅子ごと縛り付けられているからだ。


 場所は『白銀色の戦乙女』がアジトとして使っている場所から変わっていない。しかし、先ほどとは違い、ここにはメンバー全員が揃っていた。そう、チルリルローラとアイリーン、そしてフェミニアも。


 つまり、再びT・メイカーの居場所は分からなくなってしまったということだ。


「頭を冷やせ、ケネシー」


 どす黒い感情を向けられても、シルベスターは揺るぎもしない。ルリから淹れてもらった紅茶を優雅に口へと運ぶ。


「今のお前の態度は世間一般のT・メイカーファンと変わらん。もちろん、そうした一面を私は否定しない。だが、『白銀色の戦乙女』における副リーダーとしての行動が求められる現状においては、それは足枷でしかない。我々は『黄金色の旋律』に不利益をもたらす存在であってはならない」


 シルベスターから告げられる正論に、ケネシーが押し黙る。そこでようやく、シルベスターはこれまで紅茶に向けていた視線をケネシーへと向けた。


「お前は『黄金色の旋律』の構成員であるT・メイカー様の秘密を知ってしまった。故に、『黄金色の旋律』に不利益をもたらそうとするのであれば、除名だけではなく、死んでもらう必要があるわけだが」


 そこまで口にしたところで、シルベスターは一度言葉を切った。同じ円卓に座る同志が立ち上がり、一斉に抜刀する。


「お前の本心を聞こう。ケネシー・アプリコット」


 対面に坐すシルベスターからの命令さえあれば、躊躇いなく立ち上がったメンバーはその刃をケネシーへと振るうだろう。薄情だ、とケネシーは思わない。逆の立場だったなら、ケネシーも同じ行動を取ると確信しているからだ。


 右隣に座っていたフェミニアの持つ円月輪を、そして左隣に座っていたレッサー・キールクリーンの持つ双剣の切っ先へとそれぞれ目を向け、最後にシルベスターへとケネシーは視線を戻した。


「……私が間違っていたわ。T・メイカー様の足跡を辿ることは諦める。処遇は貴方に一任するわ、シルベスター」


 そう告げたケネシーは、無抵抗であることを示すかのように目を閉じた。


 沈黙。

 誰もがシルベスターからの指示を待っている。


 張り詰めた空気の中、ようやくシルベスターが口を開いた。


「仕舞え」


 その一言で、各々得物を鞘へと仕舞う。円月輪を構えていたフェミニアのみが、円状となった刃の内側にある十字型の持ち手を利用し、その得物を軽やかに頭上で回した。そして、鎖の音を響かせながらその得物を後ろ手に背もたれへと立て掛ける。


 全員が着席した事を確認し、シルベスターが口を開いた。


「レッサー、拘束を解いてやれ」


 肩まで伸ばした黒髪を揺らしながら、レッサーは不機嫌そうに隣に座るケネシーを流し見た。そして、腰に差していた双剣の片割れに手を伸ばす。


 抜刀から納刀までは、本当に一瞬だった。刃の煌きが視認できた頃には、ケネシーの両手を縛る紐は切断されていた。


「ケネシー・アプリコットは、『黄金色の旋律』に不利益を生じさせてはいない。よって、このまま『白銀色の戦乙女』の副リーダーを継続して務めてもらう。異論がある者は挙手を」


 誰も手を挙げないことを確認し、シルベスターが頷く。


「では、続投とする。ケネシー、心して務めろ」


「……承知したわ」


「それでは、この議題は終了とする」


 そう口にしたシルベスターは、右の拳を自らの胸元へ当てた。皆がそれに倣う。


「全ては黄金色の旋律のために」


「全ては黄金色の旋律のために!」


 シルベスターに続いた全員の復唱が室内に響き渡った。

 次回の更新予定日は、8月6日(月)です (断言)

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