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テレポーター  作者: SoLa
第9章 修学旅行編〈中〉

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第8話 創造都市メルティ ①




 高速鉄道を利用して、創造都市メルティへ。


 本当なら交易都市クルリアにて掘り出し物散策をする予定だったのだが、のっぴきならない事情によって断念することになった。クルリアの滞在時間は15分も無い。しかもそのクルリアでは何もしていない。目的地に向かって歩いて、目的地に辿り着く前に引き返しただけだ。嘘でしょ。


 それよりも。


「聖夜様」


「……分かっている」


 エマの声に、顔を向けることなくそう答える。


 完全に尾行されていた。

 誰かは分かっている。アイリーン・ライネスとふわふわ金髪だ。


 道すがらウィンドウショッピングを楽しんでいるように見せかけているが、意識は完全にこちらに向いている。というより、こちらにそれを隠す気が無い。気配を消しているようには見えないのだ。


 俺たちにその存在を知らせつつ、第三者には俺たちと関わりがあるように思わせない。そんな動きである。


「これ、完全にバレたわよね」


「……マジかぁ」


 舞の言葉に思わず呻く。

 まあ、あの2人が『白銀色の戦乙女』として動いているのなら、つまりはそういうことなのだろう。


 護衛のつもりか?

 それとも俺の素性を探ろうとしている?


 どちらにせよ、素顔や制服姿を見られている時点で言い逃れは不可能だ。少なくともあの2人は『T・メイカー(イコール)中条聖夜』に辿り着く。『白銀色の戦乙女』の立ち位置が噂通りであるのなら、こちらの立場が不味くなるようなことはしないだろうが、完全に信用出来るわけでもない。


 どうしたものか。

 とりあえずは師匠にクリアカードでメールを送ってみたが、反応はまったくない。受信に気付いていないか、魔法世界から出国してしまい届いていないかのどちらかだ。流石に既読スルーではないことを祈りたい。


「どうするの?」


「様子見だな。少なくとも、こちらに危害を加えようとしているようには見えない」


「それは……、朝刊を見る限りではそうでしょうけど」


 舞は渋い顔をしながらも引き下がった。不満や不安はあろうが、どうする事もできないと分かっているからだろう。『白銀色の戦乙女』はギルドランクSの魔法使いによって構成されている。


 実力で排除は不可能。

 尾行を振り切ることも実力的に不可能。


 俺が『命令』すれば引き上げてくれるかもしれないが、その行為は俺が自分の事をT・メイカーであると認めることを意味する。向こうの思い込みで完結している現状と、俺自身が認めることには大きな違いがある。その違いによって生じるリスクを想定し切れない以上、不用意に口を割るわけにはいかなかった。


 ……なんでみんな放っておいてくれないかなぁ。


 連絡相手を師匠から祥吾さんに変える。この距離で読唇術のようなものを使われる可能性は低いが、ゼロではないと考えるべきだろう。メールは直ぐに返ってきた。


 尾行しているであろう2人組は『白銀色の戦乙女』で確定。尾行している「であろう」という表現なのは、護衛側からの視点では2人が俺たちを尾行している確信が持てないからだろう。そう言った意味では、あの2人のカモフラージュは完璧ということだ。護衛のプロに確信を抱かせていないのだから。


 2人の名前は、黒髪がアイリーン・ライネスで金髪がチルリルローラ・ウェルシー・グラウニア。共にギルドランクSに相応しい実力があることは間違いないようだ。確かに、ギルド本部で見たアイリーン・ライネスの剣技は実力者に相応しい身のこなしだった。


 2人ともお洒落なローブを身に纏ってはいるものの、しっかりと得物は持っている。アイリーン・ライネスは昨晩見た剣を左腰に差しており、ふわふわ金髪ことチルリルローラ・ウェルシー・グラウニアも背中に大きな剣をぶら下げていた。


 実力で排除するかどうかは検討中とのこと。そもそも、直接殴り合うとどのような結果になるか想像も出来ない。人数はこちらの方が圧倒的に多いが、実力は『白銀色の戦乙女』の方が上。からめ手を使えば時間は稼げるだろうが、こちらの護衛に差し支える結果になる。


 敵と確定したわけでは無く、むしろ敵意は無いように見える。それは、護衛である祥吾さん達の存在に気付きつつも手を出してこない『白銀色の戦乙女』の2人組のスタンスからも窺える。


 よって、現状維持と判断しているらしい。


 俺は『了解しました』と返信する。祥吾さん達には申し訳ない気持ちでいっぱいになった。意気込んでギルド本部に殴り込みに行ったものの、結局自分の手で火消しは出来ていない。むしろ貴族都市で『トランプ』の一角と盛大にやらかすわ、ヤバい集団に目を付けられるわで最悪な結果となっている。


 舞や可憐の護衛として雇われている身としては言い訳できない状況だ。


 エマ達には不自然の無いように振る舞うようお願いし、学習院に向かう道すがら、気になる店があれば寄って行こうと言ってある。「朝刊は全社コンプした」だの「号外も配られたらしく、本当はそれも欲しかった」だの、そうした会話で盛り上がってくれる皆に感謝しつつ、俺は魔法世界にいるであろう同僚にメールを送ってからクリアカードを仕舞った。


「中条さん、あちらのお店を見てみたいのですが」


 可憐が控えめに声を掛けてくる。指で差した先には、小さな文房具店があった。流石は学習院がある都市である。


「もちろん。覗いてみよう」


 予定の変更はあったが、舞や可憐、美月、そしてエマの修学旅行はなんとしてでも成功させる。

 厄介事を招き入れた張本人である俺が、こんなことを思う資格は無いのかもしれない。これから先何も無かったとしても、気を遣わせてしまった時点で既に成功とは呼べないかもしれない。


 それでも。

 楽しかったね、と舞たちが最後に笑い合える修学旅行にしたい。


 これは、もはや俺の意地だった。







「抜けるか」


 これが、報告を聞いたシルベスター・レイリーの口にした最初の言葉だった。美しい銀髪を払いながら口にしたその言葉に迷いはない。リーダーの結論に、対面に座っていたケネシーは当然とばかりに頷いた。


「まあ、そうなるわよね。流石に舐めすぎというか」


 蜂蜜色の髪を人差し指で弄りながら、ケネシーは溜め息を吐く。まくしてたてるようにして報告していたため、若干息が上がっていた。そんなケネシーの横から、にゅっとティーカップが差し出される。


「あら、この香り」


「ウエディーンの茶葉。味わって飲むべき」


 紅茶を淹れたルリ・カネミツはお盆を胸に抱きながらそう言う。ケネシーは礼を言ってからティーカップに口をつけた。


「ふぅ……、落ち着くわね」


「そう。ケネシーは一度落ち着くべき。副ギルド長の狂言を聞いてきたんだから、ケネシーは一度落ち着く必要がある」


 大事なことだから二度言いましたと言わんばかりのルリである。

 しかし。


「そうなのよ!! 分かる!? クリアカードの連絡先が分からないから、送金出来ないとか抜かしたのよ!! そんなのただの言い訳じゃない!! もともと払う気なんてなかったんだわ!! その場で欠片も残さずに死滅させなかった私をもっと褒めて欲しいわよ!!」


 ソーサーに叩きつけられたティーカップから紅茶が飛び散る。自らの手の甲に熱々の紅茶がかかったケネシーは「あっつ!?」と言って1人で涙目になっていた。


「駄目だった。全然落ち着いてない。ボス、どうする?」


 黒のボブカットを揺らしながらルリが問う。


「どうもこうも。チルリーとリーンはニアに一任した。放っておけ。まあ、間に合わず無音白色が全滅したらそれはそれだな」


 本当に大したことがなさそうな口調でシルベスターは言った。


「ひとまずギルドに――」


 シルベスターの言葉を遮るようにして着信音が鳴る。木造りのテーブルの上で鳴動するクリアカードに目を向けたシルベスターは、ケネシーとルリに断りを入れた上で通話に応じた。


『リーン、チルリーとの合流に成功しましたわ。お預かりしていたクリアカードもお返ししておりますので、これより個人への連絡が可能となります。発信機はそのままお持ち頂いて構いませんわよね』


 ホログラムで表示された女性、フェミニア・アン・レンブラーナが言う。シルベスターは鷹揚に頷いた。


「ああ、いつも通りに頼む。ではすぐに帰還を」


『その件について、1つご報告が』


 ホログラムのフェミニアは周囲を探るような素振りをしつつ、小さな声でこう言った。


『リーンとチルリーが、T・メイカー様を発見致しましたわ。現在は護衛と称して後を尾けまわしている有様で……、出来れば指示を頂きたいのですが』


「はあああああああああ!? T・めいがもむもおぉぉぉぉ!?」


 真っ先に反応したのはケネシーだった。

 しゅばっという効果音と共に、ルリの手が素早くケネシーの口を塞ぐ。「んーんー」と唸っているケネシーを視界の端に収めつつ、シルベスターは眉を吊り上げた。


「……確認なのだが。その対象者は本当にT・メイカー様か? 間違いである可能性は? 仮に本人であるとして、周囲は騒ぎになっていないのか?」


 昨日の騒ぎも加わり、現在の魔法世界ではT・メイカーを祀り上げる動きが再燃している。あの特徴的な白仮面に同色のローブを纏った人間がうろついていたら騒ぎにもなるだろう。というより、そんな状況下でT・メイカーがのこのこ出てくるとは思えない。


『リーン曰く、間違いない、と。声、魔力、そして身体的特徴、全てが昨日直接お会いしたT・メイカー様と同一であると断言しておりますわ。そして、これが一番重要なことなのですが……』


「何だ?」


 声を更に潜めるフェミニアにシルベスターが続きを促す。フェミニアは大袈裟なくらいに周囲を見渡しつつ、こう言った。


『……現在、T・メイカー様は素顔を晒しておいでですわ』


「素顔っっっっ!!!!」


 ルリの拘束から抜け出したケネシーが叫ぶ。


「お会いしたいお会いしたいお会いしたいわ!! ニア! 直ぐに場所を教えなさい!! こんなことをしている場合じゃないわ直ぐに準備して――」


「ルリ」


「あいさー、ボス」


 シルベスターから呼ばれたルリの行動は迅速だった。立ち上がり今すぐにでもアジトから飛び出そうとするケネシーの背後をとり、その首を捻る。コキャッという軽い音と共に「くえっ」という淑女らしからぬ声を上げたケネシーが崩れ落ちた。


『……ケネシーは大丈夫ですの?』


「問題ない。いつもの発作だ」


『あぁ……』


 シルベスターから告げられたたったそれだけの言葉で、フェミニアは全てを理解した。「メイカー様スキスキ第一人者(自称)」は伊達ではないのだ。


「で?」


 シルベスターは更に先を促す。


「素顔を見た、ということは身元の特定も進めているのだろう? どこまで捉えた」


 シルベスターからの問いに、フェミニアは表情を正す。


『青藍魔法学園の学生ですわ。どうやら修学旅行で魔法世界を訪れていたようですわね』







 気になる店を冷やかしながら先へと進む。


 魔法世界内唯一の教育機関がある都市だけあって、建ち並ぶ店も学生が利用したくなるようなものが多い。先ほどの文房具店もそうだし、女の子向けのアクセサリーショップや小物を扱う雑貨屋、MC専門店からそのチューニング店まで。


 日本ではお目にかかれないようなマジックアイテムも多々あるが、魔法世界の魔力濃度ならではのアイテムが多く、日本では使えないものばかりだ。周囲の魔力を吸って起動するアイテムは、魔力濃度が魔法世界と違って高くない日本では役に立たない。気に入った商品を見つけた美月も、それが日本では使えないと知って泣く泣く買うのを諦めたりしていた。


 そうやってのんびり進んでいるにも拘わらず、後方からはつかず離れずの絶妙な距離を空けながら女2人がついてくる。……いや、いつの間にか3人になっていた。


 なんで増えてんだよこいつら。

 と思っていたら、その増えた1人がアイリーン・ライネスとふわふわ金髪の首根っこを捕まえてどこかへ引き摺って行った。どうやら回収しに来てくれたらしい。ただ……、2人を連れ去る前に、こちらを見てぺこっと頭を下げていったのだが。


 ……もうT・メイカーだと思われているのは確定かなぁ。


「行ったみたいね」


 小声で話しかけてくる舞に頷く。

 どう考えても根本的な解決にはなっていないけどな。







 この日、ウィリアム・スペードは久しく着ていなかった学習院の制服に袖を通し、創造都市メルティへとやって来ていた。


 同僚であるアルティア・エースは『トランプ』就任後早々に12年制であるエルトクリア魔法学習院を中退したが、スペードは『トランプ』に名を連ねた今でも学習院に籍を置いており、毎年きちんと進学に必要な単位は取り続けている。


 実際のところ、学習院に在籍する院生の中でトップの実力を有するスペードは、こうして足繁く通う必要などない。


 学習院は徹底した実力主義だ。1年生であろうが12年生であろうが、強い者が偉い。特に学習院が定めたランキングで5位以内に入りさえすれば、卒業までのカリキュラムですら思いのままである。


 全院生のうち上位5名は、『番号持ち(ナンバーズ)』と称され、様々な特権が与えられる。飛び級はもちろん、個人の研究室や高級魔法具の貸与、警戒地区ガルダーの特別見学権など。実に様々な特権が与えられるのだ。


 日本の青藍、紅赤、黄黄における順位付けも、実はエルトクリア魔法学習院の制度を利用している。もっとも、その順位付けの方法である選抜試験は各校それぞれに特色があるものとなっているのだが。


 ともあれ。

 ウィリアム・スペードはエルトクリア魔法学習院における『番号持ち(ナンバーズ)』において『1番手(ファースト)』の地位にいる。魔法世界最高戦力と名高い『トランプ』に属しているのだから、これはある意味当然のことでもある。スペードと唯一争える立場にいたエースは、既に中退しているのだから。


 そして、スペードは進学に必要な単位は既に取得済みだった。というより、『1番手(ファースト)』の地位に留まっている間は単位を取る必要すらない。貸し与えられた研究室に籠ろうが、申請を出してガルダーへと赴こうが、エルトクリア大図書館をぶらつこうが、そもそも学習院に顔を出す必要すらない。


 それでもこうして可能な限り学習院に通おうとするのは、一見バトルジャンキーであり適当なところの多いスペードではあるが、実は真面目な好青年であることを示していた。


 春の爽やかな陽気に目を細めつつ、きっちりと締めていたネクタイを少しだけ緩める。高い塀に囲われた、外見上はもはや城にしか見えない学習院の正門前まで辿り着いたスペードは、ふと人の気配を感じて後ろを振り返った。

 次回の更新予定日は、7月23日(月)か7月30日(月)のどちらかです。

 それ以降は週一更新に戻す予定きっと


 マイペースな更新にお付き合いくださり、皆さまありがとうございます。

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