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テレポーター  作者: SoLa
第2章 魔法選抜試験編〈上〉
29/432

第7話 “青藍の2番手”豪徳寺大和

 青藍魔法学園名物『勧誘期間』。

 ――――魔法選抜試験、グループ登録期限まで。後、4日。







 平穏な朝の風景は、教室の扉が開く音と共に消え失せた。


「中条聖夜ってのは、このクラスか?」


 その声に、これまでの教室の喧騒が嘘のようにピタリと静まる。皆ピクリとも動かなくなった。

 誰かが唾を呑みこむ音が聞こえる。その音が鮮明に聞こえたことで気付いた。どうやら、他のクラスも同じような状況らしい。開け放たれた扉の先にある廊下の方からも、いつもの声や物音は1つとして聞こえなかった。


「……白髪、白髪。ああ、お前か。邪魔するぞ」


 静寂を引き起こした元凶たる突然の来訪者は、誰1人として動かない中、悠々と教室内に足を踏み入れる。そちらに目をやっていないので直接見ているわけでは無かったが、残念ながら一直線に俺の方へと向かって来ているようだった。


「中条聖夜。お前で間違いないな」


「……そうですが」


 黒板の方へと目を向けたまま、目は合わせずにそれだけ答える。


「俺のことは知ってるよな」


「さあ、転校生なもので。芸能人の方ですか?」


 俺の発言に、教室中が凍り付いた。


「お前、面白いな」


「別段、興味を惹かれるような発言はしていないつもりですが」


「く、くくっ……」


 何が面白かったのか。

 来訪者は俺が座る席の横で、噛み殺したような笑いを漏らした。その光景に、ついつい視線が引き寄せられる。

 瞬間。


 来訪者の拳が、俺の顔面を狙って飛んできた。


 それを片手でいなすように受け止める。

 ……身体強化か。無詠唱、それも一瞬で。


 瞬く間にぐちゃぐちゃにされてしまうであろう、破壊力。ただ、来訪者に当てる気は無かったのかもしれない。咄嗟にこちらも身体強化を発現し条件反射でいなしてしまったが、そのまま振り抜かれていても俺の髪をかすめる程度のコースだったはずだ。


 まさか受け止められるとは思っていなかったのだろう。来訪者が、僅かに驚いた表情になる。

 そこで、初めて目が合った。


 茶色に染められた長髪。身長は目算でも軽く2mを越えている大男だ。制服のボタンは全て外されており、中からは制服として指定されている白のYシャツではなく、鮮やかな赤色のTシャツが覗いている。ズボンは指定されているものだったが、サイズ間違えてんじゃないの? と思える程だぼだぼ。もはや革靴で裾を踏んでいた。


 拳と掌を交えたまま、無言の膠着(こうちゃく)状態が数秒続く。

 来訪者は明らかにこちらの出方を窺っていた。仕方なく口を開く。


「凄いですね。この学園の最高学年は、自己紹介よりも先に拳を突き出すのが礼儀なのですか?」


「……お前も、礼儀を知っている口調には聞こえねーなぁ」


「お互い様なのでは?」


「ははっ、てめぇ……。あん?」


 来訪者が目を細める。俺に対してではない。後ろから、来訪者の肩に手を置いた人物がいたからだ。


「何だ、嬢ちゃん」


「魔法を収めて下さい。その方に手出しをすることは、私が許しません」


 視界の端で捉えた光景では、可憐はもう片方の手で魔法伝導体・MCマジック・コンダクターを起動したところであり、魔力さえ練ればいつでも魔法が発現できるようにスタンバイしたところだった。


「俺は、関係無ぇ奴に手を加える気はねーんだが」


「……関係無くは――」


「可憐」


 反論しかけた可憐の言葉を遮る。


「離れてろ」


「でも」


「いいから。近寄るな」


「っ」


 目で威圧する。

 可憐は少しだけ息を呑み、無意識の行動かふらりと一歩下がった。それに倣い、俺の周囲に座っていた生徒たちも無言のまま立ち上がり、一歩二歩と下がる。


「……聖夜」


 遠く。

 最前列の席から修平の声が聞こえた気がしたが、無視した。


 と、言うよりも。

 この男から目が(、、)離せなかった(、、、、、、)。離したが最後、一撃で仕留められてしまいそうな、そんな威圧感。


 ……青藍の2番手とは言え、一介の学生の身分でこの威圧感が出せるのか。できることなら、まともにやり合いたくない相手だ。能力の全てを晒したくない俺では、間違いなく苦戦するだろう。


「その心意気、立派じゃねーか。てっきり、周りの人間を盾にするかと思ってたんだが」


「する必要もないですからね」


「くくくっ。この俺に対してそこまで言ってきた人間は、お前が初めてだ」


「褒め言葉として頂いておきます。で、用件をどうぞ」


 俺の淡白な反応に特に気分を害した様子も無く、来訪者は本題を切り出した。


「一昨日。4人の男子生徒に手を出したか?」


「ええ、出しましたね」


 またどこかで、息を呑む音が聞こえた。


「なぜ?」


「答えたくありませ――」


 言い終わる前に、来訪者の拳が振り抜かれる。今度は狙って打ってきた為、先ほどと同じ動作でやり過ごした。


「そいつらに、何か伝えたいことはあるか?」


「そうですね……。二度と俺の前に顔を出すなとお伝えくだ――」


 今度は防ぎきれなかった。来訪者が狙ってきたのは、俺の座っていた椅子。それを下から突き上げる形で、粉々に蹴り壊したのだ。それをいなし切れなかった俺は、下からの衝撃に負けて宙に浮く。そこへ容赦の無い右ストレートが飛んできた。


 鈍い音が響く。

 腕を交差させることで防御を図ったが、勢いは殺せなかった。肉体にダメージは残らなかったものの、空中で受けたが故に踏ん張りが効かなかったのだ。そのまま窓へと叩きつけられる。


「か……っ!?」


 体中の空気が口から漏れた気がした。


「何だ、このまま殺しちまっても構わねーのか?」


 目の前で来訪者が拳を振りかぶる。クラスメイトから悲鳴が上がった。


「……ちっ」


 このままバトルに突入するのは避けたい。いくら護衛任務を終えて実力を偽る必要が無くなったとはいえ、見せて良いものといけないものがある。

 後ろ手で窓の鍵に触れる。来訪者が拳を繰り出してくるのは、ほぼ同時だった。


「きゃああああ!?」


「おっ?」


 悲鳴。

 窓を開ける音。

 来訪者の呆けた声。


 俺の身体が支えを失い、後方へと傾く。間一髪、来訪者の拳は眼前で空を切った。その代わり、拳を避けた俺の身体は重力に従って窓から落下する。


「せ、聖夜!?」


 将人かとおるか修平か。それとも舞だったのか。不意に呼ばれた叫び声は、誰のものか判別できなかった。


「ちぃっ!! てめぇ、何の真似だ!?」


 今の今まで俺に殺気を振りまいていた来訪者が、俺を助けようと手を伸ばしてきた。その仕草に、少しだけ目の前の男に対する評価が変わる。


 ただ、助けてもらうつもりは無い。このまま男の手中に入れば、先ほどの繰り返しになることは目に見えている。

 伸ばされた手を払いのけ、自由落下する道を選んだ。教室ではまた叫び声が上がっていた。誰しもが最悪の事態を想像したのだろう。

 無論、そんな事態には成り得ないのだが。


「よっと」


 着地する。

 足元に風の魔法を発現することで、落下の衝撃を吸収した。

 そこで叫び声がピタリと止まる。見上げてみれば、教室からは唖然とした顔がいくつも覗いている。


 ……そこまで驚くほどの技術じゃないと思うんだけどな。使ったのは基礎中の基礎の魔法だ。

 そう思いつつもそそくさと退散すべく、俺は校舎に背を向けて走り出した。







「……あの野郎」


 教室では。

 “青藍の2番手(セカンド)”たる豪徳寺大和(ごうとくじやまと)が、青筋を立てて佇んでいた。握りしめられていた窓枠が、対抗魔法回路が施されているにも拘わらず、彼の身体強化(、、、、、、)を纏った拳(、、、、、)によってメキリと歪む。

 周囲の生徒は、誰1人として口を開かない。大和の持つ威圧感に圧倒されているから、という理由も無いわけではない。


 ただ、それ以上に。

 上級生、それも圧倒的な力を誇る“2番手(セカンド)”に対して物怖じ1つせず、あろうことか何食わぬ顔で窓から飛び降り、平然と逃亡を図った聖夜に対しての驚きの方が大きかった。

 その予想外の展開に呆然と窓の外を眺めていたクラスメイトたちだったのだが……。


「……く、くくっ」


 大和の噛み殺した笑い声によって、再び現実に引き戻された。


「くくくくく。あの野郎……。面白ぇじゃねーか」


 肩を震わせながらそう呟く。自らに発せられた言葉では無いにも拘わらず、クラスメイトたちはその光景に根源的な恐怖を覚えた。


「豪徳寺先輩」


「……あん?」


 その中で、呼び声。

 クラスメイトから譲られた場所を通り、1人の男子生徒が豪徳寺の隣に立つ。

 杉村修平。


「誰だお前」


「中条聖夜の友達です」


 クラスメイトの中で、更にざわめきが広まった。このタイミングでそれを伝える意図が掴めなかったからだ。


「……友達(ダチ)、ね。で?」


「聖夜に何の用です? 流石にあれだけの暴力はやり過ぎだと思うのですが」


「てめぇに関係あるのか?」


「友達、ですからね」


「……くくっ。お前もお前で面白い奴だな」


 長髪を揺らしながら、品定めをするような目つきで大和が笑う。


「あいつは俺を誘き寄せる(、、、、、、、)為に、4人の関係無ぇ奴をボコしたんだろ? そこに俺が出てくるのに、不思議な点があるか?」


「……何ですって?」


 修平の表情が怪訝なものに変わる。遅れて彼の隣に並んだとおると将人も同じような反応を見せた。


「……誘き寄せる?」


 あの聖夜が? 冗談だろ? と言外に言い放ちながら、将人が復唱する。


「俺に言いたいことがあるんなら直接言ってくればいいものを……。好かねーな、こういうやり方はよ」


「す、すみません。その情報はいったいどこから聞いたんですか?」


「あ?」


「え、えーと」


 とおるの質問に、大和が凄む。もともとこういったやり取りが苦手なとおるは、それを真正面から受けて目を泳がせた。その反応を見た大和は、前2人の後輩ほどの魅力を感じなかったのか、1つため息を吐くと答えを口にした。


「名前はもう忘れたが……。中条聖夜にボコされた4人と仲が良いって言ってた野郎が、わざわざ伝えに来たんだよ」


「あの4人と……」


「……仲が良いって、まさか」

 頭を捻りながら記憶を掘り返している大和の言葉は、もはや3人には届いていなかった。とおると将人は、何かに思い至ったかのように修平の方へと視線を向ける。そこには、信じられないという表情をした修平の姿があった。


「……あいつ」


 ぽつりと呟く。呆然と立ち尽くす修平を余所に、大和は自らの頭を掻き(むし)った。


「ああ、やっぱ分かんねぇや。で、別にそれでいい。後はあいつの口から聞けばいいんだからな」


 そう言って、踵を返す。


「邪魔したな」


「待って下さい!!」


 教室の扉へと手を掛けて退室しようとしていた大和を、修平が呼び止める。


「何か勘違いされてないですか!? 聖夜の奴が、そんなことするはず――」


「うるせぇ」


 一言。

 たったその一言を口にされただけで。


 心臓が跳ねた。

 叫ばれたわけでは無い、単にぽつりと呟かれただけの一言。にも拘わらず、大和から放たれし圧力は、呼び止めようと動かした修平の足を容易に押し留めた。


「どんな理由だろうが、どんな勘違いだろうがな。それをてめぇに教えてもらう義理はねーな。そして、それを俺が信じる義務もねぇ」


「っ」


 誰かが喉を鳴らした。


「中条聖夜ってのは、この間転校してきたばかりの奴だろ? てめぇに、そいつの全てが分かるってのか? そいつは、てめぇにこの短期間で己の全てを打ち明けてくれたのか?」


 答えられない。その事実に、修平が表情を歪める。


「美しい友情ごっこなら余所でやれや。その茶番に、俺を巻き込むな」


「ああああああああああああああっ!!!!」


 咆哮。

 そして、氷属性が発現(、、、、、、)する(、、)

 大和の言葉に、過敏に反応したのは。


 ――――姫百合可憐。


 一瞬にして生成された氷属性の魔法球は、何の躊躇いも無く一直線に大和の元へと向かう。不意を突かれたその出来事に驚いた表情の大和だったが、口を歪めて右手を差し出した。

 凄まじい音と共に、大和の掌で氷の塊が爆せる。砕け散った氷の欠片が、四方に飛び散った。


俺は(、、)、関係無ぇ人間に手を出す趣味は無ぇんだけどな」


「貴方に!! 中条さんの何が分かるっ!!!!」


 再び発現する氷の魔法球。今度は1発ではない。4発。完全に戦闘態勢へと入った可憐を目にして、クラスだけでなく廊下からも悲鳴が上がる。

 可憐の制御を受ける4発の魔法球は、その周りの反応を無視して大和へと射出された。先ほどと同じ動作で右手を掲げる大和。


 そこへ、第三者の魔法が乱入した。


「きゃっ!?」


「お?」


 横から突き抜けるように飛来した槍型の炎が、可憐の魔法球その全てを撃ち落とす。


「――っ、何で止めるんですか、舞さん!!」


 可憐が叫ぶ。文字通り横やりを入れた舞は、その怒号を素知らぬ顔で受け止めた。


「貴方らしくもない、やめときなさいよ。貴方じゃその男には勝てないわよ」


「……ほぉ?」


 その冷静な分析を聞いて、大和が眉を吊り上げる。


「だから私がやる、とでも言うつもりか?」


「馬鹿言わないで頂戴」


 大和の言葉を両断する。舞は、自分の上級生であるはずの男を睨み付けた。


「私は、貴方に言いたいことがあるだけよ」


「……聞いておこうか」


 無遠慮な口調に気分を害するわけでも無く、大和が先を促す。


「少なくとも、貴方よりは付き合い長いの。私たちよりも付き合いの短い貴方が、聖夜のことを知っている風に言わないで。虫唾が走るわ」


 その言葉に、再び場が凍り付いた。


 最初に声を掛けてきた修平では無く。

 いきなり魔法球を向けてきた可憐でも無く。

 堂々とそう言い放った舞に、大和の意識全てが向けられた。


 冷静な判断を下しているようで。

 静かに自分の考えを口にしているようで。

 それでも実際のところ、この中で一番熱くなっているのは間違いなく舞だろう。いくら傍若無人の彼女とて、目上の人間に敬語を使うだけの素養くらいならある。曲がりなりにも、彼女はお嬢様なのだ(かなり失礼な言い回しになるが)。


 それでも。

 口調を気にしていられないほど熱くなっておきながらも、戦局における冷静さは見失わない。それは、舞の持つ魔法使いとしての資質の高さを窺わせた。

 舞の素性を、当然大和は知らない。彼は、他者にまったく興味を示さない人間だ。


 だが。それでも。

 彼には、その素質を見抜けるだけの実力がある。


「面白いな、お前」


 大和が更に言葉を続けようとしたところで。


「何なんですかー!? この人だかり!! この騒ぎは!! 誰か説明して下さいー!!」


 教室の外。

 人ごみ溢れる廊下から、ぽわぽわした叫び声が聞こえてきた。


「……ちっ」


 その声に露骨に顔をしかめた大和は舌打ち1つ。


「じゃあな」


 それだけ告げて、大和は足早に教室内を駆け抜けると聖夜の開け放っていた窓へと手を掛けた。


「お、おい、ちょっと!!」


 修平の呼び止めを無視し、大和は窓から逃走した。


「に、逃げやがった!?」


 将人が叫ぶ。


「ちょおっと通して下さいねぇっ!! そして皆さん!! もう授業の時間ですよぉ!!」


 ぽわぽわした声は確実に近づいてきている。


 終わった。

 この場にいる誰もがそう結論付けた。

 直後、ひょっこりと人混みから彼らの担任が顔を出す。無言で、ぐるりと教室を見渡した。


 水浸しになった床(可憐の氷属性の魔法が溶けたことによる二次災害)。

 黒く焦げた教室の側面(舞の火属性の魔法による副作用)。

 そして、人混みがぽっかり空いた中心にいる明らかに主犯っぽい面々(舞・可憐・修平・将人・とおるのこと)。


 ぽわぽわの担任は、肩をわなわなと震わせて一言。


「反省文です~っ!!!!」







 自動販売機から小気味のいい音が響く。

 手を伸ばし、購入したコーラの缶を取り出した。


「はぁ、面倒臭いことになったもんだ」


 プルタブを開けながら、呟く。

 まさか直々に教室までやってくるとは。他人に興味が無いんじゃなかったのか? 弔い合戦ってガラじゃないっていうから少し安心していたんだが……。


 一口飲む。炭酸が口に広がった。

 あの少しのやり取りで戦闘モードに切り替わっていた自分自身の身体が、徐々に落ち着きを取り戻してくるのを感じる。やっと一息吐けた気分だ。


「……さて、どうするかね」


 そう言いつつ、辺りを見渡す。

 ここは部室棟の正面。目的地があるわけでも無くただ逃げることしか考えていなかった為、赴くままにここへ辿り着いてしまったわけだが。

 当然、ここでやることなどあるはずがない。

 教室に戻ったところで、またあの男がやってくることは考えて見ずとも分かる。最悪、あのまま俺が戻ってくるまで待ち続けているかもしれない。


 ……もう今日はサボっちまうか。寮に戻って寝てた方が有意義に過ごせそうだ。

 一瞬白石先生の悲しそうな顔が頭を過ぎったが、振り払う。すみません。出席よりも命の方が大事なんです。

 そう結論付けたところで、足を寮へと向ける。


「よぉ、逃げるなんざつれねぇじゃねーかよ」


 見えてはいけないモノが見えてしまった。

 危うく手にしていた缶を取り落としそうになる。俺の固まった表情が面白かったのか、目の前にいる男・青藍の2番手とやらはニヤリと口を歪めた。


「……何で、ここが」


「――分かったんですか、なんてつまらねぇこと聞くなよ? あれだけの身体強化、反応速度を見せたお前だ。探知魔法の存在を知らねぇなんてことはねーだろ?」


 そりゃそうか。探知魔法使ったに決まってる。どうやら俺の頭は、この事態に余程動揺しているらしかった。

 2番手からは目を離さず、手に持っていた缶をそっと地面に置く。それを見た2番手はゆっくりと頷いた。


「やっとやる気になったか。勿体ぶりやがって」


 素敵な勘違いしてんじゃねぇ、と言いたいところだったが止めておいた。

 おそらく、今度は逃げ切れないだろう。さっきは不意を突けただけだ。完全に戦闘態勢に入っている状態で逃走を許す程、この男の実力が低いようには見えない。転移魔法を使えば100パーセント逃げ切れるだろうが、使えない。実力者に誤魔化しは聞かない。最悪、一度で転移魔法の存在を見抜かれる可能性もある。


「悪くねーな」


 俺の全身へ隈なく目を走らせながら、2番手は呟く。


「俺へケンカ売ってる奴がいるっていうから来てみたわけだが……。思ったより楽しめそうだ」


 ……喧嘩、ね。

 昨日俺を呼び出しに来た男子生徒の言葉が頭を過ぎる。


『ただ、相当お怒りだったぜ。関係無い奴を巻き込むのは許せない、とかな』


 どうやら、俺は2番手を誘き寄せる為に4人の男子生徒を殴り飛ばしたと認知されているようだ。


「構えな。一発目はくれてやるよ」


 首を鳴らしながら、指をちょいちょいと振ってくる。

 ……何を言っても無駄だろうな。

 ため息を吐くのと同時に、身体強化魔法を発動した。手足に魔力を張り巡らせる。


 目の前の男を倒す気は無い。ある程度喧嘩して、最後に殴り飛ばされておけばそれで終わるだろう。ただ、その為にもそれなりに本気を出しておかなければ直ぐに病院送りになる。

 手を抜けば、潰される。そう思わされる程の威圧感が、この男にはあった。


「……いいんですね? 遠慮無く行きますよ」


「くくっ、遠慮して後悔するのはお前だ。本気で来いよ」


 不敵な笑みを浮かべる2番手相手に、俺は躊躇い無く地面を蹴った。

 身体強化によって極限まで高められた脚力は、俺の身体を一瞬で2番手の懐へと運ぶ。拳を振り被り、掛け声と共に振り抜いた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 人間が人間を殴打する際、本来ならばあり得ない程の音が響く。手応えは十分だった。俺の拳は、2番手の腹を正確に捉えている。

 しかし。

 乾いた音が聞こえた。2番手が、その長髪を左手で掻き揚げる音だった。


「……本気で来いって言ったよな」


 その声が耳に届いた時には、既に視界がブレていた。腹に鈍い痛みが走り、気付く。俺の身体は宙へと浮き上がっていた。


「がっ……あ」


 込み上げてくる嘔吐感をやり過ごし、バックステップを踏みながら2番手から距離を空ける。2番手が追って来るということはなかった。2番手は冷めた目線で、その場に立ったまま口を開く。


「今、殴打の瞬間魔力を弱めたろ。何様のつもりだ? てめぇの拳で、この俺が怪我でもすると思ったのか」


「……っ」


 あの一瞬でそこまで見えたのかよ。

 俺の反応に、2番手が顔を歪めた。


「言葉で言っても伝わらねぇ奴には、体に叩き込んでやるに限る」


 指を鳴らしながら、2番手は言う。


「死ぬ気で来ねぇと、俺にはかすり傷1つ付けられねーってな」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ヒロインたちちょいちょい、突然発狂したり、叫んだりして少し怖い。 情緒が不安定というか、悲しいんだろうなとは思うけど60,70%くらいから、いきなり100%に達して泣き始めてるふうな…
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