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テレポーター  作者: SoLa
第9章 修学旅行編〈中〉
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第7話 交易都市クルリア




 準備を整えて待ち合わせ時間にロビーへ着くと、仁王立ちした舞が待ち構えていた。その後ろには美月、可憐、そしてエマがいる。皆、これから修学旅行で名所を見学に行くような表情をしていないんだが。


「……あー、すまん。待たせ――」


「聖夜」


「あ、うん。とりあえず出ない?」


 謝罪の言葉すら言わせてもらえず、観念した俺はそう口にする。他の班員も待ち合わせ場所としているここでは言えない内容であることは、舞たちも分かっているのだろう。俺の言葉に頷いた面々がホテルの外へと足を向ける。


 エントランスにいた白石(しらいし)先生に見送られて外へ出た。

 爽やかな青空が俺たちを迎えてくれる。目まぐるしく季節と天候が変わる魔法世界にしては珍しく、今日は1日春の陽気が続くらしい。


 柔らかな日差しに目を細めた俺だったが、他の班員共の視線は一向に空へは向かない。外で下手なことを口にされても面倒なので、先手を打つことにした。


「分かってる。色々と聞きたいことはあるだろう。いや、無いならそれで構わな……、うん。無いわけないよね。あー、とはいえ、外で話すにはリスクが高過ぎる。だから、えーと、うーん。そうだなぁ」


「今夜、聖夜様のお部屋に集合。それでよろしいですね?」


 ずいっと顔を近づけたエマが、俺の言葉を遮ってそんなことを言ってくる。


「あー、俺の部屋か。うーん。それも悪くは無いんだが、そういえば今日の予定は」


「今夜、聖夜様のお部屋に集合。それで、よろしいですね?」


「う、うーん、けどさ、男と女はフロアが違うし、先生方も巡回しているだろうから」


「今夜、聖夜様の、お部屋に、集合。それで、よろしい、ですね?」


「……はい」


 有無を言わせず押し切ったエマは、満足そうな笑みを浮かべて身を退いた。

 くそう。まあ、どちらにせよ隠すことは不可能になっちゃったし、どこかで話をしなければいけないとは思っていたのだが。


 果たして、どうやって俺の部屋まで来るつもりなのやら。

 ……あれ。そういえば、昨日の夜はエマの奴は俺の部屋まで来たんだっけ? こいつ、先生たちの巡回ルート把握してるんじゃないだろうな。


 男が女の部屋を目指して徘徊するのは修学旅行のお約束かもしれないが、女が男の部屋を目指して徘徊って何なの。部屋に招き入れたところで、色っぽい話は欠片も無いわけだけど。


「そうと決まれば、一度気持ちを切り替えましょうか」


「そうですね。中条さんが無事であることは確認できているわけですから、事情を説明して頂けるのなら、後ほどでも構わないでしょう」


 舞と可憐がそんな会話をしていた。

 ……話したくないなぁ。







 ケネシーはその美貌に仏頂面を張り付けて階段を下りる。話し相手だった副ギルド長から上手く丸め込まれたというわけではない。そもそも、ケネシーは何かを要求する為に副ギルド長に会いたかったわけではないのだ。ただ単純に、今後のギルドの方向性について確認をしたかっただけだ。


 結果は。


(………到底承服しかねるわねぇ。これは本当にギルド脱退かも)


 蜂蜜色の髪の毛を人差し指で弄びながら、ケネシーはそんなことを考えていた。


 ケネシーは、ギルドの中でもトップに位置するギルドランクSの地位にいる数少ない魔法使いの1人である。当然、ケネシーにはその立場故に様々な恩恵があるわけだが、その程度のことなどどうでも良かった。いや、そう考えるのはケネシーだけではない。ケネシーが属する『白銀色の戦乙女』のメンバーなら誰もがそう考えるだろう。


 まずは、ギルド本部が物理的に蒸発することが無いようにメンバーへ説明する必要がある。これが何よりケネシーにとって面倒くさかった。『黄金色の旋律』へ絶対の信仰を捧げるメンバー達が、ケネシーが得た情報を知ったらどのような手段に出るか。正直なところ、わざわざ考えてみるまでも無い。ただ、ケネシーが面倒くさいと感じているのは、そういった強硬手段に出ようとする同僚を止めなければならないからではない。


 同僚が強硬手段に出た場合、止める必要性が無いと感じてしまっているからだ。むしろチャンスさえあれば、自分が先陣を切って焦土化してやりたい、くらいにはケネシーも怒り狂っていた。


(駄目ね。それで私たちがブラックリスト入りして、『黄金色の旋律』の皆さまへ私たちの抹殺命令が下されるようでは本末転倒……。私たちがお手を煩わせるわけにはいかないのだし)


 ギルドランクSの魔法使いを相手に戦えるのは、同じくギルドランクSの実力を有する魔法使いだけ。王族護衛の『トランプ』が出しゃばってくれば話は変わるが、ギルド内のいざこざにどこまで介入してくるのかは不明だ。


 今後を憂うケネシーがため息を吐いていると、ギルド1階のフロアに出たタイミングで声が掛かった。


「『双天秤ソウテンビン』のケネシー・アプリコット。滅多にギルドへ顔を出さねぇお前がわざわざ出張ってくるとはご苦労なこったな。この狂信者共が」


「あら、牙王じゃない」


 たまり場の一角を『(たけ)き山吹色の軍勢』で占拠していた牙王へ、ケネシーは笑顔で返答する。


「昨日はT・メイカー様の引き立て役、本当にご苦労様。リーンから聞いているわ。大活躍だったそうじゃない。正直、ちょっと貴方のことを見直したかも」


 台詞単体では褒めているように聞こえなくは無いが、実際のところはただの煽りである。もっとも、ケネシーは本心からそう口にしているわけで、ケネシー自身は褒めているつもりだった。


 但し、当然ながら牙王はそう捉えない。


「てめぇ、喧嘩売ってんのか――」


 着信音。

 ケネシーは躊躇いなく牙王から視線を外し、自らのクリアカードを取り出す。公衆電話からの着信だった。その時点で、リーダーであるシルベスターではない。端正な眉を吊り上げながらも、ケネシーは通話に応じる。


「どちら様?」


『ルリ』


 相手は同僚であるルリ・カネミツだった。シルベスターを除く同僚のクリアカード全てをケネシーが預かっているので、ルリは公衆電話を使用しなければケネシーに連絡が取れなかったということだ。わざわざそんな手段を使ってまで連絡してきたということは、それなりに急を要する理由があると判断できる。


 ケネシーが「どうしたの?」と聞くよりも早く、ルリは言う。


『それよりも大変。チルリーがリーンを連れて無音白色の連中を処刑しに行った』


 ……。


「はぁぁぁぁぁ!?」


 ギルドには、登録された魔法使いを保護する条文がある。たった今、それを前提に副ギルド長を罵ってきたのだからケネシーが忘れるはずもない。


 つまり。

 もたらされた内容は、洒落になっていなかった。







「ねえ、聖夜」


「ああ……。これはちょっとタイミングが悪かったかもな」


 エルトクリア高速鉄道を利用し、交易都市クルリアにやって来た。魔法世界エルトクリアの中で最大規模の市場でも見て回るかと歩いていたら、乱闘騒ぎが起こっていたのである。


 ただ、以前遭遇した武闘都市ホルンでの乱闘騒ぎとは違い、ギャラリーは騒いでいない。遠巻きにちらほらと見ているだけだ。だからこそ、俺たちも通りすがりでその現場を見つけてしまったわけだが。


「があっ!?」


 掌底をまともに受けた男が口から血を吐く。強化魔法によって相当な威力があったのだろう。錐揉み回転しながら数十メートル吹き飛んだ男は、目を逸らしたくなるほど無様に転がった。


 ……俺の足元に。

 なんでこっちに放るのかなぁ、もう。


「げほっ、ごほっ! ぐ、あ……、ぐぷっ」


 転がった男が吐血している。満身創痍だった。黒い長髪は乱闘によって乱れ、純白の魔法服は血で汚れている。


「な、中条さん」


「見るな見るな。さっさと移動しよう」


 震える声を出す可憐の視界に入らないようにしつつ、隣を歩いていた美月の肩を押した。こういう面倒事は見て見ぬふりをしてしまおう。学生の手には余るのだ。そのうち魔法聖騎士団(ジャッジメント)が来て制圧するだろう。


「ほら、落とし物だよぉ~」


 倒れ伏す男へ、大振りの鎌が投げ寄越された。耳障りな金属音を鳴らしながら、その得物は地面を滑るようにして男のもとへと到達する。肩で息をしていた男は辛うじて上半身だけ起こし、相対するふわふわウェーブの金髪女を睨みつけた。


「何の……、真似ダ」


「ん? 何って……」


 ふわふわ金髪が唇に人差し指をあて、小首を傾げながら言う。


「あまりにも一方的だと弱い者いじめみたいに見えるでしょぉ? だから~、得物くらいは持たせてあげないとな、って。まあ、結果として殺すことになるのは変わらないんだけどねぇ」


 言っている内容がヤバい。

 デスマッチでもしてるのかよ。いや、ここまで一方的ならデスマッチというよりただの処刑だよな。


 さっさと退散したかったのだが、ふわふわ金髪の視線がこちらへと向いた。


「ん? このゴミのお仲間さんかなぁ?」


 なんでそうなるんですかねぇ。


「違います。歩いていたら急にこの男が飛んできてびっくりしただけです。すぐにどきますんで」


 そう言って、ガンを飛ばそうとするエマを美月と2人がかりで引っ張る。舞、可憐に目で合図した。そそくさとその場を後にしようとして。


「チルリー、いつまで遊んでいるのですか」


 俺たちの行く手を遮るようなところから声が届く。

 そこには黒髪の女がいた。


「げ……」


 思わず声が出た。

 それはほんの小さな声だったにも拘わらず、黒髪の女の視線が俺へと向く。


「何か?」


「……いえ、何でもないです」


 思わずそう言って目を逸らす。

 知っている奴だった。




 黒髪の女は、アイリーン・ライネスだった。




 なんでこのタイミングでこいつが。

 あぁ、なるほど。会話から察するに、ふわふわ金髪とアイリーン・ライネスは知り合いというかむしろ同じグループなのだろう。つまりは、ふわふわ金髪も『白銀色の戦乙女』のメンバーということだ。


 え、マジ?

 他のグループの模範となるべきギルドランクSのメンバーが、こんな事をしていて大丈夫なの?


 ギルドで会った時のような白銀の鎧をアイリーンは身に着けていない。それはふわふわ金髪も同様だった。赤と黒のチェックが入ったお洒落なローブに身を包んでいる。まぁ、それでこんな野蛮な事をしているわけだから、どうせ魔法回路が仕込まれた特製の魔法ローブなのだろう。


「ごめんねぇ、リーン。中々溜飲が下がらなくてさぁ。そこの人達は関係ないみたいだから、見逃して……、どしたの? リーン」


 ふわふわ金髪が首を傾げる。

 見れば、アイリーン・ライネスは俺を見たまま目を見開き硬直していた。


「……ちょっと貴方、聖やもががっ」


 呆然と立ち尽くすアイリーン・ライネスに向かって何やら言いかけたエマの口を塞ぐ。その光景を見て再起動を果たしたアイリーン・ライネスは、ふらふらとした足取りで俺たちの横を通り過ぎ、ふわふわ金髪のもとへと歩み寄った。


「リーン?」


 首を傾げるふわふわ金髪の耳元に口を寄せたアイリーン・ライネスが何かを呟く。ふわふわ金髪の視線が俺へと向き、その目が大きく見開かれる。


「……うそ」


 呆然と、ふわふわ金髪が一言。


 ……。

 なんだろう。

 ぼく、すっごくいやなよかんがするよ。


「っ」


 息を呑んだふわふわ金髪が膝を折ろうとした瞬間、アイリーン・ライネスがその動作を強引に止めた。その一連の動作を見ていた舞が「まさか」と口にする。舞も今朝の新聞を読んだみたいだし、『白銀色の戦乙女』がT・メイカーに対してどのような態度をとるのかは理解しているはずだ。


 つまり。

 多分そのまさかなんだろうなぁ。


 と、思っていた矢先、視界が急に悪くなった。

 これは……。


「む」


「霧、ねぇ。往生際の悪いことぉ」


 白くなった視界の先で、何やら話し声が聞こえてくる。足元で何かが動く気配がした。


「聖夜様」


「気にするな。どうせ逃走するだけだろう。俺たちも移動しよう」


 耳元で囁いてくるエマにそう答える。視界が開ける前に俺たちも行方を晦ませたいが、舞や可憐、美月もいるしそれは無理だろう。ただ、出来ればこれ以上この姿で『白銀色の戦乙女』と絡みたくはない。


 祥吾さん達に頼ることも考えたが、アイリーン・ライネスが俺をT・メイカーと断定した確証は無い。ほぼ確実だとしても、まだ分からない。だからこそ、先日の一件でギルド本部に足を運んだ祥吾さん達には頼るべきではない。何が原因で繋がるか分からないからだ。後は俺の無系統魔法だが、ここで俺の切り札とも言えるその魔法を使うにはリスクが高過ぎる。


 結局のところ、素知らぬ顔でやり過ごすしかないということだ。全員が近くにいることを確認し、俺たちはその場を後にすることにした。


 これはクルリアで観光どころじゃなくなったな。

 ちょっと予定を変えて、先に創造都市メルティに行った方がいいかもしれない。乱闘騒ぎがあったので、早めに切り上げましたとでも言えば、計画から外れても白石先生は許してくれるだろう。


 くっそ。

 それにしても何で分かったんだ?


 やっぱり声か?

 それとも魔力?

 身体的特徴?


 分からねぇぞ。







 サメハ・ゲルンハーゲンが展開した霧が晴れても、チルリルローラ・ウェルシー・グラウニアとアイリーン・ライネスは、まだその場にいた。サメハ・ゲルンハーゲンを見失ったというわけではない。それ以上に重要な事が出来たからだ。


「……本当にT・メイカー様だったのぉ?」


「ええ」


 チルリルローラの詰問に近い口調の問いにも、アイリーンは冷静に答える。


「人違いだったら不敬どころの話じゃないんだけどぉ」


「違っていたのなら、舌を噛んで自害してもいいわ。チルリーは分からなかった?」


 アイリーンからの質問に、チルリルローラは悔しそうに親指の爪を噛んだ。


「……確かに映像で聞いた声に似てるな、とは思ったけどぉ。でも、私は直接お会いしたことがあるわけじゃないしぃ」


「まぁ、それはあるかもしれないわね」


 チルリルローラの言葉にアイリーンは頷く。そして言った。


「魔力も同一。間違いないわ」


「うぅん。じゃあアピールしておけば良かったなぁ」


 チルリルローラはローブの下に隠れた重量のある2つの山を持ち上げながらそう呟く。アイリーンがジト目をチルリルローラに向けた。


「ここでボコボコにした後、ケネシーにチクるわよ」


「あぁあぁん!! それはやめてぇ!!」


「……力の抜けるようなヴィブラード刻むのやめてくれる?」


 アイリーンがチルリルローラから一歩距離を置いた。図らずもそのタイミングでお互いの表情が引き締まる。


「で?」


「無音白色の処刑は後回しに。シルベスターに連絡して指示を仰ぎま……、あ」


 ローブに手を突っ込んだところで、アイリーンが硬直した。


「どうしたのぉ?」


 取り出した発信機を手で弄びながら、アイリーンは一言。


「……クリアカード」


「あっ」

 次回の更新予定日は未定です。

 おそらく、2~3週間後になると思います。


 楽しみにしてくださっている皆さま、申し訳ありません。

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