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テレポーター  作者: SoLa
第9章 修学旅行編〈中〉
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第6話 ブチ切れ




 将人が持っていた朝刊を見て、思わず頭を抱えたくなった。


 一面記事を飾るのは想像通りT・メイカー。誰が撮ったものかは知らないが、受付嬢を抱きかかえてカウンターに立つ写真と共に、『「黄金色の旋律」T・メイカー、遂に現る!!』という見出しがでかでかと踊っている。


 ……よりによって何でこの写真なんだよ。


「まさか就寝していたとは……。まあ、寝ていたのなら仕方が無いと言えますが……」


 昨日の騒動に顔を出さなかった俺に対してぶつぶつと言いながらも、片桐は肩越しに俺の持つ朝刊に目を通している。


「『トランプ』クランベリー・ハートと共にギルド本部へ。両者の関係は不明、ですか。国家権力とは無縁の立ち位置にいると思っていましたが、どうなのでしょうね」


「さあ?」


 俺も無縁でありたかった。


「『白銀色の戦乙女』アイリーン・ライネスとも親密な関係の模様、とありますね」


「そうだな」


 親密じゃないよ。ただ跪かれただけだから。


「聖夜様、お待たせ致しました。あら? 皆さま、おはようございます」


 エマが戻ってきた。エマは挨拶をしつつ、手にしていた新聞を俺に手渡してくる。

 ……いや、それよりも。


「エマ、お前どれだけ買ったんだ?」


 エマは抱えるようにして新聞の束を持っていた。


「全社、各5部ずつですが何か?」


 ……「何か?」じゃねーよ。そんなに買ってどうするんだよ。


「本当なら買い占める予定でしたが、それは勘弁してくれと言われまして」


 そんなことは聞いてねぇ。

 エマはご丁寧にも全社各1部ずつ下さった。


「うへぇ」


 思わず声が出る。

 アイリーン・ライネスが跪いている写真まであった。


 ……これ本当にどうするんだよ。大騒ぎじゃねーか。


「ホワイトさんもT・メイカーのファンだったのですか?」


「もちろん」


 片桐の問いにエマが即答する。


「新聞を買いに来たのなら、早めに行った方がいいわ。『在庫が心配』と店員が呟いていたから」


「なるほど。では、一度失礼します」


 ぺこりと頭を下げた片桐は、足早に売店に群がる群衆の中へ消えていった。

 ……ん? 片桐の奴、ホワイトさん()って言わなかったか?







 荒れに荒れたギルド本部1階の修復作業に追われていたギルド職員たちは、その人物の突然の来訪に思わず瓦礫に伸ばしていた手を止めた。


 ケネシー・アプリコット。

 ギルドランクS『白銀色の戦乙女』における副リーダーを務める女性である。


 普段、クエストを受注する時もシルベスターやケネシーは来ない。他5人が不定期に顔を見せては高難度のクエストを受注し、達成して戻ってくるという流れだ。大口の客から依頼を受ける時、それも相手側から直接会って話したいという申し出があった場合にのみ、ケネシーもしくは稀にシルベスターがやって来るという程度だった。


 久しぶりに見せた顔だったからこそ、ギルド本部は沈黙に包まれた。そんな中、ケネシーは腰まで伸びた蜂蜜色の髪を人差し指で弄りながら、愛嬌のある顔立ちに笑みを浮かべて一言。


「少し見ないうちに、オープンテラスにでもしたの?」


 窓が割れたどころの話ではなく、場所によっては壁すら無くなっている。馬鹿みたいに風通しの良くなったギルド本部を見て、ケネシーが最初に抱いた感想はそれだった。もっとも、そんな質問をしたケネシーではあるが、こうなった理由など当然知っている。


 口元に笑みを浮かべたまま、ケネシーがギルド本部へと足を踏み入れる。扉など破損されて撤去されているため、視認できる境界は無いわけだが。


 比較的破損の少なかった場所では他グループのメンバーがたむろしていたが、今ではそこでの話し声も途絶えている。吹き込んできた風によって掲示板に貼り出されたクエストの紙が1枚剥がれて宙を舞ったが、誰もそれを拾おうとはしなかった。


「よ、ようこそお越しくださいました。『白銀色の戦乙女』ケネシー・アプリコット様。本日のご用件は――」


 受付嬢が言葉を言い切る前に、ケネシーは懐からクリアカードを取り出し受付嬢へと差し出した。そのクリアカードは、ケネシーの物ではなかった。提示されたカードは全部で5枚。ケネシーとシルベスターを除く、『白銀色の戦乙女』残り5名のクリアカードだった。


「え、えっと、これは」


「今、受注している依頼なんだけど、全部解約してくれる? あぁ、発生する違約金はこっちから引き落として」


 軽い口調でそう言いつつ、ケネシーは自らのクリアカードもカウンターへ置いた。


「え、えっと」


「依頼主が別のグループに依頼するのならそれで良し。どうしても私たちじゃないと駄目なら、私の連絡先を置いておくから、直接かけるよう伝えてもらえるかしら」


「えっと」


「これだけ言ってもまだ分からない?」


 くるくると人差し指で自らの髪を弄んでいたケネシーは、視線を外して軽くため息を吐いた。




「はっきり言うとさ。私たち、ブチ切れてるわけ」




 それはまるで、空間すらも歪ませるような威圧感。直後、ケネシーのもとへと駆け寄ってきていたギルド職員が、情けない声を上げて崩れ落ちた。肩や膝を震えさせながらも懸命に耐えている受付嬢を見て、次いで自らの足元で転がっている男性職員を見て、ケネシーは何とも言えない表情をした。


「ごめん。感情に流されて、ちょっとばかり魔力が漏れちゃったわ。でも、この程度で気を失うなんて……。男の子なんだからもう少ししっかりしなさい?」


 暴力的なまでの魔力の奔流は一瞬のこと。再び訪れた静寂に、倒れた男性職員の介抱に乗り出した他のギルド職員たちの足音が響く。ケネシーは視線を目の前の受付嬢へと戻した。


「で、理由は分かるわよね?」


「……は、はい」


 半泣きの受付嬢が頷く。


「よろしい」


 にこり、とケネシーは笑った。


「ついでに、ギルド長か副ギルド長はいるかしら。先日の一件に関する説明と、今後の『黄金色の旋律』に対する賠償についての説明を聞いておきたいわ。そうそう。こちらが納得できる理由もしくは誠意ある対応が見受けられないと判断した場合、ウチのリーダーはギルド脱退も視野に入れているって言っていたから、そこのところもよろしくね」


「副ギルド長! 副ギルド長!!」


 全力ダッシュで受付嬢が2階へと駆け上がっていく。別件で席を外しているギルド長は、残念ながらまだギルド本部へは帰還していない。つまり、現状でギルド本部の最高責任者は副ギルド長となる。


 顔面蒼白の副ギルド長ラズビー・ボレリアがケネシーの前に姿を見せたのは、受付嬢が呼びに行って10分ほど経ってからだった。







 将人たちがいたおかげでうやむやに出来るかと思ったが、そんなに甘くは無かった。エマから「詳細は後ほどゆっくりと」と念を押された上で、一度解散する。


 ルームカードを挿入して扉を開け、部屋へと入る。ため息を吐きながら、エマから貰った新聞の束をベッドへと放った。


『随分と大事になっていたわね~』


 ウリウムから苦笑している雰囲気が伝わってくる。

 けれど、そんなことよりもこいつには聞いておきたい事がある。


「調子はどうだ」


《調子って?》


 首があれば傾げていそうな感じで聞き返してきた。


「昨日のエース戦で、結構魔力が暴発しかかっていただろう」


 魔力濃度が高い環境下での魔法発現が久しぶりだったせいで、昨日のウリウムは結構危うかったのだ。何度俺の腕ごと吹き飛ぶんじゃないかと思ったことか。いや、本当に良かった。


《平気平気。もうばっちりよー、問題無し!》


 軽いんだよなぁ……。

 本当かなぁ。

 まあ、信じるしかないわけだが。


 さて、思考を切り替えよう。

 今日は修学旅行2日目である。


 本日の予定は、最初に交易都市クルリアにて掘り出し物散策だ。


 次に創造都市メルティにて学習院見学と下町散策となっているが、学習院は関係者以外立ち入り禁止だ。だから外から眺めて終わりということになる。創造都市メルティでのメインは下町散策ということになるだろう。創造都市というだけあって下町にも面白い店が多いらしい。


 その後は宗教都市アメンを見学し、残った時間を全て中央都市リスティルに費やす。


 修学旅行2日目の予定はこんな感じである。


「どうなることやら……」


 昨日の夜はかなり冷えた上に、分身魔法を限りなく本物っぽく見せられるように仮面とローブを犠牲にしたせいで、薄着の状態でホテルに戻ってきたのだ。あの時は魔法世界最高戦力と謳われるアルティア・エースを相手にしていたわけだから、出来る小細工はなんでもするべきだと思っていたわけで。だからこそ、無事に逃げ切れたと思っているし特に後悔は無い。


 ただ、風邪を引かなくてよかった。

 それだけである。


「さて、行くか」


《おー》







「前者はともかくとして、後者は仮定であったとしても随分と不謹慎な考えです」


 エースは無言で深く頭を下げる。

 聖女は僅かに頭を振ってから口を開いた。


「前者については不可能……、というより、そもそも意思の疎通ができません。わたくしの知る限りでは、それを可能としたのはかのメイジと7人の弟子のみ。ウリウム様から一方的に力を貸し与えるという可能性はゼロではないでしょうが……」


 限りなくゼロに近いと言うことだ。そもそも意思疎通が出来ないのだから、ウリウム側に意思があるのかどうかすら分かっていない。聖女を筆頭として信者たちが知っているのは、あくまでメイジや7人の守護者たちから伝え聞いた神話のような物語だけだ。


「後者については、貴方の方が知っているのでは? 力の拠り所となる妖精樹へ赴き、直接触れることが大前提となります。その妖精樹は危険区域ガルダーのS区域に生息しており……、あぁ、この辺りの説明は不要ですね」


 聖女の言葉に、エースは小さく頷いた。


「信者アルティア・エース。その者は(、、、、)、メイジ様や7人の弟子の血縁にありますか?」


「いえ」


「信者アルティア・エース。その者は、ガルダーの立ち入り許可を得て、S区域に赴いたことがありますか?」


「……いえ」


 少なくとも、エースの調べた限りでは無かった。

 エースの回答を最後に、短くない沈黙が訪れる。エースが礼を述べて立ち上がろうとした時、聖女が再び口を開いた。


「信者アルティア・エース。その者は、『黄金色の旋律』に縁がありますか?」


 その質問に、腰を浮かせかけていたエースの動きが止まった。


「はい」


 なぜ、ここでそのグループ名が。

 そう思ったエースだったが、すぐに思い直す。


 昨日、自分が起こした貴族都市ゴシャスでの一件を、聖女が知らないとは考えにくい。昨日の今日でここを訪れているのだから、関連付けられても不思議ではない。


「これは先代から聞いた話です。信憑性については不明です」


 聖女の前置きに、エースが頭を下げる。


「既に退職していますが、学習院の元教授、信者ティチャード・ルーカスが、かつて妖精樹の材料を求めギルドからの許可を得て、ガルダーのS区域に赴いた事があるそうです」


「……まさか伐採を?」


「それこそまさかです。いかにS区域まで辿り着ける者であっても、あの樹を傷つけられる者はそういません。落ちた葉や枯れ枝を拾う程度ですよ」


 聖女の微笑みに毒気を抜かれてしまったエースは、再度頭を下げた。


「その材料が今も外にあるのだとすれば、ガルダーに入らずとも力に触れる事は可能でしょう」


「その材料はどのような用途に?」


「さて? 魔法の研究に使用されたようですが、結果は振るわなかったとだけ聞き及んでいます。信者ギルマン・ヴィンス・グランフォールドへ尋ねるのが良いでしょう。詳細な資料はそちらにあるはずです」


 ギルマン・ヴィンス・グランフォールド。

 魔法世界エルトクリアにおける宰相の地位に就く男の名だ。


「……先ほどの話に戻りますが、それと『黄金色の旋律』に何の関係が?」


「信者ティチャード・ルーカスは、生徒数名を同行させたと聞いています」


 聖女は微笑んだままエースにこう告げる。


「その中に、当時生徒であった信者リナリー・エヴァンスがいました」


 それが意味するところを、エースは正確に理解した。


「有益な情報、感謝致します」


「こちらこそ、とても有意義な時間となりました」


 立ち上がり、一礼する。踵を返してその場を後にしようとしたエースだったが、背中越しに聖女から声を掛けられた。


「信者アルティア・エース。賢者メイジ様と七属性の守護者様の加護が貴方にありますように」


 それは、聖女が送りだす者へ口にする、最上級の言い回しだった。エースは足を止め、改めて聖女に向き直る。そして、今一度深く頭を下げる。そして今度こそ、この場を後にした。







 扉の閉まる音が広間に反響する。その余韻を十分に味わった後、聖女が口を開いた。


「T・メイカーに関する情報を集めてくださいますか。信憑性は一切問いません。街の噂程度のものも含め、調べられるだけお願いします」


 返答は直ぐにあった。


「承りました」


 次回の更新予定日は、6月25日(月)です。

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