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テレポーター  作者: SoLa
第9章 修学旅行編〈中〉
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第4話 『黄金色の旋律』T・メイカーvs『トランプ』アルティア・エース ④




 貴族都市ゴシャス。

 山頂にある王城エルトクリアを目的地としたクレイドルは、大通りをゆっくりと進んでいた。車内には王族護衛『トランプ』の一角、ジャック・ブロウがただ一人。


 ギルド本部にて所用を済ませたジャックは、車窓から見える景色を黙って眺めていた。時折聞こえてくる衝撃音や爆音などは全て聞こえないことにしている。


 また一度、大きな振動がクレイドルを襲った。


 だが、ジャックは動じない。

 その震源と発生原因を知っているから。


 自らの隣に立てかけてある愛剣に目をくれることなく、ジャックは車窓を眺め続ける。


 ギルドで得た情報を頭の中で反芻させながら。

 自らが師と仰ぐあの老人は決して首を縦に振りはしないだろう、と半ば確信しながら。


 同僚が戦火を交えていることについては、何ら気を配ってはいなかった。その程度には、ジャックはエースのことを信頼していた。







 切り落とされた左腕は、湿った音を鳴らしながら地面を転がる。魔力の膜を張ることで止血したのか、メイカーの切断面からは鮮血が噴き出すようなことは無かった。


「な……、に」


 エースは咄嗟に動くことが出来なかった。

 自分ではまったく予想していなかったその光景を見て。


 エースとしては、メイカーがこの誘いに乗ってくる確率は五分も無いと見ていた。


 メイカーが所属しているのはあの(、、)根無し草のリナリー・エヴァンス率いる『黄金色の旋律』。リナリーは、メイカーが国に仕える身分となることは良しとしないだろう。


 ただ、中条聖夜はあくまで日本の学生だ。他国とは言え、魔法世界エルトクリアは魔法使いにとっては良い働き先の1つだ。魔法が浸透している社会だから、魔法使いとしても溶け込みやすい。おまけにエースの提案はその魔法世界エルトクリアにおける上位の就職先だ。学生の身分からすればさぞ魅惑的なお誘いとなるだろう。


 だから、もしかしたら乗ってくるかもな、という程度で口にした。仮に断られて戦闘が続行されたとしても、無系統魔法の正体が探れたらそれで良し。ある程度痛めつけてやれば貴族の溜飲も下がる。


 あとは後遺症が残る前に魔法を解いて回復させてやればいい。

 そう考えていた。


 しかし。


「貴様……、正気か?」


 左腕を切り落とし、隻腕となった少年へエースは問う。

 答えは無かった。


 いや、答えは行動で返ってきた。


 転がった自らの腕には目もくれず、メイカーがエースの下へと突っ込んできたのだ。


「馬鹿が!!」


 メイカーの選んだ答えは、戦闘の続行。

 降伏でも、逃亡でもなく。


 それはエースの考える、メイカーがこの場でとれる最悪の選択だった。


 メイカーの突きを躱し、飛び蹴りを避け、手刀を回避する。回し蹴りは避け切れずにエースの身体を掠めたが、エースからすれば問題無い。


 メイカーの右脚が感染した。


 回し蹴りを放った後の回転力をそのままに、メイカーがそのまま左足をエースの腹へと叩き込む。『激流の型(ブルー・アルマ)』を纏ったその一撃は、エースが実体を失う事で威力を失った。


 メイカーの左脚が感染した。


 構わず、メイカーが跳躍する。その先には、群れを成した蝙蝠が徐々に人型を形作っていた。そこへ、メイカーが発現した『水の球(ウォルタ)』が殺到する。群れを成していた蝙蝠が、再び散り散りとなった。


 夜空を羽ばたき逃げ惑う蝙蝠に向かい、メイカーが次々と『水の球(ウォルタ)』を射出していく。圧倒的に外す数の方が多いが、当たっていないわけでは無い。しかし、撃ち抜いた蝙蝠は息絶えて落ちるわけでは無く、黒い煙のようにして消えていった。


 エースの幻血属性による効果なのか、メイカーの身体がふらつき、片膝をつく。そこへ背後から『混血(ベニクレナイ)斑虎(マダラドラ)』が襲い掛かった。『水の球(ウォルタ)』で応戦するも打ち消せない。『激流の壁(バブリア)』を発現するも機敏な動きで躱される。


 突進してきたそれを回避しようと、咄嗟に身体を捻った。

 しかし。


「そいつに実体はないぞ。その回避行為は失敗だな」


 赤黒い虎が、何の前触れも無く弾け飛んだ。


 メイカーの魔法ではびくともしなかった赤黒い虎が自壊したのだ。まるで内側から破裂するようにして弾け飛んだそれから、同色である赤黒い液体が飛び散る。


 流石に、メイカーもこの至近距離では避け切ることが出来なかった。障壁もその他の手段も間に合わず、結局迫ってくる血飛沫に似たそれらを全身で受け止めることになった。


 メイカーの全身が血のようなもので濡れる。解除したわけでもないのに『激流の型(ブルー・アルマ)』の効力が消えた。


「終わりだ、T・メイカー」


 メイカーが気付いたときには、既にエースは目の前にいた。振り抜かれた拳が咄嗟に構えられた右腕を弾き、そのままメイカーの腹を捉える。メイカーの身体が4番通りに叩きつけられた。メイカーの身体を中心として、4番通りに蜘蛛の巣のような亀裂が走る。


「ここまでするつもりは無かった」


 拳を突き込んだままのエースがそう呟く。メイカーの身体は、もはや完全にエースの幻血属性によって汚染されていた。魔力など練れるはずがない。魔法の発現など以っての外だ。つまりたった今、エースの身体強化魔法を纏った拳は、メイカーの生身の身体を打ち抜いたのだ。


 ぐちゃり、と。

 突き込んだ拳の先から湿った音が鳴る。




 嗅ぎ慣れた血生臭い匂いが――――。

 しなかった(、、、、、)




 エースは、自らが突き入れた右腕に違和感を覚える。


「これは……、まさか」


 エースによって貫かれたメイカーの身体が、突如として実体を失くした。

 まるで風船から空気が抜けていくかのように、人が着ていたはずのローブが膨らみを失くす。ローブや仮面の隙間からじわりと水が漏れ出して、エースの足元に水たまりを作った。


分身魔法(デコイ)だと……!? あれだけ高位の魔法を行使出来るだけの!?」


 水に濡れた自らの右腕を見つめ、エースは叫ぶ。


 思わず辺りを見渡すが、当然のようにメイカーの姿は無い。探知魔法を使用してみても、エースが知覚出来る範囲にメイカーの反応は無かった。


「いや、違うのか……!? 高位魔法を発現していた時は本体だった!? 思えば最初から不可思議な魔力を感知はしていたが……、くそっ! いったい、いつから……! それに、この魔力……。あの男は……」


 そう呟きながらも、エースは自覚した。

 はっきりと。


 魔法世界最高戦力と謳われた自分は。

 他国で平穏を貪るだけの学生から、一杯食わされていたのだと。


 エースは自らの足元に目を向ける。


 水たまりに転がった白い仮面。

 水をたっぷり吸った白いローブは、むなしく風に揺れていた。







「終わったのか」


《うん、負けた》


 やけにあっさりとしたものだ。


「で?」


《エルトクリアの軍門に下れとか言ってたよ?》


 勧誘かよ。まあ、いきなり精神支配に属していそうな魔法を仕掛けてくるような奴だ。好意的な勧誘では無いと断言出来る。大方、謎の無系統魔法を手中に収めておきたいという程度だろう。そうでなければ、こんな喧嘩腰では来ないはずだ。


《どうするの?》


「下るわけが無いだろう」


 貴族の屋敷の間をすり抜けるように路地裏を駆け抜けながら、そう吐き捨てる。どうせ実験動物とかにされて飼い殺しにされるだけだ。『トランプ』は敵かよ。


 面倒くせぇ。

 勝てるわけないだろう。


 左手で頭を掻きながら、路地裏の道をひたすらに走り抜ける。


「助かったよ、ウリウム。お前があの魔法を使えなければ、どうなっていたかは分からない」


《アルティア・エースが使っていた魔法の効果は分かる範囲になるけど後で教えるとして……、それでもマスター本体が戦っていたら、もっと良い勝負できていたと思うわよ?》


「そうか?」


《うん、結局最後は向こうからのゴリ押しで負けちゃったからね。『不可視(インビジブル)シリーズ』が使えたらもう少し粘れたんだろうけど……。あれって魔力の消費効率最悪だから、使うと直ぐに分身魔法にチャージしていた魔力が尽きちゃうのよね》


 消費効率最悪で悪かったな。


 しかし、なるほど。

 確かに、俺の魔力をかき集めて発現した分身とはいえ、それを操っているのはウリウムだ。ウリウムは水属性の魔法しか使えない。とはいえ、アルティア・エースと真正面からやり合って勝てるとは思えないよなぁ。


「何にせよ、今回の作戦で良かった。向こうの手の内はある程度知れただろうからな。前情報さえあれば、いざという時も対処出来るかもしれない。魔法世界内の魔力濃度ならではの手段とはいえ……、お前めちゃくちゃ凄いじゃん」


《ふっふーん。もっと褒めていいのよ? あたしは褒めて伸びる子だからね!!》


 声だけで分かる。

 きっとウリウムはどや顔をしているだろう。


《マスターとのリンクも随分と安定してきているし、もうちょっと身体が慣れたらもっと凄いことも出来るかもねー》


「それは楽しみだ」


 そう言いつつ、前方に白く高い壁が見えてきたことに気付く。山の麓まで降りてきたし、おそらくあれが貴族都市ゴシャスと外を分ける境界だろう。外がちゃんと中央都市リスティルであることを願うばかりだ。


 まあ、最悪迷うならオーバーライトだな。距離があるから、出来れば使いたくないが。ウリウムも良い顔はしないだろうし。


《それにしても……、よく貴族都市ゴシャスで向こうは仕掛けてきたわよね》


 まったくだ。

 貴族から許可が下りたのか?

 なんで?


 恨みを買った憶えなど当然無い。公衆の面前で貴族様の顔を殴り飛ばしたとかならともかく、俺は貴族様とお話したこともない……、ないよね? ないはず……、ん? 何か大事なことを忘れているような。あぁ、もちろんアイリス様は除外してな!!


《うーん。それにしてもあの魔力……》


「さて、ウリウム。あの壁を抜けるぞ……、ん? 何か言った?」


《なにもー。了解! ちゃっちゃと抜けよー!》







「ア、アルティア・エース様……っ!?」


 クレイドルではなく、城門まで徒歩でやってくる人物に警戒を強めていた魔法聖騎士団(ジャッジメント)の団員は、血だらけのように見えるエースの姿を捉えて思わず言葉に詰まってしまった。


 貴族都市ゴシャスにおいて戦闘が行われる。

 これは貴族が承認したものであるため、介入は不要。


 そう伝えられていた団員だったものの、やはり普段聞き慣れない場所での戦闘音に神経を研ぎ澄ませていたのだ。そして、ようやくその音が鳴りやんだと思ったのも束の間、姿を現したのは血だらけの魔法世界最高戦力である。動転してしまうのも無理は無いだろう。


 だが。


「問題無い。通るぞ」


 今のエースに団員を構っている精神的余裕は無い。最低限の言葉を口にし、門番役を務めていた団員の横をすり抜ける。


「し、しかし……」


 呼び止めようとする団員に、エースの足が止まった。顔だけ団員の方へと向けたエースの瞳は、妖しい真紅の光を放っていた。


「介入不要。そう聞いていなかったのか?」


「が、あっ!? も、もうしわけ、ありませ……」


 エースが視線を逸らし、鼻を鳴らす。硬直から解き放たれた団員は、重力に逆らうことが出来ずにその場へと崩れ落ちた。近くにいた別の団員が慌てて近寄り、崩れ落ちた団員を抱き起す。


「この場で見た全ての事は他言無用だ。いいな?」


「……か、畏まりました」


 団員の了承を確認し、エースは城門を潜り抜けた。庭園を抜け、目指すのはベニアカの塔だ。ノックすらせず、エースはその扉を押し開ける。門の外にも中にも、誰もいなかった。


 長い螺旋階段を無言で上り、目当ての扉の前まで辿り着く。エースはそこでもノックをすることなく扉を押し開いた。


 中で待っていたのは、クィーン・ガルルガ、ウィリアム・スペード、そしてシャル・ロック=クローバーの3人。


「しくじった」


 苦々しい表情を隠そうともせずに帰還したエースへ、クィーンは目を丸くして問いかけた。


「貴様らしくないな、エースよ。能力を出し渋ったか?」


「渋ってなどいない。だから余計に腹が立つ。……無論、本気は出していないがな」


 血のようなもので濡れたローブを脱ぎ棄て、ソファへ乱暴に腰を下ろしながらエースが吐き捨てる。クィーンのインテリアに赤い斑点が飛び散ったが、エースが指を鳴らした瞬間、煙のように消え失せた。


「当たり前じゃ。貴様が本気でやったら貴族都市は壊滅的な被害を受けるわ」


「けどよぉ、出し惜しみが無かったってことは、血属性使ったんだろ? あいつ、お前の幻血属性の特性を知ってたのかよ。意外と抜け目ねーのな」


 クィーンとエースの話に割り込むようにしてスペードが口を開いた。エースは一瞬だけ口ごもったが、舌打ちをしてからようやく答えを口にする。


「いや……、あれは予め理解していた者のする反応ではなかった」


「あ?」


 エースの苦々しい言葉に対して、スペードが思わず聞き返す。


「一杯食わされた。あの男、分身魔法を用意していた」


 その言葉に、スペードだけでなくクィーンとクローバーも目が点になった。


「は?」


 呆けた声を上げるクィーンと、絶句するクローバー。

 一番最初に我に返ったスペードが、慌てて口を開く。


「ちょっと待てちょっと待て! じゃあ、あれか? セイヤナカジョーは、魔法戦でお前に気付かれないレベルの分身魔法を扱えるってのか!?」


「そういうことになるな。もっとも、どの時点で本体がその身を晦ませていたのか不明だ。天蓋魔法まで発現された時は流石に焦ったぞ」


 その内容に、クローバーが片眉を吊り上げた。


「……中条聖夜は呪文詠唱が出来なかったのでは?」


 クローバーの顔がクィーンへと向けられる。しかし、クィーンが答えるよりも早く、エースから追加の情報がもたらされた。


「だが、確かに天蓋魔法は発現されていた。呪文詠唱が出来ないという情報が事実だとするのならば、奴は無詠唱で発現したということになるな」


「嘘だろ? あいつマジで始祖様の先祖返りとかじゃねーだろうな」


 半信半疑と言った口調でスペードは言う。


「確かに、T・メイカーを称える民衆の中には、そういった噂もあるようですが……」


 顎に手をあて、考え込む仕草を見せるクローバー。クィーンはわざとらしく大きなため息を吐いた。


「もう一度調べ直す必要がありそうじゃな。リナリー・エヴァンスにしてやられたか?」


「分かりません。現状では情報が少なすぎて……。クランを呼び戻しますか?」


 クローバーからの提案に、クィーンは首を振る。


「いや、必要無い。ハートは何も知らんじゃろう」


 クィーンの視線がエースへと向けられる。エースは自らの思考の海に沈んでいた。


「最後に感知した魔力……、それに、あの男。クレイドルで……」


 着信。

 クィーンが自らのクリアカードを取り出す。僅かな硬直の後、クィーンは視線をエースに向けたままこう告げる。


「アイリス様からじゃ」


 エースは、自分がどのような事態に陥っているのかを正確に把握した。無論、一連の騒動を指揮していたクィーンも同様だった。







 中条聖夜にとって、長かった修学旅行1日目がようやく終わろうとしていた。

 次回の更新予定日は、6月11日(月)です。











 ……ようやく1日目が終わったよ。

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[一言] 聖夜、強くなったな。格下相手には無敵だったけど、トランプにも食ってかかれるとは。 それにしても、不可視の弾丸って何なんだろ。謎にだらけだ。 修学旅行編になって、更に女が増えるとは。クランも…
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