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テレポーター  作者: SoLa
第9章 修学旅行編〈中〉
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第2話 『黄金色の旋律』T・メイカーvs『トランプ』アルティア・エース ②




 嗤うエースの背後に、魔法球が次々と発現される。その魔法球は、メイカーが今までに見たことがない、赤黒い色をしていた。


 その数、20。


「……『混血(ベニクレナイ)魔弾マダン』」


 小さく呟くようにして、エースは言う。


「……何だ、あの魔法球は」


 見る者の恐怖を煽るような禍々しい色。赤と黒が歪に混ざり合い、月光を浴びて妖しい色を発していた。


《分からないわ。私の知らない魔法……。それに今、日本語だったわね》


 ウリウムの言葉に、メイカーが僅かに頷く。


「ゆくぞ、T・メイカーよ。降参の意思表示は早めに頼むぞ。勢い余って殺してはまずいからな」


 エースが右腕を振り下ろすのと同時、待機状態にあった20発の魔弾が射出された。一斉に自らへと殺到する魔弾を相手に、全身強化魔法『激流の型(ブルー・アルマ)』に割いている魔力を使用し、強引に薙ぎ払おうとしたメイカーだったが――。


 頭を過ぎる、猛烈なる悪寒。


《マスター! アレには絶対に触れないで!!》


 咄嗟にウリウムが無詠唱で『激流の壁(バブリア)』を発現。『激流の壁(バブリア)』は、RankBに位置する水属性の障壁魔法だ。無詠唱とは言え、魔法世界特有の濃い魔力濃度のおかげもあってか、メイカーの正面へ10枚もの障壁が発現される。


 そこへ、エースの魔弾が殺到した。しかし、障壁は1枚たりとも割られることはなく、重ね張りされた最前面の1枚に全て着弾して消える。その時の衝撃音も水を弾いたようなもので、血飛沫のようなものが舞っていた。


 その光景に気を取られていたメイカーの隙を逃すエースではない。


 メイカーの隙を突いたエースが、その後ろを取る。放たれた拳をメイカーは転がることで回避した。エースが追撃として放った魔弾は、メイカーの目と鼻の先を通り過ぎていく。その魔弾はそのまま屋敷の塀へと着弾した。


 びしゃびしゃ、と。

 屋敷の塀が赤く染まる。


 メイカーは、エースから繰り出される拳を、足を、払い、躱していく。


《マスター、アレには絶対に触れちゃ駄目! 良い? 引き際(、、、)を見誤ったら許さないからね!!》


 ウリウムの忠告に、メイカーは心の中で同意した。


「逃げてばかりか! 貴様の実力はその程度か、T・メイカーよ!!」


 防戦一方となっているメイカーへ、エースが怒鳴る。


 避けた魔弾は純白の大通りへと着弾するが、一切の破損はない。着弾時の音も水風船を地面に叩きつけたような、そんな音だ。血だまりのようなものがじんわりと広がっている。それだけ見れば物理的な攻撃力は無いように思える。


 しかし、敢えて受けてみようと思えるような技でもない。


 着弾と同時に血飛沫のようなものが散る。月と星の明り、そしてぼんやりとした街灯のみのこの薄暗い空間において、それは非常に恐怖心を煽る光景だった。エースが撒き散らす魔弾によって、周囲がまるで血に染まったかのような錯覚をもたらす。


 魔弾は次々と放たれ、周囲を赤く染めていった。

 しかし、メイカーには当たらない。その白いローブに汚れを付けることすら出来ていなかった。


 メイカーはウリウムの忠告以前に己の直感から、エースから繰り出される物理攻撃よりも正体不明の魔弾の方へ意識を割いていた。だからこそ、魔弾さえ完全に回避できれば、拳や脚による攻撃はある程度被弾しても仕方が無い、と割り切っていた。


 そしてそれは、結果としてみれば正しい選択だった。


 魔弾の合間を縫って、メイカーが自ら距離を詰める。振りかぶったその右手に収束する魔力の大きさに、エースが初めて警戒の色を見せた。


 舌打ち1つ。

 咄嗟に後退しようとしたエースの魔法服を、メイカーの左手が掴む。


 空間が軋むような錯覚を覚えるほどに凝縮された魔力。それが、メイカーの拳と共にエースの腹へと突き込まれた。


「吹き飛べっっ!!」


 無音が一瞬。

 衝撃波は、一拍遅れて周囲にまき散らされた。


 エースの身体を中心として、直接触れていないはずの通りに張り巡らされていたタイルが根こそぎ剥がれて吹き飛ばされていく。通りに面した屋敷の塀が、一部はくぼみ、一部はひび割れ、一部は砕けていく。


 そして。

 その攻撃をまともに喰らったエースの身体は。


 ――――羽音。


 胴体に風穴の空いたエースの身体が原型を失くす。小さな蝙蝠が群れをなしてメイカーのもとから飛び去った。闇夜に溶け込むようにして飛びまわるそれらは、メイカーの立つ場所から少し離れた屋敷の屋根へと集まっていく。


 群れる蝙蝠が徐々に人型の形を作り、それがエースとなった。

 その腹に風穴は空いていなかった。


「見事だ、T・メイカー」


 跳躍。但し、それはT・メイカーを襲う為の行為ではなかった。破壊され、血のように濡れた3番通りへと着地したエースは言う。


「お前の実力は俺の想定を遥かに上回っていた。無系統魔法を使わずにここまで粘るとはな」


 八重歯で左親指の腹を切ったエースは、メイカーに見せ付けるようにその血を滴らせた。


「『混血(ベニクレナイ)斑虎マダラドラ』」


 滴った血がエースの発した言葉に応じて膨張し、新たな形を構成していくようにメイカーには見えた。


 それは赤黒く、禍々しい魔力を纏った虎だった。


「だが、次はどうかな?」


 唇に付着した血液を舐めとり、エースは妖しく笑った。


「……アレはなんだ。ウリウム」


《分からない。分からないわ。知らないわよ、あんな魔法!!》


「『混血(ベニクレナイ)魔弾マダン』、ゆけ」


 100を超える魔弾を瞬時に発現して射出しつつ、待機状態にあった赤黒い虎に指示を出す。エースの言葉に従う赤黒い虎は、咆哮と共に地を蹴った。


 雨のように降り注ぐ魔弾を最小限の動きで回避しつつも、メイカーの注意は赤黒い虎から離れない。メイカーは頭上から打ち抜かんとする魔弾をバックステップで躱し、RankC水属性が付加された魔法球『水の球(ウォルタ)』を発現した。


 その数、50。

 避け切れないと判断した魔弾へ13発、残りの全てを襲い来る赤黒い虎へと放った。


 空中でエースの魔弾が次々と『水の球(ウォルタ)』に撃ち落とされていく。その度に水風船が破裂した時のような音が鳴った。血飛沫のようにして舞い散る赤黒い液体を避けるため、メイカーが横にずれる。


 魔弾は全て撃ち落とせたが、赤黒い虎はそうもいかなかった。外皮のようなものを削りはしたが、本体を消し去るには至らない。それを見たメイカーの人差し指が赤黒い虎へと向けられる。


「『不可視の光線(インビジブル・レイ)』」


 赤黒い虎の右肩付近に風穴が空いた。しかし、それでも赤黒い虎は止まらない。地を蹴り、メイカーとの距離を詰めようとして――。


「『不可視の弾圧(クラック・ダウン)』」


 不可視の衝撃によって文字通り叩き潰された。血飛沫のようなものなどが噴き上がることもない。突如として生じたクレーターに、赤い血だまりが出来るだけに留まった。


 その様子を眺めていたエースが感心したような声を漏らす。


「……まったく。よくも色々と応用してくれるものだ。我々が秘匿していたこの技法を」


 その言葉に、メイカーが反応した。


「……我々? 秘匿?」


「貴様は本当に何も知らされていないのだな。その技法を貴様に教えた御堂(みどう)(えにし)からは何も聞かされていないのか?」


 苛立ちを隠そうともせず、エースがそう吐き捨てる。


 メイカーがこの技法を教わったのは、青藍魔法学園にある教会に勤めるシスターのメリッサだ。ただ、それを正したところで何か得られるわけでもない。メイカーは沈黙を選んだ。


 その反応にわざとらしく肩を竦めたエースが言葉を続ける。


「元はと言えば、かつて日本の五光に名を連ねていた最強の一族、天道(てんどう)家の幻血属性を研究する過程で生じた紛い物だったのだがな。それがシンプルな工程で完成する技法であるにも拘わらず、使い勝手が良く、勘づかれても才ある者にしか実現不可能な技法ということで普及していったのだ」


 エースの細めた目が、どこか過去を憂う色を帯びた。その目がメイカーを再び捉えるより早く、メイカーはエースから視線を逸らす。自らの精神魔法に対抗するための手段であると悟ったエースは、口角を僅かに歪めた。


「正直なところ、この技法を公式の……、それも全世界が目にすることが可能なアギルメスタ杯で乱用していた貴様には、個人的に思うところがある」


 身構えるメイカーに、「だが」とエースは言う。


「同時にこの技法をこれだけ使いこなせる貴様に驚いているのもまた事実。無駄の多いものもあるが、それでも関心を示さずにはいられんよ。俺は手元にある技法だけで満足していたからな」


 そこまで告げて、エースはゆっくりと構えを取った。


「さて、次はどうする? もっと見せてくれ。貴様の……、手の内をな!!」


 轟音と共に弾丸のように突っ込んでくるエースを、メイカーは身を翻すことで回避する。すれ違いざまに放たれた魔弾は、紙一重のところで躱した。びしゃびしゃ、と後方で着弾する魔弾には目もくれず、メイカーは再度距離を詰めてくるエースと拳を打ち付け合う。


 エースの瞳が深紅に輝く。

 視線を逸らしたところでもう遅い。僅かな硬直に腹へと拳を叩き込まれ、メイカーが3番通りを転がった。転がる勢いが衰える前に体勢を整えたメイカーは、3番通りに滑るようにして着地する。


 そこを狙うようにして放たれた魔弾は、メイカーの『弾丸の雨(バレット・レイン)』によって防がれた。もっとも、迎撃によって爆散した血飛沫のようなそれから逃れるため、メイカーは更に距離を空けることになったのだが。


「ふん、器用に避け続けるものだ」


 エースの声には呆れの色が混じっていた。


 メイカーは呼吸を整えつつも警戒は解いていなかった。

 魔法の原理までは理解していなかったが、メイカーはエースの精神魔法はその瞳から発せられるものであり、それを直視している時間に応じて精神支配の強度が高まるものだと推測していた。


 実際のところ、口もきけず魔力もうまく練れなかったのは、最初のクレイドル内の一件のみ。以降は一瞬の間に動きを封じられる程度で済んでいる。もっとも、その一瞬が命取りであることに違いは無い。ただ、一瞬であれば被害を最小限に留められることもまた事実だ。


 瞳から発せられる光にその魔法の力があるのだとすれば、光魔法によるものかとも思えるのだが、ウリウムが「知らない魔法」と言ったことで、メイカーは安易にこの2つを繋げることを嫌った。


 基本五大属性どころか、特殊二大属性にすら属していない可能性のある精神魔法。確実に捉えたはずのメイカーの一撃を無効化し、複数の蝙蝠へと身体を変質させた謎の魔法。そして、エース自身が幻血属性と称した、効果すら不明な血のような何かで発現する魔法。


 これだけでも十分すぎるほど脅威なのに、扱う体術や属性が判明している土属性と闇属性の腕前も一級品。流石は魔法世界最高戦力と謳われる『トランプ』の一角。


 これまでの攻撃を全て初見で、それも無系統魔法の助けも借りずに捌けてこれたのは奇跡に近い。その場その場で最善とは言えないまでも、最悪の一手を回避し続けてこれたからこそだ。もっとも、それもエースがメイカーのことを初めから殺す気で来ていないからなのだが。


《どうするの、マスター》


 これ以上は危険だ、と。

 言外に伝えられる内容を、メイカーは正確に理解していた。


 無論、メイカーにも奥の手はある。

 無系統魔法ではない。RankSに位置する超高等魔法『属性共調』だ。


 ただ、それを使うということは、水属性以外の魔法を使うということ。正直なところ、それはメイカーとしては避けたい事だった。


「さあ、次はどう対処するか決めたか?」


 エースはそう口にしながらその背後に次々と魔弾を発現していく。


「段々と自重が無くなってきているな……」


《そうね》


 無詠唱であるにも拘わらず、エースの背後には大量の魔弾が待機状態となっていた。メイカーがざっと数えただけでも50は超えている。


「アギルメスタ杯で魅せた貴様の輝きは、こんなものでは無かったはず……、だろう!!」


 射出と同時に加速。

 魔弾の射出と同時に地を蹴ったエースが、メイカーとの距離を一気に縮める。魔弾1発1発に物理的な威力は無い。よって魔力の礫をばら撒く『弾丸の雨(バレット・レイン)』を使用すれば、迎撃自体は可能だ。


 メイカーは『弾丸の雨(バレット・レイン)』を使用するのと同時に後退した。先ほどと同じく魔弾が破裂した際に飛び散る血飛沫のようなものを避けるためだ。次々と破裂していく魔弾の下を縫うようにして、エースがメイカーへと肉薄する。


 エースから繰り出される足蹴りを払い、拳をいなすメイカー。しかし、その挙動の隙を突かれて魔法服を掴まれた。ぐん、とエースの手元へと引き寄せられる。


 そう。

 血飛沫のようなものが舞い散る空間のもとへと。


 舌打ち1つ。

 メイカーの腕が横薙ぎに振るわれた。接触する事無く振るわれたその挙動に違和感を覚えたエースだったが、その挙動の意味は直ぐに判明した。


 エースの上半身と下半身が、真っ二つに割けていたのだ。


不可視の光線(インビジブル・レイ)』。

 一点集中の光線を横薙ぎに払うことで鋭利な刃と化した一撃。


 ニイ、とエースの口が三日月形に割ける。精神魔法を恐れて視線を逸らしていたメイカーは、その表情を見ることは無かった。メイカーの足蹴りが、上半身を吹き飛ばす。


 後退。

 拘束を振りほどいたメイカーが、その場から一瞬で後退する。


 血のような雨が、一帯に降り注いだ。不気味な雨音を立てながら、白いタイルを次々と赤黒く汚していく。上半身を失ったエースの下半身が、ぐらりと傾いた。


 その雨音に、羽音が混ざる。


 崩れ落ちる下半身が。

 メイカーによって吹き飛ばされた上半身が。


 それぞれ原型を失くす。


 血の雨の中を舞う大量の蝙蝠。

 その光景を、離れたところから目撃したメイカーは顔を顰めた。


「ウリウム」


《言っておくけどね。あんな魔法知らないからね》


 取り付く島も無くウリウムは言う。


「……考えられるか? あれは属性を纏っているようには見えない。だとしたら無系統魔法に属している可能性が高くなる」


 ウリウムが知らないという以上、基本五大属性や特殊二大属性に類するものではないとメイカーは半ば確信していた。その程度にはメイカーはウリウムの魔法に関する知識を信用している。


「だが、そうなると……」


 メイカーは大量の蝙蝠が一箇所に集まり、人型を形成していくのを注視しながらも言葉を続ける。


「あれは相手の攻撃を無力化する、事実上無敵の魔法ということになる。そんな魔法あり得るか?」


《無いわね》


 その一点に限っては、ウリウムは断言した。


《欠点の無い魔法なんて存在しないわ。その効果に比例して大量の魔力を消費するか、回数制限があるか……、それとも何か特別な代償を支払っているのか。それに、それが魔力を使った魔法である以上、無系統であろうが幻血であろうが等しく弱点があるはず》


「何だそれは」


《その魔法に込められている魔力以上の魔力で殴ることよ》


「そこは『属性同調』や『属性共調』とかと同じ対処方法ね。弱点属性で殴れない分、難易度は上がるけど」とウリウムは言う。思った以上に脳に筋肉が詰まっていそうな見解だった、とメイカーは思った。


 しかし、同時に納得もした。


 相手の魔力以上の魔力で応戦する。

 力技であり華麗さの欠片も無い作戦ではあるが、それはもっとも有効な手段であると同時に、メイカーの戦闘スタイルにもっとも適応しているものでもある。


 そもそも『不可視(インビジブル)シリーズ』だって、単なる力技なのだから。


 これまでエースに与えた一撃に込めていた以上の魔力を込めるしかない。エースがこれまであの謎の魔法による回避行為をしたのは2回。先ほどのように、咄嗟の一撃程度では駄目だと言うことだ。実際のところ、一度目のかなりの魔力を込めたはずの一撃すら、エースの魔法は発現していたのだから。


「上手くやってみるしかないな」


 メイカーの言葉に、ウリウムは溜め息を吐いた。


《……つまり、まだ続けるってことね》


「どちらにせよ、もっと隙を作らなければあいつから逃げられないだろう?」


 血のようなもので濡れた魔法服を手で払うエースを見ながら、メイカーはそう言った。

次回の更新予定日は、5月28日(月)です。

前回忘れてましたね。ごめんなさい。

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