第1話 『黄金色の旋律』T・メイカーvs『トランプ』アルティア・エース ①
今回は2話投稿してるよ。
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貴族都市ゴシャスの大通りを走るクレイドルが内側から吹き飛んだ。車体に張り巡らされていた魔力回路が弾け飛び、黒煙を吐き出す。そこから身を翻して脱出したエースは、噴き上がる黒煙を振り切り大通りへと着地した。
「ふん、まさか俺の精神魔法を解くとはな。む?」
噴き上がる黒煙の中、一瞬だけ膨大な量の魔力が膨れ上がるのを感知したエースだったが、それが急激に萎んだことに違和感を覚える。しかし、それを追求する前に次が来た。
「こんなもの、目くらましにもならんぞ」
黒煙の中から吐き出されるようにして飛来する水のかまいたちを、素手で弾き飛ばしながらエースは言う。その魔法を放った魔法使いは、薄れる黒煙の中、破損したクレイドルの上に立っていた。
水属性の全身強化魔法『激流の型』を身に纏って。
纏わりつく黒煙を腕で払い、メイカーは口にする。
「……何の真似だ?」
「それはこちらの台詞だと思うがな。ここがどこか理解しているか?」
エースはわざとらしく両腕を広げて言った。
「貴族都市ゴシャスだ。これだけの騒ぎを起こすとはな。覚悟は出来ているのか? T・メイカーよ」
「下らない茶番は止めろ」
「……何?」
敢えて挑発的な言動をしたのは、それに乗って来るであろうと確信していたから。にも拘わらずその狙いを外されたエースが眉を顰める。
「どう貴族共と話をつけたかは知らないが、こうなることも予測済みだったのだろう?」
「……何を根拠に」
「多くを語るつもりはない。どちらにせよ、手を出してきたのはそちらだ」
エースの言葉を切り、T・メイカーは断定した口調で言う。
「ならどうする」
「……どうすると思う?」
どこかで聞いたような会話の流れに、エースが口角を歪めた。しかし、次にメイカーがとった行動は、エースの予想とは外れていた。
踵を返し、逃走。
「なっ、待て! メイカー」
全身強化魔法を発現しておきながらの敵前逃亡。ただ、全身強化魔法を纏っている以上、その機動力は折り紙付きだ。エースは完全に不意を突かれたのと同時に、もっとも流されやすい思考へと誘導されていたことを悟った。
「……一本取られたか。だが……」
鋭い八重歯を覗かせ、エースが唸る。
「この俺から逃げられると思うな!」
跳躍。
大通りの白いタイルがめくれ上がるほどの勢いで地を蹴ったエースが、逃走するメイカーとの距離を詰める。
「『闇の球』!!」
闇属性の魔法球。
属性を付加させる魔法球の中では最低ランクの魔法なれど、それを直接詠唱で発現したエースの意図は、その発現数にある。
100を超える魔法球が一瞬で発現され、一斉に射出された。
前を走るメイカーも、この数は流石に無視できなかった。
闇魔法の付加能力は『吸収』。当たれば攻撃魔法としてのダメージだけではなく、己の魔力も一定量吸い取られてしまう。つまり、聖夜が身に纏っている全身強化魔法『激流の型』に割かれている魔力が吸収されるということだ。
1発や2発程度の被弾なら、直ぐに魔力を補充すれば何とでもなるだろう。しかし、エースが射出した数は100を超えている。まともに喰らえば、強化に割いていた魔力を根こそぎ奪われかねない。
故に、回避するしかない。
そして、その無駄な行動のせいで、エースは聖夜との距離を瞬く間に詰める。エースの回し蹴りが、ワンテンポ回避行動が遅れたメイカーの脇腹を捉えようとして――。
「がっ――――!?」
吹き飛んだのはエース。
メイカーの身体から突如として吹き荒れた魔力の暴風が、不意を突かれて無防備だったエースの身体を吹き飛ばした。
「『不可視の膜』と『解放』。初見相手ならこういう使い方もありだな」
空中で体勢を整え、大通りに面した屋敷の壁に着地したエースを視界の端に収めながら、メイカーはそう呟く。全身強化魔法のさらに外側に展開していた、圧縮された魔力の膜を爆散させたのだ。
流石に膜に触れられてしまえば容易に感知されてしまうので、近接戦闘中に隠れて使用するのは無理だが、今回のようなケースでは重宝できる。
《っ!? マスター!!》
メイカーにしか聞こえない念話で、メイカーのMCであるウリウムが叫んだ。
「っ」
エースの瞳が妖しく光る。それを遠目で視認してしまったメイカーが、咄嗟に視界を前方へと戻した。が、少し遅かった。駆けるメイカーの脚が不自然にもつれる。
その一瞬の隙を突き、エースがメイカーへと肉薄した。
「――――ぐっ」
「吹き飛べ」
エースが発現したのは身体強化魔法。しかし、それに付加された属性は土。水は土に弱い。今度はメイカーの身体が吹き飛んだ。大通りに面する貴族の屋敷、その屋根上を越える。
空中で回転し、メイカーが体勢を整えた時には、既に詠唱を終えて全身強化魔法『堅牢の型』に切り替えていたエースがその隣にいた。
「っ!?」
「反応が悪いな。お得意の『属性変更』はどうした? 『属性魔法の覇者』よ」
無詠唱で発現された『土の球』を被弾し、更に拳ももらったメイカーが打ち落とされる。墜落した貴族の屋敷は石造りだったらしく、貫通は避けられたが派手に亀裂が走った。
「あまり派手に壊すなよ。貴族共の屋敷は高くつくぞ」
「手を出してきた……、お前が言うな!」
追撃を仕掛けてきたエースを躱し、メイカーがそう吐き捨てる。しかし、距離は開かせないと言わんばかりにエースがその後を追った。拳、肘、足を互いに打ち付け合う。
(なるほど。水属性から属性変更しないのは、戦闘による余波を警戒してか)
エースはそう結論付ける。
付加する属性の中で、確かに水属性は一番周囲への影響を抑えることが出来るものだった。
(……しかし、そうだとしたら。舐められたものだな)
なぜなら、魔法世界最高戦力と謳われるエースを相手にしておきながら、周囲に気を配る余裕があるということになるからだ。
「があっ!?」
エースの掌底が、メイカーの腹に突き込まれる。再びメイカーの身体が吹き飛んだ。貴族の屋敷を軽々と飛び越え、3番通り付近へ落ちたところでエースの視界から消える。
貴族都市ゴシャスは、中央都市リスティルにある門を抜けて王城へと一直線に伸びる道を大通りとし、そこから反時計回りに1から13までの番号が振られた道がある。その道も全て山頂に向かって伸びているものの、王城へと繋がっているのは大通りだけだ。他の道は、全て途中で打ち切られる形になっている。故に、大通りに面する場所にある土地は、標高に次いで貴族の地位を表すステータスとなるわけだ。
僅か一瞬。
エースでも驚くほどの魔力の放出に、追撃の手が止まる。
が、それもまた一瞬のことだった。
「『闇の球』」
反撃が来ないことを確信し、直接詠唱によって闇属性の魔法球を次々と発現させたエースは、何の躊躇いも無く射出した。同時に跳躍する。エースは瞬く間に、死角にいたはずのメイカーの頭上を取った。
「一度では理解できなかったのか? 逃がさんと言ったはずだ!」
「『解放』!!」
「むっ」
殺到する『闇の球』はどれ1つとしてメイカーのもとへは辿り着かなかった。その全てが弾け飛ぶようにして消滅する。メイカーが右手をエースへと向けた。
『不可視の弾丸』。
魔力を生成・圧縮・放出・解放の手順で爆散させる技術。
常人であれば何が起こったかも分らぬまま被弾してしまうその技法を、エースは一切の無駄な動き無く回避して見せた。
まるで、予めその対処法を知っていたかのように。
「何っ!?」
驚愕による硬直は一瞬のこと。
宙から振ってきたエースの蹴りを、メイカーは転がることで回避する。同時に、その身体へ『激流の型』を纏い直した。大通りに比べれば格段に狭くなるものの、3番通りも戦闘には十分すぎるほどの広さがある。
拳を躱し、蹴りを避け、掌底を弾く。
防戦一方のメイカーに、エースが口角を吊り上げた。
「どうした? 避けるだけか、T・メイカー!」
エースの拳を躱し、メイカーが魔力を生成する。
何度も。
何度も、何度も繰り返し行ってきた手順。
圧縮、放出、解放までのプロセスを一瞬でこなしたメイカーから、『不可視の弾丸』が放たれる。
しかし。
「無駄だ」
エースはそれを容易く回避した。
そして。
「まだまだ無駄が多いぞ、T・メイカーよ」
「あァ!?」
意味不明なことを言われ、思わず声を荒げるメイカー。そのメイカーの様子に鼻を鳴らしたエースがこう言った。
「それはこうやって使うんだ」
その声がメイカーの耳に届いた直後だった。
こめかみ。
左腕。
右脚。
その3箇所が、同時に狙撃された。
「ぐっ、あっ!?」
突如として炸裂した不可視の衝撃に、メイカーの身体がよろめく。その懐へと潜り込んだエースの肘うちが、見事にメイカーの腹へと決まった。
「ぐぷっ!?」
無論、全身強化魔法を纏った一撃だ。
メイカーの身体は面白いくらいに吹き飛び、屋敷の塀へと激突した。石造りとなっているそれが音を立てて砕け散る。一歩で距離を詰めたエースは、瓦礫に埋もれたメイカーの傍に着地した。
呻き声を上げるメイカーのローブを掴み、エースは己へと引き寄せる。仮面の奥に覗く瞳と己の瞳を近づけて言う。
「俺の目を見ろ」
直後。
エースの身体が、不可視の衝撃に襲われた。
1発や2発ではない。
断続的に。
そして、不規則に。
『不可視の連鎖爆撃』。
近接戦闘による接触によってエースの身体に付着していたメイカーの魔力の残滓。その一部に、メイカーは爆弾を仕込ませていたのだ。生成・圧縮・放出までのプロセスで止め、後は解放待ちだった魔力の爆弾を。
当然、エースはこの技法を知らない。先ほどの『不可視の弾丸』のように、発現までの一連のプロセスを追えていなかった為に、完全に不意を突かれた攻撃となった。
思わぬ反撃に、エースが後退る。
そのエースの腕を、メイカーの手が掴んだ。
「……げほっ、『不可視の弾――』」
エースの脚が、己を掴むメイカーの腕を蹴り上げる。拘束から逃れた次の瞬間には、地を蹴りその場から後退していた。僅かな間を置いて、轟音と共にメイカーの正面にどでかいクレーターが生じる。
「ふん、やはり一筋縄ではいかんか。なら……」
仮面の隙間から垂れた血を拭うメイカーを見据え、エースが言う。
「もう少し揉んでやろう。貴様の好きな近接戦だ!」
膨大な魔力の放出。
同時にエースが地を蹴った。
瞬く間にメイカーとの距離を詰める。振り抜かれた拳をエースが躱す。その回避は予想済みだったのか、メイカーが回し蹴りを繰り出した。
それを最小限のバックステップで躱したエースが攻めに転じる。しかし、その場から攻撃を放つのではなく、メイカーを撹乱するように右へ左へとフェイントを加えている。
「くそっ、ちょこまかと動きやがって!!」
メイカーが吠える。
拳を、蹴りを、肘を、膝を。
次々と繰り出される攻撃をメイカーは捌いていく。
しかし、被弾は避けられない。
1発1発は軽いものの、数を貰えばそれなりのダメージとなる。
しびれを切らしたメイカーが、先ほどと同じ手段に出た。
「『不可視の連鎖爆――』」
不可視の衝撃が、連続して炸裂した。
メイカーの身体から。
「ぐあっ!?」
堪らずメイカーが後退る。
口角を歪めたエースが、メイカーの肩にそっと手を置いた。
「俺が同じ技法を使えること……、お前も気付いていたはず――ぐっ!?」
肩に置かれた手。
その手に膨大な魔力が集中していることを察知したメイカーが、エースの腹へと足蹴りを叩き込んだ。
瞬間。
見当違いの方向で、凄まじい威力の衝撃波が炸裂した。
メイカーのように下へと叩きつける形で発動したわけでは無かったためにクレーターは生じなかった。しかし、炸裂したことによって生じた衝撃波がメイカーとエースを襲う。
やむを得ず、両者は一度距離を空けた。
「げほっ、ごほっ! ……『不可視の連鎖爆撃』に『不可視の弾圧』かよ。一度見ただけでここまで再現されるとは」
吐き捨てるようにしてメイカーが言う。それを聞いたエースが皮肉に顔を歪めた。
「本当に何も知らんのだな、貴様は」
「……何のことだ」
「さて、な。再開するぞ!!」
宣言と同時に跳躍。
エースとメイカー。
両者の距離が再びゼロになる。
エースの身長は低い。
150cmにも届いていないだろう。
だからこそ、小回りが利くその身体を生かした機動力が売りの体術を扱う。同じ位置から連撃を繰り出すことは滅多にない。場所を相手の正前から横へ、横から上へ、上から後ろへと変えて多彩な攻撃を放つ。
まさに縦横無尽。
ちょこまかと動き回るエースは、至近距離であるが故に目で追うことすら難しいと言える。
今までに経験したことがないスタイルであるためか、メイカーの体術にはアギルメスタ杯で見せたようなキレが無かった。少なくとも、メイカーの動きの悪さをエースはそう判断していた。
しかし、それでも。
「やるな! この俺にここまでついてくる者は『トランプ』を除いてそうはいないぞ!」
通常の相手であれば、とっくに沈めている。鍛え抜かれた魔法聖騎士団との組手でも、1分以上持つ者はそういない。にも拘わらず、目の前の白い仮面をつけている男は未だにその足で立っている。
しかも、日本のまだ学生の身分にいる男が、だ。
それも、自分に不利な属性魔法を発現した状態で、だ。
両者共に後退する。
同時に右手を突き出した。
両者間。
丁度真ん中で不可視の衝撃が炸裂する。
同時に。
両者の身体、それぞれに衝撃波が連続して炸裂した。
しかし。
両者とも、無傷。
当然の如く対策済みだった。『不可視の連鎖爆撃』は一見すると回避不能の攻撃手段に見えるが、実際のところは来ることが分かっていれば怖くは無い。ただ単純に、炸裂する魔力以上の魔力を纏っていればいいだけだ。
威力を上げようと必要以上に魔力を込めてしまえば、身体に付着した時点で相手に気付かれてしまう。それは、相手の不意を突くと言う『不可視の連鎖爆撃』の性質故の欠点でもあった。
再び距離を詰め、拳を、足を打ち付け合う。
数は少ないが、一撃が重いメイカー。
数は多いが、一撃が軽いエース。
エースの攻撃を喰らいながらも振るわれるメイカーの一撃。避け切れずガードすれば、エースの小さな身体は容易によろめく。その隙を突き、メイカーの攻撃がエースを掠める。
「他国の平凡な学生にしておくには惜しい男だな。貴様は――、おっ?」
確かに、会話に意識を割いていたのは間違いない。しかし、エースの攻撃直後の僅かな隙を突き、メイカーがエースの懐へと潜り込む。その一連の動きは、魔法世界最高戦力と謳われるエースをしても感嘆に値するものだった。
後退しようとしたエースの魔法服を掴んで引き寄せたメイカーが、エースの脇腹へと回し蹴りを叩き込んだ。
「があっ!?」
痛烈な一撃。
エースの軽い身体がボールのように弾み、3番通りを麓の方へと転がっていく。身体を捻って威力を殺し、追撃を警戒して体勢を整えたエースだったが、メイカーは追ってきてはいなかった。
エースと違い、相手を攻撃する必要性を感じていないからだろう。むしろ、手の内を晒したくないからこそ、エースの出方を窺っているのかもしれない。
両者間の距離、約20メートル。
ただ、強化魔法を使えば一歩でゼロにできる距離ではある。
「ふ、ふふっ」
エースの思わず漏れた含み笑いに、メイカーは首を傾げた。
「何が可笑しい」
それに対して、エースは何も言わなかった。
右手をおもむろに自らの口元へと引き寄せ、八重歯でその親指の腹を傷付ける。
鮮血が白い通りに滴った。
唐突な自傷行為に、メイカーは仮面の下で眉を顰める。
「認めよう。貴様の近接戦闘術は大したものだ。我ら『トランプ』の者たちにも引けを取らないだろう」
「故に」とアルティア・エースは表情を歪めながら言う。
「次は、魔法の腕比べだ、小僧」
強化魔法だって魔法だろう、と。
揚げ足を取るような発言をメイカーはしなかった。
いや、できなかった。
目の前で発現されるその魔法は、あまりにも禍々しい魔力を纏っていた。
「誇るがいい、T・メイカーよ。殺し合いではない場で、俺がこの魔法を使うのはお前が初めてだ」
エースは、そう言って嗤った。




